アド、情報収集の手本を見せる
ゴーレムに関する技術にはいくつかの種類がある。
1つ目は石や岩塊を魔石に込められた魔力ラインで繋ぎ、単調な動きしかできないが安価に製作できるタイプ。利点としては量産しやすいという点があげられるが、鈍足で不器用なため力作業以外に使い道がなく、すぐに魔力枯渇で機能停止状態に陥り弱点がある。
ダンジョンで出現するゴーレムのように魔力供給を受けて動き続けられるわけではない。
2つ目はフルアーマーなどの鎧に術式を転写し、一定の命令系統で稼働するリビングアーマータイプ。1つ目のゴーレムとは異なり器用ではあるが、与えられた命令に忠実なために融通が利かなく、命令次第では製作者にも襲い掛かる危険がある。
学習型なので簡単な武器の扱い方なども覚えられるが、達人レベルに強くなれるわけではなく、稼働時間も短いことから主に王城の宝物庫などに警備用として設置されている。
3つ目は球体関節を用いたドールタイプで、動力である魔石以外にも頭部に主人の命令を判断する術式が込められた単位型思考クリスタルにより六歳児程度の知能を持ち、経験を重ね学習していくのが特徴。
しかし、コスト面では部品などの材料や製造費が恐ろしいことになり、希少な金属や魔物素材をふんだんに使うので量産が利かない。
4つ目はホムンクルスタイプだが、コスト面でも製作費もドールタイプに比べて安価だが、命に関する倫理観の問題から邪道扱いであり、国によっては禁忌とされている。
他にも動物型とか動き出す家具など様々なゴーレムが存在するが、それはあくまでも用途に合わせた形状の問題で、ゼロスが求めているものとは方向性が異なるため割愛させてもらおう。
そして今回ゼロスが求めているのは義手だ。
左腕部欠損状態のミヤビのために用意するものだが、選択したのはドールタイプの機構。
しかし、そもそもこのおっさんが素直に普通の義手を作るはずもない。
その証拠に内蔵武器に関して大いに悩んでいた。
「振動衝撃波の威力は魅力的だが、内蔵する魔石の魔力を一気に消費してしまうな……。魔導士が魔法として使うのとはわけが違う。それに振動波は義手そのものにダメージを与えかねん。威力は素晴らしいのだが………」
このおっさん、内蔵武器にこだわりを持っていた。
設計図には既に匕首を仕込むつもりであったのだが、一度拘りだしたら斜め方向へと脱線し中近距離武器を仕込もうかと考え始め、普通の魔導士であれば通常の魔法が放てる仕様でもいいと考えるところを、このおっさんは敢えて馬鹿火力のロマンを追い求める方向に軌道修正してしまっていた。
「魔導銃のような火器にしてみるか? いやいや、この世界に銃の概念はまだ早い。それに装置を組み込むスペースは限られている。強力な魔法は無理だねぇ……ならば、どうする?」
ミヤビの左腕は肘から先がない。
義手はこの失われた部分を補う仕様でなければならない以上、その形状はどうしても限定されてしまう。武器を仕込めるスペースが殆ど無いのだ。
魔法であれば掌から放出という手段も取れるが、露骨に魔道具が露出してしまうので攻撃されたら破損は確実。それでは意味がない。
ならばどうするのか、その答えは最初から出ていた。正確には設計を始める前からわかりきっていた。
それでも義手という形状に拘ったのは、自分の技術の限界に挑戦したかったからだ。
「やっぱ、外付けの装備が必要かねぇ? 義手の方も連動して稼働させるには補助動力として魔石を組み込む必要があるし、使用者の魔力を使い続けるなどナンセンス。何よりヤバ――面白い武器を組み込めない。ドスが飛び出すようなありきたり隠し武器など、つまらないじゃぁ~ないか」
脳裏によぎるのは、同じ異世界出身者でもあるバケツヘルムの筋肉騎士が持つ装備、パイルバンカー内装の巨大な手甲だ。
いや、もはや重厚な大型の盾と形容した方がよい代物だ。
格闘戦では部類の強さを発揮し、防御面においては魔力を利用し要塞のごとき堅牢さを誇る。トドメのパイルバンカーは龍王の頭蓋骨すら易々と貫通すロマン溢れる武器だ。
一点打撃の武器としてはまさに頂点に位置するだろう。
『コンセプトはアレをベースにし、剣士に扱いやすい仕様にしなくてはならない。けど、様子を見ていた限り、ミヤビさんも両手利きだったのではないか? 彼女たちの稽古を眺めたが、ミヤビさんは左手で咄嗟に木刀を持ち構えようとする癖があるようだったし。二刀の流派というわけでもないのに、利き腕とのズレが殆ど無いのは厳しい訓練による矯正によるものだろう。この推測が事実なら、おそらくは上手く使えるはずだ。やってやるさ』
製作に入る前に悩んでいたが、ある程度のイメージは組みあがった。
あとはそのイメージ通りに作れるかどうかだが、こればかりは実際に組んでみないことには分からない。そのためには先ず部品から作り始める必要がある。
久しぶりに物を作る楽しさが湧きたつおっさんは、嬉々として鍛冶窯に火を入れるのであった。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
タカマルとミヤビ、そしてアドの三人は、姉弟の父親である【ゲンザ・グレン】の行方を探るべく、ギズモの街で情報収集にあたっていた。
【妖刀】に乗っ取られた父親が犠牲者を出す前に、二人は何とか居場所を探しあて、原因である妖刀を叩き折るかゲンザを殺す必要があると覚悟を決めている。
そんな姉弟たちは街行く商人たちに声をかけているのだが――。
「あ? 全裸で刀を持った不審者を見なかったかだと? そんな奴がいたら真っ先に通報されるだろ」
「いや、知らないな………。そんな変態、本当にいるのかい?」
「私が言うのもなんですけど、その手の変態さんは夜に出没するのではないかしら? 街にはおかしな不審者がいるのですね。田舎に帰りたいです………」
全てが空振りに終わっている。
そもそも探し人が変態なのだから、当然ながら不審者の話として答えが戻ってくるわけで、【妖刀】に関する情報を聞き出せるわけじゃない。
「なんで全裸の変態で情報を聞き出そうとするんだ? そんなんで正しい情報が得られるわけないだろ。もう少し考えて話しかけろよ………」
「むぅ、そう言いますが父上が全裸の変態なのは間違いないですし、あの体格で誰にも目撃されることがないなんておかしな話ですよ」
「師匠、父上がどこに出しても恥ずかしい変態なのは間違っていないんです。子供の俺たちが言うんだから間違いありません!」
「変態を強調するなって言ってんだよ……。しゃ~ねぇ……俺に任せろ」
この姉弟、情報収集がもの凄く下手――いや変だった。
仕方なしに情報を聞き出す役はアドが引き受けることにする。
「なぁ、あんたら。話は変わるが、この辺りでおかしなことは起きてないか? 狩りを終えて街へ戻ってくる途中、平原であやしい人影を見かけたような気がしたんで、アレが見間違いだったのか気になっているんだが……」
「おかしな事ねぇ? おかしな事といえば、最近じゃ皇都のほうで辻斬りが頻発しているらしい。だが、この辺りともなると何も聞いていないな」
「そうか、なんとも物騒な話だな」
「まったくだ。ただ、これは人伝で聞いた話なんだが、なんでも東の廃村辺りで鬼を見たらしい」
「鬼?」
商人の話に気になるワードが出てきた。
アドの知識通りなら、東大陸や周辺の島国で鬼とはゴブリンやオーガ、地方によってはオークですら鬼と呼ばれている。
『もしかしたら』という期待が高まったが、ここでいきなり核心を突くのは良くない。
期待して、いざ現場に行って来たらゴブリンという可能性もあるのだ。
「鬼、ねぇ? 眉唾じゃねぇの? そもそも目撃した奴は廃村で何してたんだよ。むしろそっちの方が怪しいだろ」
「さぁ? ただ、あの辺りはいい薬草が採れるからな。廃村はそういった連中の休憩場として使われることが多い。おもに狩人たちにだがよ」
「なるほど、狩人か……なら、ゴブ――もとい小鬼や豚鬼と間違えることはないな。なら、大鬼か? もしそうだったらヤバいだろ」
「いや、話を聞く限りじゃ人間に近かったって話だな。あと、全裸だったとか……。大鬼だって下に何か履いてるってのによぉ、他の鬼に剥かれたんじゃねぇか?」
「随分と開放的な鬼だな………」
「ちげぇねぇ。放チンで孤独にハァハァしてただろうぜ。がはははははは」
どうやら、いきなり当たりを引いたらしい。
つまるところ潜伏できる場所が近くにあったということだ。
「なんか、俺が見た影と違う気がするな……見間違いだったか?」
「酒で飲んでたんじゃないのか? それなら誰だって見間違うだろうさ」
「そうだな、飲んでいたことは否定しねぇよ。まぁ、面白い話も聞けたし、損はしてねぇか。また面白い話が合ったら聞かせてくれよ」
「あぁ、ネタを仕入れて待ってるぜ」
最後に軽く挨拶をしてその場を離れる三人。
妙に静かなので様子を伺うと、姉弟二人は落ち込んでいた。
「な? 情報収集ってのはこうやるんだ」
「あれだけ話を聞いても得られなかった情報が、こんなにあっさりと……。これも父上の性癖が悪いんだ」
「そうね………私たちは無意識に、全裸徘徊者は変態の父上という認識があったのでしょう。だから変態という人種で情報を探って失敗した。恥じ入るばかりです……。そしていまだに全裸の父上が恥ずかしい」
「道場で指導中は稽古着を着ていたんだろ? 一応恥というものは知っていたようだし、なら露出癖とは違うと思うんだが………。たぶん自室では何も着ないで開放的な時間を過ごすのが日常だったんだろ」
「「道場破りが来たときは褌一丁か裸でしたが?」」
一応だがフォローのつもりで言ってみたが、人前で全裸になっていた前例があるだけに、何の慰めにもならなかった。
日常では他人に見られてもいいよう、鍛錬直後と言い訳するため褌をしていたようだが、どうも仕入れた情報ではフルモンティだったようだ。
褌はどこに消えたのか、どうでもいいことが気になる。
『もう少し情報を集めてみるか………』
情報収集が苦手な姉弟に代わりアドが動くことにした。
――それから三日後。
「モッチリヤカングチを鬼が食ってたって? アレ、不味いって話じゃなかったのか?」
「あたしも話を聞いただけだからねぇ~、直接見たわけじゃないから何とも言えないよ。それに、モッチリヤカングチは確かに不味いけど、飢饉のときはアレで飢えを凌いだって話さぁ~。死んだじいさんから聞いた話だけどねぇ~」
「あの質感は確かに美味そうだったが、見た目以上に味が酷い魔物を食っていた鬼って、舌が馬鹿になってたんじゃねぇのか?」
「よっぽど腹をすかせたんじゃないかねぇ~。知らんけど」
――意外に目撃情報が集まった。
曰く、東の廃村跡地に出るらしい。
曰く、全裸で奇妙な踊りをしながら追いかけてくる。
曰く、モッチリヤカングチが好物。
曰く、夜な夜な『俺ヲ見ロォ~』と、どこからともなく声が聞こえてくる。
曰く、黒い影が『オ前モ、開放的ニナラナイカ?』と問いかけてくる。
曰く、旅人が全裸に剥かれるも金品は強奪されていない。
曰く、街道で『葉ッパ一枚アレバイイ♡ 生キテイルナラ幸運ヨォ~ン』と、うっとりねっとりした声が響いてくる。
曰く、『誰もが寝静まった夜、とても凄い、凄いものを見たの……ポッ♡ ホントのことよ?』。
――結論、本当に【妖刀】の被害者なのか分からなくなった。
他にもまだ情報はあったが、少なくとも死者が出るような事態でなかったことは救いである。そのぶん精神がゴリゴリと削られたが――。
「「「……………」」」
情報が集まるほどに訳が分からなくなった。
二人の父【ゲンザ・グレン】は確かに妖刀に体を支配されている。
だが、集まった情報を精査すると別の結論が出てくるのだ。
「まさか………妖刀のほうが乗っ取られた?」
「父上ならあり得るかも……」
「そうね。あの変態なら妖刀を乗っ取ったと同時に、心の奥底で秘めていた願望が解放されてもおかしくはありません。精神力だけは異常に強い人でしたから」
「そんで他人にも裸道を広めようとするようになったと……」
【裸道】――ソード・アンド・ソーサリスの東大陸奥地山間部に存在していた仙道宗派の一派で、その理念は我欲を捨て自然と一体化することを根差しており、規律が摂られつつも原始的な生活を送っていた密教一派である。
自然界の魔力を一身に受け入れるため彼らは全裸で過ごしていた。
だが、ゲンザはその真逆で、どう考えても自分の欲望のままに行動している。あえて言うなら裏裸道。
他人に全裸生活を強要し、注目の視線を一身に浴びようと徘徊。己が我欲のままに裸の道を突き進む。
「理性がぶっ飛んじまったかぁ~………」
「今の父上は人間の恥です。俺がこの手で斬る………」
「いえ、まずは私が殺ります。我が一族一門に自ら泥を塗るような真似をする愚物、問答無用で斬り捨てるべき。慈悲はありません」
「話を聞く限りだと、妖刀の支配力はそうとう強力だったはずなんだが、それが歪むどころか変質するほどの精神力って何なんだよ。どんだけ全裸開放を望んでいやがったんだ?」
頭を抱えながら情報収集を終え、三人は道場に戻った。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
【陰陽寮】――【対魔部払魔殿】――ここには国内で起こる様々な怪異の情報が集まる。
ただでさえ忙しい部署ではあるが、現在はたった一つの事変解決に躍起になっており、他の仕事が放置されたままであった。
その事変とは、百年ほど昔に先祖の故郷である島国から渡ってきた一振りの刀だ。
長く続く戦乱の世のきっかけを作った原因の一つであり、伝承では幾重にも封印をかけて厳重に保管されていたものだが、それがこの東大陸へと渡ってきた。
端的に言うと、この刀は呪われていた。
封印に当たった当時の陰陽師の添え書きによると、『この刀は人そのものを憎んでいる。善悪関係なく滅ぼそうとするほど強力な呪いを秘めており、多くの命を吸ってますます手が付けられない状態だった』と記されていた。
刀一振りのために大勢の陰陽師たちが封印に当たるも、強力な呪詛によって阻まれ難航し、その間にも術師たちに次々と犠牲者が出続けた。
彼らにできたことは犠牲覚悟で呪詛を散らし、何とか弱体化させ隙を見て封印を施すといったもので、やっと封印できた厄介極まりない物騒な代物だった。
「ホンッ……ト! どこの馬鹿だよ、こんなものを解放しやがったのは」
陰陽寮特別派遣対魔師であるアシヤは、溜まりに溜まった書類の中でぼやきながらも、件の刀――妖刀の記録を眺め溜息をついた。
島国から取り寄せた当時の記録では、この妖刀の被害が甚大で一時的に複数の国々が手を取り合い、陰陽師やサムライ達の命懸けの封印作戦を実行し、多くの犠牲を強いられながらも何とか封印にこぎつけたわけだが、記録を読んだ感想としてはわずかばかり幸運が傾いた奇跡のようなものだった。
だが、その危険極まりない妖刀の封印は破られた。
幸いというべきか、件の妖刀は呪詛を消費しながら分身を放出し、かつての惨劇を齎した頃よりも弱体化している。妖刀本体を破壊するには今おいて他にない。
「アシヤ殿、また報告ですよ。こちらも分身の妖刀だったようです」
「駆除はできたようだな。しっかし、どんだけの分身をばら撒いてんだよ。切りがねぇじゃねぇか………。ハァ~………酒飲みてぇ~」
「愚痴を言わないでくださいよ。私だって我慢してるんですから」
「だってサエキよぉ~、俺たち頑張ってるよな? 少ない人数で成果も出しているよな? なのに報われない、このやるせなさ……。昨日久しぶりに家族の顔を見たのに、妻達からは『あら、お仕事はもうよろしいのですか?』なんて言われたぜ? なんか仕事が生きがいの人間だと思われちまってる。ガキどもからも『おじさん、誰?』って言われてみろよ。へこむわぁ~」
「ウチも似たようなものです。アシヤ殿だけではないのですから、私に愚痴をこぼされても困りますよ。落ち込むじゃありませんか」
自分達だけでなく部下も総動員して働いているのに、事態は一向に改善しない。
帝からは労いに酒を下賜されたが、正直に言って飲んでいる暇がない。休暇も返上しているのでそのうちに不満が爆発するだろう。
「今のままだと、やべぇよなぁ~………」
「危ういですね。妖刀本体を破壊するか、こちらが疲弊して潰れるかの競争ですよ」
「変質されたらどうなんのか……」
人の手によって生み出された呪具、妖刀もその部類に入る。
現時点でその妖刀は分身をいたるところに放出して騒ぎを起こしているが、それは弱体化するリスクを抱えている状態であり、この状態であれば封印どころか完全破壊することが可能であるが、しかし問題もある。
こちらが早く本体を見つけ出さないことには、時間経過とともに別の存在へと概念そのものが変容しかねない。弱体化は妖刀としての概念を失わせると同時に、別の概念を獲得し、存在そのものが変質をする資格を得るのと同義なのだ。
「呪物にしろ、悪霊にしろ、封印を施せば時間経過で力を一方的に消費され続け、存在概念は希薄に曖昧なものとなっていく。しかし、妖刀は単純な存在概念だ。刀だけに『命を奪う』と『斬り殺す』という一点に集約されているため、封印されていても存在概念はあまり揺らがない。そりゃそうだよな、刀は武器だ。その本質は道具である以上、単純明快で敵を殺すというものなんだからよ」
「ですが、あの妖刀は今まで多くの命を吸収し、存在概念は大きく肥大していますよね? 絶対に元の状態から変質しているはずです。あの分身も見た目は刀ですが、虫の脚が生えていましたよ?」
「そこなんだ……。アレの元の本質は『手にした人間を殺す』から、『体を乗っ取り、人間を殺す』に変わり、最終的に『全ての人間を殺す』に変容した。それだけ多くの者達があの刀に関わり死んだのだから、相当な怨念や妄執を溜め込んでいたんだろうぜ」
「それが?」
「分からねぇか? 刀の分身を放出するということは、大元である刀の概念を切り捨てる行為だ。それらが片っ端から潰されている以上、あとに残されるのはなんだ?」
「人の妄執……殺された者達の怨念、ですか?」
妖刀が作られた当初の詳細な記録を辿ると、件の妖刀はある国の大殿が刀工の家族を人質に名刀を打たせ、その試し斬りの最初の被害者となったという話だ。
元より鍛冶師は家族を人質に取られた怒りを込め鍛えていたが、当人と家族はその刀によって殺害され、深い恨みと血と命を吸うことで焼き入れという呪術的な概念条件が揃い、妖刀は完成してしまった。
その恨みの深さと力は凄まじく、手練れの家臣達も無残に殺すほどであったという。更に人を殺すほどその力は強力になる。
ついでに生みの親ともいえる鍛冶師の魂をも喰らっているため、呪詛で分身を生み出す能力を獲得し、その分身を他の刀に憑依させ刀の持ち主を手駒として操った。
やがて力が強まった妖刀は、人間のみならず命あるもの全てを標的として殺すように変質していく。剣士である限りこの妖刀の魅了に勝つことができない。何しろ自分たちの刀が眷属化し、持ち主の身体を乗っ取ってしまうのだから。
だが、そんな妖刀から刀としての概念が抜け落ちたらどうなるのか?
「怨念は、いわば複数の意志が込められた陰気の集合体だ。憎悪・嘆き・慟哭・悲哀・憤怒・そして救済を求める意志によって妖刀の活動原理は決まる。殺された刀工の無念という薄皮を被り、関係ない生者に自分たちの怨讐をぶつけてきやがる。」
「救済を求める念が他者を求め、嘆きの念が生者の魂に絡みつき縛り、憤怒と憎悪の念が精神を蝕む。それぞれが別の行動理念で動いているのに、まるで一つの意志で動いているように見えるのが厄介ですよね。」
「経験の浅い未熟な術者は、おそらく殺されるまで本質を見抜くことなどできんよ。しかも殺された術者の命でさらに力を与えてしまう」
「分身体――これって式神や気獣の類ですよね。しかも本体と同じ能力があるときていると、もう当初の刀工の怨念なんて消え去っているのでは?」
「かもな………」
もはや刀の形をした化け物だ。
しかも魔物まで殺しているとなると、そこに純粋な闘争や生存の本能まで加わってしまう。元の妖刀から別の存在に変質し続けるのだ。
生存本能はこれらの怨念を一つにまとめ上げ、やがて一つの意志へと昇華し、強力な魔が誕生する媒体となる。こうなると厄介極まりない。
「考えてみりゃ~、無数の怨念が統合された方が楽じゃねぇのか?」
「そうなる前に犠牲者が増え続けますよ。その苦情は我々に向けられるんですから……」
「……嫌な話だ。特に始末書の山に囲まれるのは、な」
「……ですね。」
頑張っているのに報われない。
過酷な激務に追われる社会人の悲哀がここにあった。
二人は一刻も早く妖刀の本体が発見されることを、祈らずにはいられない。
家庭が崩壊する前に・……。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
「ゼロスさ~ん、今帰ったぞぉ~」
街から情報収集を終えて帰宅したアドたち三人組。
しかし、返ってくる言葉はなく、静寂だけが広い道場を包んでいた。
「あれ? ゼロス殿はどこへ?」
「出かけたのでしょうか?」
「いや、今日も朝から義手を作っていたようだし、鍛冶場にいるんじゃないか?」
三人は道場横の横から中庭に回り鍛冶場へと向かうと、『フヘ、フヒヒヒ……』と奇妙な笑い声が聞こえてきた。
かなり……いや、凄くあやしい。
引き戸の前に立つと、やはりというか奇妙な笑い声が続いており、ゼロスは中でおかしなテンションになっているようだった。
「まさか、ここ三日ほど徹夜続きだったのか!?」
「えっ、まさかゼロス殿は一睡もせずに姉上の義手をっ!?」
「あの方、ある種の求道者のようなところがあるように感じていましたが、職人側だったのですね」
「まぁ、起きているならいいか。ゼロスさん、いるんだろ。いま帰ってきたぞ」
アドが声をかけると不気味な笑い声は消え、ゆっくりと引き戸が開かれる。
そこには目の下に隈を作り、異様な笑みを浮かべたおっさんが、ふらつく足取りで揺れながら現れた。
「フッ、フッ、フッ……キタノネ」
「「「な、なに………」」」
「フッフッフッ……逝クノネ………」
「「「いや、今逝きそうなのはアンタだよ!!」」」
「知ッテイルヨ…………」
一言で言うなら、精も根も尽き果てていた。
そんな彼の手には、まるで人間の手と見間違うような義手が握られている。
事情も知らない他人が見たら、言い逃れができないような状況だ。
「さぁ、ミヤビさん……さっそく義手の試運転と行こうじゃぁ~ないかぁっ!!」
「だから、なんなんだよ。そのテンション……」
「私のことを人体実験の被験者としか見ていませんか?」
「なんか俺、凄く不安になってきました」
「シィ――――――ザ―――――――ッ!!」
「シーザーは関係ねぇだろ」
急に滂沱の涙を流しながら叫び出したおっさんにアドは危険を感じ、とりあえず義手を受け取りミヤビへ渡すと、道場で装着して来いとばかりにタカマルにも指示を促す。
二人が道場へと消えた後も、おっさんの奇妙なテンションが治まることは無かった。骨格がおかしくなりそうな香ばしいポージングを続けていたりする。
『あの義手、見た目だけなら左腕そのまんまだな。ミヤビは肘から下がない状態だが、アレは肩の辺りまであった。おそらく損失部から下は義手として作られていて、接合部から上は肩で固定するためのものか? 妙にペラペラしていたしなぁ~』
アドが見た義手は損失部を精巧に作られた人形の腕のようだった。
失った損失部分と、接合個所を固定するための留め金やベルト。このおっさんが作った割には凄くまともだ。
程なくして二人が戻ってきたが、ミヤビの左腕には損失したとは思えない見事な腕が装着されていた。しかも自由に動かせるようである。
「この腕……凄いですね。まるで本物の腕が戻ってきたようです」
「当然!」
『『なんで偉そうに叫ぶんだ?』』
「仕込み刀はないようでしたが………」
「そう言うと思って、別のものを用意したぁ!!」
『『んんっ?』』
「これだぁ!!」
おっさんが一度鍛冶場へと戻り、改めて持ち出してきたのは、やけに巨大な腕だった。
まるで盾のような広い幅がありつつも、下の腕三分の二から先は蛇腹関節仕様。大きな手の五本の指には、それぞれ鋭利な爪を生やした凶悪なものとなっている。
その大きさはミヤビの身長に近いほどだ。
「こ、これは………」
「義手の方に武器を仕込もうと思ったんだが、どう考えてもスペースが限られ不可能。ならば外部装備にしてしまえばいいではないか!! この腕を装着することで義手と連動し、攻防一体の武器となるのだぁ!! 内蔵武器は全てこちらに集約している!!」
「「なんで余計なものを作っちゃってんのぉ!?」」
「…………す、素敵♡」
「「アンタ(姉上)も、なに言っちゃってんのぉ!?」」
「腕の内側に魔石をセットすることで、その腕力は常人の域を軽々と超える。まさに人造の鬼の手! あるいは竜の腕!! 立ち塞がる敵を圧倒的な力で薙ぎ払う、まさに暴君となるべき破壊の権化!! さぁ、お前も覇王にならないか?」
酷いセールスだった。
そして、おっさんも尋常でなければミヤビも尋常ではなかった。
常識的な人間であれば、こんな見た目が禍々しい凶悪な武器を喜びなどしないだろうが、残念なことにミヤビはその常識的な思考など持ち合わせない修羅娘だった。
事実、彼女は嬉々として外部オプションである巨腕を装着し、その具合を確かめている。
「この爪………良く斬れそうですね」
「当然だとも! いろいろと口に出してはいけないような、マジでヤバい素材をふんだんに使った最高硬度の爪だからねぇ。岩なんて一撃で綺麗にスライスするよ」
「すらいすの意味は分かりませんが、試し斬りを………えい」
庭石へ無造作に振り下ろした巨腕の爪。
爪は抵抗もなくい庭石をすり抜けると、その岩は音を立て縦四つに分割された。
しかも切断面が鏡のように滑らかだ。
「ひ、ひえっ!?」
「おいおい、この切断力は洒落にならんだろ。うっかり触れただけでも指が落ちるぞ!」
「あっ、爪の出し入れは私の意志でできるのですね? これなら殴りつけることも問題はなさそうです」
「人間の頭蓋骨なんて簡単に粉砕できるだろうけどねぇ~♪」
「「やべぇじゃん!!」」
女子供には渡していけないほどスリリングな武装だった。
実際ミヤビはスライスされた庭石に拳を叩きつけ、ものの見事に粉砕していた。
その威力を目の当たりにし、ミヤビは実に邪悪で危険な、それでいて満足気な笑みを浮かべる。
「これなら……殺れる!」
「「誰をっ!?」」
「勿論、一族の恥……父上です。あなたたちは何を言っているんですか?」
「いやいやいや、殺しちゃだめですよぉ~姉上ぇっ!? あんなのでも、よく考えたら道場主なんですからねぇ!?」
「助けられるかもしれないのに、抹殺するほうを選択するんだな」
「正気を失うだけならまだしも、全裸の快楽に目覚めた愚物を、このまま放置し続けることはできません。今すぐにでも処するべきです」
アドとしてはミヤビの気持ちは理解できる。
もし、家族や身内に全裸趣味で夜な夜な街を徘徊し、警察に追われるような人物がいたとしら、誰もが間違いなく縁を切ることを選ぶことだろう。
まして、この世界は人権よりも常に名誉が重んじられており、恥はなによりも雪がなければならないことが常識だ。
いたるところで出没し、裸の道への勧誘することだけならまだしも、見ず知らずの赤の他人を全裸に剥くという暴挙まで行っている。
これ以上の醜態は耐えられるものではない。
「た、確かに……」
「父上、申し訳ありません。姉上を止めることはできそうにないです」
「人前では気をつけていたからとて、年頃の娘がいる家庭内で全裸はまずいでしょ。そりゃ擁護しようがないと思うぜェ~? そんな親なら僕もいらないねぇ。殺っちゃえ、殺っちゃえ♪ ふひゃひゃひゃひゃ!」
「ハイテンション無責任おっさんは黙ってろ!」
「今の父上は自然の中に一体化しようとする裸道ですら冒涜しています。悪しき全裸の道、ここで断たねば後世に禍根を残すことでしょう。タカマル、あなたも妖刀に魅入られた父上を討とうとしていたのでしょう? それが変態に変わっただけのことです。今までと殺ることは変わりません。覚悟を決めなさい」
「こんな事なら、妖刀に魅入られていた方がマシだったぁ!!」
妖刀の支配力を脱し、自ら支配下に置いてしまったと思われる父、ゲンザ。
これなら助けられると内心では喜んでいたタカマルであったが、噂が出始めるほどに醜態をさらしている事実に、実の姉がブチ切れ状態。
もはや収拾のつかない状況に少年は頭を悩ませるのであった。




