おっさん、さっさと帰宅する
クリスティンが目を覚ますと、そこは簡素な木造の一室であった。
周囲を見渡せばベッドの傍にテーブルが置かれ、壁際の古い鏡台には花の活けられていない花瓶が無造作に置かれている。
ぼんやりと天井を眺めていた彼女だが、時間が経つにつれて次第に自分の現状を思い出した。
ウォーアント倒してからの記憶が無いのである。
そして、今自分がいるのは今朝方まで宿泊していた宿の一室だと理解する。
「僕は、どうやってここに……あっ、ゼロスさん!」
胡散臭い見た目の魔導士が此処まで連れて来てくれたとしか思えない。
思わず体を思いっきり跳ね上げ起き上がると、途端に眩暈が襲い掛かった。
急速なレベルアップのために身体が変調し、最適化が済んでいない所で無茶をしたので立ち眩みを起こしたのだ。
彼女は再びベッドに倒れる。
「あぅ~~……」
変なうめき声を上げて枕に顔を押し付ける。
立とうと思って力を込めるも、倦怠感が先に来て動く事すら儘ならない。
(お礼は明日でも良いよね)
無理をしてお礼を伝えに行ったところで、返って恐縮させてしまう事になり兼ねない。
ならばと、今は少しでも休んで体の調子を整える事を優先させる事にした。
シーツを掛け直し瞼を閉じれば、一階の食堂で騒ぐ人達の賑やかな笑い声が聞こえて来る。
しばらくして、余程疲れていたのか静かな寝息が場末の宿の一室に流れて行く
クリスティンは再び眠りの中へと落ちて行ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、クリスティンは目を覚ますと、即座に着替えを済ませ部屋の外へと急いだ。
階段を下り、下の食堂に赴くと数名の傭兵達が朝食を摂っている所であった。
そこに彼女の知る者達の姿を確認し、今更ながらに自分が助かったのだと理解し安堵する。
「クリスティン様、お目覚めになられましたか。御身体の方は?」
「いきなり目の前から消えた時は、心配したぞ」
「僕は大丈夫だよ、イザート、サイル。コルサとソクト―も無事だったんだね」
「お嬢を助ける為ならどこへでも行きますさ」
「そうですぜ。まぁ、正直なところ焦りましたが」
側近である騎士達が無事で安堵した彼女だが、ここに来た目的は別にある。
「イザート、僕を助けてくれた人は?」
「あの魔導士殿ですか? クリスティン様を預かった後から姿が見えませんね。仲間の女性達に聞いてみましょう」
騎士達のリーダー格でもある青年は、フロントのテーブルに座り朝食を摂る三人の女性達に声を掛ける。
「君達。済まないのだが、あの魔導士殿はどこに居るか知らないか? クリスティン様が、ぜひお礼をしたいと仰っているのだが」
「あぁ~? おっさんか……そう言えば見えないな?」
「そうね。まだ部屋で休んでいるのかしら?」
「あ~、おじさんなら帰ったわよ? 昨夜の内に」
「「「ハァ?!」」」
イリスはゼロスが昨夜の内にアーハンの村を出た事を告げ、それを知らなかった三人は間抜けな声を上げる。
「ちょっと待って、イリス! ゼロスさん、いつ出て行ったのよ」
「昨日見かけたときは、ここでメシを食ってたぞ?」
「その後に此処で一服して、それから帰ったのよ。二人が部屋で休むと言って二階に戻った後に」
「サントールの街まで半日かかるのよ? 正気じゃないわ、山賊のいい標的……にはならないわね。逆に返討にしそう」
「だな、あのおっさんを倒せるとは思えん。鉱山の最下層から無傷で戻って来たんだぞ? 並大抵の相手では話にならんな」
深夜の内に村を出たゼロスだが、やはり心配はされなかった。
なまじ強過ぎる為に、逆に『殺せる相手がいるなら見てみたい』と思う心境が強いのだろう。
おっさんの扱いは、本人がその場にいなくても酷かった。
「ゼロスさんは、何か言ってませんでしたか?」
「ん~…貴族に関わるとめんどくさいとか、家臣に取り込もうとかスカウトの声が五月蠅くなるから、自分は早々に消えるとか言っていたかな?」
「お礼を言う事が出来ないなんて…。あの、お住まいなどは知りませんか?」
「知らなぁ~い。おじさんも『宿暮らしのバガボンド』じゃないの?」
落ち込むクリスティンに、どう声を掛けて良いのか分からない騎士達。
魔導士は他人の事など御構い無しの自己中心的な人種が多いが、ゼロスは少女の礼すら聞かずにさっさと姿を消し、爽やかな朝に重苦しい空気を持ち込んだ。
誰も中年魔導士の所在を知らないのである。
「魔導士と言うのは自己中が多いからな、気にしない事だ」
「ですが、僕は命を助けられた訳ですし…お礼くらいはするべきだと思います。人としても、貴族としても……」
「でもゼロスさんですから、たいして気にもしていないと思いますよ?」
「おじさんは気楽に生きてるみたいだから、別にそこまで思い詰める必要は無いと思うなぁ~」
クリスティンはどうしても礼を言いたいだけなのだが、本人がいない以上はその願いは叶わない。
気落ちする彼女をどれだけ宥めても、言葉を並べたところで落ち込む一方だった。
中年魔導士はこの村から気分一つで、さっさと消え去ったのだ。
立つ鳥跡を濁しまくったおっさんは、この頃にはサントールの街の門に前まで辿り着いていた。
鼻歌交じりに煙草をふかしながら……。
余談だが、アーハンの村にある廃鉱山は正式にダンジョンと認定されるまでに少し時間が掛かる事となる。
調査のために手練れの傭兵達が探査をし、幾つかの手続きを得てダンジョンと認定するまで三か月の時間を要した。
この事を機に、アーハンの村は再び活気に溢れ返る事になるには、数年の時間を必要とされたのだ。
その頃になると廃鉱山内部はさらに広がりを見せ、多くの魔物が出没するようになる。
その原因は、おっさんが行った大量虐殺と言う名の殲滅魔法攻撃によるものであるなど、本人達すら知る事は無かった。
一瞬で灰にされた魔物達は効率良くダンジョンに吸収され、新たな力を与える糧となったのである。
このダンジョンはこれからも拡大を続け、多くの魔物と人々の戦いせめぎ合う、生活に欠かせない稼ぎの場と変わって行く。
ダンジョンコアが破壊されるその日まで……。
後に【アーハンの大迷宮】と呼ばれるダンジョンの少し前の話であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時間は少し戻り、場所はサントールの街の酒場に移る。
そこはいかにもガラの悪い男達が集い、思い思いに酒を頼んでは馬鹿な事を語り、時には喧嘩騒ぎを引き起こす。
頻繁に衛兵の世話になる事の多いこの酒場で、数人の傭兵達は酒を飲んで今朝方の憂さを晴らしていた。
クリスティンに絡んでいた傭兵と、その仲間達数人である。
ゼロスに脅され逃げ出した彼等は、半日掛けてサントールの街へ来ていたのだ。
彼等の中で一人だけは今朝の事を未だに根に持っており、自棄酒を煽っている。
「クソッ、あの魔導士…今思い出してもムカつくぜ!」
「お前、まだ言ってんのか? いい加減に諦めろよ…」
「ミスリルの剣もボロだったんだろ? そんなもん奪っても使えないだけだろ、馬鹿だな。ハハハハ」
「どうだろうな。今にして思えば、あの野郎のフカシかも知れねぇぞ?」
この男が嘘だと思う理由は二つある。
一つはゼロスが鑑定持ちであるという事を、証明する事が出来ない事。
もう一つが、剣を突きつけた時に『剣を返して消えろ』と言った事である。
鑑定能力は自身が申告しても他人には分からない。
実際にその能力があるかどうかは、鑑定スキルを持つ者に幾つか鑑定させなければ証明できないからだ。
また、剣を突きつけたのは此方の恐怖心を煽る為であると思えば、全てが演技である可能性が出て来る。
そうなると鑑定スキルの話も嘘である可能性が高くなってくる。
何よりも見るからに胡散臭そうな風体が、彼にそうした間違った予測を立てさせていた。
「例えそうだとしても、アレは手練れだぞ? 魔導士なんかじゃねぇ」
「あぁ…いつの間にか、剣を抜いていやがったからなぁ」
「アレは戦っちゃいけねぇ種類の人間だ。命が惜しいぞ、俺は…」
「分かってんだよ、んな事はよぉっ!!」
傭兵達は全員が低ランクである。
真面目にレベルを上げるのではなく、横から上前を翳め取る事でこれまでやって来た。
商人の護衛も強そうな傭兵達の背後をついて行く形で、俗に寄生と呼ばれる手法で安全を測り、魔物の討伐も別の傭兵が獲物を弱らせたところを狙って横から奪う。
彼等は自分が利口だと思っているが、その行為自体が信頼を無くさせ上のランクに上がれないでいた。
それなのに彼等は傭兵ギルドに逆恨みし、自棄を起こして嫌がらせのような真似を隠れて続けていた。
この手の者達はどこにでも居るものなのだろう。
そんな彼等の元に、カウンターで酒を飲んでいた一人の男が近づいて行く。
黒いローブの魔導士であった。
「中々、面白い話をしていますね。強い武器があれば強くなれると思っているのですか? 笑わせてくれます」
「あんだと?! てめぇ、俺等に喧嘩売っているのか!」
「魔導士程度に負ける傭兵など、私の敵では無いですよ。まぁ、笑わせてくれたので此方も面白い話を教えてあげましょう」
「あぁ~ん? テメェだって魔導士じゃねぇか。それに面白れぇ話だぁ~?」
「その前にお聞きしますが、あなた達は今よりも強くなりたいですか? それに答えてくれたら強くなる方法を教えましょう。他の連中よりも強くなれる方法をね」
傭兵達が互いに顔を見合わせる。
今朝がた会った魔導士も胡散臭い格好であったが、こちらは身形の良い分だけに別の意味で胡散臭い。
しかも室内だと言うのに目深にローブのフードを被っている。
話を横から聞いただけで情報を寄越すなど、怪しいにも程がある。
「あぁ! ただ話すだけではいけませんね。対価を戴かなくては…と言っても金など持ち合わせていないようですし、酒一杯で手を打ちましょう。
先ほどの笑い話も含めて、それでお題は結構ですよ?」
「てめぇ、単に俺達から酒を奢らせたいだけじゃねぇのか?」
「失礼な。単に私が必要の無い物だから、お譲りして差し上げようとしただけなのですがね。別にの他の方に差し上げても良いのですよ? 意外に高く買ってくれるかもしれませんし」
傭兵達は再び顔を見合わせる。
目の前の魔導士は必要の無い物を押し付けようとしているようだが、それが何なのかは分からない。
だが、今よりも強くなれれば、大金を稼げる可能性も出て来るのだ。
彼等は姑息ではあるが、悪質な真似をする以上はそれだけ警戒心は強かった…筈なのだが、酔っていた勢いもあり深く考えずにこの話に乗ってしまう。
「まずはどんな物なかを見せて貰わけりゃ、俺達は納得しねぇぞ?」
「そうですね。現物はこれです」
虚空から突然に物を取り出した魔導士に、傭兵達は驚く。
そんな彼等を無視しテーブルに置かれたのは、くすんだ黒い石が填め込まれたアミュレットであった。
「さて、現物は見せましたよ? 今度はそちらが酒を奢ってください。あぁ、言っておきますが、それは持っているだけでは意味がありません。使い方はまだ秘密です」
「チッ、おい! この魔導士にエール酒を持って来い!!」
男がそう叫ぶと、しばらくしてからガタイの良いおばちゃんがエール酒を木製ジョッキに入れて、テーブルの上に乱暴に置いた。
いや、力任せに叩き落したと言うのが正解かも知れない。
衝撃でテーブルが揺れ動く。しかし、ジョッキのエール酒は一滴たりとも零れなかった。
「……あんな態度で、良く営業が続けられますね?」
「それが俺達も謎な所だ」
「飯が美味いからな。態度は最悪だが……」
「未だに独身らしいぞ?」
「俺、あのおばさんに押し倒されそうになった事があるぞ……全裸で…怖かった」
「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」
同情と哀れみの籠った目が一人の男に集中する。
彼は今にも泣きそうなほどに、恐怖に怯えていた。
かなり恰幅の良い、狐目のギネス級肥満体のおばちゃんである。
歩くたびに床が軋んでいるのだが、体重はいったいどれ程あるのか気になるところだ。
正直に言って、襲われたくない。
「ま、まぁ、こいつの事はどうでも良いんだ。で?コレはどうやって使う」
「いやぁ~、人に奢ってもらう酒は美味しいですね。あぁ、ソレの使い方ですか? 単に身体に身に着けて魔力を流せば力を与えてくれますよ?」
「試してみても良いか?」
「どうぞ? 私には必要がありませんので」
男はアミュレットを手に握り絞め、なけなしの魔力を流し込む。
――ドクン!
すると、まるで今までとは違う高揚感と同時に、体に湧きだす力の奔流を感じた。
身体が熱くなり、力が漲って来るようである。
「ハハハ、こいつはスゲェ、力が溢れてくんぞ!」
「マジかよ……俺も欲しいぜ」
「ありますよ? 後、三つ程ですが……」
「「「それを俺達にくれ!!」」」
男達は魔導士に詰め寄る。
さすがに男共の顔面ドアップを間近で見るのに引いたのか、引き攣った笑みを浮かべながら魔導士は同じアミュレットを三人に手渡した。
「おっと、そろそろ時間ですね。私は仕事があるのでこの辺で失礼します」
「おい、もう行くのかよ。礼はまだしてねぇぜ?」
「仕事ですからね。遅れると上司が五月蠅いのですよ」
「大変だな、魔導士も……」
「全くです。縁があればまたお会いしましょう」
「その時までにしっかり稼いでおくぜ」
「……その時があれば良いですけどね」
傭兵達を残し、魔導士は酒場から出て行った。
其の後、残された男達はこの酒場で朝まで馬鹿騒ぎを続けるのである。
・
・
・
酒場から出た魔導士は近くの建物の影の路地に入ると、そこに待機していた数人の男達と合流する。
「首尾は?」
「まぁ、上手く行きましたがね。後はそちらの仕事ですよ?」
「奴らも哀れだな。まさか人体実験の被験者にされているとは思わんだろ」
「ゴミが結果を出してくれますから、後は寝て待たせて貰いましょう」
「貴様にも仕事が残されているのだがな」
「あなた方の報告次第ですね。良い報告を聞かせてくださいよ? あなた達の国の為にね」
魔導士は路地裏を気軽な後取で進んで行く。
まるで男達の存在など、どうでも良い様である。
数人の男達は互いに無言で頷くと、まるで存在を掻き消すかのように姿が消えて行った。
「どう転ぼうと俺には関係ないけどな……」
魔導士は酷薄な笑みを浮かべ静かにそう呟くと、闇の中へと消える。
後はただ、静寂だけが路地裏を包み込んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゼロスがサントールの街に戻ってきた頃には、既に朝日が昇っている時間帯であった。
爽やかな朝の筈であるのに対し、彼は別の方向で異常なまでに昂っていた。
(まず作るのは乾燥機だな、それから脱穀機、続いて冷蔵庫、あぁ…アレもあったか。
変魔種はあるから、後は形を設定する遺伝子情報と……人口卵子を作るのに他の種族が適任だろうか?
ドワーフ…ビア樽体型にロリ、倫理的に却下ですね。獣人は……がさつになりそうですしこれも却下、となるとハイ・エルフの遺伝子情報が欲しい所です。女性なら良いのですが、こればかりは作ってみないと分かりませんし、確率は二分の一。
畑の管理を手伝ってもらう人手が欲しいですからねぇ~。人型が良いでしょうし、汎用性が高いのが魅力ですが、逆に言えばそれ以外は何も特化した物が無いと言うのが残念。
まぁ、ホムンクルスは気長に作るとして、先ずは米がどれほどの時間で実るかが問題ですね。
元が雑草である事から、この二日目でかなり成長している筈ですし、そもそも一年の間に七度も収穫が出来るって…考えてみたら飢える事が無いんじゃないか? この国……。
米を主食にしなさいよ。それより酒、麹を作らないと酒が作れんし、味噌も醤油も作れなくなる。
日本酒を、我に日本酒をお与えください。八百万の神々よ! この世界の神々には頼まん。
奴らは元の世界の神の苦情で僕達を転生させましたが、それ以外のアフターケアが全くないのが気に入らない。子供じゃないんですからチートで喜ぶわけ無いじゃないですか、人生を奪っておきながら転生させて後は知らん顔など、どこかの政治家が汚職をしておきながらも、『全く身に覚えもありません』などとほざくのと同じじゃないですか!
……あれ、僕は何を考えていたんでしたっけ?)
そして、頭の中は愉快な状況になっていた。
彼の頭の中は、日本酒の事が離れない様である。
「なんにしても、機材を揃えるのが最優先ですね。でなければ酒が……」
ゼロスの優先度は日本酒だった。
一晩かけて街道を走り抜けてきた所為か、少しばかり思考がおかしい。
そんな彼を見て、街門に待機している若い衛兵が不審な顔をしている。
見た目からして胡散臭いおっさんが、街の門の前でブツブツと独り言を呟いているのだから、不審に思われても仕方が無い。
門を潜らずに手前でうろうろしていれば、あやしまれても当然とも言える。
やがて数人連れで衛兵達がゼロスに向かって歩いて来た。
「そこの魔導士、少し詰め所まで来て話を聞こうか」
「えっ? 僕……ですかね?」
「あんた以外に他に人がいるか? 街の前で不審な行動をして、あやしい奴め」
「あやしいと言われましてもねぇ…。見た目がコレですから、充分にあやしいでしょう」
傍目には充分に不審者に映った様だ。
それは自分自身も自覚している。
「見た目もそうだが、行動が不審なんだよ! 良いからちょっと来い!!」
「ちょ、待って、話せばわかります!」
「その話を聞かせて貰うんだ。良いからキリキリと歩け!!」
「あっ、朝食は出ますかね? アーハンの村から夜通し走り抜けて来たので、今は凄く空腹なんですよ」
「おっさん、意外に図々しいな!?」
こうしてゼロスは衛兵にドナドナされて行った。
釈放されたのはそれから三時間後の事である。
冤罪を理由に、しっかりと朝食を御馳走して貰った事は言うまでもない。
◇ ◇ ◇ ◇
帰宅の途中で、ゼロスは魔石を売るべく魔導具店へと足を運んだ。
一度だけ来た程度なのだが、店の外観がやけにファンシーに様変わりし、正直入るのに躊躇する。
「この間はホラー色が強い、おどろおどろしい外観だったのに……。何があったんだ?」
嘗ての魔女の住処のような外観は一転して、まるでどこかの喫茶店の様な、少しツッコんでメイド喫茶のような雰囲気にビフォーアフターしていた。
胡散臭い風体のゼロスが躊躇いながらも中に入ろうとすると、ドアからやけにフリルの多いメイド服を着た店員が顔を出す。
丸い大き目のレンズが特徴的な、メガネをかけた失礼な店員。クーティーであった。
「あっ、この間の……誰でしたっけ?」
「別に名前を教えるほどの常連では無いのですが? それより、この外観は一体……」
「店長の気まぐれですよ。『これからは、客のニーズに合わせて店の雰囲気を変えるべきだ』と言いだしましてぇ~」
「気付くのが遅い。それに変わり過ぎでしょ……前の面影が全くないじゃないですか」
「ハンバ土木工業の方達が頑張ってくれましたから」
ゼロスの脳裏に、良い笑顔でサムズアップをキメるドワーフの職人、ナグリの姿が浮かんだ。
彼等の仕事は早い。そして正確に工事完了期日を守るのだ。
そして次の日、或いはその日の内に、よりHOTな現場へと向かうのである。
彼等は現場主義者なのだ。
「次の仕事と言っていましたが、ここの事だったのか……」
「ところで、今日は何の御用ですか? ウチは盗んだ魔石は買い取りませんよ?」
「まだ言いますか……。何が何でも泥棒に仕立てたいようですね?」
「ハイ! それは是非とも」
良い笑顔で、とんでもない事を客に押し付ける店員、クーティー。
いつまでも相手にしていると、何らかの冤罪を掛けられ兼ねないのでスルーする事にした。
「店長はいますか?」
「いますが、昨夜は遅くまで帳簿とにらめっこしてましたからね。カウンターで寝てるんじゃないですか?」
「……今、店から出てきましたよね。見なかったのですか?」
「見ましたよ? 涎を垂らしてオネムでしたぁ~」
間の伸びた口調で語るクーティー。
会話が成立している様で、わずかにズレが生じている。
「まぁ、魔石を買い取ってくれるなら良いんですけどね。予想以上に大量に手に入りましたので」
「また、どこからか盗んで来たんですね? 自首してください!」
「よし、店長に報告しておきましょう。この店員をクビにする様に……」
「店長、お客様ですよぉ~!」
何事も無かったかのように切り替え、即座に店に入り店長のベラドンナに報告する。
ゼロスは疲れた表情で中に入ると、店の中もファンシーであった。
おっさんには頭の痛くなるような店の様相である。
所々に飾られたぬいぐるみや、レースの付いたカーテン。
造花ではあるが花も活けてあり、乙女チック率がハンパでは無い。
以前は店の中だけは普通であったのに、今は店の外観と同じピンク色である。
「店長~起きてくださぁ~い。お客さんですよぉ~……キャンディーさぁ~ん」
「誰っ!? 今、私の本名を呼んだのは!! 私の名は【ベラドンナ】よ、魂の名前なのよぉ!!」
毒草が魂の名前なのはともかく、どうやら店長は名前にコンプレックスがあるようで、偽名で店を経営しているようであった。
見た目が高級娼婦のような外見の魔導士なのに、名前がやけに可愛らしい。
ある意味では、今の店にマッチしていると言えるだろう。
彼女の見た目以外での話だが。
「店長、お客さんですよ? この間の泥棒さんです」
「まだ言いますかね、いい加減にクビにしませんか? この店員」
「あら、いらっしゃい。久しぶりね? しばらく来なかったみたいだけど、どうしたの?」
「店長、その言い方だと【夜の蝶】みたいですよぉ~?」
「【夜の蝶】なんて言い方は嫌いだわ。それって、ただの蛾でしょう? 鱗粉を撒き散らすように香水を振り撒いてる毒婦。私はそんな事はしないわよ」
ゼロスは内心で『いえ、貴女は充分に【夜の蝶】ですよ』等と口が裂けても言えない。
何故なら、店長がもの凄い形相でこちらを睨んでいたからである。
意外に勘が鋭い。
「また魔石の買い取りかしら?」
「えぇ。ただ、後から知り合いも持ち込みそうでして、魔石の価値が下落しない程度に売りたいのですがねぇ」
「どれだけの魔物を倒して来たのよ。正直、聞くのが怖いわ」
「すみませんが、そちらで数を調整してくれませんか? 魔石はワームと蜘蛛が殆どですから」
「アーハンの鉱山へ行ってきたの? そうね……ワームは十五個で、蜘蛛が二十個でどう?」
意外に買い取り個数が少なかった。
魔石だけでも軽く十倍は持っているので、使い道が無くて困っているのが現状であった。
ステータスの表示一覧に何故か【自動回収】のコマンドが表示されており、倒した魔物の魔石をすべて回収していたのだ。
自分のステータスがゲーム時の機能をそのまま残していたのである。
それがスキルとなって勝手に魔石の回収作業を行っていた。
その事に気付いたのは、衛兵の詰め所で拘置されていた時である。
「良いでしょう。商談は成立です」
「あら? まだ金額は言ってないわよ」
「その辺りは信頼しますよ。買ってくれるだけでもありがたいですからね」
ゼロスは金に執着はしていない。
執着しているのは酒である。
その為か魔導具店の店長の良い値で魔石を売り、わずかな金を手に入れたのだった。
その後、露店で具材の入った揚げパンを購入し、行き付けの煙草店に入り紙煙草を買ってから帰路に就く。
「あ~……携帯灰皿も必要ですねぇ。基本的なモラルを忘れるとは…不覚」
今更ながらに咥え煙草で歩き回り、吸殻をポイ捨てしていた事実に気付いた。
おっさんはモラルを忘れていた。
エチケットを守れない大人は最低だが、それでもタバコが止められない。
◇ ◇ ◇ ◇
街をぶらつきながらも旧市街に入り、ちょうど協会の前に差し掛かった。
ゼロスの家は、教会の横に新たに舗装された細道を進む先にあるので、教会裏手の畑を覗き見る形になる。
―――シヌゥウウウッ、シンデシマ…ゴハァ!!
そこでは子供達が今日も元気にマンドラゴラを引き抜いていた。
マンドラゴラも景気良く絶叫を上げている。
どんな非常識な事にも人間は慣れるものであり、既に子供達やルーセリスも収穫するのに精神的なダメージを追わなくなっていた。
まぁ、子供達にいたっては最初から何ともなかったようだが、子供なだけに流石に飽きが来たのか面白半分に引き抜く事とはしていない。
人として大切な物を失ったような気がして来るのは、何故なのであろうか。
「あっ、おっちゃんだ!」
「おぉ~い、おっちゃん!」
「お土産は無いの?」
「肉くれよぉ~、にくぅ~~っ」
ゼロスの姿を発見し、走りながら此方へ向かってくる子供達。
基本的にお土産が目当てであった。
「ありますよ。お土産の揚げパンです」
「わぁ~~い、ありがとう。おっちゃん」
「サンキュー、おっちゃん。早く食おうぜ」
「ダンケ、おっちゃん」
「はぁはぁ…肉…肉だぁ~~。へ、へへへ……これでしばらくは耐えられる」
紙袋を手に取ると、元気良く教会に向かって駆けだして行く。
どうでも良いが、最後の子は何処でこんな言葉を覚えて来るのか甚だ疑問である。
近くにヤバイ症状の大人がいるのであろうか?
「こらっ、失礼でしょ! すみません、ゼロスさん。それと、お帰りなさい」
何気ない言葉に、ゼロスは一瞬だが言葉が出なくなる。
「どうしました?」
「いえ、何か良いですね。誰かに『お帰りなさい』と言って貰えるのは…。ただいま帰りました、ルーセリスさん。御心配をおかけしたのなら恐縮です」
一人暮らしの長かったおっさんには、何気ない挨拶が凄く嬉しかった。
「挨拶は基本ですし、知っている方の心配をするのは当たり前の事だと思いますが?」
「その当たり前の事が、人によっては心にくる場合があるんですよ。特に僕の様な独り者にはね」
元の世界でも、自宅に帰って来ても『お帰り』と言ってくれる者はいなかった。
暗い家に自分で電気をつけ、風呂と食事を準備してからテレビを見る。そんな毎日だったのである。
気分の乗らない時は一日中何もしない日々もあったが、それでも誰かが傍にいてくれれば孤独感を感じる事は無かっただろう。
オンラインゲームをしていたのは趣味だが、それが日常になるのは孤独感が大いに影響を与えていた。
「この程度の事でしたら、いつでも声をお掛けしますよ」
「それだと、勘違いしてしまいそうですよ。特に、ルーセリスさんのような美人に声を掛けて頂いたなら、僕は舞い上がってしまいそうです」
「またそんな事を……揶揄っていますか?」
「いえいえ、わりと本気ですよ。さて、長々と話し込んでいても作業の邪魔になりますし、帰ってから色々準備しないといけませんので、これで失礼させてもらいます」
「お疲れ様です。何かあったらいつでも声を掛けてくださいね、ご近所なのですから」
「何かあれば、有り難くそうさせてもらいますよ」
どこか足取りが軽いゼロスの背を見送るルーセリス。
年長者とは言え、ゼロスの事を気になる彼女は静かに安堵の息を吐いた。
「良かった、本当に無事に帰って来てくれて……」
「シスター、それは恋だよ」
「まだ認めないの? 強情だなぁ~」
「いい加減に素直になって、殺っちゃいなよ」
「殺してどうすんの? 肉にするの?」
いつの間にか傍に戻っていた子供達がルーセリスに助言(?)を与えて来る。
「あなた達、何処でそんな言葉を覚えて来るの…? …この間までは普通だったのに」
「近所のおじさん」
「路地裏の兄ちゃん」
「酒場のマスター」
「ひきこもりの根暗兄貴と、たまに兄ちゃんから何かを買う痩せたおっさん」
旧市街は教育環境の悪い場所であった。
この日から、ルーセリスは子供達の教育に頭を悩ます事になる。
環境改善しようにも、周りの環境が悪すぎた。
それ以上に、子供達の環境適応能力が逞し過ぎたのである。
子供達の将来がどうなるかは、今後の彼女の教育に掛かっているのであった。
書いていて、なにか納得いかないモヤモヤした物があります。
色々と修正はしているのですが、誤字脱字いまだに消えない。
次はツヴェイトの話をと考えていますが、先に農機具を作らせた方が良いのだろうか?
それより、ハーレム状態になるのか?この話。
キーワードから消した方が良いような……。
ジャンルがコメディーに入るのだろうか?
それ以前に構成を見直した方が……色々と悩んでいるこの頃です。
この様な話ですが、楽しんで頂ければ幸いです。
さて、修正箇所を探しますか……目が疲れる。視力が落ちませんかね?