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おっさん、妖刀本体の所在地を知る


 目覚めたゲンザはフンドシだけ締め、現在猛烈な勢いで飯を食っていた。

 そんな彼を中心に周囲はゼロスとアド、ミヤビとタカマル、そして払魔師の三人が何か言いたそうな顔しつつも食事をとっている。

 数日ぶりのまともな食事に、ゲンザは『モッチリヤカングチは不味かったな……』と涙を流しつつ、飯をかきこむ手が止まらない。


「おかわりを……。いやぁ~、ゼロス殿の飯は美味いな。ミヤビのやつにも教えてやってくれねぇか? 嫁に行けるか分からんが、女としての武器は多い方がいいからな」

「本人にやる気があるのなら教えますが?」

「遠慮しておきます。私は料理を作ると、なぜか瘴気を放つ変なものができてしまうので、永遠に台所に立つことは避けた方がよいかと……」

『暗黒物質でも生成するのか? まぁ、料理に関してはタカマル君の方が筋は良さそうなんですがねぇ』


 この道場で世話になりながら様子を見ていた感じでは、ミヤビは致命的なまでに料理の腕が悪い。魚を捌くにも鱗を取らずにそのままミンチにしてしまう。

 米を炊こうとすれば、出来上がるのはなぜか悪臭漂う濁ったヘドロ。なぜこんな状態になるのか皆目見当がつかない。

 どう考えても物質が別のものに変質しているようだった。


「タカマルは俺に似たのか、男飯しか作れんからなぁ~……」

「過激な性格は娘さんが受け継いだようですが?」

「そうなんだよなぁ~……。そこが問題でよぉ、こいつの夫になるやつは料理人並みに腕がよくねぇと駄目なんだわ。料理の腕は致命的に悪い癖に、どういうわけか味覚だけは馬鹿みてぇに鋭いからな」

「将来が心配ですねぇ」

「んにゃ、剣士として生きるなら別に心配はしてねぇよ。剣の才能ならタカマルよりも上だからな」

「そういうことを無神経に言うもんじゃないでしょ。タカマル君の顔が暗くなってるじゃないですか」

「殺しの技を鍛えているのに、甘い情で心が揺れるようじゃ剣士として生きるのは無理だろ。二流にはなれても一流にはなれやしねぇよ」


 ゲンザは歯に着せぬ物言いで、タカマルは増々表情が暗くなる。

 まぁ、ミヤビとタカマルの性格や剣の才能という点ではゼロスもゲンザには同意見だが、だからといって強くなろうとする気概を挫くのは間違っているとも思う。

 だが、そこは家庭の事情なので口を出すつもりはない。


「まぁ、タカマル君はあなたが魔剣に支配されていたとき、かなり思い詰めていましたからねぇ。その点ミヤビさんは斬り捨てる覚悟があったようですし、物事に対しての決断力はゲンザ殿が言う通りなのでしょう。ですが、別に二流でもいいのでは?」

「あぁ、かまわねぇとは思っている。だが、腕は立っても二流と自覚して護身程度に強さを維持するのなら分かるが、タカマルは一流を目指そうとしてやがんだよ。性格的に非情になることができねぇのに、だ」

「やさしさと甘さの線引きは難しいですからねぇ。その点で言えば、僕も剣士としては二流ですよ」

「ゼロス殿は化け物並みの腕を持っているじゃねぇか。自覚を持って、そのうえで何ができるのかを理解している。しかも敵は容赦なく殺す覚悟もあるんだろ? あんたにとっちゃ誰もが弱者だ。生殺与奪の権利はその時点で既に決まってんだから、殺られる側は文句の言い様がねぇ」


 同じ二流でもゼロスとタカマルとでは立場が大きく異なる。

 ゼロスは現時点で強者であり、大概の相手に対して生殺与奪の権利を握るだけの実力があるが、タカマルは弱者でありながらも剣士としての理想が高すぎる。

 理想に向かって強くなる努力をしているのは分かるが、覚悟が決まらないうちから甘い情で自身の命を危険に曝してしまうため、必要な時に非情に徹しきれないようでは剣士を名乗る資格はない。

 事実、彼は思い詰め無茶な修行に手を出し、アドによって助けられている。

 家族を助けたいという情で動いた結果、死にそうな目に遭ったのだ。生きているのは運が良かっただけにすぎない。


「必要な時に感情を殺し、非情に徹し敵を屠ることですか? 彼の歳でそれを求めるのは酷じゃないですかねぇ?」

「理解するのなら早い方がいいだろ。タカマルが強くなるためには多くの犠牲を乗り越えなくちゃならねぇ、そのうえで正気を保てるかどうかが問題だろ。どんな理想を掲げたところで剣術は人殺しの技だ。そうだろ?」

「剣を振るう以上、他者の命を奪った業を背負う。そこに関しては同感ですがね」


 剣の道を進む以上、やさしさから相手を斬らなければならない時もある。

 特に武士であるなら尚更だ。

 たとえば袂を分かった親友同士と戦場で再開した場合、本気で殺しに行くことが礼儀であり、余計な情で手を抜くなど侮辱以外の何ものでもでもない。

 だが、その覚悟を持つなど並大抵の思いがないとできる事ではないだろう。親しければなおさら剣筋が鈍る。

 タカマルのような少年が抱えるには重すぎた。


「剣に魅入られてるんだったら分かるが、タカマルは理想だけを追い求めてんだよ。そんな幻想など捨てちまえばいいのによぉ」

「理想と現実は違いますからねぇ。他人に恨まれることすら覚悟を持って進まないことには、やがて厳しい社会の現実との間で潰れますからねぇ」

「『他人の事なんか知ったこっちゃねぇ』と言えりゃいいんだが、こいつには無理だろ。絶対に余計なもんを抱え込んで自滅するのが目に見えてらぁ~な」

「少なくとも剣の腕一本で生きていくのは難しそうですね。魔物相手ならともかく、人間相手ではすぐに襤褸が出ますか」

「だろ? なら、さっさと自分の弱さを受け入れ、別の道を選んだ方がタカマルのためだ。二流の剣士でも役人にはなれんだからよ」

「そっちの方が向いてそうですね」


 タカマルとミヤビの姉弟の違いは、姉の方が剣士としての資質が高いということにある。

 ミヤビの好戦的で独善的な傲慢さは戦場でも充分に通用するだろう。

 しかし、タカマルは違う。

 殺し合いの中で内なる獣を飼いならす資質が低く、善性が強いゆえに人を殺しても事を重く受け止めてしまう。他人の命を奪ったことに対し真摯になりすぎるあまり『仕方がなかった』、『こういう運命だった』と割り切ることができないのだ。


「コイツは稽古でうっかり人を殺しちまっても、後々まで引きずるだろうよ。事故だったと言い切ることができず、遺族の恨みの目に耐えられなくて逃げ出すだろう。剣の道を行く者は、たいてい心の中に獣性を孕んでいるもんだろ? 罪悪感を抱くこともあるだろうが、俺たちのような人間はすぐに忘れる。余計なもんは背負うだけ邪魔なだけだからな」

「剣士としての自分と人間としての自分、その境界線をどこで引くかで精神を保つのでしょうが、タカマル君には難しそうですからねぇ。人としては好ましいでしょうが、剣の高みを目指すのであれば余計な感情でしかない。命を背負う覚悟というのは言うほど軽いものではないですし、罪悪感に苛まれるくらいなら剣など捨ててしまえばいい。そのまま進めば罪の意識で自身を追い詰め、やがて自滅するでしょうね」

「やっぱゼロス殿もそう見るか?」

「アド君との稽古を見る限りでは、そう思いますね。ミヤビさんは確実に殺しに行ってますから」

「えっ? ちょ、ゼロスさん? それってマジか!? 確かに稽古中、ミヤビから妙に殺気を飛ばされていたようだが、あれって俺を殺す気だったのかよ!?」


 アドは他者からの殺意に鈍感だった。

 もっとも、ミヤビからしてみれば常在戦場の心構えで稽古を受けていたわけで、しかもアドが相手であれば殺す気で剣を振るっても対応されるので、安心して思いっきり殺しの技を振るえるのだ。

 考えてみればミヤビにとって、これほど都合のいい稽古相手はいない。


「私の殺意など、アド殿ほどの腕前を持つ剣士であれば、そよ風程度のものでしょう。事実一本も取れず軽くあしらわれていますから」

「まぁ、確かにミヤビの実力くらいなら俺も対応はできるだろうが、だからって思いきりが良すぎるだろ。どっかのハイエルフ娘を思い出すわ!」

「カエデさんも本気で殺しにかかってきますからねぇ、その点で言えば間違いなく同類でしょう。修羅の弟子なんて一人いれば充分なので、ミヤビさんはアド君に任せますよ」

「いや、弟子を取った覚えはないんだが!? あくまで滞在している間の稽古相手の代わりだろ」


 ミヤビとカエデ。この二人の修羅娘は稽古相手に対して遠慮なく殺意を向け、本気で殺し殺される覚悟を持って挑んでくる。

 ゼロスやアドでなければ普通にケガを負うだろうし、しでかす修羅娘たちも『実力があるのにケガを負うなど、油断していた方が悪い』と言い切るだろう。稽古でもケガどころか重傷を負う覚悟すら最初から持っているのだ。

 そんな性格だからこそアドも油断することもできず、わざと隙を見せても本気で斬られかねないスリリングな稽古につき合っていた。

 実際、木刀に魔力を圧縮して込めれば人を斬れる技もあるだけに、洒落にならない世界だ。


「しっかし、アド殿は技を教えるのが本当に上手いよな。正直見習いたいもんだぜ」

「まぁ、アンタは感覚派みたいだからな……。口で伝えるのは難しいだろ」

「妖刀に体を操られる前に見たときは、まだまだ剣に粗が見えていたんだが……先ほど見た限りでは、タカマルは剣を振るときに姿勢もぶれていなかったな。ミヤビもなにやら小賢しい技を試していたようだし、見違えるほどいい感じになっていた」

「小賢しいって、フェイント――相手を翻弄する技はミヤビに必要だろ。あんたは体格が恵まれているし、一振りの威力は相当重いはずだぜ? それをミヤビがやるには体が小柄すぎる。そもそも女なんだから、アンタみたいな豪剣は振るえねぇだろうし、全体重や速度を剣に込めないことにはあの威力には届かん。前提条件が異なるんだよなぁ~」

「そもそもウチの流派は、相手の武器ごと叩き斬る技を重点的に極めようとしていたからな。そりゃ、ミヤビには扱いづらいだろうぜ」

「そう思うなら、ちゃんと教えろよ……」


 流派問わず剣術とは個人の体格などで技の良し悪しが左右されることがある。

 そもそも剣術は男性が学ぶ戦闘技術であり、その開祖が男性であった場合、弟子達に伝えられる技の数々は男性の体格に合わせたものとなる。

 ゆえに女性が技を振るうには伝えられる技の根幹から見直しを図らねばならない。特に豪剣と呼ばれるほどのサムライが繰り出す重く鋭い一撃は、恵まれた体格であるほどその威力が増すため、ミヤビのような小柄な女性が振るうには威力が格段に落ちる。

 まして身体構造・体重・膂力など基本的な面は鍛えても、性別の差で限界があった。


「ミヤビさんは片腕が義手ですし、ゲンザ殿と同等の威力を出すには体格的に無理がある。そうなると、速度や重心を掛けた体捌きを交えて威力を引き上げるしか方法がないですしねぇ………」

「結果的に速度重視の剣術になる。まぁ、それは分かっちゃいた事だったんだがなぁ~」

「高速の攻撃的な剣技になるんだよなぁ~……。しかも性格的にも合っているだけでなく、あの義手と外付け装備を使うわけだろ? かなり奇抜な剣術になる気がするな………」

「姉上……もはや別の流派ですよね。あれ? 小皿の漬物がない……」

「奇抜、大いに結構なことです。要は私に合った流派を作ればいいだけの話でしょう? ポリポリ………」

「言うは易く行うは難し、なんですがねぇ」


 お櫃のご飯を全員の茶碗に空けると、余った味噌汁をぶっかけた。

 それをこの場にいる全員が同じ仕草で、同時に〆の猫飯を掻き込む姿は、実にシュールな光景であった。


「さて、食事も済んだことですし、本題に入りましょうかねぇ」

「本題? なんかあるのか?」

「ありますとも。ゲンザ殿には妖刀の本体がある場所を思い出してもらいたいんですよ。あれは放置しておくにはあまりに危険すぎますから」

「あ~、それならどっかの山奥に隠れていると思うぞ? 地面に刀身を突き刺して龍脈の霊気を吸収していたと思う」

「「「「 !? 」」」」


 ゼロスとアケノを含めた三人の払魔師達が息をのんだ。

 それは妖刀が何か別の存在に変質しよとしている動きに他ならないからだ。

 事態を分かっていないのはアドとミヤビ、そしてゲンザにタカマルの四人だけである。


「どこですか! 妖刀はどこの山に隠れているんですかっ!?」

「おい、嬢ちゃんよ……いきなり迫るんじゃねぇよ。びっくらこいたぜ」

「そんな事はどうでもいいんです! 妖刀の本体はどこにあるんですか!!」

「アケノさん、落ち着いて」


 今まで会話に加わらず黙っていたアケノが、険しい表情でゲンザに詰め寄る。

 事態は思っていた以上に深刻だった。

 妖刀が刀の本質から外れた場合、残されているのは生者に対する憎悪と妄執。これらが地脈を通じて魔力を吸収したとしたら最悪の化け物が顕在化してしまう。

 そうなると妖刀内に溜め込んでいた怨念がそれぞれ力を持ち、妖怪や妖魔といった類のものを無尽蔵に放出しかねない。


「ゲンザさんは、自身を操っていた妖刀の分身体を通じて本体の場所を見ていたはずです。何か手掛かりはありませんでしたか?」

「手掛かりつってもなぁ~、田園風景に六連地蔵………廃墟と化した社に洞窟と、そんな場所はどこにでもあるだろ」

「そう……ですね。それだけでは………」

「他にはないんですかい?」

「本体に操られた被害者は、かなり山奥に入っていったようだな。廃村があったぞ」


 話を聴くに、廃村でも大きな屋敷もある立派な村だったが、魔物の襲撃にでも遭ったのかかなり荒れ放題であったという。

 こういった場所は東大陸にはたくさん存在している。

 また、廃社や六連地蔵といったものも、村の周囲にはいくつも点在して配置してあるので、これだけで場所を特定することはできない。

 場所を絞り込むにしても決定的なピースが足りなかった。


「他に思い当たることは?」

「無茶言うなよ、俺が見たものなんて夢の中の出来事みたいなもんだぞ。いちいち記憶してるわけねぇだろ」

「かなり深刻な事態なんですよ。手掛かりを得るためなら、ゲンザ殿を何度も殴りつけて思い出させてもいいほどにねぇ」

「私が父上を殴りましょうか?」

「ミヤビよ、そんな物騒なものを着けて殴られたら、さすがに頑丈なお父ちゃんも泣いちまうぞ。つか、そのヤバい爪が刺さったら死んじまうからな?」

「思い出さない父上が悪いのです」

「姉上っ!? 手掛かりを得る前に死んじゃう可能性がありますから、それで殴りつけるのはやめてください! せめて木刀で――」


 装甲腕で殴り掛かろうとするところを、タカマルの必死な説得で『チッ…』っと舌打ちして諦めるミヤビ。

 ゲンザに対して余程のストレスを溜め込んでいるようだ。


「ミヤビさんが貴方を殺そうとする前に、死ぬ気で何か思い出してください。近くに海は? 特徴のある山などはありませんでしたか?」

「んなこと言われてもよぉ~、ヤツはいくつも山を越えていやがったし、木々が生い茂っていてどこを進んでいたのか分からねぇよ。いや、古びた七つ鳥居があったな……。色落ちしていたし、あんな山奥に村を作るなんて普通じゃねぇ」

「………おそらく、どこかの呪術師の一派が移り住んだんでしょうねぇ。他には?」

「う~む………確か、ひときわデカい山が近くにあったな。あれは、鵬天山だと思う。ほれ、あの山頂に薄っすらと雪が積もった山。やけに近かったな……おそらく麓だ」

「「「「「「「 それを先に言えっ、一番分かりやすい手掛かりだろ!! 」」」」」」」


 おっさん、アド、ミヤビにタカマルと、払魔師三人が同時に叫んだ。

 鵬天山とは、東大陸で唯一聳える富士山のような休火山のことだ。

 ソード・アンド・ソーサリスでは須弥山と呼ばれ、仙道一派の修行の場として有名であったため、山の特徴からピンときた。

 周囲を小高い山々に囲まれているので、これほど分かりやすい手掛かりはない。


「あの場所で村が作れるような平地は一つしかない。いや、平地というより盆地と言い換えるべきかねぇ?」

「だとしたら、妖刀の本体は龍穴を掌握していることになるぞ? ゼロスさんは本気で乗り込むつもりか?」

「今のうちに倒しておかないと、時間が経過するほどに危険な状況になりますから、速攻で終わらせないと駄目でしょ。いざとなったら――」


 いざとなれば【闇の裁き】で周囲を根こそぎ消し飛ばしてしまえばいい。

 魑魅魍魎を無尽蔵で生み出す百鬼夜行を起こされたら、周辺にどれだけの被害が出るか分かったものではない.。

 最悪、国が滅亡する。


「地脈から吸収できる魔力は無尽蔵でも、妖刀が蓄えられる魔力には限りがある。動き出さない今が好機でしょう」

「だが、怨念が妖刀から妖怪や妖魔に変質してたらどうするんだ? 俺達だけで倒せるのかよ」

「はっはっは、アド君や――そんなもの、根こそぎ消し飛ばしてしまえばいいじゃないですか。廃村ならどうせ人は住んでいないでしょうし、住んでいたとしても野党や盗賊の類でしょ。多少地形が変わる程度なんだから配慮する必要があるのかい?」

「自然破壊だと思うんだが、今は緊急事態だし……ねぇな。よし、最大火力のゼロスさんが消滅させるようだから、さっさと行って潰しちまおうぜ」

『『『『『『 な、なんか、やべぇこと軽く言ってね? 』』』』』』


 タカマルとミヤビ、ゲンザと払魔師の三人は呆気にとられた。

 ゼロスとアドの様子は、今から散歩に向かうような軽い調子で、とても命の危険がある戦場へ向かうようには見えない態度だ。 

 そこに頼もしさと同時にある種に畏怖のようなものを全員が感じた。

 彼らの態度があまりにも普通の態度すぎて、逆にとても異常なのだ。


「妖刀の本体は鵬天山にあり! これは上に報告しないといけません」

「俺が報告に行ってくる。出立するときは教えてくれ」

「俺たちが現地に向かったところで、役に立つのか分からんけどな」


 我に返った払魔師達がさっそく動き出す。

 一度領主邸へと向かい、そこで陰陽寮の出張所に報告することで、得られた情報を上層部に伝えることができる。

 だが、陰陽寮が戦力や兵站を整えて出立するには時間が掛かる。

 これは戦争と同じなのだ。


「ここから何日かかりそうなんです?」

「順当に行けば、鵬天山まではどんなに急いでも十九……いや二十日掛かるな」

「時間が掛かりすぎますねぇ。既に時間的猶予はありませんし、明日にでも僕たちも出発しましょうか。戦力は多いに越したことはないのですが、万が一もあり得ますから」

「俺も行くぜ。こんな面白れぇ合戦は初めてだからな」

「敵を倒しても何の手柄にもなりませんよ? 相手は魑魅魍魎の類なんですから」

「かまわねぇよ。ここんところ大きな戦は掟ねぇからな、腕試しがしたくて仕方がねぇ。ミヤビもそう思うだろ?」

「そうですね。この義手と武装を試す機会はゼロス殿に奪われましたから、本当の戦場で試してみたいと思います」


 おっさんとしては『やめておけ』と言いたかったのだが、本人たちは凄く乗り気だ。

 派手に暴れるだけならメンバーは少ないほど良いのだが、おそらく止めたところで強引についてくることは明白であり、キセルの煙と同時に溜息を吐きつつゼロスは早々に諦めた。

 こうして一行は大所帯となり、いざ戦場となる鵬天山へと向かうのだった。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 ゼロス達が妖刀破壊のために一日で準備を済ませ街を出た頃、陰陽寮に待ち望んでいた知らせが届いた。

 それは、現在も行方不明となっていた妖刀の所在地であり、多くの払魔師達や仙術師に陰陽術師といった術者が血眼になって探している特級呪物である。

 その知らせを受けたアシヤは思わず報告書を握りしめ、即座に出立の檄を飛ばした。

 だが、その動きは前々から準備を進めていたこともあり素早く、兵站や必要となる呪具、多くの呪符をかき集めたが、人手不足いう点で時間をとられてしまった。

 何しろ魑魅魍魎が湧きだす百鬼夜行が発生しているかもしれないのだ。

 普通に討伐隊を組んだとしても、本格的に現地へ出撃するには相応の数日はかかる。これでは後手に回ることになるのは否めない。


「……まさか、妖刀の支配を逆に取り込んだ者がいるとはな。こんなことは今までなかったぞ。世の中にはとんでもねぇ人間がいるもんだ」

「その人物はおそらく、よほど強い精神力の持ち主なのでしょう。そのような武人がまだいるとは思いませんでした」

「名のある武人はみんな墓の下だからなぁ~。生きていたとしてもまともに動けねぇ爺ィばかりだ。だが、そのおかげで本体の場所が割れたんだ。この好機を逃すわけにはいかねぇ」


 フオウ国は、戦乱の兆しが見え始めた故郷である東方の列島諸国群からいち早く離脱し、魔物がはびこる東大陸の西端から開拓を始め、約200年の月日をかけて国土を広げていった。

 だが、その歴史も順当に行っていたわけではなく、当然だが国内が荒れるような事態も歴史的に存在していた。

 その時代の終盤に生きていた手練れの剣士達は殆どが死去し、生きていても80代の老人となっている。そして生存者の数も少ない。

 技を受け継いだ者達は大勢いるが、誰も本格的な戦争というものを経験したことがなく、魔物の暴走が引き起こされても右往左往する者達ばかりだ。

 だが、技を受け継いだこともあって個人としての技量は高い。

集団戦闘が苦手なだけであった。


「サムライ共はどれくらい連れていける?」

「戦力は万事屋に依頼して何とか集めることはできすが、サムライたちは街を守る戦力がなくなると言い出しまして、率先して出撃する気はないようですね。各方面から現地に小隊を合流させるとか」

「………サエキよぉ~、どうやら武士の魂はすっかり錆びついちまったようだな。国難に自ら飛び込まんで何がサムライか!」

「まぁ、妖刀の件は我らの管轄ですし、例え妖刀を盗み出した下手人を取り逃がしたのが彼らでも、その責任を私たちに押し付けられますからね」

「姑息なクズばかりになっちまいやがって……。いっぺん国が滅んだ方がいいんじゃねぇか? そうなりゃ連中も目が覚めるだろうぜ」

「思ってはいても口に出さないでくださいよ。誰かに聞かれたら首が飛びかねません」


 アシヤが報告書を握りつぶし、サエキは苦笑いを浮かべていた。

 ここ数日は術者家系の者達は仕事を放り出して慌ただしく動いていた。

 おかげで山積みとなった書類がいくつも高く積み重なっている。


「それより……どうすんだよ、この書類。呪家の連中は何をやってやがんだ?」

「嫁探しと婿養子候補者を払魔師達の中から選別しているようですよ? あとは、呪力や霊力の高い者を養子に迎え入れるとか……」

「はぁあ? そらまた、なんで………」

「異国の術者からの情報で、なんでも近親婚は体に異常を持つ体力の弱い子供が生まれやすくなるとか。本家の方々も思い当たることがあったのか、慌てて下にいる者達の待遇改善に乗り出したようですね」

「古い家系ほど変な風習が根強く残っているからなぁ~。ウチはその点で大らかだから、特に体の弱いガキなんて生まれてきたことはねぇな。呪力や霊力は修行でどうとでも上げられるからな」

「ウチもですよ」


 古き家系と新たに興した家系とでは、一族の風習はだいぶ異なる。

 歴史を重んじることから妙な風習が残されている古き家系は、何処までも秘密主義と孤立主義ゆえに問題が起きていたようだが、比較的新しい分家筋が独立した家系は、そういった懐古趣味の古臭い無意味な風習をできるだけ排除していた。

 その影響が出ているのか、霊質的な魔物の討伐は新興家系の者たちが活躍を見せている。

 アシヤやサエキの家系もそういった新興家系だった。


「アベノ家やカモヤ家の人間は、そりゃ~慌てるだろうな。次期当主は軒並み体が弱いようだしなぁ~」

「大祭や鎮魂祭では各家系の当主たちが取り仕切りますから、生まれながらの病気持ちでは差し障りがあります。できるだけ健康な跡取りが欲しいのでしょう」

「霊鎮めの舞儀で次期当主が全員倒れたのは笑えたが、帝の御前であんな無様をさらしたのは前代未聞だ。次期当主が舞の佳境で力尽きるほど体力がねぇって、神事を預かる身としちゃ~許されることじゃねぇだろ。帝の慈悲がなければ全員の首が飛んでいたぞ」

「霊力や呪力の強さを求めて近親者と婚姻を続けた結果、人としての器が脆弱になるとは思いもよらなかったのでしょう。しかも、その事実を知ったのは外国の呪術者からの情報というのだから、彼の御方たちも屈辱でしょうね」

「自分たちの手で原因を突き止めたわけじゃねぇからな。医術に関しては外国の方が進んでいるということだな」


 邪神戦争以降、最も文明の崩壊が進んだのは東大陸と南大陸だ。

 更に魔力の急激な枯渇もあり、その拍車は止まることなく進んでいき、北大陸西方領域ほど魔法に関する知識は残されなかった。神聖魔法こと光系統魔法さえ消失している。

 そんな中で原始的な暮らしからどうにか文化を発展させ、やっと別の大陸へ移動ができるほどの航海技術を確立させた。

 そんな文明ではシャーマニズム文化が台頭し、医術に関しても原始的で信じられないような民間医療法がまかり通おり、ほぼインチキのような治療法が平然と行われている。

 石鹸の存在を知ったときには消毒の概念が覆るほどの革命となり、商人たちはこぞって石鹸工房を建てまくったほどである。


「昔は牛やガキの小便で傷口を洗っていたらしいからな………」

「今では酒精の強い酒で洗うことが一般に広まっていますからね……」


 溜息しか出ない二人。

 そんな文化の中だからこそ、呪術に関しては高度に発展していったとも言える。そして、南半球から東と南の大陸に自然魔力が戻り始め、その影響は既に現れ始めていた。

 妖刀の力が急激に活性化し、盗み出した賊の体を乗っ取ったのも、自然界の魔力が元に戻りだしたことが原因の一つである。

 封印していた呪符の効果よりも、強力な力を持つ妖刀の力が上回った結果だ。

 大気中の自然界魔力の濃度が多少上がっただけでこのような騒ぎになったのだから、完全に元の濃度を取り戻したらどのような騒ぎになるのか、世界の変化を知らないアシヤとサエキの両名は気づきようがない。


「話が脱線したな」

「そうですね」

「なんにしても、妖刀の本体は完全に破壊しなきゃならねぇ。例えどんなに犠牲者を出すことになろうともな」

「百鬼夜行は防がねばなりません。国が亡ぶ前になんとしても食い止める、これが大前提となるでしょう」

「生きて帰りてぇもんだな」

「えぇ、そうありたいものです」


 龍脈から噴き出す自然界魔力を吸収し続ける妖刀。

 刀としての本質がどう変質し、どれほどの力を蓄え、どのような姿となって現れてるのか未知数だ。

 大妖怪ほどの怪異にまで成長していたら間違いなく現地は地獄となる。

 二人の陰陽師は事態の深刻さを理解しているからこそ、自分が死ぬ可能性も考慮していた。

 遺書や遺言状まで残しているほどに――。


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