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おっさん、昔の夢を見る

 偏光強化ガラスに街並みが映る二十階建の近代ビルの一室に、【大迫 聡】は呼び出されていた。

 部屋にはテーブルに座る会社の重役達が顔を揃え、厳しい表情で彼を見ていた


 彼は此処に呼び出された原因を知っている。

 数日前まで行われていた裁判。

 二つの企業が版権を争い、そして彼の務めている会社が勝訴したと言う、ただそれだけのものだ。


 版権を争っていた物は、防衛省より製作を依頼され開発していたプログラムで、その流出が彼の姉である【大迫 麗美】よって行われた事が判明し、その犯行の主犯格がライバル会社の重役の一人であった。

 問題は、その犯行が行われたのが聡の住む独身寮で、姉であるという立場を利用し簡単に管理人が部屋に招き入れてしまった事にある。


 その時、聡は海外出張で日本にはおらず、戻ってきた時に事実を知ったのである。

 帰宅してPCを稼働させ開発していたプログラムをチェックする時に、アクセスした覚えのない日付が記録されており、不審に思った彼は会社に報告した事で明るみに出た。

 無論セキュリティーも作動していたが、ハッキングプログラムにより解除されていた。

 数日後、このプログラムを別の会社が発表し、システムの内容から開発中の物である事が分かったのである。


 そこから裁判沙汰になるのは早く、勝訴に至った決定的な証拠がある一定の操作をする事で発生するバグであった。

 それは誰も気付かない程度の小さな物で、特定の操作によってシステムがフリーズする事を指摘し、更に完成したプログラムを公の場で公表したために裁判は終了した。


 だが、それで事が終わる訳ではない。

 犯行を行った共犯者が、寄りにもよって開発部主任であった聡の身内で、このまま彼を会社に置いて於く訳には行かなくなったのである。

 そして今日、聡に対しての処分が言い渡される日であった。


『理由は分かっているね? 正直、これまで会社に貢献してくれた君を手放すのは惜しいが、我が社としても今回だけは君を擁護できん……すまない』

『いえ、全ては僕の身内がしでかした事です。既に覚悟は決まっています』

『そうか……。だが、君の名誉の為にも自主退社として置くのが望ましいと思うのだが……』

『お気遣いありがとうございます。ですが、既に辞表は書き終えていますよ……ご迷惑をおかけいたしました』

『君も大変だな……あのような家族を持って…』

『全くです……。もう、縁を切ろうと思っていますが……』


 この日、聡は七年務めていた会社を辞める事になった。

 その後、自分がどうやって帰宅したかは覚えてはいない。

   ・

   ・

   ・

 場面が変わり、聡は独身寮の一室で荷物を片付けていた。

 彼は仕事にやりがいを感じ、一生プログラマーとして生きて行くのだと思ってはいたが、結果は外部からの要因であっさり瓦解した。


 退社の原因でもある聡の姉は、離婚を理由に彼の住む社員寮に住みつき、周囲の奥様連中と懇意になり世間体を味方につけ、三年もの間なにもせずに聡に寄生していた。

 だが、勤務地が変わり独身寮に入ることを理由に追い出すのに成功すると、麗美はどこかに消えた。

 毎日テレビを見ては自堕落に生き、時折出前を頼んでは金を浪費する。更に奥様連中の会話に嘘を並べ立てこちらを窮地へと追い込むタチの悪い存在であったため、いなくなって一息付けたところだった。


 世間では、隣人の私生活を知り尽くしている人など存在しないだろう。

 仮にいたとしたら、それは変質的な異常思考の持ち主だけである。


 特に都会では少しでも親切な事をすれば良い人だと認識され、麗美は人を味方につけるのが天然で巧みであったと同時に、敵を生み出すのも巧みであった。

 幾度となく追い出そうとしたが変な噂を流され失敗。転勤を理由に漸く追い出す事に成功すれば、今度は血の繋がりを利用し産業スパイの真似事である。

 正直、もうどうでも良くなってしまった。

 

 既に何のやる気も起きず、会社の心遣いで数日は寮で暮らせるように取り計らって貰い、その間に次の住む場所を探し、今まで働いて溜めた貯金を使い片田舎の民家を購入する。


 幸い両親が残してくれたアパートや貸家がある為に、ある程度の生活は問題はない。

 だが人生に虚しさを感じた彼は、ただ静かに田舎で暮らす事を望んだのである。

 終始無言のまま荷物を持ち上げると、駐車場に止めてある軽トラックに積み込み、緑色のシートを掛けてからロープで荷物が落ちないように固定する。


 軽トラックに乗り込みエンジンを始動させた時に、彼の前に最も会いたくない人物がいる事に気付いた。

 助手席の鍵が閉まっているのを確認すると、聡は軽トラックの窓を開ける。


『今さら何の用ですか、姉さん』

『何よ、その言い方……。まぁ良いわ、暫くあんたの所で住まわせてよ。旦那が会社をクビになって、アタシ離婚したから』

『自業自得でしょう。何で姉さんを擁護しなきゃならないんですか?』

『弟が姉の面倒を見るのは当然の事でしょ?。良いじゃない、高給取りなんだし』


 どこまでも自分勝手な姉に殺意を覚える。


『残念ですが、僕も姉さんを構う余裕はないんですよ。会社をクビになりましたからね、誰かのせいで……』

『じゃぁ、五十万で良いわ。お金貸しなさいよ』

『返す気の無い人に貸す金はありませんよ。自分で働けば良い事でしょう!』

『嫌よ、めんどくさい。だったら、アパートやマンションの権利を一つ寄越しなさいよ。それで手を打ってあげるわ』

『既に人の手ですよ。どれだけ会社が被害を被ったか分かってんでですか? 俺にも賠償金が来てですよ!! 誰の所為だと思ってんだ!』


 傲慢な姉に対し、聡の口調は次第に語気が荒くなって来る。

 アパートやマンションに関する賠償金の話は噓だが、こうでも言わなければ麗美はしぶとく金を要求して来るだろう。

 どこまでも自分中心な姉だと知っているからだ。


『じゃぁ、お金。それで良いわ』

『無い! それ以前に、アンタに金を貸す気は更々ない』

『それが弟の言うセリフ? 薄情ね!』

『血が繋がっているだけの他人だろ? 今更、姉貴面すんな。腐れビッチが!!』


 汚い言葉で姉を罵る聡。


 流石に我慢の限界だった。

 今まで心の中に溜め込んでいた物が一気に噴き出す。


『どこの世界に、弟の稼ぎを当てにする姉がいんだよ!! テメェの世話ぐらい自分で見ろっ、ブッ殺すぞ糞女!!』

『どうせお金があるんだから、貸してくれても良いじゃない!! けち臭い男ね』

『犯罪者に貸す金はねぇつってんだろ!! 糞野郎と共犯で、産業スパイの真似をしやがったアンタが悪い!!』 

『誰が犯罪者よ!! 私は悪くないわ、世間でもそう認めてるじゃない』

『全部、旦那に押し付けただけだろ!! 結局アンタは自分が可愛いだけだろうが!!』

『それのどこが悪いのよ。誰だって自分が可愛いに決まってんじゃない』

『なら、俺がアンタに金を貸す理由はないだろ。俺も自分が可愛いからな』

『………』


 聡は、これ以上は話をする事など無いとばかりにウィンドを閉めると、さっさと軽トラックを走らせる。

 これ以上、目の前の傲慢な姉と話をしていると、本当に殺人を犯しそうであった。

  

 こうして人生に生き甲斐をなくした聡は、瀬戸内海が山間から僅かに見える片田舎で、自給自足の生活を始める。

 当時は荒んでいたひきこもりの彼だが、オンライゲームだけは続けていた。

 デジタルな世界だけが唯一安らげる場と化していたのである。

     ・

     ・

     ・

 田舎に住みついて三年目、村人の人情味に触れている内に次第に精神が安定し、他の農家の手伝いをしながらも自給自足の生活を送るようになった頃……彼女は再び姿を現す。     

 

『何でこんな生活してんのよ、働きなさいよね!!』

『働いてますよ? 農園でね』

『全く……まぁ良いわ。暫くここで暮らすから、それにしても熱いわね。エアコンを掛けてよ』

『ありませんよ。電気代がいくら掛かると思ってるんです? それに、今日は涼しい方ですがね』

『嘘でしょ?! ……じゃぁ、お腹空いたから何か出前を取って』

『出前をする店なんかありませんよ。村の様子を見なかったんですか? 山の中の農村ですよ? 店まで片道一時間は掛かりますね。ホームセンターならありますが?』


 麗美は絶句する。


『食事はどうしてるのよ……』

『基本は自給自足。肉は近所の田中さんと狩りに行きますが? 最近は猪が増えて畑を荒らすんで、間引きしないと野菜の類が食い荒らされて儲けにならないらしいですよ。後は燻製にしたり、自家製のソーセージを保存食として作ったりですかね』

『あ、アタシの食事は……』

『働かない者に、食わせる食事がある訳がないじゃないですか。何を言っているんです?』

『……じゃぁ、お金を貸してよ。どこかにアパートでも借りるから』

『あると思います? 光熱費で精一杯なんですがね』


 彼女にとって最悪の答えが返って来た。

 実のところ麗美は多額の借金を背負い、その金を借りに来ただけであり、あわよくば聡のところで自堕落に生活しようと企んでいた。

 

『アンタ……何で働かないのよ。今なら何処かの企業に就職できるでしょ!』

『農園が仕事じゃないと言うんでしょうかね? この愚姉は……。そんな気が起きるとでも? どこかの誰かの所業で、会社勤めを遣りたく無くなったんですがねぇ』

『アタシの所為だとでも言う気!!』

『それ以外に何があるんです? 自分がしでかした事を考えてくださいよ。いい歳して何を言ってんですか』

『アタシ、借金があるんだけど……どうすんのよ』

『だから何です? 今の僕に金があるとでも言うんですか? こうなった原因が姉さんなのに? 面白い事を言いますね。そもそも、なぜ姉さんの借金を僕が立て替えねばならないんですか?』


 聡の目はまるで他人を見る目であった。

 いや、既に他人なのだろう。

 姉と云う立場を利用し続けた結果、聡に完全に見捨てられた事を知る。


『アンタ、弟でしょ!! 姉を助けるのが……』

『その弟に散々迷惑をかけた挙句、会社をクビにさせただけでなく。まだ金をせびりに来るんですか? 良い性格してますよね? 殺したくなりますよ』

『じゃぁ、暫くここで生活させなさいよ』

『別に良いですが、早朝四時起きで畑の手伝いをしてもらいますよ? あっ、卵は鶏小屋から回収してください。序に草刈もお願いしますよ。夏は成長が速くて、直ぐに草叢になりますから』

『なっ、なんで私がそんな事をしなくちゃならないのよ!!』

『八時からは農園で草刈りとミカンの収穫、食費は自分で稼いでくださいよ? 僕には余裕がありませんので……そうそう、たまに熊が出ますから気を付けて。あと、ご近所さんとの畑仕事を手伝ったりしますので、サボったら埋めますからね? 野菜は自給自足ですが、冬に備えて漬物を作るのであまりとり過ぎない様に……』


 麗美の目の前が真っ暗になった。

  

 当初の予定では以前のように弟の下で自堕落に生活しようとしたが、農家は朝が早く近所付き合いはかなりオープンである。

 街で暮らす以上の親しい近所付き合いで、自堕落にしていれば途端に噂が広がる。見せかけで近所の奥様方と付き合う以上に親しい密接な繋がりがあるのだ。

 周囲の人達を味方につける事は出来ない。


 ましてや弟が他の農家を手伝っているのに、自分がテレビを見て出前を頼むような暮らしを送っていれば、何かと人の目につきやすい。それ以前に出前を届ける店が全くない。

 下手をすると食事も自分で作らねばならず、材料は自給自足。更に言えば聡の購入した家は古民家で、外から家の中が丸見えなのである。

 おまけにエアコン等の便利な文明の力もない。


 聡が暮らしていた社員寮にひきこもり、好き勝手やっていた時とは状況がまるで異なるのだ。

 ついでに街までは片道一時間は掛かり、交通の不便な場所でもある。

 コンビニもなければ遊べる場所もない。そんな田舎で生活が送れるような麗美ではなかった。


 序に付け加えるなら、ひきこもる為に雨戸を締め切っていれば、村の駐在所から警官が来る。エアコンなどの物は全く設置していないともなれば部屋の温度は四十度近くにまで上がり、麗美のような都会で見得を張り他人に寄生する者には耐えられない生活だったのである。

 しかも蚊や蠅、百足などの虫も多く、クマやイノシシなどの野生動物が頻繁に出没する。


 結局、弟が当てにできないと知った彼女は翌日に姿を消し、それ以降は姿を見せる事は無かった。

    ・

    ・

    ・

    ・

    ・

「……夢? 随分と嫌な夢を見たもんだ……。何で、今更…」


 目を覚ませば、そこは片田舎の和風建築家屋では無く、真新しい木の香りが漂う洋風の家屋であった。

 思い出したくない夢を見た聡――ゼロスはベッドから起き出すとテーブルの上の煙草を咥え、火を点ける。

 

 起きがけの一服は、とても苦い味がした。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「『ウィンド・カッター』」


 ゼロスが風系統魔法を使うと、一瞬で黄色に変わった草叢が根元から刈り倒される。

 その草を一つに束ね、幾つかの束を一纏めにし持ち上げると、ゼロスはそのまま既定の場所へ運んだ。

 彼が行っているのは米の収穫である。


 この世界での米は雑草と同じであり、水田で作らなくても勝手に繁殖する。

 だが、現時点では穀物とは思われていないので、食べようと思うのはおっさん魔導士だけであった。

 

 現在彼は農民のような格好で、麦わら帽子とタオルを首に掛けた姿がやけに似合う。


 足踏み式の脱穀機を動かし、勢い良く横付けの円筒を回転させる事により、輪となった針金に米が引っ掛かる事で米を弾き取る。

 米を集めやすくシートを引いており、その上を弾かれた米が跳ね落ちる。


「おもしろ~い。おっちゃん、やらせて♪」

「かまいませんが、あまり勢いよく回したら危険ですよ? 手に怪我をしますから」

「ダイジョブさ、おっちゃん」

「俺達は、この程度で怪我するほど軟じゃねぇぜ!」

「それより肉くれよぉ~、おっちゃん」


 何故か孤児院の子供達が手伝いに来ていた。


「ルーセリスさん、良いんですか? 孤児院にも畑の世話があるでしょうに」

「毎日、草を刈ってますから大丈夫です。ですが……」

「なんです?」

「この草の種、本当に食べられるのですか? 私はただの雑草だと思っていましたけど」 

「食べられますよ? 些か植生が違うようですが」


 ライスウィードは米は獲れるが、実の所イネ科の植物という訳ではない。

 異世界だけに稲に近い系統の植生だが、ライスウィードの葉は枝から丸い葉を生やしていた。

 種子の見た目が似ているだけで全く異なる植物なのである。 


 ふと見ると、子供達が脱穀機の円筒部分にしがみ付き、高速で回転していた。

 手を離せば遠心力で飛ばされるのは間違いない。

 子供は思い付きで変な遊びを行うものだが、これはかなり危険な遊びである。

 

「危ないですよっ、やめなさい!!」


 ルーセリスが慌てて止めに入る。

 だが、高速で回転ている物は急には止まらない。

 少しして、回転が収まった時には目を回してフラフラの状態であった。


「アンジェちゃん、ジョニー君、ラディ君、カイ君……正座」

「「「「うぃ~~す」」」」


 そして始まるマジ説教。

 正坐させられ説教を受けているのに、何故か嬉しそうに笑っている子供達。

 そんなルーセリス達を横目に、ゼロスは黙々とライスウィードを束にして行く。


「……おや?」


 ライスウィードを束にした時に、一瞬穂先に違和感を感じ手に取ってみると、米の大きさが安定していない事に気付く。

 数粒を手に持ち鑑定すると、非常識な回答が脳裏に浮かんできた。


 ===========================


【ライス(小粒)】

 炊き上げると非常にぱさぱさしており、あまり美味しくは無い。

 煎餅にする事をお勧めする。


【ライス(中粒)】

 炊き上げると美味。

 モチモチした食感と適度な甘さが最高のお米。

 仄かに甘い香りがする。


【ライス(大粒)】

 粘りがやや強く、オハギやオコワに向いている。

 突くとお餅になりまっせ?


 ===========================


(これ……分別する必要があるのでは?) 


 ゼロスは唐箕とうみを作らねばならない事に気付く。

 

 唐箕とは、ドラム型の部分に風車が組み込まれており、これを回転させる事で風力によって米と籾殻を分別する道具である。

 また、米の大きさをある程度は分別が可能で、重い米は手前から、軽い米は一番端の口から分けられて出て来る仕組みになっていた。

 戦後間もない頃まで使われていた農機具である。


「構造は分かりますが、作るのは面倒ですね。多少改良しないといけませんし」


 今日は気分がノッテ来なかった。

 だが、やらなければならない事が分かり、その作業は明日に廻す事にする。

 とりあえずは米を脱穀しなければ、いつまでたっても終わらない。


「うぅ……足が痺れて……」

「へへへ……シビレタろ? 俺もびりびり来てんぜぇ」

「何カッコつけてんだ? うぅ……歩けない」

「肉……報酬は肉が良い。痺れるほどに美味いやつを……」

「すみません。お手伝いをすると言いながら、この子達ったら遊んでばかりで……」

「まぁ、この位の子供達は大抵は遊んでますよ。働いているのは農家くらいじゃないですかねぇ」


 遊んでいると言う以前に、次第に柄が悪くなっている気がしていた。

 孤児達は中々に太々しく生きているようだ。


「それより、稲(?)が溜まっているのですが、運んで貰えませんか?」

「脱穀は私がやりますので、ゼロスさんは子供達とライスウィードを運んできてください」

「シスター、自分が遊びたい訳じゃないよね?」

「シスター遊びたいのかい? 好きだねぇ~」

「シスター遊んでる?」

「エロエロかい? シスター……肉欲も程々にな」


 旧市街には、タチの悪い大人も住んでいるためか、子供達の言動に少なからず影響を与えている。

 おそらくは意味を理解していないだろうが、何となく面白そうだから下品な言葉を使っているのだろう。

 教育している立場から言えば、かなり世間体に宜しくない。

 ルーセリスの教育を問われる事になる。


「この辺りの人達は、決して悪い人達ではないのですが……その、些か口が悪いと言いますか…」

「まぁ、古くから住んでいる人や流れ者が多いですからね。その影響を受けるのは分かります」

「何とか言葉遣いでも直そうとはしているのですが、日に日に変な言葉を覚えて来てしまって……どうしたら良いのでしょう」


 ルーセリスは子供達の教育に悩んでいた。


「注意すべき時は注意し、後は強制するような事はしない方が良いでしょう。子供達も自分で考える事を覚えた方が良いですしね」

「不良にならないでしょうか? そこが心配なのですが……」

「何を基準で不良と呼ぶかにもよりますね。悪い事をしなければ良いですし、子供の自主性を重んじるのも大人の役割だと思いますが?」


 子供達は独自の世界観で動く事が多い。

 特に危険な事をしでかすのは、子供自身に危険であると言う認識が乏しく、好奇心だけで行動を起こすからであり、それを伝える大人の教育も根気の必要な事であった。

 好奇心で動く彼等に対し下手に規制をすれば、返って好奇心を刺激する事に繋がり、抑制どころか興味本位で飛び込んで行き、何も言わなければ危険であると言う認識も伝わらない。

 若い身空で子供達の面倒を見るルーセリスには、まだ経験が足りなかった。


「それはともかく、脱穀する前に一通りライスウィードを集めた方が早いでしょうかね? 米を弾く作業は大して時間が掛かりませんし」

「そうですね。では私も束にする作業を手伝います。子供達にも運んで貰いましょう」

「君達も遊びはそこまでにして運ぶのを手伝ってください。皆で動けば早く終わりますし、そうしたら食事を御馳走しましょう」


 何気に子供達に声を掛ける。


「わ~い♪」

「やるぜぇ! 気合い入れて、やるぜぇ~♪」

「物で釣るんだね、おっちゃん」

「けどやる。俺は肉が食いたい」


 子供達は食欲に忠実だった。

 孤児だけに、食べる事がいかに重要であるかを理解しているのである。


 その後は休憩を入れながら作業は順調に進み、この世界初の稲刈りは終了する。

 脱穀した米は乾燥機に入れ、後は唐箕を作り分別するだけである。


 おっさんは米を手に入れる事に成功した。

 念願の酒を造るのはこれからである。



  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 


 夕暮れ時、ゼロス達は街の食堂に向かっていた。

 ゼロスは保護者となり、四人の子供達と街の広場でルーセリスが来るのを待っていた。

 子供達は噴水の外周壁によじ登り、楽しそうに遊んでいた。


「お待たせしました。ゼロスさん」

「いえ、さほど待っては……その子は? 初めて見ましたが」

「この子は、孤児院で預かっている子で、カエデと言います」


 ゼロスは一瞬驚きかけた。

 なぜなら、楓と呼ばれた少女は『長い耳』を持っていたからである。

 この世界で初めて見るエルフであった。


 しかも、カエデの着ている服装は着物に赤い袴、背には身の丈よりも長い長刀を持っていた。

 中世ヨーロッパのような街並みにそぐわない、純和風の出で立ちである。

 髪は長い透き通る様な緑色。

 公爵家別邸で読んだ本に記載された情報から、この特色はエルフの上位種に見られる特徴である。


「もしかして……今まで会った事がなかった理由は、ハイ・エルフだからですか?」

「はい。エルフを狙う人達が多いですから……この子を守る為には、どうしても外に出さない様にしなくてはならなかったんです。ゼロスさんがいて下されば安心ですから、今日連れだして来たんですよ」

「なるほど。まぁ、一生ひきこもっている訳には行きませんし、外に出る事で得られる経験もあるでしょう。問題はありませんよ」

「この子は先祖返りらしく、ご両親は傭兵をしておりまして、月に一度しか帰って来ないのです。」

「一時的に預かっている訳ですか、大変ですね。何かあれば僕に言ってください、大抵のゴロツキなら追い返してあげますから」


 エルフは奴隷商が喉から手が出るほどの商品である。

 ましてやハイ・エルフともなれば、その金銭的価値は馬鹿にならない。

 上手く売れば一生遊んで暮らせるのである。

 幾ら健康でも、執拗に狙われる可能性を考慮すると妥当な処置であった。


 問題は、このハイ・エルフの少女が尋常ではない気を放っている事だろう。


「始めてお目にかかります、ゼロス殿。某の名はカエデ・ハーフェン。若輩の身でありますが、今後ともお見知りおきの程を……」

「こ、これはご丁寧に、ゼロスと言う冴えない魔導士です。お隣ですので気軽に声を掛けてください」

「ご謙遜を、貴殿の様な高位の魔導士と知り合えるなど、まさに僥倖。何卒ご指導を賜りたく存じます」

「指導? それは剣のですか? それとも魔法ですか?」

「無論、剣です! 見たところ、相当の手練れと感じました。魔法だけでなく、剣の腕も達人の領域と拝見します」


 躾けが行き届いた子だった。

 そして、エルフなのに修羅の道を行く子だった。

 それ以上に、武に対しての意欲が半端なものではない。


「すみません、ゼロスさん。この子は剣士を志していまして、並の大人じゃ勝てないほど強いらしく、強者を求めては試合を臨んだりと無茶をするんですよ」

「エルフですよね?」

「エルフです……」

「護衛、必要なんですか?」

「下手をすると相手が死んでしまいます。返り討ちで……」


 種族的に言えば、エルフは戦いを望まない芸術肌のインテリ種族である。

 理知的な者が多く、剣を振るうなど野蛮な行為と思う者が大半で、基本的には魔導士となる者が多い。

 だが、カエデはその真逆の道を行く異端とも呼べるべき存在だった。

 しかも、大人を倒せる実力者ともなると、カエデを狙ってきた者達は間違いなく斬殺される事になる。


 つまり、ゼロスはカエデが人を斬り捨てない為の防波堤であった。


「某の家族は東方より流れ着いた難民で、剣を使わねば生きて行けない程の戦乱の国であった。故に、我等は剣を振るう事に躊躇いはござらん」

「まぁ、着物に袴風体で、この辺りのエルフとは民族性が異なるのは分かりましたが、面白い子がいますね?」

「周りには目立たないように体が弱いと言って説明していましたが、実は凄く健康で毎日鍛錬をしている程です。ただ……」

「ハイ・エルフですからね。念を入れて於くのは間違いではないでしょう。安全のために嘘を吐くのは許容範囲内ですよ」


 ゼロスが見たところ、カエデは年頃の子供とは思えない気配を持っている。

 立っているだけでも付け入る隙は無く、並の大人では歯が立たない事が充分に伝わって来た。

 いや、ゼロスに向けて剣気を放っている所を見ると、どうも挑発しているようである。


「血気盛んなようで……」

「『常時、常に戦場の心持でいよ』。それが父上からの教えですから」

「君の父上は、どんだけ血の気が多いんですか? それ以前に侍?」

「如何にも、某の父上は侍です」


 予想の斜め上を行くエルフが目の前にいた。

 エルフは大抵が魔導士か精霊使いが多いが、刀で敵を斬り捨てる様な種族では無い。

 仮にエルフの剣士がいても、使う剣もレイピアの様な細身の剣を使う事が特徴的で、完全に技巧派の傾向が高い。

 心技体を追求するようなエルフなど初めて見た。


「おっちゃん、早く店に行こうよ。混んじゃうよ?」

「腹減ったよ、おっちゃん」

「メシ食わせろよ、おっちゃん。Im’hungry」

「喰うぜぇ~。肉、食うぜぇ~」

「ブレないね……君達」


 欠食児童は飢えていた。


 とりあえずゼロス達は食堂へと向かう事にする。

 街の大通りに面した場所にある宿で、深夜まで食堂を兼営している店だ。


 店に入ると、早い夕食を摂るために商人や傭兵がテーブルやカウンター席に座り、賑やかな声が店に響いていた。

 幸い混み合っている訳でも無く、ゼロス達は壁際の席に座りメニューを開く。


「アタシ、ランチセットA!」

「俺、ライムギパンとモガロスープ…ガロバの素揚げ」

「魚食うの? んじゃ、俺はBセット」

「ワイルドバッファローのステーキ……三人前?」

「私はCセットで……」


 子供達は思うが儘に注文を頼む。

 ゼロスもメニューを開いたが、正直に言ってどんな料理なのか分からないため、分かり易いセットメニューを注文する事にした。

 ルーセリスはカエデと同じ値段の安いCセットを頼む。

 彼女なりに遠慮しているようだが、子供達は全く気にした様子が無い。


 暫くして、注文した料理が運ばれてくると、ちびっこギャング達は獣のように齧り付くのだった。

 傍でルーセリスが恥ずかしげに俯いていた事は言うまでも無い……。


 カエデを除く子供に、遠慮と言う言葉は存在しない。

 今日を生きる身寄りのない孤児達は、実に逞しいのであった。



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