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おっさん、Sランクのギルマスと剣を交える

 スティーラの街から手前の丘で、魔導式バイクを止めたゼロス。

 結果から言えば、この丘から歩いて街に入るのだが、街に行く前に一つ問題が起きた。


「うっぷ! ぎぼぢばどぅい……」

「吐きそう……うぇ~!」


 レナとジャーネが見事に乗り物酔いをしたのだ。

 船では酔う事の無かった二人だが、時速百二十キロでの悪路走行は耐えられなかったようである。

 まぁ、カーブでは減速はしたが、それでも二人には耐えられなかったようである。

 


「まさか、二人が乗り物に弱いとは思いませんでしたねぇ。船では酔わなかったのに……」

「ホントだねぇ。ただ道成をまっすぐ走ってきただけだよ?」

「どこがだ……うぷ! 凄く揺れたぞ……」

「怖かったわ……何度も体を揺すられ、もの凄い速度で曲がり道を走り抜けてたし……うぅ…」


 確かに街道は真っ直ぐとは言い難く、時折カーブや段差などで車体が揺すられる事もあるだろう。

 更に舗装されているとは言えども石畳で、轍などで斜面の凹凸は酷く、その道を走る商人達の荷馬車を高速で追い抜いて行った。

 文明水準の低い世界で育った二人には耐えられない速度でだ。乗り物酔いにもなるものだろう。

 はっきり言えば馬よりも速い。そんな速度に耐性の無い二人には、正に地獄のような時間であった。


「二人とも、おかしいぞ……。船では…あんなに吐いていたのに…オェ!」

「コレ……人が乗る物じゃないわ…。うぷっ!」

「意外に街まで近かったようですね。20分も掛からないじゃないですか、トラブルも想定していたんですがねぇ。脱輪とか…」

「まぁ、バイクだし。百キロ以上は出てたから当然だと思うよ? それより……テスト走行はしようよ。事故ったら死んじゃうよ?」


 馬車では片道三時間の距離も、バイクだとさほど時間は掛からない。

 何しろ速度からして違うのだから当然なのだが、それと乗っている人間の体感した時間は別物である。


 二人には高速で走り抜けるバイクの僅かな時間が永遠に続くものに感じられ、景色を楽しむ余裕も無く高速走行するバイクのサイドカー内でシェイク状態。生きた心地がしなかったのだ。

 高速でカーブを曲がればサイドカーが浮かび上がり、時折ドリフトをかましながら滑る様に曲がって行く。直線の道になると速度が一気に上がるので、レナとジャーネには未知の恐怖であった。

 初めて乗るジェットコースターが、失神者続出の絶叫マシーンであるのと同じ状況だろう。

 同じ乗り物でも船とバイクとでは明らかに異なる。


「街も見える事ですし、ここからは歩いて行く事にしますか。コレで街に行ったら騒ぎになりますしねぇ。馬車とは違うのだよ、馬車とは」

「二人もこれ以上は耐えられないと思う。受付時間に余裕で間に合いそうだし、馬車の三倍以上だからねぇ。慣れないとこうなっちゃうかぁ~……」


 レナとジャーネは最早、口を挿む気力もない。

 青い顔をして、おっさんとイリスの後をついて来るだけで精一杯であった。

 船酔いで地獄を見たおっさんは、偶然にも二人に乗り物酔いをプレゼントをしてしまったのである。

 二十分後、スローペースで歩き続けたおっさん達は、ようやくスティーラの街の街門を潜るのであった。


 

 ◇  ◇  ◇  ◇


 スティーラの街は言わば学園都市である。

 街を囲むように初等科学院が三か所、中等科学院が三か所、高等科学院が三か所と分けられており、更に学院生の住まう寮を入れると広大な敷地面積を誇る事になる。

 何故三か所ずつあるのかと言えば、貧しい階級の一般学院生から裕福な商人・貴族と分けられているからなのだが、それはあくまでも数十年前までの話であり、派閥が権威を持つ様になってきた頃から全ての学院生が統括され、現在は建物自体だけが昔の名残だ。

 そんな学院都市でも傭兵ギルドは存在し、一般の学院生が学費を稼ぐために良く利用する事になる。

 傭兵としての活動も学院の査定に多少なりとも影響するのだが、多くの者達は大半が研究職に行く事になるので、今ではあまり利用者がいない。これも派閥争いが始まって以降からの影響である。


 代わりに薬草などの採取依頼が直接下りて来る事がある為に、傭兵達がこの街に集まる事になる。

 主に学院生の護衛や採取依頼を果たす為であるが、他にも魔導具などの性能を確かめる被験者などの依頼も稀に行われたりしていた。まぁ、人体実験とも言える。

 特に多いのが魔法薬などの性能実験だが、初めて製作した魔法薬を飲まされる事になる嫌な実験でもある。しかし、傭兵は体を張った仕事なため、報酬で貰える魔法薬などは実に重宝するのだ。

 その為に、金に困窮している傭兵は学院の依頼を挙って引き受けていたりする。

 危険な実験には犯罪者が被検体にされるが、安全が確認された後に傭兵達に実証実験として使わせる事になる。上手く行けば商人達に販売され、こうした収入が学院の貴重な運営資金に繋がるのだ。

 魔法学院と言うよりは、むしろ職人育成を目的とした専門学校と言った方が正しいのかも知れない。

 何しろ卒業生の殆どが錬金術師になるからだ。軍務に就く学院生はほんの一握りていどしかいない、と言うよりもなれない。公務員は何処も狭き門であった。


 そんな街の中を、地図と同封された手紙を片手に歩き続けて見つけた傭兵ギルドは、些か他の街とは趣が異なる建物であった。


「ここが傭兵ギルドかぁ~。随分と綺麗な建物だね?」

「サントールの傭兵ギルドは、建物が何処から見ても酒場ですからねぇ……。夕暮れ時は酔っ払いが増殖する」

「ゼロスさん、傭兵ギルドに行ったことがあるの?」

「良く酒場として利用していますよ? ハンバ土木工業のドワーフ達と飲みに行きましたねぇ。食事は美味しかったですが、アレで良くギルドとして営業ができるものだ。騒がしすぎますよ」

「まぁ、傭兵が集う場所だからな。アタシらも良く絡まれる」


 スティーラの街の傭兵ギルドの建物は、まるでファミリーレストランみたいな外観であった。

 街の住民が良く利用しているのか、ウエイトレスが料理をトレイで運んでいたり、奥様達がテーブルで雑談をしていたりと、とても傭兵ギルドには思えない。

 奥に受付の窓口や依頼書を張り付けるボードも設置されてはいるが、荒くれ者の多い傭兵達が入るには些か戸惑う光景であった。


「そう言えば、おじさん。傭兵の身分証、ギルドカードは持っているの?」

「今回は色々と事情がありますから、デルサシス殿が用意してくれる話になっています。ただ、この手紙をギルマスに渡さないと、ギルドカードは貰えないらしいんですがね」

「さすが、公爵家のコネは凄いわね。私達は少しずつお金を稼いでギルドに登録したのに……」

「あの頃の苦労が馬鹿みたいに思えるな……。おっさんは狡い」

「登録にいくら掛かるかは知れませんが、ある程度の金額なら稼ぐ自信はありますよ? やりませんけどねぇ~。有名になりたくありませんし」


 三人の白い目がチクチク刺さる。

 決して嫌味を言ったつもりはないのだが、傭兵三人娘にとっておっさんは卑怯そのものであった。


 しかしだ、そもそもオンラインゲーム【ソード・アンド・ソーサリス】は、アイテムから武器に至るまで、製作段階が馬鹿みたいにリアルな設定で作業もまるで現実と変わりない程であった。

 例えば剣を鍛えるにしても、途中で手を抜けばなまくらが出来上がる。一瞬たりとも気の抜けない作業は正に職人と同じなのだ。

 製作過程における成功や失敗の判定が恐ろしくシビアで、現実と全く遜色がない。

 確かに現時点でゼロスはチートだが、それに見合うだけの事をゲーム内とは言え、しっかりこなしてきた。その成果が今の能力として現れている。究めて行き着いた先が魔導錬成なのだが、生産職で無かったイリスや、傭兵として場数をこなしてきたジャーネ達二人には分からないだろう。

 だからこそおっさんはゲームその物に対して疑いを持っているのだが、三人にはそんな事は関係ない。当人達が狡いと思っている事に変わりないのだから。


 恨めしそうな三人はともかく、おっさんは受付へと足を運ぶ。

 受付を担当しているのは若い男性職員であった。


「すみません。学院生護衛の依頼を受けたいのですが、受付は此方で宜しいのでしょうか?」

「はい、ここで構いませんよ。あと少し遅れたらこの受付は閉める予定でしたが、間に合って良かったですね?」

「おっ? 危ない所でしたか……依頼を受けるにあたって、ギルドカードか紹介状が必要と聞いていますが、紹介状はどこに出せばいいんでしょうかね?」

「紹介状ですか? 見せて頂いても宜しいですか?」

「これが紹介状です。ギルマスに手渡すように言われたのですが、お取次ぎは出来ますか?」

「少々お待ちを……こ、これは……」


 ゼロスが手渡した手紙の封には、ソリステア公爵家の家紋が押されている。

 男性は驚愕物の現実を心の中で押し殺し、直ちに背後のドアへと消えて行く。


「……よほど慌てていたみたいですねぇ? 手と足が同時に出ていましたが、それほど驚く事なのだろうか?」

「おっさん……公爵家の手紙なんか受け取ったら、普通はあ~なるぞ?」

「ゼロスさんもどこか常識が無いみたいだし、困りものよねぇ~」

「レナさんにそれを言われたら、お終いだと思うわ……」


 未成年を〝喰う〟ような好き者に常識を疑われるのは些か不本意である。

 しかし、ソリステア公爵家は王族の末席に当たる一族なのだ。平静を装ったところで慌てて行動に移すのも無理無からぬ事であろう。

 おっさんの知る権力者の大半は実業家や財閥関係者なので、貴族の権力がどれほどの物かイマイチ認識力が欠けているのは確かである。

 それでも日常生活には何の影響も無い事から、気に留める事すらしていなかった。

 おっさんの思考は、この世界の人間からもズレたように見えるようだ。転生者とこの世界の住民とでは考え方に大きな溝がありそうである。


 程なくして、傭兵ギルドの男性職員は三十代くらいの青年を連れて戻って来たのだが、この青年がどう見てもアヤシイ。

 美形なのだが動きにシナを作り、香水のフローラルな香りと化粧が何とも生理的に怖気を誘う。一言で言うならば、〝オネェ〟だった。


「貴方が公爵様からの紹介されたゼロスさんねぇ~。私はこのギルド支部を任されている、セイフォンと言う者よ。よろしくねぇ~ん♡」

「・・・・・・こ、これはご丁寧に、僕がゼロスで間違いありませんが……デルサシス殿は何と書いていたんですか? 嫌な予感しかしないんですけど……」

「ん~……単刀直入に言っちゃうとぉ、ゼロスさんにSランクの傭兵資格を与えて欲しいそうなのよ。いきなりとんでもない無茶を言うわよねぇ、あの御方は……」

「あの御方……? Sランク云々は兎も角として、デルサシス殿とのご関係は?」

「うふふ、気になる? でもね、ひ・み・つ♡」


 ウザい。そしてキモイの二言に尽きた。

 見た限りでは端正な顔立ちの美青年だが、その立ち振る舞いには一挙手一投足に隙が無い。

 手練れである事に間違いはないのだが、どこか懐かしい恐怖心を掻き立てられる。


「早速だけどぉ~、ゼロスさんの腕前を見せて欲しいわぁ~ん。見た限りでは相当に……強い」


 一瞬だが、〝オネェ〟から鋭利な刃物のような気配が感じ取られた。おそらくはギルド内で最も強い。

 しかしだ。おっさんの基準で言えば周りにいる傭兵達よりは遥かに腕はたつようだが、さほど脅威には思えない。

 別の意味では脅威であるが……。


「それは……貴方と立ち会えば宜しいという事ですか? 剣で語れと?」

「そういう事。 私も自分よりも上の相手と立ち会うと思うと、久しぶりに……濡れちゃう♡」

「「「「どこがっ!?」」」」

 

 セイフォンのやけに腰を強調するような仕草が、心の奥底に忘れている何かを思い出させようとする。

 何故かおっさんは、セイフォンの局部に焦点が合ったカメラアングル状態で『ズキュウゥゥゥゥゥゥゥン!!』と言う効果音が聞こえた気がした。

 本能が『ヤベェよぉ!? 全力で逃げろぉおおおおおっ!!』と告げている。

 誰の目から見ても、色んな意味でヤバかった。


「僕は平和主義者なんですけどねぇ……」

「ファーフランの大深緑地帯で五体満足に生き延びた人が、どの口で平和主義者なんていうのかしら? どう考えても普通じゃないわよ?」

「嫌だなぁ~……。逃げたくなって来た」

「何なら、ベッドの中でも良いわ。 前から後ろから、上も下も堪能してくれても構わないわよ? そしたらギルドカードと私の全てを貴方に、あ・げ・る♡」

「手合わせの方を受けさせてもらいます……。ベッドの中よりは戦う方がマシだ」

「あら、残念……」


 おっさんは後腐れの無い方に逃げた。

 そして、セイフォンは心底残念そうであった。

『狙われてる!?』この時、おっさんはそう思った

 

「ちょっと待て! セイフォンて……【閃光のセイフォン】か!? Sランクの傭兵じゃないか!」

「あら? 巨乳のお嬢ちゃんは良く知っていたわね? 最近じゃ知らない人も多いのに」

「巨乳は余計だぁ! 知らない筈は無いだろ、レイピアでワイヴァ―ンやヘル・キマイラを倒した、最強の剣士じゃないか!」

「そんな事もあったわねぇ~・・・・・・懐かしいわ」


 遠い目で虚空を見上げるセイフォン。


【閃光のセイフォン】。

 Sランクになるまでは無名の剣士であり、傭兵になって直ぐに頭角を現し難易度の高い依頼を次々と達成させて来た、最強剣士の一人である。武器は細身の剣【レイピア】で急所を確実に貫く事を得意としており、何よりも速さを起点とした高速の剣技から、【閃光】の異名を持つに至った手練れである。

 ただし、多くの男達を瞬く間にベッドに連れ込んだ手並みの早さから、【閃光】と付けられたと言う噂もある。気が付けば、いつの間にかベッドの中に連れ込まれ、消える事の無い心の傷を刻まれる事でも有名であった。もう一つの通り名を【百人斬りのセイフォン】。

 これは、別の意味で百人と寝床を共にした事から付けられた異名でもあるらしいが、真実を確かめた者はいない。

 彼の素性は一切謎のベールに包まれていたが、誰も深く追及する事はない。怖いからだが……。


「おっさん、止めておけ! 相手が悪すぎる」

「出来る事ならそうしたいのですがねぇ……。ギルドカードは必要ですし……」

「別の意味で相手が悪いわよね。下手をしたら薔薇の世界に引きずり込まれるわよ?」

「おじさん……痔の薬の調合方法を知ってる? 負けたらベッドの中に連れ込まれるよ?」

「出来る事なら遠慮しテェ……。恨みますよ、デルサシス殿……」


 いつぞやの白い猿を上回るほどの脅威であった。

 だが、護衛依頼を受けるにはギルドカードは必要であり、今になって傭兵登録をしておけば良かったと激しく後悔する。おっさん、痛恨のミスであった。

 まぁ、誰もオネェと出会うなどとは思わないだろう。 

 

「では、イキましょうか。案内するわね? 裏が訓練場になっているから、そこで実力を確かめさせてもらうわ」

「いま……言葉のニュアンスがおかしくありませんでしたか? 何か狙ってません?」

「・・・・・・気のせいよ。そんな事ある訳無いじゃない」

「答えるまでに、随分と間がありましたが?」

「気のせいよ。気のせい♡」


 案内されるが儘に裏手の訓練場について行くおっさん達。しかし、その間にも背筋に寒いものが憑いて離れないゼロスであった。

 着いた先での訓練場の光景は実に閑散としており、利用している者の姿はあまりない。せいぜい新人の傭兵が手ほどきを受けている程度である。


「武器はどうするの? 訓練用の模造剣を使う? 壊さなければ使っていいけど」

「消耗品の筈ですが、壊れたら経費で買い直すんじゃないですか?」

「傭兵ギルドと言っても、経費は運営資金で遣り繰りしなくちゃならないのよ。いくら消耗品でも簡単には下りないわよ」

「世知辛い……。何処も不景気なんですかねぇ? 消耗品の補充は必要経費でしょうに」

「儲けが少ないから仕方が無いのよ。傭兵達がファーフランの大深緑地帯で狩りが出来るほどの腕前が在れば、このギルドもレストランなんてしなくて良いんだけどねぇ~」


 どうやら経費を稼ぐ目的でレストランを営業していた様である。

 魔物の質が落ちる以上、ギルドの儲けも比較的に少なくなるのは当然だろう。ましてや傭兵達の実力も大した事が無いのだ。

 この辺りの魔物では魔石すら滅多に手に入れる事が出来ないのだ。


「仕方がありませんね。自前の武器でお相手しましょう……」

「うふふ、楽しませてね。もし私に勝てたら、朝までお相手して、あ・げ・る♡」

「ワザと負けて良いですかね?」

「その時は、貴方が私の相手をしてね? それも、朝までしっぽりと……」

「勝とうが負けようが、地獄なのは変わりない!?」


 出来れば冗談であって欲しいと心から願う。

 しかし、残念な事にセイフォンはどちらの意味でも本気の様であった。


「ギルドカード以外は要りませんよ。どうせ今回限りですからね」

「あらぁ~、嫌われちゃったかしら? それは兎も角として、『ゼロス殿』の実力は確かめさせてもらうわよ? 今回の様な異例の事態でカードを発行させるなんて、前代未聞なんだから」

「まぁ、良いでしょう。僕としては、カード以外は必要ありませんので」

「うふふ……見届けさせてもらうわよ。最強魔導士の力をね……」


 当初は珍しくギルドマスターの手合わせが見れると思い、訓練中の若い傭兵や教官役の職員も見物を決め込もうとしたのだが、二人が向き合った途端に場の空気が変わった。

 先ほどのふざけた気配とは一転して、訓練場の空気は一気に冷たく重いものへと変わる。

 見物人であるイリス達や、周りの訓練中の傭兵達も思わず息ができ無いほどに重苦しい。まるで凶悪な獣が対峙しているかのようであった。


 おっさんは両手にコンバットナイフを持ち、セイフォンは愛用のレイピアを引き抜いて構えているだけなのだが、まるで時が止まったかのように微動だにしない。


「なに……これ?」

「空気が……重苦しいわ。それに動かないし……」

「動かないんじゃない……。動けないんだ……、まさか、おっさんがこれほどの化け物だったとは思わなかった……」

「おじさんは弱くないよ……? だって、だてに【殲滅者】なんて呼ばれてないもん」

「凄い二つ名よね……。いったい、どれほどの手練れなのよ……。早く終わらせて欲しいわ」


 ジャーネ達が初めて見る【殲滅者】の実力の一端。

 無造作にナイフを手にし、ただ立っているだけだというのに目を離す事が出来ない。

 これは傭兵の経験で培った、強い魔物と相手をする状況に近い。目を離せば次は死ぬしかないそんな状況である。


「ふふふ……まさか、これほどなんて…。世界は広いわね、ビンビン来ちゃう♪」

「楽しそうですね。で? この場合は、僕が先に仕掛けるべきなのでしょうかねぇ?」

「そうしたいのだけれど、残念ながら私に余裕が無さそうなのよねぇ~。挑戦者の気分を味わうなんて何年ぶりかしら」

「では、僕がコイン・トスしますから、地面に落ちた時に互いに仕掛けるというのはどうでしょう」

「それは素敵ね♡ ゾクゾクして来ちゃうわ……」 

 

 おっさんは一度ナイフを鞘に戻すと、懐から一枚の銅貨を取り出し、親指で弾いた。

 コインは二人の間を落ちて行くが、対峙している者達からしてみれば酷くゆっくりと落下している様に見えた。そして、銅貨が地面に落ちたと同時に二人は動く。

 先ほどの静寂から一転して激しいまでに高速で動く二人。同時に響きわたる金属音は、互いに武器で斬りつけ合う事により発生していた。


 リーチの長い武器であるレイピアは突きを専門とした武器だが、マインゴーシュと呼ばれる短剣で防御する事で攻防一体の剣技と化す。

 対するコンバットナイフで戦うゼロスもまた、ナイフとしてだけでは無くグリップに付けられたナックルガードと組み合わせる事で、カウンターや格闘技能を加える事により状況に対応する。

 懐に踏み込み優位に出ようとするおっさんを、得意の突きを封じられたとは言えども、見事に迎撃して内側に寄せ付けないセイフォン。

 互いに決め手の無い状況で剣戟の応酬が続いた。


「スゲェ……何者だよ、あのおっさん……」

「ギルマスと対等にやり合ってるぞ……。恐ろしいまでの技量だ」


 見物人たちは息を吞む。

 手練れ同士の手合わせは、言葉を失うほどの鮮烈な光景として映った。


 互いに斬り合いをしていた状況が変わったのは、直ぐの事である。

 接近戦をしていたセイフォンがいきなり後方に飛びのくと、彼のいた場所の地面に深い亀裂が生じていたのだ。ゼロスが使った格闘スキル【烈空蹴】である。

 足元を狙いノーモーションでいきなり攻撃を加えられ、飛び退くしか手が無かったのである。だが、そこから瞬時にセイフォンは加速し、間合いを詰めてゼロスに鋭い突きを叩き込む。


「!?」


 だが、攻撃を加えようとしたセイフォンは、突如としてサイドステップでゼロスから離れ、額に汗を浮かべて苦笑いをした。


「恐ろしい事をするわね……。まさか、あの状況から【武器破壊】を狙うなんて……」

「そこに気付いた貴方も凄いですね。カウンターを狙ったのですが、逸早く見破られましたか……」

「正直、危なかったわ。足元を狙った【烈空蹴】も、もしかして武器破壊の為の布石かしら?」

「どうでしょうね。気付かれては意味がないのですが?」


 セイフォンが突きを放つ瞬間に合わせ、ゼロスはナックルガードを前面に拳を突き出して来たのだ。気付かなければレイピアが破壊されていた可能性が高い。

 少しの油断が命取りになる様な一場面だったのだ。


「まさか、【牙殺し】をこんな風に使うなんてねぇ~……正直に言って、恐ろしいわ」

「バレてしまえば意味は無いでしょう。さて、どうしたものですかね……」

「言い難いけど、魔導士の戦い方じゃないわよ?」

「まともな魔導士では無いのでね。使える手段はどんな卑劣な手でも使いますよ」

「ますます素敵ね……熱くなるじゃないかぁあああああああああっ!!」


 セイフォンの身体がぶれると同時に、複数の彼の姿が現れる。

 そこから続けざまに突きによる連続攻撃を放つが、コンバットナイフで全て捌き切る。

 だが、これでは防戦一方になってしまった。


「ふぁ、【ファントム・ストラッシュ】!? でも……」

「嘘だろ……。おっさん、全てナイフで迎撃してるぞ?」

「まぁ、おじさんだし……。でも、迂闊に攻撃出来ないよ?」


 連続して繰り出された突きは、下手に避ければ攻撃を受けてしまう。

 しかし、これにおっさんは別の方法で対応する。

 セイフォンはその迎撃方法に驚愕した。


「なっ!?」


 ゼロスは同じ技でレイピアに攻撃し、剣先をナイフの切っ先に当てる事で攻撃を防ぎ始めた。

 格闘技術と剣術、見切りを合わせた【点尖撃】である。しかし、これで終わる【殲滅者】では無い。


 レイピアは片手剣に分類され、マインゴーシュで防御する事により身を護る、言うなれば堅い剣術であった。攻撃手段はあくまでもレイピアがメイン、マインゴーシュの役割は盾で捌くのと変わりは無い。

 同じ二刀流に見えて、実際は一刀流と二刀流の手合わせなのだ。

 マンゴーシュで攻撃するにしても、利き腕でない為に攻撃は一段劣る事になる。見切るのは容易であった。


 セイフォンは突如目の前に迫るナイフに気付き、慌てて首を逸らした瞬間、【蠢動】で移動してきたゼロスが投げたナイフを手に掴み、もう一方のナイフが彼の首元に突きつけられた。

 予備動作も無くナイフが飛んで来るなどと思わないだろうが、そのナイフに追いつく身体能力も異常である。気付いた時には二本のナイフが首筋前後に当てられていたのだ。


「ここで剣技と暗殺技の【裏・瞬天双牙】……。ますます魔導士じゃないわね?」

「魔導士ですよ? 〝一応〟は、ですがねぇ」


 かつてはPK職を一人で迎撃瞬殺してきたゼロス。

 対人戦闘すらもこの世界では健在であった。


「迂闊に熱くなった私の負けね……。間違いなくSランクよ。もしかしたら、それ以上かもしれないけど」

「ランクなど意味はないんですがねぇ~。僕は魔導士ですよ?」

「どの口で言うのかしら……。私もSランクなのに、軽くあしらわれてたし……」

「いえいえ、正直キツイですよ? 歳が歳なものでして」

「どうだか。見た限りじゃ、だいぶ余裕がある様に見えるわよ?」


 おっさんは本気で相手にしていたのだが、途中から余裕がある事に気付いた。

 セイフォンも本気で剣を振るっているのは理解できるが、それ以上に自分自身の能力が遥かに高い事に驚愕した程である。おっさんからしてみれば、Sランクも一般人も大して変わりがない。

 レベルが1800を超えているのはダテでは無いのだが、それでも圧倒的過ぎる自分い戸惑うほどである。いったいどれだけの力量差があるのか分からなかった。

 自身の力を持て余している。


「いまいち自分の基準が判りませんねぇ……。本気で相手にしたのは確かですが…」

「本当に世界は広いわぁ~。私よりも強い人なんて、これで五人目よ? それも、他の人達よりもダントツに強いわね」

「意外に多かった……。やはり、基準が分からん……」 

「私よりも強い人なんて、この国には数人もいないわよ? ゼロスさんはその中で最も強いわぁ~ン♡」

「恋する乙女のような眼で僕を見るの、やめて貰えませんかねぇ……」

「無理。だって……勃起っちゃったから」


 ―――ズギャァアアアアアアアアアアアン!!


 今度こそ確かに、カメラアングルで悩ましげなポージングをしつつも、局部を中心点にして効果音が炸裂した。

そして、おっさんは逃げる。それはもう、全速力で……。


「もう、照れ屋なんだから。そこが、素敵……」

「……いや、アレは心底嫌がってたぞ?」

「ゼロスさん……お尻に気を付けないといけないわね。隙を見せたら『喰われる』わ……」

「レナさんに言われたくないと思うよ? おじさん…もう、ここには戻って来ないね……」


 イリスの言った通り、おっさんは戻って来なかった。

 デルサシスが指定した宿に逃げ込んだのだ。それも、ギルドのオネェから逃れるために……。

 結局ゼロスのギルドカードは発行されたが、それを手にするのは宿での事である。預かって来たのは当然イリス達である。

 幸い泊まるべき宿は決められており、傭兵三人娘は迷うことなくゼロスと合流できた。ただおっさんはカードを手にするとき、異常なまでに怯えていたと言う。


 数ヶ月前の悪夢を思い出し、この世界の不条理を呪うのであった。

 ゼロスは、別の意味で再びピンチになったのである。


 何にせよ、おっさんは無事(?)に傭兵として登録する事が出来た。

 因みにランクはSだが、妥当な所だろう。こうして学院恒例実戦訓練の護衛を受ける事が出来るようになったのである。


 この後に、おっさんはSランクの傭兵に勝利した魔導士として一時ほど有名になるのだが、それはまた別の話である。


 ◇  ◇  ◇  ◇


 余談だが、ゼロスがSランクのオネェと対峙していた時、コッコ達は受付の前で待機していた。


「うわぁ~♡ 綺麗な体毛……それに、ふわふわ」

「コッコて凶暴だと聞いていたけど、良く見ると可愛いわね」

「可愛い中にも、何ていうの? そう、凛々しさが醸し出されてるし、周りの男共よりも強そう♡」


 そして、女性職員に囲まれモテていた。


「コケッ……(なんか……照れくさいぞ?)」

「ココ…コケッ(拙者、こういうのは苦手なのだが……)」

「コケ、ココケッ(我等も罪作りだな。まさか、種を越えて雌達を虜にしてしまうとは…)」


 どれだけ凶悪進化しようとも、大人しくしていればただのニワトリである。

 しかも、ゼロスの手入れのおかげで羽毛は艶があり、見るからに品格が漂っている。

 農家のワイルド・コッコとは羽毛が違うのだ。


「何で依頼が受けられねぇんだよ! 事故だって言ってんだろ!!」

「そう言われましても……規則なので」

「ふざけんなよ!! 俺達を誰だと思ってやがんだ」


 どうやら受付では、参加者の人数が一定に達した事から学院生護衛依頼を締め切ったようで、それに対して後から来た傭兵達がクレームをつけている。

 おそらくはスティーラの街以外から来た傭兵の様で、いきり立つ彼等は男性職員の胸倉を掴み、今まさに一発触発状態であった。


 ―――キュピ―――――――――ン!!


 それを見た瞬間、コッコ達の目が猛禽類の様な獲物を狙う目に変わった。


「「「コケェ!!(成敗!!)」」」


 一瞬の出来事であった。

 大の大人たちが瞬く間に空中に浮かび上がり、強烈な打撃と斬撃によって死なない程度にボコボコにされたのである。正に瞬殺。


「コケ……(つまらぬ物を斬ってしまった……)」

「コケ、ココケ、コッコケ?(ザンケイ、斬ったのか? それより、センケイはいつ格闘術を覚えたんだ? 前に見た時は拙かったはずだが……)」

「コケコッコ、コケ!(弓だけでは戦えんからな。護身を兼ねて師父に鍛えて貰った)」

「コケ、ココココッケェ(某は斬ってはおらんぞ? ただ、着ている物は斬り刻んだが……)」


 傭兵達は、ある者は装備を細かく斬り刻まれ全裸に、またある者は肥満体と見間違うくらいに全身が腫れ上がっている。

 このニワトリ達の強さは、以前よりも格段に跳ね上がっているのだ。


 三羽をを除いて重い沈黙が流れる。

 ギルドの職員達全員の視線が三羽に集中していた。

 そして……


「「「「きゃああああああああああああああああっ♡」」」」


 黄色い歓声が爆発する。


「コッコちゃん達、強いのねぇ!!」

「荒くれ傭兵を瞬殺、素敵よ! 可愛くて強い、最高!!」

「人間だったら抱かれても良いわ♡」


 一躍人気者になるコッコ達。

 その後、おっさんが全力で逃げ出すまで、三羽は女性職員達に囲まれる事になる。


 それからひと月後、ワイルド・コッコを連れた傭兵達が増える事になるのだが、どうでも良い事である。

 何にせよ、ウーケイ、ザンケイ、センケイの三羽は伝説を作ったのだ。

 傭兵を瞬殺した【三武鶏】として……。


 彼等、武闘派コッコの伝説が此処から始まるのだが、本当にどうでも良い話であった。

 

 

 


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