表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
283/286

おっさん、姉弟の横で楽勝ムーブをかます



 タカマルが相手にしているのは壺獣士。

『壺なのに獣とは、これいかに?』と言いたくなるような妖魔だが、その見た目に反してかなり手強く、タカマルの攻撃を巧みに避けては長刀で強烈な一撃を加えてくる。

 餅のように伸びた胴体の上は鎧武者で両手に長刀と、ここだけ見れば落ち武者の亡霊に見えるだろう。

 だが、下半身はゴムのような伸縮自在のスライム質な人ならざる様相であり、その下半身が大きな壺を頑強に固定している。


『厄介だ……。これなら姉上が相手にしている虎武者の方がマシだ』


 この壺獣士は長刀の腕前が達人ほどではないにしても、かなりの手練れだった。

 踏み込めば持ち柄の長さを調節して捌き、何とか懐に踏み込み斬りつけるも、伸縮自在の下半身がトリッキーな動きで避けまくる。

 距離をとろうとすれば大きな壺をその場で回転させ、長刀による連撃を容赦なく繰り出し、身体強化で強引に離脱すれば大ジャンプからの壺によるプレス攻撃。

 まさに攻防一体。

 しかも手加減までされており、薄皮一枚程度の切り傷は受けても致命傷になるような攻撃を加えてこない。完全に格下として見なされ軽くあしらわれているのが嫌でもわかる。


「せめて一撃だけでも与えてやる!」


 タカマルも自分の実力を過信するほど馬鹿ではない。

 勝てない相手だと理解はしているが、それでも剣士として少年なり矜持というものを持っており、何もできずただ負けを認めるのだけはしたくなかった。

 そうした未熟な剣士の意地を理解しているのか、この壺獣士は黙ってタカマルの相手をしては、痛烈な一撃であしらっていた。

 まるで稽古でもつけているかのような光景だ。


『馬鹿にしているわけではない……。アレはタカマルの心意気に応え、本気ではないが真摯に相手をしてくれているようだ。おそらくは敗北を認めない限りこのままの状態が続くだろうな』


 アドは見た目のおかしな壺獣士に対し、少なからず敬意のようなものを持った。

 化け物にはなっても武人の魂を捨てていないこの妖魔に、その元となった人物の生前の人柄が見えた気がしたからだ。


「ったく……倒すべき相手に稽古をつけられてどうすんだよ。さっさと俺に代わってほしいところだぜ」

「……アンタが相手だと、また俺のところへ突撃しかけてこないか? どうせ脱ぐんだろ?」

「確かに……。なら、今のうちに脱いでおいた方がいいんかねぇ?」

「だから……脱ぐなっ、つってんだろ!!」


 ゲンザの頭の中には脱がないという選択肢はないようである。

 この変態を相手にするのが嫌で、妖魔の全てが自分に向かってこられるのは困る。強くはないのだが相手にするのは面倒この上ない。


「タカマルの方はしばらく大丈夫そうだ。さて、ミヤビの奴はどうしているかな」

「このオヤジは………」


 自分の子供たちが命懸けの戦いに身を置いているというのに、この変態は次の相手が決まるのを心待ちにしているようで、我が子の安否を心配している様子が見られない。

 アドにとっては薄情に思える態度だが、戦場に身を置くということはある種の覚悟をもって向かうわけで、これも武家としての習わしだというのであれば口を出すなど余計なお世話だろう。

 しかし、頭では分かっていても納得できないものがあった。

 

「ほぅ……以外に善戦しているようだ。大いに結構」

「なんで上の胴衣を脱いでんだよ」

「先ほど散々破られたからな。着ていても仕方がねぇだろ? 上半身だけなんだからいいじゃねぇか」

「………下は脱ぐなよ?」

「…………チッ」

『舌打ちしやがった。このおっさん、マジで全裸になる気だったよ。そりゃ妖魔も逃げ出すわな……』


 油断もできない変態だった。

 それよりミヤビの戦いに目を向けてみると、虎獣士は両手の青龍刀を巧みに使いこなし、装甲腕による攻撃をいなし即座に鋭い一撃を彼女に向けて斬りつけていた。

 余程重い一撃なのか、刀で受け止めることができず、ミヤビの小柄な体が宙を舞う。

 そこへも猛追を仕掛ける獣士であったがミヤビの態勢を整えるのが早く、地面に落下する前に装甲腕の蛇腹関節を伸ばして地面に鋭い爪を突き立て勢いを殺し、瞬時に伸びきった蛇腹関節を縮ませた反動を利用し無理矢理にも軌道変更しつつ、あらぬ方向へと自ら飛んだ。

 その直後に突進してきた虎獣士が青龍刀で地面を削りながら、ミヤビの横を通り過ぎるのを目にした。少し遅れていたら体が上下に両断されていただろう。


『ふふふ……手強いですね。あの大きな刀による二刀流もさるものながら、あの獣のごとき動きが加わることで、その強さは想定していたものよりも高い。実に心躍る展開です』


 はっきり言うとミヤビは追い込まれていた。

 身体能力的にも剣術の技量においても、実力ではこの虎獣士にはどれも遠く及ばない。

 何しろ大きな青龍刀を二振りも巧みに操るのだ。

 ギリギリの状態を保てているのは、義手を覆い隠す外部武装とも言うべき装甲腕の性能によるものであり、これがなければ彼女は既に倒されていたことだろう。

 ミヤビに足りない腕力を補い、右手の刀ではなし得ない強力な攻撃を可能とし、状況によっては第三の足としても使える。

 だが、お世辞にも使いこなせているとは言い難い。

 何しろ装甲腕は軽量化してあるとはいえ、そこそこの重量がある。

 しかも振るわれる一撃による生じるパワーや遠心力に振り回されてしまい、左腕御失う以前のような動きは不可能。必然的に泥臭い獣のような戦闘スタイルになってしまう。


『ですが、もう慣れてきました。元より美しい武術など実戦では意味がありませんし、元来死合いとは泥臭いもの。今までの剣術が使えぬというのであれば、今の状態で戦える方法を考えればいいだけです。邪道、大いに結構。そもそも戦い方に拘り何もできず果てては意味がありません。無様に果てるよりは、卑怯と言われようとも勝利することに意義がある。戦いとはそういうものだったはず』


 そう、戦いとは持てる全てを賭して相手を倒すことであり、そこには高性能な武器を作り出す技術や、それらを準備できるだけの時間や財力。そして敵を欺く詐術なども含まれている。

 いかに敵を倒すかが重要であって、負けたらそれらを見抜けなかった未熟者というだけの話であり、後から卑怯だと文句を言ったところで結果に対し難癖をつける負け犬の遠吠えでしかない。

 ミヤビは虎獣士に真っ向勝負では勝てない。

 だからこそ、最終手段をとるためのタイミングを狙う必要があった。


『しかし………なかなか隙を見せてくれそうにはないですね』


 いくら攻撃に慣れてきたとはいえ、虎獣士は敵を見下すような甘い真似はせず、ミヤビを全力で殺しにかかっている。

 本来二刀流の剣士は両手で刀を操るため攻撃技が単調になるものだが、この妖魔にはそん

のような隙が無いどころか反撃を寄せ付けず、むしろこちらの攻撃を受けるたびに闘気が高まり技も冴えてくる。しかも両手の青龍刀による連撃は死角からも容赦なく襲ってくるのだ。その猛攻と追撃を避けられているのが左腕の装甲腕のパワーと防御力だった。

 いくら虎獣士の剣筋が見えているとはいえ、ミヤビの体はその攻撃の数々についていくので精一杯であり、反撃で敵に致命傷を与えるような攻撃は無理だった。

 事実、致命傷ではないものの傷が増えていた。


『攻撃に対しての防御はこれで対処できますが、これ以上の長期戦はこちらが不利。この追い詰められている感が不安を煽り、技に少なからず怯みを与えてしまう。これでは駄目ですね……。どこかで軌道修正しなくてはならないのですが、困ったことに相手に隙が一つも見当たらないときています。詰んではいないのですが、そろそろ余裕が……』


 ミヤビは追いつめられた状況であり、反撃に転じるだけの余裕がない。

 青龍刀は鉈のような厚みと重量があるようだが、普通なら両手で持つような大型の武器に分類される。そんな武器を木立のように操り、高速の斬撃による破壊力を真正面から受け止めるなど無謀に等しいい。

 そかも二刀――。

 かろうじて装甲腕と刀で直撃を受けないよう軌道を逸らしてはいるが、その悪足掻きも長くは続かないこともミヤビは気づいている。


『……今すぐに決着をつけないと、本気で死にますすね。こうなれば私から仕掛けますか』


 ――死中に活あり――。

 ミヤビは起死回生の瞬間を得るために死ぬ覚悟を決め、装甲腕に仕込まれた装置を起動させるスイッチを入れた。

 ヴゥゥンと低い唸り音を上げると同時に、ミスリル合金製の掌全体に魔力が収束し始め、ただでさえ高い切断力のある白銀の爪をさらに強化した。


「死なばもろとも!」

『!?』


 虎獣士に初めて焦りの感情らしきものが見えた。

 攻め続け防戦一方だったミヤビの反撃に、咄嗟に青龍刀を十字に構え防御姿勢をとったが、魔力によって強化されたミスリス製の爪は青龍刀を紙のように寸断する。


「五本の爪のどれかに当たれば貴殿の武器も破壊できると踏みましたが、どうやら正解でしたね。セイッ!」


 すかさず右手の刀で虎獣士の顔面に目掛けて突きを放つミヤビ。

 それを寸断された青龍刀で捌き、もう一方の青龍刀で串刺しを狙う虎獣士であったが、彼女はその瞬間を待っていた。


「お覚悟!」


 装甲腕の掌を咄嗟に返し、真下から放たれた輻射波動――もとい高振動波。

 虎獣士は膨大な魔力を切断力に加えたと思っていたようだが、それ自体が自分を倒すための伏線で、実は至近距離からの高振動波による攻撃を放つことが目的だとは読みきれなかった。

 高出力の振動波が魔力を凝縮させて作り出された体の構成を破壊し、核となる霊子結晶までに及び、虎獣士の姿は崩れ風の中へと霧散していく。

 そもそも彼の中に残された知識に、このような武器――もとい兵器の存在など無かったため、その威力を真正面から受ける形となった。


『ガァ……アァ…………』

「よき死合いでした。この戦いでの経験と自身の未熟さを知り、私は今より強くなれます。改めて本気で戦ってくれたことを心より感謝を」


 ゆっくりと頭を下げ、強敵に礼を示すミヤビ。

 しかし満身創痍に近く、これ以上の戦闘継続は難しいだろう。


「あ~らら、ミヤビの奴……勝っちまったよ」

「そこは親として褒めるべきところじゃないのか? 娘が勝って嬉しくないのかよ……」

「親としては嬉しいんだがなぁ~、剣士として奴と戦いたかったという感情が勝るな。乱入してでも俺が戦うべきだったと少し後悔しているところだ」

「変な性癖を出さなけりゃよかったんだよ……。ひでぇ親だ」

「しょうがねぇだろ、感じちまったんだからよぉ~」


 ゲンザはもの凄く残念そうな顔をしていた。

 とはいえ、相手は最後の一体がまだ無傷で存在していることもあり、この露出癖のある剣豪様はそちらに期待することにしたようだ。

 その間、節足動物を無理矢理合成したかのような、巨大なキメラのごとき【蟲龍】を相手にしてにしているゼロスの存在は、すっかり忘れ去られていた。

 まぁ、ハンターゲームのキャラになったかのように嬉々として挑んでいることから、別に問題はないようであったが――。



 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 平原で魑魅魍魎の百鬼夜行を相手にしていた討伐軍は、現在多数の妖魔に囲まれ激戦を繰り返していた。

 とはいえ、封魔浄化結界のおかげで何とか弱体化をさせることにより、多少なりとも状況はマシになっていたが、それでも敵の数が多すぎる。

 第一防衛陣と第二防衛陣のモノノフたちが入れ替わり立ち代わり戦線を維持し、呪術者達が本格的に援護をすることで致命的なミスを犯すことなく状況は膠着しており、そこにすかさず二度目の【大払いの祝詞】によって妖魔を消滅させ、何とか全滅は免れていた。

 この拮抗した天秤も何かの拍子に崩れる可能性が高く、まだまだ予断を許さない緊張状態は次第に精神力を削り、今にも拮抗状態が崩れそうな綱渡りが続いていた。


「兵や術者達の疲弊の色が目立ってきましたね」

「数が多いうえに後続が散発で現れるからな、そろそろきつくなるのは仕方がねぇだろうよ。問題はどちらの均衡が早く崩れるかだが……」

「………我々の方が早そうですね」

「だよなぁ~………」


 封魔浄化結界は呪術者達の力を最大限に引き上げてくれるが、ここに来て新たな問題が発生しつつある。

 そう、今戦場に立っている全ての者達の格――レベルが急速に上昇しており、いきなり倒れる者達が現れだしたのだ。このような経験など一度も経験したこともない彼らはどう対応してよいのか分からない。

 普通にレベルアップは実力が向上するので嬉しいことなのに、今の状況下で倒れる者が続出すれば全滅は免れない。そういう意味では嬉しくなかった。

 いくら日頃の修練で肉体のポテンシャルを上げようと、連戦に続く連戦ではさすがに限界が来るのが早い。上昇した能力に肉体が慣れる休息を入れる暇がないのだ。


「クソっ、またお代わりが来やがったぞ! 結界の維持で援護が追いつかねぇってのによぉ!」

「呪符の消費も激しくなってきたな……ん? いや、ちょっと待て……」

「なんか、あいつら………妙にボロボロじゃねぇか?」


 封魔浄化結界に侵入してくる妖魔たちだが、その数は確実に減ってきている。

 だが、それでも押し寄せる軍勢に追い込まれつつあった討伐軍であったが、結界の外に現れた新手の妖魔たちは、酷い損傷を受けズタボロの無残な姿であった。

 それを確認した中央本陣の呪術師たちは訝しむ。


「かなり大物ばかりの集団だが、なんであんなに消耗してんだ?」

「わからぬ……。まるで奴らよりも強力な化け物に襲われ、命からがら逃げてきたかのようだ。ぬっ? たった今消滅した個体もいるぞ」

「俺らを食って回復しようとする前に力尽きたか。しかし……」


 現れた妖魔たちの霊質的な気配から、一体の力もかなりのものであることを肌で感じていたが、存在そのものが凄く希薄になっている。

 もし五体満足で現れていたら討伐隊は確実に全滅していたことだろうが、この妖魔たちの衰弱した状態から、残された力も今戦っている妖魔とあまり変わらないほどに衰弱しているようであった。


「おいおい、奴らに何があったんだぁ? ビビらせやがって……」

「さぁ? なににしても、結界内に踏み込んだ時点で消滅しそうですね。かなり妖力を消耗しているようですから」


 アシヤとサエキの二人も他の呪術師たちと同じ印象を持った。

 そう、この妖魔たちは山を越えるときに、どこぞのおっさん魔導士がぶっ放した全力全開の【暴食なる深淵】の余波である爆風と衝撃波を背後から直撃しただけでなく、派手に吹き飛ばされた挙句、先行していた他の妖魔の群れに落下しダメージを受けていたのだ。

 蓄積されたダメージと【大祓いの祝詞】の効果も重なり、限界までに消耗していたのである。そんな裏事情を知らないアシヤを含めた呪術師たちは困惑するばかりであった。

 しかし、予想外なことはどこにでも起こるものである。


「むっ………あれ、は?」

「どうしたよ、サエキよぉ~」

「いえ………奴らの背後に……………こ、これって!?」

「んんっ? …………おいおいおい、嘘だろぉ!?」


 衰弱しても人間を襲おうとする本能に突き動かされる妖魔たち群れの背後に、前を行く妖魔を片っ端から捕食し向かってくる大型の妖魔の姿があった。【暴食なる深淵】の攻撃で体の大半を吹き飛ばされながらも生き延びた妖魔だ。

 妖刀から生まれた同胞と言うべき妖魔たちを、この妖魔は自身が存在するためだけに食らい、その力を取り込むことで失った力を回復させていた。

 その妖魔の霊質的な気配から、歴史上で現れたでの妖魔よりも強力な存在であることが嫌でも理解させられる。文字通り格が違うのだ。

 離れていても鳥肌が立つほどに恐ろしい存在であった。


「結界班! 内に溜まった気を全部使ってもいい、障壁強度を高めろ!! 【楔】がぶっ壊れてもかまわん!!」

「りょ、了解しました!! 結界の出力を上げろ!!」

「霊力が尽きて倒れたぞ! 誰か代行してくれ!!」

「私が入る! 最悪、人柱になる覚悟も決めるか………」


 呪術師たちにも限界がきて倒れる者が出てきた。

 封魔浄化結界を張る【楔】にはいくつかの補助機能が存在する。

 地中に埋めることで地脈を通じ魔力を集めるだけでなく、いざという時に結界内で浄化され滞留する膨大な魔力を利用するため、単純な構造の魔力吸収機関が備わっている。

 この魔力は呪術者達も複数で同調させることで利用できるが、人員不足時の緊急措置として地中から竹槍のようなパイプを地表に出し、結界内に溜まった魔力を吸収利用することで結界の効果と強度を一時的に跳ね上げる仕様なのだが、それらの【楔】を制御する呪術師に大きな負担が圧し掛かる。

【楔】一つでも機能停止状態に陥れば、それだけ綻びが生じ呪術師たちの負担も増してしまう。ゆえに奥の手として残されていた手段であった。

 だが、大型の妖魔が新手の集団とともに急速に迫ってくる中で、この最後の手段を切らずにはいられなかった。

 傷ついた妖魔たちが結界の第一壁面に接触する。


『『『『『ギュアァアアアアアアアァァァァァッ!!』』』』』


 妖魔たちの断末の叫びが響き渡る。

 強化された結界の障壁に触れた瞬間、妖魔達は一斉に浄化消滅されたのだ。

 勢いに乗って移動してゆえに勢いを殺し切れず、他の妖魔たちは前を行く妖魔に次々と衝突し、結界の障壁に押し潰されては消えていった。

 追いついた大型の妖魔は結界の存在に気づくと速度を落とし、まだ原型が残っている死にぞこないの中型妖魔を一心不乱に食らっていく。


「ぐぅうぅぅぅ……」

「堪えろ! 今気を抜けば、全滅するのは我らだぞ!」

「霊力の逆流が……凄まじい、負荷だ………うぐっ」

「結界が強力になったおかげで、最前線の妖魔たちは一気に浄化され始めたようだが、それまで私たちが無事でいられる保証はどこにもないぞ……」

「それでも……守りたいものがあるんだ!」


 完全に侵入を許さない障壁となった結界への衝撃と、強力な浄化能力で霧散した妖魔の魔力が【楔】に吸収され、呪術師たちにかかる負荷はますます強くなっていく。

 その苦しみを精神力だけで耐えている彼らは、まさに命懸けで国を守らんとする防人であった。


「あのデカブツ……冷静だな」

「えぇ……。あのまま衝突してくれれば楽だったのですがね」

「だが、結界の周囲にいるだけでも浄化の影響を受ける。これで多少は弱体化してくれるといいんだが、甘い見通しかね」

「私もそうあってほしいと思っていますよ」


 大型妖魔は他の中型や小型の妖魔を食らうたびに魔力量を増やし、その姿も再生を越して別の形へと次第に変わっていく。

 障壁と化した結界面から放たれる浄化の力で力が削られているが、それでも捕食による回復力がわずかに上回っているようで、最終目標は人間を捕食することにあるのだろう。

 不定形な体で唯一分かりやすい二つの光る眼が、獲物を前にした飢える肉食獣のような殺気を放っていた。


「結界外で浄化される霊力は利用できませんね」

「内側に大量の妖魔がいるだけマシだろ。浄化されることでこちらの呪力に還元できんだし、ついでに一掃もできる」

「その代わり、結界を維持する班に全負担が圧し掛かりますけどね。彼らが倒れでもしたら完全に詰みになりますよ。そうなった時の対策はどうすおつもりで?」

「あのデカブツを、結界内に入れることができりゃぁ~なぁ………」

「一度結界の出力を元に戻しますか? このままでは術者達も持ちませんよ」


 アシヤは手を顎に当て思考を巡らせる。

 今ここで選択を誤れば全滅するのはこちらであり、そうなれば大型の妖魔は野放しとなり多くの民に犠牲者が出てしまう。ここで決着をつけられなければ残された呪家の者達だけで対処できるかもあやしい。

 しかし、封魔浄化結界を弱めれば、結界の外にいる弱体化した大型妖魔たちも侵入することになるため、ここで確実に弱らせておきたいという狙いも混在して悩ませる。


「サエキよぉ~、外の大型妖魔はどれくらいにまで力が落ちていると思う?」

「中型の上位ってところでしょう。あの同族食らいはべつですが……。もう少し弱らせれば通常の出力でも対処は可能になるんですがね」

「呪術者達がぶっ倒れるギリギリを見定めないと駄目か」

「第一結界範囲と第二結界範囲の出力を少し弱め、こちらに誘い込むのはどうです?」

「そんな器用な真似ができんのか?」

「出来るか出来ないかではなく、やるしかないんですよ。我々に負けることは許されませんから」

「帝も上の爺ぃ共も、ほっっっっっんと無茶を押し付けやがるぜぇ……。戦は宮廷で起きてんじゃねぇ、現場で起きてんのによぉ……」


 所詮は中間管理職。

 無茶を押し付けられ、道理を犠牲覚悟のうえで死にものぐるいに蹴り飛ばす綱渡り。

 その苦労も達成したところで、『よくやった。今後もこの調子で頼むぞ』の一言とわずかな報酬で済まされ、命を懸けた努力が報われることがない。

 戦いの詳細をまとめた報告書ですら、彼らはまともに目を通すことはない。

 長い歴史を持つ家系ということもあり、分家筋や孤児たちの中から才能を見出された払魔師達を見下し、使い捨てのできる駒程度にしか思っていない。

 わかっちゃいても現実はどこまでも非情で、仕事を辞めたところで路頭に迷うだけとなるのは確実であり、逃げ出すこともままならない。

 中間管理職だが給料はそれなりに良いのだ。


「………なぁ」

「なんです?」

「あの魑魅魍魎ども、都に引き連れて行ったらどうなるだろうな?」

「誘惑しないでくださいよ。私だって我慢しているんですから」

「すまん。今、何もかもぶっ壊したらスッキリするだろうと思っちまった」

「気持ちは解ります。ですが、罪もない民たちを巻き添えにするわけにはいきませんよ。それより、そろそろ結界の出力を落としましょう。式神の目で確認しましたが、あの大物以外の後続はいないようです」

「終わりが見えてきたな。よし、結界の出力を徐々に下げろ! 苦しいかもしれないが、ここからが正念場だ。あのデカブツどもを倒してこの戦に終止符を打つ」

「「「「「おぉおおおおおおおおおっ!!」」」」」


 多くの兵や呪術師たちから気迫の雄叫びが轟く。

 百鬼夜行討伐隊の戦いは終局を迎えようとしていた。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 毒持ちの昆虫パーツで構成された【龍】を相手にしているゼロスは、未だに本気で戦おうとはせず情報収集に明け暮れていた。

 相も変わらず頭部の翁面の両目からは溶岩の血の涙を流し続け、地面に落ちた溶岩涙は瞬く間に瘴気となって大気に拡散する。物理法則がおかしい。


『溶岩がどうやったら瘴気になるんだ? 考えられるのは、あの涙は物質化した魔力ということになるが、だとしたら関節部の至る所から噴き出す炎も魔力ということになるねぇ。あんなに放出して弱体化していないのはどういうことだ? 地面に埋まった尻尾から地脈を通じて魔力を吸収しているのだろうか?』


 実体化した悪魔や妖精の類は魔力の放出を極端に嫌う傾向がある。

 それは自身の弱体化を招くことを本能的に恐れているためであり、魔法による攻撃を頻繁に行うのは、魔力を膨大に放出しても問題ない尋常ではない魔力を保有している強力な個体に限られる。魔力制御が未熟な若い個体は基本的に物理攻撃が主体だ。

 だが、この蟲龍はその両者と全く違う気がしてならない。事実、この蟲龍はゼロスが近づくたびに全身から炎を吹き出し、問答無用で焼き殺そうとしてくる。

 人間一人を相手に最大火力を出しているとしか思えない熱量でだ。

 魔力を高熱量に変換し放出している以上、普通であれば弱体化は免れない。考えられるのはどこからか魔力を補充しているとしか思えなかった。


『火や熱は怒りの感情であることが多い……つまり、こいつは人間に対して相当な恨みを持っている? なら、こいつは元より生存を念頭に置いていないのか……。できるだけ多くの人間を巻き込み、派手に死ぬことが本能となっていると見るべきかな?』


 脳裏に浮かんだのは、自爆をこよなく愛するかつての仲間、【ガンテツ】だ。

 彼は自爆という敵味方を巻き込んだ派手な塵際を芸術と見なしており、その一瞬の輝きの為に爆弾や自爆装置を作り続けていた変人だ。後先を考えていないという点ではこの蟲龍と同じである。


『攻撃パターンも単調で、攻撃力や防御力は高くても恐れるほどのものじゃない。自身の力を持て余しているようにも見える。となると………チカラの根源は地面に埋まった尻尾かねぇ? おそらくは龍脈から魔力を吸収している根なんだろう。つまるところ、こいつはこの場から動くことができない。なら、早々に片づけても構わないか』


 この【蟲龍】は地下に根を生やした尾によって魔力は無尽蔵に思える。

 しかし所詮は力を持った怨念から発生し、実体化することで肉体という器を持ったことにより、必然的に蓄えられる魔力には許容量が発生する。

 地脈を通じて吸収する膨大な純粋魔力には、それそのものに自然界の自浄作用も発生するので、怨念によって魔力を熱量や瘴気へと転換するにも限界がある。それらを踏まえてよく観察し考察してみると、全身の関節部から炎に変換して噴き出すことにより余剰魔力を利用しているという結論に至った。

 蟲龍は炎で身を守っているのではなく、瘴気にすることができなかった余剰の純粋魔力を物理現象である炎に変えていると思われ、この自然浄化の均衡が少しでも崩れれば自身を焼き尽くのではないかとゼロスは当たりをつけた。

 事実、この炎からは瘴気のような嫌な感じがしない。自然界の純粋な魔力であることは明白であり、このことから地脈を通じて組み上げる魔力にも限界があることになる。

 そう、瘴気が発生するのは翁面の目から流れる溶岩の涙だけのようだった。


『その身を焼いてでも恨みを晴らしたいのか……。元となった人間がどれほど酷い人生だったのかは知りようもないが、存在しているだけでも迷惑だ。ぶっちゃけ悪相思念か残留思念だし、元凶である魂は既に転生しているでしょ。悪いけど、ここで始末させてもらうよ』


 簡単な魔法で牽制しつつ蟲龍を分析していたおっさんは、ここに来て初めて反撃に動き出す。インベントリから五本の剣を取り出すと先ず一本を地面に突き刺し走り出した。


「ハイハイ、鬼さんこちらっと」

「オォオオォォォォォォッ…………」

「恨めしいの話わかりますがねぇ、ただ殺すためだけに存在しているおたくは邪魔なんですよ。未練たらしく現世に固執していないで、さっさと成仏してくださいな、っと!」


 再び剣を投げ、蟲龍のいる付近の地面左右に投擲する。

 残りの二振りを手にすると、身体強化魔法を駆使して高速で背後に回り、剣を蟲龍の尾の付近に向け一定の間隔をあけ地面に投擲。刺さった瞬間、光のラインが蟲龍の周囲を走り五芒星の立体魔法陣の輝きが浮かび上がる。

 それは結界であった。

 それも、討伐隊が使用しているような封魔浄化結界よりも単純で強力な、桁外れの魔力を消費して展開される退魔領域結界である。


「自分の炎に焼かれて消え去れ、【五剣封縛の聖域】」

「ゴォオオオオオォォォォォォォォォォォォッ!!」

「逃がしませんよ。【光の鎖縛】!」


 結界に封じられた蟲龍の足元から光の鎖が無数に伸び絡みつくと、巨大な四肢を強烈に締め上げ地面に縫い付ける。不浄な存在である限りこの結界と縛鎖からは逃れることはできない。

まして今いる場所は龍脈が地下を流れており、五本の剣はそこを流れる膨大な自然魔力を汲み上げ、結界と光の鎖の維持に使用される。

 その本質は蟲龍とは対極にあった。

 同時に瘴気と自然界魔力の均衡が崩れ、蟲龍の四肢は紅蓮の炎に包まれ焼かれていく。


「カ、返セ……………妻ヲ………子供タチヲ………カ、ゾクヲ…ヨクモ……」

「もう、あんたの生きていた時代じゃないんですよ。いつまでも未練を残していないで、過去の亡霊は潔く消えるべきじゃないかねぇ?」


 ゼロスの声は蟲龍には届いていない。

 頭部の翁面が砕け散り、様々な負の感情が入り混じり慟哭する男の顔が現れる。

 眼球はなく、狂おしい迄の嘆きの炎が噴き出していた。

 それでも溶鉄の涙は流れ続け、慟哭の叫びが鵬天山の麓に響き渡る。


「……どれだけ嘆き、どれほど恨みを抱えながら家族を追い求めようと、あんたは家族に会うことはできんさ。所詮アンタは過去の残滓にしか過ぎないんだからねぇ」

「……嫌ダ……儂……私………俺ハ、家族ヲ……取リ戻シ…………」

「そもそも、あんたは家族の姿を思い出せるんですかい? 膨大な他人の怨念を抱えておきながら、根幹となる失った家族の名前を思いだせるので? 僕にはそれが疑問ですよ」


 ゼロスの言葉に蟲龍が答えているわけではない。

 だが、その哀れな存在には同情させるだけの物悲しさが含まれていた。蟲龍の核の元となった人物は余程家族を愛していたのだろう。

 その蟲龍の根幹をなす核は妖刀を鍛えた鍛冶師の怨念だ。

 妖刀が鍛えられた当初はそうした家族の思いも確かにあったであろうが、時代の変遷で多くの怨念を取り込むことで消え去っていた。怨念の性質が変化したからだ。

 失ったものが思い出せない以上、この蟲龍の存在は活動する動機を失いながらも機械的に人を呪い殺すだけの物騒な道具と化し、ただただ迷惑なだけの過去の遺物になり下がっていた。

 

「アァ………カゾク…………儂ノ…………」

『………アンタの恨みは、おそらくずっと昔に果たされているよ。自己の存在が曖昧になるほど他者の魂を取り込み、その怨念で摩耗していたのさ。それでも家族への思いだけが残されているとは、なんとも哀れなものだねぇ』


 煙草をくわえ無言のまま火を灯す。

 その背後では自浄作用の炎で自身を焼き尽くし、無残に崩れていく蟲龍の姿があった。

 大型の妖魔が滅びていく様を遠方から眺めていたアドとゲンザは――。


「おいおい、あの化け物を相手に一人で勝っちまったぞ」

「まぁ、ゼロスさんなら当然だな。何でもありの人だし……これで残すは……」

「タカマルが相手をしている壺か。そろそろ乱入してもいいか? あいつもそろそろ限界だろ」

「アンタが戦いたいだけだろ」

「おうよ。剣士である以上、強者を相手に全力で挑みたいと思うのは本能みたいなもんだろぉ~? タカマルの相手だけでは勿体ない」

「その好機を性癖で台無しにした人が何を言ってんだ? ついさっきの話だぞ」

「ガハハハハ! そんなのはご愛敬だろ? 人間、誰しも間違いはあらぁ~な。今度こそ脱がないように気をつけるぜ」


 それでも上半身はだけ姿を見ていると不安になってくる。

 一流のモノノフか、生粋の変態か、どちらが本性なのかつき合いの短いアドには分からないゲンザは、軽い足取りでタカマルの元へと歩いくのを見送った。


「ふむ……父上はあの壺妖魔の元へ向かったいましたか」

「ミヤビ!? いつのまに背後へ………」

「たった今です。まぁ、あの妖魔はタカマルには荷が重いでしょうから、父上に任せても良いでしょう。欲求不満になられても困りますから」

「………心配はしないんだな」

「心配……父上にですか? する必要はないと思いますけど? 死んだらそれまでのことです」


 現代日本と戦国時代は文化や考え方に大きな開きがある。

 そして、異世界と現代日本もその差は大きい。

 命の危険はどちらも大なり小なりあるものだが、街から一歩でも出れば弱肉強食なこの異世界において、命――死生観に対しての認識に大きな開きが出るのも仕方のないものだとも思う。

 しかし、ゲンザとミヤビの親子関係に対し、『死ぬかもしれない家族に対して、こんなに割り切れるものなのか?』と、どこか釈然としないものを感じるアドであった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ