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おっさん、鬼退治をする


 妖魔は夕暮れ時になると目覚め、深夜には活発に動き出す。

 例えそれが生前の記憶に引きずられた残留思念であろうと、物質に魔力が宿り変質した擬似生命であろうと、時間的に多少の誤差はあれ陰気の満ちる夜は彼らの世界となる。

 無論、夜行性の魔物も生きるために活動的になるが、妖魔と魔物の間には明確な違いがあった。

 妖魔は非生産的だ。

 ただ己の定められた本質に促され、ただ存在の証を立てるために動く。

 生きているわけではなく、ただ存在しているだけだ。

 複雑なプロセスを得て自己を確立しても、それらの活動はどこまでもシステム的であって明確な意思はなく、人間から認識されることによって現実に縛られる。

 自由意思を持っているように見えて、その在り様はどこまでも機械的であり、生物ではないので怨念を切り分けて分身を生み出すことはできても繁殖することはない。

 自然界の法則から見れば歪な存在なのだ。


「………この辺りよね?」

「ハッ、目撃情報によれば、【鬼】が潜伏しているらしい」

「まさか、我々の初任務が鬼退治になるとは……」

「鬼の力は、依り代となった人間の強さに依存します。気を引き締めていきましょう」


 彼らは【陰陽寮】の【払魔殿】に所属する仙道術師だ。

 一般的には払魔師とも呼ばれている。

 占術で妖魔の行方を探り、仙術によって強化された体で戦い、巫術や陰陽術などで魔を払う。人の営みの陰で戦い、誰に知られることもなく魔を討つ。

 様々な呪術体系を学び、時代の闇で活躍する討魔の者達。それゆえに彼らの命は安い。

 元より彼らは正当な呪術師の家系の者ではなく、様々な理由から家族を失い孤児となった者から素質がある者だけを厳選し、強制的に呪術を叩き込まれ術者となった。

 悪い言い方をするのであれば模造品か消耗品だ。

 彼らに秘術は教えられることはなく、最低限の呪術のみで成果を求められる。

 ただでさえ無茶な立場であるというのに、今回は修行中の者達まで駆り出され、妖魔との命を奪い合う現場に送り込まれたのである。


「八卦方位板に反応……近いぞ」

「魔計の天秤の反応は?」

「………デカいな。右に傾いたまま動かないぞ。これは気を引き締めんと死ぬかもな」


 呪具で妖魔の居る場所を探り、残留する気の波長から強さを推し量る。

 恐ろしく禍々しい妖気を感知し、三人は緊張しつつも敵の出方を見るべく警戒しながらその場に身構えた。何しろ彼らは今回が初任務であった。

 少しの失敗が自分たちの命運を分けることに繋がる。それゆえに慎重に慎重を重ね情報収集し、やっとのこと開拓に失敗した廃村に鬼が出ることを突き止めた。

 しかし、呪具の反応からかなりの大物だということが分かり、自分たちの考えが甘かったことを後悔し始めていた。


「どこだ……どこから来やがる」

「焦るな。その焦りが選択を見誤ることになるぞ」

「近くにいるわ。気配も強く感じる………」


 月明りすらない宵闇に包まれた森の中は、まさに魔の狩場として申し分ない。

 そんな場所へ生者が踏み込むなど命知らずにも程がある。

 しかし、魔を狩る者達にとっては、この闇すらも克服しなくてはならない。

 初陣であるなら尚更のことだ。


「八卦方位板に強く反応……近い! く、くるぞ!」

「魔計の天秤の傾きが最大に………どこだ」

「恐ろしく気配を消す能力に長けていますね……。それに、この纏わりつくような嫌な気配はいったい………」

「ぬっふぅ~~~~ん♡ 獲物が三匹………いぃ。実にいい……」

「「「!?」」」


 野太く、それでいてねちっこい不気味な声が闇の中から響いてきた。

 魔と対峙するような怖気とは別の、心から吐き気が来るようなおぞましい寒気が背筋を走り、三人は逃げ出したくなる気持ちを必死に抑える。


「お前たちの魂を開放してやろう。そう………素晴らしき自由、裸の世界へ!!」


 そこへ現れたのは50代くらいの全裸のおっさん。

 確かに【鬼】にはなっているようで、全身の筋肉が恐ろしいほどに肥大化していたが、問題は別のところになった。


「さぁ~邪魔な衣服を脱ぎ棄てて、お前たちも自然に身を委ねるのぉ~ん。それは、とっても気持ちのいいことなのだぁ~~~っ!!」

「「「 へっ、変態だぁ!? 」」」


 裸だった。

 全裸だった。

 様々な意味合いで身も心も解放され、FREEDOMだった。

 高揚・恍惚・悦楽……脳内で快楽物質がドバドバ溢れ、KA・Ⅰ・KA・Nに身を委ね、その表情はあまりにだらしなく歪み酷い有様だ。

 それとは裏腹に、あえてどこかは言わないが……ビンビンだった。


「ん~~ふふふ♡ 変態とは酷い言い様だぁ~なぁ~? 俺はただ、あらゆる柵から解き放たれ、真なる魂の自由を手に入れただけだというのになぁ~?」

「いやぁあああああああぁぁぁぁっ!?」

「貴様、婦女子の前でなんて破廉恥な! 恥を知れ!!」

「無駄だ……奴の前では婦女子に見られることすらも悦楽だ。どんなに罵られようと御褒美にしかならん」

「おぉ~っとぉ~? 確かに婦女子の前で全裸は男子にあるまじき振舞、人はみな純粋無垢であらねばならん。反省せねば……どれ」

「「葉っぱかよぉ、しかも全然隠せてねぇ!?」」


 側にあった樹木から葉を一枚引き千切り、無造作に局部を隠そうとする鬼。

 どう考えても純粋無垢からほど遠い、自分の欲望と快楽に忠実な見苦しいまでの浅ましさだ。しかも危険物は葉っぱ一枚程度では隠し切れない。


「さぁ~、君たちもぉ~恥ずかしがらずにぃ~。おじさんが優しく剥いてあげるからねぇ~?」

「あ、あれって……目的の妖刀!?」

「そのようだが……なんか、放たれている妖気があやしくねぇか?」

「あ、あんな醜悪でおぞましい紫色の妖気………初めて見ましたぞ」

『『『それよりも俺(私)たち、尊厳の危機なんじゃ……』』』


 なんと言うべきか、命以上に人として大事なものの危機だった。

 鬼が放つ妖気は全体的にあやしいまでのどぎつい紫色で、その気配を肌で感じただけでも怖気が全身を駆け巡り、恍惚的に自身の言動に酔った物言いは生理的な嫌悪感を誘う。

 払魔師たちは現実逃避気味に『鬼って、あんなんだっけ?』と思考をずらさねば正気が保てないほど、本っっっ当に気持ち悪かった。

 どこぞのおっさんがいたら、SAN値ピンチとか言ったかもしれない。


「なんで逃げるのかなぁ~? みんなで幸せになろうやぁ~」

「全裸になって幸せを感じるのは、お前だけです!」


 またも闇の中から突如として響いてきた声。

 それと同時にギャリンという金属音とともに激しい火花が散り、三人の払魔師の前へと降り立つ。


「「「誰っ!?」」」

「お久しぶりですね、父上。まだ全裸でハァハァ言っているのですか?」

「おんやぁ~? ミヤビちゃんじゃないかぁ~……その左腕ぇ~どったの?」

「ふふふ、素敵でありましょう? もはや存在自体が恥以外の何者でもない父上に引導を渡すため、特別にあしらえた一級品ですよ」

「そのようだねぇ~………刀の刃が欠けちゃったよ」

「では、お覚悟を」


 唐突に斬り合を始める気持ち悪い鬼と異形の腕を持つ少女。

 その攻防に払魔師たちは呆気にとられていた。


「な、なぁ……あの子。まさか鬼じゃないよな?」

「天秤に反応しないことから、鬼でないことは確かよ。でも、なんなの……あの腕。もの凄い気の力を感じるんだけど」

「やばいブツなのは確かだな。妖刀が欠けるって、どんだけだよ」


 妖刀の分身が憑依した刀は、本体と同等の性質を持つようになる。

 ただし、内包する魔力量は極端に低いため、性質は同じでも強度面で明確な差が出てしまう。

 多くの人間の命や魔力を吸収すればオリジナルに届くが、所詮は分身であり本体ほどの怨念や魂を蓄積しているわけでなく、その強も寄生した宿主に依存してしまうのだが、依り代がゲンザではそんなものはハンデにもならない。

 しかも、どんな鈍ら刀よりも分身体の妖刀のほうが優れており、本来であれば普通の攻撃で刃が欠けるようなことはない。


「くっ……腐っても父上。私の爪を捌きますか」

「おやおやぁ~? これは……イケませんねぇ~。僕チンの刀が怯えちゃってるよぉ~ん?」

『『『どっちの意味の刀だ?』』』

「水月!」

「おっとぉ~」


 刀の間合いの外から繰り出される鋭利な爪の攻撃。

 それを軽々といなしているゲンザの技量は凄まじいが、所持している妖刀の方はそうはいかない。何しろ憑依している刀身が破損し続けているのだ。

 そこへ体術を組み込んだ身のこなしで懐に潜りこみ、右手に所持した刀で弧を描くような斬撃を放ったミヤビであったが、その技はあっさりと躱された。


「だめだめ、水月は両手で放つことで真価を発揮する技だよぉ~ん。片手で――しかも爪で放ったところでぇ~威力は半分以下に落ちるんだからさぁ~。」

「そんなことは百も承知」


 想像以上に柔軟に動く義手は、あり得ない角度からゲンザを襲った。

 これは蛇腹関節による可動域から繰り出すことで、死角から極端な角度で攻撃を放てるよう誘導し、あえて刀で捌かせたのだ。

 ゲンザが鬼に落ちかけている原因は妖刀なので、その妖刀さえ耐久限界に持ち込めば、被害者は呪縛から解放されるのが狙いだ。 


「ん? んん~? その刀………なぁ~んか妙な細工をしているようだねぇ~ん?」

「さて? 妙なとは、どんな細工です?」

「なぁ~んか、同類という感じがしないんだよねぇ~。似て非なるようなぁ~?」

「同類……ですか。それは妖刀側の意志――本能によるものですね。程よく混ざっておいでで……」

「混ざってるぅ? そんなことはないよぉ~ん。儂は自分の意志で裸になっているんだからさぁ~。いひぇひぇひぇひぇ」

「そこは間違いなく父上です。まったく、度し難い変態ぶりですね。いい加減に死ね」

『『『どんな親だよ……』』』


 娘にまでドン引きされるこの被害者に、払魔師三人はめっちゃ引いていた。

 この人格の変容が妖刀によるものなのか、それとも元からの性癖なのか判断できない。

 しかし、会話から推測するに、これだけは言える。

『最初から変態の資質だけはあったんだなぁ~』と。


「姉上、父上!」

「タカマル……チッ、もう追いついてきたのですか」

「およよ、タカマルも来たんだぁ~。それで、もう裸道へ進む覚悟はできたんか~い? こっちに来るなら大歓迎だよぉ~ん」

「そんな覚悟、最初からありませんよぉ!?」

「あんらぁ~残念。なら、力尽くでも剥くしかないねぇ~ん」


 父親のあまりの変容振りに、タカマルは絶句した。

 そして、まるでブリキの玩具のようにカクカクした動きで実の姉に視線を移す。


「あ、姉上……。父上が変なのですが……」

「何を今さら。この変態は元からこうでしたよ。いい加減に理想ばかり追いかけず、現実から目を逸らすのはやめなさい」

「うぞだぞんなごどぉおぉぉぉぉん!!」

「事実だぞぉ~? 儂………裸が一番きもちいい。己の全てを隠す気など、今さらないわ!!」 

「「「「言っちゃったよ!?」」」」


 タカマルと払魔師三人の声が重なった。

 この父親は青少年の教育によろしくない、まごうことなき特殊な性癖を持つ変質者であった。しかも意識高い誇りある変態であった。


「しかし、困りましたね。変態ですが、父上は強い……。押し切るにしても私の体力が持ちそうにもありません。どこまで精強な変態ですか」

「人を変態と連呼するのは失礼じゃないかぁ~い?」

「姉上、俺も加勢します」

「要りません。むしろ邪魔になるだけです!」

「「「「酷い!!」」」」


 ショックを受けたタカマルと、彼に同情してしまった払魔師たち。

 とはいえ、鬼になりかけのゲンマが強いことは確かであり、ここで少年が加わったところで状況は覆せるとは思えない。


「私たちが加勢しましょう」

「符術であれば多少力を削げるはずだ」

「少しでも弱るだけで勝機は上がるはず」

「いや、それは無理だよ。その人の剣の腕は達人の域にある……。君たちが加わったところで、状況はさほど変わりないと思うね」

「「「!?」」」


 気づけば三人の後ろには同郷の東方島国出身者とおぼしき術師が二人立っていた。

 同郷というのは、この二人の顔つきが東方よりであることからの推察だが、正体が分からない理由は二人の着ている衣服にある。

 明らかに北大陸のものだった。


「ゼロスさんにアド師匠!」

「妖刀……ねぇ? なんか、妙な違和感があるかな。その分身体、本体とは性質が異なるんじゃないのかい? おそらく武器としての概念から切り離されたものだろうけど、それって本体の性質が不安定化するってことだからね? たぶん……本体は今、かなりヤバイ状態になっているんじゃないかなぁ~?」

「あの妖刀の形状……波紋、拵えや造り、見たことがあるな。たぶん、【塵残】じゃないか?」


【塵残】とは、ソード・アンド・ソーサリスの妖刀発生イベントで猛威を振るった刀であり、人間を乗っ取り鬼と化すのは勿論のこと、分身体を各地にばらまく能力が実に厄介だった刀の銘である。

 だが、最大の厄介なこととは、この妖刀の魔力吸収能力にある。

 分身体が暴れまわる裏で、妖刀の本体は自然魔力の吹き出す龍穴に陣取り、膨大な魔力を取り込んで百鬼夜行を生み出した。

 使い手の魔力が馴染んでいる無機物以外の全てに分身体が憑依しはじめ、異形の妖を無尽蔵に生み出し、終わりのない地獄のようなレイド戦へと突入する破目になった。

 勝利条件が【塵残】を折ることだったが、無尽蔵に出現する妖を前に前線を押し上げることができず、途中参加したゼロスたち【殲滅者】が広範囲殲滅魔法を派手にぶっ放すことで均衡が崩れ、やっと収束させたイベントであった。

 このレイドイベント、開始段階で妖刀を発見し破壊すれば起きることのなかったのだが、探索段階で後手に回り事態が悪化したという経緯がある。

 その忌まわしき妖刀――【塵残】に特性があまりに似ていた。


「……いや、塵残じゃないねぇ。おそらくは似たような刀工技術を学んだ鍛冶師の一派による作だと思う。こりゃぁ~本体を早く探し当てて叩き折らないと駄目かなぁ?」

「ん~ふふふふふ……。兄さんたち、強いねぇ? 久しぶりに儂、滾っちゃうよぉ~ん。どうだい、死合いしねぇか?」

「滾るって……どっちの意味でですかねぇ? こんな時に言うのもアレなんですが、その……股間の刀が凄いことになってますよ?」

「なぁ、そっちの意味じゃねぇよな? 俺は嫌だぞ……断固として断る!」

「僕に押し付ける気ですかい?」

「変態の相手はゼロスさんが得意だろ。昔の仲間も全員が変態なんだからよ!!」

「酷い言いがかりだ……」


 会話の間は酷くコミカルなコメディのようだった。

 しかし、ゲンザから放たれているあやしげの妖気が、急激に身震いするような冷たい闘気へと変わっていく。


「ククク……決まってんだろ? やると言ったら殺し合いだ。しかも手練れが二人もいやがる……。そそられるねぇ~、もう……辛抱堪らん!!」

「「!?」」


 ゲンマが放つ目にも映らないような斬撃。

 その一撃をゼロスはショートソードを引き抜いて受け止めた。

 甲高い金属音が響き渡る。


「随分と気の早いご挨拶ですねぇ?」

「悪りぃな……。けどよぉ~、アンタはきっちり受け止めてるじゃねぇか。見切ってたんだろぉ? これで勝負することは決まった!」

「迷惑ですので辞退したいんですが?」

「できるわけねぇだろ。それとなぁ~、俺も引き下がるつもりはねぇ!!」


 即座に始まる斬撃の応酬。

 剣による斬撃の余波が周囲に飛び、地面や木々を寸断していく。

 アドもまた剣を抜き、飛来してくる不可視の斬撃を迎撃し潰していった。


「「「「ひぃいいいいいいぃぃぃぃぃっ!?」」」」


 タカマルと払魔師たちの悲鳴が上がる。

 ミヤビも、『父上は、私がこの手で引導を渡したいところなのですが?』と呟きながらも、ひらりひらりと斬撃を避けきっていた。


「危ねぇだろぉ、もっと離れてやれや!!」

「いやぁ~、僕としても、そうしたいところ……なんですがね」

「逃げられちゃ叶わん。悪りぃが釘づけにさせてもらうぜ。見物人は勝手に下がれや」

「足元にご注意を、【ロック・ランス】」

「!? チィッ!」


 地面から突如として現れた岩の槍に気づき、ゲンマは咄嗟に迎撃はするものの、全てを捌き切るのは無理と判断して後方へと飛んだ。

 そこへゼロスが追撃し、もう一振りのショートソードを引き抜くと、至近距離から魔力の乗った十字の斬撃を放つ。


「【双刃牙そうじんが】」

「こなくそっ!」


 重なり合う十字の斬撃波を、ゲンザはほぼ中央で両断した。

 しかし、魔力による斬撃は潰されても威力は衰えず、むしろ潰されたことで魔力の刃は無数の破片となってゲンザを襲う。

 本来であれば骨まで断つようなつような不可視の斬撃なのだが、半ば鬼化しているゲンザは薄皮一枚を切った程度の傷で収まっていた。


「クハハハハッ、やるねぇ~。呪術師が剣を振るうか! しかもこの威力……潰せたと思ってたんだがなぁ?」

「密度の高めた魔力は、一定の距離まで消えることなく物体に影響を与えることができる。迎撃されたことで結果的にカミソリのようなの刃になりましたがねぇ」

「なるほど……。こりゃぁ~、思っていた以上に楽しくなりそうだ」

「そう思うのであれば、服を着てくれませんかねぇ?」

「断る」


 一見して裸趣味の変態だと思っていたゲンザであったが、裸であることにも利点があった。それは斬撃や魔力の気配をいち早く肌で知覚できるというものだ。

 双刃牙の斬撃波や迎撃で都ビしたときに発生した不可視の刃も、敏感肌とゲンザは経験による先読みで致命傷を避けるだけでなく、咄嗟に体全体の表面を魔力の膜で覆い魔力の鎧化を行っている。

 それでも無傷とはいかなかったようで、不可視の刃を何割か直撃し赤色の肌からは血が滲んでいた。


「こうしたチャンバラはアド君の方が得意なんだけどなぁ~……」

「しれっと俺を標的にさせようとすんな!」

「ほほぉ~う? そう言われると、是非にでも手合わせ願いたくなるもんだよなぁ~?」

「迷惑なんだがっ!?」


 ゲンザが攻めに入った。

 唐竹割りから跳ね上げ、横薙ぎ、刃を返して左袈裟斬り。

 まるで終わりの見えない剣戟が流れるように続く。

 それらの一連の攻撃をゼロスは紙一重で躱し続けた。


「あ、あれは……。あの技はまさか、連なる刃。【連刃天撃】!」

「知っているのですか、姉上! 俺は見たことがないんですけどぉ!?」

「相手に反撃の手を許さず、一方的に逃げ場のないよう斬りつける連続技です。基本技を断続的に繋げる連撃技ですが、相手の動きを読んで攻撃する先読みに加え、その瞬間に適した斬撃に切り替える選択をする直感力と、緩急を織り交ぜた視覚的幻惑を利用して翻弄する体術を交えた、難易度の高いまさに即殺の技です」

「や、やけに説明的ですね。なんで知っているのです、姉上!」

「遍明書房刊――【わが青春の修羅道人生】に書かれた幻の技ですよ? そこそこ有名ね」

「なんですか、そのインチキ民間伝承みたいな書物は……。知りませんし読んだこともありませんよ」


 気の抜けるようなやり取りをしている姉弟。

 しかしながら、目の前で来る広げられているのはハイレベルな殺し合い。

 何しろゲンザの攻撃をゼロスは全て紙一重で避けきっており、即座に反撃する動きを見せている。それをさせずに攻撃を続けているゲンザの負担はいかほどであろうか。


「「「俺(私)達……なんのためにここにいるの?」」」

「国の呪術機関の人か? あんたらも災難だったな」

「いや、まぁ……私共もさすがにあんな戦いはできませんし、代わってくださるのであれば有難いです」

「あんな化け物なんて、相手にできないしな……」

「俺達を剥こうとしやったし……」


 呪術師三人組は早々に諦めた。

 もともと彼らは、剣は使えるものの護身術程度の腕前しかなく、まさか達人レベルの武芸者が妖刀に支配されているとは想定外だった。

最初から相手にならない隔絶した実力差がある。

これは彼らの上司ですら予想していなかっただろう。

一方で変態の相手をさせられているゼロスは――。


『あ~……この人、マジで強いわ。それにしても、この連続攻撃は悪手じゃね? 僕の攻撃をさせないように剣を振っては反撃の目を潰しているようだけど、これって精神力の消耗と肉体の酷使による疲労が段違いに高いでしょ。まして僕は二刀流だし、斬撃を受け止められただけでも反撃の隙に繋がる。それが分からない訳がないと思うんだけどねぇ~』


 ――割と冷静だった。

 連刃天撃という技は、相手の先読みを起点に置いた反撃をさせない詰めの技だ。

 瞬時に相手の反撃に転ずる起こりを見抜き、その攻撃を一手先に潰すことで攻撃をさせないよう妨害しつつ一方的に攻撃を加えるだが、相手を倒すという前提が入る以上は刀の切り返しも尋常ではない速度で行わなくてはならない。

 体力の消耗が著しく、速攻で勝負を決められなければ自身が不利に追い込まれることになる。


「まぁ……要するに初見殺しの技だな」

「そうなんですか!?」

「よく考えてもみろ。先読みなんて言うのは、同格かそれ以下の相手にしか通用しない。格上相手だと剣速が落ちた瞬間に反撃を受けるのは確実だろ。ゼロスさんにいつまでもそんな手が通じるはずがない。あのおっさん、初撃を防がれた時点で距離をとればよかったんだ」

「確かに……父上は攻めあぐねいているように見えます」

「とは言え、ゼロスさんが悠長に攻撃を受け続けるわけがないわな。そろそろ反撃に出ると思うぜ?」

「あの剣林斬雨の中でどうやって……」


 鬼と化しているゲンザの体力は、なかなか落ちる兆しが見えない。

 ゼロスとしてはこのまま剣を受け続けても、いずれゲンザの妖刀に限界が来て折れるとみているが、長々と裸親父につき合うのもめんどくさかった。


「……【魔力付与フォース・エンチャント】、【火炎付与フレイム・エンチャント】、【凍氷付与コールド・エンチャント】」


 二振りのショートソードに魔力壁付与を仕掛け、強度と衝撃の強化を図り、その上から左右別に火炎付与と凍氷付与を追加させ攻撃力を高める。

 ゲンザの刀が振り下ろされる瞬間、針の穴を通すような正確さで刃の欠けた部分に対しピンポイントで右手の剣で斬撃を加え、瞬時に左手のショートソード刀を横から弾く。

 ゲンザをも凌ぐ鋭い斬撃を瞬間的に二撃を加えられ、その衝撃でゲンザは後ろに大きくのけぞった。


「ぬぅ!?」

「チッ……意外に頑丈だな。妖刀の依り代になっているとはいえ、元がそこそこの名刀だったか。罅しか与えられないとは……ね」

「武器破壊だとぉ!? まさか、俺の斬撃を見切ったというのか……いいねぇ♡」

「喜ばれてもキモイだけなんですけど………」

「つれねぇこと言うなよ。アンタだって、こういうの嫌いじゃねぇんだろ?」

「相手が全裸じゃなければねぇ~……」

「そいつはすまねぇな」


 ゼロスの反撃で連続攻撃のループは防がれた。

 これで不用意な斬撃の応酬は潰されたことになる。


「こうなると、連撃はできなくなるわけだが……。手数が減るということは、一撃の威力に力を籠めることになる。つまり、威力が連撃に比べて高い一撃が来るわけだ。それを見越してゼロスさんは剣の強化をした。狙うは――」

「武器破壊ですね」

「姉上?」

「ですが、あの恥多き父上の一撃は、連撃に比べても遥かに威力は高いですよ? そして速い……」


 ゲンザも攻撃に転じた。

 横薙ぎがまるで閃光のように走り、遅れて周囲の草が舞い上がる。


「つえあっ!」

「せいっ!!」


 剣の強度強化と属性付与されたショートソードと、豪剣ともいうべき一刀がぶつかり合い火花を散らす。

 先ほどの連続斬撃に比べて静かなものだが、どの一撃一撃も即死レベルの威力であり、その様相は数回斬り合っては離れるの繰り返しとなった。

 今度はゼロスも攻撃に転じており、斬撃の全てを迎え撃っている。

 目まぐるしく攻防が入れ替わり、見るべき者が見れば名勝負といっても過言ではないだろう。


「――全裸でなけりゃなぁ~……」

「アド師匠、それは言わないでください。お願いします………」

「アレが何もかも台無しにしていますからね」

「「「ぽかぁ~~ん」」」


 払魔師たちは完全に蚊帳の外だった。


「おいおいおい……この刀は無銘だがそれなりの名刀だぜェ~? それがこんなにボロボロになるかよ。この死合い、堪んねぇな~」

「なんで東方の人間はこんなに好戦的なんですかねぇ? 知り合いにもいますよ、森人エルフの方なんでが」

「森人? まさか、酒と博打が好きなロクデナシか? 最後に見かけたのは30年ほど前だったが……」

「お知り合いで?」

「昔、あまりに強いんで手ほどきを受けたことがある。親父の昔からの知り合いらしくてな、頻繁に遊びに来ていた……。なんでも東方の島国にいたときから、仲間とあちこち旅をして回っていたらしいが……」

「大陸を渡って武者修行してますよ。彼らは長命種ですからねぇ……ん? まさか、ゲンザ殿の名前って……」

「おう、あの人から貰ったって聞いたぞ」


 まさかカエデの両親と繋がりがあるとは思わなかった。

 どれほどの付き合いかは分からないが、目撃されたのが30年前となると、おそらく貧乏暮らしをしながら道場破りでもしていたのかもしれない。

 

「あ~、それじゃゲンマ殿の時と同じように勝負を決めますかい?」

「なんだよ、あの人と死合いしたのか?」

「まぁ……。その時に彼の刀を破壊してしまいましたので、持っていた一振りを譲ったんですよねぇ」

「へぇ……んで? どうやって勝負を決めたんだ?」

「抜刀術の打ち合いですが?」

「クククク……なかなか通好みな勝負だな。是非見てみたかったぜェ~。じゃぁよぉ、長々と続けるより綺麗さっぱりと勝負を決めようじゃねぇか」

「了解……ちょいと待ってくださいよ」


 ゼロスは付与魔法を解除したショートソードを鞘に納めると、インベントリ内から一振りの刀を取り出す。

 ゲンザも草むらから鞘を取り出し、刀身を納刀して構えをとる。

 腕と一体化しているというのに鞘が必要なのか疑問だが、全員が『あっ、鞘があったんだ……』と心の中で思った感情がシンクロして気づいていなかった。

 朱塗りの豪奢な鞘であった。


「ショートソードが邪魔になりますから、一度外します………」

「おう。ククク……昂るねぇ~。今なら最高の一撃が放てそうだ」


 最後の一勝負。

 タカマルとミヤビは凄く興奮して事の行く先を見守り、アドは『この人、もう裸親父の相手をするのに飽きたんだなぁ~』と、冷めたし視線をゼロスに送っていた。

 そう、ゼロスは面白いと思った戦いは限界まで堪能するところがあるが、面倒事はさっさと決着をつけるような性格だ。

 特に魔法戦においても、ゼロスは相手のペースに合わせて勝負するので、必然的に長期戦を維持したまま決着が就くまで続けられる。

 ゼロスが抜刀術による勝負の決着を提案したのも、全裸親父の裸を見続けることに嫌気がさしたからであり、ちょうどよく勝敗を決めるネタが会話の中にあったことから乗っかっただけだと踏んでいた。

 そして、アドの推測は当たっている。


『ゼロスさん……不自然なくらいに爽やかな顔しているからなぁ~』


 これで早く終わらせることができるという喜びが、見て分かるほど態度に出ていた。

 嫌なことに関しては嘘のつけないおっさんだった。


「準備できましたよ」

「へっへっへ、やっぱ小細工なしの一撃は滾るものがあるよなぁ~?」

「まぁ、見ている限りではという条件が付きますが、おおむね同感です」

「さて……それじゃ、最後の一勝負といくか」

「…………」


 ゼロスの本気モードにスイッチが入る。

 余計なことは一切考えず、酷く冷たい目でゲンザを真正面からとらえ、彼の放つ一撃の動作の瞬間を見極めようと集中していた。

 対するゲンザも快楽に浸るようなだらしない笑みが消え、表情自体が無と化す。

 

重い空気が流れた。

 空気までもが凍てつき、全てが停止したかのような空間。

 静かに、しかし確実に互いが間合いを詰めていく。

 どこかの木から落ちた葉が、二人の間にスローモーションのように落ちていく。

 次の瞬間、落ち葉は×字に切り裂かれていた。


 ――ィィィイイイン。


 間を置いて、高い金属音が響く。


「おっと」


 アドはミヤビに飛んでくる折れた刀を即座にシミターで叩き落とした。

 その刀身は弾かれ、そのまま地面に突き刺さる。


「えっ? 全然……見えなかった。これが、抜刀術同士の打ち合い……」

「ゼロスさんの勝ちだな」

「ありがとうございます。おかげで助かりました」


 折れた刀身からは黒い瘴気が立ち上り、大気に溶け込むように消えていく。

 鬼と化しいたゲンザも、妖刀の呪縛から解き放たれたのか、肥大した肉体が元に戻っていた。

 まぁ、元から大柄な男なのであまり変わりはしなかったが。

 長いあいだ妖刀と精神的な戦いをしてきた反動か、瘴気の抜けたゲンザは急激に疲労が押し寄せ、一瞬で気を失ったようである。


「ふぅ………久しぶりに本気で刀を振るいましたよ。こういうのはアド君の専売特許でしょうに………」

「セロスさんの方が強いんだから、仕方がねぇんじゃないの?」

「父上!」

「………生きていますね。このクズ痴恥親――死ねばよかったのに」

「「なんてこと言うの!?」」

「「「…………………」」」


 無事に妖刀の呪縛から父親を開放したゼロちと、家族を取り戻せた姉弟。

 そして、今もまた置き去りにされたままの払魔師たち。


「ところで、この裸のおっさんを、どうやって道場に運びましょうかねぇ?」

「あっ………」


 ことが済んだと思えば新たな問題が発生する。

 世間様に見られて不味い変態をどうするべきか、アドとおっさんは頭を悩ませることとなった。

 結局、深夜のうちに大八車に乗せ、筵で全裸オヤジを隠して運ぶしかなかった。

 その光景は、さながら時代劇の遺体搬送に酷似していたとか……。


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