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ゲンザ、変態ゆえ倦厭される


 黒豹・獅子・虎そして壺の四肢を持つ武霊獣士には、アド・ゲンザ・ミヤビ・タカマルがそれぞれ一人一殺で当たる事になった。

 アドが相対する黒豹の武霊獣士――黒豹獣士の特徴は、湾曲した大剣――所謂【青龍刀】呼ばれる武器を手に、機動力と隠密性を巧みに使い分けるテクニカルな妖だった。


「【ウィンドカッター】!」


 無数の風の刃を生み出す魔法で先制攻撃をしたが、まるで幻かのように体が揺らめくと、アドの放った魔法攻撃が黒豹獣士をすり抜けていった。


『チッ……幻惑か。こんな真似もできるのか』


【ソード・アンド・ソーサリス】と、この異世界に来ての戦闘経験から、この黒豹獣士は幻惑だけでなく緩急をつけた動きにより、視覚を惑わす体術を併用して戦うスタイルを得意としていた。

 しかも魔法による幻惑は補助的なもので、あくまで体の揺れや動きの緩急による残像効果を主体とする錯覚効果なので、魔力を感知しての反撃が難しい。

 しかも気配を消すことにも長けているようで、突然間合いを詰めての攻撃に対処するのも容易ではない。攻撃に転ずる起こりが見えないのである。

 厄介だった。


「元となった怨霊、生前は相当な手練れだぞ。こりゃ………」


 見えているのに存在が希薄。

 視覚情報に頼り切ると即座に殺されかねない。

 黒豹獣士には、そんな達人クラスが待つある種の凄味があった。

 なによりやりづらいのはその武器である。


「グッ………重い」


 戦斧のごとき肉厚な刀身。

 速度と重心の乗った重く鋭い一撃をアドは刀の鎬で逸らし、返した刀で反撃を繰り出すも黒豹獣士は既に距離を離し、刃は残された残像に空を切った。

 獣の四肢を持っているということが問題だ。

 二本脚の人間とは異なり重心バランスが良く、地面に踏ん張りを利かせられる。

 しかも獣特有の機動力で間合いを一瞬で詰めてくるものだから、迂闊に攻撃を受け止めることもできない。それ以上に大型の青龍刀を受け止められるほどアドの手にする刀は頑丈ではなかった。


「なら、【ホーミング・サンダーブリット】!」


 刀一本で相手をするには危険と、アドは雷系の魔法【ホーミング・サンダーブリット】で攻撃を仕掛ける。無数の雷球が黒豹獣士に向かって四方から襲い掛かる。

 この魔法は追尾性があり、しかも雷系統ゆえに速度もあり避けるのも難しい。

 要は手数を増やしての牽制のつもりで放った魔法だ。

 だが――。


『う、嘘だろぉ!?』


 黒豹獣士は群がる雷球を全て斬り払い、アドに向かって猛然と迫る。

 そして、一瞬姿が消えるといつの間にか目の前に現れ、獰猛な肉食獣が獲物に飛び掛かるがごとく、勢いと全体重を加えた前足の鋭い爪による重い一撃を繰り出してきた。

 咄嗟に避けるアドだが、黒豹獣士は地面を陥没させるような着地をした瞬間、即座に瞬発力を生かし、間合いを一瞬で詰め青龍刀の刃がアドに振り下ろした。


「な、なろっ!」


 咄嗟に刀の鎬で受け止めたが、重い一撃による勢いまでは殺し切れず、アドは体ごと弾き飛ばされる。

 態勢を整え反撃しようにも、黒豹獣士は既に距離をとって間合いの外からアドを値踏みしているかのような、待ちの姿勢だ。

隙を見せたら危険だとアドの生存本能が警鐘を鳴らしていた。

 人間の技と大型肉食獣の機動力。そして幻術の技量と幻惑。

 真正面から相手にすると、よもやこれほど厄介だとは思ってもみなかった。


『こんなの、パーティーで挑むモンスターだろ!』


 八つ当たり気味に悪態を呟くと、アドは刀を構える。

 同時に攻略の糸口を掴もうと、今までの厄介なモンスターとの戦闘経験を思い出す。


『奴は静を主体とする戦闘が中心だ。機動力も高く、おまけに気配が極端に薄い。攻めの態勢での技の起こりが読みにくいのは承知だが、それ以外にも獣の四肢から齎されるパワーが厄介だ。しかも体術で威力を格段に跳ね上げやがる………』


 わずかな体さばきで威力が上がるのは体術が優れているからだ。

 面倒なことに、この黒豹獣士は長年基礎を鍛錬してきたかのような印象を受け、身のこなし一つにも隙が無い。

 逆にアドだが、身体スペックでは黒豹獣士に勝るものの、長い年月を費やして積み重ねてきた技量も経験も薄く、刀一振りするだけでも剣の軌道がわずかにぶれる。

 タカマルに師匠の真似事をしていたが、さすがに身体スペックによるゴリ押しだと気づき、少しばかりドヤっていた自分が恥ずかしくなる。


『奴は俺の予想以上に手練れだ……。経験則からなのか直接の戦闘は避け一撃離脱を繰り返し、真正面でのガチンコ勝負を避けてやがる。悔しいが剣術では勝てる気がしない。だが、身体能力では俺の方が高い。未熟は承知の上であえて斬り込む!』


 本来であれば、技量で優れて者に多少体力があるだけの未熟者が勝てる道理はない。

 だがアドの体力は多少どころではなく、本気になれば技量差など無視し力押しで上位の魔物に余裕で勝てる。それを可能とする技や魔法も持っていた。

 格下に後手に回っている理由は、単純に視覚情報で惑わされているだけにすぎない。

 余裕で勝ってると頭では分かっていても、どうしても故郷である地球での生活情報が無意識に混在してしまい、それが身体能力の枷となっている。

 これはゼロスも同様だ。

 リミッターが外れるのは相手を強敵と認識し、『確実に殺す』と覚悟を決めたときだ。その瞬間からアドの思考はクリアーとなる。


「高い隠密性と静粛性だが、それゆえに姿が見えなくなるほど視覚情報にまで影響が出る。ならば集中するのは視覚のみに限定し、他の感覚は全てシャットアウト」


 アドの顔から一切の表情が消えた。

 聴覚・嗅覚・触覚・味覚の四感を切り捨て、視覚だけに集中することで黒豹獣士の動きを捉え続けた。

 気配が変わったことに気づいたのか、黒豹獣士は攪乱目的の動きを止めてアドを対峙する。敵への警戒が危険な存在を相手にしていると認識し、先ほど以上に慎重に徹する必要があると思考をシフトさせたのだろう。

 逃げることもできないと判断したからこそ、アドが攻撃する瞬間を逃すまいと動きを止めたのだ。死中に活アリである。


「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 アドが吠えた。

 同時に彼の姿が一瞬で消える。

 黒豹獣士が戸惑った瞬間、自身の視界が回る光景を目にし、何が起きたのか理解できず混乱する。


「……【瞬天一閃】」


【瞬天一閃】―刀剣術の技で、身体強化+歩法【縮地】+刀剣術【気刃纏】+刀剣術【紫電】を同時で行う、奥義と呼ぶべき複合剣技である。

 しかし、アドの全力の身体能力がそこに加わることで、その威力は奥義を超える一撃となる。まさに神速の技。

 黒豹獣士は斬られたことすら分からず、胴体が地面に落ちる瞬間には再び縮地で戻ってきたアドの、無造作に振るった一撃によって両断された。


「おほぉ、すげぇ技だ。いいモン見れたぜ」


 獅子獣士を相手にしていたゲンザは感嘆の声を上げた。

 達人クラスの腕を持つゲンザでも、アドが一瞬で姿を消したところしか見えておらず、気づいたときには黒豹獣士が胴体から両断されていた。

 理解できたのは神速の斬撃には高密度の気が凝縮されており、恐ろしいまでに切断力が高められていたということだろう。正直に言って食らいたくはない。


「さて、俺も目の前のやつに集中しなきゃな」


 獅子獣士の得物は棘付きの鉄球だ。

 その鉄球は鎖で鎌と繋がっており、中距離と近距離戦を得意とする戦闘スタイルなど理解するが、その技量はゲンザの見た限りでもかなり高い。

 ひときわ大きな鎖鎌を武器の厄介なところは、その波状攻撃だ。

 鉄球による攻撃は単調で避けやすいのだが、獅子獣士の技量がその単調な攻撃を巧みに使い分け、ゲンザになかなか反撃の機会を与えてくれない。


『面白れぇ相手だ。鉄球を避けて間合いを詰めると、奴もまた間合いを詰めてあの鎌で俺を殺しに来やがる。獅子の胴体だからか、その対応が恐ろしく早い。しかもあの鎌はなんだぁ~? 刃が草刈り鎌に比べて三倍は長く鋭い。斬る・裂く・刺す・薙ぐ……基本的な攻撃ができやがる』


 背後から何かが迫る気配を感じて身をかがめると、ゲンザの頭上を鉄球が通過していった。そこから後方に飛んで距離をとった瞬間、ゲンザのいた場所を鎌が高速で薙いでいく。

 鎖の長さを調整し、ゲンザの間合いの範囲外から攻撃を仕掛けてくる。

 しかも獅子の胴体を持つ鎧武者なだけに、その高い瞬発力と機動力から間合いを詰めてくるのも速い。獅子の爪による攻撃も実にいやらしい。

 そう、ゲンザは常に動かされて息を吐く暇もない。

 それでも息切れせずに動ける理由は、単純に長い間鍛えぬいてきた肉体と経験。そして天才的な戦闘センスを持っているからだろう。


『まるで双頭の蛇を相手にしているようだぜ。それに………』


 獅子獣士の攻撃をかすめるたびに胴衣や袴が裂かれていく。

 左腕の袖など鎖に引っかかり破れ、失っていた。

 一撃を掠めるだけでもこちらは損傷を受け、そのたびに素肌が空気に触れる感覚が心地よく、戦いの最中でもあるにも関わらす言いようのない開放感が全身を駆け抜ける。


「なんか……いい♡」


 ゲンザという名のおっさんは、戦いの最中に少しずつ衣服を剥かれる喜びに打ち震えた。

 確かに獅子獣士の攻撃は隙の無い波状攻撃だが、達人クラスのゲンザであれば対処方法はいくらでも脳裏に浮かぶ。実際にケガなど負わず攻撃の全てを避けきっているのだから。

 それでも反撃に躊躇っているのは、このおっさんが度し難い露出趣味が原因であった。

 着衣を裂かれ剥かれていくたびに、この変態は『おふぅ♡』とか『はおぅ♡』とか変な声を上げ、刹那の瞬間を雷の如く駆け抜ける脱衣の快感に身を委ねているのだ。

 一言で言うと、『戦いの最中であれば合法的に全裸になれる』ということに気づいてしまったのである。

 死闘の最中だというのに表情がだらしなく緩む。


『…………』


 何やら不審なものを感じたのか獅子獣士は攻撃と止め、少し考える仕草を見せる。

 そしておもむろに鎖鎌の鎌の部分を投げると、その鋭い刃がゲンザの胴衣の半分を剥ぎとった。同時に『うわぁ~おぅ♡』と野太い歓喜の声が上がる。

 その声を聞いた瞬間、獅子獣士の体毛が針の如く一斉に逆立った。


「おふん……♡ チッ、もう気づきやがったか。これからいいところだってのによ」

『ゴォオォオオオオオオオオオッ!?(し、痴れ者だぁ!?)』

「おいおい、まだ胴衣の半分が残ってんだぜ? それに、袴はほとんど無傷だろ。こいよ、俺の全てを剥ぎ取って見せろや。なぁ、【魔布剃】」

『ノゴォオオオオオオオッ!!(人違いです!!)』


魔布剃まふてい】――海難事故で死んだ水死体から衣服をはぎ取る妖で、罪人であれば犯した罪の重さに応じて生皮すら削ぎ落とすとも、水神に属する冥界への案内人とも伝えられている。

 それはともかく、自分の技で衣服を剥かれることに快楽を見出し、全裸にして見せろと言わんばかりに挑発するゲンザに、獅子獣士は言い様のない怖気を感じた。

 武人として大切な何かを汚されるような相手を前に、獅子獣士は本能的に後ずさりするのだが、その相手であるゲンザは逃すつもりはないとばかりに『ニチャァ~』と気色の悪い笑みを浮かべた。


「逃げられると思うなよ? お前の技の全てを使って俺を素っ裸に剥いで見せろ。最後の褌が奪われてもその技の全てを受けきってやる」

『ゴルル……!! (貴様には武人としての矜持がないのか!!)』

「あん? なに言ってんのか分かんねぇけどよぉ、これでも武に身を置いた人間だぜ? 俺なりに目指す生き様ってやつは持ってるさ。だが、最後にものをいうのは鍛え抜かれた肉体のぶつかり合いだろ。なら、武を競い合ううえで服など邪魔じゃねぇか? 裸一貫、ガチでやり合うのが筋ってもんだ。なぁ、やろうぜ」

『ゴ、ゴグルルルル……。(なんか、言葉の意味合いが、凄くいかがわしく聞こえるのだが……)』

「気のせいだ。俺は裸になりたいなんて、これっぽっちも思っていねぇぜ? まして剥かれる快感に酔いしれているわけでもねぇ」

「ゴグアァ!!(嘘だぁ!!)」


 なぜか会話が成立しているのはともかく、獅子獣士は本能から自身の大事なものを守りたいがため、ゲンザから脱兎のごとく全力で逃げ出していた。

 そんな彼を背後から追いかける変態。


「おいおい、逃げるなよ。ここまで俺を熱く焦がらせておいて、今さら『はい、それまぁ~でぇ~よ』なんてオサラバができる思うのか? 責任もって相手を(脱が)してもらうぜ」

「ゴアァアアアアァァッ!!(来るなぁ~~~~~っ!!)」


 獅子獣士は今世に存在してから、常に強者と戦う欲求に突き動かされていた。

 ゲンザを相手にすることになったのは、挑んでみたいと思える二名の強者が先に他の妖魔にとられ、他に相手がいなかったからである。

 だが、この相手が自分の想像以上に猥褻だった。そして破廉恥であった。

 戦うことを放棄しても逃げ出したい邪悪だった。

 こんな異質な存在と戦うなど、はっきり言って恥である。


「グルル……。(クッ、あんな痴れ者と戦うなど、我の矜持に反する。まして敗れでもすれば恥をも超える不名誉以外の何物でもない)」


 逃げる化け物と追う変態。

 嫌な追いかけっこが始まる。


「ふはははは、どこへ行こうというんだぁ~? 俺にはまだまだ剥ける場所があるぞぉ~、背中を向けて逃げるなど武人の風上にもおけねぇなぁ~?」

『(なんで……。なんで我はこんな奴の相手をすることになったんだぁ!! 神よ、我は何か取り返しのつかぬ悪事も働きましたか!|? それ以前に、なぜあのような恥知らずな害悪を放置しているのだぁ!!)』

『知らぬよ。このような痴なる者も自然発生する多様性こそ、あるべき世界の本質というものよ。事実、その多様性から汝らも誕生しておるのじゃろ? なんと言うべきか、頑張れとしか言えないのじゃ。諦めよ』

『(神よぉ、我に救いはないのですかぁ!?)』


 どこぞの神様からの回答に、獅子獣士は絶望した。

 救いはない。

 ならばと、獅子獣士は死に場所をひと戦闘終えて様子見しているアドに向けた。


『(どうせ死ぬのであれば、強者によって倒されることを選ぶ!!)』

「な、なんだぁ!?」


 鉄球を振り回し猛然と迫る獅子獣士に対し、アドは驚いた声を上げた。

 これが最後の一撃と全ての魔力と殺意を鉄球に込めて、獅子獣士は最初で最後の全身全霊を賭した最大の一撃をアドに放つ。渾身の一撃であった。

 そんな強力な殺意に反応し、咄嗟にアドは神速の唐竹割りを放つ。

 両者が交差し、時間をおいて獅子獣士は左右に分かれた。


『(み、みごと………)』


 強者に倒される願いを達し、獅子獣士は満足して消滅した。

 だが、突然に襲い掛かられたアドとしては、何が何だかさっぱり分からず困惑していた。


「おいおい、そりゃねぇだろっ!? なんで……なんでアド殿に向かって行きやがるんだよ。俺のこの胸の高鳴り(ときめき)をどうしてくれんだ……」

「そう言うゲンザ殿も、なんで半裸なんだ? つか、なんであんな追いかけっこしてたんだよ。すげぇ迷惑だぞ」

「いやぁ~、なかなかに手強いやつでよぉ。少しばかり手間取っちまった」

「本当かぁ~? なんか信じられないんだが……」


 ゲンザは逃げる獅子獣士に手間取っていたのは事実なので、嘘は言っていない。

 衣服を強制的に脱がされる快楽に酔っていたと言わなかっただけである。


「仕方がねぇ、ゼロス殿の方に向かうか。あれほどのデカ物なら、まだ斬り甲斐があんだろ」

「おいおい、自分の娘や息子の助っ人はしないのか?」

「ミヤビはおそらく一人で片付けるだろうが、タカマルの方はどうだろうな? かなり手古摺ると俺は踏んでいる。強者と手合わせできるまたとない好機だ。今は放置でいいぜ」

「無責任な……死んだらどうすんだよ」

「死にそうになるのはタカマルだけだろ? そんときは俺がなんとかするぜぇ、これでも親だからよぉ~」

「いや、それが本当に親のするべきことなのか疑問なんだけどよ」

「獅子は我が子を千尋の谷に落とすってやつだ。強者を相手にして、初めて己を見つめなおすことができる」


 もっともらしいことを言っているゲンザだが、アドから見てどうにも胡散臭い。

 絶対に息子が窮地に陥るところを面白がっているとしか思えない。

 なんというか、似たようなことをする人間を身近に一人知っているので、その言葉を信じ切ることができないのだ。


『本当に助ける気があるのか?』


 どうにも不安になってくる。

 事実、今はミヤビとタカマルが戦っている姿を楽しそうに眺めているだけだ。

 もしもタカマル達が危険な状況に陥ったとしても、この場からでは間に合いそうにもない。


「この……。そのような大ぶりの大剣を二刀持ちで、よくぞそこまで戦えるものですね。その技量、素直に感服いたします」


 ミヤビが相手にしているのは虎獣士だ。

 下半身が虎の四肢で、首の部分から上が鎧武者の上半身と言う姿をしている妖魔である。

 身の丈に匹敵する大ぶりの大剣を二刀持ちで、攻防一体の隙のない戦闘スタイル。攻め特化のミヤビが相手にするには少々分が悪い。

 対してタカマルはと言うと――。


「ちょ、ハッ! クッ……攻めに入れない。何とかしないと……」


 ――槍を持つ壺獣士を相手に逃げの一手で苦戦していた。

 壺獣士の戦闘スタイルは実にトリッキーだ。

 丸っこい大壺から餅のような白い物体が伸び、そこに鎧武者の上半身が生えている。

 くるくると回転し、ときに飛び跳ねては間合いを詰め、凄まじい勢いで槍を突き出してくるのだ。

 タカマルが斬り込めば、壺獣士はその場で巧みな槍さばきや回転で逸らし、瞬時に槍を短めに持ち替えて鋭い一撃を放つ。

 タカマルがそれを避けると突然大ジャンプし、上空から串刺しにするべく急速落下。攻撃に転ずる姿勢が実に掴みどころがない。


「………めっちゃ苦戦しているようだけど?」

「楽しそうだよなぁ~。けどよぉ、ここで俺が割り込んだら無粋ってもんだろ。見ろよ、ミヤビのやつ……実に楽しそうだぜ?」

「タカマルの方は苦戦どころの話じゃないんだが? むしろ助けに行った方がいいんじゃねぇの? 親だろ」

「頼まれてねぇしなぁ~。泣き言を言ってきたら助けに行ってやらぁ~な」

「……鬼だ」

 

 正直、『子を持つ親の身としてはどうなんだ?』と言いたくなる。

 ゲンザの視点で言うと、これは二人が成長するための修行の一環であり、よほどの事態がない限り助け舟を出すつもりがないということだ。

 しかし戦いは現在進行形で繰り広げられており、距離を置いて眺めている以上、本当に危険な状況で助けに入ることは難しい。

 攻撃を受ける場所によっては即死もあり得るのだ。


「万が一のことが起こったとして、この距離から間に合うのか? 無理だろ」

「普通なら、そんな状況になる前にこっちに逃げてくるだろ。格上を相手にして逃げるという選択は間違いじゃねぇしな。タカマルの奴がそこに気づければいいんだが……」

「気づけなかったら討ち死にじゃねぇか!?」

「戦場で死ねるなら剣士として本望だろうよ。格上と戦うということは、そういう覚悟も必要だってことだ。覚悟が足りずに死んだら、ただの実力不足で無様を晒しただけって話のことよ」

「鬼だな……変態な鬼がここにいる」


 アドには武士の矜持というものが理解できない。

 一見して普通の人間に見えていても、いざ戦いともなれば刹那的で平然とその命を奪い、あるいは散らし苛烈に死んでいく。

 武士道の中の死生観を言葉では言い表すことができても、実際の感覚としてとても受け入れがたい。正確には現代日本人の感覚では理解できるというものではないのだ。

 それもそのはずだ。

 例えば3000年前に書かれた兵法書があったとして、そこに記された内容を当時の人間と現代人とでは異なる意味として捉える。

 現代人にとってはビジネスにも使えるバイブルにはなり得ても、書かれた当時の人間にとっては野蛮人の薦めだ。

 時代の違う人間の感性が異なる故に、時代が進む過程で編纂し解釈された意味に差が生じてしまうのは、仕方のないことだろう。

 

「んで、ゼロス殿は……」

「あっちでお面ムカデと戦っているぞ」


 ゼロスは一人、やたら巨大なムカデの化け物と戦っていた。

 いや、昆虫のような節足動物のパーツを組み合わせて作り上げた龍にも見える。

 甲殻の隙間からは炎が吹き荒れ、翁面の口からは溶鉄を垂れ流し、人間の腕のように変化した顎の鋏は二の腕から鋸刃状の武器となって自在に動かせる。

 長い触覚も鞭のようにしなり、凄まじい速度で相手をしているゼロスに向けて振り下ろされていた。


「この触覚……邪魔だねぇ。顎についた腕の攻撃はたいしたことないんだけど、甲殻の隙間から火を放出しているのが地味に厄介だ」


 実際のところは厄介などと言う生易しいものではない。

 近づけば熱によって重度の火傷は確実で、普通に道着を着ているだけのタカマルやミヤビ達では戦うことすら不可能だ。上質な装備を持つゼロスやアドだけが対応するしかない。


「関節部から炎だけを出しているのかと思ったけど、あのサソリのような胴体からは毒を含んだガスも出していないか? 完全に人間を殺すことに特化した変異……いったいどれほどの恨みを溜め込んでいるのやら」


 翁面のついた長いムカデの胴体はまるで龍の首のように自在に動き、巨体を支えるサソリの胴体からは炎よりも高濃度の瘴気が多く放出されているが、なぜか尾の部分は地中に埋まったまま抜け出していないため巨大な妖魔はその場から動けずにいた。

 だが、それでも人間からすれば充分な脅威であり、いつ抜け出して移動を開始するか分からない恐怖もある。


「キシャァアアアアアァァァァッ!!」

「おっと……。ふむ、これは間合いを取るのが難しいかな? 首にも無数の脚が生えているし、不規則に動いているから読みづらい。まぁ、今のところ首による薙ぎ払いや体当たりだから避けるだけなら楽だけど………」


 ゼロスは【ストーン・ブリット】や【アイス・ニードル】などの簡単な魔法で牽制しつつ、弱点属性を探っていた。

 妖魔は悪魔や妖精と同じ特性を持っている。

 そう、実体化と霊体化だ。

 元より霊質的な存在なため、本来であれば物理攻撃は通用しないのだが、逆に言えば霊体状態だと敵に対して攻撃してもすり抜けてしまう。

 それでも敵に対してダメージを与えられる理由は、霊体化状態時に妖魔の特性である属性攻撃や魔力吸収など、生物に対して優位な状況で攻撃を与えられるからだ。

 特に悪霊から派生した妖魔は、【エナジードレイン】や【呪詛】、エレメントなどの六属性や五行における相乗相克の能力を獲得している場合が多い。


『ドレイン能力はない。属性は火なのは見て分かるが呪詛の方が厄介か? 吸い込んだだけでも【病】・【壊疽】・【恐怖】・【五感低迷】などの状態異常が発生する。状態異常や魔力耐性が高くないと下手すりゃ即死だわねぇ~』


 霊体化状態でもこれだけの状態異常を加えてくるのに、実体化による物理攻撃まである。

 更に半霊体化とかいうこちらの物理攻撃は通じないのに、一方的に物理攻撃が可能という狡いの能力まであるのだが、これは妖魔自体に明確な意思があることで可能となるわけで、今回のような怨念に突き動かされている個体が使う可能性は低いとゼロスは見ている。

 結局のところ魔法攻撃でゴリ押しすれば勝てるからだ。

 とは言え、出だしで結界内にあふれた妖怪を一掃するため【暴食なる深淵】を派手にぶっ放したことで、これ以上の強力な魔法攻撃の行使は周辺に多大な被害を出してしまう。

使えて一回が限度だ。

 だからこそ面倒でも威力の低い魔法攻撃を続け、弱点属性を調べるために有効と思える攻撃を片っ端から試しているのだが、この手の巨大な魔物は『大きさ』=『魔力保有量が高い』なので、今一つ攻撃が利いているのか分かりづらかった。


『まんま氷系の魔法は効果が高いようだねぇ~。後は水系と土系かぁ、風は火力を高めてしまい火は完全に無効化される、か……。まぁ、予想はしてたけど定番すぎて面白くないなぁ~。魔法はともかくとして、次に気になるのは物質化している段階での強度かなぁ? 物理耐性はいかほどやら』


 暴れまわる巨大ムカデの周囲をチョロチョロと動き回るおっさん。

 見た目には鬱陶しい蠅のように見えるが、そもそも大きさが異なるので実際の危険度はかなりのものだ。死にゲーでプレイヤーが操作するキャラが巨大なドラゴンを相手に戦っている光景を想像すればいいだろう。

 分類上はレイドボスクラスに該当する魔物なので、ソロで普通に戦って勝てるような相手ではない。


「………ゼロス殿。よくあんな化け物の相手をできんな。無数に生えてる脚が触れただけでも即死するぞ。なんで避けられんだぁ?」

「まぁ、ゼロスさんだからなぁ~。アレくらいの相手なら何度も倒してる」

「マジかよ。こりゃぁ~、もう一度勝負を挑んでみたくなるな。俺を相手にしていた時ですら、てんで本気じゃなかったってことじゃねぇか」

「ゲンザ殿も大概だな……。本気のゼロスさんを相手にしたら、一撃で死ぬからやめとけよな……。つか、この状況で乱入なんかしないでくれよ?」

「それは楽しそうな提案だな」

「提案じゃねぇからなぁ!?」


 戦闘民族的思考の持ち主であるゲンザ。

 一応アドが釘を刺したが、この分ではいつゼロスと大型の妖魔との戦闘に乱入し、三つ巴の戦いという状況に持ち込みかねない。

 この変態親父はゼロス以上に信用がおけない。

 事実、この親父は戦いたくて手をワキワキさせている。


「先ほどの戦闘で満足できなかったのか?」

「なんか、急にアド殿に向かって突撃を敢行しやがったからな。不完全燃焼で昂った気分が静まらねぇ。たく……ちょ~っと奴の攻撃を利用して剥かれるはずだったのに、背中向けて逃げやがってよぉ~」

「それが原因だろぉ!? 真面目に戦えよぉ、俺だって逃げるわ!!」

「真剣勝負の最中に相手が裸になろうと、一度刃を向けた敵に背を向けて逃げるなんざ、モノノフの風上にも置けんだろ。覚悟が足りねぇ」

「真剣勝負の最中に裸になろうなんて思うヤツの方が、モノノフの風上にも置けねぇだろぉうが!! どんだけ変態なんだよぉ!!」

「ほら、俺って感度3000倍の敏感肌だからさぁ~。全裸にならんと本気になれんのよ。やっぱ殺意ってのは、地肌でビンビンに受け感じてこそだろぉ~? でなきゃ戦う相手に失礼ってもんじゃねぇか」

「同意を求めんな。どこの退●忍だよ……。もう、やだ……この親父……」


 アドはこの時になって、ようやくミヤビの気持ちが分かった気がした。

 こんな命懸けの状況ですら脱ぐことを求める変態親父が身内だと知られたら、確かに自害するか殺意を向けるようになってもおかしくはない。存在そのものが恥ずかしい。

 この度し難い変態と毎日顔を合わせ、痴態を晒し続けるたびに窘め続ける日々の中で、精神が摩耗していくことを思うと同情したくなる。

 そう、何かにつけて父親を斬ろうとするミヤビは、とっくに精神の限界を迎えていたのだろう。元から苛烈な性格だったのではなく、醜態を晒され続ける日常に嫌気がさし、親を斬る覚悟を決めるほどに追い詰められた結果なのだと結論付けた。


『ただの好戦的な修羅娘かと思っていたが、これが親じゃ~まともでいることが馬鹿らしくなるだろうな。マジで同情するぜ……』


 キレた娘と、そんな娘の気持ちを考えず性癖を隠そうともしない父親。

 その間に挟まるタカマルは、これからも苦労していくことになる。

 これからこの一家がどのような道を辿るのかは知らないが、けして碌なことにならないことだけは理解してしまい、ただただ呆れにも似た溜息しか出なかった。


 アドは気づいていない。

 同情はしても、家庭の問題の解決策すら模索しようともせず他人の事情と割り切り、深く踏み込もうともしない彼自身、面倒事を背負いこみたくない無責任な傍観者であることを……。


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