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ミヤビ、必殺の一撃を試す


 獣のごとき咆哮を上げながら、修羅父娘が突っ込む。

 足が八本あろうとも思考する知能は一つの所為か、巨大生首の繰り出せる脚の数は限られ、斬撃も精細を欠き二人を相手にするには隙が大きかった。


「どれだけ脚の数があろうと!」

「一本ずつぶった斬られりゃ、どうしようもねぇだろうがよ!」


 二人の攻撃は関節部を狙ったものだ。

 八本の脚は昆虫のような殻に包まれてはいるが、関節部はどうしても装甲面で薄く柔らかい。全力で振るった刀で容易に切断することが可能だった。

 ゲンザは力任せに斬り飛ばしているが、ミヤビは巨大生首の斬撃速度に合わせ、鋭い一撃を巧みに利用して寸断している。

 そして、左義手の外装手甲に取り付けられた鋭い爪を生首の脚関節に捻じ込み、強引に抉り破壊していた。


「あんな単調な攻撃が、いつまでもあの二人に通用するわけがないんですよ」

「けどよ、あの手の魔物は今までのパターンから言うと、脚を直ぐに生やしてくるんじゃないのか?」

「それは無理だと思うよ。悪魔や妖怪といった類の再生能力は、保有している魔力の大きさに依存している。見たところ保有している魔力量は少ないし、この世界に魔力が戻ってきているとはいえ、自然界の魔力を吸収するにはまだまだ濃度が薄い」

「悪魔より苦戦することが無いわけか。図体がデカいだけの化け物ってことかよ」

「僕やアド君なら全力の一撃で倒せるレベルだねぇ」


 実体化しているとはいえ、悪魔や妖怪といった類の魔物を構成しているのは魔力だ。

 意志を持った魔力が実体化すると、攻撃で削り取られた部分を再生するには時間が掛かる。生まれたての魔力体の魔物は再生能力が著しく低い傾向があった。

 それは、元が人間の残留思念から発生した魔力生物のため、人間としての常識が潜在的に刷り込まれており、外部から魔力を強制吸収する能力があることを認識できないためである。


「あの……師匠、ゼロス殿? お二人が一撃で倒せるのなら、なぜそれをやらないんですか?」

「それはだねぇ~タカマル君、長いこと軽ワゴンの屋根の上でいたあの二人がさぁ~、手頃な憂さ晴らし相手を見つけて黙っていられると思うのかい? 今後もうじゃうじゃと現れる魑魅魍魎を相手にするんだから、この辺で体を温めてもらわないと独断先行の暴走をしかねないじゃないか」

「あぁ~……確かに、父上達ならやりかねないですね。むしろ確実に暴走すると思います」

「見てみろよ、あのドン引きするほど嬉しそうな表情を……。どんだけ戦いに飢えてやがるんだ」

「俺、本当にあの二人と血縁なんでしょうか? 時々分からなくなるんですが……」

「きっと性格は母親似なんだろ」

「歩く凶器にならずによかったんじゃないですかねぇ」


 アドから見ても、タカマルは修羅の二人に囲まれておきながら、凄く真っ当に育っているように見えた。

 だが、それゆえに家族の所業で要らない不幸を背負うことになる。

 なぜか師匠という言葉定着しているが、それもアドとタカマルが非常識な身内を持つという共通点からか、一種のシンパシーのようなものをお互いに抱いているからなのかもしれない。

 そうこうしている間にも、ミヤビとゲンザは化け物生首の八本ある脚のうち、半分を潰すことに成功していた。


「どうしました? もう半分の脚がなくなりましたよ? 他に隠している芸はないのですか?」

「だとしたら用無しだな。さっさと始末させてもらうぜェ」

「………オ、オノレ……ゲロウガァ……………」

「あら、喋れたのですね」

「迷い出た亡者の分際で、人間様の言葉を喋ってんじゃねぇ。死人はおとなしく死んどけや」

「シナヌ…………コノウラミ、ハラサヌウチハ………シナヌ。シネヌ……」


 所詮は封印されていた怨霊。

 生前の記憶は薄れ、残された恨みだけで動くだけの機械的な存在だ。

 元より生前の人物が大雑把な性格だったためか、逆恨みの妄念だけがこの巨大生首の存在理由であり、グワバという人物の人間性はとうに失われている。

 その生首は残された四本の脚を広げると、高速で回転を始める。

 まるで巨大な回転鋸だ。

 ただ、上手く狙いを定めることができないようで、高速回転の勢いもあり明後日の方向へと突き進んでいたりする。

 それでも威力という点では凄まじく、大地に刀状の脚が残した傷痕が無数に残された。

 近づくだけで一瞬のうちにミンチにされてしまうだろう。


「クッソ、面倒な真似を………」

「近づけば斬り裂かれてしまいますね……。完全な無差別攻撃のようです」

「ミヤビさん、手甲に仕込まれたアレを使ってみてください」

「ゼロス殿!? アレというのは……例の切り札ですか?」

「なんにしても試し撃ちは必要でしょ? ここが好機ですぜ」

「分かりました………使わせてもらいます」


 ミヤビは身の丈ほどある装甲手甲の左腕を突き出し、鋭利な刃を持つ指を広げ、掌を見せるような構えを取った。

 同時に魔力が掌に集中するかのように集まり、凝縮され肌を焼くような熱量が発生する。

 そこへ高速回転する元グワバという人物の生首が飛来してくる。


「吹き飛びなさい!」


 圧縮された膨大な熱量は振動波とともに解放され、飛び込んでくる巨大生首に直撃した。

 残されていた昆虫のような四本の脚は即座に溶解し、生首の化け物は松明の様に燃え上がり、火の玉状態となってミヤビの横を転がっていった。


「ゼロスさん……」

「なんだい、アド君」

「あれって………某アニメの輻射波動――」

「似ているけど少しばかり違う。圧縮した純魔力はエネルギー法則に則り熱量が生じ、振動波とともに前方向に向けて開放される。瞬間熱量が数千度にもなる熱によって奴の脚は瞬時に燃え尽き、生首の方は振動波の直撃を受けて内部で乱反射すると同時に、増幅現象が引き起こされ副次的に発生した熱によって内部から内と外から燃え上がったんだよ。純粋な魔力による攻撃だから、あの生首は構成された圧縮魔力の組織構造も分解されたんだと思う。実体化なんてしなければよかったのにねぇ~」

「やべぇ武器じゃん………」

「だから一発しか放てない……。乱発すれば使い手もただじゃ済まないからさ」


 義手のオマケに仕込んでいい武器ではなかった。

 これは完全に兵器である。


「「「ぽかぁ~~~~ん………」」」


 払魔師三人は便宜上の対魔力生物決戦兵器の威力を見て、呆然と間抜け面を晒していた。

 それも無理もないことだ。

 呪術とは便宜的に定義された属性や個人の霊力――魔力に依存する面が多く、複数の強力な呪術を行使できる者が優れた術者とされる。その常識が根底から技術によって覆されたのだ。

 しかも物理的な破壊力に関しても彼らの常識から懸け離れている。

 理解できない事象が起きたからこそ言葉が出ないのだ。


「…………ゼロス殿、これは剣士として流石に――」

「おや、タカマル君は一撃必殺の攻撃にロマンを感じないのかい?」

「凄いとは思いますが、あまりにも無常で無慈悲ですよ。なんですか、あの物騒な破壊力は! あんなものを根っからの剣士である姉上が受け入れるわけないじゃないですか!」

「戦いなんてものは、どんなに綺麗事を並べたところで血生臭いことには変わりありません。剣士の誇りとは、抜かずの剣として生涯を終えることだと僕は思うんですがねぇ」

「あの威力に剣は関係ないですよねぇ!?」


 そう、高密度の魔力を圧縮した高振動熱量放射兵器など、剣の道に生きる覚悟を持った者達には不要な代物だ。

 剣による戦いとは互いの命と信念をぶつけ合うことであり、刃による鎬の削り合の最中に理解し合う、ある意味で儀式のようなものだ。

例えそれが刹那の時間の中でどちらが死ぬことになろうと、振るう刀と技の数々による打ち合いが彼らの人生を語るのだ。殲滅兵器にはそれがない。

タカマルが忌避感を示すのも、そうした剣士としての理想から来る拒絶反応のようなものなのだろう。

だが、ゼロスは違った。

このミヤビの装備した装甲手甲は、元より人間を相手にするための武器ではないのだ。

あくまでも高威力の熱量によって邪魔者を排除する牽制が目的である。事実この切り札は一回しか使うことができない。

第二射をするには、必ず相応の魔力を秘めた魔石が必要となる。


「おいおい……ミヤビよ。お前、お父様に向かってこんなものをぶっ放そうとしてやがったのか? いくら俺でも避けられねぇし、本気で死ぬぞ」

「この威力に関しては驚きましたが、本気で父上に使えなかったことに残念でなりません。なぜ正気に戻ってしまったのか……。我が家の恥を始末できたというのに………」

「母ぁちゃんでも、そこまで過激じゃなかったぞ!?」

「「「…………」」」


 タカマルの性格は母親に似たわけでもないようだ。

 もしかしたら彼の素直さは突然変異なのかもしれない。


「母上が過激だったのは父上が年がら年中家の中で、裸で歩き回っていたからでしょう? ご近所さんに後ろ指を指されかねない家族の身にもなってください」

「仕方ねぇだろ。俺は服を着ていると、どうしても全裸になりたくなる衝動が抑えきれなくなるんだからよぉ。鍛え抜いた体を誰にも見られないなんて、そんな不名誉なことがあってたまるか!」

「街中ですら全裸で歩かれる不名誉と恥、それに対して今まで何度も苦言を呈しましたよね? 母上にも生前に背後から刺されたじゃありませんか。毎年、母上の墓前で謝る私の身にもなってください。暑苦しく見苦しいのですから」

「俺の肉体が見苦しいだとぉ!?」

「なぜ、そこで精神的な傷を負うんですか……父上。俺には底が理解できないよ」

『『『『『 うわぁ~………奥さん、苦労したんだろうなぁ~ 』』』』』


 自分の性癖の為に家庭内で不和を引き起こしたゲンザ。

 もはや言い訳のしようがないほど、立派な変人なのだとゼロス達は呆れる。


「……タカマル様の性格は、先祖返りなのかしら?」

「いや、生真面目なところを見るに、タカマル様は母親似なのだろう。アレが夫では苦労を掛けられたことは誰にでもわかる。奥さんも精神的に追い詰められただろうし、長年続けば病みもするだろだろうさ…………」

「ご近所からは白い目で見られる不安に怯え、家では相も変わらず旦那が呑気に裸で歩き回る。そりゃ、精神的に追い込まれて刺したくもなるわ。奥方、なんで離縁しなかったんだろうな?」

「よそ様の家に嫁いだ以上、離縁すること自体、奥さんの実家から見ても恥だからじゃないですかねぇ? 逃げ場のない立場だから追い込まれ、やがて包丁を手にして………」

「なんか、気の毒になってきたな。俺の場合、何もなくても理不尽な嫉妬で刺されそうになるが………」


 他人のご家庭事情に対し、いろいろと邪推する払魔師三人とおっさん&アド。

 そして、さらっとアドの自虐ネタが紛れ込んでいたが、ゼロスはそこにツッコミを入れるつもりはなかった。


「ゼロス殿、この切り札はしばらく使用不可ですか? 明日には魑魅魍魎と相対するのですよね? 魔石の魔力を消費した以上、別の魔石に取り換える必要があるのですが……」

「そっちは手持ちの魔石と交換するので心配ないよ。いくら僕でも、何の考えなしに武器の試し撃ちはさせませんって」

「そうですか。これで戦場のどさくさに紛れて父上を……ふふふ」

「おぉいっ、ミヤビはまだ俺を始末することを諦めてねぇのかぁ!?」


 ゲンザの命の危機は続いていた。

 だが、おっさんたちにとってはゲンザの自業自得なので知ったことではない。


「んじゃ、さっさと移動しようぜ」

「鵬天山の近くまで行ったら、山道に入る前に野営することにしましょう。腹が減っては、戦はできぬと言いますからねぇ」


 昔の武将の怨念が顕在化した巨大生首は前座にすらならない。

 明日以降からは魑魅魍魎の類はますます増えるであろうし、多勢に無勢ゆえに戦いは厳しいものとなるだろう。巨大生首クラスの敵はまだまだ現れることになる。

 殲滅を目的するゼロス達は、自分達はともかく他の者が体力を無駄に消費するわけにはいかないと、出来るだけ安全策を取りつつ先を急ぐのであった。

 キャンプを張り一夜を過ごすことになるのは、それから3時間後のことである。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 襲撃を警戒しつつ平原で夜を明かした討伐隊は、翌朝フオウ国の呪術師たちを含めた百鬼夜行討伐部隊の陣地から、選りすぐりの健脚を持つ者達が斥候として鵬天山に向け出立させた。

 彼らの役割は表向きには敵である妖魔の数と状況を把握することだが、実際は複数の罠を仕掛けた陣地に魑魅魍魎たちを引き込むための囮であり、生存率を高めるため各々の裁量で撤退することを厳命していた。

 戦いとは数による暴力である。

 敵よりも優位に立ち、自軍の消耗を抑えながら敵に大打撃を与える。戦争においてこれは基本戦術の一つだ。

 だが、その常識は人間にのみ通用するものであり、人外の化け物には関係ない。

 特に今回のような魑魅魍魎の百鬼夜行に対しては、人間側の理屈などまったくといってよいほど意味がなく、単純に殺すか殺されるかの滅ぼし合いとなる。


「おいおい………嘘だろ」

「な、なんで………連中はもう動きだしてんだ」


 百鬼夜行とは悪霊や怨霊が実体化した妖魔たちの暴走現象である。

 だが、人間側の常識では主に逢魔ヶ刻から翌朝にかけて活動時間とされていたのだが、斥候達が目にしたものはすでに動き出している魑魅魍魎たちの集団であった。

 まさに本当の意味で魔物といっても過言ではないおぞましい姿に、斥候達は言葉を無くした。事実魔物たちはどれ一つ同一の形状を持った個体はなく、無機物と有機物が融合した生物とはかけ離れた存在ばかりであった。


「朝だぞ。それなのに………なんであの化け物どもは弱っていないんだ?」

「知らん。分かるのは、あれがただ末端だということだけだ」

「多いな……倒せると思うか?」

「無理をすればなんとか……」


 平穏な時代が続き、実戦経験の少ないサムライ達でも戦い時というものは理解している。

 何よりも彼らは自分たちの役割というものを理解していた。


「いずれ奴らに見つかるなら、ここで打って出た方がいいだろう」

「同感だ。奴らを倒し、情報を本陣に持ち帰る。それしかあるまい……」

「俺達の隊はここで可能な限り数を減らす。後は他の隊の連中に任せよう」

「覚悟はいいか?」


 サムライ達は静かに頷き、各々の得意とする武器を握りしめる。

 この妖怪変化共は生物の魔力や気・霊力に惹かれる性質を持っていると聞いていたため、彼らは一定の距離を保ちつつ、突撃するタイミングを見計らっていた。

 そのうち、一匹の妖がサムライ達の気配に気づいた。


「矢を放て!」

「せりゃっ!」


 放たれた矢には気が込められており、小さな蜘蛛に人間の頭部が生えた妖魔を貫き、霧散させた。

 それと同時にサムライ達は一斉に飛び出す。


「蹴散らせっ!!」

「「「「おぉおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!」」」」


 怨念から生まれた怪異達には通常の攻撃では倒すことができない。

 だからこそ武器に気を込めるのは有効な手段だ。

 サムライ達は怪異の群れに飛び込むと、即座に手近な敵から倒していく。

 幸いとも言うべきか、見た目の大きさに比べて大した力はないようで、数で劣るサムライ達でも蹂躙することは容易であった。


「なんだよ、大したことはねぇな」

「油断するな。今は雑魚でも、後から強力な敵が出てくるかもしれん」

「ならば、今のうちに数を減らしておくことが得策だな」

「山の中だ。デカブツは動きを阻害されて、まともに戦うことはできんだろ。だが、確実に仕留めるようにはする。できるかぎりでだがな!」


 武器に魔力を纏わせ、大小様々な化け物達を倒していくサムライ達。

 日々鍛錬に明け暮れているだけに彼らの技量はかなり高い。

 

「ォア……アァ……カ、カァチャン………」

「こんなガキまで……。やりきれんな」

「同情はするな、所詮は過去の亡霊にすぎん! しっかり冥府へと送ってやるのが慈悲だ」

「ヒモジイ……ヒモジイ………」

「コロス……コロス……コロスコロスコロスコロスコロスコロス……」

「自我がない連中もいるようだ。これなら良心は痛まんな」


 様々な情念や怨念を抱えた悪霊たち。

 妖怪として実体化しているため、生者の生気に惹かれ襲う習性を持っている。

本質的は生きている者達の敵なのだが、幼子や赤子の姿を持つ魍魎を相手にするには、さすがのサムライ達もあまりに哀れで心が痛んだ。

これらの子供たちも妖刀が原因で死んでいった被害者なのだ。


「ギョアァアアアアアアァッ!!」

「こういう人外の姿は楽でいいな。遠慮なくぶっ殺せる」

「まったくだ」


 醜悪な老人の顔に巨大な芋虫の体を持つ妖魔を、一人のサムライが刀で両断した。

 一つ目の牛の体に無数の人面相が浮かぶ化け物は複数の槍で刺し貫かれ消滅する。

 これらの化け物達は倒されると死骸すら残さず消え去り、唯一その場に魔石だけが残される。その魔石も瘴気を放っているので利用することはできない。

 恨みの念が強すぎるため浄化しなくては使えないのだ。


「今のところは順調に倒せているようだな……」

「この程度の相手なら小鬼を相手にしていた方がよほど手強い。しかし、そうもいかないようだぞ?」


 遠方から爆発するような音が聞こえてきた。

 おそらくは他の斥候隊が接敵し、手渡された呪符を使用したのだと理解したが、同時にサムライ達の気はいっそう引き締まる。

 呪符を使用したと良いことは、使わざるを得ないような大物がいたことになる。

 つまり、これからが本番なのだ。


「……手早く片付けるぞ」

「あぁ……遠方だが、この勢いなら直ぐに近づいてくるだろう」


 化け物達を処理する速度が自然と上がった。

 大物が現れるのは厄介だが、現時点で厄介なのは小さな化け物達である。

 チョロチョロと足元に纏わりつかれては鬱陶しくて仕方がない。

 そこそこの大きさの化け物を倒す邪魔をしてくるのだ。


「チッ、邪魔くせぇ……な?」


 サムライの一人が足元をうろつく小型の化け物をイラだしげに踏み潰していたとき、ふいに視界が回った。

 いや、正確にはサムライの首が落とされたのだ。

 地面に転がる頭部と、残された体から噴き出した血液が周囲の木々を赤く染める。


「なにっ!?」

「な、何にやられた!? いったい………」

「アレだ! 空中を飛んでいやがるぞ!」


 サムライの首を落としたのは皿だった。

 その皿には不気味な笑みを浮かべた女の顔が浮かび上がっており、サムライ達を見下ろしてはゲタゲタと嘲笑っていた。

 皿の化け物は高速回転し、円盤投げの様に速度を上げてサムライ達に襲い掛かってくる。

 切断能力も高く、太い木の枝ですら容易に斬り落とすほどだ。人間の首なら簡単に落とすことができるだろう。


「空中を飛ばれちゃ倒すのが難しいだろ……」

「儂に任せろ!」


 他の化け物ごと切断しながら襲い掛かってくる皿の女を、年配のサムライが金棒を構えて迎え撃つ。

 どうやら、この皿は回転攻撃で襲ってくるときは狙いが定まらないようで、空気抵抗を受けたことで軌道があさっての方に曲がるようだ。

 そこを狙いすましたかのように、年配のサムライは金棒をフルスイングすると、陶器が割れる音とともに絶叫が響き渡った。


「めんどくせぇ化け物だ……」

「まだまだいるようだぞ。弓で落とせるか?」

「難しいな……数が多すぎる」

「マジか……」


 飛行型の化け物はいつの間にか増えていた。

 鳥型・昆虫型・車輪型・大皿型――数や種類を挙げれば切りがない。

 しかも全て統一性がなく、どれも吐き気がするほど見た目がおぞましい。

 特にどうやって飛んでいるのか分からない生首や、生首に鳥や蝙蝠の翼が生えているものなど、およそ自然界には存在していない特徴ばかりだ。


「おいおい、火車って本当にいるんだな」

「言ってる場合かっ、突っ込んできやがったぞ!?」

「おっさん、任せた」

「儂がかぁ!?」


 火車と呼ばれる妖怪は、牛車の車輪に人間の首が張り付いた化け物で、炎を纏いながら体当たりを仕掛けてくると知られている。

 だが、この火車は人間の頭部を後方に向け口から炎を吐き出し、火力の勢いに乗せて体当たりを仕掛けてくるようだった。

 どこそのおっさんが見たら『ジェットエンジンか?』とツッコミを入れたことだろう。

 だが、瞬間的に到達する音速に近い体当たりを迎撃するのは難しい。

 事実、年配のサムライは迎撃を試みるも無理だと即座に判断し、慌ててその場から飛びのいた。

 轟音とともに土砂が巻き上がる。


「これ………自爆したのか?」

「自分で止められないのかよ」

「死ぬときは道連れか……ある意味で潔い最後だな」

「儂にはあんな化け物の迎撃は無理じゃぁ~…………」


 化け物達は頭が悪かった。

 元より恨みの念で動く魔力生物なだけに、長い時間をかけて信仰などの念を受け自我を形成した悪魔とは異なり、自己を守ろうとする意識が低い。

 そのため自爆特攻といった攻撃を取ることも即座に実行する。


「馬鹿で助かったが、もし昔の人間の記憶が残っていたらと思うと、ゾッとする話だな」

「あぁ……この体当たりはヤバすぎるだろ」

「地面が抉れてんぞ? おっさん、よく避けたな。直撃してたら今頃は肉片だったぞ」

「危ないところじゃった………」


 彼らはこの後、幾度の戦いの末に限界が訪れ、撤退することを余儀なくされた。

 敵の数が多すぎたことが撤退の要因だったが、それ以外の場所に向かった他の斥候隊の中には、全滅した部隊もいたという。

 なににしても、彼らは負傷者と死者を一名出したが、無事に本陣へと辿り着くことができたのだった。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 本陣にて斥候隊からの報告を待つサエキとアシヤは、平原の先に見える山並みを無言で見つめていた。

 天高くそびえる鵬天山の方角からより濃い瘴気の気配を感じ取っていた。

 サムライ達は気づいていないようだが、呪術に携わる者達は誰もが気づいていた。

 鵬天山の麓あたりから立ち込める黒い瘴気の気配が、少しずつこちらへと近づいてきている。明らかに生者がいる場所を特定しているような動きだ。


「廃村の結界は、どうやら持たなかったようだな……」

「えぇ……あれほどの瘴気とは、いったい敵はどれだけの規模になるのか」

「おそらく、先発の化け物どもと斥候隊が接触している頃だろう」

「果たして、何名が生きと戻ってこれるのか」


 斥候隊は複数のルートから探索に当たることを指示している。

 北側と南側の迂回ルートと、中央からの直進ルートだ。

 部隊も動きやすいように10名ずつと決め、時間をおいてそれぞれのルートを六部隊ほど探索に当たらせているのだが、式神からの視点では中央ルートで既に接触し交戦に入っている。


「このままでは昼頃に本陣が接敵することになる」

「まだ弱い化け物ばかりだからいいですが、中型の大きさの化け物の姿がちらほらと見えますね。小型はさすがに全てを把握するのは無理そうですよ」


 式神との念による感覚共有は、短時間でも視界の共有時間の制限があり、長期間使用した場合に術者は精神に廃人になりかねないほどの負荷がかかる。

 西方の魔法とは異なり術式による術の効率化を知らない彼らは、扱う術の全てを術者本人の精神力に依存しているので、肉体や精神に多大な負担を掛けてしまうのだ。

 そのため、長距離の偵察においては高位の術者に任されるため、修行の足りない術者は式神を扱うことが許されない。

 限りなく原初に近い魔術体系と言えるだろう。


「仕掛けている罠はどうなんだ?」

「まだ、半分ほど残っていますね。時間的にもギリギリでしょう。間に合えばよいのですが………」

「なんとしても間に合わせんだよ。そうでなければ無辜の民が死ぬことになる」

「最悪、私たちがどれだけの数を削れるかで、国の命運は別れることになります」

「雑魚ばかりだといいんだがなぁ~………」

「そんな都合のいい話はないでしょうに」

「だよなぁ~………ハァ~………」


 この二人、実は最悪の展開を考えすぎるあまり、先ほどから同じ話を何度も繰り返していることに気づいていなかった。

 まぁ、彼らにしてもこれほど大規模な妖討伐など行った経験がなく、まして国の命運を握っているばかりか、更にサムライの軍を率いての戦いなれば、その難易度は盗賊相手の小競り合いなど比ではない。

 しかも魑魅魍魎を相手にするともなれば総指揮は呪術師の分野になるわけで、のしかかる重責からくる不安や焦りなどに苛まれ、暗い感情を抑制しようとする理性の鬩ぎ合いで心労が半端なものではない。

 今すぐ戦闘に突入できた方がマシと言えるほどだ。

 

「あ~………逃げてぇなぁ~。覚悟を決めて戦場に来てるってのに、時間が経つほど不安感が増していく。つれぇ……」

「逃げたら一族郎党根切にされますよ」

「その前に国が残っていれば、だがな」

「そうならないように私達がこの地に来ているのですが?」

「さっさと現れてくれたら、こんなに焦れたりしねぇのによぉ~」

「今の段階で襲われたら、確実に戦力が削られてしまいますよ。だからこそ罠を張っているんじゃないですか」

「俺は待たされるのが嫌いなんだよ」


 これは賊との小競り合いでもなければ、稀に出現する怪異を滅する戦いではないことは重々に承知している。感情に流されれば負けることもだ。

 だが、ここは既に最前線である。

 風と共に流れてくる瘴気の気配が徐々に濃度が増し、敵が近づいてきていることが嫌でも肌で感じられる。しかしこちらの迎撃準備はまだ整っていない。

 斥候部隊と接触した百鬼夜行の先端とは既に交戦に入っており、場所によってはその部隊のも全滅や敗走している頃合いだ。


「日も高くなり始めているっていうのに、なんで化け物どもは出没してんだよ。連中の活動時間は夜じゃなかったのか?」

「次第に濃くなる瘴気の濃度が、魑魅魍魎たちの弱体化を防いでいるのでしょう。一気に浄化できれば楽でいいのですが、それが難しいことはアシヤ殿も知っているでしょうに」

「瘴気の広がりも想定以上だな。楔は………まだ準備できねぇのかよ」

「もうそろそろ完了してもいい頃合いなのですが、報告は届いていません」


【楔】とは、百鬼夜行を相手に呪術師やサムライ達が有利に戦うため、陣地を含めた一定範囲を【浄化結界】で覆うための呪具のことだ。

 この結界は陣地を中心に円を描くよう地面に埋め込むことで、大地から魔力を吸収して半永久的な清浄結界を展開することにより、魑魅魍魎の力は中心点に進むほど弱体化していく。弱い妖などは一瞬で霧散するが、強い妖はその力を削り取られてしまい、実体化を維持できなくなってしまう。

 半実体化まで追い込めれば、後は自然と消滅するのを待つだけでよい。

 ある意味で呪術師たちの切り札と呼べるものなのだが、欠点は楔を地面に埋め込む手間と、無事に討伐が完了した後の回収作業。そして呪具なだけに壊れると一つの楔を作るのに恐ろしく手間と時間が掛かる生産性の悪さだろう。

 そして結界発動と維持には大勢の術者を必要とする。

 そのため、本来であれば許可なく持ち出すことなどできない。

対百鬼夜行戦の決戦兵器とも言うべきものであった。

 

「厄介だな。妖共が増えるほどに発散される瘴気の濃度が高まり、真昼でも化け物どもが弱体化されず闊歩するようになりやがる」

「妖刀の本体を探すのに失敗しましたからね。後手に回るのも仕方がないことでしょう。人手不足は国防の問題ですよ」

「払魔師達を一人前の呪術師に仕上げた方が早いんじゃねぇのか? せっかく才能あるのに、呪家の連中の使い捨てにされるのはもったいねぇだろ」

「彼らの待遇が改善されるのは、この戦いが終わった後になりますよ。今ここで文句をつけたところで意味はありません」


経験が足りない。

呪術師やサムライの戦力が足りない。

長期戦になったときの物資も足りない。

最終手段を持ち出さねば、正直に言って戦いにもならないだろう。

彼らにとってこれからが生死を掛けた正念場となるのだが、足りないものがあまりにも多すぎた。しかも国難なだけに生き延びたとしてもお褒めの言葉と僅かばかりの金だけで何の慰めにもならない。


「はした金の褒賞と、有難くもないお褒めの言葉に出世なし。ただ生き残るために命を燃やすだけ……。最悪だな」

「分かっていても口に出さないでください。虚しくなってきますから……」

「報告します。陣地周辺に、楔の配置を完了し終えました。いつでもいけます!」

「……ようやくか」

「直ちに結界を張ります。待機している術師達に準備を!」

「ハッ!」


 本陣内が慌ただしく動き出す。

 待機していた呪術師たちは楔と対となる錫杖型の呪具を手に、陣地中央へと集まってきた。

 アシヤとサエキもまた錫杖を手に取り、術師たちの元へと向かう。


「これより【封魔浄化結界】を展開する。各々の方、霊気同調態勢に入れ!」

「呪言詠唱開始!」

「「「「ヲン・キリ・ヤド・ハマ・クシャラ・ウン・クリャド・マハ・ウン・バクリャ・ヲン・ハッ・タン………。イン・ジャ・クシャラ・アマハド・リャ・クジャタ・ハクタラ・クオ・ウン………」」」」


 霊気同調とは、複数の術者による魔力=霊力を増幅し、地面に突き刺した錫杖型の術具を媒体に楔へと霊力を送り同調することで広範囲呪術を並行して行う、術者と呪具の同率励起を起こす大呪術のことだ。

 封魔浄化結界は、楔に封入された呪言を発動させ、広範囲に及ぶ呪術陣を形成する。

 西方魔法による魔法陣に似ているが、その本質は自然界魔力と生体魔力の共振同調による増幅で、人為的に清浄な龍穴を生み出す秘術であった。

 これにより不浄な存在は結界内に侵入した瞬間から浄解され、浄化された霊力は術者の力として使用することが可能となる。対百鬼夜行呪術と言い換えてもいい大呪術結界であった。

 ただし欠点もある。


 一つは正常な龍脈の流れを乱してしまい、何らかの自然災害が発生させやすくなることと。

 二つ目はその膨大な霊力=魔力ゆえに不浄な存在を誘引してしまうこと。

 三つめは、龍脈の流れを新たに作ってしまうことにより、長期にわたって霊地となってしまうこと。

 問題なのは三つ目で、霊地とは龍脈から噴き出す霊力=魔力の恩恵で豊かな土地となり、一見して良い事に思えるのだが、その地に住み着く魔物の強さも一気に跳ね上がり対処が難しくなる。

 下手をすると、毎年のように魔物の暴走を引き起こしかねない。

 ゆえに緊急時以外での人為的な龍脈への干渉は禁忌とされていた。


「……無事に封魔浄化結界が張れたな」

「えぇ……ですが、この戦い以降の後始末が問題になるかと思うと、正直喜んでもいられないのですが?」

「そんな事は、終わった後に考えりゃいいんだ。生き残ることが最優先だろ」

「そうですね。今はやれる事だけに集中しましょう」


 対百鬼夜行の為に集められた者達は、これからが死線であった。

 戦う覚悟を持った武士たちは、己が手にする武器を強く握りしめ、家族の元へ無事に生きて帰れることを願掛けしている姿が見られた。

 それから一時間後、斥候に向かったサムライ達が戻ってきたと同時に、第一波と交戦状態に入ることとなる。

 地獄のような戦いの幕開けだった。


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