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おっさん一行、払魔師達と別れる



 鵬天山に向けて山道を歩き続けていたゼロス達は、足元にチョロチョロと纏わりつく小さな妖魔に眉をひそめていた。

 妖魔や悪魔といった魔力生命体は、本来であれば濃い魔力濃度の土地や、それら妖魔が生じやすい瘴気に汚染された因縁深い場所でなければ派生せず、特に信仰から生じた存在ではなく純粋な負の情念存在であるほど、正の気が強まる早朝から歩き回ることはない。


「……ゼロスさん」

「えぇ……こんな小さな妖魔が、弱体化せずに山の中を歩き回っている。現地ではそうとう瘴気の濃度が濃いんでしょうねぇ」

「浄化……できんのか?」

「問答無用で消し飛ばした方が手っ取り早いんじゃないかな」

「さすが殲滅者、真っ先に広範囲殲滅魔法を使うことを選ぶその姿勢。怖いわぁ~」

「なら、アド君は悠長に魑魅魍魎を倒しながら、ちまちまと浄化しまくるかい? 放置し続ければ被害が拡大する一方なんだけど、他に手があるなら言ってみるといい。ほれ、言ってみぃ~?」

「OK、ボス。今日から俺も殲滅者の仲間入りをするぜ。やばい化け物はさっさと滅ぼすに限る」


 茶化していたアドも、自分が何の策もないことを理解しているのか、直ぐに掌を返してきた。

 妖魔は発生した特性上から早朝から夕暮れまでの正の魔力が高まる時間帯において、よほどの強力な個体でない限り本能的に活動を避ける傾向がある。

 それは、天然の浄化効果を持つ太陽光が最も降り注ぐ時間帯であり、数百年存在しているような強力な個体でもない限り弱体化、あるいは消滅してしまう。

 その理由は、戦場跡などの暗い憎しみが集合した呪術的プロセスで派生した存在は、あくまでも人為的に生じる不自然な摂理の歪みと見なされるため、自然の浄化作用に弱く自浄作用効果の影響を受けやすい。

 逆に、龍穴から噴き出す魔力や自然界の魔力溜まりから発生する妖精などの類は、その発生要因が自然的なものなので弱体化を受けることはない。

 その代わり環境次第で何色にも染まりやすく、いつぞやゼロスやイリスが相対した【フェアリー・ロゼ】のように、自然発生の魔力溜まりが澱み生じた瘴気に汚染された醜悪な魔物に変質することもある。

 どちらにしてもタチが悪いという点では同等なのだが……。


「しかし、鬱陶しいですね」

「こんな弱ぇ化け物に出てこられてもなぁ~……」

「地味に攻撃してくるし、うっかり踏み潰した時には転びそうになるし、邪魔でしょうがないですよ」


 ミヤビ、ゲンザ、タカマルに至っては凄く不満&不快な顔をしていた。

 小さな妖怪は確かに弱いのだが、負の情念から生まれた存在である本能がゆえに、勝てるはずもないのにゼロス達を執拗にチクチクと攻撃してくる。

ケガを負うことはないのだが、それでも地味に痛い。

 今もタカマルが飛脚のような恰好をした醜悪な小鳥の妖怪を踏みつけてしまい、危うく転びそうになっていた。しかも踏みつけた感触が何とも言えないほど不快だ。

 死んでいくときも、『お便り……待っています』などと、悲し気に余計な一言を残していくものだからいたたまれない。

 しかし、こうした罪悪感の込められた魔力を引き出し、同類の糧にすることが小型妖魔の役割でもあった。


「ところで、私たちはいつまで、あなた方に着いていけばよいのでしょうか?」

「俺達、役に立たねぇよな?」

「いや、払魔師としての仕事なのは分かっているんだ。だが、事がもはや我らの手に余る事態になっているんだが……」


 アケノを含む払魔師三人は、なぜかゼロスたちの後を着いてきていた。

 よくよく考えたら、この三人がゼロス達と同行する意味はない。むしろ足手まといだ。


「そう言えば、なんで君たちは同行しているんでしたっけ? 考えてみると君たち程度の術師に事態を収拾できるとも思えない。ここから先に進むのは普通に自殺行為だね」

「ひでぇ!?」

「だが、事実であることには変わりない!!」

「引き返した方がいいのでしょうか?」

「まぁ、今は山一つ越えたところですし、今から急いで戻れば夕暮れまでには、かなりの距離を稼げるのでは?」


 そう、人間兵器そのものであるゼロスとアド、修羅道一直線のミヤビとゲンザ、そしておまけのタカマルと、この五人だけならどんな状況でも切り抜けられる。

 しかし、呪術師としても戦士としても中途半端な払魔師の三人は、決定打になりうるような切り札でもない限りこの場にいても役にも立たないのだ。

 むしろ邪魔にしかならない。


「なんか、つき合わせちゃったみたいで悪いねぇ。お詫びと言ってはなんだけど、護身用にこの呪符を君たちにあげよう。かなり強力だから危機的状況から逃げる時に使ってほしい」

「……これ、仙人などが使う呪符ですよね? なぜゼロス殿が持っているんですか?」

「そりゃ~、僕が作ったからに決まってるからじゃないですか。魔力も込めてありますから、本当にヤバいときに使ってください」


 そう言ってミヤビに手渡されたのは、まるで札束のような分厚い数の呪符だった。

 しかも三人分である。

 そして、触れただけでも理解してしまった。

 この呪符に込められた魔力が尋常ではないことに。


「ほ、本当に頂いても宜しいのですか? かなり強力な呪符のように感じるのですが………」

「作ってはみたけど、どうせ使いませんから。僕やアド君は単独でのほうが強いですからねぇ、あまりそういった道具は必要ないんですよ」

「「「何のために作ったんだ?」」」


 ゼロスは【神仙人】という呪術師系の職業スキルを持っている。

 呪符を用いた戦闘や結界などの広範囲防衛陣を築くときに影響を与えるスキルで、その補正効果はこの世界に存在する同職業の比ではない。屍鬼も操れる。

 たった一枚の呪符でも戦略級魔法のごとき効果を発揮するだろう。

 しかし、それはあくまでもゼロスが使用した場合に限りであり、アケノ達が使う分にはその効果は通常の呪符に比べ三割増しといったところだ。

 彼ら払魔師達にとっては破格の凶悪武器を手に入れたようなものである。

 呪符から放たれている魔力の残滓から、そのヤバさがビンビンと感じられ顔が引きつほど、それくらい危険な呪符だ。


「あ、有難く使わせていただきます………」

『なぁ……この呪符、ヤバないか?』

『ヤベェな………使っていい物なのか?』


 ここ数日で分かっていたことだが、ゼロスとアドは払魔師の三人から見てもかなり高位の術師だ。陰陽寮の呪家の者達をはるかに凌駕する化け物である。

 そんな術師が製作した呪符がまともな威力でないことは嫌でも分かる。


「それでは、私たちはここから離脱させていただきます」

「あ~、どうやらこの国の術師達が北西側の平原で陣を張っているようだから、そこに合流するといいと思うよ。彼らが負けたら、このフオウ国は滅びかねないからねぇ」

「な、なぜそんなことまで……まさか、式神を放っていたのですか!?」

「僕は魔導師だから式神とは少し違うけど、似たようなものかな。戦いでは敵戦力の把握は重要だし、この程度のことは誰でもするでしょ」


 術式を用いない呪術を使う彼らの式神は、長時間の運用に適していない。

 全て術者の魔力や精神力に依存しているので、性能や効果時間に個人差が生じ、遠距離での偵察などには適していない。

 手練れでもない限りはせいぜい一つの街をカバーする程度であろう。

 それが払魔師ともなれば、さらに式神の運用時間は低下する。

 元より孤児だった彼らは、呪家の者達から手ほどきを受けてはいるものの、呪術師としての神髄を教えてもらっていない。

 言ってしまうと、呪家が長い間修練を重ねた高僧だとするならば、払魔師達は一般家庭に稀に誕生する霊能力者レベルだ。

呪術を多少齧っている程度で本職にはどうしても敵わない。


「既に百鬼夜行と戦う準備ができていたのか……」

「我々が戻っても足手まといにならないか?」

「ですが、報告に向かわないといろいろと面倒ですし、いざとなれば頂いたこの呪符をばら撒いて逃げましょう」

「「そうだな……」」


 国に忠誠心などない払魔師達だった。

 まぁ、元より使い捨ての駒として育てられたのだから、彼らが呪家に良いイメージを持っていないことは確かである。


「それでは、ゼロス殿……お世話になりました」

「料理、美味かったぜ」

「ご武運を……」


 払魔師達は急ぐように来た道を戻り、ゼロス達は彼らが無事に生き残れることを思いつつ、その背中を見送った。


「さて、では我々も先を急ぐとしましょうかねぇ」

「なぁ、よく考えたら……なんで俺達、面倒事に首を突っ込んでんだ? 妖刀が龍脈を抑えて百鬼夜行を生み出したとしても、そもそも俺達には関係ないよな?」

「今更だねぇ~。イベントがあれば首を突っ込む、それが僕達プレイヤーの生き様じゃないか。派手に魔法をぶっ放せる機を逃すとでも?」

「いや……そもそも俺たち自身が遭難者だって忘れてないか? 北大陸の西方域に帰らなきゃならんのに、遊んでる暇があるとは思えんのだが……」

「では、アド君は大勢の命が失われる事態を見過ごすと? その事態を収束できる力を持ちながら、助けられるのに人が死んでいく光景を横目に何もしないと? それは人として誇れる生き方なのかい? 派手に魔法をぶっ放す程度で収められるのに?」

「うっ!?」


 この東大陸で起きている事変は、ゼロスとアドには関係ない。

 確かに放置しても誰に咎められるわけでもないのだが、見て見ぬふりをし続けるにも人間性が問われる。言ってしまえばこれはボランティアだ。

 しかも人命救助を名目に、普段は抑えてあるプレイヤーとしての衝動を開放できる機会でもある。


「おあつらえ向きに、今回は国の命運がかかった緊急事態だ。乗るしかない、このビックウェーブに!」

「まぁ、確かに……時折、無性に魔法を制限なくぶっ放したくなる時はあるよなぁ~。帰ったら地味な生産活動だし……」

「普通に生きていくだけなら、威力が高すぎるだけの不必要な魔法ばかりだからねぇ」

「考えてみれば、攻撃特化なんだよなぁ~……」

「いいじゃないか。それだけでも外敵から身を守れるってことには変わりないんだし、何もできないよりは百倍マシ。それに、どんな強力な魔法も所詮は使い手の――」

「知恵と勇気ってか? 魔法は強力になるほど使い勝手が悪くなるんだよなぁ~」

「範囲魔法なんて滅多に使うもんじゃないからねぇ~」


 攻撃魔法は効果範囲が広い魔法ほど使う時と場所を選ぶ。

 特に範囲魔法や広範囲殲滅魔法など、普段の私生活には全くと言ってよいほど使う機会がない。せいぜい緊急事態が起きたときだけだ。

 そのため、ソリステア魔法王国の魔導師は初期の簡単な魔法を自在に使い熟せる者ほど優遇され、範囲魔法は後から学ぶ傾向が強い。

 最近では特にその傾向が寄り高くなっていると、教え子達の手紙で報告を受けていた。

 これも、いつまでも師匠面している古狸が消え、優秀な魔導師を優遇する実力重視に切り替えた影響だろう。


「まぁ、この国では古い家系の呪術師一族が未だに幅を利かせているようで、血統主義を前面に出してのさばっていたから、遺伝子的な異常の問題で跡取りが貧弱な体で生まれてくるようだ。これもある意味では呪いともいえる」

「同族婚は危なっかしいな……」

「築いてきた財や培ってきた呪術の知識を、外部に流失させないようにするには有効な手段だとは思うよ? ついでに血が濃くなることで呪術師としての力も強まる。ただ、健康的な面で不具合が生じやすいってだけさ」

「それが一番の問題だろ」

「貴族や王族も昔はやってたねぇ。医学が進歩することで、それが悪手と分かってきたわけだが………。この世界だと、どうなんだろうねぇ?」

「あ~……俺達にとっては古臭い文化でも、それを伝統として後生大事に守り続けるような一族がいる訳か。それが陰陽師などの呪家と」


 他人事と好き勝手に言いまくるゼロスとアド。

 呪家の者がいたら本気で憤るかも知れない。

 何しろ彼らは歴史の陰から国を守ることに心血を注ぎ、呪力を高めるために同族婚を選択した。例えそれが悪手であったとしても、国防の一翼を担ってきた実績と誇りがあるのだ。

 訳知り顔で扱き下ろされる謂れはない。

 ただ、この場にそれを指摘できる者はいなかった。


「あの……師匠、ゼロス殿………」

「なにかね、タカマル君」

「何か異常でも見つけたのか?」

「異常と言えば、これは充分に異常ですね。これ……なんですが」

「魔石と……これは、魔物の一部?」

「これがどうしたんだ?」

「その……また足元の妖をうっかり踏んづけたんですが、煙とともに魔石と魔物の一部だけが残されまして……。これっていったい何なんですか?」

「「えっ?」」


 倒した魔物の一部が残される。

 これはダンジョンなどで見られる特異現象である。

 ダンジョンモンスターは魔力が体の一部や特異な部位に溜まり、倒された直後に本体はダンジョンへと分解吸収され、魔力含有量が多い一部だけが吸収されず残る。

 だが、これはダンジョン内でのみ起こる現象であり、自然界において魔物は生物なため、他の肉食獣に捕食されるか微生物などに分解されない限り、その場に死骸が残される。

まして妖は魔力生物だ。

自然界で倒されると、その体は構成されていた魔力が還元され消滅してしまうため、このように魔石や特殊部位が残されることは確率的に低い。

仮に魔石が残ったとしても、その魔石は瘴気で汚染されているはずなのである。

だが、タカマルの手には両手にそれなりの数の素材を持っており、魔石も瘴気で汚染された形跡がなかったいた。


「まさか、既にここはフィールド型のダンジョンなのかっ!?」

「う~ん……それは少し違うんじゃないかな? アド君の言う通り迷宮化していたとしたら、僕たちが鵬天山に向かうこの山道が迷路のようになっているはずだ」

「あっ、擬似的に異界化するのか! なら、これは……」

「結界内の瘴気の濃度が高まり、一時的に擬似ダンジョン的な環境になっているんじゃないかな? 妖刀に龍穴を抑えられているんだから、そこから生まれ出る妖魔自体にも、それなりの魔力を内包しているはずだよ。実体化していようと所詮は魔力で構成された生命体だから、常に魔力を放出している。いくら自然界に魔力が戻ってきたとはいえ、この辺りはまだ濃度が薄い。自然界の力では浄化しきれないから妖魔たちが消えることがない。しかも少し前から結界内に侵入したようだ。おそらく、この結界の範囲がダンジョンに近い仕組みになったんだと思うねぇ」

「俺たちは結界内に入ったのか? てことは、龍穴はその結果以内に存在し、妖魔共は龍穴から離れるほどに弱体化していくわけだ……」

「言うほど弱くはならないと思うけどね」


 魔力で構成されている生命体は、その特性上から生存できる環境は限られている。

 龍脈から魔力が噴き出す龍穴の周辺や、何らかの理由で自然界の魔力が時間をかけて溜まった魔力溜まりなど、基本的にその領域から離れることはない。

 では、妖魔――もしくは妖怪はどうであろうか?

 彼らの本質は魔力そのものに宿った負の情念であり、それこそが彼らの存在そのもので行動規範となる。その事から自己保存を維持し続けるには同種のエネルギーを摂取する必要なため、感情のある人類種を率先して襲う。

他の生物から魔力だけを奪う程度では、いずれ弱体化して消滅するからだ。

 負の情念の込められた魔力を定期的に取り込み自己保存を行うため、妖魔は人間を襲う事を目的に広範囲へと移動するのである。


「なぁ、どうでもいいんだが……そろそろ俺は本気で戦いたいんだが?」

「ゲンザ殿……戦いたい欲求が抑えられないのは分かりますが、多勢に無勢という言葉をご存じで? なんかヤバそうなのが動き出し始めているんですけど」

「そんなに強そうなのがいるのか? そいつは楽しみだ」

「どうも廃村周辺にも強い結界が張られていたようで、それなりに強力な個体がやっとのこと鵬天山から動き出したところですねぇ。清浄な魔力から逃れようと、慌ただしく移動を開始したようです。もう一つ山を越えれば、大量の雑魚と戦うことになりますから、体力の消費は避けたいところなんですよ」

「む?」


 ゼロスとゲンザの会話中、ミヤビの中でわずかな違和感が生じた。

 その違和感がなんなのか考察していたが、やがて明確に理解すると言葉として疑問を口にだした。


「ゼロス殿……確か妖刀は龍穴に陣取り、力を蓄えていたのは間違いありませんね?」

「そうですが、なにか?」

「つまりは、龍穴から噴き出す清浄な気を蓄えて力を貯めていたことになります。それなのに、どうして妖刀から生まれた妖共は龍穴から逃れようとするのですか?」

「それはですねぇ、何事にも限界というものがあるからですよ。確かに妖刀は龍穴から噴き出す魔力――この場合は気ですが、その力を得て強力な化け物になったようです。――が、そのまま噴き出す無尽蔵に噴き出す気に当てられると、膨大な奔流によって浄化されてしまうんですよねぇ~。負の怨念の固まりである妖刀にとって、自身の力を高める餌場であると同時に猛毒の沼でもあるんです。何事も食べ過ぎは駄目ということでしょう」

「では、妖魔たちは………」

「そう、妖刀から生まれた魑魅魍魎は、龍穴から噴き出す膨大な気に長期間耐えられない。だから結界の外へと逃げ出している状況ですが、そこには大型の妖魔が大量に引っかかっていて足止め状態。比較的に小型の妖魔だけが廃村から出られないんですよ」

「なるほど……」


 疑問が解消されれば新たな疑問が生まれる。

 ミヤビは次の質問をゼロスに投げかけた。


「結界とやらが張り巡らされていたのであれば、小さな妖魔が大量にうろついているのはどういうわけです? 妖魔たちは一時的にしろ、封じられていたのですよね?」

「そこが西方の魔法と東方の呪術の違いでねぇ。言葉の意味では同じ結界であっても、西方域での結界はいわば隙間一つない石の壁で、東方での結界は網と言ったところでしょうか。澱みが起こらないように、大気を循環させるための小さな穴が無数に開いていると思ってください」

「なるほど……では、力の弱い小さな妖魔は、その網の目を潜ってここまで現れているのですか。封印するに値しないほど弱い存在だから……」

「そういうことですよ。なかなかに理解が早い」

「タカマルに踏み潰されるだけで死ぬような軟弱な化け物は、簡単に結界から出られるということですか。なるほど………」


 つまるところ、ここから先には人に害を与えられる強い妖魔がいるということになる。

 その事実に気づいたのか、ゲンザとミヤビの体からは静かな――それでいて怖気が走るような殺意が迸る。今にも駆け出して行きそうな衝動を抑えている気配を、ゼロスとアドは確かに感じとっていた。


「あの……そんな場所に行って、俺は生きて帰れるんでしょうか……」

「まぁ、俺やゼロスさんがいるし、死にそうな目には合うかもしれんが……死ぬことはないと思うぜ? その辺りのことは任せろ」

「不安しかないんですけどぉ!?」

「「大丈夫、いざとなったら廃村ごと消滅させるから」」


 ゼロスとアドの『何でもない』といった態度にはタカマルも頼もしさを感じる。

 だが、それとは違う言い様のない不安も同時に抱えていた。

 確かにこの二人は計り知れないほどに強い。

 しかし、その強さゆえにとんでもない事態を引き起こしそうな、ある種の危うさを孕んでいる気がしてしかたがないのだ。

 非常識な強さ持ち、一見して常識人のような態度をとっているところが信用できない。何しろ姉の物騒な義手を作ったのはゼロスなのだから。


『し、信じていいんですよね……師匠?』


 父親のゲンザを余裕であしらうゼロスがヤバいことは既に分かっている。

 では、同じく底知れない強さを持っているアドの強さがいかほどなのか、タカマルには想像がつかなかった。

 何しろ剣の腕前はゼロスよりも優れているという。


「ゼロスさん、妖魔の群れが北西方面に移動しているようだぞ? おそらくは国の討伐軍を感知したんだと思う」

「まぁ、あの程度なら彼らの相手にはちょうどいいでしょう。僕たちの相手は……」

「廃村で足止めされていた強い妖魔か……。半分くらいは向こうに回してもいいんじゃね? 全部相手にするのは正直に言って面倒だしさ」

「大量の死人が出るよ。彼らのメンツはあるだろうけど、だからといって無駄に犠牲者を増やしていいわけじゃない。できる限りこちらで間引いてあげよう」


 国が一つ滅びかねない事態だというのに、ゼロスとアドは平常運転で先を目指す。

 その後ろを抑えきれない殺気を放つ修羅道一直線の剣鬼二人と、なぜか過酷な戦場に着いてきてしまったことに後悔しつつある未熟者が続く。

 その一方で、百鬼夜行の討伐軍が戦端を開こうとしていた。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 封魔浄化結界の展開された陣地の先で砂塵が立ち込めていた。

 小型犬や中型犬ほどの大きさの妖たちが、迷うことなく一直線にこちらへと向かってきていることを、式神の目を通じて呪術師たちは把握した。

 だが、この第一陣はまだ序の口にすぎない。

 

「来たようだな」

「そのようです。ですが、どれも雑魚ばかりのようですね。封魔浄化結界で一気に弱体化するか消滅するでしょう。問題は……」

「第二陣から第三陣だな。あの程度の雑魚ばかりなら、サムライ達でも充分に対応できるだろ。まだ俺達が動く必要はねぇ」

「ケガ人は出ますが?」

「そりゃ未熟だっただけの話だろ。あの程度の相手に無傷で勝てなきゃ、次の侵攻に対応できるとは思えねぇ。あの廃村に結界があって助かったな……」

「まぁ、楔の設計図もあの一派の屋敷から回収してきたものですからね。こと結界に関しての呪術はあの一族の方が遥かに優れていたのでしょう。一滅びたことが惜しいですよ」

「偏屈な連中だったって話だし、栄枯盛衰は世の常だろ、サエキよぉ~。俺達の一族も百年後にはどうなってるか分からねぇぞ?」


 鵬天山麓の廃村は、かつてある呪家一派が住み着いていた土地だ。

 鵬天山近辺の山麓に広範囲を覆う第一結界、廃村周囲に第二結界。そして社を起点に呪家の一族が厳重に仕掛けた強力な第三結界が張られていた。

 龍穴からわずかに噴き出す気を集め、効率よく利用するためのものだったのだろう。

 だが、その呪家は滅び結界と呪術を記された書物だけが残された。

 おそらくは同族婚を繰り返したことにより、血が濃くなりすぎたために滅んだのだろう。

 事実、現時点で高名な呪家の一族は同族婚の危険性を知り、今になって慌てて一族の風習を変えようと躍起になっている。

 国の命運がかかっているというのに、連中の呑気さにはアシヤやサエキも呆れを通り越して溜息しか出てこない。つくづく分家筋でよかったと思ったほどだ。

 その間にも百鬼夜行の第一波を殲滅する準備は進んでいる。

 ただ、第一波には強力な妖の存在はなく、サムライ達でも対処可能と判断された。


「第一陣……結界の八門から効果範囲に入りました!」

「よく引きつけてから攻撃しろぉ、一匹たりとも討ち漏らすな!」

「矢を無駄に消費するなよ? 本番になって矢が足りませんなんざ、洒落にならねぇからなぁ!!」

「長槍用意!」


 密集隊形を取っているサムライ達が一斉に長槍を構えた。

 どれ一つとて同じ姿がない妖魔たちが迫る中、彼らは迎撃するタイミングを計る。

 封魔浄化結界は効果を七段階に分けた強力な範囲結界だ。

 第一範囲は効果が低く、比較的弱い妖魔はこの範囲に踏み込んだ時点で消滅してしまう。それ以外は結界の中心に向かうほど弱体化されていく。

 本陣にまで到達するのは、強い魔力を持った個体のみとなる。

 事実、足元をうろつくだけの小さな妖魔たちは、真っ先に消滅していった。


「結界の効果が利いているぞ!」

「これなら楽勝だな」

「構えぇっ! 突撃ぃいっ!!」

「「「「おぉおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!」」」」


 サムライ達が槍を構えて突撃していった。

 封魔浄化結界の影響で弱っている妖魔は、ことごとく討取られていく。


「………始まったな。しっかし、相変わらず妖魔共の姿には統一性ってもんがねぇのな」

「所詮は妄執が実体を持っただけですから、死因や残留思念の影響であのような姿になるんですよ。槍の矛先に気を込めただけの一撃で、容易に倒せていますね。封魔浄化結界の効果もありますから今のところは優勢です」

「今のところは……な。これで士気が上がればいいんだが、第二陣からが問題だ。おそらくは死傷者が出ることになる」

「サムライ達も呪符を使っている様子は見られませんし、このまま優勢を保てれば理想的なのですが、そう都合よくいきませんか……」

「いかんだろうな」


 サムライ達には陰陽師や仙術師達が作った術符を配備している。

 投げつければ封じられた術が発動し、標的に向けて自動的に属性攻撃を与えるものだが、その効果は呪術師が使うより格段に落ちる護身程度のものだ。

 切り札として使うには心許ない。


「奴らの邪気の密度が高いほど、その強さはやしぶとさは跳ね上がる。結界の効果もどこまで通用するか分からん。何しろ実戦で使うのは俺らも初めての事だからな」

「過去の記録には何度かあるようですが?」

「鵬天の一派が存在していた頃の話だろ。今は昔に比べて自然の気の濃度が高まりつつある………。この結界も中位の妖魔から上にはどこまで対応できるやらだ」

「過去の秘術が今でも通用するとは限りませんか……」

「技術も呪術も時代に合わせて改良していくもんだからな。その封魔浄化結界の効果を信用するには心許ない」


 そう、自然界の気の濃度は、ここ最近になって急激に高まり始めていたことを、アシヤ達は観測している。

 その気に当てられて、男女間の間で奇行が目立つようになってきており、たまに衛士隊に出向している呪術師が対応に追われているという話を聴いた。

 それが西方で【恋愛症候群】と呼ばれる現象であることを彼らは知らない。


「自然界の気が高まるというのは、我ら呪術者にとっても力が強まることですが、妖魔にも同じことが言えますからね。素直に喜べないところです」

「あぁ……今後、ますます厄介な事件を引き起こされる可能性が高い。いや、確実に起こるだろうな。ん? そろそろ決着がつきそうだな……雑魚相手ならこんなものか」

「結界の効果は今のところ問題がないようで安心しました。まぁ、今のところはという意味でですけど」

「大規模な秘術なだけに、改良するには上の許可が必要だからなぁ~。古臭い体制を排除できりゃいいんだが、それが一番難しい」

「呪家の方々は権力に固執していますからね。予算ですら出し渋りますよ、きっと……」

「普段は頭がかてぇくせに、自分たちの事になるといきなり柔軟になりやがるからな。どこまでも身勝手すぎて腹が立つ。現場の苦労を知りやがれってんだ」


 国の危機より御家が大事。

 しかもアシヤ達よりも身分的には上なので、文句を言ったら左遷されかねない。

 下手をすれば処刑もあり得る。

 しかし、配下の者達に配備する呪具などの改良を行わないことには、今後の退魔業にも支障が出かねないことも確かだ。


「今回の件で上が危機感を持ってくれればいいんですが……」

「喉元過ぎれば熱さを忘れる。連中はこの件が無事に片付いたとしても、適当に褒めて済ませようとするだろうさ。褒賞も出やしやがらねぇんだからな」

「帝からの勅命なんですよね? そのような事があり得……ますね。何かを期待するだけ無駄ですか」

「あぁ……無駄だ。それより、兵たちを下がらせて休ませるべきだろう。これからが本番だからな」

「そうですね。誰かある!」

「ハッ、これに」

「前線で戦った兵たちに、本番に備え下がって体を休ませるようにと……。ついでに参戦しなかった者達に見張りを交代するよう通達をお願いします」

「了解しました!」


 伝令役の兵が即座に通達へと向かう。

 前線で戦った兵を一度下がらせ、束の間の休息をとるよう指示を出していた。

 百鬼夜行の先鋒を倒し終えても、これから来る中位の妖魔に備えるため、今は力を温存することだけに注力するのだった。


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