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おっさん、剣を製作する

 翌日、ゼロスは早朝から魔導錬成陣を使用し、唐箕とうみの部品を製作していた。

 今のおっさんは麦わら帽子に首にタオルをかけ、薄茶色のベスト、濃緑色のズボンと云った農民姿で作業を続けている。


 唐箕とは籾殻と米を分ける道具だが、少し改良して米の種類をも分別する様に製作した。

 大きさによって米の性質が変わるこの世界の米は、どうしても分別作業が必要になるために、こうした機能が必要となる。


 上の升に米を入れ、傾斜によって落下する米と籾殻、ついでに米の大きさを風力によって選り分けるのだが、おっさんはこのような農機具を作るのは初めての事である。

 乾燥機とは異なり、少し面倒な細かい部品があるので苦労した。

 ボルトなどの固定金具が無く、幾つかの部品を嵌め込む事による形式で形作られ、繋ぎ目部分を固定する金具も複数製作して取り付け、それなりに頑丈な農機具として作られる。


 当初は手回しによって風を送る仕様であったが、面倒になった時の為に魔石によって送風板を回転させ、風を生み出すよう別のタイプも制作したが、少々不安を覚え性能を調べる試作機を三台ほど制作し、内一台は従来の手回し方式が使われている。

 これは手回し式と合せて風圧の調整をするための物で、失敗したら解体して鉄のインゴットにすれば良いと思った実験機であった。 


 単純構造で組み立て自体は簡単な仕様となっている為か、形にするのにさほど手間は掛らない。

 ただ、見た目が微妙に異なる唐箕がそれぞれ三台ほど並べられている。


「魔石はセット完了。後は動かしてみるだけですが……失敗しそうな気がするのは何故か?」


 何故か成功するビジョンが浮かばない。


 唐箕の設計は凡そ完璧に近く、多少は改良しているが、風を送るだけの装置だから失敗する可能性は低い様に思える。

 しかし、魔石を組み込んでから何故か妙な胸騒ぎが続いていた。


 この感覚はリーマン時代にOSの構築作業で培われ、ORGのときにも剰な性能の道具を製作してた時に感じた予感めいたもので、この感覚を感じたら失敗するというジンクスになっていた。


 例を挙げれば、リーマン時代はプログラムのバグやシステムエラーが起こり、多少の修正作業だけで済んだのだが、ORG時は四大属性魔法を組み込んだ過剰な破壊力を持つ剣を製作してみた時に、四大属性が互いの魔法を相殺し合い何の効果も出さなかったとか、魔石を使って時限爆弾みたいなものを作れば、セットした瞬間に暴走して吹き飛んだとか、大概が碌な目に遭っていない。


 しかし、全てこの予感が毎回当たったかと言えば、確率的に三割程度のものである。

 当たるも八卦、当たらぬも八卦。失敗した原因も現実だろうがゲーム時だろうが初歩的な事を忘れたためとか、うっかり違う素材を使用したとか後になって判明し、自分で確認する事でその後の改良に生かして来た。


 まぁ、予感がしなくとも失敗する時は失敗したが。


「……今回は失敗しするような気がする。魔法式に関しても充分にチェックした筈だし……わからん」


 一人思い悩むおっさん。

 一応は試作品を完成したのだが、失敗したかどうかは動かして見なければ判らない。

 爆発はしないだろうが、何故か不安が押し寄せて来る。


「おはようございます。ゼロスさん」

「ルーセリスさんですか。お早うございます」


 ルーセリスの後ろには、ジャーネを含む三人の女性パーティーが控えている。

 昨日約束した、剣の修復のために来たのであろう。


「おじさん、来たわよぉ~♪」

「まさか、教会の裏に家が出来ていたとは……。庭が…いや、畑が広い」

「お早うございます。それにしても、いつの間にか家が建っているし……ハンバ土木工業は凄いわねぇ~」 


 このサントールの街で、ハンバ土木工業は様々な意味合いで有名である。

 曰く、【狂える土木集団】、【拘りある頑固者達】、【戦う土木工】【踊る土木作業員】の異名が広く知れ渡っている。

 異常なまでの工事進行の速度と、それに見合う確かな技術、更に歌って踊れるエンターテイナー。

 楽しく仕事ができるならどんな手段でも使い、新しい技術は金に糸目を付けず取り入れ、日夜ダンスと土木技術の鍛錬を怠らない非常識な集団であった。

 しかも、彼等の仕事ぶりは他の業者に伝染し、共に働いた事務所の職人は工事竣工する頃には同類になる。

 踊る土木職人は国中に広がり始めていた。


「その内、農民も踊り出すかもしれないなぁ~……」

「何の話?」


 遠い目をして空を見上げるおっさんに、イリスは首を傾げる。

 国中の職人や商人が歌って踊りながら仕事をする光景を思い浮かべ、薄ら寒いものが背中を走った。

 毎日がお祭り騒ぎになり、ミュージカルみたいな光景が広がる街の姿はある意味では平和に見えるが、どこかのアニメの様な歌って踊れるファンタジーワールドが脳裏を過り、彼には異様で異常な世界に思えるのだ。


「剣の修復ですね。少し待ってください、これから試運転をするので」

「何だこりゃ?」

「これが、おじさんが作った農耕具?」

「見た事が無いわね。何に使う物かしら?」


 三人は見た事の無い道具に首を傾げていたが、おっさんは何も答えず起動スイッチを押す。

 風の魔法式を組み込まれた風車が『ブルルルル……』と音を立てて回転し、唐箕の後方から風が送り出されてくる。

 一瞬、成功したかに思えたのだが、送り出される風は次第に強くなり、唐箕は前進し出し徐々に加速して行く。


 嫌な予感が現実のものとなり、慌てて走り停止スイッチに手を伸ばす。


「あれ? 停止っスイッチを押したのに止まらない……」


 動かない様に前に回り込み抑えたが、加速した唐箕は止まらず速度を増すと、バランスを崩して倒れた瞬間に揚力が発生。

 唐箕はそのまま上昇して行き、高々と空へ舞い上がる。


 この日、農機具が世界で初めて空を制した。


「「「「・・・・・・・・・・・・・」」」」

「……飛んでいちゃったよ? おじさん」

「試作第一号……風力調整に難あり。起動魔法式に欠陥、見直す必要があるか……」


 唐箕は重力の束縛から逃れ、大空に自由を手に入れた。


 試作の唐箕は効率を優先して三パターンの種類を製作した。

 第一号は通常の唐箕を自動化させたもので、送風板の回転が速くなり過ぎ、更に起動魔法式に欠陥があった。

 こうなると、もう一台も気になって来る。


「試作第二号、起動」

「待ってください! 今、試作の農機具が空を飛んだんですよ? ここは作業を中断するべきでは……」


 ルーセリスが止めるのと同時に、起動スイッチは既に押されていた。

 試作第二号は送風板をスクリュー状にした物で、特徴はドラム型では無く円筒型をしている事だろう。

 その二号機からは『ヒュオォォォォォォ!!』と云う甲高い音が響き渡る。


 円筒型は空気圧を一点に収束させるために、その風圧は一号機よりも強い。

 唐箕は『ドン!!』と言う音と共に超高速で加速し、土地の外周を囲う壁を破壊して空へと上昇、空気圧を受けて蛇行しながらも天高く消えて行った。


 この日、世界で初めて農機具が音速の壁を越えた。


「……円筒型は拙いな。設計から見直す必要ありと……」


 当初の予定では扇風機程度の風を送れれば良かったのだが、魔石に籠められた魔力が指定された効果を高め、高速に内部の送風装置を回転させる事により予想以上の風圧となって放出されたのだ。

 モーターに繋げられた電池の数を増やすと、回転数が上がるのと同じようなものだと思って貰えればよい。当然、唐箕は固定されていない為に加速し、移動を開始する。

 更に言えば、おっさんが魔石に込めた魔力の濃度が高過ぎた所為もある。


 要するに、二つの農機具は壊れた扇風機が風力で動きだすのと同じ暴走現象が起きたのだ。


「参りましたね……。出来るだけ小さい魔石を使ったんだが、あれ以上小さくても良いという事になる。しかし小さすぎると魔法式は刻むのは精密作業になるな。魔法式は魔封陣で何とかするにしても、魔法式を拡大する道具を作らないと、チェックできないし……」

「いや、考え込んでるところ悪いが、アレは危険じゃないのか?! おっさん、何を作ったんだよ!」

「農機具じゃないわよね。空を飛んで行っちゃったし……」

「おじさん、ロケットを作りたかったの?」


 飛んで行った唐箕を回収するにも何処へ向かったか分からず、まして一つは音速を越えている。

 回収は諦めるしかないが、魔力が切れれば重力に引かれて落下する事になるだろう。

 重力下で生まれた物は、いずれ重力に引かれて地に還るのだ。


「ゼロスさん……もし、アレが人の上に落ちたりでもしたら……」

「大惨事ですね。せめて人気の無い所に落ちて欲しいですよ」


 謎の農機具は重力のしがらみから解き放たれ、何処と無く自由なる空の彼方へと消え去った。

 おっさんは心の中で、『どうかこの国には落ちませんように』とひたすら祈り続ける。


 青ざめるルーセリスも、神に祈りながら被害者でない事を願う。

 農機具を作った筈なのに、罪悪感がハンパでは無い。


 因みに、唐箕の三号機は初期の手回し式だった。 

 ただし、米の分別だけは自動化されており、三号機は前の試作機よりも大幅に大きくなっている。

 その為に一度分解し、物置で再び組み立てる面倒な手間が増えたのである。


 機械は便利性を追求すると初期製作の物は大きくなる。

 そこから小型化するには、設計の見直しや最適化を行う事により、大変な手間と時間が掛かるのだ。

 おっさんは、改良案はじっくり見直す事を心に決めた。

 

 その後、空を飛んで行った唐箕はどうなったかと言うと……。



  ◇  ◇  ◇  ◇



【試作第一号の場合】



「逃げろ!! お前だけでも生き延び、この薬草を村に届けるんだ!!」

「いやっ、お父さんを置いて行けない!!」

「この薬草が無ければ、母さんたちが死んでしまう。頼む、分かってくれ……」


 深い森の中で、二人の親子が緊迫した状況下に置かれていた。


 この二人が住む村は最近になって地方特有の病気が流行り、その治療に必要な薬草を探す為に深い森の中に入らねばならなかった。

 森には当然ながら多くの魔物が生息し、その魔物を避けて何とか薬草を回収した所であった。

 元より猟師をしている父親は森を熟知していたのだが、いざ村に辿り着くと言う時になり、本来はいる筈も無い魔物がここに来て現れたのだ。


 ―――グオォォォォォォォッ!!


 全身が深紅の体毛に覆われた巨大な熊。

【ファイアーグリズリー】である。


 この魔物の特徴は炎系統の魔法を使う事で、その威力も並の魔導士より遥かに強力である。

 また、巨体から繰り出される爪の一撃は大木を圧し折り、何より好戦的な性格なので一度出会ったら執拗なまでに追いかけて来る。

 動く者に対して常に戦いを仕掛ける獰猛な魔物であった。


 ファイアーグリズリ-は二人が隠れている所を臭いで嗅ぎ分け、猛然と突撃して来た。


「早く逃げるんだ!! 奴は俺が惹きつける!!」

「お父さん!!」


 こうしている間にも、ファイアーグリズリーは此方に急速に迫ってきている。

 何としても娘だけでも助けなければならないと思ったその時、上空から妙なものが飛来して来た。


「グォ?」


 異変を感じ取ったファイアーグリズリーはその場で停止すると、音のする方向に顔を向ける。

 だが、その行動が命取りとなった。


 ―――ゴワシャアァァァァァァァ!!


 飛来してきた金属の物体が直撃し、ファイアーグリズリーは即死したのだ。


「なっ!? 何が起きたんだ……」

「何か、飛んで来たみたいだよ?」


 高速で飛んできた唐箕は速度と質量により、強力な一撃となってファイアーグリズリーを一撃で葬った。

 後に残されたのは、金属片でズタズタに引き裂かれた深紅の熊の屍と散乱する金属の塊だけである。

 なんにせよ二人の命は助かり、無事に薬草を村に届ける事が出来た。


 薬草のおかげで病による死者は無く、村人達は神の奇跡と信じて喜び合ったと言う。


 後にこの村は『神の慈悲によって助けられた奇跡の村』と言う話が作られ、数百年後には童話として語られるようになるのだが、、今のところはこの飛んできた金属塊が何なのか誰にもわからなかった。


 回収された金属は村の仲間に鍬や鎌に加工され利用し、ファイアーグリズリーは肉は病で弱った体の栄養源になり、魔石や胆などの素材は売る事によって村の臨時的な収入となったのである。



【試作二号の場合】



 ソリステア魔法王国の隣にある小国の領地で、その事件は起きた。

 被害者は事件の現場付近一帯を治める領主の一人息子と、彼の取り巻きである護衛騎士が三人。

 将来は領主となる事を約束された人物である。

 その人物は、今や無数の細かい肉片になって周囲に散乱している。


「これは酷い……。それに、周囲に散らばり金属片は何だ?」

「警部、どうやら被害者は、この辺りで街の娘を物色していたようです。何人もの女性を馬車に乗せ、今夜はお楽しみの予定だったのでしょう」

「領主のドラ息子だったな。恨みを持つ連中は大勢いそうだ」


 被害者は次期領主となる事を知っているためか、権力に物を言わせて文字通り遣りたい放題だった。

 特に女癖が悪く、周りを固める護衛騎士達も共に散々街の住人を苦しめて来た。


 更に言えば、この辺りを治める領主には被害者となった一人息子以外に後継者もおらず、甘やかした結果が民衆に嫌われ信用を失う事に繋がる事となったのだが、それを改めようとする事すらしていない。

 だが、今となっては後継者が死んだとなると、別の貴族から養子を迎え入れねばならなくなる。

 最早、権力を利用した事件のもみ消しに意味が無い。


「被害者は護衛騎士を含めて四名。魔法による攻撃だろうか?」

「いえ、この惨状を見ていた街の住人達は、上空から何か金属の様な物が轟音と共に飛んで来て、被害者に直撃したそうです」

「評判の悪い男だったからな、女性達も数えきれんほど食い物にされている。いい気味だ」

「正直、死んでくれて助かりましたね。領主様の圧力で事件をもみ消されましたし、我等も白い目で見られましたから……」


 謎の飛行物体が落下した地点はクレーター状に抉れ、その痕跡から、かなりの速度で落下してきた事が分かる。

 その速度と重量が地面に激突した時に生み出された強力な衝撃波と、後から来た降下気流――ソニックブームによる破壊力が発生し、その威力は周囲に広がった。

 散乱した金属片が凶器となって護衛騎士達もろとも肉片に変え、衝撃波がその肉片を周囲に拡散される。

 だが、街の住人達は彼等から逃れるために家屋に閉じこもっていた為か、多少の怪我人が出たていどで済み奇跡的に死者が出る事はなかった。


「街の住民も喜んでますね……」

「だろうなぁ~。俺で無くとも、死んでくれて良かったと思っているさ。奴には散々手を焼かされたからな」

「報告はどうします? 『神の裁きを受けた』と書きますか?」

「犯人が分からん以上、迷宮入りだろう。何処から何が飛んできたか分からんが、仮に他国からだったら手の出しようが無い」

「ですね。それよりこの後が大変ですよ。このミンチを回収しなくちゃいけませんし……」

「回収は無理なんじゃねぇか? 灰にした方が良いだろう。手間が省けるし、正直なところ奴の屍なんか回収したくないぞ。このまま焼いちまえ!」


 警官たちは自ら職務放棄。


 被害者の遺体は回収して肉親へ返還さねばならないが、ミンチ状に散乱してしまった以上は回収作業は難航する。正直に言えば面倒この上ない。

 既にカラスや野良犬が肉片を餌として持ち逃げし、恨みが積もっていた警邏隊は回収作業を碌にせず、魔法で焼却処分している。

 四人分の遺体がそれぞれ肉片に変り果て、この世界では分別がつかないだけでなく、DNA鑑定が出来ない以上は誰の遺体なのか判別不可能である。その所為か、他の警官も真っ先の魔法で灰にしていた。

 寧ろ、命令を受ける前から既に焼き払っていた。


 それ程までに住民達から嫌われていた被害者は、結局遺体が回収される事なく、遺灰どころか塵すら残らないほど念入りに処分された。


 この報告を受けた領主は怒り狂ったが、息子の横暴な行為を止めなかった責任もあり、後に国王に報告された事により責任追及を余儀なくされ、結果は爵位を剥奪の上で鉱山労働の刑となる。

 敬虔な四神教の信徒である国王はこの事件が神の裁きであると断言し、有能な者を領主に添える事で王としての行き届かなかった管理責任を民の前で謝罪し、神殿にて神の許しを乞うたという。


 こうして一つの事件が迷宮入りし、一つの悪が国から消えた。

 回収された金属片はロザリオとなって売られ、多くの貴族が高値で購入したらしい。

 

 おっさんが作った物は、製作者の知らない所で結果的にだが人助けに貢献していた。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「さて、ジャーネさんの剣ですが……」

「おじさん、飛んで行った農機具の事を切り捨てたでしょ?」

「回収が出来ない以上は仕方が無いと思いますが? 高速で空を飛んで行ってしまえば、どこに落ちたとしても分かりませんよ。しかも一つは音速を越えてましたからね、イリスさんが回収してくれるんですか?」

「うっ? 無理。音速の農機具なんて、例え空を飛べても追いつけないし」


 ゼロスの飛行魔法でも、レシプロ戦闘機並みに高速で飛ぶ事は出来ない。

 ましてや音速の壁を生身で超えるなど不可能である。


「どうでも良いが、おっさんは本当に剣を作れるのか? 幾ら魔導士と言っても鍛冶師の真似事なんて出来ないだろ」

「ジャーネさんの意見は御尤もですがね、僕は生産職なんですよ。剣などの装備は自分で作りましたし、魔道具なんかも作れますよ? まぁ、素材を持って来てくれればの話ですがね」

「ポーションなどの秘薬なんかも作りそうね。ゼロスさんは何でもありの様な気がして来たわ」

「作れますよ? ただ、面倒だからやらないだけですけどね。素材によっては凶悪な魔物を倒さねばいけませんし、自分の分を製作するだけで売る気はありません」 


 おっさんは自分の力が非常識な事は自覚している。

 作ろうと思えばいくらでも強力な武器が作れるが、それが戦争などに利用されるのは望まない。


 傭兵などは特に他人の武器が気になる職業で、場合によっては他人を殺して武器を奪う者も少なくは無い。実際に武器を奪われた上に殺された傭兵も後を絶たないのだ。

 ましてやイリス達は女性ばかりのパーティーで、強力な武器を持っていれば襲われる可能性が高く、別の意味でも危険な事に巻き込まれ易い。

 奴隷商などが喜びそうな見た目をしているのだから、散々弄ばれた挙句に他国へ売られる可能性が高いだろう。


「程々の武器を作りますよ。魔導錬成を使えば直ぐですからね」

「騙された手前、その言葉に不安を感じるんだけど……。まともなのが作れるのか? おっさん」

「ミスリルが含まれただけの鉄剣ですよね? さほど手間は掛かりません。それより、属性付与はどうしますか? 魔剣にするか、それともアンデット耐性を付けるか、他の物も追加できますので好きな属性を選んでください」

「ミスリルが含まれていれば、アンデットに対しても有効だし……。魔剣の方向で頼む。属性は火で」


 言うが早いか、ゼロスは錬成魔法陣を既に展開し、いつでも剣を作る用意が出来ていた。

 魔石はダイヤモンドよりも硬いが、属性無しの魔力を込めると柔らかくなる。

 それを乳鉢で擂り潰し、折れた剣とミスリルの鉱石を錬成陣の中に並べ、魔方陣を起動した。


「剣の形はどうします? 見た目は普通の剣にしますか? それとも、少しばかり自己主張してみますか?」

「いや、自己主張てなんだよ?! 普通で良いからな? 変に凝った物しないでくれ!」

「では、見た目は何の変哲も無いただの剣で良いですかね? 何の特徴も無い武骨な感じで」

「あぁ……アタシは見た目が派手なのは好きじゃないし、普通で良い」


 この世界の剣は大体が鋳造であり、日本刀のような幾度とも無く叩いては伸ばす様な工程はしていない。

 だが、魔導錬成はその複雑な工程を飛ばし、相応の金属結合によって剣を生成する事が出来る。

 問題があるとすれば【鍛冶師】と【錬金術師】、【魔導士】のスキルが高レベルでなくては行えず、魔力もかなり消費する事から誰もが気軽に使える技術では無かった。


 此処まで行くのには相応の修練が必要になり、魔導錬成が出来る領域に至るにはこの世界の住人には一生を費やす必要がある。勿論、戦闘でレベル上げをする事も出来るのだが、殆どの魔導士は実戦を積まずに研究ばかりしているので辿り着く事が出来ない。


 適度に戦闘を行っていればレベルも上がり、相応のスキル技術を持つ魔導士も増えていた筈である。

 だが、ソリステア魔法王国では魔導士は学者的立場の者が多く、それだけに上位職に辿り着ける者はいなかった。


「コレ……以前に剣を修復した魔方陣ですよね? 剣を作る事が出来るんですか?」

「修復するよりも、一から作った方が早いんですよ。以前は剣の破損個所を修復しましたが、細かい作業が面倒なんですよねぇ。破損個所を調べながら細かい亀裂を修復しなくてはなりませんし、魔力を倍近く使うから実用的じゃない。同じ剣を作った方が早く済みます」


 レナの疑問に気だるげに回答するおっさん。

 その合間にも作業は続け、錬成陣の中で折れた剣と用意した素材が宙に浮かび、まるで水銀かスライムの如く不確定に蠢きだしていた。

 炭素結合をするべく少量の炭を混ぜる事により、金属の分子結合を目視で現状から読み取り、魔石が加わる事で熱も放たずに赤熱化した金属は再び剣の形へと姿を変えて行く。


 その工程は時間的に三十分ほどかかったが、魔導錬成を初めて見るルーセリスには不可思議な光景に映った。


「凄いですね。魔法て、こんな事も出来るんですか……」

「アタシも一度だけ見た事があるけど、こうも簡単に武器が作れるのか……。鍛冶師の商売があがったりだな」


 素直に驚くルーセリスに、どこか呆れたように感想を述べるジャーネ。


「そう言えば、お二人は知り合いなのですか? 顔見知りと言うよりは、寧ろ親しい関係に思えましたが」

 

 錬成を続けながらも、ゼロスは素朴な質問を投げかける。

 昨日の食堂兼宿屋での僅かなやり取りから、少しだけ気になっていた。 


「私とジャーネは同じ孤児院で育ったんですよ。成人してから私は神殿に修行に出て、ジャーネは傭兵ギルドに登録して其々が違う道に進んだんです」

「ルーセリスには助かってるよ。怪我をしても回復魔法があるからな、多少の怪我は良心的な値段で治療して貰える」

「私は、育ててくれた司祭様の様になりたかっただけですよ。多くの人達の手助けになれば良いと思っているだけですし、まだ見習いですが神官の資格を正式に取りたいですね」

「司祭様にはアタシも頭が上がらないからなぁ、色々と教えて貰ったし」

「余程の人格者だったんですねぇ~。その司祭様は……おや?」


 ゼロスが何気に言った言葉に対して、二人は思いっきり目が泳いでいた。

 もの凄く気まずい空気が漂っている。


「司祭様は、その……なんと言いますか、少し変わった方でして……」

「酒と博打にめっぽう好きで、どちらも強い上に剣の腕もとんでもなく強い。怒ると直ぐに拳が出るほど気が短い女性ひとだった」

「……司祭ですよね?」

「司祭様です。問題を起こして孤児院の管理に廻されたらしいのですが、何をしたのかは謎のままですよ」

「アタシの剣の師匠でもある。口癖が『神は死んだ』『神は敵だ』『神が殺らなきゃ、私が殺る』だったな……」


 司祭な筈なのに、神をも恐れぬ無法者だった。

 しかも、女性でありながら酒と博打に溺れてる時点で既に神職として失格である。


「四神教の神殿は人手不足なのですか? どう考えても聖職者じゃないでしょう」

「いえ、そう言う訳では無いのですが……」

「あの人は義理と人情には篤いが、神を頼らない実力主義者だからな。説法の時も『神が何でもしてくれると思うな! 人の罪は人が裁かなくちゃなんねぇ、神頼みで世の中が綺麗になると本気で思ってんのか? 馬鹿じゃねぇの?』と言ってた。我が道を行く変わりもんだったが、何故か人気があったよ」

「少しどころじゃありませんよねぇ!? 明らかに異端者扱いだったんじゃないんですか!!」


 行動が無茶苦茶でも、人徳はあるらしい。

 世界は色々な人がいるものだと改めて知った。


「うわぁ~! 前の剣よりも綺麗だよ?」

「そうね。私も作ってもらおうかしら? 幸い素材はあるし」


 イリスとレナは魔導錬成を眺め続け、自分達の武器も作って貰おうか悩みだしていた。

 魔改造武器程では無いが、それなりの力を備えた武器に仕上がっている。


「出来ました。多少……生暖かいかもしれませんが、試しに振ってみてください」

「あぁ……うわぁ~、本当に生暖かい」


 魔導錬成を行うと、何故か武器や薬の温度は人肌と同じ温度になる。

 製作する物にもよるが、場合によってはもの凄く気持ち悪い不快感がある。


 ジャーネは何度か剣を振り廻し、その手応えを確かめる。

 そして胸も激しく揺れる。


 女っ気の無いおっさんには目の毒である。


「良いな。手に馴染む様だ」


 満足げに笑みを浮かべるジャーネ。

 そして、激しく揺れる胸を拝めて満足なおっさん。

 眼福であった。


「魔力を込めると炎弾を放つ事が出来ますが、ここではやらないでくださいよ?」

「わかってる。これなら、あのニワトリ共を殺れる……」

「ニワトリ? あぁ、ワイルド・コッコですか。リベンジでもするんですか?」

「当然だろ? アタシ達も生活が懸かってるからな」

「ふむ……」


 おっさんはニワトリを飼う心算であった。

 ならば、屠殺するニワトリを貰う事が出来るのではないかと考え付く。

 幸いワイルド・コッコは卵以外は食べるに値しないほど不味いらしく、手に入れられる可能性は比較的に高い。

 おっさんの中で打算が働きだした。


「それなら僕も行きましょう。ニワトリを飼いたい所だったんですよ」

「「「「!?」」」」


 四人の顔が、信じられない物を見た驚愕の表情に変わる。


「ぜ、ゼロスさん……ワイルド・コッコを飼育する気なのですか?」

「本気だったのか?! アレは野性的なんて生易しい言葉で言い表せない程に凶暴だぞ!」

「やめておきなよ、おじさん。毎日、ニワトリと格闘する事になるよ?」

「ゼロスさん。アレはニワトリに見えるけど、本当は魔物なんだけど……」


 おっさんは、ワイルド・コッコと普通のニワトリの区別がつかない。

 魔物と動物の区別がつかない以上、そこに境界線を引く事自体が無意味に思える。

 また、この時点でワイルド・コッコを甘く見ていた。


「美味い卵なら、なおさら食べてみたいじゃないですか」

「問題は、その卵を産む鳥が凶悪なんだよ!」

「危険な生物なんだよ?! 本当に強いんだから!」

「馬鹿な真似は止めるべきですよ! 孤児院の子供達に何かあったら大問題よ?」


 被害者が語るニワトリの危険性。

 この時点でニワトリでは無いと思わなければおかしいのだが、おっさんにはその区別をつける事が出来ない。

 寧ろ自分の目で直接に確かめる気であった。


「その魔物の討伐に、某も連れて行ってもらいたい」


 いつの間にか其処にいる、透きとおる様な緑色の髪のハイエルフ。

 巫女服エルフのカエデである。


「カエデちゃん!? いつから其処にいたのですか?!」

「先ほどから物置の影にいましたよ? いつでも剣を抜けるように狙ってましたから……僕をですが」

「やはり気づいておられたか。隙を見てどれ程の腕前か確かめようとしましたが、残念ながら斬り込む隙すら与えらえませなんだ」


 実は最初から気配を消し、隙を見ておっさんを襲う積もりだった。

 だが、事前に気配を気取られ奇襲は失敗に終わる。

 

「だから実戦ですか? まぁ、相手がニワトリなら大丈夫じゃないですかね。幸い、僕がいますから」

「いや、だからさぁ~、あの鳥は常軌を逸しているんだが……」

「無駄かもね。おじさんはワイルド・コッコを本気で飼う気よ?」

「止めても無駄ね。本人があれの凶悪さを知らないから、甘い幻想を持っているのかもしれないし」


 おっさんは、本気でワイルド・コッコを求めていた。

 返り討ちに遭った三人はワイルドコッコの強さを自覚しているが、ゼロスの強さを理解していない。

 並大抵の相手では勝てない程のレベル差を忘れているのである。


 それはおっさんも同様であり、ゼロスはただ卵を産む鶏が欲しいだけなのだ。

 例えそれが魔物でも、卵が美味ければそれで構わないのである。

 

 懐かしきTKGを思い浮かべ、ある事に気付いた。


「……あっ、醤油が無い。……参りましたね。まだ作ってないから味が……」


 漸く問題点を思い出し、おっさんはテンションがダダ下がりとなる。

 醤油の無いTKGなど、不完全な代物に過ぎない。

 しかし、捨てる神あれば拾う神あり、そこに救いの手を差し伸べる者が存在した。


「醤油ですか? 某は少し持っていますが、分けて差し上げましょうか?」

「あるのですか?! それは是非とも分けてください! TKGは醤油が無ければ只の卵飯ですから」

「では、条件として魔物討伐にご一緒しても宜しいか? 少し腕試しがしたいので」

「YES! 醤油の為ならば、僕は悪魔に魂を売り渡します」

「某は悪魔ですか……」


 即答だった。

 島国のエルフは、どうやら醤油を作る技術を持っていた様である。

 これでTKGを食べる為の障害が無くなったと言えるだろう。


「さぁ、案内してください。TKGをこの手に取り戻すのです!」

「今宵の【木枯らし丸】は、血に飢えておるわ……ふふふ」

「カエデちゃん、今は昼間なのですが……?」


 最早二人を止める事は出来ない。 

 二人の意気込みは凄まじく、もはや誰の声も聞こえない様に思え、ジャーネ達は溜息を吐く。

 ルーセリスは二人がケガをしないか心配の様で、少々動揺しながら右往左往している。


 ここに最強の魔導士と、修羅の美少女剣士のコンビが一時的に結成した。


 血の気と食欲に飢えた二人は行く、それぞれの目的の為に……。


 

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