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おっさん、地形を変える



 結界から逃れた中型の妖魔たちは、その本能に従い最も人が集まる場所を目指していた。

 魔力を物質化させた肉体を維持するには、生物――とりわけ人間の負の意志の宿る魔力を摂取せねばならず、自らの存在を固定し続けるために命を刈り取る習性だ。

 かつては人間のものであった負の妄執は、人とは異なる異形とっなったたことで変容し、自己保存のため人が放つ魔力の残滓に過剰反応を示すようになる。

 風に流されてきた微量の魔力を嗅ぎ取り、さながら明かりに誘引される虫のごとく、彼らは脇目も振らず一直線に餌のもとに殺到した。

 しかし、襲われる側にとっては命懸けだ。

 第一陣を凌いで暫くして第二陣が強襲。

 更に第三陣と断続して襲ってくる魑魅魍魎に対して、人間側もなんとか必死に前線を維持し続けていた。


「また来たぞ!」

「槍部隊、構え!」

「待て、二手に群れが分かれたぞ!? 囲い込むつもりだ!」

「騎馬隊の出番だぁ、蹂躙するぞ!!」

「勝手に本陣から離れるなっ……て、おい!?」


 乱戦となった各小隊の部隊長は、現場の判断から本陣の命令もなく勝手に動き、もはや規律の取れた陣形での戦闘は無意味だった。

 そもそも妖魔たちに戦略というものがなく、ただ人間の魔力に惹かれて散発的に襲っているのに過ぎない。その流れを読み間違えれば討伐軍は一気に瓦解するだろう。

 怨念によって派生した妖魔であれば、魔力など関係なく人間を襲うのだから。

 だが、人間を相手にするような戦略は効果が今一つで、ときおり予想外の行動に出るので対処する側としては苦労していた。それを防いでいるのが封魔浄化結界だ。

 結界範囲内に妖魔が侵入すると、本陣が置かれている結界の中心部に近づくほど、妖魔たちは肉体を構成する魔力は浄解し削られ、強制的に弱体化されていく。

 小型の妖魔は第一結界範囲内で浄化され、ただの魔力となって大気に拡散してしまう。

 それでも全ての妖魔が消えるわけではなく、そうした生き残りをサムライ達は駆逐していたが、いかんせんとも多勢に無勢であり長期戦になるほど不利に追い込まれてしまう。

 油断のできない状況は始まったばかりだ。


「数が多すぎるだろ……」

「小物の相手はいいだろ。無視して中型を優先して叩く」

「雑魚は放置していても勝手に消えるからな、それでかまわん。そろそろ向こうも抑えきれなくなっているようだしな。邪魔なら蹴散らせばいいだけの話だ」

「「承知」」


 中級の妖魔の群れは多少知能が高いのか、前線で膠着状態の場所には向かわずに迂回し、別の場所から突撃を敢行する。

 攻め側の兵力が一点に集中すれば、他を防衛する兵力を迎撃に回すのは戦略上でも定石であり、その分だけ陣地の守りを担う布陣に薄い箇所ができてしまう。

 妖魔たちは本能的に人間側の戦況を読み取っていた。

 しかし、それを結界の中心近くで待ち構えていた槍兵隊によって防がれ、傷つけられた妖魔は傷口から魔力体アストラルボディを浄化されてしまい、急速に弱っていく。

 他の兵たちが機を逃さずとどめを刺し、また別の妖魔を倒すべく忙しなく動き回っていた。妖魔たちは基本的に魔力でできた外骨格を纏う昆虫のようなもので、封魔浄化結界は妖魔に少しでも傷を与えるだけで、存在そのものに致命的な弱体化を与える。

 勿論、妖魔たちにも自己修復する力を持ってはいるが、この広範囲な結界陣はその能力を著しく阻害してしまうのである。

 こうして見ると人間側が優位を保って見えるのだが――。


「手古摺ることは想定していたが、こりゃ……不味い事態だな」

「覚悟はしていたつもりなのですが……。いよいよもって形成が不利な状況に追い込まれそうな予感がしますね」

「今はこちらが押している状態だが、この均衡も長く続かんだろ。さて……」


 ――険しい表情で戦況を見つめるアシヤとサエキ。

 封魔浄化結界は確かに霊質的な魔物には効果が高いが、魑魅魍魎たちを浄化し続けるには相応の魔力を必要とするので、結界内に妖魔が密集しすぎると放出される瘴気の濃度が高まり、その効果を減衰させてしまう。

 そのため結界内に侵入する敵の数を調整するため、外側の第一結界を強化し障壁を形成させている。結界を維持する呪術者側に大きな負荷がかかり、彼らの額に汗が浮かぶ。

 この結界は、呪術師たちが弱めない限り戦いが終わるまで一方通行で、一度範囲内に入れば妖魔たちは外に逃れることはできない。

 人間にとっては背水の陣である。

 結界内に溜まった瘴気が外側に流出は、その構造が網の目状とはいえ決して通気性が良いというわけではなく、瘴気が浄化しきれず結界内で飽和状態となったとき、逆に妖魔たちを強化させかねない危険を孕んでいた。

 無論、それに対する対策もあるが、使いどころを見極める必要があるため、呪術師たちは冷静に戦局を注視している。


「今のところ倒した妖魔は瘴気ごと浄化しきれているようだが、この優位おいつまで持つか分からねぇ。魑魅魍魎の数もそうだが、内に溜め込んだ瘴気の濃度が濃すぎる」

「龍穴を抑えられ、龍脈から放出される膨大な気に晒されたにもかかわらず、消滅されず短期間で瘴気に染め上げたということ……。いったい例の妖刀はどれほどの怨念を溜め込んでいたんでしょうか」

「人生が充実していようが、不幸のどん底だろうが、死ねば思いを残すことなく世界から消えていくのが自然の流れだ。だが、何かの媒体に溜め込まれた妄執は、けして消えることなく残り続ける。例の妖刀は昔から他人を不幸に導き、多くの怨念を溜め込み続けた曰く付きの呪具だからな。後生大事に封印するのではなく、さっさと破壊しておきゃ~よかったんだ」

「権力者は名刀に目がないですからね。たとえ妖刀であったとしても、後世に残しておきたかったのでしょう」

「どんな名刀でもよぉ、未来でこんな騒ぎを起こされたら迷惑なだけだろ」


 宝物殿に封印されていた妖刀。

 それ以前の目録では、交易の許可を得るために東諸島列島のある国から献上品として東大陸に持ち込まれたものだ。この時点でもかなり危険な力を内包していたと記録に残されてあったほどだ。

 普通なら激怒するような内容なのだが、当時は国内で何かと厄介な問題が立て続けに起きており、検めることなく他の献上品とともに宝物殿の奥へ安置されてしまった。

 妖刀であったと記録に残されてはいたが、様々なゴタゴタのどさくさで記録とともに忘れ去られてしまい、それが発覚したのは時間がだいぶ経過した後のことだ。


「あんなものを献上するなんて、国の転覆を謀っていたとしか思えないんですがね」

「大層な箱に入れられて、厳重に封印されていたようだからな。何も考えずに送ってきたのかも知れん。記録を読んだ限りだと、かなり切羽詰まった弱小国だったらしい」

「今は地図の上にも存在しない国ですけどね」

「栄枯盛衰とはいうが、最初から栄華を誇ったことのない衰退一直線の国だったって話だから、俺らよりも先の未来じゃ国の名前すら残らないんじゃねぇか?」

「少なくとも我が国の記録には残されますよ」

「どうだろうな。戦で国が潰れると、内政の記録や技術を記した書は全部焼き払われるから、この国だっていつまで繫栄できるか分からんぞ? 国をぶっ潰した後に再起を図るのには、長い年月が必要だからな」


 内政の全てを記した書簡や技術書などは、戦争で滅ぼされるときには必ず焼き払われる。

 これは滅ぼした国の存在を、記録や痕跡にすら残すことを許さないという、為政者としての慣習と常識としての振舞いなのだが、滅ぼした後に統治するうえで重要な参考資料になることを理解しない文化的に愚かな伝統風習であった。

 画期的な技術や思想・哲学においても、どれだけ優れていようと権力者にとって都合が悪ければ抹消され、歴史の闇に葬られてしまう。

 難を逃れ他国に流出し評価されてしまえば、発展するのは知識や技術を受け入れた柔軟な思考の国であり、後世においてその土地で興った歴史だけ古臭い因習を残した国と、高度に発展した文化的な国という格差が生まれる。

 この魑魅魍魎との生存をかけた戦争も、元をただせば『たとえ名刀でも危険物なら破壊するべき』という考えに至らず、『危険物でも素晴らしい名刀だし、これは受け継がれるべきものだ』という権力者の古臭い考えが一因していた。

 そう、権威を示すうえで優れた武器を保有していることは、今でも為政者にとってステータスとしてみなされる因習として残されていた。


「たかが妖刀一本でこれだぞ。俺達で防げなかったら、マジで最悪な事態になるじゃねぇか」

「その心配は、この場にいる段階で考えても無意味です。妖刀が賊に盗まれた時点でこうなる事は決定してましたから」

「おかげで面倒事になってんだがな……ん? 騎馬隊が勝手に動き出してんぞ。何やってんだよ」

「おそらくは前線の援護に回ることで一時的に戦線を下げ、中型の妖魔を集中的に弱らせるなり、倒すつもりなのでしょう。小物をいくら潰したところで大して意味はありませんからね。体勢を立て直せれば前線を押し上げるのは容易になります」

「冷静に戦局を見れる者がいたんだな。そろそろ前線は混戦するだろうに」


 勝手に動き出した騎馬隊は、迂回してくる妖怪の群れに横から突撃し、長槍で刺し貫く一撃離脱の戦法を繰り返していた。

 群れの中心が乱れると後続の妖魔たちは勢いを止められず、体勢を崩していた前の妖魔たちに玉突き衝突していった。そこへすかさずサムライ達が追撃し、立て直す暇を与えず平らげていく。

 防衛戦術から一転して攻めの戦術に変わっていたが、これでは長期戦は難しい。


「一撃で確実に仕留めろ! 中型の妖魔共はしぶといぞ。押し上げて陣形を整えるのだ」

「雑魚どもよりも手強い……。だが手傷を負わせれば……」

「いい……なんか調子がいいぞぉ!! 戦うほどに強くなってる気がするぅ~っ!!」

「こら、先行し過ぎるな! 一撃離脱に徹するんだよぉ!!」


 彼らは気づいていないが、肉体の修練によってレベルアップ時の変調に耐えられる者達は正気を保てており、耐えられなかった者達は精神的な高揚によって暴走し嬉々として突撃を繰り返していた。

独断専行を始める者もちらほら現れ始めている。

 既に死者も出始め、この状況が続くのはかなり不味い事態だ。


「何やってんだよぉ、下がれ!!」

「温存戦力にまで世話を焼かせるな!」

「すまない、戦場の空気に当てられて興奮してんだ。今直ぐにでも下がらせる」

「頼むぞ、お前たちに戦線を崩されたら堪らん。第二陣営の連中と交代しろ! 前線が崩されるよりはマシだ」


 すかさずギリギリまで温存されるはずだった本陣の部隊がフォローに入り、突撃を続けようとした者達を無理矢理後方へ下がらせる。

 乱戦において仲間から孤立するのは死を意味する。


「……呪術支援をしたほうがいいか?」

「東と南で局地的な乱戦は仕方がないとしても、統制が執れなくなるのは不味いでしょう。部隊を交代する時間を稼ぐため、彼らに持たせた呪符の使用許可を出します」

「前線ではすぐに使い切っちまうだろ」

「手の空いている部隊を前線の部隊と入れ替えるときに、援護として使用すればいいんです。この戦いは封魔浄化結界の効果を存分に利用するための布陣ですから、敵に損傷を与えればこちらが有利になりますから」

「今、第二防衛線にも化け物どもが攻めてきているようだが?」

『ふむ………ここが戦いの勝敗を分ける起点でしょうか。ここで判断を誤れば、私たちが敗北しかねない……さて』


 円形防御陣形を組んでいる現在、東側と南側が第二防衛線で乱戦状態となるも、騎馬隊の突撃で一時的に危機は脱した。

 一方で北側と西側では第一防衛線が健在で、小型の妖魔と小競り合いが続いている。

 乱戦から抜けた妖魔たちは統制もなく無秩序に動き、第二防衛陣地で交戦に入るも数が少ないので対処は容易だ。

 東と南で第一次防衛線から戦っていたサムライ達は疲弊しており、少しでも休息を入れなければ無駄死には確実となるので、呼び戦力と交代させることで長期戦に備えていた。

戦況を脱するための兵力の損耗を避けるには前線を一時的に押し戻さなければならない。

 既に本陣である第三防衛線の兵力が救援として動いており、態勢を整えるための呪術支援を行うのはこの時しかなかった。

 

「銅鑼を鳴らせ! 東と南の第二防衛線を担当する部隊に、呪符の使用と呪術支援を許可する。だが、全部使いきるなと厳命しておけ!」

「ハッ、直ちに」


 モールス信号のように間隔を置いた銅鑼の音が戦場に鳴り響いた。

 予め合図を教えられていたサムライ達は呪具の使用が下りたことで、即座に持たされていた呪符を翳し、戦いながらも秘められた術を発動させる呪言を唱える。


「オン・シリシカ・ソワカ……」

「木気を用いて封縛となす、呪根縛鎖」

「金気招来、金剛雷」


 それぞれの呪家から与えられた呪符は、一門が研鑽を積み重ねたもののため、陰陽術・仙術・導術と複数ある呪術から多分化され、どれ一つとて同じ呪術は存在しない。

 中には一つの属性を追求した一派もあるほどだ。

 そのため兵たちに持たされた呪符も、呪符の使用に対して個人差や製作した各呪家の特色が大きくでてしまい、威力や効果範囲に極端なバラつきがあった。

 植物が妖魔に絡みつき動きを封じ、不可視の刃が群がる敵を斬り裂き、電が降り注ぎ化け妖魔たちを貫く。


「あちっ、あちあち……てめぇ、どこに向けて呪符を使ってやがんだぁ!!」

「くっそ、思ったよりも効果範囲が狭い……。いや、奴らの動きを乱せただけでも御の字か」

「発動しねぇぞ、どうなってやがんだぁ!!」

「発動はしたが………効果がショボい。不良品か?」


 当然ながら呪符や呪具の使用者によっても威力に極端な差が生じる。

 そもそも、呪術に関係ないサムライ達に呪符や呪具を使わせても発動すればいい方で、威力という面ではさほど期待などできない。

だが、中にはかなりの高威力で呪符を発動させた者達もいた。

その呪符が群がる妖魔たちを飲み込む。


「よし、この呪符は当たりだ! 今のうちに前衛部隊を下がらせるぞ!」

「お前、呪術師に向いてんじゃねぇの?」

「後退して少し休んでいろ! ここは我らが引き受ける」

「頼んだぞ! 少し体力を回復させたら戻る。それまで持ちこたえてくれ!!」

「早く行くがいい! 動けるようになるまで我らに任せよ!」

「恩に着るぜ!」


 前線で戦い続けていた部隊と後方で待機していた部隊が迅速に入れ替わる。

 討伐隊の各部隊長たちは、戦場の様子から兵力の小出しは危険と判断し、即座に前衛と待機組の役割をローテーションへと即座に切り替えた。

 今まで後方で控えていたサムライ達も、呪符の使用が許可されたことから、全力で群がる妖魔に斬り込んでいく。


「ぐあぁ!!」

「チッ、また一人やられたぞ! 突出し過ぎだぁ、下がれぇっ!!」

「【躯武者】がいるぞ! 予想以上に手強い……」

「雑魚と思っていたが、中に手練れも紛れ込んでいる。三人がかりで確実に仕留めていけ!!」


【躯武者】とは、一言で言い表すのであれば落ち武者の亡霊だ。

 戦いの最中で無念の死を遂げ、その感情のみに突き動かされた怪異であり、生者を殺すことに特化した危険な妖魔である。

 生前の人間の強さに比例し強さには個体差があったが、集団で出現されるとこれほど手強い存在はいない。

 何しろ彼らの心は今も戦場の中におり、覚めることない闘争を永遠に続ける哀れな存在でもあった。武の頂にいる手練れが躯武者になっていたら、その被害は尋常ではない数に跳ね上がることだろう。


「「「「天ノ大原におわせし御神よ。言の葉の祝にて御身の神気を賜りたもうこと乞い願わん。ここにまつろいし怨ノ荒魂を祓いたまえ、清めたまえ……。日ノ照魂、月ノ陰魂、布都ノ御魂、奇ノ御魂、生ノ御魂、玉留ノ御魂、幸ノ御魂、潮満ノ魂、潮干ノ魂……ふるえや、ふるえ、ゆらゆらとふるえ……」」」」

「大祓の祝詞だと!? だが、今は助かる!」


封魔浄化結界は、龍脈より引き出す魔素を用いた対妖魔結界である。

 少し乱暴な言い方をすると、純粋な魔力を結界内に充満させることにより、物質化した魔力生命体を強制的に魔素へと還元させる。

 重要なのは魔素=魔力が満ちているという部分にあり、これにより呪術師たちは自身の呪術の効果を何倍にも高め、行使することができるのだ。

 ついでに瘴気となった魔力の浄化も出来る。

 大祓の祝詞はこの封魔浄化結界の特性を利用し、その浄化効果を何倍にも高めることで、百鬼夜行ですら対応できる強力な術として行使される。

 欠点は呪術師たちによる大規模な集団魔法に分類され、発動時の消耗が激しいことと、この呪術を発動するうえで前準備が必要となる。

この場合は封魔浄化結界を張るための楔を埋めることだろう。

 だが、その手間を踏まえても受ける恩恵は大きい。


「おぉ……気が、気が漲る」

「疲れも癒えるようだ……」

「これで、まだまだ戦えるぞ!」


 結界内で数多くの魔力体である妖を浄化すれば、当然だが結界内の妖魔の瘴気は純粋な魔力に還元され、呪術師たちの力として利用できる。

この限定された空間において魔力を用いる技や術の威力を結果的に底上げすることができるのだ。

 無論、肉体を循環する生体魔力も一時的に増えるので、ケガや疲労などからの回復も早まるが、同時に精神的な負荷がかかり戦いにも影響も出てしまう危険性が高まる。


「見ろよ、化け物どもが塵になっていくぜ」

「中型はそう簡単に浄化されないか。まぁ、我らが始末すればいいだけだがな」

「今なら何匹でも殺せる気がするぜ。反撃だぁ、呪符も使え!」

「オラァ、砕けちまいな!」

「ブッころがせやぁ!!」


 防御に徹しなければならない状況下で、サムライ達の戦意は増々高まっていく。

 大気中の魔力濃度が高まることで引き起こされる精神高揚の代表的な症例は、主に恋愛症候群が一番に挙げられるが、戦場でも生存本能と闘争本能を活性化させてしまう。

所謂バーサークだ。

長期戦が続くとサムライ達の統率などない暴走状態へと悪化し、死ぬまで戦いに夢中になってしまう危険極まりない状況を生み出してしまう。

 それだけに【大祓の祝詞】は封魔浄化結界内側の魔素濃度を一気に高めてしまうため、扱いの難しい切り札として扱われていた。


「……大祓の祝詞。いつ許可を出したんだ?」

「先ほど、状況を見て許可を出しました。陣の最前線で戦っていたサムライ達は、既に限界でしたからね。ここで一度は大規模な呪術を使っておかないと、大型の妖を相手に苦戦は免れないでしょうから。それに……」

「それに?」

「今、陣地に押し寄せてきている魑魅魍魎たちを魔素に還元してしまえば、次の呪術行使に繋げることができます。多少暴走する方々も出ますがね……」

「まぁ、このまま攻め込まれても物量で潰されるだけだったからな。妥当な判断だろうさ。ただ、そういうことは俺にも言えよなぁ~。一応はこの討伐隊の責任者なんだからよぉ~」

「善処します」


 しれっと涼しい顔で床几に座るサエキ。

 討伐隊を取り仕切っているアシヤのフォローをさりげなく実行する当たり優秀な副官だと言えるが、それはときに独断専行の越権行為になりかねない。

 緊急事態ゆえに多少の問題行為は許されるだろうが、こうした行為を毛嫌いする者達も少なからず存在しているので、けして最良と言えるものではなかった。


「こんだけ魔素の密度が高まってんだし、中型の妖魔共も浄化で勝手に消えてくれると嬉しいんだがな……」

「そんな都合のいい話なんてありませんよ」

「だよなぁ~………」


 封魔浄化結界の外側には、まだまだ魑魅魍魎たちが大量に蠢いている。

 結界が網の目状だからといって、結界内の魔素がすべて通り抜け大気に溶け込むわけでなく、外部に排出されない一定量は結界内で徐々に濃度を高めていた。

 生存する妖魔の数も多く、せっかく純粋な魔素に浄化した瘴気も再び汚染され、妖魔たちの力に還元されかねない。

 

「今は結界を解除するわけにもいかんし、どうしたもんかな。妖魔共が増え続けるとせっかく浄化された魔素も瘴気に逆戻りだ」

「結界から自然に魔素が抜けるか、呪術を行使して濃度を強制的に下げるしかありません。呪術師たちの精神的な疲労が掛かり過ぎますし、だからといって長期戦だとこちらが不利になりませんか?」

「魔素……濃度が下がると思うか? じゃんじゃんお代わりが来てんだけどよぉ、むしろ増える一方じゃねぇのか?」

「……これって、完全に逃げ場がありませんよね?」

「退魔戦術としては優秀だったんだろうが、こんな大規模な百鬼夜行は想定してなかったんだろうなぁ~。誰かに何とかしてもらいたいところだぜ」

「誰かって、誰にです?」

「知らん」


 ひっきりなしに押し寄せる魑魅魍魎。

 アシヤは宵闇に包まれた空を虚ろな目で見つめ、誰でもいいからこの騒ぎを終息さてくれないものかと、他力本願の祈りを心の中で願わずにはいられなかった。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


「【暴食なる深淵】」


 おっさんが気だるげに、かつ問答無用でぶっ放した広範囲殲滅魔法は、廃村とその周囲を包み込む結界ごと暗黒の球体が包み込み、内部のあらゆる物質を強制収束させながら一点に圧縮すると、眩い光と生じた大爆発によって周囲のあらゆるものを一瞬で消し飛ばした。

 アド、ゲンザ、ミヤビ、タカマルは直感的に危機察知能力を発揮し、即座に地面へと倒れ込むと、木々や土砂を巻きあげながら凄まじい衝撃波が押し寄せくる。


「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「な、なんという……」

「とんでもねぇ大呪術だ。外国ではこんな呪術師がゴロゴロいやがんのかぁ!?」

「んなわけねぇだろ! つか、ゼロスさんはぶっ放す前に一言声を掛けろよなぁ!?」

「いやぁ~、結界内の妖怪共を見ていたらさぁ~、昔、幼馴染が虫籠に大量のGを入れて持ってきた衝撃の光景を思い出したわ。あの変な方向で発揮する行動力さえなければ、今も親友でいられたのかねぇ…………」

「「「「知るかぁ!!」」」」


 爆風は山を越えた。

 地を這うように駆け抜ける衝撃波は地形を変え、人里に向けて移動をしていた魑魅魍魎たちは破壊の奔流に飲み込まれ、凶悪な威力が大自然に包まれた山間部をクレーターへと変貌させる。

 一応だが【白銀の神壁】という障壁魔法で全員が吹き飛ばされるのを防いではいたが、全力全開で放った暴食なる深淵の威力は、これまで気軽に放ってきたものと比べ、圧倒的な殲滅力となって術者であるおっさん本人にも牙を剥いた。

 殲滅魔法と言うだけに、まさに核級に相当するほどの破壊力で、一度発動したら誰にも止めることはできない最悪にして災厄の魔法。

こんな魔法を人間が制御できるはずもない。


「………初めて全力で使ったけど、これはやべぇわ。おじさん、マジで危険な魔法を作ってたんだねぇ。これが【闇の裁き】だったらと思うと、少しばかり怖くなっちゃったよ」

「言いたいことはそれだけか!? どうすんだよ、この惨状をよぉ………」

「そうは言うけどさぁ~、あんなに大量に魑魅魍魎がいたんじゃ、圧倒的な火力で焼き尽くすか、範囲魔法を立て続けに叩き込むか、放置して犠牲者が出るのを見て見ぬふりをするか、このどれかしかないでしょ」

「それは、俺も同感だが……」

「人に犠牲が出るような事態が看過できないなら、地形に多少影響が出ようとも騒ぎの根幹を消し飛ばした方が楽じゃね? それとも、あの数の魑魅魍魎をちまちまと倒していくつもりだったのかい? それだとかなりの数の凶悪な妖怪を見逃すことになる。どのみち一気に倒すしか手段はなかったさ」


 いくら人間よりも強靭な体力であったとしても、圧倒的な数の優位には対処などできるはずもない。例えゼロス達にとっては弱い魔物であっても全てを倒し尽くすには限界があったことは事実だ。

 なによりもゲンザやミヤビ、タカマルといった多少手練れがいたとしても状況は何も変わらない。無駄に死地へ突入する気にもなれなかった。


「………岩盤もぶち抜いたのか、水柱がいくつも立っているぞ?」

「二十年もすれば、この辺りはさぞ風光明媚な場所に変わるかもしれないねぇ。それに……件の妖刀も無事のようだ」

「龍穴から噴き出す魔素の濃度が低いのか? 滞留していた瘴気ごと派手に吹きとばされたのに、おかしいだろ。普通ならどんな妖刀でも強制的に浄化されてるはずだろ」

「う~ん……ある程度の予想はできるねぇ。ヒントは結界かな」

「結界……あっ、そういうことか」


 龍穴から確かに魔素が噴き出し、妖刀がこの場で力を蓄えていたのは間違いない。

 では、惑星を循環し噴き出す膨大な魔力に、妖刀はどうやって耐えられたのだろうか?

 その疑問の回答が結界に包まれた廃村と、溢れかえりそうな膨大な数の魑魅魍魎たちだ。龍穴が結界内に存在していたことも大きな要因である。


「妖刀は龍穴で力を蓄え、限界間際まで大量の妖魔を放出した。魑魅魍魎は実体化して結界内に溢れかえり、自然魔力を瘴気で汚染しながらも満たし、その汚染された魔素が逆流し妖刀は吸収。更に化け物達を生み出していく。龍穴からは絶え間なく魔素が流れてくるから、その魔素も当然だが瘴気に汚染され妖刀が吸収しやすいエネルギーに変わる……か」

「魑魅魍魎の飽和状態は、まさに妖刀が龍穴から噴き出す膨大な自然魔力を、調理していたようなものだったんだろうねぇ。けど、岩盤をぶち抜いたことで地下水が吹き上げてている。ということは?」

「妖刀が陣取っていた龍穴がズレ、高濃度の魔素が地下水とともに噴き出し大地を潤す……。妖刀にとっては猛毒の泉になるわけだな」

「そろそろ出てくるよ」


 【暴食なる深淵】の威力で抉り取られた山の中腹から、土砂を巻き上げ現れた巨大な化け物。一言で言うなら超巨大ムカデだ。

 その数ある節足は全て刀のような武器で構成されており、全身を覆い隠す甲殻は黒鉄の鋼鉄製。頭部は翁の顔を模した能面。

 眼球のあるべき場所は黒い穴だけがぽっかりと開いており、そこから溶岩を血の涙のように流し続けている。よほどの憎悪と慟哭を抱えているのだろうことが窺える。

 関節部の節々から炎が噴き出し、顎は人間の太い腕のようで、二の腕から先は鋸状の刃物であった。

 その周囲を獣の四肢を持つ鎧武者が固めていた。


「……アレが妖刀の本質か。かなりの恨みを持った……鍛冶師かな?」

「昆虫は陰陽道において金に属する生物だよな? ムカデは冥府で死肉を貪る死の象徴として連想されるんだっけ……?。それに炎と武器で答えは鍛冶師かぁ~」

「まぁ、【ソード・アンド・ソーサリス】からのうろ覚え知識だけどねぇ~。オカルトは専門外だし、その辺りはテッド君の方が詳しかったかなぁ~……」

「ネクロマンサーだったから、そりゃ詳しいだろ。あいつ、死体をバラすとか、繋げたりとかやってたのか? エンバーミングとか言うんだっけ?」

「さすがに、そこまではやってなかったと思う。いや、思いたい……」


 半人半獣の鎧武者は、おそらく【武霊獣士ぶりょうじゅうし】と呼ばれる個体だと思われる。何しろゲーム知識なので、この世界で実際になんと呼ばれているのか二人には分からない。

 持てる知識で暫定的に個体名を決めるしかない。


「ヘッ、随分と手強そうなのが残ったじゃねぇか」

「あの大きさは、相手をするには少々厄介ですね」

「俺、直ぐに死にそうな気がする。遺書でも書いてくればよかった……」

「お三方には、この【贄の形代】を渡しておきますよ。即死しない限り致命傷は避けられますが、枚数に限りがありますので、なるべく攻撃は受けないようにお願いします」

「ゼロスさん……そりゃ、無茶な話だろ。俺達ならともかく、アレは【暴食なる深淵】から生き延びた化け物どもだぞ?」


 武霊獣士は一匹当たり3mくらいの身長はある。

 しかも下半身を構成している肉食獣の四肢は、実体化した段階で体積がある。圧し掛かられただけで人間の骨など簡単に砕かれるだろう。


「幸いと言うべきか、武霊獣士は4体。さっさと倒してデカ物の相手をしますかねぇ」

「その分、かなり強そうなんだがな」

「あの……師匠? あの武霊獣士とかいうやつの一匹、四肢がデカい壺なんですけど?」

「移動するとき横回転していますね。目が回らないのでしょうか?」

「デカい金棒で叩けば割れるんじゃねぇか? いやぁ~、化け物どもは妙な奴らが多いぜ。ガハハハハハハハ!」


 武霊獣士の三体は全部がネコ科の生物を模したような四肢で、黒豹・獅子・虎と共通しているが、なぜか一体だけが壺であった。

 口には出さなかったが、『壺……? なんで壺?』と全員が思ったほどだ。

 しかし、長い槍を持ったまま高速回転で移動してくるため接近戦に持ち込むのは危険で、しかも見た目のコミカルさとは裏腹にそうとうな手練れだった。

 更に妖刀の本体が変化したとおぼしき超巨大ムカデが地面からはい出そうとしていた。


「あのムカデ、随分と胴体が長くね? 半分ほどまだ埋まってるようだが……」

「ムカデだからじゃないですか?」

「いや、待て……なんか地面が盛り上がってきてんじゃねぇか。まだ先があるんじゃないか? 嫌な予感がするんだがよぉ」

「ゼロスさんは、どう見る?」

「ゲンザ殿に同意するよ。同体だと思っているアレには、まだ先があるようだねぇ」


 まるで龍の首のように忙しく動かすムカデの胴体。

 だが、同体だと思っていたものにはまだ先があった。

 ムカデの部分どうやら本当に首だったようで、サソリの体を二つ繋げたような胴体に、甲殻一つついていないヌメヌメしたミミズか線虫のような尻尾であった。

 人間性を失い負の感情だけが残った思念に、いったいどんなファクターが加わればこのような化け物が生まれるのか、ゼロス達には理解できない。


「「「「………ゼロスさん(((殿)))。アレの相手を頼んだ」」」」

「君たち、こんな時だけは意見が合うんだねぇ……」

「こっちが片付いたら俺も援護に入るから、それまで時間を稼いでくれ。ゼロスさんならできるだろ?」

「消去法でもそうなっちゃいますか。仕方がない、とりあえず戦ってみて、勝てないようだったら時間稼ぎをしておきますよ」


 かくして、奉天山の麓で百鬼夜行との最終決戦が人知れず始まろうとしていた。

 ただし、結界から抜け出すことに成功した大型妖魔の心配は、この場にいる全員の脳裏から綺麗に消え去っていた。

 暴食なる深淵の威力によって魑魅魍魎のほとんどが消滅し、生き残りが数体ほど討伐隊の陣地へと向かっていたが、ゼロス達には関係のない話である


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