表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/286

 おっさん、遭遇する

 暗かった部屋に明かりが僅かに差し込む。

 蝋燭を何本も使用し、足りなくなれば魔法で明かりを補い続け作業に取り掛かっていたゼロスは、何気に窓の外を見つめる。


 広がる森に薄日が差し込め、徐々にだが夜の帳は消えて行く。


「あぁ……朝になったか」


 長時間、魔法の統合化に全力を注いでいた彼は、まだ不完全ではあるが粗方の目処はついた。

 後は試してから再調整を繰り返し、完璧に仕上げなければならない。

 問題は、今製作している魔法が誰にでも使えるものでは無いという事だろうか。


範囲障壁魔法の二重展開と形状操作、大地形操作魔法と硬質化、その工程を一纏めにすると魔力消費は大きくなる。

 自然界の魔力を利用しても、あくまで土砂を纏め硬質する事に優先させ、障壁と橋脚の形状を維持するには術者の力で行わねばならない。

 流れの激しい河で行えば、水流により障壁に掛かる魔力消費は上がる一方、更に河を流されて来る岩や小石などが障壁の維持を困難な物にする。


 取り込めれば良いのだが、そうなると今度は障壁が維持できなくなってしまう。


「何にしても……使って見るしかないかぁ~」


 結局はそこに行きつく事になる。


 何にしても、実験をするには今の状態では拙い。

 そう思ったゼロスはその場で横になる。

 多少は休んでおかないと、魔法を行使するのにミスに繋がりかねないからだ。


 程なくして、おっさんの寝息が聞こえて来た。

 


  ◇  ◇  ◇  ◇   



「あぁっ? 魔法を上流で試して見てぇだぁ?」

「えぇ、あらかたの機能は取り込みましたが、問題は『実用性があるのか?』ですからね。いきなり本番で使う訳には行きませんし、試して見ないと何とも言えませんよ」


 三時間ほど眠った後、ゼロスはナグリに魔法を試す許可を貰いに来た。

 土木関係は作業工程を重んじる為に、少しの遅れを許せない傾向がある。

 状況によっては受け入れられるが、今は逸早く作業に取り掛かりたい所であろう。

 しかし肝心の魔法が中途半端では拙いのだ。


「まぁ、三日の猶予を許可したのは俺だが、魔法自体は出来たんだろ?」

「それでもまだ粗削りでして、現場で使えるとは思えません。魔力をどれだけ消費するかすら分からない」


 これは元プログラマーとしての矜持である。

 プログラミングは一つの文字を打ち間違うだけで、その影響は全体に及ぶ事もある。

 その為にも何人ものデバッカーを用意し、毎日モニターを眺め修正する作業に従事していた。

 海外でのプレゼンテーションは責任者として出席せねばならず、そのおかげで作業が滞り再び徹夜漬けの日々が来た事も屡々。何度も上司と口論になった事がある。


 魔法も一種のプログラムであり、少しの間違いが魔法全体の性能に及んでしまう。

 機械言語程では無いにせよ、複雑な魔法式で構築された魔法は一度起動を試み、性能を確認してみる必要があった。


「しっかし、何でまた上流なんだよ」

「上流に橋脚の支柱を幾つか立て河を攪拌すれば、流れをなだらかになりますし、工事も随分と楽になる筈なんですよねぇ」

「なるほど、河に落ちても死に難くなるな」

「だからと言って、誰かを河へ突き落さないでくださいよ?」

「んな事はしねぇ、せいぜいロープに括り付けて落とすだけだ」


 ナグリはまだ、食い物の恨みを忘れてはいなかった。

 彼はとことん拘るドワーフなのである。


「しかしよぉ~、一人で上流まで行って大丈夫か?」

「何とかなりますよ。そんなに遠くに行くわけではありませんから」

「まぁ、あんたがそう言うんじゃ大丈夫だろ。早めに戻ってきてくれよ」

「魔法を数回ほど試すだけですからね。さほど時間は要しません。では、少し試してきます」

「おう、気を付けてな」


 少し眠たげな表情で、ゼロスは上流へと向かう。

 何しろ自分の結果次第で職人の明暗を分けるのだから、プレッシャーはかなりのものであった。


 陰鬱な気持ちで彼は河沿いを上流へと進んだのである。



  ◇  ◇  ◇  ◇  


 

 上流に行ったところで河の流れは変わらない。

 相変わらずの激流で、多少攪拌した程度でなだらかな流れになるとは思えない。


「これは……複数、橋脚を立ててみますか」


 ゼロスは複合魔法の魔法式を起動させる。

 

 激流の中に光に壁が生まれ、それが周囲を押し広げて行く。

 同時に川底から岩の柱が生き物の如く蠢き、二重展開されたシールド内部で、次第に指定された柱の形へと姿を形成して行った。

 形は鋭利な楕円型の柱で、川底に向かって広がる形で形成している。

 側面には凹凸が付けられ、それが対流を生み、流を攪拌させ激流を抑え込む。


 だが、このままでは魔法が切れた時に直ぐに分解し崩れてしまうだろう。

 そこに『ロック・フォーミング』の魔法が掛かり、土砂や石が凝縮され一つの石柱へと変わる。


 魔法は例え物理現象に変化しても、直ぐに魔力へ戻り始め、拡散を始める特性がある。

 だが凝結された土砂や石は圧力により熱を発生させ、物質同士が結合を行う。これにより魔法効果が切れたとしても、柱だけは強固に凝結し形として残されるのだ。

 副次的に発生した物理現象は、魔力によって変質された物では無いため魔力が拡散したとしても、あくまで物理法則内での枠内にある。ゆえに人為的に魔法で発生させられた現象とは異なり崩れる事は無い。


 問題は……


「魔力消費がハンパ無い!」


 ……で、あった。


 三つの魔法の並行運用と魔法式起動の必要魔力は、ゼロスが予想するよりも遥かに大きかった。

 ゼロスのレベルは1800を越しているだけに、保有している魔力量は尋常では無い。

 しかし、この世界の人間はレベルの平均が100以下で、最大でも300あれば良い方である。

 その為か魔導士の平均魔力は250前後だった。


「この魔法、クレストンさんレベルでも三度が限界だな……。使える魔導士がいない」


 元公爵家の当主であった【煉獄の魔導士】でも個人レベルは303。

 その魔導士が使用したとしても三回が限度である最大の理由は、橋脚部を形成させる型枠である障壁魔法の所為である。

 思いのままに形を形成できるが、自由度が高い分だけ魔力を消費してしまう。


 まして【限界突破】や【臨界突破】【極限突破】といった、特殊条件下で発生する身体的能力変化を起こしていない。

 これは身体や精神面である段階に到達したとき、全能力が飛躍的に向上する現象である。

 レベルも関係あるが、身体レベルだけでは無くスキルレベルも関係して来る。

【限界突破】は一定の身体レベルと複数のスキルを限界値まで持って行く事で、個人の能力が二倍近く上がり、保有スキルが多いく程に【臨海突破】【極限突破】を起こす可能性が高まるのだ。

 実際にそこまで行くにはかなりの修練が必要だが、強力な魔物を倒し続ければ至れる領域でもある。


 だが、現時点でこうした裏技知識は散逸し、この世界には残されていない。

 邪神戦争期の被害と、その後の政治的要因による安全圏でのひきこもり政策により、高レベル保有者が生まれる機会を奪い去ってしまったのである。

 危険領域の開拓をやめてしまったが為に、民衆の低レベル化も進んでしまったのだ。

 更には技術の低迷化を招き、旧時代と比べて弱い種族へと落ちて行った。

 

 まぁ、おっさんには関係の無い話ではあるが。

 

「本番前の練習がてらに何度か試すか……。失敗したら、ナグリさんに殴られかねませんしねぇ」


 こうして地道に練習を始めるゼロスであった。

 咥え煙草なのがマナー違反だが……。



 オーラス大河の上流に、幾本もの岩の柱が築かれて行く。

 流れの速かった河も柱の構築に連れて攪拌され、目に見える形で次第に緩やかなものへと変わって行く。

 元より流れが早く、船での行き来が難しい難所なだけに、別の河から迂回する形で他の街へ向かっていた。

 また、さらに上流には別の国が存在し、百年ほど前にオーラス待大河を下り侵攻してきた歴史がある。


 そんな歴史背景を知らないおっさんは、ここで調子に乗ってやらかした。


「水流で老朽化してもアレですし、少し手を加えて見ましょうか…」

 

 作った柱に複雑な魔法式を刻み込み、魔石に周囲から魔力を吸収する様に少し手を加え、埋め込む。

 要するに、河から突き出したこの柱は魔道具と化したのだ。

 気を良くしたのか他の柱にも手を加え始め、見た目は幾何学模様の様な表面をした、何とも不可思議な柱へと姿を変えて行く。

 周囲から魔力供給を受け、時間制限はあるが強固な障壁を展開し続ける事で、そう簡単には壊れないようにしたのである。

 

 そうなると今度は味気なさを感じたのか、柱の上に岩を形成し、それをグリフォンなどの生物の彫刻にするなど、面白半分に手を加え始めた。

 遊び出したら止まらないのか、次第に凝った物を作り始めてしまった。

 主に超時空の要塞艦とか、どこかの人型機動兵器を擬人化した物とか様々である。

 ヴァルキリーも、決して戦乙女では無い方であった。


 他にも歌姫やら、魔法の天使やら、やりたい放題であった。

 異変を感じたのは、ちょうど調子に乗ったてきた時である。


「魔物? いや、それにしては……」


 対岸に動く影を発見し凝視すると、全身を剛毛で覆われた生物と視線がぶつかる。

 口は犬型の生物に近いであろうか、鋭い牙が生え揃い飢えたかのように唾液を垂れ流している。

 鋭い爪を持った腕が四本もあり、体は人に近い。


 獣はゼロスを発見すると、高速で柱を飛び跳ねながら急接近をして来る。

 そして、鋭い爪をゼロスに向けて振り翳した。


 後方に飛び攻撃を避けると、その獣の姿に戦慄を覚える。

 この魔物の至る所から人の顔が浮かび上がり、中には子供の物まである。

 その顔は呻き声を上げながら、ゼロスを恨みがましく見ているのだ。

 本能的に怖気が奔る。


「なっ? 何なんだ、この魔物はっ!!」


 魔物は執拗に追い駆けて来る。


 左腕を振りかぶり、殴りつけてきた拳を体の身を屈めて避けると、もう一本の左腕が襲い掛かって来る。

 それを腰の剣を引き、迎撃する形で抜き斬り落とす。

 だが、痛みを感じないのか、その体勢から裏拳を放つかのように左腕が薙ぎ払いに来る。


 再び剣で左腕を斬り落としたが、この魔物は突進してゼロスを吹き飛ばした。


「ガッ!?」


 森に生えていた木に叩き付けられ、一瞬だが呼吸が止まりかける。


 ゼロスは常軌を逸した身体能力を持っている。

 しかし、この魔物は一瞬だが、ゼロスが反応できない程の速さで攻撃を加えて来たのだ。


「拙い…」

 

 考え無しに突撃して来る魔物に対し、カウンターを狙いで【白銀の神壁】を展開。

 前方に向けて張り出した無数の棘状障壁が、魔物を串刺しにする。

 それでも勢いは止まらず、突き刺さったまま突進を続けゼロスを捕えようと右腕を伸ばす。


「『エア・バースト』」


 風系統魔法である『エア・バースト』を至近距離で叩き込み、発生した威力によって魔物とは逆方向へ吹き飛ぶ。


 体勢が崩れ、一瞬でも動きが止まった瞬間は致命的な隙に繋がる。

 追撃しようと立ち上がるのが見えていた為に、体勢を整える間に防御障壁を展開させたのだが……魔物は追撃しては来なかった。


 何をしていたのかと言えば、斬り落とされた二本の左腕を喰らっていたのである。

 しかも、無くした腕からは肉が蠢きだし、瞬く間に再生を始めていた。

【白銀の神壁】の傷も見る間に塞がって行くが、それ以上に魔物の口から絶え間なく滴り落ちる唾液が、この魔物の状態を柔弁に語っていた。

 

 極限なまでに飢えている。


 しかも、体の至る所から腕や足が生えだし、その姿を異様な物へと変えて行く。

 暴走している所為か、見ている限りでは吐き気を覚える程の悍ましい光景であった。

 数人分の人の上半身まで生やし始めているのだ。これ以上の物は無いほどの不気味さと悍ましさである。


 だが、これは好機でもあった。


「『チェーン・バインド』」


 魔物の真下に魔方陣が浮かび、無数の鎖が体を拘束する。

 身動きを封じられた魔物は暴れるが、それが解かれる前に次なる攻撃を加えた。


「『プロミネンス・フレイム』」


 煌々とした灼熱の火球が、魔物を包み込む。

 再生するならば、それが追い付けない速度で焼き尽くせばよいと判断し、火炎系焼却魔法『プロミネンス』系を使用したのだ。

 旧時代では禁呪の一つとされ、今は忘れ去られた魔法である。


 単体攻撃魔法だが、その威力は敵を跡形も焼き尽くす熱量攻撃である。

 半ばプラズマ化した炎は再生させる暇を与えずに魔物を灰燼に帰す。


 だが、魔物はいなくなっても、そこには確かに刻まれた物がある。

 恐怖であった。


 一瞬であったが、魔物はゼロスを凌駕した。

 それは自分を殺せる存在がいる事を示している。


 悪食ゆえに助かったが、あのまま戦っていたらどうなっていたか分からない。

 彼は恐怖に慄いたのである。


 初めて感じた命の危機でもあった。


「異世界、甘く見てましたね…。にしても、この魔物は何なんだ。再生能力が異常だ…」


 高熱でガラス化した地面を眺め、呆然と呟く。


 魔物が保有する【再生能力】は、便利なスキルではあるが異常なまでの空腹感を得るため、同時に【狂戦士】のスキルがつく事が多い。

 腕や足を再生させるには相応の栄養分が必要で、超速の細胞分裂などを強制誘発され、栄養不足を補うために他の生物を襲う暴走を始めるのである。

 この魔物は喰らった物を取り込んでおり、痛覚は存在せず、強力な身体能力を発揮する代わりに飢えるのである。絶えず栄養欠乏症の様な状態であった。


 身体能力の向上は同時にカロリーの消費を早めるようで、無理をして活動するために常に筋肉を再生し続けなければならない。

 獲物を喰らう事で能力を取り込み、その負荷を和らげるために再生を続け、更に身体能力の向上でカロリーを消費して飢える。


【再生能力】は、主にオークやオーガが得るスキルではあるが、倒した魔物はそのどちらでも無い。

 何より、複数の人面を体に張り付けた獣など聞いた事は無かった。


(まさか…人間を食ったのか? だとしたら…際限なく人を襲うんじゃ…)


 冷たい汗が流れ落ちる。


「何じゃこりゃぁああああああああああああああっ!!」

「!?」 


 驚いて振り向けば、そこにナグリを含む数人のドワーフ達がいた。


「おや、ナグリさん。どうしたんですか?」

「どうしたじゃねぇよ。飯時になっても帰って来ねぇから、探しに来たんだが……。何だよ、あの柱は」

「試作した橋脚ですが? ただ放置するのも味気が無いので、少し装飾を施してみました」

「少しのレベルじゃねぇだろ。遊んでたのか……?」

「遊びでは無いのですけどね。ご心配をおかけしたようで…」

「なに、無事ならいいんだ。しかし……創作意欲に沸く作品だな」


 趣味の赴くまま、充分に遊んでいた。


 魔法文字と彫刻が乗せられた柱は、彼等ドワーフが見れば斬新な物であった。

 見た目は武骨で大雑把だが、ドワーフ達は芸術に関しての造詣が深い。

 彼等は真剣な目で河に立てられた柱を凝視している。


「彫刻はまぁまぁだな。ただ、あの模様とは合わん」

「それもまた、別の観点から見れば良いのではないか? 新しい物には完成されていない美が存在する」

「未熟だが、悪くは無い。柱がもう少し細ければなぁ~」

「それでは河の流れに耐えきれんだろ。彫刻を小型にして、前後対称に置いたらどうだ?」

「上流と下流から見れる訳か、折角の彫刻も、後ろからしか見れないのは残念過ぎる」


 何故か色々と評価されてしまった。


「彫刻をもう一体づつ作って、前後対称に直せ。大きさは半分くらいで良い」

「えっ……今から直すんですか?」

「当然だ。俺達の前で中途半端な物は許さん」

「かなり魔力を消費しているんですけど……」

「絞り出せ」


 無茶を言うナグリ。

 だが、それは他のドワーフ達も同じの様であった。

 彼等の目は異様にギラついている。

 マジだ。


「柱が何本あると思っているんですか。結構きついんですよ?」

「四十五本だな。まぁ、死ぬ気で気張れば大丈夫だろ」

「気力で魔力は回復しませんよ!」

「「「「いいから、やれ!! これ以上、グダグダぬかすなら沈めるぞ」」」」


 彼は有無を言わせない。

 なまじ職人気質ゆえに中途半端は許せず、彼等は手直しを強要して来る。

 素人のお遊び彫刻が許せずに、徹底的にディテールに拘った。

 逃げる事は出来ないだろう。彼等ドワーフの辞書に妥協の文字は無いのだ。


 結局、ゼロスは彫刻の手直しをする羽目になる。

 

 怖い目で見るドワーフが監修する中、必死に彫刻制作を開始する。

 作業が終わるのは日が暮れた頃で、その間、拘りあるドワーフ達の怒声が響いていたと言う。


 仮設宿場に戻ってきた時は、ゼロスは魔力を使い果たし満身創痍であった。

 彼はこの世界に来て、初めて魔力切れを起こして倒れたのである。

 

 切れたのは魔力だけでなく、精神もだったが……。


 合掌……。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 深夜の森の中を三人の男達は歩いていた。

 一人は対岸で待機していた仲間で、後二人はロープを使い河を渡ってきた者達である。

 二人は濁流にもまれながらも何とか対岸へ逃げかえり、仲間の手引きで此処まで来たのだ。


「さっきから無言だが、実験の成果はどうだったんだ?」

「・・・・・・最悪だ。アレは使い方を誤れば俺達も危険に曝される」

「そんなにヤバかったのか?」

「そんな一言で済まされん! 人が化け物になったんだぞ」


 彼等は、ある魔導士が傭兵達に手渡したアミュレットの効果を確認するための監視だった。

 だが、その効果は予想以上で、人間が常軌を逸した化け物に姿を変えたのである。

 当初の予定とは違う、悍ましい結果を見てしまったのだ。


「逃げる為に【邪香水】を利用したが、奴等はそこに誘き寄せられた魔物を喰らい尽していた」

「アレでは利用するどころか、むしろ敵を生み出してしまうぞ」

「俺達がいくら喚いた所で、上の連中がどう決めるかは別の話だ」

「そうだが……アレは拙い。手を出してはならない代物だ」


 彼等は無言のまま歩きつづけた。

 河の激しい流れだけが響き、周囲に獣の気配は無い。

 油断はできないが、この辺りに出没するのはゴブリンかオークである。

 単体であるなら彼等でも余裕に倒せる。


 警戒しながらも進むと、崖の下に妙な物がある事を発見した。

 対岸に並ぶように河から突き出した柱である。


 上部には見事な彫刻が置かれ、その出来栄えに息を吞む程である。

 その考えも、直ぐに吹き飛んだ。


「なんだ……何なのだ、これは!!」

「やってくれる……これでは、奇襲は出来なくなるな」

「ソリステア魔法王国は、我等の動きを掴んでいるのか。同じ轍は踏まぬと云う訳だな…侮れん」


 彼等の国は嘗て船で川を下り奇襲する事で、サントール要塞に攻め込んだ歴史がある。

 今は街だが、かつて難攻不落と言われた要塞サントールで激戦を繰り広げ、敗北して逃げ帰った屈辱的歴史背景であった。

 当時はソリステアと言う国は存在していなかったが、この時の屈辱は王族達に語り継がれ、今もなお雪辱を晴らす機会を求めていた。


 無論戦仕度も始めてはいるが、オーラス大河に柱が築かれており、奇襲をすれば船がこの柱によって遮られ座礁する可能性が高い。

 更に柱の手前までは流れが速く、船は減速できず柱に突っ込む事になるだろう。

 周囲は断崖に囲まれ、魔法で攻撃を受ければ的になるのは確実である。

 完全に死地となっていたのだ。


「これは、報告せねば取り返しのつかない事になる」

「うむ。奴等は我等が来るのを、手薬煉を引いて待っているのだ」

「おい、この跡は何だ?」


 一人が目を引いたのは、高熱で溶解し擂鉢状になった地面であった。

 余程の熱量だったのか、地面はガラス化するほどである。

 そこで彼はある物を発見した。


「おい、被検体は何人いた?」

「四人だが、それがどうした?」

「これを見ろ……どうやら一人はこの場で倒されたようだ」


 ガラス化した地面に、くすんだ黒色の石が融合していた。

 そして、彼等はこの石に見覚えがあるのだ。 

 

「馬鹿なっ、あの化け物を倒したと言うのかっ?!」

「あり得ん……奴等は魔物の群れを片っ端から殺し、全て喰らい尽したのだぞ!!」

「…だが、証拠が此処にあるぞ?」


 黒い石を見た彼等は、顔を蒼褪めさせる。


「この状況は炎系統の魔法だ。それも、恐ろしく強力な……」

「魔導士が……アレを倒したと言うのか?」

「あり得ん。とても騎士だけで倒せるような、ましてや魔導士がいたところで……」

「だが、これは明らかに魔法による攻撃の物だ。余程の手練れがいるのだろう」

「炎……【煉獄の魔導士】か?」


 炎を操る魔導士で手練れとなると数は限られる。

 その内、ここまで足を延ばせる魔導士となると、彼等には【煉獄の魔導士】しか思い浮かばなかった。

 

「四魔導士の一人か…。あの隠居を連れ出して…、それ程までして守る物がこの先にあるのか?」

「分からん。だが、俺達はそれを調べなくてはならん」

「行くぞ。もしもの時は……」

「誰か一人だけで良い。必ず生きて報告するんだ」


 男達は覚悟を決めて頷き合う。


 そして森を進む行くと、彼等は開けた場所に出る事になった。

 茂みに隠れ周りを観察すると、どうやら街道の工事を行っているようである。

 しかし、この辺りは辺境と言っても過言では無い未開の地である。街道を作る意味が全くない。


「街道だと……。何故こんな無意味な物を…」

「サントールの街は下流だぞ? 街道を行くより船の方が早いだろ」

「待て、この先はオーラス大河だ。まさか……」


 彼等にとって街道が在る事はありがたいが、ここは辺境と言っても良い。

 交通の要所ともなる街も無く、山賊達を喜ばせるような真似をする筈は無いだろう。

 息を潜め河沿いに移動をして、初めてその意味を理解した。

 橋を架けようとしているのである。


「間違いない。奴等は我が国との戦争を想定している」

「この場に橋を架けて、何の意味があるんだ? 無駄な出費だと思うが……」

「分からないか? この場に橋が架けられれば、我が国の兵力は大打撃を受ける事になる」


 彼等の国は上流の小国だが、ソリステア魔法王国を攻めるには二つの国を経由しなくてはならない。

 唯一可能なのがオーラス大河を船で下り、兵力を送る事なのだが、複数の柱や橋の存在は脅威である。


 上流に築かれた柱が行く手を阻み、激流で速度を制御できない状況では座礁は確実。

 周囲は崖で、上から攻撃を徹底的に加える事が出来る。

 よしんば其処を抜けられたとしても、今度は橋と崖上からの集中攻撃を受ける羽目になるのだ。


 言わば、この土地の地形そのものが天然の要塞と化したのである。

 船での侵攻が無謀な行為に変わったのだ。


「なんて事だ……先に手を打たれてしまっている。これでは……」

「我が国が栄光を取り戻す事は出来まい。しかも、あの柱で流れが緩やかになり、この辺りも船の行き来が可能となるだろう。中々の策士がいるようだ」

「地形を利用して繁栄の礎を築く。相当な知恵者だな」


 ただの偶然である。


「ソリステアの侵攻は暫くお預けだな。先ずは周辺国を併呑せねば……」

「だが、これでは両面作戦が頓挫する」

「仕方があるまい。まさか上流に、しかも激流のオーラス大河合流地点に、あの様な仕掛けを施すなど考えられるか?」

「この策を練った者は、そうとう頭がキレるぞ」


 勘違いである。


 全てが偶然の産物である事を知らない彼等は、状況から情報を汲み取るしかない。

 しかし、それが正しいかどうかは別とし、現状から判断して客観的に分析するしかないのだ。

 その分析には彼らの主観が大いに影響を与え、このような結論に至ってしまう。


 本来この街道は『船代が払えないために、陸路を行くしか無い民の為の街道』との名目で作られたのだが、周囲に町が無い以上は商人は盗賊に襲われやすくなる。

 また、ファーフランの大深緑地帯も近いために、魔物からの脅威にも曝されやすい。


 しかし、他国を攻め込もうとしている彼等にとっては、急速に開拓が始まっている様にしか見えないのだ。

 その行動の早さは自分達を牽制しているように見えるのである。

 立場が異なれば理解も異なる良い例であった。


「護衛の姿が傭兵だけなのは何故だ?」

「おそらくは、我等に見られても構わんのだろう。どうせ何も出来ぬのだからな」

「そこまで読んでこの様なあからさまに……噂とは違い、恐ろしい国じゃないか」


 彼等が派遣されたのは、ソリステア魔法王国の国内調査と実験の有効性を確かめるためのものであった。

 最初の調査では魔導士団と騎士団の不仲が噂され、攻め込む好機と見ていたのである。

 しかし実状は異なり、彼等の国を牽制するような動きを見せている。

 こうなると『国内組織の不仲』の噂も意図的に流されたものに思われ、国内に入り込んだ鼠を攪乱させる狙いなのではと思えて来てしまう。


 しかも重要拠点を堂々と曝している事が、彼等の勘違いをより信憑性の高い物にしている。

 全ては偶然の産物なのだが、今の彼等には知り得る筈も無かった。


「行くぞ。この事を何としても祖国に……」

「あぁ、痺れを切らして出陣でもされれば、被害が出る一方だ」

「この国には恐ろしい策士がいる。繁栄と敵の殲滅を同時に想定できるほどのな」


 男達は存在しない策士に怯える。


 国の為になら命を落とす事すら覚悟している戦士なのだが、同胞が一方的に倒されるのは望まない。

 彼等は得た情報を内に秘め、闇夜を走り抜けた。


 国の繁栄を望むが故に……。 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ