オッサンのいない日常5
イストール魔法学院高等学部の直ぐ傍らに、成績の良い学院生だけが使える研究棟が存在する。
主な目的は才有る若い魔導士に、更に高みへと研鑽を積んで欲しいと言う思いから建てられた物だが、現在は派閥同士でいがみ合う魔窟と化している。
研究優先のサンジェルマン派は『我関せず』と研究を続けているが、その中で一際過激思想に取り付かれた一派が存在していた。ウィースラー派である。
元は魔導士による戦術研究と国家防衛を担う若手魔導士の育成を目的とした派閥だったが、いつしか彼等は魔導士至上主義者の集団へと変貌を遂げるに至ってしまう。その原因が旧時代の遺跡から発掘された広範囲殲滅魔法の魔法陣設計図なのだが、実はこの魔法陣は未完成で頓挫した物であった。
そもそも旧時代の遺跡と言ってもその幅には大きな開きが存在する。
文明の始まりである時期から領土を求めて戦った戦乱期、多くの民が平穏に暮らした繁栄期や滅亡間近の黎明期。この魔法陣は初期文明の物でまだ魔法技術が未熟な時期の物だったのである。
当時はまだ魔法を個人の保有する魔力を使用していた為に、戦乱期に誕生した自然界の魔力を利用する技術は使われていない。当然この魔法陣は複数の魔導士が魔力を注ぎ稼働させる事が前提となっていたが、この広範囲殲滅魔法は大きな欠陥を抱え込んでいた。
魔力は複数の属性に変質する特性を持っているが、同時に精神に影響を受ける性質も持っている。
複数の魔導士で魔法を行使するとなると精神レベルでの同調が必要となり、それを並列励起させる事で発動が可能な物であったが、そもそも個人の精神に落差がある状態で複数の魔導士が同調するなどあり得ない。
人の精神は一人一人が独特の波を持っており、それが一つになるなど不可能な事である。心を一つに力を合わせるのとは異なり、精神を同調させるには同じ人間が複数いなければならない事になる。だが、そんな存在など先ずないだろう。
早い話、魔導士の個性が足枷となり、この魔法陣は発動しなかったのだ。
その為に戦乱期に製作された広範囲殲滅魔法は自然界魔力を利用したものが主流となるのだが、魔法陣自体が巨大な物になり過ぎて、各砦に固定された砲台的な役割と化していた。
現代兵器で言えば近距離弾道ミサイルに近いかもしれない。
黎明期、邪神戦争においては魔方陣を構築する魔道具が制作されたが、その威力も邪神の前には通用せずに敗北を喫した。
その後の大規模な破壊の前に広範囲殲滅魔法は歴史から跡形も無く消滅し、ごく稀に遺跡から痕跡が発見される不完全な遺物だけが残される事となる。それも初期文明の物が多く、歴史的価値しかない代物である事をウィースラー派は知らない。
無論、魔法陣も改良して多少は起動するが、実戦で使えると言う程の物ではなかった。
ただ魔法陣が光るだけの程度でどうして攻撃が出来るのか。しかし彼等はこの魔法陣が使えると信じて疑わない。
要するに、不完全の使い物にならない玩具を得て浮かれ、増長しただけである。
だが、増長した者が一人ならまだ良いが、複数もいると面倒な事になるのは確であろう。
彼等は次第に荒くれ者の集団と化すのにさほどの時間は掛からなかった。
その背景に洗脳魔法が暗躍をしていたが、最近になってその動きがおかしな状態になって来ている。
「ふざけんな、サムトロール!! これでは、ただ兵を使い捨てにしているだけだろ。お前はちゃんと考えているのかっ!!」
「どこが間違っている!! 騎士などただの使い捨ての兵力だろ、徴兵をした愚民共も同じ事だ!!」
「お前の言っている事は、ただの特攻だ!! 何で使えるか分からん広範囲殲滅魔法が戦略に加わってんだ!!」
各派閥が陰口で言う【机上の空論会】。
ウィースラー派で行われる戦略想定の戦術論会である。
「俺達もその意見に同意だ!! 良く考えてもみろ、お前の戦略対象の敵は全て都合の良い物だろ。現実にそんな事があり得るのか? 他に伏兵は想定しなかったのか? 敵が無能だと何故に言い切れる!!」
「貴様の戦術論は盗賊相手にしか通じんだろ!! 国同士の戦争が、そんなに単純な物か!!」
先の戦術論会で洗脳下にあった者達は、ツヴェイトのご都合主義完全否定論と手痛い指摘によって揺らぎ、真面目な魔導士達は一から歴史を見直す事を始めた。
そして様々な観点から戦略を見直し、自分達が立てた戦術がいかに無知で蒙昧であったかを知る。
結果、洗脳魔法の揺らぎは大きな綻びを生み、やがてその洗脳から解放される者達が続出し始めた。
現在この派閥は真っ二つに分断し、現実論派と夢想論派に分かれ、激しい激論を繰り広げている。
前者がツヴェイト同様に現実を見据えた者達で、後者がサムトロール陣営である。
だが、洗脳魔法自体が既に解かれ始めた今、サムトロール側は次第に手下を失いつつある。
逆にツヴェイトが現実論の代表的立場に持ち上がり、サムトロールには忌々しい限りであった。
「戦力に限りがある以上、仮想敵国の戦力も十分念頭に入れるべきだ。お前等の戦術論は無能の指揮官が立てるものに等しい、却下だ!!」
「貴様、俺を誰だと……」
「ただの学院生だろ!! ここでは貴族や市井などの権威は何の意味もない。そもそも、現実的戦略構想を練りの国防のみに貢献するのは、お前の実家の思想だろ! その血族が自らそれを否定するのか?」
「うぐっ……」
洗脳魔法が効いていた時は彼等は従順に近かったが、一度それが解かれたら反動は大きな物となり、サムトロールに牙を剥く。
更にタチが悪い事に、ブレマイトの洗脳魔法の事が広がり始めているのだ。
魔導士は魔力の流れを感知する能力が比較的に高く、今も誰かがブレマイトの動きを監視している状態である。
再び洗脳するには、微弱ながらも魔力を込めて対話しなくてはならないのだが、監視されている状況ではわずかな魔力でも察知される可能性が高い。
これでは、ブレマイトが再び洗脳する事もままならない厄介な状況となっていた。
「広範囲殲滅魔法が使えるか分からない以上、その力を戦略に練り込むのは無意味だ」
「同意する! この作戦は明らかに意味の無い物だ。無駄に戦力を消費するような物は作戦とは言わん」
「同意。敵戦力の想定が甘すぎる。相手が人間である事を考慮すべきだ」
「俺も同意。そもそも、寡兵で何で十万の兵力が倒せるんだよ。おかしいだろ」
「同意……砦の兵力では蹂躙されるだけだ。撤退するのが利口……殲滅は不可能」
一度歪みが生まれれば、その波紋は大きく広がり始める。
中にはサムトロール側の者も同意を始め、彼の目論見が次第に崩れ窮地に追い詰められていた。
彼の築いてきた基盤が音を立てて崩れて行く。
「論ずるに値しない作戦内容だな。これならツヴェイトの方が遥かに優れている」
「アレはえげつない。殆ど全滅を想定した作戦内容だしなぁ~」
「だが、理はある。その絶望的な差でどれだけ味方の損害を減らし、生き延びるかが重点に置かれているしな」
「生きていれば再起は計れる。国を再興する事も念頭に置かれているから実に現実的だ」
「それに比べて……稚拙過ぎるぞ、サムトロール」
楽して地位を手に入れようとした結果がこれである。
現在ツヴェイトはこの研究棟には来ていない。
余計な事を言われるのを防ぐため出入りを禁じたが、学院生である以上は寮でも会話は出来る。
そこからツヴェイト達の戦術研究班が生まれ、現在彼等の追及を受けてしまっていた。
この波紋はまだまだ広がる事だろう。
程なくしてこの戦術論争会はお開きになったが、サムトロールは苦い思いで彼等の背中を見送る羽目になったのである。
「クソッ!! ツヴェイトの奴め、余計な事を吹き込みやがって!!」
「俺の魔法の事も完全にバレているな。終始監視されていたぞ」
「忌々しい……しかし、手を出す事も出来ん! 奴は公爵家だ。俺では手出しができない事を知っていて、こんな手の込んだ真似を…クソッ!」
逆恨みも甚だしい。
だが、自己中心的で傲慢な者であるほど、この傾向は強い。そして、こうした者ほど都合の悪い事は忘れるのである。
先にツヴェイトに手を出したのは彼等の方である。言わば自業自得であるのだが、それが判らないほど愚かであった。
「ならば、どうする? 俺達が動けば不審に思われるぞ」
「近い内に恒例の行事があるだろ。その時に仕掛ける」
「なるほど……それなら、あくまで事故死で片付けられるな」
「今の内に奴等に繋ぎを取れ、奴を野放しにしては危険だからな」
彼等は最後の手段を使う事にする。
それは人として許されざる行為なのだが、欲に狂った者にはそれがまだ判らない。
彼ら以外に誰もいない部屋で、密かに悪巧みが進行するのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「クロイサス、お前、実戦訓練はどうするんだ?」
「私は参加したくはないのですがね……。研究を続けたいですし、参加するだけ時間の無駄です」
研究等にひきこもり、各種族の古代言語辞典を眺めながらクロイサスは重い口調で答えた。
彼は運動関係が苦手で、こうして研究しているのが性に合っていると自負している。
だが、学院の成績が優秀な者は強制参加を余儀なくされ、彼は陰鬱な表情で溜息を吐く。
実戦訓練と言う名の野外講習は、彼にとってはありがたくないイベントであった。
「別に参加しなくても良いんだろうが、お前は強制参加だからなぁ~……」
「そこが問題ですよ。研究者に実戦を積ませてどうするんですか、他の学院生は自由参加ですよ? 不条理です」
「でもさぁ、クロイサス君。君は少し体力をつけた方が良いわよ? 今も筋肉痛なんでしょ?」
「研究のためなら、これくらい耐えて見せますよ。戦闘訓練など冗談ではない……セリナはどうするんですか?」
「私はパス! めんどくさいし」
人を実戦訓練に行かせようとしながら、彼女は参加を拒否している。
一定の成績を保有している者達は自由参加なので、クロイサスには羨ましくて仕方がない。
こんな事ならば単位を調整しておけば良かったと後悔していた。
「俺は参加しなきゃ駄目だからな。サボり過ぎて単位がヤバイ」
「マカロフ……それは自業自得でしょう。いつも遊んでいるからですよ」
「錬金術の講義は出てるぞ?」
「逆に言えばぁ~、その講義しか受けてないよね。マカロフ君」
「ほっとけや!!」
イー・リンに言われ、ムキになるマカロフ。
一つの学課の講義しか受けていない彼だが、実は成績は上位に入っている。
優秀なのだが、彼は手に職を求めているので他の講義には興味が無い。
そのせいか試験前日にクロイサスの世話になる事が多かった。
「あっ、この魔法文字……こっちの古代語と似ているよ?」
「どの種族の言語だか教えて下さい」
「エルフだねぇ~。文字の意味は……【風】かなぁ?」
「こっちにもあったぞ? ドワーフの言語で【収束】」
「私も見つけたわ。獣人族で……【威力】かしら?」
四人は分担して魔法文字の解読作業を行い、魔法文字に近い文面を探してそれを解読の参考に充てている。
「やはり、【言葉】でしたか。魔法文字は古代語の原型だったんですよ」
「ちょっと待って、だとしたら私達が覚えた魔法式の常識ってなに? 意味の無い事だったの?」
「無意味と言う訳では無いでしょうが、見当違いの事を学んでいたという事になりますね」
「じゃぁ、この訳の分からない文字は何だ? こんなの読めないぞ?」
「そこは後から改竄された物でしょう。だから意味の無い言葉になっている」
この学院で魔法を学んでいたセリナとマカロフは衝撃を受けた。
成績では上位に入る二人だが、今まで必死に覚えた事が無意味と宣言された事に等しい。
もっとも、マカロフはセリア程にショックは受けていなかったが、それでも驚いた事には間違いない。
「あれ? でもぉ~、クロイサス君の兄妹は解読していたよね。クロイサス君は知らなかったの?」
「夏季休暇の折に実家に帰っていれば知り得たのですが、その機会をみすみす逃してしまいましたよ。残念な事です」
「つまり、二人には魔法式の解読方法を教えた魔導士がいたという事か? 何モンだよ」
「そうよね。そんな優秀な魔導士ともなれば噂になる筈だし……」
「旅の魔導士らしいですよ? 理論を実戦で試すような危険な魔導士だそうです」
全員が言葉を無くした。
仮にそれが事実であるならば、無名の魔導士が魔法に関する叡智を持っている事になる。
この事が世間に知られれば学園自体の存続が怪しくなるだろう。
なにせ、無名の魔導士が魔法式を解読出来るならば、この学院で教えている事全てが無名の魔導士に劣る事になり、学院に対しての信用は底辺にまで落ちる事になる。
全てが間違っているとは言わないが、講義で教えている六割ほどが無意味な物に変わる事になるからだ。
そうなれば学院どころか派閥すら批難の対象になり兼ねない。
「尤も、祖父も魔導士ですからね。既に解読方法を手に入れているでしょうし、今更な気もしますが?」
「ソリステア派か……デカい派閥になりそうだ」
「聞いた話だと、各派閥の資金供給源が尽く潰されているらしいわよ?」
「それは父上でしょう。まぁ、ウチは大丈夫だと思いますよ? 基本は魔法研究しか頭にありませんからね」
「そうなると標的は……ウィースラー派になるよねぇ~?」
最近何かと騒がせるウィースラー派。
街ではチンピラ紛いに横暴を働き、憲兵が出動する騒ぎも起きている。
しかも現在は内部分裂を始めているらしく、その中心にいるのがクロイサスの兄であるツヴェイトであった。
「兄と何度か話しましたが、どうやら精神系の血統魔法を使い洗脳していたらしいですよ? その呪縛が解けた兄が嫌がらせを始めたのでしょう」
「おいっ、それって犯罪じゃねぇか!!」
「そうよ! 他人に魔法を使うのは原則として禁止されているのよ?!」
「精神系統の魔法は証拠が残りませんからね。ですが、強い感情の揺らぎによってその効果は解除される事がありますし、意図的に混乱を起こしているのかもしれません」
精神系統の魔法に永続性はない。
魔力が精神に影響を受ける以上、一時的な混乱を齎せるのならともかく、長期間の洗脳は中々に難しい。
人は感情を持つがゆえに魔力も不規則に乱れる傾向があり、それが時として魔法にも影響を及ぼす。
怒りのような激しい感情なら攻撃力が一時的に上昇し、逆に精神が落ち込んでいる時は魔法の効果は低くなる。しかも定期的に魔法を掛け続けなければ体内魔力で次第に解除されてしまう。
ツヴェイト一人のために波紋が広がり、それはやがて波となり呪縛された者達の精神を解き放ち、洗脳されていた怒りを主犯格に向けて徹底的にぶつけられている形となっていた。
困った事に、その主犯格は被害者面しているのだから腹立たしい。
その態度が被害者たちを怒らせ、更にエスカレートして内部分裂の状態にまで落ち込んでいた。
サムトロール達がどう足掻いたところで、この流れは止められないだろう。
「でも、サムトロールだっけぇ~? なんか、良い噂を聞かないよぉ~?」
「あぁ、裏組織と繋がりがあるとか聞いたな」
「そっち筋の人と会食してたのを見かけたらしいわよ? 何か取引してたって話」
「こちらに飛び火しない事を祈りましょう。それよりも手が止まってますよ? これも研究なのですから、しっかりやってください」
クロイサスに促され彼等は再び解読作業を続けた。
「ところでぇ~、もう直ぐお昼だけど、ここで食べるの?」
「もう、そんな時間ですか? そうですね……学食で頂きましょうか。二人の奢りで」
「うっ!? 俺、今月は懐がピンチなんだが……」
「私も……色々と仕入れるものが多かったから……」
「変な噂を流してくれた罰ですよ。訴えられなかっただけでもありがたいと思ってください」
セリナとマカロフは折半して昼食を奢る事となった。
クロイサスの変な噂を流した二人の口の軽さが原因なのだから、自業自得である。
諸悪の根源である二人は、暫くクロイサス達に昼食を奢り続ける破目になる。
口は禍の元であった。
サンジェルマン派は常にこんな調子で、周りの状況など気にせずに研究を続けている。
彼等は研究が滞らなければ、周りがどれだけ騒いでいようが関係ない。
ある意味では一番平穏な派閥であるのかも知れない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「聞いたか? ウィースラー派の奴等、内部分裂を始めたらしいぞ?」
「何でも、ソリステア公爵の御曹司とウィースラー侯爵のドラ息子が対立してるとよ」
「あれ? ソリステア公爵の御曹司も腐ってなかったか?」
「噂じゃ、派閥に所属している連中に洗脳魔法を掛けてたらしいぞ?」
「マジか? 学院の規定に違反してんじゃねぇか!」
学院内は広いようで狭く、こうした噂が広まるのが速い。
特に弱小派閥と言われる小規模な集団は、二大派閥の動きには注視していた。
「確か、派閥内での意見の対立だったよな?」
「俺は裏組織との癒着がバレて、内部改革に乗り出したって聞いたぞ?」
「私はサムトロールの糞野郎が、ツヴェイト様に無理やり肉体関係を強要しようとしたと聞いたわよ?」
「えっ? 私はツヴェイト様が派閥を肉体派に変革すると聞いたわ、ガチムチの……じゅるり♡」
まぁ、中には何の根拠もないデマも流れているようだが、数日でこうした噂が広がっていた。
何故この様な事態になったかと言えば……
「なぁ、ディーオ……お前、洗脳魔法の事まで教えたのか? 何の証拠もないんだぞ?」
「いや……つい勢いで。君がトイレに行っている時に思わず……」
「どうでも良いが、最後の噂は何だ? 俺は肉体美には目覚めた覚えはねぇぞ!」
「たぶん、毎日剣の稽古をしているのを見られたんじゃないか? 早朝とはいえ、早起きをする学生はいるだろうし」
「それが、どうしてガチムチに繋がるんだよ! しかも男色疑惑まで流れてんじゃねぇか」
「モーホー疑惑はサムトロールだけだから、大丈夫じゃないか? でも……俺もその内に巻き込まれるのかな?」
ディーオとしては親友と変な関係に思われるのは遠慮したい。
そんな事がセレスティーナの耳に入りでもしたら、もはや首を吊るしかなくなる。
それはツヴェイトも同様で、そっち系の噂は直ぐにでも消えて欲しい心境だった。
「それより、実戦訓練はどうするんだ? お前、武器が使えたっけ?」
「俺は格闘戦は苦手だよ。けど、死にたくないから訓練には参加してるけどね」
「……俺は見かけた事ねぇんだが、いつ参加してんだよ」
「週に三回、君が講義を受けている間にだね。ウチの派閥に武器が使える人がいて助かったよ」
「訓練しておくに越した事はねぇけど、実戦を嘗めてると死ぬぞ? 訓練じゃ身につかない事もあるしな」
思い出すのはゴーレムによる格闘訓練。
核を破壊しない限り延々と再生を繰り返すゴーレムを相手に、不毛なまでに酷い格闘戦を繰り広げた地獄の日々。
だが、おかげで【剣術】スキルや【格闘】スキルも覚え、それを使いこなせるようになる過程が楽しかった。
自分が確実に強くなって行く事が嬉しく、剣を振るった時に感じる確かな手応えが伝わった時、彼は実に良い笑みを浮かべていた。
魔法と併用する戦い方を自分で考察し、それを試しては問題点を追及する事で、彼は確実に力を付けて行く。他にも錬金術や薬術など、必要と思った講義は率先して受けていた。
「ツヴェイトはどんな訓練を受けていたんだい? ゴーレムを使用したって言っていたけど、普通は数体しか使えないんじゃないか?」
「実力差の違う魔導士でな、一度に三十体近くのゴーレムを相手に延々と格闘しただけだ」
「それ、普通は無理だよね? その魔導士、何者なのさ?」
「知らない方が良いぞ? 敢えて師匠の事を言うなら、化け物だな。講師なんか足元にも及ばない程の手練れだ」
「そんな事が出来る人なら、有名になっている筈だと思うけど……なんで無名なんだろ?」
「権力者に係ると自由に研究が出来なくなるからだろ。魔物の素材を売ってもそれなりの金にはなるし、傭兵だったら大して騒ぎにはならねぇよ。国中を転戦する訳だからな」
ディーオにはツヴェイトを鍛えた魔導士の想像図が浮かばなかった。
既に常識外れの話しか聞いておらず、あまりに荒唐無稽である事から信じていないのが正解だろう。
だが、魔法を使えなかったセレスティーナを僅か二ヶ月で『才女』に仕立て上げたのだから、その実力は学院の講師よりは優れていると言わざるを得ない。
「恵まれた環境でも魔法の技術研究が進まないみたいだし、やっぱり講師の資質が問題なのかな?」
「だろうな。研究者はどんな環境でも必要に迫られれば資金稼ぎの手段を思いつくだろうし、それが傭兵であるなら相手にするには丁度良い獲物がわんさかいる」
「魔物なら素材や魔石も手に入るし、獲物次第では実入りも良いからね。ただ、ツヴェイトの師匠は非常識過ぎるよ」
「自己満足の趣味らしいからな。俺達みたいな未熟者には分からん領域だ」
「俺は正直に言って、その師匠とは会いたくないなぁ」
「その前に、ウチの御爺様に出くわす確率が高いだろ……」
「・・・・・・・・・・・」
その後はしばらく無言のまま、二人は学院指定の訓練場に向かう。
訓練場にはウィースラー派に所属する者達が五十名ほど集まっていた。
「来たか。遅いぞツヴェイト」
「わりぃ。自主鍛錬しているディーオを探すのに手間取った」
「そうか……て、なんでディーオの奴は死にそうな顔をしてんだ?」
「聞くな……こいつは、虎の尾を踏んで現実逃避しているだけだから……」
「意味が解らん」
ディーオの命運は、一人のイカレタ爺馬鹿老人の手に握られていた。
「……それより、早く接近戦の訓練をやろうぜ。学院で格闘戦技は人気が無いから、バーバン講師が張り切ってるよ」
「今まで閑古鳥が鳴いていたからな。急に講義を受けたいと言われて浮かれてんだろ」
集ったウィースラー派の学院生たちの元に、やけに筋肉質の……もとい、完全にガチムチスキンヘッドの魔導士が嬉しそうに近付いてきた。
ローブが筋肉ではち切れそうである。
見た目は魔導士なのだが、どう見ても危険な戦場を転戦していた戦士の風格が漂っている。
「揃ったか! お前たちの熱い期待に応え、これから格闘戦の基礎をみっちり叩き込んでやる!!」
「お願いします。撤退戦になれば、追撃して来る敵兵から身を守らねばなりません。敵が魔道具などを使用すれば姿を隠す事も可能ですから、万が一の為にも野戦の準備はしておく必要がありますので」
「うむ! 良くぞ、そこに気付いてくれた。私は嬉しいぞ。最近の学院生は後方から魔法を放てば良いと思っているが、戦場はそんな甘いものでは断じてない。
状況によっては撤退も視野に入れ、時には殿を務めねばならん。近接戦闘に持ち込まれれば防御の薄い魔導士は危険だ!! 故に近接戦闘は身を守るために必要になって来る」
「味方の損害を減らすために、前線に出なければならない事態も想定できます。機動性を重視した戦闘方法が望ましいでしょう」
「確かにそれもあるが、お前達は魔導士だ。騎士のように戦う必要はないだろう。どんな手段を用いても味方の支援が重要である事を忘れるな」
「「「「ハイッ!!」」」」
「良い返事だ。野外講習前までお前達を徹底的に鍛え上げる。覚悟は良いか!!」
「「「「サー・イエッサー!!」」」」
何故か変な方向のノリになって来る。
この光景を見て、ツヴェイトは何故か嫌な予感を覚えた。
そして始まる格闘戦の訓練。
この日、イストール魔法学院の一画で、聞くに堪えない罵詈雑言の声が高らかに響きわたっていたと言う。
その倫理的にも表記できない罵声は、野外講習が始まる二日前まで続いたのであった。
ついでに学院生達の悲鳴も……。




