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ゲンザ、今度こそ真剣勝負をする


 中型の妖魔を食らい続けた大型の妖魔は、今も姿を変えながら結界の内側で外壁を怒り任せに叩き続けていた。

 しかも結界壁を破り内側へと侵入したあとも、なぜか執拗に結界に対して攻撃を加え続けている。おそらく物理衝撃による負荷を利用して封魔浄化結界を維持している術者に攻撃しているのだろう。

 結界壁に加えられる衝撃によってかかる負荷は、呪術師たちに少なからず魔力消費の影響を与え、結界を維持できず限界を迎えた者達から順に倒れていく。そこを他の呪術師がフォローに入るのだが彼らの人数にも限りがあった。

 このままでは【楔】の制御が疎かになり、出力低下により壁を維持できず内部への侵入を許してしまうことになる。


『………その前にできるだけ弱らせたかったんだがな』


 アシヤは苦々しい顔で中央の陣地から大型妖魔を見つめていた。

 現在の封魔浄化結界は、内部に侵攻した妖魔たちを強制浄化し、その魔力を楔に流し込み壁を作り浄化効果を外部へと放出している状況だ。

 つまり、内部の妖魔たちが消滅すると結界の出力が低下し、この大型妖魔の侵入を容易になる。そうなれば討伐隊は蹂躙され尽くされることになるだろう。

 結界外周の妖魔たちの弱体化も進んではいるが、いくら浄化効果が強くとも妖魔が一瞬で消滅してくれるわけではない。妖気を削がれ実体化が著しく難しくなるだけだ。

 それは大型妖魔も同じ条件なのだが、この巨大な妖魔は弱った他の中型妖魔を吸収することで存在を維持し続けているので、なかなか弱体化してくれない。

 想定よりもかなり妖気が高いようであった。


「アシヤ殿……これは、不味い状況ですね」

「最後にあんな大物が出てくるとは思わんかったからな。幸いと言って良いのかは分からんが、ヤツの餌は急速に減っている。もう少し維持できれば……」


 結界の内と外では実体化すら維持できなくなった妖魔達の核が分解され、ガラスの割れるような音とともに急速に数を減らしている。結界内部に侵入していた妖魔もすでに四分の一程度に数を減らしていた。

 同時に魔力の使い過ぎで倒れていく呪術師や仙術師たちも倒れる者達が続出し、なんとか呪術師たちが全滅する前に大型妖魔の力を削っておきたいところだが、わずかに弱体化させるだけでも時間ばかりかかり心に焦りの色が見え始めていた。

 完全に不利な状況へと事態が傾き始めていることに誰もが気づき始めていた。


「一部の結界の出力をギリギリまで下げ、あの大物以外の妖魔共を内側に引き込め……」

「なるほど。餌を減らすわけですね」

「あぁ……奴だけ結界の外に孤立させれば、必然的に弱体化していくだろ。八門は消してもかまわん。もはやアレには意味がないからな。その分負担が減るだろ」

「分かりました。すぐに実行します」


 ほどなくして封魔浄化結界外周の壁の出力を意図的に下げられ、弱体化した中型の妖魔たちが大量に侵入してくる。

 それでも先ほどまでの乱戦時よりは数は少ないが、個々の強さは逆に高い。。

 何しろ強力な浄化の力でも弱体化する程度で、その姿をまだ完全に維持し続けている。つまりは人間に害する力を失っていないということだ。

 それらも封魔浄化結界の中に雪崩れ込み、サムライ達と真正面からぶつかった。もはや陣形を維持すること自体無意味で乱戦へと縺れ込んでいく。


「こういうとき、結界が網の目状の特性というのは融通が利いて便利だよな。これでかろうじて結界の維持はできるだろ」

「かなり無茶な方法ですがね」


 東方の結界術は壁でなく網状というのは以前にも伝えていた通りだ。

 これは特定の力しか持たない妖魔を侵入しやすくできるが、それ以上の力を持つ個体は完全にシャットアウトできる利点があり、妖魔討伐においてかなり重宝する。

 封魔浄化結界は複数の防衛パターンがあり、第一は領域内の中央陣地から特定範囲ごとに浄化の出力が異なり、妖魔の弱体化を狙った討伐補助を目的とした【調伏】の陣形だ。

 第二は周囲に八つの門を形成し、外周を壁で覆い侵入経路を用意することで、無秩序な妖魔の動きを制御し効率よく討伐する【八門陣】形態だ。

 第三は内部と外周に群がる妖魔を一気に倒すため、浄化し滞留する妖魔の魔力を利用して結界の効果を増幅する【破邪】の形態。これには術者を媒体に【楔】へ魔力を流す方法と、【楔】が直接魔力を吸収する二つの方法がある。

 だが、これらの結界の形成には地中に埋めた【楔】の数に合あわせて呪術者も必要とし、彼らの連携によって封魔浄化結界は維持されていた。

 理論上は術者が出力を制御することにより、結界の外周の防御力を部分的に上げ下げできるの応用が利くことになるのだが、実際にそんな真似をすれば一部の【楔】の出力を変えただけで他の【楔】を担当する呪術者に大きな負担をかけてしまう。

 何しろアシヤの下した命令は、『結界内部の出力を第三段階で維持したまま防御陣のひとつを解除し、外周の結界面を第一段階にまで落とせ』ということだからだ。術者の技量に個人差がある以上それは難しい。どうしても実力の劣る者から負担が圧し掛かる。

 しかも中型の妖魔の侵入させつつ、結界の構成と出力を変更するという荒業だったのである。こんな真似をすれば制御している術者は限界を迎え、倒れる者が続出するだろう。


「吐血して倒れた者が他の者と交代しましたが、彼らではこの結界を長く維持し続けるのは無理ですよ。術師達を使い捨ててるようなものです」

「他に方法がねぇんだから仕方ないだろ。やつの側に餌を置いておくと、とてもじゃねぇが弱らせるなんてできやしねぇ。アレは今までの妖魔とは格が違う……」

「どこまで弱体化できるのか、我々の命運はそこで決まりますね。分かりました、出来るだけ長く結界を維持するよう他の者達に伝えましょう」

「頼んだ」


 アシヤ達は何も本陣で戦局を見ているだけではない。

 必要な時には呪符や破魔矢で妖魔を迎撃し、出来るだけ犠牲者が出ないよう立ち回っていたが、大型の妖魔はそんな甘い相手ではない。

 弱体化を捕食で補い、結界の壁攻撃しながら術者を減らす知能があり、人間に向けられる憎悪で凄まじい執念を持っていた。

怨念から構成されたにしては異常なまでに生存本能が強い。

 

「最後の群れが来たぞ!」

「アレをすべて倒せばデカブツだけだ! 死に物狂いで倒せぇ!!」

「呪具や呪符も惜しまず使え! ここからが正念場だぞ!!」


 部隊を率いる侍大将が檄を飛ばし指示をだす。

 戦闘民族な彼らはその声に奮い立ち、各々の武器を手に勇ましく向かって行った。

 弓兵は矢を一斉に放ち、足軽は槍を手に数人がかりで突進し、手練れの者達は我先にと敵の首を狩りに群れの中へと飛び込んでいく。

 怒号と絶叫、怨嗟の叫びと悲鳴、人間のみならず妖魔たちの血飛沫が大量に飛び散り大地を赤く染め上げる。もっとも妖魔の屍は浄化され消滅していったが――。

 今まで犠牲を控えるよう動いていたが、倒し切れるか不明な力を持つ大型の妖魔の出現で、モノノフたちはここが死に場所と猛然と戦いに身を投じていく。

 呪術師たちも持てる力をもって彼らを援護し、出来るだけ生存者を残そうと必死にバフやデバフを掛けていたが、それでも死傷者が後を絶たない。


『……分かっちゃいたんだがな』


 これは人間の生存圏を守るための戦いだ。

 緊急時の中でできるだけ討伐の準備を行ったが、それでも戦力が足りなすぎる。

 世に名だたる手練れの剣士や秘術を継承した呪術者など、敵に大打撃を与えられるような強者が少なく、集った者達は中間管理職と実戦経験の乏しい呪術者とそこそこに戦える程度の守備隊上がりが殆どだ。

 何とか損耗を抑えてきたが、結界の障壁面を破ろうとしている大型の妖魔を相手にするには、さすがに決定打を与えられるようには思えない。何よりこの場にいる者達の疲弊度が限界に近いのが問題だ。


「………生きて帰れたら、上の連中のクビを切ることができっかなぁ~」

「責任は追及できるでしょうが、きっと無意味に終わるでしょうね。私たちに責任を押し付けられますよ。一応ですが、各所に式神で救援要請とともに報告も出していますけど」

「クソ忙しいときに嫁や婿取りの話で状況を知らなかったじゃ、責任追及ができるかもと思ったんだがなぁ~。やっぱ無理そうか?」

「無駄に古い家系の一族ですから、権力だけは持っていますしね」

「どこまでも厄介な爺ィ共だ………」


 ここに来て、いよいよ状況が逼迫してきていることに内心で焦る二人。

 もはや打てる手は残されておらず、後はどちらかが倒れるまで殺し合うチキンレースの様相へと化してきていた。



 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~



【蟲龍】を浄化し尽くしたゼロスは、アドやゲンザたちの元へ歩きながら向かっていた。

 その二人だが、いまもタカマルと壺獣士の戦いを見物しており、ミヤビに至っては何とかゲンザたちの元へ辿り着いたものの、疲労困憊で地面に倒れ伏している。


『ゲンザ殿のことだから、勝負中に割り込むのは無粋とか思っているんだろうなぁ~。息子が殺されたとしても平然と現実を受け止めそうだし、東大陸はどうしてこんな修羅の国になったんだか………』


 この東大陸の現状は、ゼロスの記憶にある【ソード・アンド・ソーサリスワールド】とは大きく異なり、南方系の人間種やエルフ種しかいない。

 もしかしたら山脈を越えれば獣人族もいそうだが、この大陸も南大陸ほどではないにしても、魔力の枯渇でかなり枯れ果てた荒野の大地が殆どだ。

 森林が残っているこの地域が特殊なのだろうことは、以前に【イーサ・ランテ】での衛星画像の記憶から察せるが、辿った歴史までは知りようもない。

 だが、東大陸の中でも数少ない肥沃な土地を開拓し、国を広げ生活を豊かにしようと努力した痕跡はわずかな時間であっても見て取れることができた。

自然の資源を有限と捉え、植樹を行うことを踏まえた林業が盛んなことからも、彼らなりに必死に考えた努力の成果なのだろう。

 鵬天山の麓までくるのに見た整然と並ぶ雑木林の木々がそれを物語っていた。

 だが、現時点で誰も管理していないことから、こうした試みを何度も試しながら失敗を繰り返し、それでも諦めず今も生きるために努力が今も続けられている。

 修羅道に陥りやすい文化形態も、おそらくは同胞を守るために死に物狂いで戦い続けた結果であり、命を繋ぐために自己犠牲の精神を昇華させてきた結果なのかもしれない。

 何しろこの地は、ゼロスの知る【ファーフラン大深緑地帯】よりも豊かな土地ではなかったのだから。生活を支える弱者を守るため、守護者たちが戦闘に特化していくのも当然の結果であり、必然に思えた。


「(……とはいえ)そろそろ助けに入ってもいいのでは?」

「あん? けどよ、タカマルのヤツはまだ音を上げていねぇぜ? あいつの戦いに水を差すのは、親としても剣士としてもできやしねぇよ。親ならば尚更自分のガキを信じて見守るべきだろ」

「アレを相手に百回戦っても勝ち筋なんて見えてきませんよ。分かっているくせにんまりを決め込むのも、どうかと思いますがねぇ?」

「まぁ、そうなんだがな……」


 一応は心配しているような素振りを見せるゲンザ。

 しかし、この変態親父がどこまで心配しているのかまでは分からない。

 そうこうしている間にもタカマルに限界が来ていた。


「クッ…………くそぉ! まだ……まだ俺は……」


 もはや立つこともできないほど消耗している。

 あれだけ派手に叩きつけられ、弾き飛ばされ、それでも意地を通したことは決して恥ずるべきことではない。同じ年頃の子供でも、ここまで戦い続けることなどできやしないことから、立派だったと褒めるべきであろう。


「ここいらが潮時か。ちょっくら行ってくんぜ」

「素直に助けに行けばいいだろ」

「この敗北も糧にできないようでは、立派なサムライにはなれないということなんでしょうかねぇ? スパルタすぎるでしょ」

「いや、ゼロスさんがスパルタとか言える立場か? 教会のガキどもにあんな修行をつけておいて……」

「やる気を維持させたまま才能を伸ばす、それが一番難しい。なんせ個性が強いし、それぞれに長所と短所が異なるからねぇ。けっこう悩むこともあったさ」

「ほんとかぁ? 白々しく聞こえるんだが……」


 アドから見ても教会の子供たちは凄くアグレッシブだった。

 これを才能だというのなら、この世界の過酷な生存競争の中でも充分に生き延びることができるだろう。それを可能とする太々しさと強かさがあるのだから。

 しかし、タカマルはそこまでハングリー精神が旺盛ではない。

 ある意味において、タカマルが剣を教えることに丁寧なアドに師事したことは、間違いではないと言える。

 そのタカマルは刀を杖代わりに何とか立ち上がろうとしていた。


「おぅ、タカマル。こんな強者相手に良く粘った。ここからは俺がるから、お前は休んでな」

「ち、父上………俺は…まだ………」

「満身創痍でなに言ってやがる。コイツの相手はお前には二十年早ぇえよ。悔しいと思うならこれから強くなりやがれ」

「クッ…………」


 タカマルに何かを言えるような言葉はなかった。

 未熟なのは解っていたことであり、それを承知で強者に挑みあしらわれ、無力を痛感させられ続けた中で意地を通すことしかできなかった。

 勝てないまでも、せめて一太刀でも入れたかったがそれも叶わない。

 結局は相手にもされず成す統べなく破れ、己の無力さに悔しさの涙しか浮かばず、自身の弱さと情けなさ、そして惨めさに打ちひしがれていた。


「まぁ、お前なりによくやったよ。だが、引き際くらいは弁えるべきだったな。実力差が分かっていたのなら、逃げるのも恥じゃねぇ。それほどの相手だったんだからよぉ」


 敗者には何も語る資格はない。

 そう背中越しでぶっきらぼうに答えながら、ゲンザは壺獣士の前に立つ。


「待たせたな、未熟者の相手をいつまでもさせておいて悪かった。最後の幕引きは俺がしてやるよ………。じゃ、殺ろうや!」


 嬉々としてボロボロだった上半身の着物を脱ぎ棄てると、闘気を猛々しく燃え上がらせながら刀の切っ先を壺獣士に突きつける。

 それに応えるかのように壺獣士は無言で長刀を構え、青白い妖気を放出した。先ほどまでのタカマルとの戦いでは一切見せることのなかった、本気の戦闘状態へと移行した。


「あのおっさん……ただ脱ぎたかっただけじゃねぇよな?」

「その可能性は無きにしも非ず」

「十割九分、父上は脱ぎたかっただけですね」

「「やっぱ脱ぎたかったんかい!!」」


 ボロボロで戻ってきたタカマルには誰も声を掛けず、変態と壺妖魔の戦いを見守る三人。

 自身の弱さと敗北感に打ちのめされている彼に声をかけたところで、余計に惨めに追い込むことを知っているからだ。これも優しさである。


「ツェアアアアアアァァァッ!!」

『………ッ!!』


 いきなり斬り込んだゲンザに対し、即座に三連撃を放つ壺獣士。

 一撃目は柄の長さを利用し、左腕の振りと勢いを利用しもので、ゲンザは顔面に迫る閃光のような突きを、首を横に向けることで避けた。

 続いて二撃目は瞬間的に長柄を引き戻し、ゲンザの胴を狙って放ったもので、それは体を翻すことで躱し、その勢いを利用して返し刀で横薙ぎへと繋げたが、ここで三撃目が刀を持つ右腕目掛けて迫ってきた。


「……チィ!!」


 咄嗟に刀の軌道を変え、迫る長刀の刃を上に弾き返すも、このときゲンザの胴ががら空きとなる。その隙を壺獣士が見過ごすはずもなく、即座に長柄を引き戻すと先ほどよりも速い突きを放つ。

 ゲンザは上段から唐竹割りの要領で叩き落とすが、瞬間に刃が翻ると左足を狙った足薙ぎに変化した。


「こなくそっ!!」


 武器の長さというのは間合いを狂わせる。

 特に長刀や槍といった武器は、その特性上において武器の扱いに慣れた者であるほど自在に操り、自身の攻撃範囲を変化させる。

 元より攻撃の間合いが固定された刀などの武器で相手をするには、俺相応の手練れでなくては話にならない。攻撃範囲の広さというのはそれほど重要である。

 無論だが、その範囲を知り尽くし、状況に応じた攻撃を可能とする使い手の技量にも左右されるが、この壺獣士の技量においては一級品だった。

 これにはゲンザも不敵な笑みが浮かぶ。


『やべぇ……こいつは手練れなんてもんじゃねぇ。達人並の腕前じゃねぇか。逃げ出したくなるほどクソ恐ろしい相手だが、それ以上に滾ってきやがる……。たまんねぇな』


 まじめに刃を向けてみると、相手は信じられないほどの技量に恐怖が沸く。

 しかし、それ以上に闘争本能が刺激され、勝ちたいという欲求に抗えない。

 何度も手練れの道場破りを返り討ちにしてきた経験があるが、こんなにも心から戦いを望む経験は初めての事だ。これが尋常に勝負するということなのだと実感する。


『来るか……』


 壺獣士はいったん間合いから離れゲンザを様子見していたが、突然長刀を振り上げ突進してきた。この考えなしの攻めに一瞬だが躊躇ってしまう。

 だが、その一撃を避けた瞬間に相手の狙いが分かった。

 叩きつけられた長刀が地面を抉り飛ばし、粉砕された石や小石の破片がゲンザの顔に目掛けて高速で飛んできた。目潰しの礫だ。


「チィッ!?」


 そこから胴を薙ぎに来るが、ゲンザはかろうじて避けることに成功した。

 しかし、空振りに終わった長刀を反転させ、石突で鋭い突きを連続して放ってくる。

 片眼の視界を奪われたゲンザは完全に避けることは不可能と判断を下し、刀で全て受け流すことで何とか堪えた。


『えげつねぇ真似をしてきやがる。これがマジの真剣勝負って奴か、楽しくて震えが止まらねぇぜ。やっぱ勝負ってやつはこうじゃなくちゃよぉ』


 ゲンザの闘志は増々燃え上がる。

 一方で、観戦していたゼロスは――。


「あの壺妖魔……強いねぇ。多分だけど、僕が相手をした【蟲龍】より強いんじゃないかい?」

「いや、強さではあのデカブツの方が上だろ。多分だが、元となった人間の意志の強さが関係してるんじゃないか? アレはもう武人レベルだろ」

「技の冴えが極まっている。もしかしたら、ここで死ぬ覚悟を決めているのかもしれないねぇ。放たれている妖気――闘気かな? 妖魔でここまで精錬された気を放つ存在は初めて見たよ。四体の中で一番強いんじゃないかい? 壺なのに……」

「最初っからクライマックスだったのか? しかし、なんで壺なんだろうなぁ~……」

「さぁ? 何らあの要因があることは確かなんだろうけど、不思議生物がどんな過程を得てあんな姿になるのか分からんしねぇ~。その辺りの考察は学者にお任せするよ」


 ゲンザの戦いぶりを眺めながら、二人は壺獣士の強さに感心していた。

 ミヤビは無言のまま真剣に父親の戦いを見つめており、タカマルに至っては悔しさを隠しきれず、ただ壺獣士の技の数々をその目に焼き付けている。


『攻め切れねぇ……。強いと分かっちゃいたが、ここまでかよ。いい勝負になると思っていたんだが、若干押されてきやがる。コイツの怨念の主はどんだけの強者だったんだぁ?』


 ゲンザは弱いわけではない。

 むしろ強すぎる部類の剣士だ。

 そんな剣士が攻めあぐねるのも、この壺獣士が長刀術に長けているだけでなく、剣術や棒術・体術にも熟知してた達人の領域にいることにある。

 複数の武術を極めているためか、その動きには一切の隙が見当たらない。

 しかしゲンザも武人であり、やられっぱなしで終わるような性格ではなかった。

 戦いの中で壺獣士の動きを真似て攻め、自分の学んできた剣術に取り込み実戦の中で試すなど、かなり命懸けの修練を始めたのである。

 恐ろしいことだが、ゲンザの武は戦いの中で成長していた。


「おいおい、冗談だろぉ!? 死合いの最中に鍛錬を始めやがったぞ……」

「ゲンザ殿も、よくもまぁ、こんな思い切った真似ができますよねぇ。一歩間違えれば死にますよ」

「まぁ、父上ですからね。自分が強くなれるのであれば、この好機を逃すはずはありません。何度も刃を交えながら相手の技を見極め、あわよくば盗むつもりなのでしょう」


 感嘆するべきか呆れるべきか、判断に迷うところだ。

 何しろ一歩間違えれば地獄行き確定の中で、相手の技を全て見極めるなど不可能に近い。

 しかしゲンザは敢えて危険に飛び込んだ。


『チィッ! 似た流派があるから、ある程度の筋道は見えるが……連中よりも卓越してやがる。どの流派にも符合するし、どの流派でもない。こんな面白れぇ死合いができるとはなっ!!』


 ゲンザも出稽古で長刀術や棒術の道場で手合わせを行ってきたが、それらの相手がまだまだ未熟者だったのだと痛感する。手練れともなると震えるくらいに恐ろしい。

 だからこそ楽しかった。

 斬られて血が吹き出すほどに熱く滾り、追い詰められていくほど感覚が研ぎ澄まされ、技を捌かれるたびに感嘆の息が漏れ、一刀当てたことで何かを掴んだ気がしてくる。

 口顎が吊り上がるのが止められない。

 自分が一匹の獣になっていくのが分かる。


「ぜりゃぁあああああぁぁぁぁっ!!」

『っ!?』


 ゲンザの一刀が迫りくる長刀を跳ね上げた。

 だが次が来ることを予測していたゲンザはあえて踏み込み、間合いを詰めることで壺獣士の斬撃を封じ、残された手段を突きか打撃に絞らせる。

 一瞬の躊躇、その隙をゲンザは逃さない。


「ここだぁ!!」

『ゴアァ!?』


 脇差を引き抜き横薙ぎ一閃。

 初めてゲンザは壺獣士にダメージを与えることに成功した。


「ここで二刀流かよ……」

「父上、あのようなことができたのですね。てっきり一刀馬鹿だと思っていました」

「ミヤビさんや、いくらなんでも父親に対して酷くね?」

「……………」


 何もできなかったタカマルは、父親の戦いを虚ろな目で見ている。

 それは今まで見たことがなかった父親の姿に対する羨望か、それとも感情が消えるほど無力な自分に対する怒りか、あるいは感情を越えた先になにかを得ようとする足掻きか。

 彼がどのような思いを抱いているのかは分からないが、声をかけるのが憚れるほど異様な気配を放っており、とても『暗いねぇ~、もっと明るく行こうぜ☆ スマイル、スマイル!!』などとオチャラケられるような空気ではない。


「うらぁ!!」

『……………っ!!』


 何かの枷が外れたかのように、ゲンザは怒涛の如く斬撃を放ち続けた。

 それらの多くは捌かれているものの、次第に防ぎきれず壺獣士に手傷を負わせ始めていた。身に纏った鎧は削られ、大袖や弦走などに傷を与えていく。

 まさに火花散る刃の攻防だ。


「へへへ……追いついてきたぜェ! ここからが大一番の見どころよぉ!!」


 戦いは佳境に差し掛かっていると言えよう。

 もはやゲンザは人の姿をした一匹の獣と化していた。

 獲物に食らいつき、肉を引き、裂き骨を貪り、生存本能と闘争本能に突き動かされている。

 ただ敵を屠るために特化し、五感は余計なものを全て消し去り、目の前の強者にのみ集中しているようだ。

 殺すという一点のみに集約された明確な殺意は、目の前の相手を倒す以外に消し去ることはできないほど濃密で、振るわれる太刀筋にもその強靭な意思が宿り白刃の牙と化していた。


「人と獣の境界は意思があるか無いかというけど、意志があっても獣になれるんだねぇ。あれが武士の本質と言うのなら、内なる獣を飼いならすことが極意ってことになるのかな? 感情で動かされているのとは違う、まさに命を燃やして闘争に身を委ねている」

「俺でもあんな風にはならんぞ。あれが剣鬼ってやつなのか」

「まさに食うか食われるかの戦いですね。私も、あそこまで闘争に身を委ねるなど不可能です。どうしても勝とうとする意思が働き、戦いのあいだでも戦略を練り続けていましたからね」


 おっさんとしても、人間の理性の一枚下が獣と同類というのが人の本質だとは思いたくはないが、実際に闘争の獣と化しているゲンザの姿を見ていると、人もまた獣なのだと理解できてしまう。

 人間の中にも、ちょっとした事で拳を振り上げる暴力性持ちや、一度でも感情が爆発すると止められない性格の人もいる。武芸者とはそうした内なる獣性を制御できる精神力が強い者たちのことを言うのだろう。


「あれ、もう考えるのをやめているよな?」

「あの妖魔の攻撃は、考えてから動いたら避けきれないよ。培ってきた技の全てを信じて攻めに転じたんだろうねぇ。長刀の間合いを潰せば勝率は高くなるから」

「ふむ、致命傷を負わないのは、やはり敏感肌だからでしょうか?」

「「それはない!」」


 いくら肌の感覚で攻撃の気配を察知できたとしても、壺獣士の技の冴えはそうした感覚的なものを上回る速さがある。つまりはゲンザの直感が死合いの中で研磨された結果なのだろう。

 事実、壺獣士は武器の長さが枷となり、今までのような苛烈な攻めを封じられていた。

 そして、その攻防の末にゲンザに最高の好機が訪れる。


「ここだぁ!!」


弾かれた刀を背中付近で力任せに止め、全身のバネを使って一気に振り下ろす。

壺獣士も咄嗟に長刀の柄を水平に翳し防ごうとしたが、ゲンザの一撃は長い攻防で摩耗した長刀の柄を両断し、下半身の壺ごと両断した。


「………浅い」


 壺獣士は体をのけぞらせて一撃を避けた。

 斬り裂けたのは鎧と壺の正面部分だけである。

 わずかな時間の静止の間、壺獣士の下半身を覆う壺に亀裂が入り、隠された半身があらわになった。

 その姿にゼロスとアドは妙に納得できるものを感じた。


「「あの壺、蛸壺だったんかい!!」」


 そう、壺獣士の下半身はタコやイカのような足が何本も生えていたのだ。

 先ほどの一撃で斬られた足もあったようだが、斬られた断面から新たな足が生えてきている。再生能力も高いようだった。


「アレは………なかなかに卑猥ですね。父上は紙問屋で売られている春画のように、凄いことをされてしまうのでしょうか?」

「「そんなもの、見たいのか?」」

「是非に……。あの変態の無様な姿は、末代にまで語り継ぐべき話題となるでしょう。生き恥に晒される中で父上がどのような生き様を見せるのか、私は凄く興味があります」


 ミヤビはゲンザが醜態を晒すのを期待していた。

 それだけ普段のゲンザに対して不平不満が積み重なっているのだろう。

 まぁ、他人の家庭事情には深くかかわる気はないので、ゼロス達は敢えてスルーすることを決め込む。というより、これ以上追及して変な想像をしたくなかった。


「へっ、得物を叩き斬ってやったぜ。次はどうすんだ?」

『…………』


 壺獣士――もとい蛸獣士は、確かに武器を失った。

 しかし、相手はかなり強力な力を持つ妖魔であることには変わりなく、これからが本番ということになるだろう。


『……………!!』

「な、なにぃ!?」

『『『おぉっ!?』』』


 急激に魔力が高まる蛸獣士。

 軟体生物の下半身が急速に魔力に包まれると、自身の周囲に一気に伸ばす。

 それらはまるで一本一本が鞭のごとくしなり、高速で打ち付けることで岩すら破砕する威力を発揮した。これは打撃――いや、斬撃の結界だ。


「おいおいおいおい、楽しませてくれるじゃねぇか。マジで最っ高ぅだなぁ、おい!!」


 喜悦の笑みではなく、もはや鬼悦の笑みだった。

 レベル概念ではゼロス達の方が圧倒的に上だが、武の高みに到達した者の闘争心は、戦いの行く末を見守る者達の魂を底から寒からしめる。

 それは蛸獣士も同様で、今までのような理性ある者の戦い方ではなく、ただ全力で獲物を狩るための生物のごとき猛々しさを見せていた。


「アレに踏み込むのは難しいな……」

「僕やアド君なら何とかできそうだけど、何割か攻撃を受けることになるだろうねぇ。ゲンザ殿は一撃を受けただけでも致命傷だ。それが連続ときたら、あの攻撃を切り抜けるのは至難の業だよ」


 蛸足の一本一本がまるで別の生物のようだ。

 全てが不規則であり、先読みの得意な剣の達人であっても全てを捌き切ることなど不可能。これが人ならざる妖魔の恐ろしさである。

 普通なら逃げ出しても恥でもないのだが、ゲンザの笑みは絶やすことなく蛸獣士の斬撃結界を見つめ――。


「せいやぁああああああああああぁぁぁぁぁっ!!」

『『『自殺行為だぁ!!』』』


 ――何の策もなく、ただ刀一本で突っ込んでいっ


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