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 おっさん、アルバイト終了する

 ―――オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 深夜に響く獣の咆哮で目を覚ましたゼロス達は、一斉に武装して橋の前に集う。

 元より作業をする現場が僻地の為に、彼等は全員戦う装備を所有している。

 戦うと言っても人間相手では無いので、彼等の装備は革製の物が多く締めており、基本的には動きやすい装備を選ぶ事が多い。


 彼等が橋の前で見たものは、対岸で咆哮を上げる巨躯の獣であった。

 上半身は人のようだが、下半身はイヌ科の動物の様に思える。

 背中からは幾重にも昆虫と思しき足が生えており、頭部はワニの様に突き出し目が無い。

 

 いや、目はあるのだが、その目がある場所は腹部で、人の顔が浮かび上がっていた。

 気の所為か、ゼロスはその顔に見覚えがある様な気がする。


「アレは、昼間と同種のものなのか? 姿が全く違うぞ」

「おそらくですが、仲間を喰ったのではないでしょうか? その力が加わり、あの様な姿をしているのではと……。そもそもあの暴食ぶりですから、同族以外に食料なんてもう無いでしょうし」

「共食いかよ!? 他の獣の力を取り込むのか? 仮に魔導士が喰われたら……」

「魔法を使うかもしれませんね。油断できない相手です」 


 ファンタジー物のお約束で推論する。

 普通は現実にはあり得ないのだが、これに関しては正しかった。


 前に倒した魔物も、昼間に焼き払った魔物も共通して大きさは変わり無かった。

 多少個体差はあっても、人間が一回り大きくなった程度の物だったのだが、今こちらに向かっている個体は二回りくらい大きい個体である。


 常識を逸した速度で走り、十メートルの高さを軽々と飛び越える跳躍力。

 自重で骨が折れて様だが、それすら高速で再生していた。


「直ぐに来ますね。あの速度……脅威ですよ」

「だが、それは地面が固ければの話だろ? 昼間の手を使わせてもらう」


【ガイア・コントロール】の沼地と【ロック・フォーミング】による捕獲である。

 四足の魔物は全力で未完成の橋を駆け抜け、崖を一気に飛び越えた。


「今だっ!! 『ガイア・コントロール』」

「「「「『ガイア・コントロール』」」」」


 ドワーフ達が一斉に仕掛ける。


「「「「『ロック・フォーミング』」」」」


 捕縛は一見成功したかに見えた。

 しかし……


 ―――ヴヂィ、ブチン!!


 全身のバネと反動を利用し四本の足を全て引き千切ると、同時に再生が始まり、切れた個所から昆虫のような甲殻に覆われた足と羽が生えて来る。

 

 まるで状況に適応しているかのようであった。


「な、なんだとっ!? またかよっ!!」


 あまりの異常な再生の早さに、ナグリは驚愕した。


 更に腹部から無数の蛇が生えだし、ドワーフ達に襲い掛かる。

 鞭のようにしなりながら、数人のドワーフ達を吹き飛ばす。

 幸い盾で避けたから良いが、一撃で鉄製の盾は無残に凹んでしまう。


「チッ! 皆さんは下がってください!!」


 すかさず腰の剣を引き抜き、触手のように蠢く蛇を斬り落とすゼロス。

 だが、斬って行く傍から新たな蛇が生えて来るので切りが無い。


「舐めんなや!! 『ファイアーランス』」

「「「「『ファイアーボール』」」」」


 ドワーフ達の魔法攻撃が一斉に集中し、魔物は炎に包まれる。


「プロミネ…なにっ!?」


 魔物は炎に包まれながらも平然としていた。

 良く見れば周囲に透明な障壁が展開され、魔法による攻撃を防いでいたのだ。

 熱だけは障壁から内部へ伝導し、黒い体毛が焼け嫌な臭いを漂わせる。


「クソッ! 村に魔導士がいたのかよ、なんてこった!!」


 他愛ない話が現実になった。


 襲われた村には老魔導士が一人いたが、村を守るために戦い――そして喰われたのである。

 その老魔導士の脳内に在る魔法式を取り込み、この魔物は魔法を展開できるのだ。


「貫け、『レールガン』」


 周囲の石や塵を凝縮し、貫通力の高い弾丸を生成すると、魔物に向けて連続して叩き込む。

 勿論、ドワーフ達に当たらないよう考慮してだ。


 魔法障壁はあくまで面で守る魔法であり、その役割は楯である。

 ゼロスが放った魔法は『レールガン』、超電磁砲であり、これを防ぐには障壁を円錐状に正面に展開するし攻撃を逸らすしか方法が無い。だが、魔物が持っている魔法式では面で攻撃を受け止める為に、厚さが足りず遮る事は不可能であった。

 実のところ『レールガン』は、名前は凄いが魔法を高速展開する事に優先したために、威力が弱い欠点がある。

 

 高レベル者がこの魔法を使えば威力面で充分に補えるが、貫通力が高いので使い方次第では味方を巻き込みかねない。


 魔法障壁が貫通されたために効果が消滅し、魔物の身体に複数の風穴が開けられる。

 だが、その傷跡も高速で再生し、瞬く間に塞がって行った。


「なんて再生力だ。前に戦った二匹より遥か能力が高い…」


 それでも展開してあった障壁は消え、ドワーフ達はここぞとばかりに魔法を叩き込む。


「つえぇああああああああああああっ!!」


 ナグリがハンマーを持って突っ込み、魔物の頭部を真上にカチ上げ粉砕する。

 真下からの攻撃により、顎の骨が砕け肉が周囲に飛び散る。


 だが、この魔物の顔は腹部にある。

 ナグリはそのまま勢い任せに回転し、その顔面に鉄の槌を叩き込んだ。


 そこへゼロスが吶喊し、両腕の剣で斬撃を繰り出す。

 昆虫の足は斬り裂かれ、或いは切断されて地面に転がった。


 魔物は劣勢と判断すると、自分を中心に魔方陣を展開させる。


「これは……拙い!? ナグリさん、退避します!!」

「お? おう!」


 逸早く駆け出した瞬間に、魔物の周囲に岩の棘が無数に地面から生えだし、ゼロス達を襲う。


「あっぶねぇ……範囲魔法だと?!」

「喰われた魔導士は中々に優秀ですね。敵に回せば厄介ですよ!」


 魔物はそのまま走り出し、他のドワーフ達に襲い掛かる。

 彼等は橋に使う資材や建材に隠れ、時折魔法や武器で攻撃を加え、魔物の身体を削って行った。

 それも強力な再生能力の前では意味を為さない。


 更には『ファイアーボール』を連続して撃ちまくり、周囲に火災を起こしていた。


「厄介な奴だ。あの再生力の所為か、どっちが押しているんだか分からん!」

「動きを封じ込められれば良いんですけどね。素早い上に、痛みを感じていない様ですから」

「細かく肉片にすれば良いんじゃねぇか?」

「僕がやると、この周囲一辺が更地になりますよ。ですが、チャンスがあればやってみますか……」


 なまじ人が多いので、単発の魔法や狙撃系の魔法を状況に応じて使い分けていたが、このままではジリ貧である。

 現在再生能力がフル稼働している様で、身体能力はそれ程でもない。

 状況からして、再生中はこの魔物の身体能力が落ちるようである。


 運動も治療も、どちらの能力も体内の栄養分が必要であり、どちらかを優先させれば当然ながら一方の能力も落ちる事になる。

 これは良い発見だが、なまじ巨体なだけにタフであった。

 ドワーフ達が反撃の隙を与えない様に果敢に攻め込み、魔物に傷を負わせて行く。

 中にはロープで縛り付けようとする者達もいる。


「もしかして、再生と身体強化が同時並行で作動しているのでしょうかね? だとしたら、そのうち栄養失調で動けなくなりそうな……甘い考えか」


 常識を踏まえて考えてみたが、異世界の常識が自分のソレと合致するとは思えない。

 甘い考えを、頭を振って消し飛ばす。


 二つの能力が互いに足を引っ張り合っている状態なら勝てそうだが、体内の栄養分が無くなり再生が出来なくなれば、この魔物が全力で動きかねない事態になる可能性も高い。

 そうなれば、この魔物は瞬間的に自分と同等に動けるようになり、ドワーフ達が喰われる事になるだろう。


「倒すなら今の内か…。何とか奴の動きを…」


 魔物はドワーフ達を執拗に狙う。

 それを防ぐ為にゼロスは魔法で足止めし、できる限り魔物の動きを牽制していた。


「うぉおおおおおおおおおおっ!!」


 ボーリングが斧で魔物の足を切断する。


 ―――ギュオオオオオオオオオオオオオオッ!!


「グハッ!」


 魔物は吼えると、腕を振りかざしてボーリングを弾き飛ばした。

 彼はそのまま建材に叩き付けられる。


「ボーリングさん?!」

「叔父貴!!」


 動かないボーリングを喰らおうと、魔物はそちらに歩みを進める。

 

「やらせるなっ、『ファイアーボール』!!」

「「「「『ファイアーボール』」」」」


 ドワーフ達の一斉攻撃が加えられ、魔物は近づけずに後退するが……


 ―――ブヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!


 背中の羽を広げ、空中に舞い上がった。

 ようやく障害の無い場所に移動した魔物を確認すると、好機とばかりにゼロスはすかさず魔法を放つ。

 ドワーフ達が周囲に展開していたので、大技が使えなかったのだ。


「『トルネード』」


 風系統範囲魔法攻撃『トルネード』。

 竜巻を起こし相手の動きを捕えるだけでなく、内部で真空の刃による集中攻撃を受ける魔法である。

 カマイタチ現象により斬り刻まれ、無数の肉片に解体されて行く。

 だが、それだけでは終わらない。


「『プロミネンス・フレア』!!」


 単体焼却魔法『プロミネンス・フレア』が加わり、『トルネード』は灼熱の『ファイアーストーム』と化した。

 二つの魔法を同時併用し、魔物を一気に空中で焼却する。


 半ばプラズマ化した炎の渦による超高熱によって焼かれ、魔物は見る間に炭化して行く。

 空に飛んだのが運の尽きであった。


 体組織が全て焼き尽されては再生もできず、地上に落下して無残なまでに粉々に砕け散った。


「叔父貴、無事かっ!!」

「ボーリングさん、生きてますか!!」

「うぅ……体がイテェ…。斧で防いでなかったら死んでたな……」


 咄嗟に斧を盾にして致命傷を避けたようで、体は打撲だけで済んだようである。

 人間であったら即死レベルなのだが、ドワーフは中々に頑丈な種族であった。


「心配かけんじゃねぇよ。もう歳なんだから、無理すんな」

「ぬかせ。まだ若いもんには負けんわっ!!」

「『叔父貴』って、血縁者なんですか?」

「言わなかったか? 俺の親父の弟なんだよ」

「ドワーフの年齢が区別できませんよ。全員が同じに見える……」


 人間に分かる筈も無い。


 話によると、ナグリの一家は代々建築業を続けてきた一族で、彼の父親がハンバ土木工業の社長らしい。

 ただ、彼の父親もまた現場主義者で、常に新たな現場に移動しては仕事に勤しんでいるとの事だ。

 経営は誰が担当しているのか、甚だ疑問である。


「しっかし、現場を荒らしてくれたもんだぜ。まぁ、橋が無事なら何とかなるだろうがな」

「火災も鎮火させないと資材が燃えますよ。殆どが石材ですから小火騒ぎですけどね」


 ドワーフ達は後始末のために、バケツリレーを始めた。

 彼等は、あらゆる状況に対してスペシャリストの様である。

 実に対応が早い。


 ゼロスは魔物の屍に近づくと鑑定を始めたが、脳裏に出て来る答が『炭』の一言だけでる。

 それでも念入りに調べてみると、一つだけ鑑定できた物があった。

 それは、くすんだ黒い石。


 ==========================


【邪神石】

 元は邪神の体の一部。

 長い時間本体から切り離され、石化した。

 魔力を加えると強大な力を与えてくれるが、同時に魔物へと変貌する。

 一度変化したら元には戻れず、異常な空腹感に苛まれる事になる。

 魔物と化したら理性は消え、ただ捕食するだけの存在になる。


 ==========================


「これが原因か……。けど、見た目だけなら只の石なんですがねぇ」


 邪神は、この世界に来る原因になったゲーム内でのラスボスである。

 四神によって異世界である電脳空間に封印され、ゲーマー達に抹殺させる策謀によってゼロスやイリスは犠牲となった。

 策謀はあらかた成功したが、放たれた呪詛がネットワーク内に流れ、その影響を受けた者達がこの世界に転生する事になる。


 不意に、この石が怪しく輝きだす。


「これは……」


 まるで、何かに反応するかのように、【邪神石】は赤い光を放っていた。


(邪神石が邪神の体の一部なら、これが反応する物を僕が持っている事になる。そんな物ありましたかねぇ?)


 何気にインベントリーの項目を開き、現在所有している物をチェックする。

 その中に、邪神の甲殻や邪神の爪などの怪しい物があったが、どれも違う様で困惑した。


(いったい何に……これか?)


 最後の項目にそれらしい物の存在を確認し、インベントリーから取り出す。


 ==========================


【邪神魂魄】


 詳細不明……


 ==========================


 赤々と輝く邪神石。

 邪神石は【邪神魂魄】に反応していたのである。


(魂魄だけに、これが邪神の魂なのでしょうねぇ……どうすべ?)


 なぜ他の邪神の一部は反応を示さず、代わりに邪神石が邪神魂魄に反応したかは分からない。

 だが、厄介な物を所有しているのだけは理解できてしまった。


「まぁ、何かに使えるでしょうから、保管でもしておきますか」


 普通なら封印する所なのだが、彼はいい加減だった。

 邪神石と邪神魂魄をインベントリー内に戻すと、ゼロスは現場の復旧作業に加わる。


 先の事より、目先の問題を優先させたのである。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 それから三日後、街道を騎士の一団が進んでいた。

 彼等の目的は街道の整備状況を視察する事である。


 先頭に騎士二人、その後ろに五人ほど周囲を固め、中央に領主でもあるデルサシスの馬車が進む。

 スーツで決めた彼は馬車の中で書類を整理し、次なる仕事の案件を纏めていた。

 おそらく彼は、この国で一番忙しい男であろう。


 領主の仕事だけでは無く、自分が経営している商売の経理状況を整理し、更には妻二人に数えきれない愛人の元にも足しげなく赴く。

 色々な意味でデキる漢なのであった。


 街道の整備は国からの要請であり、完成すればこの辺りを管理するのはヨクブケーノ伯爵が行う事になる。

 だが、彼はその事に不満を持っていた。


 ヨクブケーノ伯爵はとにかく民からの支持が低い。

 原因は過剰なまでの重税と、民衆に対する貴族としての態度。

 何より、初夜税と称して婚姻が決まった女性に手を出すなど、ゲスの鏡のような人物であった。

 

 同時にウィースラー派に多額の寄付をしており、彼が派閥の貴重な収入源の一つと化していた。

 何とか潰したいと思っているのだが、今のところ決定打になるものは存在しない。


「デルサシス様、そろそろ着く頃合です」

「ふむ、時間通りだな」


 懐中時計を見て、正確な予定時間に到着する事を知ったデルサシスは、いつもながら配下の者達の正確な手際の良さに満足する。


「ハンバ土木工業の者達の姿が見えぬが?」

「この先で橋を建設しているようですが? 何でも、国の要請だとか」

「なに? 待て、それはおかしい。街道を作るのは国の事業で決まってはいるが、橋までは含まれておらんぞ?」

「おかしいですね? ナグリ殿から聞いた話では、国からの仕事だと仰っていましたが……」


 国からの公共事業はその地域を治める領主に要請され、領主から職人達に依頼を要請する事になっていた。

 その国からの要請書には、橋の建設までは含まれてはいない。

 街道整備の話では、橋は後から予算を見積もってから建設される事になっていたが、何故既に建設が始まっているのか分からない。

 考えられるパターンを複数頭に浮かべ、最も確率が高いのは……


「ヨクブケーノ伯爵の独断先行か。馬鹿な真似をしたものだ」


 この答えが出たのも理由がある。


 こうした事業で貴族が独断で工事を進めるには、予め国――国王に報告する義務が生じる。

 街道整備が国の事業の一環であるとなると、後から橋の建設を行うと決まった時に無用の混乱が生じる事になるからだ。

 職人を雇い入れ、いざ建設となって現場に行けば既に橋が完成していたら、集めた予算や資材並びに職人達が無駄になってしまう。

 同様に、対岸の領地を管理し治めるソリステア公爵にも、一報で知らせなくてはならない。

 だが、今回に関してはそれが無かった。


 ヨクブケーノ伯爵が個人的にデルサシスを嫌っているのは知っているが、だからと言って責務を放棄するのは領主としての資質が問われる事になり、御家断絶などという事に繋がりかねない。


 それはデルサシスにとっては喜ばしい事で、目障りな貴族が一人消えてくれる事になる。

 今の伯爵は気に入らないが、弟の方は話が合うので何とか御取り潰しは避けたかった。


「陛下に口添えをしておいた方が良いな」


 彼の脳内に、邪魔な者を追い落とすプランが築き上げられて行く。

 わずかな時間が流れ、灰色の脳細胞をフル稼働させている合間に、馬車は橋の建設現場に辿り着いていた。


 デルサシスが馬車を下りると、そこに異様な一団を目撃する。

 完成した橋の上で、【ス○ラー】をダンシングするドワーフ職人達の姿だったのだ。


 何故かセンターには見知った魔導士がおり、ハードでクールに、そしてセクシーに踊り狂う。

 一糸乱れぬダンスは、一つの芸術と化していた。

 ダンシングするドワーフ達もビア樽体型なはずなのに、やけにカッコよく見えるのが不思議だ。

 マ○ケルは偉大である。


 領主一行は、しばらく開いた口が塞がらない。


 おっさん魔導士は、どうやらドワーフ達に感化されたようである。

 今の彼等はエンターテイナー。 


 工事をしていた者達はその日、無駄に輝いていた。

 


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「橋の工事が含まれてねぇだぁ?! どういうこった」


 橋の完成を喜び、健闘を称え合う喜びの舞を踊っていた彼等は、デルサシスの話を聞いて混乱する。

 彼等は国の要請で橋を完成させたが、その橋の建設の話は未定段階だったのだ。

 流石にコレには驚くであろう。


「どうもこうも、国から要請された仕事は街道だけで、橋は予定に入ってはいない。本当に陛下の印が押された依頼要請書を受け取ったのか?」

「あぁ、国王からの依頼は俺達職人には名誉な事だからな。依頼要請書は保管してあるぜ?」

「この場にあるなら、見せて貰っても良いか? 橋の建設に至っては、私に話が来てもおかしくは無いからな」

「おぅ……ここにいる職人、全ての業者に届いている筈だぜ?」


 ドワーフや他社の土木作業員達は、仕事に誇りを持つ。

 とりわけ貴族や王族と云った権力者の仕事は困難なものが多く、こうした大仕事を引き受けるのは彼等にとって名誉な事であり、仕事の受注を引き受けた契約書などの書類は勲章であった。


 仲間内で酒を飲むとき、こうした仕事自慢をするのは古くからの慣わしで、自慢するために書類を残している事が多い。

 それ以前にこうした書類は大事な物であり、経営においても残しておかねばならない重要な物である。

 ドワーフ達はこうした書類に関して認識が人とは異なる様だ。


 そして、集められた国王命の印が押された要請書。

 この場にいる複数の工事事務所連中が所持していた。

 彼等はこの書類を前に酒盛りをするつもりだったのだろう。


 デルサシスは、それを険しい目で見つめ細部まで調べる。


「……偽造された物だな。紙の質が悪い上に、玉璽がおかしい」

「て事は……俺達はタダ働きか?」

「いや、コレほど見事な橋を完成させたのだ。後は私に任せて貰おう」

「頼むぜ? こっちは生活が懸かってんだからよぉ」


(仕事を趣味にしている訳では無かったか。生活の事も考えていたんですねぇ…)


 横で失礼な事を思い浮かべるゼロス。

 彼等は仕事と趣味を兼ねているだけで、生活の事を念頭に置いていない訳ではない。

 働いて稼ぐのが好きなだけである。


「これを持ち込んだ者は、どこの家臣か分かるか?」

「対岸のクソ伯爵の所にいた奴だ。何なら今すぐ潰しに行くが?」

「それは止めて欲しい。私が何とかしよう…、少し時間が欲しいがな」

「アンタには世話んなっている。腹癒せはあんたの顔を立てて止めといてやらぁ」

「助かる。私は急いで戻らねばならない検案が出来た…ここで戻らせてもらおう」


 来たばかりで、直ぐにサントールの街へ戻ろうとするデルサシス。

 デキる漢は余計な時間を掛けない。


「相変わらず忙しいな。程々にしとけよ? 愛人を作るのをよぉ」

「帰って直ぐに向かわねばならんか。馬車の中で仕事は済ませるが、彼女が不機嫌にならなければ良いが……」

「また愛人の所かよ……懲りねぇな。その内に刺されるぞ」

「これが私の生き様だ。女は泣かせるものではない」


 顔色を変えず堂々と言い切り、彼は直ぐに馬車に乗り込むと馬を走らせた。

 おそらくは馬車の中で、ヨクブケーノ伯爵を追い落とす策を仕上げるのだろう。

 デキる漢は時間を無駄にしなかった。


「……あの人、いつ休んでいるんでしょうかねぇ?」

「知らん。忙しい人だからな、色んな意味で……」


 ゼロスが吹かした煙草の煙が、風に流されて行く。


 来たばかりのデルサシスの馬車を見送ると、彼等は一斉に撤収準備を始める。

 今日の仕事は無事に竣工し、明日はまたHOTな現場で汗を流すからだ。


 ハンバ土木工業の戦いは終わらない。


 余談だが、逃げて来た村人達の面倒は彼等が見る様である。

 義理と人情に篤いのが彼等職人の特性でとも言えるが、単に新たな職人や飯炊き担当が欲しかっただけかもしれない……。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 ハンバ土木工業の拠点であるサントールの街界隈は、工業区と一般に呼ばれている場所である。

 多くの職人達の工房が軒を連ね、それぞれの得意な分野に別れ工房を開き作業に従事しているが、たまに鍛冶師の工房が隣同士になり互いに火花を散らす事もある。

 

 そんな一画にハンバ土木工業の事務所兼作業場があり、数台の馬車が戻って来た。

 多くの職人達は馬車から降りると、こぞって食事をすべく酒場に向かうのだろう。


「ゼロスさんよ。どうせなら飯を食っていくか? 叔父貴の家だが」

「良いんですか? ボーリングさん」

「かまわんよ。賑やかなのは嫌いだは無いからな」 


 ゼロスは二人に案内され、簡素な煉瓦造りの家に案内された。

 ドアを潜ると壁に様々な工具が架けられており、いかにも職人の家と言うより、寧ろ工場と言っても良い部屋であった。

 

「ボーリングさんの職業が良く解らないのですが……」

「叔父貴は何でもやるぞ? 鍛冶から細工物まで幅広くな」

「待ってな、今とっておきのつまみを作って来るからよ」

「また、『メッカラビーンズ』か? 叔父貴も好きだな」

「アレは俺達ドワーフのソウルだ。何度食っても飽きる事は無い」


 ボーリングは奥に行くと、調理の準備を始める。

 が……


「クソ! やっぱりカビが生えてやがる。せっかく、特製メッカラビーンズを食わせてやろうとしたのによぉ」


 鍋を見て悪態を吐いた。

 彼の手に持つ鍋には大豆が水に浸されており、水分を吸収した大豆に白いカビの様な物が大量に生えている。

 それ以前に、工事前に準備していた豆を食わせる気だったのだろうか?


「カビですか?」

「あぁ、麦や大豆に生えるカビでな、恐ろしく成長が速い」

「保存に気を付けねぇと、直ぐに生えて来やがるんだよ。肉で良いだろ、叔父貴よぉ」


 ナグリは既に温いエール酒を飲み始めていた。

 

 麹を探しているゼロスは何気に鍋を覗き込むと……


 ==========================


【麹菌】

 湿度、40パーセントから大量に繁殖を始める。

 麦や大豆、米などの穀物に良く生えてくる生命力の高い細菌。

 乳酸菌や酢酸菌よりも強い。

 魔力の強い土地でしか育たない変異種。

 カビすら駆逐する驚異の生命力。


 ==========================


 鑑定が発動した。


「見つけたぁああああああああああああああああっ!!」 

「何だぁ!?」

「どうした、あんちゃん!?」


 この世界の麹菌は逞しかった。

 土地柄のおかげか、黒カビや他の細菌よりも生命力が強く、保存が効きそうである。

 これで種麹が作れると一喜一憂するおっさん。


 急がば回れは真実であった。


「これで酒を造る準備が整えられますよ」

「このカビでかぁ?」

「俄に信じられんが……もし酒が出来たら味見をさせてくれよ。あんちゃん」


 麹を探しに行く前に工事に連行され、少し気落ちしていたゼロスだが、ここに来て俄然やる気が湧きだしてくる。


 だが彼は一つ忘れている。まだ稲が育っていない事に……。


 サントールの街に戻ったゼロスとナグリ、ボーリングはこの日、橋の建設が無事に終わった事と麹を発見の祝いを込めて、盛大な酒盛りを始めたのであった。


 翌朝自宅に帰り付いたゼロスは、畑一面が雑草に覆い尽されていたのを見て、呆然とする事になる。

 生命力が強いのは麹菌ばかりでは無かったのだ。


 彼はその日から鎌を手に持ち、数日かけて草刈りに専念する事になったのである。


 

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