払魔師、貰った呪符を使う
封魔浄化結界の効果は既に大型妖魔を防ぐほどの出力はなかった。
外部の妖魔たちは既に結界内に侵入し、身に纏う瘴気を削られながらも他の妖魔やサムライ達を襲い、人間の魂を取り込もうとする本能に突き動かされていた。
そう、この妖魔に理性はない。
ただ獲物を倒し、獲物を食らい、獲物を取り込み、獲物の力を得る。
結界の効果で自身の力が削ぎ落とされようと、生存本能のままに動いていた。
「……金気、水気を以て天雷となせ! 落雷招来!!」
「呪符、火気地走……火葬走り!!」
「グハッ……まだだ、まだ死ぬわけには………」
「シンザン!? 貴様ぁ、よくもぉ!!」
戦場は、食うか食われるか。
本能で動く妖魔も、徒党を組んで集中攻撃を加えてくる人間たちの猛攻に、その動きが第に緩慢なってきている。
だが、他の妖魔たちをあらかた食らい尽くした大型妖魔は、人間に対してようやく捕食行動に始め、状況は人間が大型妖魔を倒すのか、大型妖魔が人間を食らい尽くすかの競争に成り代わりつつある。
木・火・土・金・水・陰・陽と様々な属性の呪術が吹き荒れ、大型妖魔の魔力体を削り取ってはいるものの、それらの攻撃がどれほどの効果があるのか判断しにくい。
この妖魔には怨讐以外の感情がなく、特定の姿も持たない不定形で、多少弱体化したところで自身が消滅する寸前まで全力で動き続け、消滅するその時までただ殺しては食らの行動を行い続ける存在だった。
元となった人間の感情など存在せず、完全に魔に堕ちた存在なのだ。
無数の触手が蛇のごとく鎌首を上げ、鋭い牙が生え揃った円口を開き、負傷した人間に食らいつき音を立て貪る。
「させるかぁ!!」
「あの無貌の首を全て叩き斬れぇ、数を減らし続ければ弱体化する!!」
「落とした首は呪術師たちに任せろぉ、確実に焼き払ってくれるぞ!! 我らは本体を確実に倒すことに専念しろ!!」
サムライ達には触手が首に見えるのだろう。
ヤツメウナギのような円口類の口を持つゆえに、そう勘違いしたとしてもおかしいことではない。しかも今は乱戦状態で首か触手の区別などつけている暇もない。
その戦いの様子をアシヤとサエキは見ていた。
「これは、ギリギリ勝てるかどうかだな………」
「奴の妖気は削り取っていますが、食われた者達の命を取り込んで回復しているように見えますね。もう一度結界の効果を引き上げることができれば……」
「無理だろ。今は俺たちも結界の維持に専念しているような状況だ。ここで結界の力を引き上げたら、術者の殆どが動けなくなる」
「最後の最後で厄介な化け物が残ったものです」
「まったくだ………」
結界を維持していた部下の術者が魔力切れで倒れ、その穴埋めに入った二人であったが、想像以上に負担が大きい。
二人が温存していた魔力は徐々に消費され続けている。
もはや彼らに決め手となる武器は残されていない。
「か、【回気丹】をよこせ! まだ、我らが倒れるわけには………」
「無茶をするな、某が代わりに入る。今は休んでおれ」
「………ぅ……ぁあ………」
「霊力が尽きたぞ! 誰か、代わりに入ってくれ!!」
「私が…………いく」
「馬鹿野郎っ、今のお前が結界の維持に加われば死んじまうぞ!! 誰か、こいつを止めろぉ!!」
封魔浄化結界のおかげで均衡が保たれている状況だ。
ここで結界が解除されると巨大妖魔側に形勢は傾き、人類側が敗北を期すことになる。
ゆえに守る側も死物狂いになり自己犠牲覚悟で結界を守ろうとする。
それでも、巨大妖魔が滅びる兆しすら見えてこない。
地獄のような戦場で、また一人サムライの誰かが巨大妖魔に食われる。だが――。
「……た、ただでは死なねぇ…………てめぇも………道連れだぁ!!」
体が溶かされていく痛みの中で、そのサムライは手持ちの呪符を全て発動させた。
その効果は巨大妖魔の体内で炸裂し、サムライもろとも上方へ大きな穴を穿つ爆炎となって、天を貫くような火柱が立ち上る。
「み、見事な最後だ………我らも続くぞ!! 奴の心意気を無駄にするなぁ!!」
「「「「うおぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」
自爆――どこかのドワーフプレイヤーが見たら喜びそうな光景だ。
だが、実際の自爆はかなり凄惨で、砕け散った四肢は肉片となって周囲に散らばる。
それでも、この地を死地と覚悟したサムライ達が、呪符を手に突撃を敢行した。所謂特攻である。これには本能しかない巨大妖魔も戸惑った。
妖魔にして見れば目の前の生物は餌でしかない。
それなのに食らってみれば内側から爆発し、自分を苦しめる一撃を加えてくる。
少ない知性でそれを学んだ巨大妖魔は、集団で襲ってくる食えない餌に対し、過剰なまでの反応を見せるようになった。
サムライ達を薙ぎ払う方向に動き始めたのだ。
「クッ…………不味いですね。奴の体内で全ての呪符を使うのは効果的ではありましたが、逆に警戒心を持たせてしまいました。同じ手はもう使えません……」
「自滅覚悟……が、余計な知恵を与えちまったか……。うぐ、霊力がだいぶ吸われる。だが、ここで意識を失うわけにはいかん」
分家とはいえ呪術師の家系出身の二人は、部下の術者に比べて魔力が多い。
それでも著しく消耗していく。
集団による大規模結界術の発動は、維持する側にも相応の負担をかけ、容赦なく魔力を奪い続けている。その間にも一人、また一人と魔力枯渇で倒れていく呪術師の姿があった。
「やべぇな………このままでは、予想よりも早く結界が解除されるぞ」
「皆が疲弊していますし、正念場なのは分かっているのですが、精神的にきついですね」
「刹那の時間が百年くらいに感じるぜ……」
大型妖魔の瘴気を削るというのは、放出され続ける穢れた魔力を浄化し続けるということだ。浄化の呪術は瘴気と反発しあう魔力同士となるため、反作用で生じる負荷は術者に返ってくる。当然だが大型妖魔もこの負荷は受けるのだが、元より人間のような脳細胞や神経が存在していないため、反作用で生じたダメージに対して鈍感であった。
だが、人間にとってはそうもいかない。
受けた精神的なダメージは長時間の疲労と重なり、冷静な判断力を奪っていくのである。
「後は………頼んだ…………」
「死ぬなぁ、おい! 目を開けろぉ!! 奥さんと生まれたばかりのガキがいるんだろぉ!! こんなところで死ぬんじゃねぇ!!」
「野郎……食うことを捨てやがった」
「怯むな、ここで奴を倒さねば国が……家族が犠牲になる。刺し違えてでも止めるぞ!!」
「儂の死に様を見さらせぇええええええぇぇぇっ!!」
「親父ィ――――――――――っ!!」
捕食活動から攻撃重視に切り替えた巨大妖魔は手が付けられなかった。
今までは捕食しようとする隙を突いて攻撃を加えることができていたが、無差別攻撃ともなると近づくことすら難しく、サムライ達の負傷者が増えていく。
中には触手による強力な一撃の直撃を受け即死した者や、自爆特攻で戦死する者達も後を絶たない。
こうなると封魔浄化結界による弱体化よりも、先に討伐隊が瓦解しかねない勢いだ。
「もう駄目だ……お終いだ」
「こんな化け物に、どうやって勝てばいいんだ………」
「無力だ………呪家の者達がいれば少しは違ったのだろうが、今ここいる者達は秘術も使えない分家筋の者達……終わったな」
「呪符一枚の威力などたかが知れている……だが、全ての呪符を使用して捨て身の特攻を仕掛けても、犠牲者が出るばかりではないか」
「こんなことに、何の意味があるというんだ………」
呪術師たちは心が折られていた。
サムライ達に呪符を渡し、彼らが戦っているあいだ必死になって結界を維持し続け、それでも倒すに至らない最後の巨大な妖魔。
神への祈祷を捧げたところで、何の意味もない。
どうしようもない無力感と敗北感が心を蝕む。
「マズいですね。部下たちの間にも動揺が広がっています……」
「どうしようもねぇな………。こりゃぁ~、どう見ても負け戦だ。ついでに逃げられそうもねぇし、覚悟はしていたが………」
「彼らのように玉砕覚悟で奴の力を削ぎますか?」
「それしかねぇわな。たく、死ぬなら女房の膝枕の上で死にたかったぜ。色気のねぇ」
「そこは畳の上では?」
軽口を叩きながらも、彼らにはもう戦い続けられる余裕などないのは承知で、それでも最後まで足掻き続けようと立ち上がる。
結界の維持で魔力をだいぶ消耗しているが、それでも命懸けの最後の一撃くらいは放てる力を残してある。せめて、後にこの妖魔と戦う者達のため、巨大妖魔をできるだけ弱体化させる覚悟を決めた。
「もう結界を維持する必要はない! 我らはここで死ぬだろうが、後にあの化け物と戦う者達のための礎となろうぞ!! 各々方、覚悟を決めろ。どうせ奴から逃げられねぇのなら、最後にド派手な仇花を咲かせてやろうじゃねぇか!!」
「……アシヤ様」
「そうだ……ここで負ければ、我らはただの犬死に……」
「家族や民のため、ここで奮い立たねば男が廃る!」
「ありったけの霊力を込め、呪法を奴に叩き込み徹底的に追い込め!! 近くの街につく頃にはかなり弱り切るはずだ。皆のものぉ、死して護国を守る鬼となれぇ!! 大神宮で会おうぞ。いざ、参らん!!」
「「「「おぉおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」
――カッ!!
もはや跡がないと死を覚悟し、弱い心を無理矢理奮い立たせ玉砕することを選んだ男達。
温存しても意味がないと護符や呪具を手にし、いざ特攻をしようとしたとき、彼らの意気込みを無視して途轍もない光が視界を埋め尽くした。
「な、何事ですか、これは!」
「わからん。あの化け物が何かしやがったのか!?」
強烈な光で視界を潰された某大佐のように、アシヤ達は視界が元に戻るまで状況が分からず、ただただ狼狽えることしかできなかった。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
時間は少し前に戻る。
ゼロス達と別れたアケノを含めた三人の払魔師達は、溢れ出た妖魔たちを滅するために組織された討伐隊の元へと、ぬかるむ地面と苦戦しながらも平野部に出ることができた。
そこからは街道を歩き続け、式神を使いやっとの思いで討伐隊の居場所を探しあて、討伐隊へと合流するすべく急ぎ現地へと向かっていた。
――のだが。
「なぁ……俺達、今さら合流して何かできると思うか?」
「もしかしたら乱戦の中に飛び込むかもしれないぞ? 合流したところで無駄死にになったりしないか? 向こうには正規の呪術師たちがいるんだし、三人加わったところで意味がないと思うんだが」
「私も、できれば合流なんてしたくないわよ。でも、近くに居ながら合流しなかったなんて知られたら、変な嫌疑をかけられかねないわ。冤罪で切腹、もしくは打ち首なんて嫌でしょ? 一応は合流しようとした努力が見せておかないと」
「誰が見てんだよ」
「報告は定期的に行っているから、ある程度の所在地くらいは確認できるんじゃないか?」
「問題は、私たちの立場なのよ。何かあった場合に責任を押し付ける体のいい駒なんだから。上の連中が自分達で責任を取るなんてマネはしないと思うわ」
払魔師達の立場は、陰陽寮直轄の対魔部払魔殿に所属している。
払魔殿とは正規の呪術師たちが呪物や呪いの祓いや浄化、封印などを行っている機関であり、所属している者達は呪家と呼ばれる正当な呪術師たちばかりで占めていた。
対して対魔部払魔殿は、フオウ国国内の領地に呪術師たちを調査員として派遣する部署であり、その殆どは短期間で基礎的な呪術を教えられた即席術者ばかりの者達だ。
要は正当な祓い師と多少悪霊を祓える程度の霊能者の違いに近い。
実力では本職より数段劣る。
「ハァ~……なんでこんな物騒な職場についちまったかねぇ」
「言うな。なまじ霊力が高かった我が身の不運を恨むしかない」
「ゴミ溜め生きていくか、多少生活が良くなる代わりに、国の犬として生きていくかの違いよね。頑張っても報われないのはどちらも同じ……」
「「「ハァ~………」」」
才能を見出されたと言えば聞こえはいいが、実際は面倒事を押し付けるための都合のいい人材だ。それ故に厄介な仕事ばかりを押し付けられる日々には辟易していた。
しかし逆らえばどんな目に遭わされるか分からず、陰陽寮に所属している呪術師たちから呪術を学んでいた折の地獄のような経験からか、そんな牙など当の昔に抜かれてしまっていた。払魔師たちの殆どが今を生きるため現状にしがみついているだけにすぎない。
負け犬と言われようと、また食うに困るような貧困生活にだけは戻りたくなかった。
「んお? アレが本陣じゃないのか?」
「……っか、もう既に戦いが終局に向かってんじゃん。俺たちが言ったところで何かできるわけじゃないな。この辺りで見物でもするか?」
「ちょっと待って! アレ………圧されてない? 戦局が化け物側に傾いているような気がするんだけど、私の……見間違いかしら?」
「い、いや……押し込まれてんな。あの大規模な結界も効果落ちているようだ。維持できる術者の殆どが消耗しているんじゃないのか? あっ……特攻かましてやがる」
「どうするよ。ヤベェときに合流しそうなんだが……。俺たちが加わったところで、あんな大型妖魔の前では何もできねぇぞ」
大型妖魔――遠方からでもその姿が確認できるほどの大きさだった。
その姿は粘体生物のように不定形で、捕食器官を自ら生み出してはサムライ達や呪術師を襲い、そのうちに取り込んでいく。
いや、取り込むのは僅かばかりで、邪魔な敵を一掃するかのように動いているかに見えた。
正直に言って、巨大な化け物が暴れまわっているところに飛び込んだところで、何もできず無駄死にすることが目に見えていた。
自爆特攻の惨状を目の当たりしたことで、より一層確信を持って言える。断言できてしまう。
「ありゃ~………どうすることもできねぇわな」
「無残に死ぬ光景しか思い浮かばん………」
「いえ、もしかしたら、何とか出来るかも知れないわ。これで………」
「「これ?」」
「ゼロス殿から預かったこの呪符のことよ」
「「それも凄くあやしいもんなんだが?」」
別れ際におっさん魔導士から貰った呪符の束。
一枚一枚に強力な魔力が封じられており、発動させたらどれほどの威力になるか未知数。束の状態で放出されている魔力量からしても特級の呪物レベルだ。
使うことを躊躇うほど、封じられている魔力の気配が凄まじく、どのような結果を齎すのか恐ろしくてたまらない。
それほどの畏怖を抱かせる魔力量と圧だった。
「それ、マジで使っていいものなのか?」
「とんでもない結果を齎しそうなやばい気配が漂っていて、おいそれと使っていい代物ではないだろ。放たれる霊圧が半端じゃないぞ」
「でもね、持っていても仕方がない危険物でもあるのよ。どこかで処分しないと……」
「確かに………」
「使わなかったら文句をつけられそうだしな。今が使い時か………」
強力な魔力を内包した呪符。
今使わなければ、仮にこの場をなんとか凌げたとしても、生存した者達から『なんで使わなかった!』と責められるのは確実だ。
場合によっては犠牲者が出たことの責任を取らされ、打ち首獄門の刑罰に処されかねない。それが、いったいどれほどの危険物なのか分からなくとも、事態を覆す力があれば尚のことアケノ達の身が危ない。
「ゼロス殿も厄介なもんを持たせやがって………」
「俺たちの安全を考慮して頂いたものだ。文句を言うのは筋違いだろう。扱いに困る代物であることは確かだが………」
「ここで使ってしまえば、あとは何とか誤魔化しが利くと思うのよ。上の人たちに恩を売りつけられるのであれば、尚更ここで使うべきよね」
「使い方は他の呪符と同じでいいのか?」
「そう言えば、聞いていなかったな………」
「ぶっつけ本番。分の悪い賭けだけど、この賭けに勝てば、武功を立てた英傑扱いになるのかしら?」
「「それは、それで嫌だな………」」
元はどこかの路地裏で侘しい生活をしていた孤児だ。
普通に暮らしていくだけのお金だけで充分に幸せなのだが、ここで下手に武功を立てたら今後どのような過酷な現場に送られるか、想像できてしまうだけに武功など立てたくなかった。
昔ながらの伝統である上下関係に厳しく、貴重な呪術師の教育もまともにやらず利権だけは固持し、そのくせ結果だけは求めてくる悪辣な職場であった。
ある意味で彼らは、呪術という力に溺れた【血統魔導士】に近い存在であった。
余談だが、血統魔導士とは北大陸西域にて、遺伝的に特殊な魔法を持って生まれる魔導士一派のことで、その魔法の術式が脳の大半を占めていることで、他の魔法が使えない――あるいは覚えられる魔法の数に限界がある者たちのことである。
陰陽寮の呪家の者達は、この血統魔導士の上位互換と思えばいいだろう。
どちらにしても権威に固執している点は同じであった。
「行きたくないけど、行くわよ。あっ、使用説明書があるわ。え~っと、『この呪符を三等分に分け、三方向から投げてください。対象物を感知し次第、呪術は勝手に作動します』って、まぎれもなく危険物じゃない!!」
「けど、放置していくわけにもいかんわな。俺達払魔師は、呪術で居場所を特定されやすいからな。しかたがない、腹を括るか……」
「残念だけど、これ……戦なんだよな」
できる事なら猛威を振るいまくる化け物の相手などしたくはない。
だが、アケノ達は路地裏生活していた時期に善意で食べ物や服を分け与えてくれた、心優しい町の人たちの姿を知っているからこそ、その人たちが無残に殺される光景など想像したくなかった。
酷い職場に居ながらも、彼らが必死に裏で呪物や怨霊を祓っているのは、そんな優しくしてくれた人たちの生活を守りたかったからである。
これだけが彼らの術者としての芯であり矜持であった。
「とりあえず呪符を適当に三等分するわ。あの化け物に近づいたら、三方向からこの呪符を投げつける。どんな結果が出るかは分からないけど」
「ゼロス殿の呪符………改めて手に取って見ると、そのヤバさを再認識させられるな。すげぇ霊気の圧だ。見ているとき感じたものは、まだ序の口だったのかよ」
「しかし、どれだけ危険なものでも使わなければならない。このままでは、あの化け物に皆殺しにされるか、特攻を仕掛けて全員が自死する。そうなる前に先を急ぐぞ」
「ここで討たねば、私たちは呪術家宗家の連中が言う本当の役立たずになってしまうわ。難癖付けられるのは我慢できる。でも、今回のように現場の意見を過小評価し、充分な準備を行わなかった連中に馬鹿にされるのだけは我慢できない。町の人たちにも犠牲は出したくないのよ」
三人は強く頷くと、全力で走りだした。
その間にも確実に犠牲者や自爆特攻を仕掛ける者達が相次いでおり、その光景を式神で確認しながらも、はやる心を必死に抑えながら巨大妖魔の元へと急ぐ。
一人、また一人と力尽き倒れていくモノノフたち。
結界を張っていた呪術師たちも彼らを援護すべく、木火土金水それぞれの五行術を付与して援護し、ときに呪術で攻撃を加えるなど支援に貢献しているのだが、巨大妖魔の力を多少削ぐだけで討伐隊側の被害は拡大し続けている。
自爆特攻で倒れたモノノフたちの遺体を踏みつけ、なりふり構わず命懸けでこの化け物を弱らせるための犠牲となり、護国の戦士たちはその命を散らしていく。
地方派遣組である払魔師が言葉を無くすほど凄惨な戦場だった。
「じかに見ると、ここまで酷いとは……完全に負け戦じゃねぇか。なんで引かねぇんだよ」
「だが、まだ逆転の目途はある………」
「それじゃ、二人とも左右に分かれて、安全な距離で待機。式神でそれぞれの位置の確認を忘れないようにね。準備ができたらアイツの上で私の式神を自爆させるわ。それが攻撃の合図とする」
「「了解」」
アケノは自分の式神に呪を送り、意図的に明滅させ合図の印とした。
その間にも二人は左右に分かれ、呪符御投げる位置に移動しているのだが、戦っているモノノフ達が行く手を遮り思うように進めない。
苛立つ中でもなんとか彼らの中を掻い潜りつつ、式神の視点で自分の位置を確かめ、合図が出るのを待った。
『スケは準備完了したわね。カクは………まだか……。この乱戦の中じゃ難しいわよね』
アケノは心の中で久しぶりに二人の名を口にした。
スケとカク――本名は【ヤスケ】と【フガク】という。
アケノと同様に呪家のもとで払魔師として教育された元孤児で姓はない。
他の呪家達を含め、払魔師達には基本的な呪術以外に教えられること無いため、対呪術に対して身を守る術が少なく、できるだけ名前を名乗ることを控えるようにしていた。
調査で町民から聞き込みを行う以外に名を名乗る機会が少ないこともあるが、呪術師は基本的に本名を名乗ることはなく、仮に教えるとしても大抵が本名とは別の【呪名】を使って呪いを逸らしている。
【呪名】とは、平たく言うと呪の込められた偽名のことであり、敵対する呪術師に本名を知られると呪いをかけられる危険性があることから、予め呪いを引き受ける別の名を名乗ることで呪術攻撃を避けている。言ってしまえば名前版の形代だ。
スケやカクも同様なのだが、そもそも【呪名】は高位の呪術師から与えられる呪のある異名であり、自ら【呪名】を名乗ることはできない。これは呪術の一種なのだ。
このような理由からスケとカクはあまり自分の名を名乗らず、必要に迫られたときに本名をもじった【スケ】と【カク】の呪名を名乗ってはいるが、率先して他者に偽名を教えることもない。本名を知っているアケノは、三人のときだけ昔の仇名である【スケ】と【カク】と呼ぶようにしていた。
ちなみに【アケノ】も本名ではなく、南方読みの【アリューシャ】が実名である。
「ちょ、どいてくれ……。よし、この辺りだな」
指定位置に辿り着くと、カクは三等分された呪符を手に巨大妖魔の上に目を移す。
そこには三人が飛ばした鳥型の式神が待機していたが、そのうちの一話が急激に発光を始める。
「よし、きたきた……うまくいってくれよぉ~………」
スケもまたいつでも攻撃ができるように待機しており、式神の発光というカウントダウンが始まったことで、手にした呪符の魔力解放を始めた。
「二人とも、いくわよ!」
「「おう!!」」
離れた場所に居ながらも三人の心は一つになっていた。
アケノは式神を自爆させると同時に、魔力を解放させた呪符を巨大妖魔に向けて投げ放つ。それはスケとカクも同じだった。
三方向から投げつけられた呪符は一直線に巨大妖魔に向かうと、直ぐ傍で物理法則を無視したかのように停止し、複数の呪符同士で妖魔本体を囲むような魔法陣を組み、瞬く間に分厚い障壁で妖魔もろとも包み込んだ。
同時進行で円柱形の障壁上部に新たに薄めの半円形障壁が展開されると、内部では大気圧が急激に上昇することで内部温度が高まり、熱量だけでも数千度はありそうな大気熱によって巨大妖魔は瞬く間に炭化していく。
障壁によって囲まれ逃げることできない熱量が急速に圧力を高めていったが、やがて限界を迎えた瞬間に上方口の半円形障壁が消滅し、加圧され続けた熱量が一気に眩い光となって天をも貫く柱のごとく立ち昇った。
それでも逃し切れなかった高熱量は、轟音とともに途轍もない大爆発を上空で引き起こし、その衝撃波は地上にいたアケノ達に向けて襲いかかる。
「「「ふぁっ!?」」」
「「「「ぬおああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」
爆風は衝撃波を伴い地上にも降りかかり、多くの者達を薙ぎ払ったが、それでもどこぞの山奥で使われた【暴食なる深淵】より威力は低い。
少なくとも山越えするような衝撃波は起こらず、上空で爆発したために威力も拡散され、せいぜい爆心地近くにいた人間が数十名ほど吹きとばされた程度だ。
それでも、巻き込まれた者達にとっては地獄であったが。
「な、なんで……!?」
「なにが起きたというんだ………」
「なんという威力の呪法だ……。これは……呪術師たちの切り札か!?」
「それよりも担架をっ! ケガ人が大勢いるぞ!!」
「いでぇえええぇぇぇぇっ!! 腕が折れたぁ!!」
「誰か、【快癒丹】を!! 【気功治療】が可能な余裕のある術者はっ!?」
「腹に刀が刺さってるぞぉ、【薬仙酒】持ってこい!!」
あまりの威力に呆然とししていた三人。
『な……ゼロス殿。なんて威力の呪符を私たちに持たせたんですか………』
『大惨事だろ、これ………』
『いや、その場で爆発しなかっただけマシ……なのか? あの呪符に込められた大呪法、失敗していたら俺達もろとも消し飛んでいたんじゃ………』
こうして百鬼夜行と相対した呪術師とサムライ達との存続をかけた戦いは、どこかのおっさんのおもしろ(※本人が)おかしい(※威力が)呪符による大呪法により、一応の収束を迎えた。
しかし、この戦いに参加した者達は、この後の処理に追われることになり、暫くのあいだ平原での戦後処理に右往左往することになる。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~~◇~~
「…………んで、異国からの呪術師から貰った呪符を投げたら、あんな事態になった……と。まぁ、助かったからいいけどよぉ、威力がヤバいだろ。アレが個人に持たせていい呪符か!?」
「「「我らに言われましても……」」」
「あ~……すまん。お前たちが悪いわけではないんだ。ただ、あれだけ苦労した戦いが、たった一人の呪術師によって片付けられるというのが、なんか釈然としないというかな。しかも呪符だけであの威力だぞ? 俺達の面目が丸つぶれ……」
「楔まで使用したというのに、我々では防ぎきれませんでしたからね。あの呪符による大呪法がなければ、我々の殆どが死んでいましたよ。そういう意味で異国の呪術師は恩人と言えるのでしょうが、同時に脅威とも言えますね……」
楔は呪術師が大人数による大呪法を行いやすくさせるため開発された呪具であり、一つの楔を作り出すために数年がかりの時間を費やされると言われている。
その大呪法を用いても今回の百鬼夜行は止められなかった。
だが、異国の呪術師が行ったのは、数人で展開する呪符の極みともいえる大呪法で、その威力は自分達が見たどの呪法よりも強力で危険な代物であった。
「……どうします? この報告が本当なら我らにとって恩人になりますが、放置しておくにも危険な存在であると言えます。こちらに抱き込むか、あるいは始末するか……」
「無理じゃねぇか? 下手にちょっかいを掛けて敵に廻したら、国が滅びかねねぇだろ。触らぬ神に祟りなし、丁重にお帰り願おう」
「あの……その呪術師、実は二人いまして………どちらも呪術以上に武術も達者なようでして……」
「あ~…………敵対するのはヤベェな。国の滅亡が確定しちまう」
「お帰り願うまで、監視するに留めておきましょう。特にご老体たちに知らせるのは不味いですからね……」
「だな………」
血統を重んじる古い老人たちは、この異国の魔導師たちの力を知れば間違いなく婚姻を結ばせようと動き出す。必要なら呪術で縛り付けてでも実行に移すことだろう。
そんなことになれば、妖魔に向けられていた破壊の力が自分達に向けられかねない。
なによりも恩知らずと思われるのだけは看過できない。
人間としての恥以外の何物でもないからだ。
かくしてゼロス達の存在は、陰陽寮でもごく一部の人間しか知らない秘匿事項として、情報漏れがないよう念入りに隠蔽された。
これによりゼロス達はソリステア魔法王国に帰るまで安全が保障されたのである。




