おっさん、払魔師と情報共有する
妖刀――それは特定の条件下で自然発生するものや、あるいは誰かを害するため意図的に製作されるもの、または怨念よる呪詛から化生へと生じた呪具である。
その発生条件は様々だが、唯一共通して判明しているのは、蓄積された怨念の具合によって存在そのものが変容していようとも、刀という道具の存在の概念に縛られているという点だろう。
例えば今回のゲンザの肉体を乗っ取ろうとした分身の妖刀だが、『斬る』という刀の本質を全うするために使い手を求めると同時に、自己の保存のために新たなる怨念を糧とすべく行動している。これは分身とはいえ刀としての本質が強く表れていた。
逆に本体の妖刀は、分身をばら撒く過程で刀としての存在概念を薄まっているか、概念そのものが消失し怨念の固まりとなっている可能性が高い。
何しろ妖刀本体にとって『刀』の概念を持つ分身を生み出す行為は、自身の『刀』としての存在概念の切り離す、文字通り身を切るような行為であり呪術的な意味を持つ。
つまりは怨念むき出しの妖魔に成り下がるのだ。
これで妖刀本体の力が弱まるのかと問われれば、答えは否である。
むしろ強力な魔物に変容する危険性が高まる。
何しろ刀という概念を切り離したことにより、蓄積されていた怨念を留めておく鎖が消失したと同義であり、今まで蓄積された怨念や妄執が澱みから人のもっとも醜い部分が新たな形となって災いを齎す荒魂と化すのだ。
言い換えると、これらの過去の生者が残した置き土産であり、人の負の部分を映す鏡のようなものである。
それゆえにおぞましく、滅ぼさねばならない害悪だ。
「………っと、これが今後における危険性の予想かねぇ」
「存在概念の消失における妖魔への変質……ですか。あの、それはいったいどれほどの危険性があるのでしょうか……」
ゼロスの側にいるのは、何もできずに傍観していた払魔師の女性リーダーで、名をアケノと言った。ちなみに姓はないらしい。
術者としての実力を測る限りだと、あまりこうした対魔業を行った経験がないように見える。もし経験豊富であれば、鬼化していたゲンマに対し何らかのアクションを行っていただろう。少なくとも真正面で対峙しようなどとは考えないだろう。
「妖刀のとき以上に、事態は厄介な方向へ進んだかねぇ」
「本体の妖刀をなんとか発見できないものでしょうか……」
「それは難しいところだ。ただ……」
「ただ、なんでしょうか? できるだけ状況を切り開ける情報が欲しいんです」
「大したことじゃないさ。もしも、刀としての存在概念が消失していたとしたら、妖と同じ行動をする可能性が高い。そう……魔力――気の濃度がもっとも高い場所へと誘引され怨念を解放し、大量の魑魅魍魎が人里を襲撃するとか、ね」
「人間を襲うようになるのは分かりますが、龍穴………ですか?」
「君たちにはそういう情報を教えられていないのかい? 魔を払う者にしては知識不足でしょ。危ないなぁ~……実に危ない」
龍脈ないし龍穴の場所は、呪術師たちにとって秘匿とされる聖域だ。
地脈を通じて噴き出す膨大な魔力を用いて呪術を行えば、やりようによっては国を亡ぼすことも可能である。だが何の予備知識もなしで行えば数百年は災いに見舞われる。
自然の力を人間ごときが御せるものではない。
しかし、中には身の程を知らない者達が歴史の上でも現れており、その誰もが龍穴を利用しようとして非業の死を遂げている。
「ある呪術師が、不老不死を求めて龍脈の力を独占しようと企んだんだが、肉体が耐えきれずに粉々にはじけ飛んだよねぇ~。そんな逸話が昔の文献とかにはゴロゴロと……」
「あの……仮に、仮にですよ? 例の妖刀が龍穴に辿り着いたりしていたら、いったいどうなってしまうのでしょうか……」
「怨念の固まりのような醜悪な化け物を大量発生。まぁ、怨念と一言で言っても、要は個人それぞれの念の集合体だからね、力を持つ怨霊が膨大な瘴気を放ちながら周囲を汚染しつつ拡散していく。百鬼夜行――魑魅魍魎の大行進さ」
「ということは、少なくとも膨大な数の怨霊が分裂するわけですから、個々としては弱くなるっているのでは?」
「いや、事はそんな単純なものじゃない。怨念によって汚染された龍脈の魔力を総取りするから、分身体よりも強力な化け物が無数に誕生する。果たして、呪術者だけで祓い鎮めることができるのかねぇ?」
アケノの表情はさらに青ざめる。
確かに払魔師の役割は国中を歩き回り、不浄の者を鎮めるなり討ち倒すことが仕事だ。
だが、それにだって実力面で個人技能に差があり、スリーマンセル体制での討伐にも限界がある。
陰陽寮の上層部にいるような正統な呪術師とは違うので、扱える呪術も限定されたものしか使えず、上位の妖魔にいたっては三人で相手取るなど不可能に近い。
しかも払魔師たちは損耗率が高く、使い捨ての駒として扱われることの方が多いため、職務中に死亡することは確定したようなものだ。
「それで、ゼロス殿はこの四日ほど、何もせずに過ごしていたようですが、何か大本の妖刀を探し当てる方法があるのでしょうか?」
「ん~、そのために今も疲労で昏睡しているゲンザ殿が目覚めるのを待っているんだけど、時間が経過していくほど事態は最悪になっていくから、そろそろ別の手を考える必要があるかな」
「ですが、今も待ちの姿勢を続けていますよね?」
「妖刀本体と分身体は大本で繋がってる。だから、本体の命令を分身体にも伝わるようになっている。つまり、ゲンザ殿は分身体の妖刀と一体化していたから、本体がどこにいるのか知っている可能性が高いんだよねぇ」
「そ、それで、妖刀本体の場所が判明したらどうするつもりですか? 強力な魔が生まれている可能性もあるんですよね?」
「その時は、多少の犠牲を容認してでも消滅させる。それだけ後手に回ると危険な状況なんですよ」
本来ゼロスは、この東方大陸の問題に手を貸す必要はない。
だが、もし妖刀が龍脈から噴き出す魔力を掌握していた場合、その根幹は邪神にと謳われた観測者、アルフィア・メーガスを復活に起因している可能性が高い。
この世界の摂理を正すために観測者の復活は必要な案件だったが、その過程で世界中の龍脈や龍穴が活性化し始めているのだとすれば、妖刀が膨大な魔力に惹かれる原因にゼロスは手を貸したようなものだ。
そうでなければ、今頃は各地で多くの人が妖刀に無差別に襲われ、多くの死者を出すような事態になっていてもおかしくはない。
だが、そんな話はギズモの街で噂でも聞いたことはなかった。
皇都近辺では辻斬り騒ぎは起きているが、それも払魔師たちの活躍で沈静化に向かっている。ゲンザに関しては、偶々こちらに流れてきた分身体の被害に遭っただけにすぎないと、 少なくともゼロスはそう見ている。
だが、生き延びた妖刀事件の被害者でもあるゲンザは、同時に妖刀の本体の場所を知る手掛かりとなりえた。
『ソード・アンド・ソーサリスでも、妖刀本体の場所を特定するとき、分身体に操られた被害者から情報を引き出したからなぁ~。まぁ、精神力の強い人間という条件が付くけど、あの御仁なら大丈夫そうだ……』
ゲンザも我が強いというか濃い性格の為か、この条件に当てはまる。
ただ、分身体とはいえ長いこと妖刀の精神支配を受け続けたため、肉体と精神的な疲労が相当に溜まっている。
それでも生き延びているのは、モッチリヤカングチを食べていたからであろう。
飲まず食わずでなかったことが幸いした。
「あんな変な生物を食べて、よく生きてこられたなぁ~」
「モッチリヤカングチですか? まぁ、泣く子も気絶するほど不味い味らしいですからね。鬼と化していたから、味覚がおかしくなっていたのでは?」
「その可能性はありますねぇ~」
「何にしても陰陽寮には報告しないと……。私達、何もできなかったんですけどね……ハァ~………」
溜息を吐きながらも、アケノは携帯用の筆で報告書をまとめ、支給された呪符を張り付ける。
彼女たちからしても、妖刀の本体を見つけることは最優先事項だった。
「式神による報告書の移送ですか。長く実体化させることができませんから、どこかの拠点をいくつも経由して送付するんでしょうかねぇ」
「そういう裏の事情を勘繰らないでください……お願いしますから」
「他のお二人はどちらに?」
「街で情報収集です。まぁ、無駄かもしれませんが……」
「魔力が実体化するような非生命体は、特定条件下でないと出現しませんからねぇ。探し当てるのは大変でしょ。妖刀も普段はただの刀に擬態してますし」
妖刀にしろ、悪霊にしろ、発見されるには目撃情報や活動時間中に魔力を感知するほかない。この手の妖魔は総じて日中に活動することが殆どないからだ。そのため払魔師の捜査の基本は足が中心となる。
こうした地道な活動が人民の暮らしや治安を守ることに繋がるのだが、それでも後手に回ることが多く事件を解決できるのはごく僅かだ。
何しろ人手が足りない。
「ゼロス殿、うちに就職しませんか?」
「僕は他国の――それも別大陸の人間ですよ? 家に待っている人もいますんで、お断りさせていただきます」
「そうですか……ハァ~……………もっと人手が欲しい」
「そもそも僕と陰陽師や払魔師は系統が違いますから、就職は難しいところでしょうね。助けなければならない被害者ごと消し飛ばすくらいしかできませんよ」
「残念です……本当に残念です」
人員不足はかなり深刻のようだ。
そもそも払魔師は親を失った子供を引き取り、過酷な修行をさせ術師としての下地を作る。本格的な術を覚えるのはそのあとだ。
しかも本家本元の陰陽師や仙術師に比べ、教えられる術は限定されている。
この辺りには古い仕来りのようなものが根強く、家系独自の呪術は独占や秘匿とされており、外部の者に伝えられることはない。
そして払魔師出身の者が出世するには、かなりの手柄を上げなければ認められることもなく、万年平社員扱いの立場でいることが多い。
頑張っても報われないが、国の税で育てられた以上は安月給でも働かねばならず、しかも辞めることもできない立場であった。
必要経費が下りるだけマシだろう。
「あの三人……元気ですね。羨ましい」
「そんな哀愁漂う陰鬱な顔をしなくてもいいでしょうに………」
「悪霊や物に憑依した邪念を払う程度の私たちに、いったい何ができるというんですか……。大規模な鎮魂の術や対魔の術なんて知りませんよ。なのに国を亡ぼすような妖刀の捜索なんて、管轄違いでどうしようもないじゃないですか。しかも殉職者が出ても上は何とも思わないんですよ!?」
「おう……予想以上に酷い職場環境だ。労働者の職場改善は経営や運営側の仕事でしょうに、陳情すら受け付けないんですかい?」
「無理ですね。所詮、私たちは使い捨てですから……」
アドを相手に剣の鍛錬をするミヤビとタカマル。
道場から響く声が若さを感じさせる。
一対二の乱取りを見るアケノの虚ろな目は暗く澱んでおり、底知れぬ闇を感じさせるほどだ。
彼らの見ている世界は労働側の苦労を改善することなく、ノルマだけを達成できればいいという考えが色濃く残っているのだろう。そのため量産型術者である払魔師の待遇は悪い。もしかしたら修行の一環とされている可能性もなくもないが、それで殉職者が出たりでもすれば人員にかけた費用が無駄となる。
強力な呪術を教えないくせに無茶な対魔業の現場へと送り込み、損耗率を抑えたいうえで効率よく魔を払えと言うのだから、やっていることは悪徳企業そのものだ。
労働基準法すらない職場の闇をおっさんは見た気がした。
「宿泊費や食費、備品の経費は落ちるんです……。ですが、あまり損耗が激しいと自腹になるんですよ。そんなことをされたら私たちは生活していけません」
「まぁ、呪術師なんて才能によるところが大きいですからねぇ。陰陽師や仙術師の家系でも、当然ですが才能のない人は出るでしょう。それらを踏まえると、一族相伝の呪術を後生大事に守り続ける意味がないんですよねぇ。ただ、彼らには歴史がありますから、積み重ねてきたものを失うことを恐れているんですよ」
「知り合いから聞いた話なんですが、一族に連なる家系に輿入れしても、それらの呪術を教えられるわけではないようですから………。結婚しても受け入れられないんですよ。女中扱いです」
「嫁いびりより酷いですねぇ………」
どこにでもある家庭問題。
しかし、呪家はなまじ歴史ある家系のため、外から来た者に厳しいようだ。
呪術の技術漏洩を防ぐ目的もあるだろうが、才能だけあっても使える術が少ない元払魔師は侮蔑の対象とみられ、末端の分家筋家系でもその対応は変わりないという。
そのせいか、払魔師は歴史ある呪家に嫁いだ入り婿入りすることを避け、市井に家庭を持つ者が多いらしい。
「呪術師は濃い血筋ほど強い霊力を持った者が生まれやすいと聞いていますが、でも若くして死ぬ人も多いんですよね。その話を聞いてざまぁ~とは思いましたが」
「そりゃ、同族婚や近い一族の家系の血統で婚姻を繰り返したら、その一族は劣化して滅びますよ。しかも外からの血を受け入れても、いびってるわけでしょう? 血筋を残す前に自害されたら洒落になりません。元より長生きできない一族なんですからねぇ」
「えっ、そうなのですか?」
「医学的な観点から見ても、同じ血筋の者との婚姻は悪手ですね。体に変な異常が出ますよ? 顎が異常に大きくなったり、生まれつき体が弱かったり、精神的な疾患を持っていたり……。何らかの症状が目に見える形で現れるんですよねぇ。呪術家系の方々って、そんなことも知らず、せっかく嫁や婿に来てくれた方々を執拗にいびっていたんですかい? 普通なら一族の誰よりも大切に迎え入れるべきでしょ。一族を救ってくれる救済者なんですからねぇ」
「そ、そうなんですか!?」
「西方では常識ですぜ?」
閉鎖的な一族やそれに準ずる村は、基本的に外者を嫌う傾向が高い。
だが、そうした閉鎖的な空間は外部からの血を受け入れることを忌避する風習が根強く、例え一族の中に入れたとしてもぞんざいな扱いを受けてしまう。
しかし、そうした閉鎖的な世界で生きる者達は長く存続することができない。
血が濃くなることによる遺伝子の異常は肉体にも表れ、やがて生物としても弱体化していくことに繋がり、下手をすると子孫が残せないこともある。
特殊な一族であるからこそ、外から招き入れる血には敬意を払わなければならない。そうでなければ自分たちが滅びるからだ。
とはいえ、誰かがそう諭したところで、なまじ歴史を持つ一族というものは現実を受け止めることはせず、同じことを繰り返してしまう。
そうした家庭の問題は現代社会でも稀に残っていたりするものだ。
「他の大陸では医学も進んでいるのですね……。これは報告せねば……」
「いや、報告する必要があります? 連中はあなた方を侮蔑しているんですよね? 別に滅んじゃってもいいんじゃね?」
「いえ、腹の立つ連中ですが、それでも我が国には必要な方々なので………」
「性根の腐った連中など要らんでしょ。どうせヤバくなったら他人に責任を全部押し付け、真っ先に逃げだすクズばかりなんでしょうから」
「私もそうは思いますが、上の混乱は私達にまで響いてきますから……」
「難儀だねぇ~」
おっさんにとっては他人事だ。
しかし、フオウ国にとってはお国に防衛の大事である。
特定の一族に社会の裏側を任せ続けるのには問題はあるが、魔法よりも呪術が中心にある文化において、彼らの培ってきた呪術は必要不可欠なものとなっていた。
だからこそ今滅んでもらっては困るのである。
しかも陰陽寮の中心にいるのがそうした家系の一族なので、組織が崩壊しかねない事態は避けねばならない。例えそれが悪徳企業のような組織でもだ。
「いい人もいるんですよ。サエキ様やアシヤ様といったまともな実力者には、もっと頑張っていただかないと私達は………」
『サエキ……ねぇ? 役小角かな? アシヤは蘆屋道満? 似た名前の方々もいるというか、転生者だったりして……。まぁ、関わらなければいいか』
なにか、聞いたような名で連想したが、直ぐにどうでもいい情報として処理したおっさん。
そもそも、この国の内情に深くかかわる気はないのだ。
自分が世間話に語った情報をどうするのか、それはアケノの自由でありゼロスが関知することではない。結果としてフオウ国の裏側にいる呪術師家系の外様拒絶体質を改善するのであれば、関わった者達の努力の結果であっておっさんには関係ない。
全てを他人事と思うゼロスの横では、アケノが報告書を書いて再び式神を飛ばしていた。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
【陰陽寮】――【払魔殿】。
ここには各地に送った払魔師から様々な情報が送られてくる。
全ての情報を一度精査し、重要な事柄を報告書にまとめ上に報告するのだが、そこにはどうしても個人的な主観に左右される欠点がある。
今回重要視しているのは【妖刀】によって引き起こされている辻斬り騒動であり、各地に散った払魔師達はなんとか分身体の妖刀を倒してはいるものの、それでも少なくない犠牲者が出ていることに頭を痛めていた。
「まったく……所詮は急増品の欠陥呪術者だな。もっと効率よく倒せぬのか……」
「仕方がないでしょうね。彼らは呪術師としての才能は有りますが、我らのように一族特融の術を持っておりません。苦戦は免れないでしょう」
「じゃが、連中の育成にも少なくない国の税が使われておるのじゃぞ? 強くなってもらわねば困るではないか……」
「そう思うのなら、貴殿の一族に伝わる呪法をお教えすればよいのでは?」
古き歴史を持つ一族の呪術師たちは、総じて末端の払魔師達を見下していた。
それなのに結果だけを求めるのだから始末に悪い。
何より問題なのが彼らの秘匿性にあり、払魔師は育てても肝心の呪術はまともに教えようとはしなかった。あくまでも基礎的なものだけを叩き込み現場へ送り込むのである。
「それより、お主のところの当主の体調はどうなのじゃ? 最近見たことがないのじゃがな……。」
「強い呪力ゆえに、体に負担がかかっておりますれば……。私どもとしても治療に限界がありまして、どうしたものかと困り果てています」
「このところ、体の弱い子供ばかり生まれておるな。何かの呪術を掛けられているのではないかと疑うくらいだが、こればかりはな……」
「私の甥も、生まれて間もないのに生気が低いように思えます。後継者問題はどこの家でも同じでしょう。優れた血筋の者を選んだというのに、あのような役立たずが生まれようとは……」
呪術師の家系は同族――ときに近親婚を繰り返してでも呪力や霊力の高い跡継ぎを求める。それが後継者問題を悪化させているとも気づかず、古い因習や仕来りに縛られ外側の世界には目もくれない。
医学知識の乏しい彼らの常識では、それが当たり前であった。
「やはり、実績のある者から子種や腹を借りるしかないか………。しかし、そのために離縁させるのは体裁が悪いな」
「呪力の高く、そのうえで健康な者など数はおりますまい。未婚でも年増は少々……」
「恨まれて家を乗っ取られても困るからな、なるべく従順な者がいい。しかし、役立たず共から選ぶわけにもいかん。連中は恩を仇で返すような輩ばかりだからな」
一族の将来を憂いたくなる気持ちは分かるが、言っていることは最低だった。
なにしろ血統を残すためであれば離婚もやむなしというのだから、かなり横暴で傲慢な考え方が浸透し過ぎている。しかし呪術に対しての才能があっても体が弱ければ後継ぎとしての意味がない。
年々一族内では後継者問題で頭を抱えるようになってきた。
「ほ、報告します。さきほどギズモの街から【鬼】の討伐が完了したとの知らせが入りました。何でも異国の呪術者によって討たれたとのことです」
「ほう……異国の呪術者か……」
「興味ありますね」
「呪力が高ければ分家筋の娘や子息をあてがうのだが……」
「それと………医術的な情報も知らせてきまして、これは我々にとっても見過ごすことのできないものなので、呪寮長の方々に知らせねばと……」
「「「医術?」」」
陰陽寮は呪術師の総本山であり、医術は多少齧ってはいるものの本職ほどではなく、文明的にも北方大陸西方領域に比べて遅れていた。
酒精の強い酒で消毒するだけマシと言えるほどだ。
そんな呪寮長の年寄りたちの元へ送られてきた報告書。
それを読み進めていった彼らの表情は次第に蒼褪めていった。
「ま、まさか……一族同士の近親婚が悪手だとは………」
「血が濃くなりすぎることで現れる肉体の弱体化……。思い当たることばかりじゃ……」
「外からの血を定期的にいれるにしても、我らの一族の血は濃くなりすぎている。多少弱体化しても外から嫁や婿を取るしかあるまい……」
血の濃さを誇りとする一族の過ち。
世代を重ね研究してきた呪術の漏洩を防ぐために行ってきた血統第一主義は、自ら一族を滅ぼしかねないと知ったことにより、今すぐにでも一族の体質改善を行わなければ危険だと判断した。
既に呪術の漏洩云々と言える状況では無くなっていることに気づいたのだ。
「我ら陰陽寮に籍を連ねる一族は、少なからず血が繋がっておる。一門の者から嫁や婿を取るのはまずいのぅ……」
「そうなると、捨て駒たちから選ぶしかないのでは? 濃くなりすぎた血を薄めるには、呪力が高く一族とは関わりのない者たちが望ましいですね」
「払魔師どもか……考えようによっては都合がよいかもしれんな。幼いうちから仕来りを教えれば、どこに出しても恥ずかしくない振舞もできよう。そして直系の者と婚姻を結ばせる。教育は……分家の者には任せられんな。余計なことを吹き込まれかねん」
「「「「それだぁ!」」」」
かくして呪術師たちの一族は、即決で婚姻改革が始まることとなる。
同族婚をできるだけ廃止し、外部から養子として引き取り教育した者を直系の一族に入れ、遺伝子の劣化を防ぐよう組織的に動くようになっていく。
そして、今まで使い捨ての駒とされてきた払魔師候補たちの待遇は良くなり、より一層職務に励むようになっていくのだが、それは少し先の未来の話だ。
だが、この日より呪術師家系内で外部出身者の待遇改善が始まった。悪しき風習を捨て去り新たな未来に向けて歩き出したことは確かである。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
道場ではアドとタカマル、そして義手をつけたミヤビが剣の稽古に励んでいた。
ミヤビはタカマルに比べて動きが速く、剣速も恐ろしく鋭いが実戦における経験が不足しているようで、単調で至極読みやすかった。
それは仕方のないことだ。
アドとて【ソード・アンド・ソーサリス・ワールド】という特殊な空間でモンスターと何度も戦い、スキルレベルを必死に上げてきた。もちろん対人戦闘も行ったことがある。
あくまでもプレイヤー同士の戦いであったが、それでも独自の技を磨くことを追求し、剣の腕ではゼロスよりも優れている。
だが現実において剣の腕を磨くということは、日々の鍛錬以外にも実際に人を殺すということに他ならない。
魔物を相手に武器を使うこともあれば多少なりとも強くもなれるだろうが、魔物には技というものが存在していないため、身体レベルが多少上がった程度であっさり倒せるようになってしまう。
つまり技を鍛えるには、同じように技を扱う者を相手にしなくては、武の頂には到底登ることができないのだ。
「クッ………まさか父上以外にもこれほどの手練れがいようとは…………」
「俺は総合力でゼロスさんには劣るけど、剣に関してはゼロスさんより自信があるぜ? まぁ、武器の質でその差も埋められちまう程度だがな!」
「速い……鋭い、そして隙が無い。どこから打ち込んでも躱されるか受け止められ、しかも反撃を受ける。私はこんなにも弱かったのか……」
「その歳では強い方だと思うぞ? ただ、圧倒的に経験が足りない。考えて動くようじゃ駄目だな、考える前に体が最適な動きで反応することが望ましい」
「それが……できれば………」
言うは易く行うは難し。
ミヤビの剣は精細に欠け、長期戦になるほどに乱雑になっていく。
疲労によるものではなく精神的な焦りから技が乱れるのだ。
「動きは悪くないんだが、ある意味ではタカマルと同じで剣筋が素直すぎるぞ。もっと虚を突くような技術を覚えた方がいい。そのままだと、そこそこの手練れにも通用しないぞ?」
「まさか、愚弟と同じとは………屈辱です」
「姉上、それはどういう意味ですかぁ!?」
「やはり、父上のように全身の肌で剣の気配を感じ取るべきなのでしょうか……」
「「それはやめれ!!」」
アドとタカマルが同時に叫んだ。
いくら剣の腕を磨きたいからとはいえ、父親のように全裸で歩き回るのは勘弁してほしい。そんなのが身内だったらタカマルも家を出る覚悟を決める。
それ以前に嫁入り前の娘が決めていい覚悟ではない。
「なんつ~か、ミヤビは冷静沈着に見えて直情型なんだよなぁ~。頭に血が上りやすいというか、考えるより先に手が出るというか………。自分より強い相手だと、焦りから心に余裕がなくなる気がする。実際に剣筋が鈍っているし、技にキレがなくなるのが早い」
「さすがはアド師匠、父上ですら姉上に言えなかったことを平然と言ってのける。そこに痺れる憧れるぅ!!」
「それは単に、お前らの親父さんが教えるの下手なだけだったんじゃねぇか? 例えば『そこはこう、ズバァ~ンと!』とか、『こうきてババァ~ンと!』とか言ったんじゃね?」
「…………なぜ、そこまで分かったのですか? 誰も口を噤んで言わなかったのに……」
「マジで感覚派の人間だったぁ!? 人にものを教えるのに不釣り合いな人間じゃねぇか」
二人の父親であるゲンザは、剣に関して天才であったかもしれないが、人に何かを教えることに関しては不適切な人間のようだった。
露出癖があるだけでも充分に不適切で不埒な人間だが。
「親父さんの教え方はともかくとして、二人はフェイント技――虚実を織り交ぜる技術が拙すぎるんだよな~。最初は意識的に、いずれは自然に身体が動くよう徹底的に技を覚え込ませるんだ。一朝一夕にはいかんがな……」
話しながらも打ち合いは続けられ、木刀同士のぶつかり合う小気味の良いリズミカルな音が道場内に響き渡る。
もっとも木刀を撃ち続けているのはミヤビとタカマルで、アドはただ受けては逸らし、時折見え見えのフェイントを入れて翻弄していた。
フェイントの技術が拙いのなら見て覚えろというスタンスだ。
「ほうほう………。なかなかいい稽古をしているな、病み上がりなのに疼いちまうじゃねぇか」
「えっ、父上!?」
「目が覚めたようですね………」
「よかった、これで剣の師範代の真似事をしなくて済む……」
いつの間にか意識不明のまま寝込んでいたゲンザが目を覚まし、我が子の稽古風景を眺めていた。
アドですら気配がつかめなかったことから、剣気を抑える術に長けているようである。
だが、そんなことよりも言いたいことがあった。
「ゲンザさんよ……俺が言うのもなんだが……」
「いえ、アド師匠じゃなくても言いたくなると思いますよ」
「そうですね……。いつものことですが……」
「ん? なんだよ。俺が起きていることがそんなにおかしいのか?」
「「「違う、頼むからフンドシくらいはしてくれぇ(なさい)!!」」」
目覚めたばかりのゲンザは、威風堂々としたフルモンティだった。




