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おっさん、風になる

【魔導錬成】。主に鍛冶師や錬金術師・薬術調合師の職業を一定の段階で極めると使えるようになる、生産職の奥義とも言える技である。

 素材を魔法陣の中央に置き、魔力を流しながら錬成過程を入力する事で様々な物を製作できる便利な魔法だが、何でも作れるかと言えば実はそうでもない。


 調合や製作過程を省く便利さは重宝するが、成功率は比較的に低いだけでなく、作り出したアイテムはどうしても手作りの物よりも劣る物が出来てしまう。

 武器にしろ魔法薬にしろ効果があるのは間違いないが、手作りのアイテムと同等の効果を与えるには、相応の数のアイテム製作をこなさなくてはならない。鍛冶師が何度も武器を製作して腕を上げる様に、或いは錬金術師が時間を手間暇を掛けて調合する様に、【魔導錬成】もまた大量のアイテムを製作しなければ上質の物は製作できないのである。


 これは異世界でも電脳世界でも同じ事で、おそらく魔導錬成を使って上質のアイテムを製作できるのは、ファーフランの大深緑地帯にひきこもりになったエルフ達しかいないであろう。

 それでもこの奥義と呼べる魔法技術を行える者は数えるほどしかおらず、仮に出来る者が居ればそれは伝説級の実力を保有している魔導士として認識される。

 それが、どんなショボいアイテムしか製作できないとしてもだ。


 そんな究極魔法を自在に使える人物が現在ここに一人存在する。そう、おっさんである。


「ふむ……魔封石の準備は良し。後はこの魔封石を圧縮してと……」


【魔封石】とは魔法式が内部に刻まれた魔石の事である。

 魔石に魔法を封じ込めるのには、魔導士が魔法を覚える過程と同じ事をする。要は魔法を刻むのが脳内の深層意識領域か魔石かの違いである。工程は同じなので手間は掛からないが、準備段階で魔法式を作り出さねばならない為に、どうしても手作業となってしまう。

 幸いな事に、ORGの時に製作した魔法式やアイテムレシピは脳内の記憶領域に保管されており、いつでも情報を引き出して製作に利用する事が可能であった。

 

 転生してORGのデータが全て具現化された今の身体は、電脳世界で覚えた技術を全て行う事が出来る。ズルと思われがちだが、この技術はゲーム内でプレイヤーが時間を掛けて覚え磨いてきたもので、ある意味では血の滲む努力の結果と言えなくも無い。職業や身体のレベルに応じて補正が掛かるこの世界に置いても、チートは言わば別の世界で研鑽してきた結果とも言える。

 元からこの世界で生まれた者であれば大変誇らしい偉業なのだが、異世界のしかもゲーム内で遊んだ結果得た能力だと思っているゼロスからしてみれば、今一つ誇れるものではない様だ。


 しかし、電脳空間で試行錯誤を繰り返してきた事は紛れも無い彼自身の経験であり、元から住んでいた世界とゲーム内での世界の【生】が異世界転生で逆転しただけである。

 数多くの魔物を倒し、素材を利用して様々なアイテムを製作してきた事も現実にあった事である。無論死なない世界であった事は大きなアドバンテージであったが、死に戻りによるペナルティーは異様にシビアで、ステータスがダウンして数週間はまともに動けない状態であった。

 あくまでゲーム内での体感時間であったが、そのペナルティーがあまりに厳しいため、多くのプレイヤーは出来るだけ安全策を取る様に対応していた。疑似的ではあるが【死】を恐れたからである。


 この世界の騎士や魔導士が戦略を立てて行動するかのように、広大なゲーム世界は異世界と然程変わりは無い。直ぐ傍らに確実な【死】が存在するだけで状況は同じなのだ。

 まぁ、多少の齟齬はあるが(例えばガチャ)、ゲーム内での過ごしてきた生活も紛れも無い現実なのである。自身の能力を卑下する理由はどこにも無い。後は個人がどれだけ受け入れられるかによるが、それはあくまで個人の自由意思で決める事である。

 

 なまじ生産職なだけにゼロスはある程度は受け入れており、転生してから幾度と無く考えてた三つの世界の関係性とゲーム内で行って来た行動の全てが、仮想空間の物では無くもう一つの現実に思えて仕方が無かった。寧ろこの世界は三つ目の世界なのではと訝しんでいる。


 それは兎も角として、おっさんは一人黙々とアイテムを作り上げて行く。

 面倒なのが魔導錬成前の準備であり、魔封石の製作である。

 魔法を刻む工程は予め製作したスクロールを流用すれば良いが、問題は魔封石の圧縮である。

 魔石自体は魔力が凝縮して鉱物化した物だが、魔力を消費するとただの透明なガラス状になり、やがて砕け散る事になる。魔石自体に込められた魔力が消費されると、魔石自体が存在を維持できなくなり崩壊するのだ。それを防ぐ為に同種の魔石を結合圧縮する事で保有魔力量を上げ、更には強度も上げる事に繫がる。


 核となる魔石に魔法術式を刻み、それを複数の魔石を結合させる事で一つの大きな魔封石を生み出す。そこから圧縮して小さくする事により、魔封石の能力は飛躍的に高まるのだ。

 問題があるとすれば圧縮の際に魔法式が歪み、その効果を維持できない状況になる事だが、そこを何とかするのが生産職の腕の見せ所である。そして、おっさんはその作業にとても慣れていた。

 多くの魔法を生み出し数多くのアイテム製作と、精密な作業をこなせるからこそ【大賢者】のジョブを獲得できたのだ。

 ゲーム内で培った技術は、現実世界においても反映されている様である。


「……良く考えてみるとおかしな話だ。この世界の人間はレベルを上げれば身体能力や知識の保有率も向上するみたいだし、スキルの補正があるとしても、ゲーム時に覚えた技術がこの世界の技術と余りにも酷似している。まさかねぇ~」


 思い出してみると幾つもおかしな点がある。

 例えばアイテムの製作だが、五感を感じ取れる精巧なVRの世界ではあるが、ゲーム内で何かを製作していると確かな手応えや失敗してときの感触がダイレクト伝わって来ていた。まるで本当に自分が物を製作しているかのような臨場感は、ゼロスが夢中になるほどの面白さがあった。

 しかし、実際にあるべき世界から離れた今、おっさんはアイテムを製作しながらもゲーム世界と、この世界に対する違和感を常に感じ取っていた。

 その違和感は『地球の技術であのような精密で精巧な世界を、果たしてプログラムだけで作れるのか?』と云うところから始まった。


 ゲーム内での世界【フランリーデ界】の設定と、この世界の摂理が一部のものを除けば殆ど同じなのだ。これに違和感を覚えない方がおかしいだろう。世界の摂理と設定が同一の物だとするなら、ゲーム内の世界が架空の物ではあり得ない。もし架空だと思われた世界が現実の物なら、自分達が死んだ時にアバターをベースに人間を再構築できたとしてもおかしくは無い。何しろゲーム内では〝死に戻り〟があったのだ。

 ステータスにペナルティーとして過剰なまでのマイナス補正が掛かり、結果としてプレイヤーは復活するが、同時にアイテムや死んだエリアで得た経験値を失い、最悪レア装備などを失う事もあった。

 現実で死者は蘇生する事はないが、逆に死にかけの人間をこの世界の摂理に合うアバターと融合させれば、結果的に転生は完了するのではと考えられる。でなければ簡単スムーズに転生など出来る訳が無い。後は同時進行で元の世界で死んだ者達の遺体を、辻褄合わせに物質で作り出せば良い。 

  

「良くある話で、この世界の情報を基にあのゲームが作られた? 何の為に……仮にそんな事が出来たとして、それを現実の物にする事が果たして人間に出来るのか? 不可能でしょうねぇ~普通なら……」


 異世界の情報を得る事が出来る存在となれば、それは【神】と呼ばれる存在しかいない。

 ただ、それが人間の信仰する神と同一の存在かは分からない。分かる事はかなり酔狂で暇をもてあましているという事だけで、神々の世界の事は現状からある程度は憶測が立てる事が出来る。自然界の法則の観点から考えても、死者の転生を行う事はかなり逼迫した事態であったと予測される。

 仮にこの憶測が正しければ、【ソード・アンド・ソーサリス】の世界もゲームではない可能性が高くなって来るだろう。ゲームだと思った世界が実は神々が作り出した別の世界で、【ドリームワークス】と云うゲーム媒体で精神だけをアバターに移し替え異世界を行き来していたとすれば、今まで何の疑問も抱かなかった事にも説明がつく。おそらくは認識の操作をされていたとすれば、今まで疑問に思わなかった事にも納得が行くのである。


 おっさんの視立てではゲームプログラムの観点から見ても、【ソード・アンド・ソーサリス】はあまりにも精巧過ぎて地球の技術では作れるものでは無い。膨大な情報処理能力があるスーパーコンピューターが幾らあっても処理できる情報量では無く、NPCですら人間と同等の自由意志を持っていたのだ。仮にその世界がプログラムだとすると、常に蓄積される情報により膨大な情報量の処理できずにパンクする事になるだろう。ましてや電力消費がハンパでは無い。 

 まぁ、これはあくまでもおっさんが予想している事だが、実際はどうなのか分からない。


「何にしても、元の世界を管理する神にとって、邪神の存在は想定外だったんだろうなぁ~。考えてみれば異世界の神を知らない内に押し付けられたものだし、そのおかげで自分達の管理する世界に悪影響が出た訳だからねぇ~。嫌味の一言でも言いたくなるよなぁ~」


 会社で言う所の無責任な共同経営社が仕事を放棄し、その仕事を共同で仕事をして来た同僚に押し付けたようなものだとおっさんは解釈した。

 魔法が存在しない世界で在るという事は、違うコンセプトで世界の行く末を観測しているという事になる。もしくは次元的に高位にあるのがこの世界で在る可能性も捨てきれないが、異なる摂理の物質世界で異世界の【神】が力を放出すればどうなる事か。


 ラノベからの知識を基に考察するが、決定的な証拠が無い以上はただの憶測か妄想の域に過ぎない。

 しかし、四神の内の一柱から送られたメールを読んだ限りでは、この世界を管理する女神とやらの性格はかなり無責任で享楽的に見える。あながち間違いでは無い様に思えてならなかった。

 考えながら独り言を呟くおっさんは不気味だが、それでも手を休める事はなくアイテム製作の下準備を整えていた。


「さて……下準備は終わったし、さっさと作りましょうかねぇ~」


 色々憶測を並べ立てながらも手は休めず製作に没頭するゼロス。

 製作するのは指輪であるが、あまり大量に指に装着しても邪魔なだけである。その為、身を守るための魔導具は首からさげるアミュレットタイプにした。

 素材は以前の採掘で大量にある。ついでにセレスティーナや会った事も無いが、次男のクロイサスにも渡そうかと同じ物を製作する。

 送られてきたレポートから相当に熱心な研究者だという事は分かっている。何故か気が合いそうな気がしていたりもする。


 魔導錬成は準備段階でかなり面倒なのだが、準備が終われば後が楽であった。魔方陣の上に乗せて、後は操作するだけである。

 製作する装備アイテムも、以前に製作した装備アイテムの劣化版を作るだけであったから、作業は直ぐに終わってしまう。

 ノッテ来た矢先におっさんは暇になった。


「暇になったなぁ~……意外に早く終わりましたよ。どうすべ?」


 おっさんの技術は既に達人の領域であり、一から物を作り出す工程は異常に速い。修復作業は色々と面倒な工程がある為に滅多な事では行わないが、こうした創作作業は得意なのであった。

 しかもゲームでのアイテム製作の時の感触が確かに残っており、ここで終わらせるにはあまりにつまらない。何よりもおっさんは、こうした製作作業をしていると悪ノリして来る困った一面もある。


 そして、おっさんは暇な時間を潰すために、全く関係無い物を造り始める。

 自分の趣味を全開にして……。


 その作業は三日ほど続いた。

 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 おっさんが護衛依頼を受け、準備を始めてから約三日目。

 イリスは傭兵ギルドの掲示板を眺め、適当な依頼が無いか探していた。


 どれも遠距離な上に赤字になりそうな依頼ばかりで、生活費を稼ぐには一つの手配書の近場にある別の依頼を複数こなさないと元が取れない状態であった。だが依頼の期日まで間に合いそうにない。

 金銭面で乏しいイリス達からしてみれば、遠距離ともなると馬車を借りたり宿代や食費代もお金が掛かり、ランクが低いイリス達では現地に赴くまでに生活費で活動資金が底をつく事になる。

 計算しても生活費の一部が少し上がる程度で、宿に泊まる事は完全にOUTである。依頼をこなしながら野宿生活は正直遠慮したい。


「うぅ……碌な依頼が無い。生産職のスキルを取っておけば良かった」


 イリス達の懐事情は切実だった。

 前回の【ワイルド・コッコ討伐】はおっさんとカエデが達成してしまい、彼女達には一銭も入る事が無かった。それどころか傭兵でもないのに依頼人は二人に金を渡し、イリス達は結果的に依頼は失敗した事になり収入は無い。

 痛い目は見ていないが、ニワトリ達に返り討ちに遭った傭兵達と立場的に変わりはなかった。

 宿暮らしであったイリス達は、ここ三日間の生活を孤児院にお世話になり、おっさんとルーセリスの厚意に甘えて食事のお裾分けをして貰い、毎日ギルドに顔を出しては依頼手配書が張り出されているボードを眺めているだけである。


 ルーセリスは、孤児院である教会で子供達の面倒を見る傍ら怪我人を格安で治療をする事で収入を得ていて、無職である筈のおっさんは何故か金を持っており、『金が無ければ狩に行きますよ』と豪語する程に余裕である。

 それ以前に自給自足をしているために飢える心配が無い。ファンタジーの世界だと思っていたが、結果は世知辛い現実が付いて廻っていた。


「これじゃ、ダンジョンアタックに行けるのもいつになるか……ハァ~」


 イリスの実力は、この世界の基準で言えば上位に入るだろう。

 しかし、仲間であるレナとジャーネはイリスよりも弱かった。レベルで実力が決まる訳では無いが、身体的な能力面では高い事に越した事はないだろう。

 ジャーネは慎重すぎて魔物討伐の依頼は比較的弱い物を選ぶ傾向があり、レナはしっかりしている様に見えてある事で直ぐに暴走し、いつの間にか行方を暗ませる傾向があった。

 まぁ、戻ってきた時は何故か肌がツヤツヤになっているのだが、こんな調子では一向に強くなる事は出来ないだろう。


 なまじ知り合いに隔絶したチートがいるので、真面目に傭兵生活をしているのが馬鹿らしくなって来る。

 だが、一人で魔物を狩に行ったとしてもイリスは解体をする事が出来ない。

 冒険目的にスキル構成をしたために解体スキルを保有しておらず。仮にスキルを保有していたとしても解体できる気がしない。イリスはここに来て現実とゲームの齟齬と弊害に悩む羽目になった。


「何だかんだで、おじさんは現実を見据えてたんだぁ~。それに比べて……」


 土地や家を既に手に入れ自給自足生活を始めているおっさんは、考え様によっては現実的で生きる事に前向きに計画を持って行動している様に思える。

 例え普段がどうあれ、きちんと生活できているだけで成功者である。それに比べてイリスは明日にでも極貧生活になりそうであった。


 傭兵は信頼が第一であり、生活できる程の稼ぎを得ているのは高レベルの傭兵で、それに見合うだけの結果を出して信頼されている者達である。

 ランクに応じて受けられる依頼は高額になるが、当然ながら依頼達成難易度も高くなるのは定番だ。

 イリスは高位の魔導士になるが、傭兵として見れば未熟も良い所であり、倒した魔物から素材を剥ぎ取れないのは致命的である。

 レナやジャーネがいるから辛うじて剥ぎ取りが出来るだけで、二人がいなければ幾ら個人では強かろうと半人前なのだ。


「ハァ……落ち込む。異世界て、地球と大して変わりないよ。仕方ない、おじさんに錬金術か調合を教えて貰おう。一応、約束はしてあるし……」


 今更ながらに現実を知ったイリス。

 例え時代背景が中世ヨーロッパ並みでも、現実の世界で在る以上は人が生きる上では働かなくてはならない。傭兵生活は何かと金が掛かり、生活費よりも武器などの装備の調整で金が出て行く始末だ。副業を持っているに越した事はない。食べなくても死なない訳では無いのだ。

 刺激的な生活を求めていたイリスにとって、例えファンタジーな世界でも変えようのない現実がある事を改めて思い知り、意気消沈のままおっさんの家に向かうのであった。

 なんにしても活動資金は稼がねばならないのだ。


 ◇  ◇  ◇  ◇


 目ぼしい仕事が見つからず、イリスは意気消沈のままおっさんの家の前に来た。

 庭先ではニワトリ達が組手や型稽古をしており、この変な生物たちが何処へ行こうとしているのか今一良く解らない。分かる事は自分より強い奴に会いに行く為の下準備である事だけだ。

 このニワトリ達は傭兵達を一蹴する強さを持っており、強い相手にしか従わない変わった習性を持っている。圧倒的な強さを持つゼロスに従うのは当然とも言えた。

 また、自宅警備員としても優秀で、不用意に泥棒に入れば瞬殺されるのは間違いない。

 何しろ前の飼い主はレベル200の元傭兵で、ギルドランクで言えばランクA。そんな人物と毎日格闘すれば嫌でも強くなるだろう。

 レベルアップは何も殺し合いだけで上がる訳では無いのだ。


 イリスは家のドアを軽くノックする。


「おじさぁ~ん、いる? イリスだけど」

『開いてますから入って来ても良いですよ。今、手が離せないものでして……』


 どうやら何か作業をしており、忙しい様なので一瞬入るのを戸惑うがイリスにも生活が掛かっている。

 ここで何かしらの方向転換をしなければ、念願のダンジョンアタックに行く事が出来ない。

 彼女は『お邪魔しまぁ~す』と言いながらドアを開けると、おっさんはファンタジー世界とは全く不釣り合いな物を製作していた。


 金属製のフレームと取り付けられたエンジンと思しき機械。周囲に無造作に置かれた部品や車輪の数を確認して、それが〝バイク〟であると分かった。

 しかも一見してオフロードタイプの様に見えるが、車輪も大きく外装を取り付けていない所為かフレーム自体も武骨。ただし所々に魔道具らしきパーツが組み込まれていた。明らかに1000CCクラス。

 外装パーツは鑑定しても名称すら出ないが、形状からドラゴンの甲殻の類だと思われる。しかも邪悪なまでに漆黒。完成すれば、どこかのライダーが変身しながら颯爽と現れそうな映像が脳裏に浮かぶ。

 おっさんは、ファンタジーの世界観を見事なまでにブチ壊していた。


「・・・・・・おじさん。何でバイクなんか造ってるの?」

「必要かと思いましてねぇ、趣味の赴くままに作ってみました。バイクは近所の一之瀬君と弄り廻していましたから構造は全て把握していますし、魔法がある世界ですから燃料の心配はいりません」

「誰よ、その人! ファンタジーの世界だよぉ!? 剣と魔法の世界だよぉ!! 何でその夢を壊そうとするのぉ!!」

「何を言っているんです? 剣と魔法の世界でも車やバイクは出てきましたし、果ては空中戦艦やら飛行船、戦闘機に至るまで幅広くファンタジー世界を席巻していた筈ですが? 作品によってはロボもありましたっけ」

「うっ……確かに。でも、この世界は未開拓の発展途上の世界なんだから、何もいきなりこんな近未来な物を作らなくても良いじゃない」


 完全に技術チートである。

 だが本人が売捌く気が無いので、暫くは中世風ファンタジーの世界背景は守られそうである。

 やろうと思えば戦車すら作れるおっさんは、面白半分で現代技術を趣味で使いまくっていた。しかし、あくまで趣味の範囲内なので然程問題では無いだろう。

 ただイリスは現実に打ちのめされていた所為もあり、おっさんの所業に果てしないほどのガッカリ感を抱いた。酷くマイペースで空気の読まない行動をするゼロスを批難する権利など無いのだが、ファンタジー世界に夢と冒険を求めていたイリスは、何とも言えない感情が渦巻くのである。


「おじさん、このバイクに乗ってカードゲームをするの? 形が何か、ソレっぽい」

「あっ……。ソレがありましたか……、失念していたなぁ。出来そうな気がしますねぇ。今から作り直すか……」

「ちょ、冗談だからねぇ!? 止めてよ、ファンタジー世界で『アク○ラレーション!!』て叫びながら、激しいカードバトルを繰り広げるのは!」

「最近は【融合】やら【ランクアップ】やら、色々と在りますからねぇ。全部に対応するのは無理かも……。だが、一考の余地はあるか……」

「本気で考えてるぅ!? おじさんはこの世界に何を求めてるの!? 世界観を壊すのは止めてぇ!!」


 おっさんは本気で考えていた。

 使い魔を生み出す【アルカナ】を使えば召喚の真似事は出来るだろうし、ある程度のプログラムを組み込めば上位召喚も出来る気がしていた。問題は本気ガチの戦闘になるので安全面も考慮しなくてはならない。

 使い魔は【アルカナ】の使用者のレベルに応じて強くなるため、仮におっさんが召喚でもすれば雑魚モンスターでもラスボスクラスの強さを発揮するだろう。

【アルカナ】の設定を弄れば強さの制限は可能だが、魔法式が複雑な物になる。召喚する小さなカードで収まる様な魔法式では無い。


「難しいですね。精密な魔法式を書くには、もはや人の手では無理だし……。いっその事、専用の機械でも作るか? 幸いロボットアームのプログラミングはした事がありますしねぇ……」

「お願いだから止めてぇ~っ! これ以上ファンタジー世界を壊さないでぇ~っ!!」

「・・・・・・あのアニメも、ある意味ではファンタジーじゃないですかね? 何故かカードゲームで世界を懸けた戦いになるのが不思議ですよねぇ。そう言えば、コマも某電池式のレーシングカーも何故か世界を又に懸けた戦いに発展するのですが、何故でしょう? あ~段ボールの中で戦うロボもありましたねぇ。アレ、ホ○ホイさんでも戦えるのではないでしょうか?」

「何でそんなにアニメに詳しいの!? それと、ホイ○イさんは害虫駆除が目的だからぁ! 世界を懸けた戦いに駆り出さないでぇ!!」


 ゴーレムを作れるファンタジー世界は、やり様によってはアニメの再現が可能な世界だった。

 おっさんの脳裏には段ボールの中の戦闘で、全てのロボを破壊して頂点に立ったホイホ○さんが、可愛らしくクールにポージングする姿が浮かんでいた。


「ヤベェ…やりてぇ!! 見てみたい、最強の○イホイさん!!」

「某段ボールのロボ達は害虫なのぉ!? ホ○ホ○さんに駆除されちゃうような害虫扱いなのぉ!?」

「……ある意味で、害虫より始末に負えないんじゃないですか? アレは兵器ですよ。マジで……」

「・・・・・・・否定できない。作中で暗殺にも使われてたし」


 このおっさんが本気で動けば、世界は混乱に陥るのは間違いないと確信した瞬間であった。

 同時にイリスは、最強の○イホ○さんも見てみたいと思ってしまう。

 イリスは可愛い物が大好きなのだ。

 だが、某段ボール内で戦った時点で、○イ○イさんは兵器の仲間入りする事を二人はまだ気づいていなかった。


「そう言えば……戦闘スキルを利用すれば、サッカーも凶悪なゲームに変わりますねぇ~」

「それは無理だから、寧ろカンフーでサッカーをする様なものだからねぇ!? それより、スポーツも戦争になっちゃうのぉ!? 怖い、ファンタジー世界が凄く危険な世界に思えて来たよぉ!!」

「某中学生のサッカーチームみたいに、その内に時空を超えた戦いに発展したりして」

「やめてよ、本当に……。ファンタジー世界って、空想の産物を現実に出来ちゃう危険な世界だったのぉ?」

「イリスさん……人が空想で思い浮べられる事は、技術さえあれば、ある程度は現実で可能な事なんですよ? 昔の携帯電話もやけに大きな物でしたが、今では掌サイズに収まっていますし、技術は常に進歩して行くものなんです。良くも悪くもですがねぇ」

「世界観を壊そうとしている人が、マジ顔で言わないでぇ!!」


 ファンタジー世界の危険性を別方向で知ったイリスであった。

 なまじクリーンエネルギーとも言うべき魔力が存在するだけに、一度向上し始めた技術は際限なく発展して行き、いずれは世界を巻き込んだ戦争が勃発するのは目に見えている。

 別におっさんがやらなくとも他の誰かが技術を生み出せば、それを利用し更に発展を遂げて行く。

 遅いか早いかの違いであり、いずれはその段階に踏み込む事は間違いない。人の歴史は戦争の歴史でもあるのだから……。


「ところで、今日はどうしたんですか?」

「うん、チョット生活が苦しくなってるから、おじさんに錬金術を教えて貰おうかと思って……。おじさんは取り込み中だったみたいだけど」

「それは丁度良かった。実は護衛依頼を受けましてね、イリスさん達を誘おうかと思ったんですよ。人手は多い方が良いですから」

「護衛依頼? 領主様の護衛でもするの?」

「そうですねぇ。近いですが護衛対象は違う人物ですよ。実は……」


 そして、おっさんの口から語られる依頼内容。

 護衛対象は領主の息子の一人であるツヴェイト。イストール魔法学院で行われる実戦訓練に警護として参加し、その期間の間に対象人物を守る事になる。

 問題は、傭兵達はそれぞれ別の学院生の警護に付き、護衛対象者であるツヴェイトの傍に控える事が出来るかどうか分からず、人手はある程度多い事に限る。

 常に連絡を取り合える状態にして置き、いつでも現場に急行できる準備を整えている所であった。

 イリス達は護衛であると同時にゼロスの目となり、襲撃が起きたら真っ先に知らせるのが役目である。

 幸いイリスは索敵スキルは高く、おっさんは現場急行が出来るようにバイクを製作していた。


「おじさん……私達に選択肢は無いよね? 生活が苦しいのを知っていて依頼を受けたの?」

「断るのも自由ですよ? 危険な仕事ですから無理強いはさせられませんし、ウチからは最強の護衛を三羽出しますし……」

「三羽って……。あのニワトリ達がいれば、私達は要らなくない?」

「最近の鍛錬でレベルが既に300は越えていますし、進化すればコカトリスですからねぇ。毒に対しても耐性が高いですから、ある意味では強力な護衛ですよ。ただ……」

「ただ、なに? 何か問題があるの? て言うか、ニワトリさん達、強くなってない!?」

「戦う事が好きなようですから、他の魔物を相手にするのが夢中になり過ぎて、護衛の事を忘れそうなんですよ。根っからの武闘派ですから……」

「鳥だしねぇ……。忘れっぽいのかも」


 三歩歩けば全てを忘れるようなニワトリ達では無いが、熱くなると周りが見えなくなる傾向がある。

 その欠点を補う必要があるが、その要員としてイリス達を選んだだけに過ぎない。依頼を断るならそれでも構わない程度に気軽に誘っただけなのだ。


「ところで、他の二人はどうしたんですか? どう考えても、レナさんやジャーネさんも生活が困窮していると思いますけど」

「ジャーネさんはルーセリスさんのお手伝いに行ってる。レナさんは……何処で何をしているのやら」

「たぶん……ナニをしているんでしょうねぇ。この間、宿から出て来るのを見かけましたけが? 数人の青少年と一緒に……」

「迸る熱い性欲を抑えられなかったんだね……。生活がきついのに何をしているのやら」


 ジャーネは兎も角、レナはかなり奔放の様であった。欲望に忠実と言っても良いだろう。

 熟れ過ぎた果実を齧るよりも、青い果実を求める思考は些か変質的である。だがこの世界ではある程度は許容されており、結婚は男が14歳、女は13歳から出来る。

 イリスも結婚は出来るが年齢だが、現代知識を持つが故にまだ早いと自覚しており、今は自分のやりたいように生きたいと思っている。そのため将来の事はあまり考えていない。

 だが、この世界には厄介な病が存在し、こればかりはどんな薬を使っても癒す事は出来ないだろう。

 何しろ生物の根幹に染みついた習性のようなもので、一度発動したら暴走するだけでなく、下手をすれば社会的に死ぬ事になり兼ねない。


「前にも言いましたが、副業はあった方が良いですよ? 此処はゲームとは違いますからねぇ~、現実は世知辛い」

「うん、それは既に思い知ったよ……。魔法が使えるだけでは生きて行けない世の中なんだね」

「錬金術もそうですが、魔道具も少しは作れた方が良いですねぇ。補助魔法を魔石に込めるだけですし、器用ならそれなりの性能の魔導具を直ぐに作れるかなぁ?」

「色々出来そうな気がする。けど、おじさんはどうしてその技術を使って商売しないの?」

「僕が作ったら、ヤバい物が大量に出回るんだけどねぇ~。主に爆発物とか、爆発物とか、爆発物が」

「爆発物限定!?」


【黒の殲滅者】はテロリスト路線を突き進んでいた。

 補助魔法が込められた魔道具も簡単な物ならいくらでも作れるが、この世界の時代的背景を考慮すれば過剰な性能になってしまう。そうなれば有名人の仲間入りである。

 それ以前に補助系アイテムを作るのは気乗りしない。今回は依頼内容に応じて仕方なく製作したが、ふざけたアイテムを製作するのが好きなのだ。例えば高性能な防御能力を与えると同時に、厄介な呪いを加えるとか、そんな面倒な代物しか作らなかったのである。

 ゲーム時代の当時の口癖が『さぁ、選べ。破格な性能と同時に凶悪な呪いを受け入れるか、ちっぽけな性能で詰らん呪いを受けるか……』だった。

 ついた通り名が【嗤う行商人】、又は【あやしい行商人】である。ただし、その正体は謎のベールに包まれていたと言う。


「それより、何か簡単に調合できる物を教えてよ。薬草は持っているけど、そこから先の調合法は知らないから」

「まぁ、良いですけどね。傷薬なら簡単に出来るでしょうし、魔石の粉末を混ぜて魔力を込めれば、効力が上がりますから、売ればそれなりになるのでは?」

「いくらぐらいで売れるの?」

「一般の相場なんて知りませんよ。僕はポーションの類は買った事はありませんからねぇ。仲間と共同で製作していましたから、逆に売り捌いていた方です。【あやしい行商人】の噂を聞いた事はありませんか?」

「ある! あれ、おじさんだったのぉ!? かなり凶悪で変なアイテムを売っていたって聞いていたけど?」

「正確には〝僕達〟ですけどねぇ。皆で活動資金を分担して稼いでいたんですよ。懐かしい……」


 改めて知る【殲滅者】達の非常識さ。

 そんな下らない日常会話を交えながらも、イリスはおっさんに薬草の調合法を教えて貰うのである。

 余談だが……この日、イリスは生産職のスキルでもある【調合】を覚えた。魔導士でもある事から調合スキルのレベルが上がれば、いずれは錬金術に発展するだろう。


 おっさんはイリスに調合を教える傍らバイクを組み立て、イリスが傷薬の作り方を覚えた頃には完成させていた。夕暮れ時にバイクをインベントリーに回収すると、意気揚々と出かけて行く。

 走行テストの積もりだったのだろう。


 一人の中年オヤジは風になる。

 後に『漆黒の魔物が超高速で街道を駆け抜ける』と云う噂が広がるが、おっさんは知る由も無い。

 街道を行く行商の荷馬車や騎士団の早馬をブチ抜き、ゼロスはハイウェイ・スターになる。

 魔物と勘違いした騎士団が追かけて来たが、誰もおっさんが操るバイクを追い付けなかった。

 そもそも馬力が違い過ぎるのだから無理も無い。


 その日、街道に漆黒の旋風が駆け抜ける。

 馬鹿みたいに愉快気な笑い声を残しながら……。


 余談だが、途中からバイクのブレーキが利かない事に気付き、燃料である魔力が切れるまで走り続けるしか無かった……。

 バイクが止められない以上、おっさんに為す術が無いために、笑う事しか出来なかった様だ。

 後におっさんは『怖かった……。いや、マジで死ぬかと思った……』と呟いたらしい。


 走行前の性能チェックとテストは大事である事を思い出したのだが、今更だったと言う……。

 結局、帰りは徒歩となり、街に帰って来る頃には次の日の早朝となったのであった。


 長いファーフラン街道を夜通し歩いて帰って来たのである。

 

 

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