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おっさん、出鼻を挫かれる

 闇が辺りを包み込み、多くの者達が眠りに着き、或いは仕事の疲れを癒すべく一時の快楽に興じる頃。

 男は一人、ようやく手に入れた成果を確かめるべく、自室で商品を手に取り価値を確かめ、その商品が確かな物であるとわずかに口元を吊り上げほくそ笑む。

 男は、表向きはヤリ手の実業家だが、裏では非合法な手段で品物を売り捌く闇商人としての顔を持っていた。

 

 目的の物を手に入れる為ならどんな手段を行使して手に入れ、商品の値を吊り上げるために他人を陥れたり、場合によっては部下に命じて始末する事も度々行っていた。

 彼が手に持っているのは透明度の高い宝石が二つあしらわれた首飾りで、その価値は場合によってはとても値の付けられない物である。一国の宝物庫に安置されていたとしてもおかしくは無い物を手に入れるために、彼は手段を択ばずに手に入れる事に成功した。


 尤も、この首飾りの持ち主は既に土の下であり、首飾り自体がそれなりに有名な事から表だって売る事は出来ず、明日になれば捜索の手が回る事も気づいている。

 だが、どんな非合法な物でも欲しがる者達は大勢いる所為か、彼は売り主の心当たりを何名かリストアップし、早めに売り捌く気でいた。


 裏で商品を取引する以上、非合法な物は国外へ持ち出し、早めに売り捌くのが一番良い。


「全く……手間取らせてくれたものだ。さっさと儂に売れば死なずに済んだものを」


 今は既にこの世にいない嘗ての持ち主を嘲笑いながら、男は太い指で首飾りを手にし、その見事なまでの装飾に下卑た笑みを浮かべる。

 売ればどれ程の値が付くか分からないが、それでも彼の懐は潤沢に膨らむ事だろう。

 何しろこの首飾りは魔道具なのだ。更に美術的価値も高く、旧時代の遺跡から発見された代物である。

 その値段を思うと、彼は笑いを抑えられない。


「旧時代のエルフが造りし秘宝か、何とも素晴らしい物だ。ククク……ッツ? な、何だ、首筋に……」


 不意に首筋に小さな痛みを感じ、痛みを覚えた個所に手を当てると、小さな針が一本突き刺さっていた。

 太った男の体は分厚い贅肉で肥え太り、その肉に遮られたために大したケガでは無いが、急速に体が痺れ激しい嘔吐感が襲って来る。


「オッ?! ウッ……グォオ……ゲェ…」


 次第に息苦しくなり、眩暈と激しい頭痛、嘔吐感。助けを呼ぼうにも身体が麻痺して動けず、辛うじて毒針による一撃を受けた事だけは理解できた。

 だが、これと同じ事を彼も部下にやらせており、言わば因果応報と言うものであろう。

 しかも即効性の高い毒物の様で、既に手遅れである。

 男は今まで殺して来た者達と同じように苦しみ抜き、そのまま息を引取った。


 部屋の主が死亡し誰もいなくなった部屋に、僅かに蠢くものがあった。

 滲み出るかのように床から浮かび上がったのは、黒い影である。


 影はその場で不気味に蠢くと、やがて形を変え人の姿へと変えて行く。

 現れたのは20代の女性であった。


 胸元がやけに強調された黒いドレスを纏い、数多くの装飾品で身を固めた姿は貴族の御婦人方と遜色は無い。しかし、彼女は凄惨な現場とは思えない柔和な笑みを浮かべ、男の居たテーブルの元へ近付くと、そこに在った首飾りを手に取り満足そうに頷く。


「うん、中々良い物ね。ふふふ……悪く思わないでね。これも仕事なのよ」


 裏の世界は常に命の危険に曝される事が付き物である。

 死んだ男は別の組織に狙われ、そして殺されただけに過ぎない。

 商売敵がこの男に対して、死と云う形で蹴落としただけである。

 

「面倒な仕事だとは思ったけど、こんな良い物が手に入るなら何度引き受けても良いわねぇ~。うふふ」


 人を殺しておきながらも、彼女は目の前の装飾品に心を奪われていた。

 何よりも首飾りが気に入り、それを手にすると首飾りは忽然と手の中から消え去る。


「ついでだから、他の物を貰って行こうかしら? どこかに隠しているかも知れないわね」


 女は再び影に潜り込むと、この部屋から姿を消した。

 後に残されたのは、非合法な手段を講じてきた強欲な商人の屍だけである。


 この闇商人が発見されるのは、次の朝になってからである。

 しかし、この男を殺した者が何者であるかは掴めず、結局捜査は打ち切られる事になる。

 どれだけ捜査しても犯人の手掛かりとなる証拠が何も出なかったからだ。

 

 結局、喜んだのは男によって人生を狂わされた被害者だけであったという。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 早朝、おっさんは日課である畑の草むしりを終え、ニワトリ達と鍛錬を始めていた。

 20羽近くのニワトリ達が拳や蹴りなどを一糸乱れず突き出し、どこぞの寺の様な型稽古が行われている。


 【シロオビ】【リッパ―】【アーチャー】の三種のニワトリ達は何故か同じような型稽古を行い、より強い種へと変化する為に日夜鍛錬を怠らない。

 また、【グラップラー】【スラッシュ】【スナイパー】の三羽はそれぞれ名前を与え、【ウーケイ】【ザンケイ】【センケイ】と呼ぶ事にし、他のニワトリ達のまとめ役になって貰っている。

 名前を与えられた所為か、何故かこのニワトリ達が更に強くなった気がするが、おっさんはあまり気にしない事にした。


 元より魔法などと言う特殊な法則がある世界なのだ、別にネームドモンスターが発生したとしてもおかしくは無いと考え、『強くなっても良い、おいしい卵を産んで欲しい』という訳の分からない理屈でおっさんは受け入れる。

 名前を与えられた三羽は、何故か忠誠度がアップし、日々強くなるための鍛錬や畑仕事を手伝うようになった。


 その結果、他のニワトリ達も畑仕事を手伝うようになり、人手を雇う必要が無くなった事は幸いである。更に害虫すら食べてくれるのでかなり重宝する存在へと変わって行く。

 ただ気になるのが、スナイパー・コッコを含む遠距離攻撃を得意とするニワトリ達で、何故に格闘技術を学ぼうとするのか分からない。


「君達、なんで格闘技を学ぶんですか? 遠距離支援タイプですよね……」

「コケ、コッコッコ、コケェ!(我等は狙撃だけでは心許ないと悟りました。状況次第では接近戦の技も必要)」

「器用貧乏にならなければ良いんですけどねぇ。まぁ、自分がどうありたいかを考えるのも修行の内ですか……。次に進化した時は、何になるのやら」


 正直、このニワトリ達が何を求め、何処へ行こうとしているかは分からない。

 元より特殊な環境下で鍛えられ発生した亜種なので、今後どう変化するかは未知数なのだ。

 最近このニワトリ達はカエデから書を学び、将棋を始めたり、武器を作り出したりと実に活動的である。

 魔物は環境に適応する事で姿を変える性質がある為、今後どのような進化を遂げるか本気で怖い所だ。

 進化の過程では魔王種と呼ばれる強力な存在も発生させる事から、いずれはこの中からとんでもない存在が誕生する事になるかも知れないと思うと、それはそれで面白そうだと思う。


 一般的に獣人達も元は魔物であるとされ、進化の過程で人型になったのでは無いかとされている。

 これが事実であるなら、このニワトリ達も人型に変化する可能性が高く、ここまで知能が高いとあながち間違いとは思えない。

 現にエルフやドワーフの様な精霊種もいる事から、決してあり得ない話では無い。

 彼等がどういう過程を辿り目に見えない存在から実体を得たのかは分からないが、精霊も進化の過程で別の種を発生させている。生命の神秘と言うより、寧ろインフレなのかもしれない。

 

「君達は一体、どこまで行くんでしょうかねぇ……」

「コケ……、コケコッコッコケェ(我思う、故に我あり。限界まで挑み、ただ頂点を極めるのみ)」

「生きる事よりも、生き様こそが重要であると? ある意味では悟りの境地ですが……」


 とてもニワトリとは思えない。


 彼等は純粋に強さを求め、己を鍛えて高みを目指す。

 元より魔物なので生存本能は強く、弱肉強食の摂理を既に本能で知っているのだ。

 故に彼等は生きる事に命を燃やし、生き残るために強くなろうとしているのだが、同時に仲間を守るべく勤勉で多くの物を学ぼうとする。

 全ては本能から変質して環境に適応、同時に学習し、必要な物を取り入れる事にひたむきに挑み続ける。

 人間の進化の過程をニワトリが凄まじい速さで突き進んでいると言っても良いだろう。


「先の事を考えても仕方がありませんか。それよりも……なぜ、あの子達がいるんだ?」


 おっさんが目を向けた先には、孤児院の子供達が何故かニワトリと共に型稽古に励んでいた。

 ウーケイたちに正拳突きの指導を受けて、抉るような鋭い拳を何度も繰り出し、自分達の技とすべく鍛錬を続けていた。


「コケッ、コケコケ……(将来、楽して生きる為には、今から稼がないと駄目らしい。その為の体力作りとか……)」

「野望に燃えているんですか……。何て、逞しい子供達……」


 将来を自堕落に生きる為に、子供達は今から稼ぐ準備を始めていた。

 稼ぐために体力作りは建設的だが、その動機はあまりに不健全である。

 彼等はダンジョンに潜り、一攫千金を目指す博打に全てを懸けているのである。

 

「よし、次は走り込みだぁ~っ!」

「「「おーっ! 楽して生きる為には、今の苦労を買って出もしろ!」」」


 ある意味で、子供達は大人よりも物事を見ていると言っても良い。

 将来は自堕落に生きるという動機はともかく、彼等の行動は現時点では健全であった。

 そんな子供達は列をなしてランニングを始める。


「将来、楽して生きるんだぁ~♪」「「「将来、楽して生きるんだぁ~♪」」」

「一攫千金、俺の夢ぇ~♪」「「「一攫千金、俺の夢ぇ~♪」」」

「金が欲しい!」「「「金が欲しい!」」」

「金が全て!」「「「金が全て!」」」

「お金を儲けて、贅沢だぁ~♪」「「「お金を儲けて、贅沢だぁ~♪」」」

「酒池肉林、俺の夢ぇ~♪」「「「酒池肉林、俺の夢ぇ~♪」」」


 どこかの軍隊のように歌いながら走り出す子供達。

 欲望まみれでありながらも、しっかりと前を見て人生を歩んでいる。

 これで良いのか些か悩む所だが、彼等はこれでも大真面目に夢へと向かって鍛錬しているのだ。

 大人として、どう言って良いのか分からない。それより言葉の意味を理解しているかどうかが謎だ。


「元気だなぁ~。にしても、夢が無い……。金が全て、間違ってはいないが子供が言う事じゃないでしょ」


 夢を求めて努力するのは間違ってはいない、しかしその目的はかなり怠惰な物なので、人生の先達としては注意せねばならないだろう。

 だが、それで子供達のやる気が損なわれれば、今後の教育に影響が出るかも知れない。

 結局、おっさんはさんざん悩んだ末に一言、こう呟くしか出来なかった。


「ぬぅ、この数日でまた腕を上げたか……手強い」

「コケッ!! コッコッケェッ!(拙者はまだ強くなれる! それは其方も同じであろう。昨日よりも鋭い剣筋だぞ)」

「剣の道は一日にしてならず。日々の鍛錬は欠かせん。強者がおればなおさらよ!」


 子供達が走り込みを始めていた先では、修羅道に身を落したハイエルフのカエデが、ザンケイと激しく斬り合いをしている。

 何にしても、おっさんの周りは武闘派で埋まって来ていた。


 どうでも良い事だが、ニワトリと会話が成立している事に対して、おっさんは既に考える事を止めていた。思考するのを放棄したのか、環境に適応したのかは分からない。

 ただ、訳の分からない現象は『異世界だから』の一言で済ませるようにした様である。

 ある意味では賢明な判断なのかもしれない。

   

  ◇  ◇  ◇  ◇


 早朝の鍛錬と畑仕事を終えたゼロスは、念願の物を前にして感無量であった。

 茶碗に乗せられた湯気の立つ白いご飯と、その上に乗せられた卵。そうTKGである。


 カエデから得た報酬の醤油を一掛けし、その卵を白いご飯と混ぜ合わせ、黄色い色合いになるまで逸る気持ちを抑えながら手を動かす。

 無精卵は寄生虫の心配もあるが、そこは【鑑定】のスキルを使用する事で安全を確保し、おっさんは念願の好物に対面する事となった。

 混ぜ合わさったTKGを見て、おっさんは生唾を飲み込む。


「い、いざ……」


 まるで真剣勝負を挑むかのように茶碗を手に取ると、おもむろに卵かけ御飯を口の中に掻き込む。

 濃厚な味わいと醤油の旨味が混然一体となり、口の中に至福が広がる筈だった……。

 確かに美味い卵であった。だが……。


「確かに美味い、美味いんだが濃厚過ぎる……。何かが違う……淡泊な味わいじゃない」


 美味だが、記憶にあるTKGと全く異なっていた。

 味が濃厚過ぎて醤油の旨味が消されてしまう。醤油が力負けして其処に物足りなさが生じてしまうのである。これでは隠し味程度にもならず、醤油の旨味が濃厚な卵に敗北状態だった。

 

「八百万の神々よ……僕に究極の醤油を作れと仰られるのですか? 無理だ! ○岡さんや海○先生と違い、食通じゃない。せいぜい普通の醤油程度しか作れない……」


 スーパーで安く売っている卵と違い、さながら烏骨鶏かヨー○卵――いや、それを遥かに越えているのである。

 貧乏舌のおっさんには、とてもでは無いがワイルド・コッコ亜種の卵に合う醤油は作れそうになかった。

 とてもニワトリの物では無い。コレは最早、別の種の卵だろう。

 おっさんは以前、田舎暮らしの折に気まぐれで醤油を作った事があるが、味は普通であった。


「絶望した……。まさか、これほどの卵とは……」


 千里の道も一歩よりと言うが、その一歩先は断崖絶壁に阻まれているようのものである。

 先に進むにしても難易度が高過ぎた。


「神は死んだ。もう、何も信じられない……」


 元から神を信じていないおっさんが言っても説得力が無い。


 たかがTKGごときで大袈裟だと思うが、数年もの間を海外の秘境に暮らしてみればわかる感覚であろう。

 どれだけ日本の素朴な食を求めても、決して故郷の味に近づけない壁が其処に存在しているのである。

 それどころか、日本食と云う名の勘違いどころか完全に別物である間違った料理があるのを思えば、ゼロスの絶望が如何ほどな物か計り知れるものである。

 今食べたTKGは、正に卵かけ御飯と言う名の完全な別物にしか思えない。

 美味なのだが、望んでいた物とは全く異なる味なのだ。


 ましておっさんは技術関係を得意としており、こうした食に関する事は素人同然なのである。醤油や味噌を作っただけでも大したものだが、寧ろ狙ってこの卵に合う醤油を簡単に再現できる方がおかしい。

 チートにもできる事と、できない事がある様だ。


 かなり難解な問題に、おっさんはマリアナ海峡の深さ並みに落ち込んでいた。


「醤油や味噌に必要な物は麦に麹、塩、そして大豆……大豆か……」


 畑には【ジャック・ビーンズ】と言う豆が植えてあるが、この豆はまるで木のように成長し、柘榴のような実が生る。だが、問題はこの実の中に緑豆やソラマメといった複数の豆が詰まっているらしい。

 後に図鑑を見て頭を抱えたのだが、一番多いのが小豆らしく、味噌や醤油が作れる分量が揃うか微妙な所であった。この世界の生態系は植物に関しても色々おかしい。


「これは……もう、誰かに委ねた方が良いのかも知れない。個人で出来る事から掛け離れている様な気がする」


 ごく普通の醤油や味噌は作れるが、凶悪進化を遂げているニワトリ達の卵は極上過ぎて、中途半端な調味料ではあっさり敗北するのは必至。だが、それでも諦めきれないおっさんは、何としてでも必要な調味料を求めるべく思考を加速させるのだった。


「せめて、酒だけは美味い物が出来ると良いんだが……。コレばかりは初めてだしなぁ~」


 現代日本では許可が無いと酒は作れない。

 殆ど手探り状態から酒を造らねばならず、その難易度は醤油や味噌とは比べる事が出来ない程に高かった。田舎暮らしが長いとは言っても、調味料関係は殆ど購入していたので手作りは無謀に近い。

 しかし、それでも故郷の味を求めるのは間違ってはいないだろう。


 故郷の味を生み出す調味料があって、初めて前へ進める気がしていた。

 もちろん錯覚で気の持ちようだとは思うが、地球の秘境どころか完全な異世界なので、食に対するこの思いは大きいのだ。


「魚醤でも良いのだが、アレは発酵の段階でかなり臭いですし、近所迷惑だからなぁ……」


 魚醤は発酵段階でかなり臭いがキツイ。

 失敗すればクサヤ汁にしかならず、作るには勇気がいるだろう。

 街の中で製作して良い物では無い。悩みながらも飯は食うおっさんだった。


 終わりなき悩みの連鎖に突入しかけた時に、ウーケイが扉を開け家の中に入って来た。


「コケッ! コッココッケェ。(師父、客人が来ておられますが、如何いたしましょう)」

「客? 誰でしょね。客の予定は無かったはずですが……はて?」

「コケ!(自分には分かりかねます)」

「ふむ、直ぐに会いましょう。もしかしたら、クレストンさんかも知れませんしねぇ」


 おっさんは直ぐさま玄関のドアへと向かい扉を開けると、そこにはナイスミドルの中年男性が静かに立っていた。

 まるでどこかの酒場でシェイカーを振っていそうなこの男は、ソリステア公爵家で執事をしているダンティスであった。領主であるデルサシスを除けば次にダンディーな人物である。


「おや、これはダンディスさん。お久しぶりですねぇ、どうしました?」

「お久しぶりです、ゼロス殿。実は、主であるデルサシス様がゼロス殿にどうしてもお会いしたいとの事で、こうしてお迎えに上がった次第であります。何か御用が無ければ直ぐに領主邸へとお越し願いたいとの事ですが」

「緊急ですか? 特に用事はありませんが、何だろうなぁ。何かの制作依頼とか……まさかね」


 客を外に立たせておくのも失礼なので、ダンディスを家の中に招き入れた。


 おっさんが作る物は危険物が多い。

 当たり前の安全な魔道具など殆ど無く、使えば多大な影響を及ぼすような兵器しか作って来なかった。

 無論、作ろうと思えば身を守るためのアイテムも作れるが、何故か製作する気が起きないのである。


 ゲームの時では『芸術は爆発だ!!』と言いながら、本気で爆発物を製作していた愉快犯である。どこかの忍者漫画に出て来る敵キャラみたいな事を平気で行って来たのだ。

 流石にアバターの姿でないので、そんな非常識な真似をする気は起きないが、いい歳してゲーム内でテロリストみたいな事をしていた事実は消えない。

 おっさんの比較的に新しい黒歴史である。


「おや? お食事中でしたか?」

「えぇ、質の良い卵が手に入りましてね。試食してみたのですが、調味料との相性が悪くて悩んでいたんですよ」

「調味料ですか? ほぅ、これは醤油ですか? 確か東方の島国で作られているとか」

「普通の醤油は作れるのですが、コッコの卵は味が良すぎて醤油が負けてしまうんですよ。もう少し味が濃ければ良いんですけどねぇ~」

「おや? ソリステア商会で買った訳では無いんですか? 確か醤油と味噌とか言う調味料を製造販売していた筈ですが……」

「・・・・・・What’s?!」


 おっさんの思考が停止した。


「ですから、ソリステア商会で販売していますよ? 以前に東方の商人と提携を結び、この国でも製造して販売していた筈ですが……知らなかったのですか?」

「なんてこったい……。まさか、意外な所で売っていたとは……。それ以前に、お宅の御領主殿はどこまで手広く商売をしているんですか……」

「売れる物なら何でも売り、買える物ならどんな手を使ってでも手に入れますからね。東方では戦乱が続いて、商人や職人が仕事が出来ずに難民として溢れていますから、こちらに好条件でスカウトしているらしいですよ」

「……デルサシス殿、僕よりチートじゃないですか……。やはり只者じゃない」 

 

 チート賢者は、現地育成の完全無欠スーパー領主に完敗した。

 余談だが、ソリステア商会で販売している醤油や味噌は、その味から高級な料理店で使用される程に需要が高く、高級調味料として名を馳せ高額取引されているらしい。

 東方とでは素材自体が異なるため、こちらの国に合わせて改良を施し、今では手広く量産して売捌いていた。職人は全て東方出身者である。

 奴隷としてでは無く、技術を持つ職人として雇い入れているの事が、実に良心的であった。


「ソリステア商会は、店が高級感に溢れすぎて入り辛いんですよねぇ……。店自体も一等地に軒を構えていますし、僕じゃ無くとも入るのに気が引けますよ」

「ハハハ、あまり庶民向けと言う様な店の造では無いですからね。店を訪れる方々は、口を揃えてそう言いますよ」

「確かに、庶民向けとは言い難いですからなぁ。まさか、こんな近くに醤油や味噌が売っているとは思いませんでしたよ。恐るべし、デルサシス公爵」


 仕事と火遊びが生甲斐のデルサシス公爵。

 彼の経営哲学が如何様なものかは分からないが、領地の管理だけで無く商売も順調に行っている事から見ても、優秀の一言で語れ無いほどの才能である事は確かだ。

 そんな超天才経営者に対して、おっさんは戦慄と畏怖を覚えるのであった。

 ただの醤油と味噌で……。

 

「それにしても、僕に何の用なのですかねぇ~。何か聞いていますか?」

「いえ、私は何も伺っておりません。あ、一つだけありましたね」

「なんです?」

「出来るだけ正装をなさって欲しいとか……。その、奥様方に大変不興でして……」 


 言われてみると普段は薄汚れた灰色ローブに剣の二本差し。胡散臭さが際立つ見た目なので、あやしい事この上なく、領主と対談する格好では無い。

 以前にその姿で領主と会った為に、侯爵夫人の二人から完全に嫌われたようである。考えるまでもなく大変に失礼な格好であったであろう。


 別に権力者に嫌われたところで構わないのだが、醤油や味噌を取り扱っている商会の会長と険悪になるのは拙い。しかし正装と言われても適当な服が無かった。

 考えた末にフル装備でデルサシスに合う事に決めた。


「少々、待っていてください。身嗜みを整えて来ます……」

「申し訳ありません。何分、大賢者と云う事は内密なものですから」

「構いませんよ。それにしても、身嗜みを整えるのはいつの日以来か……」


 かれこれ七年ほど身なりを整えた事は無い。

 おっさんは洗面所に行くと、すぐさま無精髭を剃り、適当に伸ばした髪を整える。


 整髪料はないが、代わりに調合用の植物性の油は持っており、鑑定してみると整髪料の代わりに使われている事が判明した。

【マイルウィッドの実】を潰して絞り出した物だが、この油は食用には使えず、主に薬を作る時に少量混ぜる事で効果が高まる物であった。因みに薬とは腹痛を治す薬だが、この油は一定の量を摂取するとヒマシ油と同じ効果が出るらしい。

 秘薬を作る時に頻繁に使うので、大量に持っていたのが幸いした。


「前髪はこの油で整えて……。後ろ髪が伸びすぎてるなぁ~、【龍髪】で縛るか……」


 髭はナイフで剃っていたが、普通に考えてこれは危ない。

 ただ、おっさんはシェイバーを買う金を惜しんで包丁で剃っていた為に、この作業は手馴れたものであった。剃刀を買う気は無いのであろうか?


 そして、インベントリーから取り出したフル装備。

 黒龍の被膜から作られたコート風のローブ、黒龍の鱗で作られたブレスプレート。

 黒鎧竜の甲殻から作り出されたブーツにガントレットを装着し、見た目は武装した神父に見えなくも無い。全身黒一色だが、それがやけに神聖に見えるのが不思議である。

 所々にあしらえた金細工や金糸の装飾が、実に優美で品の良さを醸し出している。


 しかし、この装備は魔改造を施されており、並の魔導士では手に入れる事すら適わないほど貴重な素材が使われている。

 まともに鑑定すれば伝説級の装備と同等の防御力を持っていた。

 何よりも異常なのは、彼が持つ杖である。


 希少金属を使い製作した大剣をベースに、黒龍の鱗や甲殻を使い見た面が異様なまでに禍々しく、そしてメカニカルであった。

 何しろリボルバー状の弾倉や剣の中央に複数取り付けられた円環が、生物的で尚且つ機械的な不気味な雰囲気をこれでもかと主張している。

【魔改造魔法杖五四式改】。見た目は剣だが、これでも魔法触媒である杖であり、単体でも魔法砲撃が出来るふざけた武器であった。

 更に腰には二本のコンバットナイフと、懐には複数の投げナイフが忍ばせてある。


【黒の殲滅者】と呼ばれた所以は、この装備で無双していたところから来ていた。


「この格好は初めてだなぁ……。厨二病的で、なんかハズいし」


 髪を整えて目元を顕わにすると、おっさんは糸目で温厚そうなイメージが際立つ。

 ただ、少しでも瞼を開くと切れ長の目が正直怖い。冷血なイメージがあると自分でもそう思っているのだから、他人からの印象も同じで間違いないだろう。

 美形では無いが素材としては決して悪くは無い。


 おっさんは、仕上げに黒鉱蜘蛛とミスリルの繊維で編まれた魔導士特有のとんがり帽子を被る。

 何と言うか、今にも『エェェェイィィィィメェ――――――――ン!!』とか言いながら吸血鬼をハントしそうな感じである。


 巨大な魔法杖を背中に背負い、おっさんはダンディスの元に向かう。


「ゼ、ゼロス殿……これから戦争にでも行く気ですか!?」

「第一声がそれっ!? まぁ、ある意味では戦争ですね。公爵夫人方に横から口を挿んで貰いたくありませんので、威圧を兼ねてますが……。それ以前にスーツを持っていないんですよ」


 そもそもスーツを持っていたら、こんな物騒な装備を着る事は無い。

 この世界の人々から見れば、ゼロスの装備は過剰戦力も良い所なのだ。むしろ普段の格好の方が比較的に弱い装備でもある。何しろ魔改造を施してはいないのだから。

 おっさんの持ち物は、比較的物騒な代物で占めていたのであった。


「貴方は普段から何をしているのですか? 見た限りではそうとう物騒な武器なのでは?」

「農業ですよ? あっ、卵は要りますか? ちょっと僕一人では食べ切れ無いんですよ」

「ワイルド・コッコの卵は信用ある農家から仕入れていますので、間に合っていますね。孤児院にでもお裾分けしてみたらいかがでしょうか?」

「なるほど……では、領主殿の屋敷に向かう前に寄って行きましょうか。卵は鮮度が命ですから」


 おっさんの自宅と孤児院は何故か繋がっている。

 壁を挟んで裏口から入れるようになっているのだが、考えようによっては泥棒が何処からでも入れる事になる。だが、この家には最強最悪の警備員がいるのだ。

 泥棒は武闘派のニワトリ達にボコられる事だろう。


 卵を入れた器を持って、おっさんは孤児院へと向かった。

 元よりおっさんの家は馬車が入れるような広い道は無く、建築資材は孤児院から運び込んでいた。

 おっさんがそれを見た事が無かったのは、早朝にハンバ土木工業のドワーフ達が踊りながら運び入れたからだろう。仕事となると彼等の行動は異常に速いのだ。


 おっさんは教会裏口のドアをノックし、声を掛ける。


「ルーセリスさん、いますか?」

「はい、少し待ってください。鍵を開けますので……」


 近くにいたのか、ルーセリスは足早に走りながら来て鍵を開け、おっさんを迎え入れる。


「えと、ゼロスさんですか?」

「そうですが……この格好はおかしいですかねぇ? デザインは気に入っているのですが」

「いえ、良くお似合いですよ。その……神父様か神官様の様に見えます。少し、派手ですが」

「魔導士なんですけどねぇ~。それより、これはウチのニワトリ達が産んだ卵なのですが、食べ切れ無いのでお裾分けです」

「良いのですか?! 卵は高級食材ですよ? 売ればそれなりのお金になる筈ですが……」

「別に構いませんよ。お金には執着していませんし、必要になれば大深緑地帯で狩りをしますから」


 やけに殺伐とした稼ぎ方である。

 尤も普通に暮らすだけなら品質にもよるが、掌サイズの魔石が七つもあれば一年は暮らせる。

 その程度なら簡単に稼ぐ事が出来るのだが、おっさんは地味に生きたいために目立った行動はしていない。傭兵でも無いので依頼が舞い込む事も無く、精々ハンバ土木工業でこき使われるだけである。

 それでも半年は楽に暮らせる収入だった。


「ありがたく頂きます。子供達も喜ぶでしょう」

「あぁ~……あの子達は『肉くれよ、おっちゃん』と言いそうですね。悪びれも無く……」

「すみません……教育が行き届かないみたいで……」

「気にしない方が良いですよ? あの子達は自分で考えて行動しているみたいですし……。動機がちょっとアレですが……」


 将来を楽して生きる為に、今を努力するのは間違ってはいない。

 ただ、子供達はかなり俗物的な夢に向かって愚直なまでに突き進んでいた。

 夢に破れて落ちぶれないか心配なところである。


「ルー……水を貰えないか? 昨夜は少し飲み過ぎ……」

「おや、ジャーネさんじゃないですか。朝から随分悩ましい格好で……。おじさんには少し刺激が強過ぎるんですがねぇ~」

「ひょあぁああああああああああああああああっ!?」


 何故か孤児院である筈なのに、傭兵であるジャーネが下着姿で現れた。

 独身で女っ気のないおじさんには目の保養――もとい、目に刺激的過ぎる光景である。

 何しろ下着姿であった事から、おっさんに気付いた時には既に手遅れで、両手で体を隠そうにも意味は無く、寧ろナイスバディ―を強調し過ぎて鼻血を吹き出す寸前のエロさであった。Eカップはありそうな胸が目に眩しい。

 おっさん、昼間から眼福ものである。


「ジャーネさん、何事……あっ、【黒の殲滅者】!?」

「その二つ名は止めてください。そんな通り名で呼ばれて、喜ぶ歳では無いんですけどねぇ」


 イリスも何故か孤児院にいた。

 彼女にとって、ORG時の上位プレイヤーは憧れの存在であり、特に【殲滅者】の五人は何処かのアイドルグループ並に憧憬の念を向けるほどの存在であった。

 その一人である【黒の殲滅者】が目の前にいる。


「おじさん、どこかに戦争に行くの?! フル装備よね?」

「ちょっとした野暮用ですよ。何せスーツなど持ち合わせていまっせんからね。イリスさんは何故、教会に?」

「あははは……宿に泊まるお金が無くて、ルーセリスさんに暫く泊めて貰う事にしたんだぁ~」

「笑い事じゃないでしょ。手に職を持った方が良いですよ? 調合が出来るだけでも重宝しますし」

「うっ……生産職は無視してたから、魔法薬なんて作れない……」


 イリスは戦闘特化の魔導士で、生産職のようなスキルは保有していなかった。

 冒険を楽しんでいたためとは言え、現実の世界となれば傭兵家業だけで食べて行ける訳では無い。

 現実を見据えた限りでは、イリスの状況は生きて行くには心許無かった。


「何でしたら、簡単な調合を教えましょうか? 売れば宿代くらいは稼げますが?」

「本当?! 教えて、今すんごくピンチなのよ!」


 イリスが財政的にピンチという事は、当然仲間でもありジャーネも金が無い事になる。

 そのジャーネは壁の裏に隠れて赤面しながら蹲っていた。

 よほど恥ずかしかったらしい。


「ジャーネさん、あの格好をおじさんに見られたの?」

「若いって良いですねぇ~。おじさんとしては眼福でしたが、当人にとっては相当な醜態だったみたいですね。いやいや、実に可愛らしいものですよ」

「ひゃう!?」

「おじさん……それ、セクハラよ?」

「この国での法律で、セクハラは訴えられませんよ。それに事故みたいなものですし、こちらに非はありませんから」


 壁の裏側で顔が増々真っ赤に染まり、落ち込むジャーネ。

 そんな彼女のあられもない姿を見たおっさんは、ワリと平然としているのが憎らしい。

 羞恥のあまり声にならない怒りを押し殺し、逆恨みするジャーネであった。


「ゼロスさん……あまりジャーネの事を虐めないでください。普段が男勝りに見えて、内面は凄く純情なんですから」

「本当に可愛らしいですね。それより卵なんですが、今から調理しますか? 常温で20日くらいは持ちますが、生で食べるには早いうちに食べることを進めます」

「ふふふ……大丈夫です! こんな事もあろうかと、冷蔵庫を購入しました。生物なまものは暫く保存できます」

「購入した店はソリステア商会ですか? アレを先に作ったのは僕なんですよねぇ~、もう販売していたのか……。やはりデルサシス公爵は侮れない」 


 冷蔵庫の案を出したのは三週間ほど前だというのに、既に販売にこぎつけた行動力に驚きを隠せない。

 構造自体は単純ものだから然程金は掛からないだろうが、氷を作る魔法媒体である魔石の数を揃えるだけでもかなり苦労する筈である。どんな手段を講じたのか気になるところだ。


「今日は、これから用事があるので失礼しますが……、そう言えば子供達の姿が見えませんが?」

「アンジェちゃん達は街の掃除に行きましたよ。お金を少しでも貯めて、傭兵の装備を買うのだとか」

「本当に逞しい。行動理念がアレでなければ……」


 望む将来に向かって突き進む子供達は逞しいが、何故か残念臭が漂う。

 教育とは何なのかを本気で考えるおっさんとルーセリスであった。


「取り敢えず、卵は置いて行きます。なにぶん人を待たせていますので、ここで失礼させて貰いますよ。あっ、教会の中を通らせてもらって良いですか?」

「はい。いつもありがとうございます、おかげで食事が少し豪華になりましたから」

「ハハハ。喜んでくれれば何よりですよ。では失礼して、中を通らせて貰います」


 おっさんは教会内部を通り、正面に待たせてある馬車の元へ向かう。

 そのおっさんから逃れるように、ジャーネは真っ先に子供達が寝泊まりしている部屋に隠れた。

 ルーセリスはおっさんを最後まで見送ると、掃除を始めるべく箒を取りに物置に向かおうとした。


「……ルー……お前、あのおっさんが、その……好きなのか?」

「はいぃ?!」

「あ~、あたしもそう思った。ルーセリスさがおじさんを見る目って、まるで新妻みたいだったもん」

「新妻!? そんな……私は、そんなつもりは……。ジャーネだってゼロスさんを意識してるじゃない!」

「んな!? アタシは……男なんて……。ましてやおっさんだぞ?」

「うん、ジャーネさんもおじさんの事が気になってるよね。妙に意識してるし、恋に年齢なんて関係ないよね?」

「なっ!? ちが……アタシは別に……」


 意識しているのは、ルーセリスもジャーネも同じである。

 ただ、まだ淡い思いにしか過ぎず、愛にまでは発展していない幼い物であった。

 初恋経験が無い二人には、自分達の思いにまだ気づいていない。


 三人は神を祀る祭壇の前で、女子トークに花を咲かせるのだった。

 だが彼女達は忘れている事がある。

 この世界は、一般的に恋愛ラブ症候群シンドロームと呼ばれる嬉恥ずかしい凶悪な現象が存在する事を……。

 俗に言う、発情期である。

 その恋愛症候群は、ある日突然に発症するのだから……。


 

 

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