おっさん、ニワトリを求め格闘す
イリス達が依頼を受けた養鶏農家は、サントールの街から歩いて一時間も掛からない場所にある農村に住んでいた。
元は高ランクの傭兵であったらしく、父親が病死した事を機に傭兵生活から足を洗い、病気がちな母親を養うために農家を継いだらしい。
傭兵としての実力はかなりの腕前らしいのだが、家庭を支え自分の家族を養えるだけの稼ぎを出すとなると、傭兵業界では難しい。ましてや病気がちな母を治療するための稼ぎを得るとなると、農家や農民では治療費を稼ぐのは並大抵のものでは無い。
この世界に置いて薬は高値で取引される代物であり、医者ともなるとその稼ぎは豪商の財力に匹敵するほど高給取りの職業だった。
また、一族代々医者の家系である者が多く、その大半は貴族お抱えの医師である。
当然ながら薬などの調合方法も秘匿とされ、新たに医師になろうとしても知識が無いため、医師の家系が常に重宝される事になり、同時に病院の数が少ない為に助かる者の命を断念する他ない。
知識の独占が当たり前の世界なのか、貴族や商人の治療が優先され、民衆に対しての配慮が限りなく低いのが現状である。
農民たちは家族を救うために自己犠牲の精神で奴隷として売られ、その金で病を治療する費用に充てるしか手立てが無い状態で、ある種の行政怠慢と言える事態なのがまかり通っている。
そこで考えたのがワイルド・コッコの卵を売る事であった。
卵は栄養価も高く、高級品として扱われているので需要も売値も高い。
一攫千金を狙うならこれほど適した素材は無いのだが、問題は魔物の卵であるという事だろう。卵を回収しようとすると襲い掛かって来るため、生傷の絶えない争いになるのである。
そして、問題のワイルド・コッコは、ついに飼い主よりも強くなってしまった。
この頃になると医療費を稼ぐ必要は無くなったのだが、代わりに凶暴な猛獣が居座る事になり生活が出来ない。結果として討伐依頼が出される事になった。
だが、ワイルド・コッコは強くなり過ぎたのである。
幾度と無く挑んだ傭兵達を撃退し、更に強くなる凶悪なニワトリ達。
鍛えられたニワトリ達は、傭兵ギルドが手を焼くほど手に負えない状況になったと言う。
「で、三人で挑戦したが返り討ちと……。どんなニワトリなのか、興味がわきますなぁ~♪」
おっさんは呑気なもので、煙草を吸いながらもどこか足取りが軽い。
おそらくはカエデとの取引により醤油を手に入れられるからだろう。
「血が滾る。早く戦ってみたい」
「カエデちゃん。本当に血の気が多いわね……? とてもエルフとは思えないんだけど」
「まぁ、この辺りに住んで居るエルフとは違うからなぁ~。環境が変われば民族性も変わるんだろうねぇ」
「そう言えば、レナがいつの間にかいないんだが……って、またかぁ!」
傭兵三人組の一人、レナの姿がいつの間にか消えていた。
そこに微かな疑問が芽生えたが、聞いて良いものか判断に困る。しかし、ただ歩いているのも暇なので矢張り聞き返す事にしたのだ。
「また?」
「あいつ、さっきすれ違った商隊の護衛をしていた、駆け出しの子達を目で追っていたぞ! おそらくは……」
「あぁ~……理解出来ましたよ。狩りに行ったんですね?」
「歳は私と同じくらいだったわよ? レナさんのアレ、犯罪じゃないの?」
「常識人に見えて肉食系。数人ほど少年傭兵はいましたから、どれが標的なのか判断に苦しむなぁ……。ま、まさかとは思いますが……」
嫌な想像が浮かびジャーネを見ると、ある種の諦めに似た表情を浮かべ、彼女は静かに頷いた。
レナは少年愛を貫く紛れも無い変質者である。守備範囲も狭く、大体11歳から15歳までの間が標的になり易い。
困った事に普段は常識人なのだが、時折擦違った青少年について行ってしまう習性があるのだ。
日常では大分欲望を抑え、ジャーネ達もいる手前我慢してい過ごしているようだが、一定の周期で本能に任せて獲物を物色するために姿を消す。
今日がその周期でだったようだ。
「お、おそらくは全員を相手にするかもな。あいつは、その……何と言うか、かなりの好き者だから……」
「恥ずかしいなら言わなくても良いんですよ? そこまで聞きたい訳では無いでけどねぇ。それよりも五人はいましたよ? いくら何でも、全員は相手に……」
「いや、あいつならやる。そして自分の経験談をアタシの耳元で楽しそうに話すんだよ。聞きたくないのに……」
「えっ? そうなんだぁ~、私も聞きたい!」
ジャーネは姉御肌の様に見えて、実は繊細な純情乙女だった。
こうした下ネタ話に対しては免疫が低い。
「しかし……五人同時ですか? 彼等の青春の一ページに消える事の無いトラウマとなって、女性に対しての恐怖心が刻まれでもしたら目も当てられませんよ。最悪、モーホー坂を駆け上る可能性が……」
「腐なのね、腐の連鎖が生まれるのね! それは見てみたい♪」
「イリス……お前は何で嬉しそうなんだ?」
「イリスさん。君も腐の住人だったんですか? 夜な夜な薄い本を描き上げているんでしょうか? だとしたら、僕ぁ~、距離を置く必要が出て来るんですが……ねぇ?」
イリスの目が思いっきり逸らされた。
しかも、かなり目が泳いでいる。恐らく心当たりが有るのだろう。
「ち、違うからね? 私はちょっと興味があるだけで、いたって普通だから……」
流石に中学生でそちらのディープな世界に踏み込むのは問題だろうが、本人は必死で弁解している所を見る限り、どうやら腐った女子では無く、その世界に足を踏み入れる寸前と言った方が正しいのかも知れない。
ただ、少し反応が速かった事が気になる。
「けど、6Pって実際に出来るの? レナさんは『受け』なの?『攻め』なの?」
「考えるまでも無く『責め』でしょう。僕には見えますよ……。彼女はきっと、幼気な少年達を縛り上げ、三日月のような不気味な笑みを浮かべながらも一人ずつ嬲る様に襲い掛かり、彼等の心に決して消える事の無い恐怖と言う最悪の思い出を刻み込む事でしょう。さよなら、蒼き日々よ……少年達に幸あらん事を」
「少しずつ汚れて大人になるんだね……」
「汚されるの間違いじゃないのか? 寧ろレナならやりそうだ……。今から戻って衛兵を差し向けるか?」
おっさんを含む彼女達の認識では、レナは常識人に見えてタダの変態だった。
困った事に、彼女を通報する者が居ないので法の場に突き出す事が出来ない。
どこかの領主とは違う意味でやり手だった。
「どうでも良いのですが、某の相手である獣はどこに居るのか。早く試し斬りがしたいのですが?」
「修羅の道を行く君はブレませんねぇ~。どんだけ血に飢えているんですか……」
カエデは荒ぶる魂を抑える事が出来ないでいる。
これでエルフだと言うのだから、何かが間違っている。
「もう少し、あのオレンジの屋根が見えるだろ? あそこに凶暴な鶏がいる」
「あそこですか……某を満足させてくれる猛者はいるのか、実に楽しみです」
「カエデちゃん。本当にエルフなの? エルフの前に、〝ダーク〟て付かないよね?」
おっさんにはどちらのエルフも既に区別がつかなくなっていた。
最高種族のハイ・エルフが此処まで血に飢えた野獣なのだ、最早何でもありの様な気がして考える事を放棄している。どんな高等種族でも、所詮は自我と意思を持つ獣であると悟っていた。
次第に目的地である養鶏農家に近づいて行く時に、彼等はそれを目にした。
突如として庭先辺りから上空へ打ち上げられた傭兵らしき男。きりもみ回転をしながら此方へ落下して来るのを確認すると、おっさん達はその場から瞬時に離れた。
「ぅぁぁぁぁああああああああああああっ、ギュヴョリャハァ!!」
傭兵は頭から地面に突き刺さり、回転しながら大地を掘り進め、どこかの村で起きた惨劇の如く足だけを出したまま埋没した。
「ま、まさか……ハ○ケーン・ミ○サーだとぉ!? ニワトリじゃ無かったんですか!!」
「いや、ニワトリの筈なんだが……何なんだ、その技は?」
「ニワトリの癖に、1000万パワーあるの?! 昨日よりも強くなってる……」
「【鑑定】で戦闘力を確認しなかったんですか? 強敵の様な気がしてきましたよ……」
「私はどこかの戦闘民族じゃないから、そんな便利な道具は持って無いよぉ!?」
イリスは【鑑定】スキルは敢えて低いレベルで抑えてある。
元より彼女はVRORPGの時に冒険を楽しむため、鑑定スキルを低いままでプレイし、魔法などの強化スキルを優先して鍛えていた。
ある意味で冒険家と言えるのだが、転生した後では何とも心許無い。
「フフフ……いる。強者の気配がする。某は、自分より強い相手に会いに来た!」
「どこの格闘家?! カエデちゃん、早まった真似をしちゃ駄目ぇ!!」
埋まった男を無視し、四人は戦慄を覚えた。
おっさんは兎も角として、イリスとジャーネは一度敗北をしている。
以前よりも強くなっていたとすれば、かなり成長速度が速い事になるだろう。
ワイルド・コッコは別の意味で魔物であった。
「これは……気を引き締めて行かねばなりませんか。一体どれほどの魔物なんですかね~ぇ……?」
「斬りたい。早く斬りたい……我が太刀に血を吸わせて欲しい……」
「カエデちゃん、怖いよぉ?!」
「本当にエルフなのか? 何か、別の種族に思えて来たぞ……アタシは」
血に飢えた別の意味での獣を引き連れ、おっさん達は養鶏農家の家へと踏み込んだ。
だが其処は、無残なまでに荒らされた廃墟同前の家屋であった。
庭には無残にも敗れた傭兵達が山のように積み重なり、その傭兵達の上に無数のニワトリが睨みを利かせて此方を見ている。凄い迫力である。
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【グラップラー・コッコ】【スラッシュ・コッコ】【スナイパー・コッコ】
【シロオビ・コッコ】【アーチャー・コッコ】【ケンドー・コッコ】
ワイルド・コッコの突然変異進化形態。
最終進化形であるコカトリスを凌駕する強さを誇り、好戦的なニワトリ。
狙撃・打撃・斬撃に特化した驚異の鶏である。
シロオビを含む三種類のニワトリは、上位三羽の弟子のような存在で強者に従う。
知能が高く、人の言葉をある程度理解している。
強者に従う。
肉は不味いが、卵は美味。
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「……ワイルド・コッコじゃありませんが? 何と言いますか、既に進化した個体のようです」
「「はい~ぃ?!」」
ニワトリ達は叩きのめされた傭兵達の山の上で、こちらを睨みつけていた。
俗に言う『メンチ切り』と云うモノで、どう見ても柄の悪い不良集団のような印象を放っている。
「ふむ、某はあの翼が鋼の如く輝いているニワトリと戦いたいのですが、宜しいか?」
「いや、進化した個体では荷が重いぞ!?」
「それよりも、依頼者のおじさんはどこに居るの?」
おっさんは兎も角として、イリス達は依頼人がいなければこの仕事を受ける事が出来ない。
だが、肝心の依頼主が何処にも見当たらなかった。
「仕方が無い。ある程度言葉を理解しているらしいですから、直接ニワトリ達に聞いてみましょう」
「マジで……?」
「おじさん、いくら何でもニワトリが言葉を理解する訳無いよ?」
「どちらでも構わん。早く某を戦わせてほしい……血が、血が見たい……」
一人危険な思考を持っている子がいるが、敢えて其処は取り合わず、おっさんはワイルド・コッコの進化形グラップラー・コッコの前に出る。
「君達の飼い主は何処です? いや、元飼い主でしょうかねぇ?」
「クケ……」
グラップラー・コッコは羽の先で斃れている傭兵を指示した。
まるでどこかのお中元に送る様なハムの如く、丸々と膨れ上がった親父が血塗れで倒れている。
良く見ると、全身を強烈な打撃で叩き続けられ、全身が肥大するほどに腫れ上がった姿だった。
これで生きているのだから運が良いのか分からないが、場合によっては一思いに介錯するのも救いなのかも知れない。
何故か額に刻まれたハートマークのタトゥーが印象的だ。
「これが依頼人のようですよ? 良く爆発しませんでしたね……」
「嘘だろぉ?! 前に会った時は筋肉質の親父だったぞ!?」
「秘孔を突かれたのかなぁ~? ここまで腫れ上がるなんてあり得ないよね?」
呆然とする一同の横を、グラップラー・コッコが歩み寄り、強劣な一撃で倒れた親父の頭部を蹴り飛ばす。
「ウゴッ!! ぼ……ボホレ……バフハホホ…(おのれ……悪魔ども…)」
「何を言ってるのか分かりませんねぇ……。仕方が無い、『ハイ・ヒール』」
「おっさん、回復魔法も使えたのか?!」
「まぁ、おじさんだし……使えるだろうねぇ~。私は無理だけど……覚えてないし。スクロール、買おうかなぁ?」
ゼロスの回復魔法を受け、依頼人でもある親父の全身は次第に腫れが引いて行く。
回復された姿は筋肉マッチョのスキンヘッド親父である。
「ボハンさん、髪の毛はどうしたの? 前はフサフサだったよね?」
「奴らに全部引っこ抜かれた……。早く奴等を退治してくれぇ―――――――っ!!」
「僕としては、あのニワトリを引き取りたいんですがねぇ。家を留守にしたとき防犯に役立ちそうですし。にしても……本気で泣きが入ってますよ? それ程まで手を焼いているのですか?」
「俺のニワトリか……欲しければくれてやる!! 倒せ、ここにいる全てのニワトリをこの場で倒して来い!!」
「おっさん……目の前で山積みにされた傭兵達の無残な姿を見て、手を焼いていないと思えるのか?」
どこぞの海賊王が死ぬ間際に残したような口調で、ボハンはニワトリを処分する事に意欲的である。
だが、このニワトリ達は卵は美味いが肉は不味い。倒したところで旨味が無い。
何よりゼロスはニワトリが欲しいだけなのだ。最初から殺す気は全くなく、寧ろ元の世界で鶏を飼っていたから擁護する気ならある。
しかし、血の気の多い修羅の道に突き進んでいるハイ・エルフは全く別である。
「承知!!」
元から闘う気であった為に、遠慮する事なく背中の太刀に手を掛け、ハイ・エルフが全速力で駆け抜けた。
相手はスラッシュ・コッコ。両翼が白銀の輝きを持ち、斬撃を得意とするニワトリであった。
嘴に楊枝を加えている姿が妙に貫禄がある。
また、翼に生えた羽毛に魔力を送る事により、羽を強靭な刃物に変える能力がある。
カエデは背中の太刀を引き抜き、あいさつ代わりの袈裟斬を速攻で叩き込むが、『キィン!!』と言う甲高い音と共に初太刀が弾かれ、体勢が一瞬無防備になる。
その隙を逃さず、スラッシュ・コッコはカエデの横に飛ぶと、まるで直角に曲がったかのように高速で彼女の間合いに入り込んだ。両翼から繰り出す斬撃がカエデを襲う。
「チィ!!」
カエデはすぐさま剣を引き、斬撃の軌道に合わせて剣を僅かに当てる形で攻撃を逸らし、後方に飛んで間合いを離した。そこから再びスラッシュ・コッコに向けて間合いを詰め、剣による連続攻撃を加える。
―――キィィイン!! ガキィイン!!
何度も打ち鳴らされる金属音。
一人と一羽の斬撃が目まぐるしく打ち合い、銀の軌跡と火花が飛び交う。
激しい技の応酬であった。
「カエデちゃんも凄いけど……あのニワトリ、何なの~ぉ?!」
「どう考えても、ニワトリの強さじゃない。アレは剣士だ……間違いない」
「突然変異VS隔世遺伝……見ごたえのある勝負ですねぇ」
目の前で一進一退の攻防が続けられる。
だが、おっさんはその時、僅かな気配を感じジャーネの頭辺りに腕を伸ばした。
「なっ!?」
一瞬何が起きたか分からず、その正体を知ったときジャーネの表情は青褪めた。
おっさんの手には一本の矢が握られていたからである。
「……これは、スナイパー・コッコですね。何処からか狙撃して来たのでしょう」
「矢が飛んできた方向にいるんじゃないの?」
「同じ場所からの狙撃は三流のやる事ですよ。おそらくは次の狙撃ポイントに移動している筈です」
狙撃時に僅かな気配を感じた事から、恐ろしく隠密性の高いニワトリの様である。
弓を使用した事から翼の骨格は可動範囲が広いのだろう。最早骨からして鳥の物でなく、寧ろ恐竜に近いのかも知れない。
おっさは落ちていた小石を二つ拾い、次なる狙撃に備える。
「ジャーネさん、リベンジできるんですか? もの凄く強いみたいですけど」
「無理、アタシでは返り討ちになるな。勝てる気がしないわ……前よりも強くなってるし」
「昨日は手加減されてたの? だとしたら凄く落ち込むぅ~」
カエデは未だに剣戟の応酬を繰り返しているが、決め手となる一撃を与えられず、同様にスラッシュ・コッコも小柄ゆえに間合いに入り込む事が出来ないでいる。
小柄な分だけ素早く動けるスラッシュ・コッコが押してるように思えるが、カエデもまた僅かな動作で斬撃を捌き、カウンターを交えて攻撃を防いでいた。
一進一退の攻防が凄まじい速度で目まぐるしく繰り広げられ、とても子供やニワトリとは思えない太刀筋と速度を持って圧倒しようとする。が、どうにも決定打にならずスラッシュ・コッコも何かを狙っているようである。
「ニワトリの癖して、かなりの手練れ……。人であるなら、さぞ名のある武士となったであろう。惜しい……」
「コケッ、コッココッコケェ!(剣の道に鳥も人間も関係ない。それは拙者に対する侮辱でござる)」
「ぬっ、それは失礼仕った。お主は立派な武士であったか……心から詫びよう」
「コケコッコッココケェ!(貴殿も武士なら、口では無く剣で語られよ。それが武に生きる者の礼儀でござる)」
何故か会話が成立していた。
言葉を理解するコッコ達は兎も角、カエデが理解できたのはハイ・エルフの特性だからであろうか?
二人(?)の間に緊張感が走るが、見ているギャラリーからしてみれば首を傾げる状況である。
カエデは太刀を鞘に納め抜刀術の構えを執り、スラッシュ・コッコもまたそれに応じるが如く翼を広げ、独自の構えを行う。
「おそらく、勝負は一撃で決まるね……」
「あぁ……末恐ろしい子だ。あの年であの技量、このまま成長したらどうなるんだ……」
「あのエルフの小娘、ウチに来た傭兵共よりも強いぞ……何者だ?」
両名は動きが止まり、ジリジリと間合いを詰めながらま一撃に集中する。
ギャラリーもまた固唾を呑んで見守る。
一歩、また一歩と近づくたびに空気が重く感じられる。
対峙する二人(?)は額に汗が流れ、僅かな時間が永遠にも感じられる極限状態にまで精神を集中させていた。イリスの言った通り一撃で勝負は決まるだろう。
二人(?)の間に気が高まって行くのを感じた。
「……勝っても負けても遺恨無し……」
「コケ、コッコッコっコケェ(承知! いざ、尋常に……)」
その時は近付いて来ていた。
だが、この緊張状態で暗躍する存在に、おっさんは気づいていた。
屋根の向こう側から進化して腕のようになった翼で弓を番える狙撃手、スナイパー・コッコがこちらに狙いを定めていた。
「勝負!!」「コケェ!!(勝負!!)」
二人(?)が動いたと同時にスナイパー・コッコが矢を放つ。
目の前の戦いに夢中になっている油断を狙ったものだが、おっさんは放たれた矢を指弾で迎撃し、更にもう一発、狙撃を失敗し移動しようとした屋根の上の無粋なニワトリに撃ち込んだ。
スナイパーはカウンタースナイプによって討ち取られる。
スナイパー・コッコが屋根から落ち、地面に落下すると同時に、二人(?)の剣鬼は互いの太刀(翼)が超高速で交差した。
――ギャリィィィィィィィィィィン!!
太刀と翼がぶつかり合い、剣での戦いである筈なのに衝撃波が発生。カエデは吹き飛ばされたところを、丁度良い所にいたゼロスが抱きとめる。
スラッシュ・コッコもまた同様に吹き飛ばされ、仲間のニワトリの群れに突っ込む。
「カエデちゃん、大丈夫なの?」
「えぇ、無事ですが……凄い衝撃だったらしく、気を失ってますね」
「あのニワトリはどうなったんだ? 殺ったのか?」
「生きてますよ。カエデさんの太刀を良く見てください、業物ですが刃が付いていません」
スラッシュ・コッコも気絶していたが、そこはかとなく満足そうな笑みを浮かべていた。
ニワトリの癖にやけに男前な奴である。
余談だが、スナイパー・コッコが狙っていたのは飼い主であった。
スナイパーの習性か、はたまた殺したいほどに恨みが溜まっていたのか、念の入った事に致死性の高い神経毒が鏃にまでたっぷり塗られていた。
分かる事はスナイパー・コッコが、完全確実にボハンを殺る気だったようである。
「さて、残るは一羽……グラップラー・コッコですか」
「アタシには無理だ。リベンジしようと思ったが、あんな戦い方なんて出来ないぞ?」
「私も無理! だって、魔導士だもん」
カエデが気絶した以上、相手をするのは必然的におっさんになる。
深い溜息を吐きながらも、おっさんはグラップラー・コッコと対峙する事になった。
「出来れば家に来て欲しいんですけどねぇ……。そうすれば戦わずに済むんですが」
「コッコッコ、コケッコッココケェ!(あのような戦いを見せられては、俺も血が騒いで仕方が無い。一手、お相手を所望する)」
「ハァ~……仕方が無いで……あ、あれぇ~? 何故か言葉が分かるんですけど、どゆこと?」
何故かおっさんも言葉が分かる気がした。
異世界の神秘を垣間見た瞬間である。
仕方なしにおっさんは構えを執る。
やる気が起きないのだが、かと言って目の前のニワトリは凄く闘う気満々である。ここで拒否しては彼の名誉に傷がつくと知り、敢えて相手をかって出るしかなかった。
だが、対峙した瞬間にグラップラー・コッコの強さを実感する。
ニワトリとは思えない尋常ならざる覇気、明らかに強者であり他の二羽よりも強い。
一瞬、グラップラー・コッコの体がブレた気がした。
「!?」
ゼロスは腕を交差すると、そこに小柄なニワトリとは思えない打撃が叩き込まれる。
気付けばグラップラー・コッコが腕の様な翼で殴りつけていた。おっさんはそのまま数メートルは後方に飛ばされ掛けたが、足に力を込め持ち堪えた。
「これは……久しぶりに気を引き締めないといけませんね」
おっさんの目に危険な光が宿る。
【あの頃のゼロス】リターン。
呼吸を整え、体に魔力――いや、気を循環させる事で身体強化を始めた。
拳神スキルが発動し、魔導士から武闘家へと能力の改変が始まる。
魔導士は体内の魔力と自然界の魔力を利用する事で魔法を使うが、格闘家は体内の魔力を練り上げて循環させる事により戦闘能力を強化する。
だが、固有能力を使用する際に魔法が使用不可能になるため、格闘戦に特化した状態になる。
つまりは遠距離攻撃が苦手になるのだが、魔法使い系のスキル以外なら併用が可能で、今のおっさんにはさほど問題では無い。
「行きますよ……」
瞬歩でグラップラー・コッコの間合いに接近すると、勢いを殺さずにそのまま蹴りを入れた。
咄嗟に飛びあがったグラップラーコッコは、そこでおっさんが放つ連続の打撃に曝された。それも承知していたのか、グラップラーコッコは同じように打撃を繰り出し迎撃する。
――ガシッ!! ドガッ!! ズドドドドドドドドド!!
凡そ現実にありえない打撃音が響き渡る。
殴り、捌き、逸らし、隙を狙い、時には強引に攻め、時にミリ単位の見切りで躱す。
「コケッ!? ココココケェ!!(つ、強い。まさか、これほどの御仁とは……何という至福)」
「随分と嬉しそうですねっ! それ程、戦いたかったのですかっ!!」
「コケケ、コッコッココケェコケェ!!(強者に挑み、己を高める。武に生きる者の宿業よ)」
「中々、悟っていらっしゃる! ならば、君の力を見せてください!!」
「コケェェエ!!(承知!!)」
グラップラーコッコは打撃戦からいったん距離を執ると、自らの素早さを生かし残像を作りながら攪乱し、急速に接近すると強烈な蹴りの応酬を叩き込んで来た。
その攻撃をおっさんは流れるが如く両腕で捌き、隙を見つけた瞬間に間髪入れず強烈なパンチを繰り出すが、それを待っていたが如くグラップラー・コッコは腕に絡みつき、勢いを利用して投げようとした。
そこに気付いたゼロスは腕を僅かに捻る事で拘束を緩め、腕を引き抜くと同時にグラップラーコッコを掴み、一気に地面へと叩き付けるのだが、グラップラーコッコは瞬間的に身体を捻る事で体勢を立て直し、そのまま翼を羽ばたかせ間合いの外へ離脱した。
「おっ、おっさん……強過ぎないか?」
「アレくらいはやるよ。だって、【殲滅者】だもん」
「何だ、その物騒な二つ名は……。あのおっさんは何をやらかしたんだ?」
「いろいろ……」
「どうでも良いがな、嬢ちゃん……アレはもう、魔導士じゃねぇだろ。何者だ?」
戦況はグラップラー・コッコが不利であった。
だが闘志は衰えず、寧ろ高まる一方で、しかもどこか嬉しそうに見える。
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「コケコケコケコケコケコケコケコケコケコケコケコケェッ!!」
再び真っ向からぶつかり合い、激しい拳の応酬が始まる。
両腕(翼)に気を込めて強化し、互いが互いの拳を迎撃し合い、生々しい打撃音が続く。
さながら『オラオラ』や『ホアタタタ』と云うような何処かの有名な話の如く、残像が残る様な高速の打撃連打は互いが一歩も引かず繰り出され、巻き込まれたら一撃でタダでは済まない洒落に為らない状態に追い込まれる様な威力の拳圧が飛び交っている。
その悲惨な巻き添えが起こらないのは、互いの拳圧がぶつかり合い相殺し合っているので、衝撃波は周囲に円形状となり拡散しながら広がっているからだ。
時折、互いの間合いのから距離をとり、空中に高々と飛んでは飛び蹴りが交差し、更に空中で拳を叩きつけ合いながら落ちて来る。
「あれ……一撃でも受けたら死ぬよな? と言うか、おっさんは魔導士じゃ無かったのか?」
「聞いた話だと、暗殺者に極限まで近いオールラウンダーらしいよ? いつの間にか敵陣の中央に入り込んで、範囲魔法で一掃するのが得意な魔導士みたいだし」
「嬢ちゃんよ……。それ、絶対に魔導士じゃねぇだろ。どう考えても特殊部隊じゃねぇか!」
一撃必殺の拳を乱発しているおっさんは、自分の職業を否定されている事を知らない。
だが、おそらくは身に覚えがあり過ぎて否定はできないであろう。
所詮はバーチャルな世界で在ったとは言え、おっさんは今と似たような事をそこかしこで繰り返していたのだから……。
補足されたら最後、徹底的に叩き潰される事からPK職には恐怖の存在であったのだ。
おっさんとニワトリの壮絶なドツキ合いは日が暮れるまで続いたと言う。
◇ ◇ ◇ ◇
夕暮れ時、世界が夜の帳に包まれ始める頃、グラップラーコッコは全力を挙げて戦い続けたために力尽きていた。
されど表情は満足したかのように晴れやかであり、自分の全てを出し切ったかのような、心から爽やかな笑みを浮かべていた。
対するおっさんは汗一つ掻いておらず、寧ろ自分自身の体力がいかに非常識な物を知り、戦慄を浮かべている。これでもグラップラー・コッコとの戦いは真剣い相手をしていたのだ。
だが後半から自分の異常さに気付き、勝負にならない事を自覚する。
全力の積もりだった筈なのに、物事を冷静に観察し考える余裕すらあったのだ。
本気で攻撃に転じればどうなるか、おっさんは眩暈がしたほどである。自身の感覚と肉体がの強靭さが追い付いていないのだ。
そんなおっさんの前には、進化したニワトリ達がで土下座をし、服従の意を示していた。
「これは……僕に従うと云う意思表示で良いんですかねぇ?」
「コケェ!(然り!)」
「コッコッコ、コケェ!(貴殿の強さに感服しました。何卒、我等の師になって下され)」
「コケ、ココココケェッコ(私の一撃必殺の技が破られた……修行が足りない)」
ワイルド・コッコから進化したニワトリ達は、強者を尊ぶ習性がある。
一度師と認めたら、自立できる強さを身に着けるまで従い、やがては巣立って行くのである。
やがては自分で群れを作り、覚えた技を伝承し、果てしなく強くなって行く。
ある意味ではコカトリスよりもタチが悪い、最悪の魔物でもあった。
「まぁ、無精卵を戴けるなら構わないんですがねぇ。僕も卵は欲しいですし、鑑定スキルがありますから、有精卵と無精卵の区別がつきます」
このニワトリ達が反乱を起こした理由はここにある。
元来卵とは自身の子孫を残す物で、生みたての卵の中には有精卵と無精卵の二つが存在する。
無精卵であるなら子孫は生まれて来る事は無く、食料にしても構わないのだが、有精卵はヒヨコが生まれて来るのだから奪われる事は彼等にとっては死活問題なのだ。
ボハンはそんな基礎的な事を知らずに無作為に卵を回収した為に、この場にいるニワトリ達からの信頼は下がり、とうとう反逆される結果に繋がったのである。
言ってみれば、子供を奪われた親の復讐なのだろう。
弱肉強食の世界とは言えど、どんな獣でも我が子は可愛い物なのだ。
そして、鑑定スキルを持つおっさんは、このニワトリ達に恨まれる心配は無い。
「ボハンさん、餌はどうしているんですか?」
「家の場所さえ教えてくれれば、俺が手配してやる。俺、こいつ等がいなくなったら、今度は牛を飼うんだ」
「ボハンのおじさん、それって……死亡フラグ……」
「何にせよ、某の剣の相手が近くに住む訳ですか。これは行幸」
「カエデ……お前、まだ戦う気なのか?」
血の気の多いハイ・エルフは、スラッシュ・コッコと云うライバルを得て、ますます修羅道に踏み込んで行くようである。
おっさんを含む三人は、溜息しか出なかった。
この日、ゼロスは13羽のニワトリを手に入れた。
彼等は卵を提供する代わりにおっさんに手ほどきを受け、同時に家を警備する強力な護衛となって行くのである。
この凶悪なニワトリ達はどこを目指し、どこまで行き着くのかは疑問である。
分かる事は、彼等は最強の獣を目指して鍛錬を続けている事だけであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
家に辿り着いた時は既に宵闇に包まれ、旧市街の辺りは静けさに包まれている。
ゼロスは魔石ランプを使用して明かりを燈し、無造作に置かれた椅子に腰を掛けた。
13羽のニワトリ達は近くの森に取り敢えず住みつき、ゼロスに卵を提供してくれることになっているが、今になって被害者が出ないか不安が濃厚な事に今更気付く。
話をすれば理解する知性はあるのだから追々教えて行く事にして、今は夕食を摂ろうと準備を始めようとした時に、ローブに長い髪の毛が付いている事に気付いた。
透きとおる様な薄い髪の毛は、カエデを抱きとめた時に着いたものであるが、問題はそこでは無い。
「ふむ、【変魔種】【ハイ・エルフの髪】が揃いましたか。ここに僕の血液を混ぜる事でホムンクルスが生み出せまるが……さて」
おっさんはホムンクルスを作る気ではいたが、実際に作ろうとなると些か気後れして来る。
これは命の創造であり、このホムンクルスはカエデのクローン的存在になるのだ。
更に自分の血を混ぜたとなれば、言ってしまえばカエデとおっさんの子供と言っても良い。倫理的にOUTな気がして仕方が無い。
そして彼の心に過るのは最悪のアイテム。
「【邪神魂魄】……さて、四神に嫌がらせをするか否か、ここが問題だ。どうしたものですかねぇ~」
ホムンクルスを生み出すのにはまだ材料は足りない。
他に重要な素材である【精霊結晶】が必要になるからだ。
「まぁ、偶然【精霊結晶】が手に入ってから考えますか……時間はまだありますし」
おっさんは、この世界の神がしでかした事を許した訳では無い。
この世界に転生させられたが、それは飽くまで元の世界に存在する神に対する謝罪の意味であり、それも苦情が来たから仕方なく対処したかの様な、実にいい加減な一面が見え隠れしていた。
しかも転生させておきながらその配慮は杜撰で、ゼロスは凶悪な魔物が犇く魔の領域に落とされた。
転生させたのなら被害者を全員同じ場所に出現させれば良いものだが、その行動が恐ろしく適当で『チートにしてあげるんだから良いじゃん』みたいな、どこか享楽的なものが感じ取れた。
勿論、イリスのようにこの世界を楽しんでいる者もいる事から、この世界に戦乱を齎す様な事はしないが、だからと言って何もしないでいる積もりは無い。
「中々に、悩ましいな……ククク」
ゼロスは今までにない怜悧な笑みを浮かべて笑う。
彼の笑みには普段見せない悪意が籠っていた。
そんな彼の秘められた悪意に呼応するかのように、地下にある金属で作られた機材が不気味に鳴動していた。
素材があれば既に行動に移せる状況は、既に整っていたのである。
全ては状況がどう転ぶかにかかっていた。