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アド、師匠ぶる


 早朝から始まった戦闘は、夕暮れになるまで続いた。

 元来、夜は夜行性の獣が活動する時間帯である。

 しかし、現在宵闇の山中を我がもので動くのは、醜悪な姿や奇々怪々な姿をした魑魅魍魎ばかり。時折結界を張って休憩を入れつつそれでも妖魔の数は減ることがない。

 むしろ次第に強くなってきている傾向が見られる。

 歪な獣や昆虫の姿であればまだ直視できるだろうが、有機物と無機物が融合した得体のしれない化け物や、本来であれば絶対に動くはずのない家具などが手足を生やして動き回っていた。

 それら全てが、死者の残した残留思念や怨念が龍脈から噴き出す魔力に当てられ、実体化するまでの力を得た。中には生物の屍に受肉した個体も存在している。

 ここまで来ると、妖魔が自然の理から外れた存在であることを嫌でも理解させられる。


「ぜはははははっ!」

「うふふふふふ」


 それらの化け物を嬉々として処理していくゲンザとミヤビ。

 おっさんとアドは、『もう、こいつらだけでいいんじゃないかな……』と呆れるほど、実に生き生きと蹴散らしていく。

アドレナリン出まくりで斬り斬り三昧、辻斬り上等。問答無用の斬殺パーティー。

 タカマルに至っては穴があったら入りたい気分だ。


「おいおい……お前の親父さん、箪笥妖怪をあっさり両断しやがったぞ」

「両断した断面から肉々しいものが……。箪笥に臓物なんてあるんですか?」

「いやぁ~、無機物に宿った化け物に肉なんてあるわけないでしょ。あれはタンスに何故か執着している怨霊自体が、自分の死を認識していないんじゃないかねぇ? まだ人間だと思い込んでいるか、あるいは生前に執着したものに変化しているとか? 専門家じゃないから知らんけど」


 鋭利な刃の爪を持つ義手の左腕で、化け物を叩き潰すミヤビ。

 無造作に振ればミスリル合金の鋭い爪が化け物を引き裂き、指を揃えて突きを放てば易々と貫通し、魔力を込めれば五本の指から放たれる斬撃が中距離の範囲にいる雑魚もろともスライスしていた。

 これではどちらが異形の化け物なのか分かったものではない。


「………ミヤビさん。強いですねぇ」

「ありゃ、どこぞのエルフ娘よりも強いんじゃないか? 相手が雑魚でも数だけは多いんだがなぁ~」

「姉上なら、あのくらいやりますよ」


 まさに天賦の才。

 ミヤビは戦うごとに技が冴えわたり、乱戦の最中にいるというのに、まるで学習しているかのように動きの最適化をしているようだ。

 戦い方は違うものの、その戦闘スタンスは父親のゲンザに近づいている。

 ただゲンザが豪剣なのに対して、ミヤビはどこか舞の様に優美だ。


「ほらほら、タカマル君も手近な妖怪をぶった斬っちゃいなさいよ。少しでも強くなるためにねぇ」

「斬って……いますよ! ただ、父上と姉上を見ていると、自分がこの場にいなくてもいいんじゃないかと思えてきて……」

「わかるわぁ~……。あの二人、もうガンガン行こうぜ状態じゃねぇか。この修羅場をお祭りと勘違いしてないか?」

「それにしても……強くなりすぎじゃないかねぇ?」


 ゲンザが強いことは分かる。

 今までの人生の全てを剣術に費やし、技の一つ一つを洗練させていった。

 これは努力の賜物と言えるだろう。

 だがミヤビは違う。

 ゲンザに比べても技の冴えは拙く、荒々しい面が目立っていた。それなのに強い。

 普通に考えてもこれはおかしい。

 いくら天才であったとしても、普通は技術を向上させることに相応の時間を必要とする。ここまで急速に強くなることはない。


『……あっ、もしかしてレベルアップ?』


 おっさんは一つの可能性に気づいた。

 この惑星では、どこぞのアホな宗教国家の暴挙により世界を循環する自然魔力を無為に消費されていた。その結果が自然魔力の豊富な土地が、北大陸の広大な大深緑地帯のみに集約されてしまっているのが現状である。

 別の視点で見ると南大陸と東大陸は自然魔力が極端に薄いことになる。

 当然だが、自然魔力の薄い土地に生息する魔物などの生物は、その強さも北大陸に比べて比較的に弱い。はっきり言うと雑魚だ。

つまり戦いで得られる存在力――経験値が低いことになる。


『だが、自然界魔力の循環が正常化し始めたとなれば………』


 そう、自然界魔力の濃度が本来あるべき規定値に戻り始め、龍脈を通じて龍穴から噴き出す魔力は周囲の大気や海・大地に浸透し、動植物に影響を与え始める。

 その龍穴を現在妖刀が占拠し、強力な魑魅魍魎を生み出し続けている。

 ゼロス達から見て雑魚であったとしても、東大陸で生きる人間たちにとって得られる経験値はかなり美味しい。要はボーナスタイムだ。

 ゲンザとミヤビは戦うごとにレベルアップを果たし、身体レベルとスキルレベルが向上していると推察できた。そうでなければこの一方的な無双状態はおかしい。


「せいっ! ……って、あれ? なんか……少し力が………」


 人面犬を倒したタカマルはわずかな異変に戸惑っていた。

 小型の雑魚妖怪を倒していたが、得られた経験値によってレベルアップを果たしたようだ。わずかにだが彼の動きも変わってきている。

 徐々にだが妖怪たちを倒すペースが向上していた。


「なぁ、ゼロスさん……。あの二人はともかく、タカマルもこの短時間で強くなってきてるだろ」

「忘れているようだけど、この世界にはレベルアップが存在する。あの三人はその恩恵で急激に強くなっているんだと思う」

「そう言えば、そんなもんがあったな。俺達には関係ないから忘れてた」

「僕たちのレベルになると、レイドボスクラスでも相手にしない限り簡単には上がらないからねぇ。忘れていたとしても仕方がないさ」


 そう、ゼロスとアドはレベルアップの恩恵はない。

 身体レベルが1000を超えている段階で、生半可なことでは上がらないのだ。

 その影響もあり、この世界にレベルアップが存在することを忘れがちになる。現に今まで思い出せないでいた。

 というか、DQの世界に高レベルのFFのキャラが紛れ込んでいるようなものと言えば、分かりやすいだろう。

 魔力が希薄な世界と濃厚な世界ではレベルと能力値の上昇が異なるため、この自然魔力が戻りだしたこの世界の人間では、当分はゼロス達に追い付くことはできない。

 濃度の高い魔力への適応値がそもそも異なるのだ。


「俺達には雑魚だが、よく考えるとタカマル達は強敵と連続で戦っていることになるんだよな? これ、なんとなく危険な気がするんだが」

「そう言えば、急激なレベルアップは気絶するほどの負担がかかったはずなんだけど、ゲンザ殿とミヤビさんにその兆候が見られないねぇ。タカマル君は、たんに倒している敵の数が少ないからかな?」

「それ、乱戦の最中に気を失ったらまずいだろ!」

「そうなんだけど……気絶するどころか、ハイテンションでヒャッハァ~してるねぇ」


 ゲンザとミヤビはハイペースで妖怪たちを斬り伏せている。

 集まってくる妖怪を片っ端から解体し、逃げよとした敵を追いかけては背後から串刺しにし、即座に次の獲物へと狙いを定め獣のように襲い掛かる。

 戦闘中に効率の良い戦闘方法までも学習しているようだ。

 技能スキルのレベルを上げてもこうはいかない。


「ハッハァ! 硬そうな見た目のわりに随分と柔い感触だな。少しは弾くなり逸らすなりしてみろや! 芸がなさすぎるぞ」


 ゲンザはカマキリが牛車を背負ったような妖怪の腕を一閃して斬り落としていた。

 霊体が実体化した魔物なので、物理攻撃で首が落とされても死ぬことが無いのはずなのだが、ゲンザはこれを刀の切っ先に灯したわずかな魔力だけで一瞬に惨殺していた。

 これにはゼロスとアドも驚く。


「あんな芸当、俺にはできないぞ……」

「僕にも無理ですよ。ゲンザ殿……変態だけど剣士としては達人の域にいますねぇ。魔力の扱いに無駄がないから長期で戦える。少量の魔力であんな真似ができるとは、少しばかり過小評価していましたか」

「マジかよ………」


 魔力や魔法を付与した武器でなければダメージを与えられない妖魔に、小指の先ほどの魔力で対応している。ゼロスでもこれ実際に行うとなると繊細な魔力操作と集中力が必要だ。まして戦いの最中に行うなど不可能と断言できるほどの神業である。

 これなら力任せに武器へと魔力を流し、一気に薙ぎ払った方が効率はいい。

 だが、ゲンザは戦闘中にこの繊細な魔力操作で消耗を抑えながら、実際に妖魔たちを倒し続けていた。


「確かにアレなら、刀での戦いにおいては消耗も少なく効率が良いのでしょうが、かなりの修練を費やさないと無理ですねぇ。ミヤビさんも真似をしているようですが……」

「あそこまで綺麗にはなってないな……」


 自身の限られた魔力を効率よく使う技法。

 しかし、それには血を吐くような努力の先にある魔力操作を行う必要があるため、タカマルのような駆け出し剣士にはできない芸当だ。

 同じ流派なためにタカマルの刀にも切っ先に魔力が集中しているものの、刀の先端に集めた魔力が安定しておらず、刀身には薄い魔力膜の揺らぎが見て取れる。

 これはミヤビも同様だ。

 もっとも、ミヤビは義手の巨大な装甲腕に取り付けられた五本の爪の他に、右手に持つ刀にも同様の技法を使っている。

 それを可能にしているだけでも、魔力の扱いは西方の魔導士より遥かに優れていると言えよう。


「魔力は自然に拡散してしまう。それを付与魔法でなく意志の力で一定の濃度を拡散もさせずに留めておくなんて、繊細な魔力制御なんて生易しいものじゃない。しかも実戦で戦えるレベルとくる。どっちが化け物なんだか……」

「ミヤビはあの年齢でアレだぞ? 将来が恐ろしいな。タカマルを見ていると安心できる………」

「そうだねぇ~………」


 剣の手練れが二人と駆け出しが一人。

 たった三人だけで山を埋め尽くすような妖怪たちが次々と消滅していった。

 タカマルはともかくとして、これが東方の剣士の標準だとしたら、レベルを上げていけば化け物剣士ばかりになるだろう。

 まさに修羅の国だ。


「ハァ~…………あらかた倒したな。歯ごたえのねぇ奴らだったが、まぁまぁ楽しめた」

「私はまだ斬り足りませんが? 父上に獲物を殆ど奪われてしまいましたので」

「おいおい、ミヤビちゃんは何を言っているんだぁ~? こんなもん早い者勝ちだろ」

「そのどや顔が凄く腹が立ちます……」

「やっと片付いたぁ~……」


 足元をうろつく細かい細かい妖怪はいるが、これらは脅威ではない。

 それでも小型や中型の妖怪が三百匹くらいはいたが、全てを三人によって蹴散らされた。特にゲンザがヤバい。

 殆ど刀の一振りで倒し、まるで『いい運動をしたぜ』と言わんばかりに余裕がある。


「ふむ……敵を倒した瞬間に力が湧きあがるような感覚がありましたが、これが『格が上がる』というものでしょうか? 戦うほどに調子が良くなっていきましたが……」

「まだまだ戦えるが、雑魚はもう飽きたな。次はもう少し手応えのある化け物であってほしいところだ。ガハハハハハハハ」

「俺はさすがに疲れましたよ。数が多いことがこれほど面倒だったなんて……」


 彼らが戦いの最中に急激に強くなっているのは、レベルアップによるものなのだろうが、そうなるとおかしな点がある。

 強者を相手に勝利すると、経験値を大量に手に入ることになる。

 その分レベルも上がることになるのだが、急激なレベルの上昇は肉体に負担がかかり、気絶する者も少なくはない。

 例えそれが雑魚であったとしても、三百匹近く倒せばそれなりにレベルは上昇する。強敵を相手にしているのと変わりがないのだ。


「急激なレベルアップで気絶する人が多いのに、なんでこの三人は余裕があるんでしょうかねぇ? 普通なら適応できずにしばらく動けなくなるはずなんですが……」

「話では、そうらしいんだが……ピンピンしているぞ?」

「あの化け物たちは見た目より経験値が低いのか、あるいは……。普通は、レベルアップ時の身体能力の上昇に肉体が追いつけず、体に異常をきたすんですよ。まぁ、休んでいれば自然と馴染んでいくんですがね」

「なら、あの三人は最初からレベルアップによる力の上昇に耐えられる肉体だったってことじゃないのか? ほら、低酸素運動みたいな……」

「なるほど……考えられるな」


 レベルアップとは魂の力の上昇と、それに追随する肉体の変質である。環境に適応すると言い換えても良い。

 そして東大陸は経験値の低い魔物ばかりが生息する領域であり、いくら倒しても次のレベルの昇華に至らず、剣士などの武術家たちは常日頃から自身を鍛えることに余念がない。

 レベルアップはしないが、肉体のポテンシャルは日々の鍛錬で上がっていくことになる。

 そして今回の妖怪大発生でレベルアップできるほどの経験値を獲得したことにより、肉体ばかりが鍛えていた状態から魂の階位が上がることで整合性がとれ、気絶することなく引き上げられた力が順応したのだと思われる。

 要は魂の力が上昇しても充分に受け止められるだけの器が、既に日々の研鑽で出来上がっているということなのだろう。北大陸とは状況が真逆なのだ。

 まぁ、これは根拠のない憶測にすぎないが、あながち間違いとも言い切れない――。


「そう言えば、ゲンザのおっさんの体……ガチムチだったのに、少しすっきりしてないか?」

「それでもガチムチなのは変わりないんですがねぇ」

「筋肉が落ちたんじゃなくて、体力は向上しつつも体形が絞られたというか……。暑苦しさが抑えられたというべきなのか? 言葉ではうまく言えん……」

「性格の暑苦しさは消えませんがね」


 そう、ゲンザの見た目の印象が少し変わっていた。

 例えるなら、ボディービルダーのような体形から無駄な筋肉が減り、戦うことに特化した体形へと変わり始めたというべきか、戦場という過酷な環境に適応し始めているのだろう。

 同時に纏っている覇気が、乱戦に巻き込まれる前よりも若干上がっているのを感じる。

 もはや剣鬼だ。


「あぁ……今ならなんとなくわかる。向こうに強い気配があるなぁ~? くくく……血が沸きたつ。俺はもっと強くなれるぜェ!」

「その闘気を抑えてほしいのですが? 感づかれて押し寄せられては戦いづらいじゃありませんか。父上はもう少し理性的に戦ってほしいものです」

「はぁ~? 先ほどまで嬉々として化け物どもを殺しまくってたミヤビちゃんが、いったい何を言っているんだぁ~? 本当は今すぐにでもぶっ殺しに行きたいんだろぉ~? 父ちゃんに本音を言ってみなよぉ~、ほれほれぇ~♪」

「父上……うざいですよ」


 この二人のレベルがどれだけ上がったのかまでは分からない。

【鑑定】スキルで見ることはできるが、それは個人情報を盗み見るようなマナー違反でもあるし、何よりもこの二人なら勘づく可能性が高い。

 そんなことをしなくとも格段に強くなってきていることはゼロス達には分かった。

 ただ、タカマルに至っては自身の肉体の向上に違和感があるのか、刀を振ってその感触や感覚を確認していた。


「師匠、なんか体の感覚がおかしいんですが……」

「えっと、たぶんだが戦う前よりも魂と肉体の階位が上がったからだと思うぞ? 慣れないうちは無理をするな。それで死ぬ奴は多いらしいから慎重にな」

「つまり、俺自身が今の戦闘で強くなったと? 気のせいじゃなかったんだ」

「直感で状況の変化に対応できるあの二人と違い、タカマルは肉体の変化に対して意識的に対処するしかない。少し力が上昇した程度で『行ける!』と思うのは危険だぞ? わずかな違和感を覚えたなら意図的に立ち回りを変え、『待ち』の姿勢に切り替えるべきだろうな。後の先を取るというやつだ。力が向上した肉体に慣れるまで返し技を中心に戦った方がいいかもしれん」

「難しいですね。乱戦になると、さすがに冷静ではいられませんよ」

「だからこそ状況を見極める広い視野を持つべきだ。攻め中心のあの二人のように戦おうとすれば、戦場で死ぬのは自分自身になるぞ。先ずは己を知ることだな」


 レベルアップに戸惑うタカマルに、アドは助言を言って聞かせる。

 だが内心では、『俺、何を偉そうに言ってんだ?』と、穴があったら入りたい気分だった。

 そんな彼に対しておっさんはニヤケ顔を抑えられない。

 かつては自分が通った道だからだ。

 とはいえ、アドのアドバイスは間違っているわけではない。

 肉体の変化に戸惑う状況において冷静に立ち回るのであれば、あえて防御に徹した戦い方で生存を優先する手段は妥当だろう。

 ゲンザやミヤビのように敵陣に突っ込む命知らずな戦闘は、タカマルには合っていない。


「いいか、人にどう言われようが自分に合った戦い方を貫け。罵詈雑言で相手の感情を揺さぶるのも戦略ではよくある手だからな。相手にどう言われようが戦場では最後まで立っていた者が勝者だ。死んだ方がマシとよく言う奴らもいるが、死んだら挽回する機会も失われる。そんなものに意味はない」

「恥辱にまみれても……ですか?」

「屈辱的な敗北だろうと、生きてさえいればいくらでも挽回の機会は巡ってくる。他人の言葉で揺らぐような誇りなど持っているだけ無駄だな、自分だけの大切なものを捨ててまで準じる必要はねぇよ。己の誠だけを貫け」

「剣士としてはそれでいいだろうけど、武家としては問題発言だねぇ。アド君や、それって『必要なら仕える君主でも裏切る』って宣言しているようなもんでしょ」

「命を懸けるに値しない君主に仕える意味などないだろ」

「「「そりゃ、そうだ(ですね)」」」


 アドの問題発言にチャチャを入れたおっさんだが、アドのバッサリと言い切った答えに関しては、ミヤビやゲンザも同意見だった。

 おっさんを含め綺麗に同意の言葉が見事にハモる。


「いやぁ~、アド殿は良いことを言う。俺には言えねぇ~言葉だよ。己の誠を貫くか、うんうん……実に良い言葉だ。いろんな柵の多い武家社会において、自分の生き様を貫くことがいかに難しいことか。それなのに無様でも修羅の道を行けとは、アド殿は分かっているな」

「いや、俺はそこまで………」

「己の道を進むということは、それは茨の道を歩み続けることに等しい。恥辱にまみれても死を受け入れず、腹を切って潔白を証明することも拒否し、最後まで生き足掻くことを勧めるとは……。アド殿、私は感服しました」

「えぇ~………」


 アドの株は急上昇。

 タカマルもアドをキラッキランな目で見つめている。

 アドは『死んで花実が咲くもんか』と言いたかっただけなのだが、三人には『死を美化して果てるくらいなら、泥にまみれてもしぶとく生きやがれ。汚名は生きて挽回してみせるくらいの気概を見せろや』と発破をかけているように聞こえていた。

 言い換えると、『死は安易な逃げだ』とか、『切腹して果てるよりも、生きて厳しい現実の中で生き様を貫け』と解釈されてしまったのである。

 だが、よく考えてみると実に人間らしい生き方で、あえて勘違いを訂正する必要もない。

なにしろ自らの死は生の放棄なのだから。


「まぁ、上にいる人ほど、切腹で責任を取るなんてマネはしないだろうからねぇ~。主君の為に自ら泥を被って果てても、その主君がクズだったら死んだ意味もないからなぁ~」

「他人に詰め腹を切らせて、自分はのうのうと生きるような奴らが多いからな。そんな連中の為に死んでやる意味はないことは確かだ」

「あっ、やはりそういう輩もいるので?」

「いるな。俺はギズモの街で剣術道場なんて開いているが、宮仕えしている門下生からいろいろと話を聴かされたもんだ。狸親父が多いってな」

「全裸で歩き回って、今や門下生はゼロですけどね」

「ほっとけや! 全部、妖刀が悪いんだ」


 妖刀はあくまでもゲンザの肉体を依り代に操っていただけで、それでも隠し切れなかった露出の性癖は、誰が見てもゲンザ個人のもので変えようのない事実であり真実である。

 全てを妖刀のせいにするには今さらで無理がありすぎた。


「ゼロスさん……魑魅魍魎の数が少なすぎたと思わないか? 俺はもう少し多いと踏んでいたんだが……」

「おそらくは平原に向かったんでしょうねぇ。あそこには連中の餌になる人間が多く陣取っていますから、そちらを感知して向かったんじゃないかね?」

「魔力生物の特性か……。俺達で間引かなくてもいいのか? おそらく死人が出るぞ」

「せっかく囮になってくれているんですから、こちらで大本の妖刀を倒した方が手っ取り早い。僕も魔法で他人を巻き込むのは避けたいんですよ」

「範囲魔法の殆どは集団戦闘に向かないもんなぁ~………」


 ソード・アンド・ソーサリスワールドにおいての集団戦闘――レイド戦では、プレイヤー同士のパーティーやクランが好き勝手に動いていたため、MMORPGを題材にしたラノベのような組織的な戦闘など実際には存在しない。

 現代の戦術を真似て組織的な運用を実行したとしても、他の交流のないプレイヤー達には伝わらないため、どれだけ緻密な作戦を立てたところで意味をなさなかった。

 ゼロスたち【殲滅者】もそういった点では同様で、レイド戦が起きたときはチームプレイなど考慮することなく、各自が好き勝手に戦い混沌を撒き散らしていた。

 範囲攻撃魔法などがその代表的な例であり、散々他のプレイヤー達を巻き込んではクレームをつけられたほどだ。しかし反省はしても後悔はしていない。


「僕達はチームプレイが苦手だったからねぇ………好き勝手に動いてたし」

「協調性が皆無だったからな……。それでも、なぜか不思議と連携がとられていた。平原で戦う現地の人たちを巻き込んだら、洒落にならない事態になる光景が目に浮かぶ。確実に悲劇だろ……」

「だから僕は向こうに関わらない。そもそも乱戦になるのは確実だし、善意で攻撃魔法を放っても酷いことになるのは確実だから。敵味方を巻き込むような戦闘は、ここじゃさすがに……ねぇ?」

「遅延術式でストックした上位範囲魔法を乱発してたからな。そこにゼロスさんが改造したやべぇ魔法が加われば、初期のレイドボスなんて瞬殺だったろ。それこそラグナロクレベルの荒廃した大地が………」

「昔の黒歴史さ。今はそんな真似できやしないよ」


 そう、この異世界で生きている以上、他者の命を無為に奪う行為は罪だ。

 ソード・アンド・ソーサリスのときのような自重なしに暴れれば、多くの人々を虐殺してしまいかねない力を持っている。だからこそ魔導武器や使い捨てのアイテムなどで誤魔化してはいたが、その性能はやはり破格すぎるものだった。。

 まぁ、趣味もだいぶ入ってはいたが……。

 つまるところ手抜きで作った魔道具でも充分に対応ができる世界なのだ。


「初期の下級魔法だけで充分に戦えますからねぇ~」

「今の俺達は下級魔法ですら危険レベルの威力だからな……」


 ゼロスやアドのレベルにもなると、他人が目の前でウロチョロされるのは邪魔で仕方がない。単独で敵を倒した方が手っ取り早いのである。

しかし、いくら強くても国の命運をかけた戦争などに介入する気もなかった。

 理由としては、権力者に目をつけられでもすれば、何かにつけて管理下におこうと画策してくることを理解している。

都合よく利用されるだけなので、関わり合いになりたくないと本気で思っている。

 

「メーテイス聖法神国は四神に対する私怨だったし、ゾンビ発生原因の究明は世話になっている公爵家への義理だった。ルーダ・イルルゥ平原のときはブロス君に協力しただけ。そもそも僕たちは国に仕える気なんて更々ないからねぇ」

「俺もイサラス王国に対しては世話になった義理を通しただけだから、英雄扱いされても正直に言って困る。メーティ聖法神国に対しては完全に私怨だったしな」


 この二人はそれぞれの国に影響を与えてはいるものの、その行動はすべて状況や個人的な感情によるもので、どこかの国に肩入れしているつもりはない。

 たまたま関わった人物が権力者かその血縁関係にあるだけで、基本的には自由意思で行動していた。この東大陸でも二人は同じスタンスを取っている。

 たとえ近くで戦争が起き、その過程で多くの兵たちが命を落とす事態でも、二人にとっては他人事だ。火の粉が降りかからない限り対岸の火事に関わる義理が無いのである。

 この妖刀事変に関わっているのは、ただ『放置しておくと危険だから』という理由だけに他ならない。つまりは気まぐれの延長だ。


「いや、話を聴いている限りだとよぉ、二人は充分に国の問題に介入してるだろ。例えそれが善意でも、問題を解決したら英雄扱いされるに値する功績だと思うぜ?」

「それは、このフオウ国が勝手に思うだけで、僕達には何の関係もないですねぇ。そもそも妖刀は駆逐するべき呪具ですし、ましてこれほどの災厄を引き起こすほどのものとなると、魔導師としては実物をぜひ見てみたい」

「ちょっとした怖いもの見たさだよな」

「なんで、ヤベェものをわざわざ見ようなんて思うかね。術師っつぅ連中は何考えてるか分からんぜ」

「妖刀は確かに超危険物ですが、それでも見てみたいと思うほどの業物が多いんですよ。破壊する前にお目にかかりたいじゃないですか」

「そんなもんかい。まぁ、剣士として業物に魅力を感じるのは分かるが……」


 そう、妖刀は長い時間をかけて力を蓄えられるポテンシャルから、その造りも他の刀に比べて遥かに精巧に鍛えられている。

 妖刀化する以前は権力者しか手に入れられない名刀なので、それらを鍛えた当時の鍛冶師の技量も確認できるため、物作りが好きなおっさんとしては興味をそそられる。

 それはアドも同様で、例え特級呪物でも一度は見ておきたいと思うほど、歴史あるロマン武器は惹きつけられる魅力があった。

 これは、プレイヤーであった頃のオタク気質なのだろう。


「世に妖刀と呼ばれる刀は数あれど、これほどの魑魅魍魎を生み出すとなるとよっぽどの業物に違いない。多くの権力者が魅せられてやまない芸術品なのでしょうねぇ。なんせ、それだけ多くの血を吸っているのですから………」

「斬ってみたいと思わされるほどか……。そんな業物、一度でいいからお目にかかりたいもんだな」

「分身体でさえ、あの美しさなんですよ? 本体ともなればいかほどのものか興味が惹かれる。破片でもいいから回収しておきたいですねぇ」

「もはや存在しない刀工と同等のものが作れるのか?」

「調べれば製作工程が分かりますからね。あとは自分の技を研くだけですよ。刀を鍛えるのは僕の趣味みたいなもんですから」

「趣味かよ……」


 おっさんの呑気な話を聞いて呆れるゲンザ。

 そう、ゼロスはロマン武器を作るのが趣味だ。

 魔導銃、ガンソード、刀、自走砲と、それらの全ては趣味で製作していた。

ソード・アンド・ソーサリスワールドの様に制限されていないのであれば、なおさらだ。

 資材さえあれば戦艦を建造したいと思うほど趣味の人なのである。

 勿論人型兵器もその範疇に入るが、ロボットは人型に近づくほど構造上の問題が浮き彫りとなるため、既に諦めているだけにすぎなかった。


「まぁ、ミヤビの義手を片手間に作ったって話を聴いても充分ヤベェとは思うが、アンタが本気で何かを作ろうとしたらと思うと、恐ろしいモンがあるな」

「道具とは、人が使ってなんぼですよ。使いこなす技量もない人にあげることはしませんので、そこは安心してください」

「その辺りが、なんか信用できねぇんだよなぁ~」


 ゲンザはヌーディストの変態だが、これでも達人級の剣士であり人を見る目がある。

 そんな彼の目から見ても、ゼロスは一見して飄々とはしているものの常識をある程度持った風来坊の印象が強かったが、その本質はある種の探究者であり求道者だと見ていた。

 それも怒らせたらただでは済まない危険な人物だ。

 気に入った相手には気まぐれで自作の危険物を平然と手渡し、その後に何が起ころうとも一切関知しない無責任気質。世俗に関わりながらも一線を引いた距離からは踏み込まない。

 そんな異質さも兼ね備えている。

 高位の仙人みたいな存在だと思えば納得できる。


「なんか、ゼロス殿が自ら動くような事態ってよぉ、絶対にロクな事にならねぇだろ。結果さえよければ、その後の後始末は全部他人任せにするんだろ? 今回の件も『妖刀に興味がる』という理由で動いちゃいるが、その妖刀の下に辿り着くためなら多少の被害も容認する。しかもその多少という言葉の意味が、俺達の常識とはかけ離れているに違いねぇ。まぁ、俺の憶測なんだがな……」

「すげぇな、ゲンザさん。変態だと思っていたが、まさかゼロスさんの本質をそこまで見抜いているとは……。そうなんだよ……この人の言う『ちょっと』って、他人から見たら地獄みたいなもんだ。迂闊に頼みごとや話に乗ったら不幸になるのは俺達だ」

「失礼なんじゃないかい?」


 時折現れる妖怪を蹴らしながら山を越えると、山間部の中に作られた廃村を一望できる場所に出た。

 だが――。


「おいおい……なんだよ。ありゃ……」

「これは……」

「マジかよ……」

「師匠……これって……」

「ありゃ、まぁ………」


 廃村全体を覆い隠すような結界。

 元は複数の結界を重ねた強力なものだったのだろうが、既にその効力は失われつつあった。

 結界を維持するための起点となる楔は、破損の酷い場所に限り完全に効力を失い、結界に穴が開いている状態である。

 その穴からは中位の妖魔たちが次々と脱出しており、現在は上位の大型妖魔たちが押し合い圧し合いながらも、最後に残された強力な結界から少しずつ外へと出ていこうとしている有り様だ。

 大型の妖魔が穴を広げるたびに結界が綻び、その歪が破け穴は大きく広がっていく有り様。この最後の結界が消滅した瞬間、大型の妖魔たちは一気に山を越えて人里を襲い始めることだろう。

 あまりにも数が多すぎた。

 その事実に気づいたとき、アドたちは突然に強力な魔力の波動を感じ取り、一斉に振り返る。


「【暴食なる深淵】」

『『『『!?』』』』


 誰もが止める暇もなく、おっさんの十八番である広範囲殲滅魔法、馬鹿の一つ覚えの【暴食なる深淵】が、廃村に向けて放たれていた。


 

 


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