おっさん、働く
なまじ魔力が多いと、それが枯渇した時は大夫回復に時間が掛かる。
二日前に橋脚建造の魔法テストをしたまでは良いが、拘りある職人達に見つかってしまったのが運の尽きだった。
散々手直しをさせられ、怒鳴られながらも細かい調整を施した橋脚柱は、今では立派な芸術品に生まれ変わった。
しかし、口で動かされた側としては地獄以外の何物でもない。
四十五本の柱に彫刻が二体ずつ、飛行魔法まで行使して親方連中を運び、細かい指示を受けて細部にまで調整を施し、少しでも間違えれば怒鳴られる。
プロの意見をアマチュアが再現できる筈も無く、気の遠くなる作業に従事され、理不尽以外の何物でも無い目に遭わされた。
元は自分が遊んで所為もあるのだが、その遊びで作った物を片っ端からプロの視点で指摘し、剰えダメ出しやら細部に至るバランス調整やら、酷い時には最初から作り直しなんて物もあった。
ハンバ土木工業のドワーフ達は、本当に妥協と云う物を知らない。
結局は及第点ギリギリの状態で、作業を終わらすことに成功させるのがやっとであった。
「おう、起きたか。魔力は戻ったか?」
「まだ三分の一って所ですかね。全魔力を使わされたんですから、回復もそれだけ遅れますよ」
「で? 作業は出来んのかい? 今日の内に五本の橋脚だが……」
「一昨日のような事が無い限り大丈夫ですが、手直しまでさせられたら三日は動けなくなりますね」
ナグリは思いっきり顔を背ける。
そもそもゼロスにこの仕事を頼んだのは彼自身であり、そのナグリが『中途半端な物は許さん!』と言いながら、魔法実験の柱に彫刻の修正作業を強要したのだ。
それで魔力が枯渇し、橋を架ける工事自体に遅れが出ては本末転倒である。
彼も内心ではやり過ぎたと思っているのだろう。
だが、これだけは言える。
ドワーフは建築物や芸術作品などを目にすると、果てしなく『鬼』になるのである。
迸る熱い何かが抑えられないのかも知れない。
危うく仕事上の信頼を裏切る処であった。
「僕はこの魔法を『礎構築』と呼ぶ事にしました」
「まぁ、妥当な所なんじゃねぇか? それより、マナ・ポーションは飲んでおくか?」
「いただきます。流石に魔力が三分の一では頭がふらつきますからね、少しでも回復させておきますよ」
受け取ったマナ・ポーションを一気に煽るが、回復したのは極わずかであった。
だが、回復しないよりはマシである。
ただ、一言言わせてもらえば、頭がふらつくのは魔力枯渇を初めて経験したからであり、魔力が三分の一でも一般の魔導士より遥かに多い。
軽い眩暈が頻繁に襲う所為か、おっさんは少し頭が回らなかった。
「さて、んじゃおっぱじめるか。頼んだぜ」
「出来る限りの事はしますよ。一昨日と似た感じで良いんですよね?」
「あぁ、橋脚の幅は頭にあるか? 何なら設計図を見ても良いぜ?」
「大丈夫ですよ。それでは始めます」
ゼロスは崖の手前まで行き、両手を翳して魔法式を起動させ、想定された場所に向かった魔法を発動させる。
水面に一柱の光の柱が現れ、やがて水面を押し退かすように広がって行く。
内部の障壁が橋脚の型枠となり、河の中に積もった泥や石などを集め凝結して行くと、高圧で圧縮されているの石や土砂が熱が発生し、内部の水分が沸騰蒸発しながら外に排除されて行った。
水面に大量の水蒸気が湧きたつ。
「おぉ、スゲェ~!」
「さすが、魔法の扱いは魔導士に限るぜ」
「橋脚が出来ればこっちのもんよ」
「ククク……腕が鳴るぜぇ~!!」
三日ほど作業が出来なかったせいか、彼等はフラストレーションが溜まっていた。
まるで、この時が来るのを待ち侘びたかのように、手をワキワキさせて獰猛な笑みを浮かべる。
彼等は重度の仕事中毒者であった。
どれほど中毒なのかと言えば、彼等は自分の魔力を上げるため森に狩りに行き、レベル上げをするほど徹底している程だ。
ドワーフは職人気質だが、生まれながらにして戦士の素養も持っている。
その頑丈な体力と腕力にモノを謂わせ、更に地属性魔法を加わる事で工事戦士と化したのだ。
無論、戦場などの工兵とは違い、彼等がレベル上げをするのは全て建築の為である。
彼等は必要な事しか決して行わない。
更に彼等を迂闊にも襲って来た盗賊を根こそぎ壊滅させたのだから、彼等の仕事にかける情熱は凄まじい物がある。
邪魔する者には容赦がないようだ。恐るべし、ハンバ土木工業……。
彼等が何処を目指しているのかは謎である。
そうこうしている内に、二つ目の橋脚が作られた。
それを見たドワーフ達のテンションは一気に上がる。
「いくぞ、糞野郎共!! 俺達の工○力を見せてやれっ、Hya―――ha―――――――s!!」
「「「「Ya――――――――――――――s!!」」」」」
限りなく、ロックンロールだった。
彼等は滾る○事力の赴くままに持ち場に着き、それぞれの役割を果たそうと意欲に燃える。
「第一陣、前へ!!」
「「「「Ya――――――――――s!!」」」」
「構えろ!!」
「「「「俺達ゃ、仕事しか脳がねぇ糞虫だ!!」」」」
「かかれぇ――――――――――っ!!」
「「「「Im’rock 'n' roll!!」」」」
仕事をしない彼等は、死んだも同義である。
ドワーフと云う種族に共通しているのは、農作業から戦争まで仕事とあらば全力を尽くす事だろう。
彼等の情熱は、様々な場所で命の限り燃え滾っている。
作られた橋脚の上に集団で『ガイア・コントロール』を発動し、橋の土台を繋いで行く。
彼等は足りない魔力を数とチームワークで補っているのだ。
足りない魔力は補給班が魔法薬を運びサポートする。
一糸乱れぬ統率の取れた魔法併用、土台が掛かると指を鳴らしながら列をなし現れた別の隊が『ロック・フォーミング』を掛け、そこにムーンウォークで石材を運んできた連中と入れ替わり、規定ヶ所に石材を設置固定して行く。
土を盛り形を形成するのは、『ガイア・コントロール』班であった。
彼等がメインダンサーなのだ。
キレのあるダンシングをしながらも第一陣は前進を続け土台を構築、バックダンサーの『ロック・フォーミング』班が補佐し、裏方補給班が踊りながら回復薬を補給する。
完成した個所に石材を積むドワーフ達は、装飾済みの石材を置いた連中は石の上でヘッドスピンをかましていたりと、まるでエンターテイメントである。
そのくせ仕事は完璧にこなす。
見る間に橋脚の上に土台が完成して行く。
流石に後ろを見たとき、度肝を抜かれたゼロス。
そんな彼に向けて、ナグリの目が柔弁に語っていた。
『お前もやれ!』
『……マジですかぁ?!』
目が本気だった。
ゼロスは芸能界には興味は無く、こうした事は苦手である。
だが、唯一知っている有名人と言えばあの人しか存在しない。
困った事に、彼はその物真似が素人レベルで得意だった。
忘年会で披露するほどに……。
「い、It’show’time!」
当初は殴られるのが嫌だったから仕方なくやっていたのだが、困った事に次第に楽しくなって来る。
いつの間にか彼等と一つになっていた。
今のおっさんは【BAD】だ。
普通なら作業が遅れるものなのだが、彼等は寧ろ信じられない速さで仕事を仕上げて行く。
滞りそうな個所を発見し次第、彼等は流れるような作業で踊りながらフォローする。
色々な意味で彼等は匠であった。
この日、一人のおっさんとドワーフ達は心が何らかの力で繋がった。
早朝から始まった建築作業は日が暮れるまで続いたのである。
まるで偉大なエンターテイナーの様に……。
踊るおっさんとドワーフの職人達。
土台の構築は二段あり、三段目が橋のメイン部分となる。
枷が外れたドワーフ達は、まるで水を得た魚の様に数日かけて土台部分を完成させて行く。
狂ったように踊りながら――ハンバ土木工業の人々は、色々とおかしい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
早朝、ゼロスは体に痛みを感じて目を覚ます。
農作業とダンスをしながらの土木建築とでは、使われる筋肉が違い過ぎた。
ここ数日間の土木作業で体を酷使し、中年の肉体は疲労が溜まっていたのである。
「おぉ……筋肉痛が…。皆さん、何で平気なんですか?」
「あぁ? 俺達は鍛えられてるからよ」
「ヤワだな、あんちゃん。この程度で音を上げるなんてよぉ」
「まぁ、素人にしては良いキレだったぜ?」
つまり、彼等は毎日ダンシングしている事になる。
この時点で既にマトモな土木作業員では無い。
「踊る土木作業員ですか……異世界、侮りがたし…」
筋肉痛に苦しむゼロスは、改めてこの世界の広さを知る。
そんな彼の目の前で豪快に朝食を食べるドワーフ達は、昨日の疲れを感じているようには見えなかった。
「今日は二段目からメインの橋部分を同時進行で行くぞ。野郎共、気合入れていくぞ!!」
「「「「おぉ――――――――――――っ!!」」」」
彼等は今日もダンシングしながら橋を作り続ける。
残りの魔力が回復しきれないゼロスには辛い所であった。
ハンバ工業の作業は、踊り狂う以外は意外に普通である。
それぞれが役割分担をし、作業効率を図っている。
ボイスパーカッションをやりながらではあるが……。
石工や装飾を担当する者達は橋を作る担当の者達から離れ、ノミや槌を振るう。
その音がやけに精神を揺さぶる様なエイトビートで、その音色に合わせてタップを踏むものだから、増々ご機嫌な曲調になって行く。
種族の特性と言うか、お祭り好きの彼等はこの曲調に気分が高揚し、テンションを上げて作業に取り掛かるのである。
そんな彼等を筋肉痛で動けないゼロスは、ただ呆れるばかりである。
「何で事故を起こさないんですかねぇ~……。どう考えても危険でしょうに」
橋はアーチ式で三段重ね。
その一段目の端っこを命綱無しで丸太を抱え、リズムを取りながら進んで行くドワーフ達。
この丸太を組んで足場を作り、届かない箇所の装飾を施すのだが、彼等の足元は流れる河なのだ。
世界が異なれば労働基準法違反である。
崖の上までの高さが約二十メートル弱、いくら流れが緩やかになっていたとしても、それでも落ちれば只では済まない。
人の力で泳ぎ切るには流れがまだ速過ぎるのである。
「おぉ、ハンバ土木工業の! 今回は世話になるな」
「おう、メイガ土木のっ! 俺達の仲じゃねぇか、水臭い事と言うなや」
「助っ人に来たぜ。あのクソ伯爵に目にモノ見せてやら!」
「頼りにしてるぜ、チュブリー土建の!」
次々と集まり出した建築関係の仲間衆。
彼等は皆、ハンバ土木工業と仕事をした事のある仲間達で、共に酒を酌み交わす仲でもある。
彼等の情報網は幅広く、各貴族が収める領地の内情まで筒抜けなのだ。
ある意味では敵に回したくない連中であった。
当初はメイガ土木が街道工事を引き受けたのだが、後になって橋の建築まで押し付けられた。
本来は真っ直ぐ進み、ヨクブケーノ伯爵領から先の公爵領に抜ける予定だったのだが、理由も無く突然に橋の建造を押し付けられ、彼等は途方に暮れた。
しかも、国の命で出された仕事なだけに断る訳にも行かない。
実は、この橋の建設に関してはまだ未定の段階で、計画はあっても着手に踏み切る段階では無かった事を彼等は知らない。
そこでハンバ土木工業に相談し、彼等が橋を作る役目を引き受けたのが事の始まりである。
「あのクソ伯爵、一度殴っただけじゃ懲りなかったか。今度は半殺しにしてやる」
「ここに橋を作って、何の意味があんだろうな?」
「知るかっ!」
国にも一応思惑がある。
未開の土地である為に街を起こし、そこを開拓する事で経済を円滑にするのが目的である。
無論、多額の予算を使う事になるが、未開の地には鉱山になる山も確認されており、開拓を推し進める旨味があった。
まだ計画案の段階だが、取り敢えず予算がある内に街道を広げておこうと言う話になったのだ。
開拓案が可決されれば、この街道を多くの職人や商人が行き交う事になる。
物資を運ぶのに楽になるからだろう。
そこに目を付けたのがヨクブケーノ伯爵で、率先して街道工事の任を引き受けたのだ。
ただし、橋に関しては独断である。
貴族と言うのは世襲制の都知事や市長みたいなものだが、彼等の権威は絶対と云う訳では無い。
世襲制でも民の支持率次第ではその役割を降ろされ、別の貴族がその地位に就く事が良くある。
長く貴族として土地を治めているのは、その役割に責任を持っている貴族なのだが、新興貴族程その責務を軽んじている事が多い。
大抵が何らかの功績を認められた者が貴族になるが、権力を持った途端に汚れてしまうのである。
ヨクブケーノ伯爵は三代目であり、祖父は有能だが現当主は甘やかされたのか実に愚かな人間であった。
金の話には敏いくせに、その情報を生かす事が出来ない。
ソリステア公爵領では先行投資の意味合いで街道整備をさせたが、彼はその真似をしたに過ぎない。
街道が完成すればそこを管理するのはヨクブケーノ伯爵になるのだが、それ以前に彼の足元には火が点いている事に気付いていなかった。
現当主に対して民からの苦情が王室までに届いていたのである。
そして、この橋の建築費用は国家予算に含まれていない以上、彼が支払わなければならない。
要するに、ヨクブケーノ伯爵は国で要請していない仕事を勝手に国名で行い、その依頼書を偽造したのである。
これだけで充分に極刑に値する事なのだが、金や権力に固執する彼はそんな事は頭に無い。
細かい手続きを丸々投げ捨て、欲望の赴くままの行動したのであった。
成功すれば恩寵を賜る。失敗すれば建設に携わった者達から金をフンだくれると考えたのだ。
そこに自分の身の安全が含まれていない事を、彼は念頭にすら入れていない。
仮に橋が出来たとしても予算は彼が支払わねばならず、同時に王命である手配書を偽造した事が明るみになるだろう。
一言でも国王に許可を得ていれば状況が変わるのだが、彼はそんな簡単な手続きすらしていない為に、どうしても責任の追及は免れない。
頭が良いのか馬鹿なのか、理解に苦しむところだ。
余談だが、以前建築現場で何度も設計を書き換える注文をした貴族はヨクブケーノ伯爵で、あまりにも酷いものだからナグリが思わず制裁したのだ。
以来、ハンバ土木工業が目の敵にされているのである。
何度も設計を変える依頼主は嫌われる。
問題はヨクブケーノ伯爵が度が過ぎるほどに酷く、流石にナグリも我慢できずに殴り飛ばした事から、彼は一方的に逆恨みをするようになった。
何しろ悪趣味なまでに飾り立てた屋敷を建築させようとし、更に工事費用を値切る等という暴挙にまで出たのだ。
これではどの職人もキレる事だろう。
「弟の方がマシだよな。アレが当主じゃ、近い内に潰されるだろうよ」
「ちげぇねぇ。まぁ、もう少ししたら弟が当主になるだろうよ。あっちはまともだからな」
「今の内に殴っておくか?」
元より無茶な仕事であり、国王命令でも責任者はヨクブケーノ伯爵である。
ゼロスがいなければ、この仕事が成り立たなかったのは確かだが、仮に国王命令であれば土地の状況を伝え計画を止めるのが役割である。
だが、元から独断先行で橋の建設を無理にでも推し進めただけに、支払うツケは大きなものに為りそうである。
特に、土木関係者達の目が怖い。
血に飢えた獣のようにギラついている。
余程の恨みが積もっているのだろう。
「おっしゃ、今日もおっぱじめるぞ!!」
「「「「オォ――――――――――――――――ッ!!」」」」
彼等は直ぐに持ち場に別れ、それぞれの作業に取り掛かって行く。
踊りながらだが……。
「やっぱりダンシングするんですか…。なんで、他の方々も踊るんだ」
「ウチの仕事に係ると、なぜか皆あぁなっちまうんだ。なぜなんだ?」
「それを僕に聞きますかねぇ?」
懐から煙草を取り出して火をつける。
橋建設現場は一大スペクタクルの場と化していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
森の中を二十人くらいの人々が走り続けていた。
誰もが一様に恐怖に怯え、わずかな木々の葉音にも過敏に反応している。
周囲を警戒して、安全と判断すると彼等は再び走り出す。
だが、彼等の先にあったのは断崖だった。
彼等の顔に絶望が浮かぶ。
「おい、アレを見ろ!!」
誰かの声に顔を向けた先に、建設中の橋が見えた。
助かるかも知れないという希望が、彼等に力を与える。
「あそこまで行くぞ。アレが追かけて来ないうちに……」
全員が頷き、一斉に走り出した。
彼等は若い男や子供連れの女性が多く、来ている服は血や汚れで染まっていた。
ある日、突然襲ってきた黒い獣。
村にいた者達を殺し喰らう姿は悪魔そのものであった。
彼等に出来たのは逃げる事だけであり、その間にも多くの者が犠牲になった。
中には家族や親戚、妻や子供まで殺された者もいるのである。
武器を持って立ち向かっていった者もいたが、結果は無残なものであった。
彼等は何とか橋の元に向かい、できる限りの声で叫ぶ。
「た、助けてくれっ!!」
異変に気付いたのは、土台の構築をして居たドワーフ達であった。
彼等は必死に叫びを上げている村人達の声に気付き、『ガイア・コントロール』で階段を作り彼等を救助する。
酷いくらいに憔悴しており、作業が一時中断する。
義理人情が厚い彼等は、村人達を直ぐに休憩所まで運び食事を摂らせる事にした。
ケガの手当てなども行い手厚く保護をする。
その合間に事情も詳しく聞いた。
「これは、酷いですね。どこの難民ですか?」
「難民じゃねぇよ。何でも村が魔物に襲われ、逃げるしか無かったんだとよ」
「魔物?」
「黒い魔物だとよ。巨体で人間を喰らう化け物だとさ、人を食いながら姿が変わるって話だ」
ゼロスの記憶に新しい、異常な再生能力を持った魔物の姿。
痛覚が存在せず、腕を斬り落としても襲い掛かって来る魔物であった。
「すみません。その魔物はどれほど数がいたんですか?」
「よ、四体だ……奴等は俺の妻を…うぅ…」
「アレが後、三匹もいるのか……」
「知ってんのかよ!?」
「魔法を試していた時に襲われまして、一匹倒したんですが……アレは異常でしたね。生物と言って良いのかわかりませんよ」
尋常では無い力と再生能力。それと引き換えにした飢えに襲われた姿を思い出し、ゼロスに身震いをさせる。
その魔物は一時的にだが、チートのゼロスに力が拮抗したのだ。
これほど恐ろしい生物はいないであろう。
「倒していたのかよ!? なら、楽勝じゃねぇか?」
「そうとも言い難いですよ。数の上では向こうが多いですし、何より異常な再生能力があります」
「オーガやオークみたいなか?」
「それ以上ですね。代わりに常に空腹感に襲われ、捕食し続けなければ生きて行けない。生物として見れば出来損ないと言っても良い」
生物の根幹は生きて子孫を残す事である。
だが、黒い魔物は何も残さない。
ただ動く物を喰らい続け、取り込み存在するだけなのだ。
「作業員を、一時的にこちらへ戻した方が良いですね」
「もう、やってる。ヤベェ感じがするからな、武器も持たせてある」
「あの生物に痛覚はありません。攻撃しても、そのまま突っ込んできますよ?」
「マジかよ……どうやって倒したんだ?」
「動きを封じて、塵も残さずに焼き払いました」
ナグリは魔法の実験をした場所に残された擂鉢状の痕跡を思い出す。
地面がガラス化し、高熱を放っていたのを記憶していた。
「アレがそうか……。あそこまでする相手だってぇのかよ」
「痛みを感じていないから限界まで力が引き出せるようでして、しかも超速再生ですからね。正直に言って、相手にしたく無い魔物でしたよ」
同時に、初めて命の危険を感じた相手であった。
―――ガン! ガン!! ガン!!
突如として響きわたる金属を叩く音。
現場に建てられた見張り台で、ドワーフが警鐘を掻き鳴らす。
「来ましたか…」
「行くぞ。職場を荒らされちゃ叶わんからな」
ゼロスはナグリと共に休憩所を後にする。
急いで走り橋の元へ向かうと、対岸に黒い剛毛を持った人型の獣が姿を見せていた。
聴覚すらないのか、警鐘の音に気付いた様子も無い。
だが、視覚はあるようで、こちらを確認すると猛然と走り出して向かって来る。
「は、はえぇっ!?」
「アレが例の化け物か……野郎共っ、準備は良いか!!」
「「「「おぉ―――――――――っ!!」」」」
高速で向かってる魔物に対し、ドワーフ達は少し早めに魔法を展開させた。
「「「「『ガイア・コントロール』」」」」
地面を操り、まるで水面の様に波打つ。
そこに魔物は到達すると、直ぐに大地に絡め捕られ、引きずり込まれる様に沈んで行く。
「固定しろ!!」
「「「「『ロックフォーミング』」」」」
周囲を即座に石化させ、魔物の動きを完全に止めた。
石化した地面から逃れる事が出来ず、爪が折れるまで暴れていた。
ドワーフ達が武器を手にし倒そうとした時、それは起こる。
―――ブジュ、ビチィ、ブジュリ…
嫌な音を立てて魔物は、上半身を引き千切りながらも前進し始めたのだ。
「ば、化け物め……」
言葉を失うほど異様な光景である。
魔物の傷口は下半身を引き千切りながらも再生を始め塞がり、背中から蜘蛛のような足が数本生えて来る。
あまりの悍ましさに誰も動く事が出来ない。
一人を除いては……
ゼロスは一瞬にして間合いを詰めると、手に生み出した煌々と輝く火球を魔物に叩き付け、爆発に巻き込まれないよう即座に後方へ飛ぶ。
灼熱の炎が魔物を包み、周囲に嫌な臭いが立ちこめる。
魔物は叫びを上げる事も無く焼かれ、塵となって消えて行った。
「ここまで化け物とは思いませんでしたね……。まさか、自分の身体を引き千切ろうなんて…」
「全くだ。なんなんだ、この化け物は……」
「自然界ではあり得ない生物ですね。もしかしたら、人為的に生み出された……?」
「誰かがこの化け物を作ったってぇのか?! だとしたら、そいつは相当にイカレてやがる」
とても自然界から生まれるような生物では無い。
可能性がゼロとは言えないが、それが同時に四体も出現するなど、先ずはありえないだろう。
魔物の変異種も状況によっては生まれるが、それでも一体が一般的で他は通常種である。
確率論の観点からは出現する事はゼロでは無いが、複数ともなるとかなり低い割合であるのは確かで、ましてや同じ場所に同時にと来ると、人為的な干渉を疑った方が可能性としては高いのだ。
「……あと、二体だな」
「嫌な事を言わないでくださいよ。事実ですがね…」
まだ、正体不明の魔物がいるとなると安心はできない。
魔物はまだ対岸の森の奥に潜み、いつ襲って来るのか分からないからだ。
同時にそれは、工事の中断を余儀なくされる事になる。
ドワーフ達は忌々しげに対岸の森を睨んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
暗い森の中で、二匹の魔物が互いに争っていた。
それはお世辞にも戦いと呼べるものでは無く、互いに喰らい付いて捕食し合っていたのである。
かつて人であった者は、既にその面影は無い。
襲い来る空腹感に常に苛まれ、満たされぬ飢えがこの魔物を更に凶暴化させている。
なまじ強力な再生能力がある為に決着はつかず、長期戦を余儀なくされているのだ。
腕を引き千切っては喰らい、内臓を引きずり出しては喰らう。
止まる事を知らない暴食に憑りつかれた獣は、既に限界に達していた。
高速再生が追い付かず、互いの細胞が悲鳴を上げている。
だが、それとは別に強大な魔力が沸き上がり続け、この魔物を死なせる事は無い。
やがて一体の魔物が動きを鈍らせると、もう一体が絡み付き、鋭い咢で肉を貪り喰らう。
骨や肉を引き千切る音が森に響き、この魔物はついに同族を喰らい尽した。
―――ギュオォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
咆哮が暗闇に響きわたる。
魔物は同族を喰らった時、小さな欠片も飲み込んだ。
それが更なる力を与え、同時に初めて飢えが満たされる。
やがて体は倍に膨れ上がり、人型であった魔物は更にその姿を変えて行く。
同時に再び飢えが襲い、この魔物は更なる暴食する為に移動を開始する。
大小問わず他の魔物に手当たり次第に襲い掛かり、捕食しては力を付けて行く。
やがて、この魔物は崖の傍にまで辿り着いた。
その先に、生き物が居ると知ると歓喜の咆哮を上げる。
魔物は、対岸を目指し移動を開始したのであった。




