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 おっさん、テンションが上がる

 広大な広さを誇る地下空間に、甲高くも一定した金属音が響き渡る。

 壁に鶴嘴を振るい、崩れた個所から零れ落ちた金属を拾うと、ゼロスは満足そうに笑みを浮かべた。


 完全なチート能力は頼んでもいないのに金属の在りかを感知し、仕方なくそこ掘れば面白いように鉱石を発掘できてしまい上機嫌。

 広範囲殲滅魔法【煉獄炎焦滅陣】の熱量で金属が融解し、鉱石に含まれていた比重の重い金属が同種の金属同士で結合していたので、珍しい物を含め大量に確保できていた。

 それを錬成する事でインゴットを作り出し、片っ端からインベントリーに収納していく。


「おっ? ヒヒイロガネだ。こんな所でも採掘できるのですか、良い鉱山ですねぇ…クフフフ」

「何で僕まで採掘を……あっ、変な粘土質の塊が…」

「それはオリハルコンでね。実に運が良いですよ、ハハハハ!」

「ハァ?!」


 上機嫌で採掘作業に勤しむゼロス。

 ときに魔法で爆破する事により壁を崩壊させ、上質な物を選んでいる。

 目的は乾燥機付きのサイロと冷蔵庫、そして足踏み式脱穀機だが必要以上に採掘出来た所為か、これなら風呂釜も作れそうだと野望に燃える。


「いやぁ~出ること出ること、笑いが止まりませんね。Haーhahahaha!」

「なんか人種が変わってませんか? それよりこれがオリハルコンて、聞いてますか?!」

「米を…僕はこの手に米を取り戻す。待っていろ、酒・醤油・味噌・味醂・そして酒、この手に文化を取り戻すのだぁ~っ!!うひゃははははははははは!!」

「何故、それ程までにテンションが高いのですかっ?! それにお酒って二回言いましたよ、大事な事なのですか?!」


 日本酒好きのおっさんには大事な事である。

 振るう鶴嘴は小気味の良い音を立てて溶岩石を破砕し、周囲に破片を飛ばしながら岩盤を掘り進む。

 その採掘速度は恐ろしく速く的確で、彼は鉱夫としてもやって行けるであろう。

 しかも一番の稼ぎ頭になる事は間違いない。


 念願の採掘が叶い、一歩でも日本に近づいた事が彼の頭を愉快な状況にしていた。

 外国に行って日本の料理が恋しくなる様に、帰れないゼロスは故郷の味を追い求めている。

 それはもう、テンションが異様に上がるほどにである。


 この馬鹿みたいに上がったテンションはしばらく続き、彼が満足するまで採掘場に変な笑い声が響き渡っていた。

 

 今の彼には誰の声も届かない。

 そして彼は多くの鉱物を大量に手に入れるのであった。


 使い切れない程に……。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「いや、お恥ずかしい。年甲斐も無く熱くなってしまいまして」

「いえ、別に構いませんけど…早くここから移動しませんか? また魔物が出たら…」

「僕の魔法の巻き添えを食うかも知れないと?」

「そう。……じゃなくて、僕はレベルが低くて魔物と戦うほどじゃないんですよ!」

「今、何気に本音が出ましたよね。まぁ良いですけど…」


 ワームの群れを殲滅した後、しつこくゼロスの事を聞きたがるクリスティンを適当にあしらっていた時に偶然発見した鉱床で、採掘中に恥ずかしいほどテンションを上げまくってしまった。

 

 それはともかくとして、本来はクリスティンを救助しに来たわけであるが、見る限りでは今いる場所は最下層に思える。

 上階層から一気に最下層へ落とされるなど先ずは無いのだが、若いダンジョンでは環境維持のための魔力を集める為に生贄を求め、こうした罠が在るようである。

 ダンジョンに意思は無いが、この様に罠を張るよな変化をする以上、何かシステム的な物が構築されているのだろう。

 何故かは原因が判明されておらず、未だに謎が多いのである。

 

 だが、この世界では当たり前として受け入れられていた。

 一般人は誰も不思議に思わず、何故この様な現象が引き起こされるのかを疑問視し、原因究明を考えるのは頭の固い学者達だけである。


「それにしても、あの広大な砂地が今では火山のようですね」

「思ってた以上に威力が大きかったですねぇ。以前は、もう少し規模が小さかったのですが……」


 デジタル世界のエフェクト画像と現実世界との差である。


 それ以前に、この場に蠢いていたワームはゼロスより遥かに弱い。

 そんな相手に過剰なまでの火力で焼却したのだ、【殲滅者】の二つ名はダテでは無い。

 ゲーム時代の癖なのか、周囲に大量の敵を発見次第、即座に高威力の魔法を撃ち込んでしまう様だ。

 しかも無詠唱なので必要なのは魔力だけである。


「見たところ、魔法式そのものを撃ち込んだようですが、どんな原理なのですか。普通の魔法とは明らかに違いますよ!」

「でしょうねぇ~…。だからこそ危険な魔法なのですが、まさかここまでの威力とは……」


【煉獄炎焦滅陣】は高密度の魔法式で構築された魔法である。

 本来はこの魔法式を脳内で処理し、現象を引き起こす為の魔法陣を展開する。

 しかし、この魔法は魔法式の全てを砲弾として複写し撃ち込むのだ。


 0と1から構築された高密度の魔法式は、およそ人間の脳内では処理できるような高速処理をする必要があるのだが、人の脳内で高速処理など先ず不可能である。ならばその魔法式を処理するプログラムを内包させ、砲弾として使えば良いのではと考えたのが、このタチの悪い破壊魔法が誕生した切っ掛けであった。 

 熱源を探知し軌道修正をする、ホーミングミサイルと似たような原理である。


 魔法式を圧縮した魔法式弾に起爆剤となる必要な魔力を込めて撃ち出すと、視認目標地点でその魔法式を展開し、高速処理プログラムが定められた魔法式を展開させつつ周囲から魔力を吸収。その魔力が莫大な破壊力に変換され物理現象として顕在化する。

 魔法式の中で高密度情報を高速処理が出来るのなら、魔法式を脳内で解読処理をする必要は無い。


 イストール魔法学院で研究されている広範囲殲滅魔法は、膨大な魔法式を一人の人間が処理する事を想定して作られているが、そもそも高速で循環する魔法式を読み取り物理現象に転化するなど人の脳では処理する事など不可能に近く、人間にその負荷は耐えられるものでは無い。

 仮に完成していたとしても、威力を確かめる為の実証実験段階で術者の脳組織が破壊され、死亡する事になるだろう。


 元の世界で、ゲーム時にこの魔法を作った時に激しい頭痛に襲われ、ゲーム筐体の安全装置が働き強制的に中断されたほどである。

 下手をすれば廃人になっていたかもしれない危険な行為であった。


(考えてみれば、筐体を含めてあのゲームの技術はおかしい。まるで、デジタル空間に別の異なる世界を構築されたかのように、精緻なまでの物理法則が再現設定されていた。

 あれ程のプログラムを処理できるマスターシステムは誰が作ったのでしょうかねぇ? この世界をモデルに構築されたとしか言いようの無い環境、物理法則や量子理論の法則にしても細部まで恐ろしく構築されていたし、何よりもアレを見て誰も違和感を覚えなかった。

 そんな事があり得るのでしょうか? あのゲームはある意味で革命的で、世界の在り様を根底から覆す大発明と言っても良い。まぁ、今更確かめようが無いのが残念ですが…)


 この世界に来て初めて、自分が遊んでいたオンラインゲームの異常性に気付いた。

 マスタ-システムの中枢である高速処理コンピューター通称【BABEL】は、元は国防総省が作り上げた国家防衛の為の情報管制システムであった。

 悪質化するネット犯罪や外部から来る不正アクセスに対し、個人や国家の機密情報を守るために作られたのだが途中で予算面の問題が上がり計画は頓挫し、このシステムは維持できずに民間の会社に買い取られる形となった。

 その会社が大々的に発表したのが、オンラインゲーム【ソード・アンド・ソーサリス】である。


 安易なネーミングではあったが、市販の専用筐体でアクセスする事により広大な電脳空間で自由に冒険が出来ただけでなく、一般で売られる家庭ゲームも筐体で使用できる事でシェアを拡大していた。

 まるでこのゲームを異様さを隠蔽するかのような、そんな別の意思すら感じ取れたのだ。


(なぜ、今になってこんな事を考えるんだ? これはおかしい。まるで世界自体があのゲームの存在を不審に思わないように制御されていたかのような、……まさか、ねぇ…)


 元の世界では感じなかった違和感に、ゼロスは異常なまでの不安感を覚えた。

 彼の表情は次第に険しくなり、思考の中へと意識が埋没していくかのように考えが止まらない。

 改めて知る元の世界の異常な現実。


「…さん。……ゼロスさん!」

「ハッ! な、どうかしましたか?」

「それは僕のセリフです。そろそろこの場から離れませんかと言っていたのに、凄く怖い顔で考え込んでいましたよ。いったい、どうしたんですか?」


 我に返れば、そこは溶解した岩場の世界。

 そこで自分の今の状況を思い出した。


「おっと、そうでしたね。採掘も終わりましたし、そろそろ上へ戻りましょう」

「それは良いのですけど、僕が足手纏いになるんじゃないでしょうか?」

「足手纏い? なぜ?」

「僕は……弱いですから」


 俯くクリスティンに対し、ゼロスは困ったかのようにボサボサの髪を掻く。

 ここが最下層であると、上に行くにつれ魔物も増える形となる。

 彼女の実力ではこの階層を進む事は危険であった。


 少し思案した時に何気なく見上げた天上の先には、崩落して現れた別の階層が目に留まる。


「少しは楽が出来ますよ。あそこを通ればですがねぇ」

「えっ? ですが、あんな高さまでどうすれば……」


 ゼロスが指を指した天井には別の階層の通路が見える。

 つまりは……。


「ま、まさか…空を飛んで…」

「それ以外にありますか?」

「ぼ、僕はさっき、断崖から落下したんですけど……?」

「しっかり捕まってくれれば大丈夫ですよ。なぁ~に、天井を見ていれば直ぐですって」


 崖から落ちた彼女は、高所が若干トラウマとなっていた。

 顔も僅かに引き攣っており、飛行魔法で飛ぶ事に難色を示している。


「君のお連れさんがここまで来れるとでも? この場はともかく、各階層には魔物がいますよ?」

「だ、だけど……あの高さは…」

「暴れなければ早く行けますよ。暴れなければ、ですけどね…」


 飛行魔法は物理法則に反する。

 自身の魔力で斥力場を発生させ、自然界の魔力で推進力を補うために魔力消費がかなり速い。

 しかも人一人分の体重を支えるのがやっとであり、そこに更に重量が加われば負担がそれだけ魔力消費に加算される。


「か、仮に上に着いたとして、僕じゃ戦力になりませんよ!」

「その時は、秘蔵の武器をお貸ししましょう。この辺りの魔物なら一撃ですよ。フフフ……」


 ゼロスが仲間と共に作り上げた魔改造の武器。

 大抵の雑魚は一撃で葬り、過剰なまでの破壊力を秘めている。

 ゼロスが使えば正に兵器であるが、クリスティンならそれなりの威力になる筈だと考えた。


「選択肢は……」

「ありません。こうしている間にも、お連れの騎士さん達が無茶な真似をしているんでしょうねぇ~。死んでいなければ良いのですが」

「うぅ~……」


 未だに決断の出来ない彼女は、天井見上げて逃げ腰である。

 仕方が無いのでゼロスは強引に彼女を抱え込む。


「ひょああああああああっ!?」

「『闇鳥の翼』」


 悲鳴を上げる彼女を無視し、高々と上空に飛び立った。

 しかも高速で……。


 悲鳴は最下層の広大な領域に響きわたり、おっさんは少女を抱えて高速で宙を上昇して行く。


 彼はただ、早く帰って道具製作をしたいだけであった。

 巻き込まれたクリスティンはあまりに不憫である。


 後に彼女は『空は怖い……もう、空は飛ばない…』と述懐する。

 おっさんは、高所に対してトラウマを持った彼女の心に負った傷を、更に広げただけなのであった。

 

 無自覚なだけに酷い話である。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 飛行魔法で上層階に辿り着いた二人は、そこから地上に向けて進みだす。

 魔物の大半はゼロスが蹴散らし、クリスティンは後をついて行くだけである。

 戦力にはならないと言っていたが、確かに彼女は弱かったのだ。


 そんな二人は現在岩場に開いた狭い空間で体を休めていた。

 幸いゼロスは薪をインベントリーに保管しており、それに火をつけて焚火をしている。

 少し遅い昼食の準備である。


「ふむ。ところで、クリスティンさんは魔法は使わないのですか?」


 こう切り出したゼロスに対し、彼女は俯きながら言葉を紡ぎ出す。


「僕は、魔法が使えないんです。適性が無いらしくて、魔法式は覚えられるのですが発動が出来ないんですよ」

「なるほど。仮に魔法が使えたとして、覚えてみたいですか?」

「出来る事なら覚えたいですけど、無理です。魔導士の方達が皆そう仰っていましたから」


 煙草の煙をふかしながら、ゼロスはインベントリーから数枚の魔法紙を取り出す。

 どれも魔法学院で使われている教本を改修した物で、セレスティーナ達が覚えた魔法スクロールだ。

 販売の話を持ちかけられ試験的に作った試作の魔法スクロールであったが、このスクロールには魔法消去術式は組み込まれておらず誰にでも使用が可能な物である。


「これは?」

「おそらくですが、この魔法なら貴女にも使えますよ?」

「けど…僕は適性が……」

「今は生きるか死ぬかの瀬戸際です。出来る事なら、やっておいて損にはならないのでは?」

「うっ……確かにそうですね。では、やってみます」


 言われるがままにスクロールに魔力を流し、魔法式を展開して脳裏に刻み込む。

 それが完了し、彼女は呟くように呪文を唱えた。


「『燃えよ灯火、我が道を照らせ。トーチ』」


 すると、彼女に掌に小さく燃える炎が灯るのを見た。

 クリスティンは目を見開いて驚愕する。


「ぜ、ゼロスさん! この魔法は、前に覚えた魔法式みたいに体にかかる倦怠感がありません!」

「それは良かった。あっ、スクロールは返してください。それが広まるのは今は拙い物でして」

「魔法が使えた…。僕が……」

「教え子に貴方と同じ体質の子がいましてね。その魔法は古い時代の物と限りなく近い物であると思ってください」


 騎士の家系であるクリスティンは、魔法自体にはさほど拘り様な物は無い。

 だが、魔法が使える事により、彼女の選択肢の幅は広いものへと変わって行く。

 今はまだ、その事に気付いてはいないが……。


「あの、良いのですか? この魔法はゼロスさんのオリジナルですよね?」

「いえ、魔法学院の物を適当に改良した物なので、好きにしてくれて良いですよ。貴女に何かがあれば、僕があの騎士達に何されるか分かりませんからねぇ~。いや、マジで…」


 騎士達はクリスティンを探すために下層を下りて来るのは間違いない。

 そんな彼らと合流した時、彼女が怪我でもしていたら困るのだ。

 厄介事は出来るだけ少ない方が良いと考えていた。


 クリスティンは複数の魔法を急いで覚えようとする。


「あの、気にはなっていたのですが、そのお肉は一体何のお肉なのですか?」


 串に刺した肉を火で炙っていたゼロスに、彼女は疑問に思っていた事を口にする。

 ゼロスはいつの間にか数本の串肉を火に炙り、周囲に香ばしい顔路を漂わせていた。


「さて? 肉が多すぎて何の肉だったかさっぱりですね。ですが安心してください、食べられますよ?」


 肉は火で炙られ、美味そうな油を滴らせている。

 そこに塩とわずかな香辛料を掛けてから再び火に炙り、焼けた串肉を彼女に手渡す。


 はしたないと思いつつも、口に溜まる唾を思わず飲み込む。

 そして、ゆっくりとその串肉に齧り付いた。

 熱い肉から甘みのある肉汁と柔らかな肉の感触が口の中で溶け、濃厚な味わいの広がりを見せる。


「お、美味しい…」


 その一言しか口にできない。

 最下層へ落ちてから何も食べておらず、空腹を満たすこの串肉が最高の御馳走に思えた。


「あ…マンティコアとワイヴァ―ン……デス・マンティスの肉だった」

「ブフッ! ゴホゴホッ!」


 口に入れた肉の味で、ゼロスは何の魔物であったかを思い出す。


 マンティコアとワイヴァ―ンの肉は最高級食材。

 貴族でもなかなか食べる事が叶わない幻の食材であるが、デス・マンティスに至っては未知の肉である。

 しかも、この世界でも昆虫で誰も食べようなどとは思わないばかりか、どの魔物も凶悪な力を持つ危険な生物で有名であった。

 簡単に手に入る代物では無い事は確かだろう。

 そして、デス・マンティスに至っては誰も食べた事が無いのも確かだろう。


 目の前のおっさん以外は……。


「な、何て物を食べさせるのですかっ!」

「何か、問題でも?」

「どれも高級食材じゃないですか! それと、デス・マンティスてっ?!」

「この白い肉がそうですね。甘みがあって美味しいでしょ?」


 確かに美味だった。

 彼女も肉の正体を知らなければ、この肉が最高に美味しいと思っていただろう。

 しかし、デス・マンティスは昆虫である。

 彼女からしてみればゲテモノを食べた事になるのだ。


「た、確かに美味しいですけど……」

「この分だと、ビック・スパイダーも美味しいかもしれませんね。一度くらいは試してみますか…」

「アレを食べるんですか? 正気とは思えません」

「魔物を食べるのですから、別におかしいとは思えませんよ? 死骸を食べているのには変わらないでしょうし」

「うっ……そうなのですが」

「美味しければ正義。この状況下で食べられる物がある事を幸運と思うべきだと思いますが?」


 彼はサバイバル生活で逞しく成長を遂げていた。

 主に野性的な方面でだが、世界が亡びても一人で生きて行けそうな勢いである。

 対するクリスティンは、手にした串肉が異様な物に映っている。


 その後、彼女はしばらく悩みながらも空腹には勝てず、結局はこの串肉を食べるのである。

 最後はおかわりをする程に―――美味しければ正義は本当の様である。



 昼食を済ませた後、二人は再び上を目指して歩き始めた。

 その途中、魔物と出くわすことになる。


「『ウォーアント』ですか、倒してみますか? 一匹ですし」

「ですが、アレのレベルは……」

「レベルは、103ですね。その武器なら大丈夫でしょう」


 ゼロスが指を差したのは、彼女に貸した青龍刀。

 

 ============================


 魔改造青龍刀 【三十八式青龍刀改】


 切断力を強化した凶悪な逸品。

 複数の超大型級の魔物の素材を絶妙なバランスで加え、鍛えた非常識な代物。

 触れただけで鋼を両断する切味で、素手で触れば危険。

 

 特殊効果


 身体強化 切断強化 斬撃強化

 一撃必殺 一刀両断 攻防一体


 ============================


(今回は攻撃力が出ませんね、担当が違うのでしょうか?)


 気まぐれで鑑定の内容も毎回異なるこの能力に、変な疑問を覚えていた。

 この世界の摂理は些か変な傾向があるようで、スキルを獲得する事自体が自然の摂理から逸脱している気がするのだ。

 誰かが管理しているとしか思えない節がある。


「取り敢えず動きを封じますので、その時に攻撃を加えてください」

「・・・わ、分かりました。頑張ってみます」


 クリスティンは少しネガティブが入っている。

 たて続けに危険な状況が続いたのだから無理も無いが、最大の原因が飛行魔法と串肉の所為である事をゼロスは知らない。

 彼女は鞘から青龍刀を引き抜くと、ウォーアントに向かって走り出した。


「プラズマ・バインド」


 気だるげに行使した単体封縛魔法により、ウォーアントは体に帯電した雷で麻痺し動きが止まる。

 そこにクリスティンが一気果敢に斬りかかる。


「てぇああああああああああああっ!」


 ―――ズバン!


 ウォーアントは、大きな頭部を胸部の中ほどから斬り落とされ、一撃で絶命した。

 魔改造武器は威力が大き過ぎたようである。


「えっ!? えぇえええっ!? 何ですか、この威力はっ!!」


 後付けスキルの【一撃必殺】と【一刀両断】によるものであった。

 これにより、魔改造武器は低レベルの初心者が使っても危険と判明されたのである。

 ゼロスが使えばどうなるかなど考えたくも無い威力だ。


「……この武器は危険すぎますね。脱出できたら封印してしまいましょう。ヤバイ……」

「この武器を…持っている自分が怖いのですが…。 コレ、僕がやったんですよね?」

「これからは武器を作るのは止めておきましょう。調子に乗ったらどんな危険物を生産してしまうか分かったものではありませんしねぇ。いやぁ~、怖い怖い」

「面白半分でこの様な非常識な威力の武器を作ったのですか?」

「今は反省しています。正直、やり過ぎましたよ」

  

 ゲーム内とは言え、自分が如何に凶悪な武器を作り出したのか、今更ながらに理解する。

 低レベルでも5倍のレベルを持つ強い魔物を一撃である。

 この武器の一振りで、世界の軍事バランスすら崩壊させるだろう。


 そして、強い魔物を倒せば当然レベルが上がる事になる。


「ひゃにゃああああああああああっ!?」


 急速なレベルアップは身体に負荷をかけ、レベルに開きがあれば適応化の痛みから意識を守るために強制的に眠りに着く。

 倦怠感で済むならまだ楽な方であり、下手すれば数日は目の覚まさない事がある。

 クリスティンは後者であった。


 痛みに耐えられなかった体が適応化が始まると同時に意識を遮断し、彼女はゆっくりと倒れて行く。

 それを慌てて支えるゼロス。

 クリスティンは結局、この坑道ダンジョンで意識を失う事となる。


「どれだけレベルの差があったのでしょうね?」


 彼女のレベルは20であった。

 それが今ではレベル81に上がっている。


 集団で戦うのと、個で戦うのでは経験値の分配は異なるようで、集団で戦った場合は経験値が分配され最適化の症状は限りなく抑えられるが、クリスティンの場合では一気に変化が始まる。

 現にファーフランの大深緑地帯では、騎士達を含め少しずつレベルが上がって行った。

 症状は倦怠感を引き起こした程度で済んだが、彼女の場合は今も激痛に苛まれているのだ。


 そうなると、彼女を運ぶのはゼロスの役割なのだが―――


「これでは、僕が誘拐犯に見えませんかね?」


 ――見た目が胡散臭い姿の彼では、世間から見れば少女を拉致する不審者に映るだろう。

 世間体が悪かった。


 しかもクリスティンは少年の姿に身をやつしている。

 これが示すところはかなりの不評を買う様な、一部の女性には人気のある光景が脳裏を過った。


 美少年を攫う怪しい風体のおっさん。体裁が悪すぎる。

 そんな噂が流れれば、自分は生きては行けないと顔を蒼褪めさせていた。


「どうしましょうかね。この状況……」


 選択肢は二つしか残されていない。

 進むか、それともこの場に留まるかである。


 結局はクリスティンを抱えて移動する事になった。

 世間体よりも人命を優先したのである。


 余談だが、彼女の胸は意外に大きかった。

 偶然にも知ってしまった事実に、ゼロスは色々な戸惑いを隠しながらも前へ進むのである。


 不名誉な悪名を覚悟して……。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「くそ、この蟻共が!!」

「焦るな、あの魔導士殿がクリスティン様の元へ向かったのだ! 無事である可能性が高い」

「そうは言うが、彼が現れた時からだいぶ時間が過ぎていたんだぞ! その間に万が一の事があれば、俺達は……」


 騎士達はジャイアント・アントの群れの前で移動を遮られていた。


 アリ達は巣を守るために騎士達を威嚇し、鋭い顎を擦り合せ鳴らしている。

 食料を得る必要が無いダンジョンでは繁殖こそが彼等の最重要目的となり、縄張り内に侵入した外敵を排除しようと攻撃的になる。

 方や種を守るため、方や仕えるべき主を取り戻すために戦っていた。


 鉱山の外では既に日が暮れているであろう。

 しかし、彼等はここを離れる訳には行かなかった。


「サイル! 左の蟻共を抑えてくれ!!」

「わかった! だが、長くは持たんぞ! イザードだけで大丈夫か?」

「コルサ、私と共に右の蟻を片付けるぞ! フォローを頼む」

「承知した」

「俺はサイルの援護に回る。ソクター、早めに倒してくれ!」


 彼等は二手に別れ、地形の狭い場所を利用してジャイアント・アントを倒すために剣を振るう。

 ジャイアント・アントはその巨体から狭い通路で引っかかり、そこを四人の騎士達が迎え撃つ。

 彼等は既に疲弊しているが、それでもクリスティンを救わねばならない。 


 亡き領主でもあるエドワルドに託され、彼等が絶対に守ると誓ったエルウェル家の後継者なのだから。

 彼等は全員が孤児で、亡きエドワルドに拾われなかったら、今頃は禄でも無い人間になっていた事だろうと自覚している。

 そこまで貧困の激しいスラムで生きていた彼等は、自分達を拾い育ててくれた恩を感じていた。

 だから事なき主の忘れ形見であるクリスティンのために命懸けなのである。


「あぁ~っ、いたよ! アリに群がられてる。おじさん達、援護するね。『アクア・ジェット』」


 後を追ってきたイリス達が合流し、戦局は大夫楽になる。


「まったく、少しは落ち着いて行動して欲しいねっ!」

「ゼロスさんがいるから大丈夫でしょ! それより前に集中しないと危ないわよ」


 ジャーネが大剣でジャイアント・アントを叩き斬り、レナが素早い動きで関節部を集中的に狙う。

 

「手を貸してくれるのか、ありがたい!」

「こうした事には助け合いだろ? 傭兵の常識だ」


 その常識が通じない者もいる。

 だが、イリス達はまともな傭兵であった。


「口を動かす前に手を動かして! 奥からまだ来るよ、『アイス・ブリザード』」


 マイナス三十度の冷気の嵐が、群がる巨大蟻達を凍てつかせて行く。

 それを砕くかのように、騎士とジャーネ達は吶喊し粉砕して行った。


「数が多い、どこまで増えるんだ」

「本当にここがダンジョンなら、魔物は無尽蔵に繁殖するぞ」

「考えたくは無いな。だが、我等は先に進まねばならない」


 騎士達は焦っていた。

 前方には群れを成す蟻の集団。

 進まねばクリスティンを助け出す事など出来ない。


「騎士さん達も落ち着いて。ほら、聞こえるでしょ?」

「何が聞こえるのだ?」

「待て、蟻共の様子がおかしい!」


 ジャイアント・アントが慌ただしげに周囲を警戒し出し、触角を忙し気に動かしては顎を鳴らして互いに意思を確認し出す。

 その光景はどう見ても焦っている様で、想定外の事態が起こっている事が分かる。


 ―――ドォオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 坑道を震撼させる様な轟音が壁に反響し響き渡った。

 同時に狭い行動で加速された旋風が彼等を吹き飛ばすかのように襲い掛かる。

 ジャイアント・アントは一斉に別の坑道へと逃げだし、騎士達の前から姿を消して行く。


「な、何が起きているんだ……」

「先ほどの鉱山の激震も原因が不明だ。まさか、崩れたりはしないであろうな?」

「嫌な事を言うなよ。俺達が逃げられねぇじゃねぇか!」

「おい、奥から誰かが……あの魔導士だ!!」


 粉塵の中をゆっくり歩いて来る、灰色ローブの胡散臭い中年の親父。

 その背には彼等が救うべき少女が背負われている。


「クリスティン様!」

「おや? 皆さんお揃いで。ところで、出口の道順は此方で良いのですかね? 適当に上を目指してきたのですが」

「それよりも、クリスティン様は無事なのかっ!!」

「大丈夫ですよ。少しレベルが上がって気絶しているだけですから」


 ゼロスはクリスティンを騎士達に預ける事で、ようやく一息が着いた。

 そんな彼の周囲では、レナとジャーネがジャイアント・アントを解体し、イリスがダンジョン吸収されて残ったジャイアント・アントの魔石を回収している。


 ダンジョンに吸収される前に素材を回収せねばならない為に、解体作業が時間との勝負なのは分かるのだが、誰もゼロスの心配をする者はいない。

 それどころか作業に没頭し、まるで空気扱いである。


 ちょっぴり寂しい中年のおっさんが疎外感を感じていた。

 チート親父は孤独であった。


 心に冷たい風を感じながら、おっさんは鉱山を出るのである。

 背後で楽しそうに話をする、三人の乙女達の声を聴きながら……。

 

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