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 おっさん、やらかす

 変わり映えせぬ坑道を進み、出現する魔物を蹴散らして進むゼロス達。

 しかしながら採掘可能箇所まで行くのには大夫時間が掛かる。


 下層に進むにつれ魔物の数も増え続け、強さもまた上がってきている。

 ダンジョンから魔力を供給されている魔物は飢える事は無いが、同時に食欲という感覚が麻痺しているのかもしれない。

 その所為か魔物達は繁殖のための性欲か、或いは戦う闘争本能に身を任せ、後は基本的に寝ている事が多い。生物としてどこか欠落した印象を受けるが脅威である事には変わりない。

 しかし傭兵にとって強い魔物は稼ぎの好機であり、素材や魔石などを売る事で臨時収入を得られる。

 場合にもよるが、この狩りの方がよほど良い稼ぎになる事も多い。


 下層に降りる程にトラップが稀に見受けられ、それを避けて進まなくてはならないのだから面倒だったが、罠の発見はゼロスが請け負う事で安全に進んでいた。

 


「そこにトラップがあります。爆発関係が無いのが救いですが」

「嫌なこと言わないでよ、おじさん。罠になんか掛かりたくないし」

「好きで罠に掛かるとすれば、きっとドMね。それはそれで見てみたいけど」

「時々お前が分からなくなるぞ、レナ……」


 今のところ落とし穴しか見つからないが、中には毒ガスや電気ショック、最悪なのが爆発系である。

 ゲームでは罠に掛かっても体の欠損は無いに等しいが、実際この手の罠に掛かって手足を失う者もいる。

 回復魔法でも身体の一部を綺麗に再生するなど不可能であり、仮に出来たとしても手足を再構築する際に充分な栄養分の補給が叶わない。


 いくら生物に再生能力があろうとも、欠損した部分を直すには相応の条件を満たさなければならないのだ。そこにゲームと現実の齟齬が生じる。

 この世界でも現実に人の欠損部再生は不可能であった。


 特に転生者はゲームでの常識が頭の上に来やすいためか、無茶な場面でも平気で突っ込む傾向が強い。

 現実にそれをするのは命を捨てる事に等しく、仮にそれが可能ならば隔絶したレベルを保有していなければ無理なのだ。

 例えばゼロスの様な千越えのレベルである。


「前方に敵影、ビック・スパイダーですね。倒しますか?」

「数は? 数はどれくらいだ?」

「三匹、三人で楽勝でしょう。どうします?」


 三人は顔を見合わせる。


「蜘蛛の魔石はおいしいよね?」

「だが、奴は硬いぞ? 剣の方が駄目になりそうだ」

「でも経験値も欲しいし…やっちゃう?」

「『おいしい』で思い出しましたが、油で揚げた蜘蛛って海老みたいな味がしましたね。アレも食べれるんでしょうかねぇ?」

「「「蜘蛛、食べる気なの!? って食べたの!?」」」


 元の世界で海外出張した時、豪華料理と言われてレストランに行き、そこで出てきたタランチュラの素揚げを食べた事があった。

 大百足も食べた事もあり、彼はどこでも生きていけるスキルを発揮した過去が在る。

 現地の取引先の会社社員も、ただ驚かそうとして冗談の積もりで出した料理だったのだが、まさか本気で食べるとは思わなかった様である。

 ゼロス事【大迫 聡】は環境適応の力が異常に優れているのかもしれない。


「酒に合う味だったなぁ~……」

「「「食べたんだっ!!」」」

「冷えた猿の脳みそはさすがに気持ち悪かった…。トレイにさぁ~、猿の生首が皿に乗って出て来るんですよ。恨めしそうな表情で……」

「「「・・・・・・・・・・・・」」」


 吐いた煙草の煙が空気中に漂う。

 なぜか悲しい男の哀愁みたいな風が吹き抜けていた。


 別の意味でハードなリーマン時代であった事が窺える。

 ある意味では徹夜続きの修羅場が天国に見えるかもしれない。


「あっ、子牛の脳みそは美味しかったですよ? 見た目は牛の生首で少々アレでしたが、火も通してありますし、とろ~りしいて舌触りが……」

「お願いだから止めてぇ―――――――――っ!!」

「いやぁああああああああああっ!! 想像できちゃうぅぅぅぅぅっ!!」

「・・・・・・・・(ブクブク)」


 ジャーネ、メンタルダウン突入。

 口から泡を吹いて立ったまま気絶していた。

 グロイ料理の大フィーバー、そして三人は想像力が実に豊かであった。

 ハイクオリティーにそのゲテモノ料理を想像してしまう。


「ところで、ビッグ・スパイダーはどうしますか?」

「この状態で戦えと? おじさん、ドSなの? ドSなのね!?」

「うぅ…猿の生首が頭から消えてくれないぃいぃぃぃぃぃっ!!」

「・・・・・・・・・・(あぁ…花畑が見える)」


 言葉によるクリティカルヒットをモロに受け、約一名ほど涅槃に旅立とうとしていた。

 普段は男勝りのジャーネ、彼女は精神的に脆かった。


 ゼロスは再び煙草を吸い、紫煙を吐く。


「女もタフでなくては生きて行けない。優しく無ければ女じゃない」

「おじさん、ハードボイルドが似合わないわよ? その胡散臭い格好をやめれば?」

「断る。これは僕のポリシーだ」

「嘘よね。おじさんにそんな物があると思えないもん」

「・・・・ここは、泣くべきところなのだろうか?」


 酷い言われ様だが事実であり、単に胡散臭い格好が好きなだけであった。

 普段の彼は農民と変わりない。


 そんな馬鹿な事をしている間に、三匹のビック・スパイダーはどこかへ行ってしまっていた。

 そして女子三人は稼ぎ時を失ったのである。


 結局のところ、ゼロスは稼ぎ時を逃した三人に恨まれる事になる。

 おっさんは孤独だった。


 因みに、彼が冷えた猿の脳みそを食したかは定かでは無い。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  


 

 生活が懸かってる三人の冷たい視線を背にチクチク感じながらも先に進むと、T字路にぶつかる。

 耳を澄ませば、微かにだが奥の採掘場らしき場所から、何やら激しく打ち付け合う金属音が聞こえて来た。

 戦闘にしてはおかしく、幾度と無く叩きつける様なそんな感じだ。


「・・・・戦闘じゃないな? 闇雲に何か金属質な物を打ち付ける様な、なんだ?」

「知らない。おじさんの気のせいじゃないの?」

「ここで戦闘する以外と言えば採掘だろ。珍しくも無い」

「ゼロスさん、私達はまだ許してませんよ?」


 女性が一度へそを曲げると、機嫌を取るのが難しい。

 苛む視線が痛かった。


 だが此処までネチネチとやられると、さすがに此方も少しムカついて来るもので、思わず『そう言えば、冷えた猿の脳みその味なんですが……』等と言ってしまう。

 それを聞いた三人は、一斉に耳を塞ぐ。


「何でそんな事をいま言うの、また想像しちゃったじゃない!!」

「・・・・・・・・(プルプル)」

「やっぱり、ドSなんですね……。うぅ…せっかく頭から消えそうだったのに」

「いえ、特に意味は無いですよ。ただ、おかしな気配があるのに無関心なのは、ダンジョンでは死につながるのではと思いまして」


 しれっとそんな事を嘯く彼は、実に良い笑みを浮かべている。

 意外に根に持つ性格だった。

 そして、良い性格をしている。


「そんなくだらない事より…おっ、ビック・スパイダーですね。音の方向に向かって行きますが、十匹はいますし…どうします?」

「スパイダーの糸出突起は出来れば欲しいわ。あれはスパイダーシルクの原料になるから」

「高く売れるのは分かるが、十匹か……きつく無いか?」

「でも、高く売れるのよね? ならチャレンジしても良いかも」


 三人は狩る事に決めたようである。

 傭兵生活は思っている以上に儲からない。

 武器や防具の消耗に加え、回復薬などの常備薬や食料。

 更に仕事が無い時の当面の生活費などで依頼金の大半が飛んで行ってしまう。


 臨時収入を確保しない事には彼女達の生活は苦しかった。

 内情は火の車なのである。


 ビック・スパイダーの後を追い、四人はT字路を右折し金属音がした方向へ静かに向かう。

 そこで金属音は先程とは打って変わり、戦っている様な激しい音へと変化した。


『くそっ、蜘蛛共が寄って来やがった!!』

『俺達が抑えておく、お前は早くクリスティン様の元へ!!』

『分かっているんだが、開かない!!』

『早くしろ、コイツら数が多いぞ!!』


 どうやらトラブルの様である。

 四人の傭兵らしき者達が、ビッグ・スパイダーと交戦状態に入っていた。

 本来ならばここは手を出さない筈なのだが、思案する前に四人の身体が動く。


「てぇええええええええええええい!!」


 ジャーネが右袈裟で斬り付け、怯んだ所にレナがショートソードで貫く。


「イリス!」

「わかってる、『ロック・ブラスト』!!」


 イリスが放った無数の岩塊がビック・スパイダーの脇腹に撃ち込まれ、三匹ほど倒す事に成功する。

 そこを疾風の如く駆け抜け、両腕に携えた剣で斬撃を繰り出し足を切断、そこから瞬時に三体の蜘蛛達をバラバラに解体するゼロス。

 

「残り四体!」

「助太刀感謝する! 我等は…」

「話は後で、今はこの蜘蛛を手早く処理だ!!」

「そうであった! すまない」


 彼等は四名の加勢が加わった事で、襲い掛かって来たビック・スパイダーを辛くも討伐し窮地を脱した。。

 早速レナとジャーネは嬉々として解体作業に移り、イリスは解体風景を見ない様にしている。

 生理的に駄目なのだろう。


「先ほどは助かった。礼を言わせてもらおう」

「いえいえ。こういった状況は助け合いが重要ですから、時に騎士の皆さんはどうしたんです。何かトラブルでも?」

「!? 何故…我等が騎士と?」

「揃って同じ形の剣に家紋、どこかの貴族の従騎士なのでしょう? 一時期は貴族の家庭教師をしておりまして、特徴的な量産品の剣は見ておりますのでね」


 傭兵の風体でも騎士は剣を変える事は無い。

 これは何らかの任務で騎士の鎧を着ずに動くとき、身分証の代わりとなる重要なアイテムでもある。

 量産ゆえに形はどれも統一され、この国の騎士を示す刻印が柄に刻まれる。


 それとは別に剣の柄に家紋が掘られた物は、その貴族の家系から信頼を得ている証であり、側近と呼ばれる者達である。

 これを見せる事によりどこの貴族に仕える者であるか身分を明かし、他家の騎士との区別を付ける物であった。


「なんと、それ程の魔導士でしたか! ここは貴殿に知恵を貸してもらいたい」

「貴殿などと呼ばれる身分では無いですが……、何か問題でもありましたか?」

「先ほど我等が御仕えするクリスティン様が【ピット・シューター】に落ちてしまい、何とか助け出したいのですが開口部が開かないのです」

「なっ?! それは不味いですね……」

「誰がこんな悪質な仕掛けを…クッ…」


 ダンジョンでは良くある罠の【ピット・シューター】。

 早い話が落とし穴なのだが、これはダンジョンの階層の場所によって落ちる場所が異なる。

 極端な例を挙げればダンジョンの上層部にいた筈が、この罠によって最深部に落とされる事もある。

 当然魔物の強さが異なるため、駆け出しの傭兵がこの罠に嵌るとまずは助からない。

 落ちる場所にもよるが強力な魔物と相対する事になるため、腕が立たねばダンジョンの餌となる事になりかねないのだ。


「ダンジョンと気づくのが遅すぎたですね。この真下が何処に繋がっているかが問題か……」

「ダンジョンですと、この廃坑がですか!?」

「おじさん。その人達、おじさんが剣を修復してあげた子の仲間よ? たぶん落ちたのは……」

「それ以上は言わなくても分かりましたよ。しかし、一度開いたのですからもう一度開いてもおかしくは無いんですがね」


 ゼロスは何気に【ピット・シューター】の閉ざされた蓋の上に乗ってみる。

 完全に固く閉ざされており、大人の体重でもびくともしない。


「開きませんね。迂回するにしても時間が掛かりそうですし、いっその事――――」


 ―――ガコン!


 考え込みながら『いっその事、魔法で吹き飛ばしてみますか』と言おうとした矢先に蓋が内側に開き、ゼロスは穴の中へと消えて行った。

 まるで出来損ないのコントである。


「おじさぁ―――――――――んっ!?」

「魔導士殿っ!?」

「おい……二重遭難になるんじゃないか?」

「わ、わざとじゃないんだよな…?」 

「だが、これでクリスティン様の元に行けた訳だ。あれ程の手練れだから大丈夫だろうし、俺達は迂回して救出に向かおう」


 慌ただしく動き出す騎士達。


 イリスは未だ解体作業をしている二人を待つ事にする。

 彼女はゼロスの事を全く心配していなかった。


 なぜなら彼女は【殲滅者】の逸話を知っていたからである。

 むしろ心配なのはこのダンジョンであった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  

 

 

 幸いにも、この【ピット・シューター】は滑り台式だった。

 ただし、三メートルくらいの高さから落とされ尻を強打し、そこから凹凸のある滑らかな表面のトンネルをだいぶ滑り落ちた所為か、臀部の痛みが激しい。

 背中も強か打った為か、感覚が少し麻痺していた。


「いっつっ……尻が擦り剥けてないと良いが。…さて、偶然とはいえ同じ場所に落ちた訳ですし、お姫様はどこに居るのやら…柄じゃないか」


 一人でツッコミつつ、背中をさすりながら歩きだすゼロス。

 落ちた場所は天上まで三メートルくらいの狭い空間であった。


 道は一方向に先へ続いている様であるが、何が襲って来るか分からないので警戒を強める。

 この坑道も壁が僅かに青く淡い輝きで周囲を照らしていた。

 ふいに足を止めて険しい顔で考え始めたゼロス。


(この光、放射性物質じゃないですよね? 物理法則が同じである以上、そうした物質が存在してもおかしくは無い。歩いている内に髪が抜けだしたらどうするか……)


 光の正体は【輝光石】と呼ばれる暗闇で光る石で、放射能のような危険な物を放出はしない。

 しかし鑑定していない彼は危険な物では無いかと恐れ、恐怖に身を震わせていた。


 これが放射性物質だと言うなら、この鉱山に入った時点で既にOUTである。

 だが彼はその事実に気付くまで少し時間が掛かった。


 ―――ギュオォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 魔物らしき咆哮が聞こえ、ゼロスは我に返る。


「考えても仕方が無い、急いで探しますかね。遭難者が餌になってたら拙いですし」 


 救出を最優先にしたゼロスは走り出し、その光景に絶句した。

 通路の先は断崖であり、わずかに人が通る幅三十センチ位の細い足場が在るだけであった。

 ここを通るには壁に体を密着させ、岩場を掴んで進むより他が無い。

 それ以前に大人であるゼロスには足場が狭すぎ、通る事が不可能であった。


「何処の未開の地ですか、ここは……。ロック・クライミングなんて、やった事ないぞ」


 クリスティンがこの先を進んだ事は間違いは無い。

 しかし、その場所を彼は進む事が出来ない。


 メタボが気になるお年頃。

 ここを通るには痩せなければならない。

 おっさんが進むには些か無理があった。


 真下はやけに広い何処かの球状ドームが幾つか入りそうな空間で、中央辺りに塔の如く岩の柱が幾本も聳え立ち、その周囲の広大な砂地にひしめき合うワームが、無数に蠢いている。

 見ていて気分が悪くなる光景であった。


(アンダーワールドにしては広くは無いですが、反対側の外縁が見えないな……。どれだけ地下深く落ちたんだ?)


 そのワーム達は一定の方向に動いている様で、まるで何かに誘導されているかのように見えた。


(地中の魔物は動物と照らし合わせても一部を除いて目や耳が退化している筈、なら奴らは肌か別の器官でで振動を感知し獲物を割り出している可能性が高い。

 ここで振動を出す存在は別の魔物か、若しくは……。見たところサンド・ワーム、岩場を掘り進めるのは無理となると、その岩場から発せられるわずかな振動に反応している事になる…。あの巨体で? それはありえない)


 身体が巨体となると、その感覚もサイズに応じて鈍くなる。

 岩から伝わる振動など微々たるものに過ぎず、周囲の音やワーム自身の動きによって掻き消されるであろう。


 ふと見上げると、空中に無数に飛び交う黒い蝙蝠の群れが目に留まった。

 思考を加速させるかのように瞬時に状況を考察し、ある予測を立てた。

 

 ダンジョン内には一定の階層に一種族の魔物しか存在しない事が多い。

 稀に複数存在するダンジョンもあるが、其処まで来ると大規模な領域を広げる古いダンジョンだが、少なくともこの廃鉱山はまだ若い。

 本の知識を照らし合わせればエリアには最高でも三種類の魔物がいる事になるが、現時点で見かけるのはワームと蝙蝠【ハウリング・バッド】だ。

 ハウリング・バッドは小型だが、吸血行為で食事をするので小さい獲物はまず襲わない。大型の魔物と共生するのだ。

 この魔物の最大の特徴が大型の魔物を音波で誘導する事である。

 精神を操る事は出来ないが、壁に群れ全体で音波を共鳴させ当てる事で一定の固有振動を生み出し、ワームを動かすのである。


 大型の魔物を捕食すべき相手に導き、獲物が喰らっている最中にその大型の魔物の血を吸うのだ。

 しかし、食事を摂らないでも生きて行けるダンジョンではその行為に意味は無いので、その能力を使うのは外敵の排除と云った防衛の為である。

 仮に人間が岩場を歩いたとしても、その振動はワーム自体が大きすぎて感知できない。

 ワームからして見れば脅威を持つ事は無いだろう。


 だが、小型のハウリング・バットから見ればどうであろうか?

 この魔物は基本的に捕食される側であり、大きさは掌サイズで群れを成す。

 集団で恐れるのは自分達より大きな捕食者で、外敵をである捕食者はワームが捕食できる小柄の存在となる。


「つまりは、あの群れの先にいる訳ですか。ですが、あの蝙蝠は邪魔だなぁ。まぁ、思ってたより近くみたいだから助かったが」


 ゼロスは蝙蝠たちの群れを排除しなければ、クリスティンが喰われる可能性が高いとを考慮した。

 固有振動を一定に集中させれば共鳴効果で熱を生み出す事が可能で、彼女がいつ攻撃を受け岩場から落とされるか分からない。

 先ずは安全を確保する必要があると結論付けた。


 右腕を突き出し膨大な魔力を集中させ、イデア内の魔法式を稼働させる。

 掌の先に高密度の魔法式が展開された。


「『煉獄炎』」


 放たれた魔法が天井周辺で拡散し、炎の津波となってハウリング・バットに襲い掛かる。

 元々弱い魔物で火耐性も無く、数千度の熱量で一気に焼き払われた。

 生き延びた蝙蝠達は新たな敵の存在を知り、慌てて散開して逃げ去る。


 そして彼は飛行魔法【闇鳥の翼】を使い、断崖から飛び立った。

 目指すはハウリング・バットが群れていた場所。


 おそらくそこに要救護者がいると確信して。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 クリスティンは時間を掛けて狭い足場を横向きに進んでいた。

 彼女の綺麗な手には、岩で切った傷を無数に作り、痛みを堪えてわずかな岩の凹凸に手を掛ける。

 群れを成す蝙蝠たちが飛び交い、どう云う訳かワーム達が彼女の後を追って来る。

 幸いワームは岩場を上っては来れないが、落ちればただで済む訳が無い。

 そして現在彼女は最大の難関にさしかかっていた。




 上から落ちてきた当初は途方にくれた。

 周りは岩の空洞のようだが安全であるかは判断できず、同じ場所に留まるのは危険と思い移動する事に決めた。


 狭い坑道を進むと、彼女が見たのは広い空間でる。

 真下では千は軽く超えるであろうひしめき合う数のワームの群れており、落ちれば死は確実である事が嫌でも理解させられた。

 そして自分がいる場所が、二十メートルはあろうかという崖の上であったのだ。


 周りはゴツゴツとした岩肌ばかりで、移動するにも道が無い状態。

 孤立無援の言葉が脳裏を過る。

 

「ど、どうしよう……」


 途方に暮れる彼女は、しばらくその場で力無く座り込んでしまう。

 どれだけそこに留まっていたかは覚えていない。

 だが、たまたま目を向けた場所に僅かな足場が在る事を確認した。


(ここにいつまでいてもどうしようもない。何とか上に行かないと……)


 彼女は決意し、わずかな足場につま先を掛け岩の凹凸を掴み進み出す。

   ・

   ・

   ・

 それからどれ程の時間が経過したかは分からない。

 一分一秒が恐ろしく長く感じられ、一歩前へ進む事に常に精神集中を余儀なくされる。

 気が付けば手は血と汚れで染まり、次第に感覚が無くなって行く。


 下を見ればワームが群れを成す姿が嫌でも目に留まり、落ちたら喰われると思うと彼女の心に恐怖を齎す。

 死にたくない一心で進むしかないのだが、同時に疲労と焦燥感も圧し掛かって来る。

 上空を飛び交う蝙蝠の群れは常に騒がしく、気のせいか岩場も僅かに震えてるような振動を感じていた。


(前へ……あと少し先に岩棚が。父さん、僕を守って……)


 何とか気力を振り絞り岩棚の近くにまで来たが、彼女はそこで最大の難関に直面した。

 岩棚の傍には急な傾斜角度で突き出した岩壁が出ており、そこを進むには相当な熟練した技術が必要となる。


 今まで進んでこれたのは岩壁が寄りかかる事が出来る位の傾斜であった為、疲れても休む事が出来たのだが、目の前の岩壁は傾斜角度が逆向きである。

 ロープやカラビナ、ハーネス等の装備が無い以上は素手だけで進むのは素人には無理である。

 ましてや十代の少女には攻略不可能な壁であろう。


「そ、そんな……」


 少女の心に絶望が過る。

 前に進む事に気を取られ、岩場の状況を確認しなかったのだ。

 だが、極限状態に陥ってる彼女にそれを指摘するのも酷であろう。

 生きて帰るのに必死であったが為に、彼女はミスを犯してしまったのだから。


 だが、いつまでもその場にいる訳にも行かない。

 絶望に捉われながらも前に進む事を優先する。


 ―――ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


「な、なに!? なにが……」


 いきなり発生した爆発音。


 振り向く事が出来ない状況で、出来るだけ状況を知ろうとする。

 すると上空からき殺された蝙蝠が落下して来た。

 おそらくは今の爆発により吹き飛ばされた蝙蝠なのだろう。


「つまり、こんな真似ができるモンスターがいるってこと……?」


 焦燥に駆られながらも、クリスティンは出来るだけ岩棚に近付く事を優先した。

 既に力は入らない。

 それでも諦める訳には行かなかった


 逆傾斜が彼女の体力を次第に奪い、指先に力が入らなくなって来る。

 時間が経つにつれ彼女は限界に追い込まれて行く。

 そして―――


「あっ―――」


 ―――体に感じた浮遊感。


 次第に遠ざかって行く岩壁と岩棚。

 自分が落下しているのだと理解した。


(父さん、ごめんなさい……。僕、ここで死ぬかも知れない)

 

 志半ばどころか、まだスタートラインにすら立っていない自分が死ぬ事に対し、彼女は死んだ父に心の中で謝る。

 残される母親も気になるが、今の自分には何もする事が出来ない。

 悔しさよりも、何も出来なかった事への悲しみが込み上げ、自然に涙が流れる。


 下は砂地だけに生き延びる事も出来るかもしれないが、無数にひしめき合うワームから逃げきれる自信も体力も無かった。

 彼女は死を覚悟し、瞼を閉じるが……


「おっと、ナイスキャッチ!」


 何とも間の抜けた男性の声が聞こえ、彼女は眼を見開いた。

 背中から自分を抱えている男性の腕と、どこかで見覚えのある灰色ローブ。


「いやぁ~危なかった。あと少しで間に合わない所でしたよ」


 胡散臭い口調は彼女も聞き覚えがあった。

 今朝方、剣を修復してくれた魔導士である。

 助かったと安堵したクリスティンは信じられないものが目に映った。

 空中を浮いているのである。


「なっ!? えぇ――――――――っ、と、飛んでるぅ!!」

「暴れないで貰えますかね。飛行魔法は効果時間とは別に魔力を使い続けるので、一人抱えてるだけでも負担が大きいのですが……」

「す、スミマセン……」

「分かってくれたなら良いですよ。さてと…」


 二人はゆっくり上昇し、岩棚の上に降り立った。

 

「怪我はありませんか? 上でお連れさん達が心配していましたが」

「大丈夫です。あ、あの…二度も助けて下さりありがとうございます」

「気にしない気にしない。ダンジョンは助け合いが肝心ですから、この程度の事は構いませんよ」

「へっ、ダンジョン?」


 クリスティンは気になる言葉に疑問を持ったが、目の前の魔導士―――ゼロスは真下を眺めながら溜息を吐く。

 そこには行き場も無く群がり蠢くワームの群れがあり、これをどうにかしなければ脱出は出来ない。

 彼女はそう思っていたのだが、ゼロスは違った。


「この数が放出され暴走したら危険だな……殲滅するべきだろうか?」


 物騒な言葉が呟かれた。


「あの……魔導士さん、今…何か不穏な事を言いませんでしたか?」

「あぁ、僕はゼロスと名乗っていますので、そう呼んでください。クリスティンさん」

「はぁ……それより、殲滅って言いませんでしたか? この数をどうやって…」

「やろうと思えば簡単に出来ますが、虐殺はどうも…」


 言葉をそのままの意味で捉えれば、目の前の魔導士はこの数のワームを滅ぼせる事になる。

 だが、とてもそんな風には見えない風体なので困惑が隠せなかった。

 しかも本人はワームを見ながら独り言を呟いている。


「虐殺はしたく無いんだけど、この数だしなぁ~。正直この歳で『俺様、TUEEEEEEEE!!』なんて恥ずかしすぎますし、かと言って放置すればここから放出され被害は増加するだろうし…めんどくさい事になった。

 僕は採掘に来ただけなんですけどねぇ~…。しかたないけど焼き払うか、ワームには可哀想ですけど死んで貰しかないか。多少、溶岩が出来ますが…。ハァ…ミミズは畑に必要なのですがねぇ~…」

「えっ、溶岩? 被害? 何の事ですかっ、それとワームは雑食性でミミズと違いますよ!? それと悪食です!!」


 ゼロスは彼女の言葉を聞いていない。

 懐から煙草を取り出し火をつけ、気だるげに煙を吐き出すと左腕を掲げた。


「『煉獄炎焦滅陣』」


 突如ゼロスから噴き上がる膨大な魔力。

 掌から生み出された膨大な魔力の込められた球体が、広い空間の中央付近に撃ち出される。

 それはやがて膨張し、高密度の魔法式を展開した。


 周囲の魔力を急速に取り込み、魔法式は定められた命令を実行するべく魔力を物理法則の力として破壊の力として転化し、この広大なフロアを焦土と化す危険な魔法である。


 集められた魔力は、超高温の炎となってワーム達を包み込んだ。

 その熱量は瞬間的に一万度にも到達し、周囲を吹きと飛ばす衝撃波という形で煉獄の炎を周囲に吐き出した。


「おっと、『積層絶対氷結壁』五十枚展開」


 巻き込まれないように絶対零度の壁を五十枚展開して岩棚を包み込むと、次の瞬間に高温の爆風が炎と共に襲い掛かった。

 広いとは言え、密閉された空間で使う魔法では無かったのだ。


 ―――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 鉱山内部に激震が走る。

 どこかで行われる地下核実験に近いかも知れない。

 

 熱は際限なく上がり続けるが、絶対零度にその上は無い。

 高熱量に曝された障壁は亀裂が入り、長時間は持たないだろう。 


「やばいな、『ガイア・コントロール』」


 障壁が持たないと判断し、大地操作魔法で自分とクリスティンの周りを分厚い岩の壁で包み隠す。

 咥えていた煙草が岩棚の上に落ちた。


 念のため何重にも障壁を展開し、この激震が収まるまで大人しく待つ事にする。


 魔法は魔力を物理的な破壊の力に変化させるが、変化した力は直ぐに魔力に戻る性質がある。

 発生させた破壊力のこもった炎は、わずかな時間で消える事になる。


 振動が収まり岩の壁を操作して外に出て見ると、一気に嫌な汗が流れた。

 そこは岩肌が溶解した灼熱の世界だった。

 天井も崩落し、別の階層が見えるほどである。


「あちっ!」


 幾重にも張られた障壁を通して、熱が急速に伝わって来た。

 魔法障壁の外はかなりの高温で、とても人がいられる状態では無い。

 しかも熱が障壁を通して内側の空気に伝導して来る。


「やべっ、標準魔法『コキュートス』連続機動! 同時に範囲魔法『カラミティ・サイクロン』』


 高熱が伝わり始めた速さに嫌な予感を覚えたのか、標準の氷結系広範囲魔法を連続で撃ち込み周囲を冷やすと、外界気温は急速に下がり何とか障壁を解除した。

 冷却しなければ溶鉱炉の中にいたのと同じ状態だったのだ。


 更には周囲の空気が燃焼により少ない可能性があり、強制的に空気を戻すために風系統範囲魔法を発動させた。

 天井まで届く竜巻が空気の対流を生み出し、酸欠確定のフィールドに空気を補充する。


 溶岩の世界は急速に冷却され固まり、無理矢理にだが空気が戻って来た。

 だが、周囲は未だに熱が発せられ続け、岩肌は融けて赤熱化し続けている箇所も見受けられる。

 地獄の様な光景だった。


「…やり…過ぎたか? 普通に広範囲魔法で良かったような。上の階層で被害者が出てなければ良いのだが……」


 デジタル世界と現実との差を痛感した瞬間であった。

 どれだけ馬鹿げた威力の魔法でも、ゲーム内での被害はあくまでデータ上の数値で判定されるだけである。

 その為に被害は現実世界に全く無い。


 しかし、現実で殲滅魔法を――ましてや密閉された空間で行うと状況は全く異なる。

 いくら変質された炎が魔力に戻ったとしても、その発生した膨大な熱量で溶解した岩肌には熱が残り続けるのだ。

 更に閉鎖された空間には熱が留まり続け、内部温度も上昇し続ける。


 彼の背に冷たい汗が流れる。

 危険だと言っていた自分の魔法を、自身が一番過小評価していた事に気付いた。

 何より、大深緑地帯で広範囲殲滅魔法を使った時の結果を忘れていれたのだ。


「こ、広範囲殲滅魔法…。ゼロスさん、貴方は何者ですか! 魔法王国でもあるこの国ですら開発に成功していないんですよ!?」

「……た、ただの冴えない無職のおっさんさ!」


 誤魔化しきれない答えだが、事実でもある。

 二人の間に居た堪れない冷たい風が流れた。


「……殲、滅者」


 クリスティンが震える声で呟き、その一言が彼の心を抉る。


 作った魔法自体が厨二病的なのに、二つ名程度で動揺する事自体おかしい。

 それはゼロス自身が当初、ゲーム内の非現実空間だったの良い事にハメを外しまくり、思いっきり調子に乗って遊んでいたからだ。

 仲間からは実際に中学生とすら思われていた。


 そんな痛い仮想世界の日常が、まさか本当の現実になるなど誰が予想できよう。  


 この日、ゼロスは異世界で初めて【殲滅者】の二つ名を呼ばれた。

 彼は誤魔化すよう煙草を取り出し火をつける。


 この時の煙草の味は、実に苦い味であったと言う。


 

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