おっさんのいない日常6
セレスティーナはいつもの如く、大図書館(通称【書庫】)に向かい、魔法式の研究をするべく足早に向かっていた。
いつもの日課であるが誰も声を掛けてくれる者は無く、少し寂しかったりもする。これもいつもの事なのであまり気にしない様にしていた。いや、最近は友達がいない事に少し焦燥感も感じるようになっている。
声を掛ける者がいないのは、今まで馬鹿にして蔑んでいた者が二ヶ月顔を見なかった内に自分達を一気に引き離し、学院の講師すら匙を投げるほどの才女になってしまったからだろう。
更に言うなら講義に質問と云う形式を取り、痛烈な指摘を叩き込んで来るので講師陣営は戦々恐々する羽目になり、最早教える事はないとばかりに彼女との対話を全て放棄したのだ。
要するに『手に負えなくなったから自由意思で自分の研究をしてくれぇ!! 俺達に君を教える事は無理だぁ!!』と言っている様なものである。
それは兄のツヴェイトも同様であり、半ば喧嘩腰に指摘してくる彼に比べれば、セレスティーナはまだ大人しい方であろう。お陰で自由に魔法式の解析に専念できるが、彼女に声を掛けてくれるのがキャロスティーだけだと思うと少し悲しい。
彼女も気軽に話せる友人が欲しいのだ。
「ハァ~……」
「こうして、お嬢様は一人寂しく今日も魔法研究に勤しむのでした。悲しい青春ですね」
「ミスカ……。人が気にしている事を良く言えますね?」
「クールに素敵、素敵に無敵、無敵に図々しいが私ですから。今更です」
「今更なのぉ!? それに、なぜそんなに誇らしげなんですかぁ!?」
何故か胸を張り、堂々と眼鏡を指で引き上げ、ニクイほどに得意気なミスカ。
本当に良い性格をしている様である。
「お嬢様、待っているだけでは友人は出来ませんよ? 時には拳で語り合うのも友人を作る手段の一つです。失敗すれば逆恨みされますが」
「どんな友人の作り方ですかぁ! 夕日の沈む海岸で、熱く殴り合えと言うのですか!?」
「お嬢様……何故、その様な知識をお持ちなのですか? 誇りあるソリステア公爵家の淑女が知って良い物ではありません。野蛮です」
「拳で語り合えと言ったのはミスカですが?! それ以前に、この知識を私に与えたのは貴女なのですけど……」
「・・・・・・・・・そう言えば、そうでしたね。昔の事なので忘れていました」
「三日ほど前の話が昔なのですか?」
友人のいないセレスティーナは普段は自室で閉じこもりがちで、ハッキリ言えば暇だった。
講義や魔法式の関しての研究も時間を分けて行ってはいるが、それでも開いている時間の方が多く、その暇な時間に良く小説などを借りて読んでいた。
そんな彼女に三日前、ミスカはお勧めの本と称して渡した一冊の本。タイトルが【青春暴走一直線 ~拳で語れ愛の唄~】と云う物だった。最終的にめくりめくる薔薇の花園に突入する危険なストーリーに、セレスティーナは夢中になった。腐った女の子になる最初のスタートラインに立ってしまったとも言える。
「フッ……私は過去を振り返らない女。細かい事にはこだわりません」
「……年齢にはこだわっている、の、にィ……ヒッ!?」
突然セレスティーナは両肩を掴まれ、彼女の目の前にドアップで眼鏡を爛々と輝かせ迫りつつも、ドス黒いオーラを放出して迫るミスカ。セレスティーナは地雷を踏んでしまった。
「お嬢様……今、何かおっしゃりましたか? もう一度、お聞かせ願いたく存じますが?」
「い、いえ……き、気の所為ですよ……ミスカ……」
「そうですか。なら宜しいのですが、僭越ながら余計な一言が命取りになるのが昨今の御時世です。お嬢様もくれぐれも不用意な一言には気を付けてくださいね? フフフ……」
「ひゃ、ひゃいぃ!」
恐怖に震えながらも、セレスティーナは回れ右をし、ぎくしゃくした足取りで大図書館へと足を進めようとする。足と腕が同時に出る程にミスカが怖かったようだ。
そんな彼女を見てホクホクしているミスカは本当に良い性格をしている。
歩き慣れた道なりに進むと、途中ミスカは数人の少女達の姿を見かけ首を傾げた。
一人の少女ん対して数人が絡んでいる様に見える。
「お嬢様、アレをご覧ください」
「何ですか?」
ミスカに促されその方向を見ると、見た限りでは一人の少女に対し数人の少女が絡んでいる様に見える。良く見ると数人の少女達は魔法を使用しているのか、魔力の波のような物が感じられ、絡まれている側の少女は拘束されたかの様に身動きが取れない。
何の魔法を使用しているのか確かめて見ると、どうやら拘束系の下級魔法の様で魔法陣らしきものが足元に浮かび、見えない力場で彼女を拘束している様であった。
魔力で形成された低位の魔法陣は肉眼では見えないが、魔力を目に集めると魔法陣の形状が見て取れるのである。
「アレは、【バインド】の魔法ですね」
「学院内での魔法の使用は、許可が無ければ違反になる筈です。直ぐに止めましょう」
「待ってください、お嬢様。今の段階ではどちらに非があるかは分かりません。ここは様子を見てから介入した方が良いでしょう」
「……確かに、では姿を隠して近付きましょう。【ミラージュ・カーテン】」
光を屈折させて姿を隠す魔法【ミラージュ・カーテン】。動くと空間が歪んで見えてしまう欠点はあるが、注意が散漫になっている者達にはさほど問題は無いだろう。
効果時間は任意で変えられるが、その分魔力消費も多くなり、【魔力察知】のスキルで見破られる可能性も高い。だが、学院の学生がそれほど高いスキルを保有している事は稀なので、おそらくはバレないと判断した。
セレスティーナは静かに近付き、様子を窺う。
「たいした魔力も無いくせに、アンタ生意気なのよ!」
「落ち零れは、さっさとここから出て行きなさいよね! 凄い邪魔だから」
「睨みつけるだけじゃ何も出来ないわよ? 何なら魔法を使って見ると良いわ。まぁ、無理だろうけど」
「うぅ~っ! こんな物……うぎぃ!」
バインドの魔法を掛けられているのは獣人の少女であった。
黒い毛並みの犬の様な耳が特徴な事から【ハウンド族】と思われるが、獣人がこの学院に居るとなると混血種である確率が高いだろう。その少女は力任せに【バインド】の魔法を振り解こうとしている。
「獣人風情が魔法を学ぼうなんて生意気なのよ!」
「どうせ大した事が出来ないんだから、出て行けば? 少しは綺麗になるわよ、獣臭さが消えるから」
「犬臭くて困るのよねぇ~。邪魔だから消えてくれない?」
良く見かける陰湿な虐めの現場である。
見た限りでは数人いる少女達は、貴族では無く商人の娘である可能性が高い。貴族なら指に護身用の魔導具である指輪などの装飾品を付けている事があるが、この少女達にはそれが無いのだ。
だが、セレスティーナは別の事を考えていた。
『獣人という事は、混血種でないという事になりますね? でも稀に魔力が高い子が生まれて来る事もあるらしいですし、学院にいるという事は魔力が適正値に達しているという事でしょう。
獣人種は魔法を使うのが苦手と聞いていますが、代わりに魔力を体に循環させる事で身体能力を向上させると先生が言っていましたね。バインド程度なら簡単に振り解けるはず……もしかして、やり方が分からないのでしょうか?』
獣人種は後方支援の魔導士になるよりは身体を強化して前衛で戦う事が得意な種族である。犬型の種族は機動力と攻撃力が上昇し、魔法その物を時には拳で粉砕する事が可能。
また、身体に魔力を循環させる事により魔法耐性も倍に跳ね上がるので、魔導士にとっては天敵とも言って良い。人間よりは魔力が低いが、その代わり魔力の運用法が比較的高い種族であった。
『確か、兄様が先生に教えて貰っていたような……』
思い出すのはファーフランの大深緑地帯でのひと時……。
ツヴェイトはゼロスが拳で魔物を屠るのを見て、自分にできるかどうか質問をしていた。その時に獣人族の戦い方が例に出されたのである。
ツヴェイトも身体能力が向上すると聞いて試しては見たが、魔力を体の内側で制御するのは難しく、今でも訓練に明け暮れていた。何としても極めたいと思ったのであろう。
その時の会話を思い出していた。
『良いですか、ツヴェイト君。魔力をただ体の内側に止めるのではなく、へその下……下腹部辺りに魔力を集め練り上げる感じで止めるのがコツです。少し熱くなった感じがしたら、その魔力を身体に循環させるイメージで隅々に流すのですが、ここが重要で最も難しい』
『し、師匠……これ、口で言うほど簡単じゃねぇぞ? 獣人達はこんな事をやっているのかよ……』
『獣人達は本能的に操作方法を知っていますからねぇ。人がこの身体強化を使うくらいなら、魔法でブーストした方が手っ取り早い。まぁ、その分魔力を他の魔導士に察知され易くなりますが、この方法は相手に魔力を察知される事はないんですよねぇ~。何せ、体内を血液と同じように循環していますから』
『何でだ? どちらも魔力を使っているんだよな?』
『【魔力察知】もしくは【魔力探査】なのですが、これは放出される魔力を感知し調べる物ですから、体内に循環された魔力は放出される訳では無いので敵に感づかれる事はありません。ブースト系はどうしても体の外側に魔法を掛ける事になりますので、効果は同じでも隠密性が全くないんですよねぇ~』
『それって、魔導士にとって獣人は厄介な存在じゃねぇか!?』
『そうですよ? 彼等は理性と本能の程良い感じで優れた種族と言えますね。僅かな魔力を本能と理性で巧みに使いこなし、速攻で魔導士を始末しに来ます。敵に回さない方が身のためです。しかも敵の魔導士は鋭い五感と魔力の察知する第六感によって筒抜け、一方的にボコられるでしょうねぇ~』
その後ツヴェイトは三時間ほどこの魔力の循環方法の運用を叩き込まれ、取り敢えずは使えるようにはなったのだが、次の日筋肉痛に苛まれる事となった。
幸いレベルが上がった事で体が最適化し、この苦しみは一日だけの地獄であった事が救いである。
『つまり、この子は魔力の使い方が分からない? 本能的に知っているのではないのですか?』
確かに獣人は魔力の運用法を本能的に知ってはいるが、それを使うには親から子に伝えられなくては意味が無い。獣人の子は親の魔力の使い方を見て育ち、自分で使えるようになるまで遊びながら覚えるのである。人が格闘スキルを生涯かけて鍛え得られる境地に最初からいる事になる。
まぁ、その分魔法の行使に対して苦手な面が出るのだが、この獣人の少女はその環境下に無かった事を意味し、人に育てられた事になるだろう。だが、セレスティーナにはそこまでは分からなかった。
「全く……魔力があるだけで使えなかったら意味が無いわよね」
「落ち零れはただのゴミと同じよ? わかってる?」
「クズは死んでくれた方が学院の為だわ。あんた、何で生きてるの?」
取り囲んでいた少女達の言葉に対し、セレスティーナは憤りを覚えた。
かつては自分も同じ事を言われ続け、屈辱を噛み締めて生活していた。遠回しに言われる嫌味は実に悪質で陰湿。それに対して憤りも覚えたが、自分が魔法を使えなかった事もあり只我慢し続けていたのだ。
今目の前にいる獣人族の少女の気持ちが痛いほどに解っていた。そして、セレスティーナは行動に移す。
『魔力をおへその下辺りに集めて、それを捏ねるかの様にゆっくりと練り上げてみてください』
獣人族の少女の耳元で囁くと、獣人の少女は一瞬だが驚いたかのように尻尾が跳ね上がった。
だがセレスティーナは更に言葉を続ける。
『お腹の下が熱くなって来たら、今度はその魔力を体の中に流すようにしてください。先ずは心臓へ、そこから体の隅々に流す様に……ゆっくりと』
少女は何が起きているのか分からなかったが、傍に誰かがいる事は匂いで解る。そして、自分に何かを教えてくれているのだと知ると、言われるが儘に指示に沿って行動し、体の隅々に魔力を行き渡らせる。
意外と簡単に出来た事にも驚いたが、それよりも今までとは違う感覚が彼女を包み込んだ。まるで燃える炎のような熱い感覚が体の中を駆け巡り、力が漲る様な気がしたのだ。
いや、実際に力が向上していた。それは同時に彼女の本能を呼び起こし、拙かった魔力の循環が次第に形になって行く。
まるで最初から知っていたかのような、それでいて懐かしい感覚であった。
「言い返さないの? まぁ、バインドを振り解けないような獣が人の言葉を話す訳が無いかぁ~♪」
「そうそう、魔法が使えるのは選ばれた人間だけよ? 獣は穴の中で暮らしてるのがお似合いね」
「悔しいならやり返して見せなさいよ。まぁ、無理だろうけどね。だってぇ~ケダモノだしぃ~♪」
「・・・・・・良いの?」
「「「!?」」」
獣人の少女が初めて見せる獰猛な笑み。
今まで悔しがる姿は見た事があっても、ここまで好戦的な笑みを浮かべた事あなかった。
一瞬たじろいたが、少女達はバインドで拘束してある事に気付き、平静を装いながら挑発的な事を言ってしまう。
「ふん、やれるものならやってみなさいよ! ケダモノに魔法が解けるならね!」
「じゃぁ、遠慮なく……」
――パキィィィィィン!!
甲高い音と共に拘束していた魔力が砕け散り、獣人の少女は自由となった。
いや、それどころか指の爪が鋭く伸び、腕には獣の様な体毛が次第に生えて行く。俗に言う【闘獣化】と呼ばれる現象だ。こうなると獣人の身体能力は三倍近くに跳ね上がり、接近戦の弱い魔導士では太刀打ちできない。ただし、疲労は時間ごとに蓄積するが。
「バインドて、こんなに簡単に砕けるもんだったんだ。何で今まで出来なかったんだろ?」
「バ、バインド・ブレイク!? 嘘ぉ、何でこんな事が出来るのよ!?」
「な、なんで……こんな、今までこんな事は一度も無かったのに……。手加減していたっていうの!?」
「さて、やり返しても良いんだよね? 今なら、アンタ達程度なら簡単に殺せそう」
まるで肉食獣のように下で口の周りを嘗め、今まで自分を散々馬鹿にしていた少女達を睨みつける。
獣人も魔法が使えない訳では無い。人間よりも使える魔法が少ないだけであり、それ以上に戦闘に特化した魔力運用が得意なのだ。
解き放たれた猛獣は、今度は狩人に襲い掛かるのは目に見えている。
既に立場は逆転した。獣人の少女が今にも飛び掛かろうとした時、「待ってください!」と第三者の声が響く。しかし、声の主はどこにも見当たらない。
「……いい加減に姿を見せて欲しいよ。そこにいるんでしょ?」
「獣人は五感も優れていますからね。匂いで解りましたか?」
「まぁね」
何も無い空間が揺らぎ、やがてその場に一人の少女が姿を現した。
「セ、セレスティーナ様……」
「うそ、最初から見られれていたの!?」
「ヤバ! 逃げないと……」
狼狽える少女達を他所に、セレスティーナは獣人の少女に目を向けて話しかける。
歪んだ思考の持ち主など、どうでも良いのである。
「どうですか? 魔力を練り上げる獣人族の術は。まさか【闘獣化】までするとは思いませんでしたけど」
「うん。しっくりくるよ。なるほどねぇ~、獣人の魔力はこう使うんだぁ」
「知らなかったのですか? 獣人種達は魔力の使い方を本能的に知っているものとばかり思っていましたが」
「う~ん……何て言えばいいのかなぁ? アタシ、実は養子で、両親が死んだ時に友人である今の親に引き取られて育ててもらったんだけど……この親が魔導士でさぁ~」
「あっ! だから獣人特有の魔力運用ができなかったんですね。おかしいと思ったんですよ、幾ら人間の中で育ったとは言えど、両親が獣人なら戦い方を知っている訳ですし、それを知らないとなると人間に育てられたとしか考えられない」
今の会話で、この獣人の少女に魔力の使い方を教えたのがセレスティーナである事が判明してしまう。
しかも相手は公爵家の令嬢でもあり、【落ちこぼれ】から【才女】にまで一気に飛び越えた規格外。更にこうした陰湿な真似をしていたと知られるには不味い相手であった。
何しろセレスティーナも陰湿な嫌がらせをされていた当事者であり、彼女達がこの獣人の少女にしてきた事と同じである。八つ裂きになる前に止めてくれたと言えど決して味方では無い。
「さて、あなた達の処遇ですが……自分達が何をしたか分かっていますね?」
「「「は、ハイ……」」」
「力でもって他者を圧する行いは、同じ力で滅ぼされたとしても文句は言えないのですよ? 見たところ大して実力も無いのに、驕れるほど偉くなった積もりですか? 誰しも最初は弱いものですが、力を付けようと思えばいくらでも出来るのです。仮に今まで行って来たことを恨まれて、数年後に極限まで強くなった彼女に殺されたとしても文句は言えません。それだけの事をして来たという事になるのですからね」
どこぞのおっさんみたいな言い方だが、所詮は他人の受け売りであり、おっさんもまた他人の受け売りを教えたに過ぎない。セレスティーナにしても『何を偉そうな事を言ってしまっているのでしょう?』と内心では焦りを覚えていたが、どうでも良い事だろう。
今は彼女達に反省を促す事が先決であると、セレスティーナは割り切った。
「獣人族は仲間意識が強く、例え人の中で育ったとは言えど決して見捨てる様な真似はしません。何よりも魔導士の天敵の様な種族なのですよ? そんな種族を相手に、貴女方は何をしていたのですか?」
「獣人ごときがどうして天敵なのよ! 魔法も使えない種族じゃない!」
「使えますよ? 現に今、目の前で使ったではありませんか、【身体強化】と云う魔法を……。獣人族が身体強化を使うと魔力を感知する事は出来ません。更に視覚や嗅覚と云った五感に優れていますから、いつの間にか直ぐ傍まで来て一瞬にして敵を倒す事が得意なのです。貴女方はそんな種族を倒せると? 相手が正々堂々と正面から戦ってくれる訳では無いのに、そう思えるのですか?」
獣人族は仲間を守る為ならどんな手段も平然と使う。
学院内での事が他の獣人達に知れ渡ったら、最悪戦争になり兼ねない事態に発展するだろう。それ程までに仲間意識が強く、同時に敵に対しては容赦がないのだ。
虐めていた側からすれば軽い憂さ晴らし程度だったが、戦争に発展しかねないと知りその顔は青褪め、手足の震えが止まらない。
もし戦争に発展し、その原因が自分達にあると知られれば、彼女達は家族郎党全てが処刑される事になる。軽はずみな行動の裏にあった最悪な危険性である。
「この国は他種族にも開かれた国です。だからこそ発展できた歴史的事実があるのに、貴女方の行動はそれを全て無駄にしてしまう事になるのですよ?」
「べ、別に私達は……」
「私達だけじゃないわよ! 他にも同じ事をしている人はいるわ!」
「何で私達だけ蔑まられなければならないのよ! この間まで無能だったくせに……」
「他人が下劣な真似をしているからと言って、それを良い事に同じ事をするのは、先に悪行をしていた方達よりも品性が劣りますね。それに……確かに私は無能でしたが、貴女方は強くなるためにあの深緑地帯に行けるのですか? この学院生の実力では一日で死にますよ?」
「「「うっ……」」」
セレスティーナがファーフランの大深緑地帯へ向かう前準備として、過酷な戦闘訓練をしていた事は有名な話である。情報源は兄のツヴェイトだが、その時の彼は『いや、アレはマジで地獄だった……。セレスティーナの奴も良く続けられたもんだよ、いやマジで! 相手はゴーレムだが、何度でも再生して来るし終わりがねぇ。実戦だったら何度も死んでるわ……』と、周りの友人達に漏らしていた。
そんな訓練を一ヶ月以上続け、更には危険な深緑地帯に向かいサバイバル生活を続けて生き延びた事が周囲に震撼を齎した。既にツヴェイト共々学生レベルでは無い。
無力であったが努力でその状況を覆したセレスティーナに対して、少女達は何も言う事は出来ない。以前の魔法が使えない状況であったなら後ろで陰口を叩いて嘲る事は出来たのだが、今では既に格上の存在で講師陣営も手が出せない程だ。
相応の努力をして上り詰めた相手に対し、今更何を言ったところで負け犬の遠吠えである。何しろ彼女達は何もしていない。
「ハッキリと言ってしまえば、この学院にいる殆どの魔導士は戦場では役に立ちません。半分以上が錬金術を求めていますし、彼等が仕事に就けるかどうかも派閥のコネに掛かっています。せっかく魔法を学んだとしても、その殆どが別の仕事に就く事になりますので、何の為にこの学院に来ているかが分からなくなりますね」
容赦なく現実を突きつけるセレスティーナ。
魔導士として学んだ大半の学院生は、世間に出れば大半が魔導士ての活躍の場も無く消える事になる。錬金術を学んだものとて、それは変わりない。
薬草の類を仕入れる事が出来ず魔法薬を生成する事が不可能であり、自分で採取に行くにも戦う事に関しては素人同然。護衛も雇うにしても金が無いために結局は断念する事になる。
錬金術師として働けるのは派閥で優秀な成績を残した者の一部か、あるいは実家がそれなりの稼ぎを出している商人の場合のみである。しかし、魔法薬は個人によってその効力が極端に異なり、命懸けで戦う傭兵や騎士からの需要を得るには、相応の実力が伴わないと暫く貧しい生活を送る事になる。
中には狩りがてらに薬草を採取し、村の発展などに貢献する変わり者もいるが、そんな人物は稀であり大半は金儲けを優先する。ただし同じような事を考える者達があまりにも多く、結局は魔導士としての仕事にありつける者は一握り程度であろう。
幸い魔法を学ぶために学院に入学する者はそれなりに裕福な家庭出身者が多いのだが、一部の領地で一般向けの魔法が販売された為に、今後は魔導士の価値は下がる事になる。
世間に求められている魔導士は学歴では無く、使える魔導士か否かである。
「結婚の優位性を高めるために学歴を必要とすると例もありましたが、いざ戦争になれば駆り出される事になるでしょうし、実力の伴わない方々は無駄に命を落とす事になるのでしょうね……」
「何で戦争なんか、国の問題でしょ!」
「忘れたのですか? 学院に在籍する魔導士は、戦争になれば戦場に駆り出される予備兵役なのですよ? 万が一にも戦争になれば男女区別なく戦場に送られます。例え錬金術師でも、攻撃魔法が使えるなら戦場に送られる事になるでしょう。それと……他種族の差別は重罪ですよ?」
イストール魔法学院の学院生は、卒院すれば兵役の責務が課せられ、有事の際には戦場へと赴く事になる。これは国の法でも決められた事であり、特別な待遇を持って迎え入れられる学院とその保護者達との間に決められた契約である。そもそも戦争は国の兵力だけでは防衛など到底間に合わず、国民から希望者を募る事で兵力を上げる事になるのだが、学院生は特別な好待遇で学院に入学できると同時に強制的に戦場に送り出される責務が発生するのだ。
当然その兵力には獣人族も含まれており、彼女達の行動が原因でで獣人族との間に余計な軋轢が生まれれば、それだけで大幅な戦力ダウンに繋がってしまう。
故に、こうした異種族を蔑む行為は犯罪として取り扱われており、例え子供同士の虐めであったとしても厳罰を科せられる事になる。
「別に獣人族なんて要らないじゃない!」
「そうよ! 私達には広範囲殲滅魔法があるんでしょ!」
「アレは使えませんよ。そもそも複数の魔導士の魔力を同調させるなど無理がありますし、仮に発動したとしても必要となる魔力が足りません。旧時代の試作品で役に立たないと言うのが最近の意見ですね。
実際、きちんと作動した所を見た事があるのですか? それ以前に……ウィースラー派ですね?」
「うっ……」
「そ、それは……」
「・・・・・・・・・」
ウィースラー派を隠れ蓑にしている血統主義派には、貴族から市井に落ちた者達も多く、いずれは嘗ての栄華を取り戻そうと躍起になっている者達もかなりの数が在籍している。
しかし、その彼等を繋ぐ基盤となっているのが【広範囲殲滅魔法】の魔導術式とその実験施設である。が、未だに魔法自体が発動した事はなく、研究もあまり進んではいない。
ここ最近は次第に資金繰りが厳しくなり、その資金源となる場所を率先して潰しているのがソリステア派なのでだ。つまりセレスティーナは血統主義者たちの野望を打ち砕く者の一族となる。
陰湿な虐めを行っていた彼女達の行為は、怨敵のソリステア派に知られる事にでもなれば、格好の攻撃手段を与える事になるのは間違いないだろう。現場を目撃した相手が悪かった。
「血統を誇る前に実力が伴わなければ意味が無いでしょう。何故ここまで暴挙に出られるのか不思議でなりません。ハァ~……兄様も苦労していたのですね。初めて知りました……」
ツヴェイトは半ばまで洗脳されていたが、恋愛症候群――発情期で復帰したのは皮肉な事だろう。
失恋の憂さを晴らすべく、血統主義者を目の敵にしてとことん反目した結果が派閥分裂であるのだから、何が功を奏するのか分からないモノである。
因みに本家大本のウィースラー家は拍手喝采で喜んだらしい。サムトロールが切られるのも時間の問題であった。ツヴェイトからしてみれば、『もっと早く始末しろよ!』と愚痴を溢したと言う。
知らぬはサムトロールを含む側近たちだけである。
「噂を聞く限り、血統主義派は近い内に潰される事になるでしょう。私には関係の無い話ですが」
「関係ない訳無いじゃない! アンタの一族が邪魔をしているんでしょ!」
「私達は優秀なのよ! 何で蔑まられなければならないのよ!」
「アンタだって、一族の血が優秀だから強くなったんでしょ!」
「いえ、努力の結果です。それと、私は派閥の事に関しては一切関りはありませんよ? 寧ろ御爺様と御父様が裏で動いているのではないでしょうか? 何をしているのかまでは分かりませんが……」
「「「【煉獄の魔導士】と【沈黙の獅子】!?」」」
最悪の親子コンビが動いているとなると、もはや終わったも同然である。
この二人が動かざるを得ない状況になったと言う時点で、血統主義派はやり過ぎたという事になるだろう。どちらも物騒な逸話が事欠かない人物達なのだ。
どんな逸話かは後にするとして、どちらも敵には情け容赦が無いと有名な人物なのである。
しかも、搦手では自分達が動いた事を様々な手段を使って隠滅し、決して証拠に残さないほど狡猾な二人であった。率先して動く時は、相手に対して有効で決定打になる確たる証拠を手に入れている時だけである。
「じょ、冗談じゃないわ!」
「私は抜けるわよ、こんな派閥!!」
「学院からも退学するぅ~~っ!! 殺されたくない!!」
「・・・・・・流石に学生にそこまで」
セレスティーナはの言葉も聞かず、彼女達は全力で逃げ出した。
セレスティーナの血縁者は、敵が恐怖で恐れ逃げるほどの偉業を数え切れないほど持っている。そんな相手が動いていると知れば、この国の大半の敵勢力は逃げ出す程に有名であった。
流石に裏社会との対立での話までは伝わってはいないが、表の噂だけでも充分効果があった。結果的にはであるが……。
「凄いね。言葉だけであいつらを追い払ったよ……」
「私が凄い訳じゃないですよ……。それよりも、御爺様達は何をしたんですか……」
セレスティーナは肉親の噂には疎かった。
肉親に関しての噂話は、魔法を使うための研究を始めて必死だった事で、知る機会が無かったのだ。
尤も、血縁者の目の前で、親や祖父に関する物騒な噂話をする筈も無いが、色々とやらかしているのは間違いない。
曰く『盗賊の討伐で、アジトごと盗賊を焼き殺して全滅させた』、曰く『気に入らない貴族を経済的に追い込んで破滅させた』、曰く『強欲な商人を策略で財政破綻させ、逆にその商家の全てを取り込んだ』、曰く『一族に悪意を持って近づく求婚者を片っ端から破滅に追い込んでいる』など、様々である。
そして、その噂の殆どが事実であるのだから恐ろしい。クレストンは必要なら堂々と自ら出向き、敵対者を纏めて焼き払う。デルサシスは裏から複数の搦手を同時に行い、慌てている所を横から全て根こそぎを搔っ攫う。表立って動く事は滅多にない。まぁ、あくまでも表の世界から見ればの話だが……。
「何にしても助かったよ。獣人族の戦い方も教えて貰っちゃったし、何かお礼をしないといけないね」
「別に構いませんよ。以前は私も同じ立場でしたし、他人事では無かったので……」
「いや、それだとアタシの気が収まらないんだけど?」
獣人族は一部を除いて義理堅い。恩には恩で報いるのが習性と言うか、民族性の特徴であった。
別の言い方をすれば懐かれたと言っても良いだろう。何故なら彼女の尻尾がブンブン振り回されている。
「そ、そうですね。では、一週間の実戦訓練でパーティーを組むと言うのはどうでしょうか?」
「おぉ?! セレスティーナ様も参加するの?」
「もちろん私も参加しますよ? えと……そう言えば、お名前を知りませんでした。伺っても宜しいですか?」
「あっ、そう言えばそうだったね。アタシはウルナ・ラハ! 魔導士【サーガス・セフォン】の養女で、見ての通りの獣人族さ」
「サーガス様って、確か御爺様と同期だったような……。一度、お会いした事もありましたが……」
サーガスとクレストンは同期でイストール魔法学院の卒院者でもある。互いに研鑽を積んだ仲であるが、実力は互いに拮抗している実力者でもあるのだが、サーガスは権力に拘る気は無い奔放な性格であった。
何に関してもあまり積極的に関わらない所から【昼街灯】の通り名で呼ばれている。だが、その実力は確かな高名の魔導士である。優秀なのだが、極度のめんどくさがりとしても有名な魔導士だった。
「あっ、そうなんだぁ~。意外な所で繋がりがあるんだね。世間は広いようで狭いみたいだよ」
「そうですね。意外な繋がりがあったものです」
「おや、いつの間にか仲良くなられましたね?」
「「うひゃあっ!?」」
今までどこに居たのか、突然姿を現したミスカに驚く二人。
匂いどころか完全に気配を感じなかったのだから、二人は驚くのも無理は無いだろう。凄まじいまでの隠密性である。
「お嬢様が……アノ、ボッチの…… アノ、ボッチのお嬢様にぃっ!! 遂に、ご友人が出来るとは……このミスカ、嬉し過ぎて涙が……」
「ボッチってなんですか! それより全然泣いていないどころか、寧ろ堂々と言い切ってますけど!?」
「この事を大旦那様が知れば、さぞお喜びになる事でしょう。草葉の陰で……」
「勝手に御爺様を殺さないでください! 御爺様はまだお元気です!!」
「そうですね。まだ天に召される事はないでしょう……。あと八十年は生きそうですよ、存外しぶといですからね。あの老人は……チッ!」
「ミスカ……御爺様の事が嫌いなの?! 殺したいほど嫌っているのぉ!?」
「いえ、心から愛しておりますが?」
「なんて嘘に塗れた笑顔で言い切るのですか!? もの凄く信用できないんですが……」
「アハ……アハハ……」
唐突に現れカオスを齎すクールメイドに対し、ウルナはただ引き攣った笑みを浮かべるしか無かった。
獣人の五感を持ってしても気配を知る事すら出来なかったこのメイドは、何処かのおっさんや領主と同じ人種の可能性が高いだろう。種族を越えた埒外な存在と言っても良いのかも知れない。
何はともあれ、ボッチのセレスティーナに、二人目の友人が出来た事は喜ばしい事である。
余談ではあるが、セレスティーナに声を掛ける者が居ないのは何も彼女が強くなったからだけでは無い。実は裏でファンクラブが結成され、近付く者を容赦なく排除していたからだ。
彼女に付けられた二つ名は【魔導天使】。
そんな称号で呼ばれ、周囲から色々な目で見られている事など当人は知らない。
抜け駆けする者は粛清されるのである。
「ハァハァ……天使さん、今日もカワエェ~!」
「あのメイド、良い仕事しやがるぜ……。天使様の姿を【写真宝具】で記録したか?」
「バッチリだ! 後で転写して同志に配ろう」
「よし…では、ひき続きストー……もとい、天使様を見守り続けるぞ!」
「「「「おぅ!!」」」」
この学院は、色々な意味で駄目なのかもしれない……。