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 おっさん、廃鉱山に入る

 廃坑の内部は光を放つ鉱石が含まれているのか、決して暗いと云う訳では無かった。

 やや青みがかった輝きが周囲を照らし、坑道の奥まで照らし続けている。

 時折誰かが戦っているのか、奥から鋼のぶつかり合う音が響いて来るが、それも直ぐに収まって行く。


 魔物が勝つか傭兵が勝つか、結局はその場の状況と実力が勝敗を決する。

 狭い行動では仲間同士の攻撃がぶつからない様に前衛と後衛に別れ進むのだが、ゼロスは何故か前衛に置かれた。

 別に問題は無いのだが、ジャーネが『背後からセクハラをされたら堪らん』とごねた事により、陣形はゼロスとジャーネが前衛、レナとイリスが後衛に回る。

 レナの役割はイリスを守る事で、盾を装備している彼女には適材適所である。

 ただ、未だにだらしない笑みを浮かべ、思い出の中に浸って無ければの話だが……。


「……彼女は大丈夫なのでしょうか?」

「あ~大丈夫よ、おじさん。いつもの事だから」

「い、いつもあの調子なんですか? 下手をすれば通報されそうな状況なんですが……」

「実際に通報された事もあった。正直、今後の付き合い方を真剣に考えた方が良いのかもしれないと、アタシは思っている」


(思い出じゃなく、危険な妄想に突入してるのではないでしょうか? 怖いから声は掛けませんけど…)


 とても声を掛けられる雰囲気では無い。

 恍惚とした変な笑みでを浮かべ身をクネらせ、何やらあやしげな言葉をブツブツと呟いている。

 聞き取ろうと思えば内容くらいは分かりそうだが、何やら犯罪臭が漂うのでやめておいた。

 知らないほうが良い事もこの世の中にはある。


「モンスターが出て来れば、正気に戻るわよ。気にしない方が良いよ?」

「気にするなと言う方が無理でしょう。特にアレは……」

「直ぐにでも魔物に出てきて欲しいのだがな」


 つまりは状況が変わらない限りはそのままであるという事で、前に進むたびに背後から艶めかしい喘ぎ声が聞こえて来るのは、正直に言って勘弁して欲しいところだった。

 

「・・・・・」


 ゼロスは不意に足を止める。

 索敵スキルに反応があり坑道先を注視すると、前方に何かがいる気配の様な物を感じた。

 この手のスキルは直感的に来るもので、脳裏に映像として浮かぶ様な物では無い。


 感覚に従いゼロスは息を潜め辺りの様子を窺う。


「どうしたの? おじさん」

「いますね。数は分かりませんが複数、コボルトでしょうか?」

「レナ、正気に戻れ! 敵が出たぞ」

「ハッ、私のスィート・ボーイはどこ?! ロープでベットに拘束してたのに……あら?」


(妄想の中で、いったいどんな事をしてたんだ。 犯罪臭がこれでもかと漂って来るんだが…、まさか実際に…?!)


 色々ヤバい事を頭の中で思い浮かべていた様である。

 聞きたい事はあるが、何故か聞いてはならない気がした。

 最悪共犯者にされたくは無い。


 気を取り直して前に意識を向ける。

 前方から来る影は頭部が獣様である。

 

 コボルトは頭部が犬であるだけに嗅覚が発達している。

 おそらくは此方の存在に気付いており、臨戦態勢である事には間違いない。

 前方から来るのは偵察で、後方に複数の群れがいる可能性も高いだろう。


「……先手を取るべきでしょうかね?」

「後方に奴らの気配はあるのか? もし無ければアタシが突入するんだが……」

「この中でレベルが低いのは誰ですか?」

「ん~レナさんとジャーネかな? どちらもレベルが50だから」

「イリス、人のレベルを教えるのは犯罪よ?」


 転生組は総じてレベルが高い事になる。

 そうなると、必然的に戦力の底上げを図る必要が出て来た。


「動きを止めますので、二人で倒してください。レベル上げをします」

「魔石は? コボルトの魔石は貰っていいのか? 倒した獲物の魔石はそいつの物ってのが傭兵の常識なんだけど」

「かまいません。僕は腐るほど持っていますので」


 大深緑地帯でのサバイバル生活で大量の魔石を保有しているゼロスは、今更魔石欲しがるほどでは無い。

 むしろ下手に売り捌けば魔石の値段を一気に低迷させかねないのだ。

 経済破壊になり兼ねないので現在は売りに出していない。


「よし、それでは殺りますか。ジャーネは吶喊、私が続くわね?」

「了解。アタシが獲物を搔っ攫っても文句は言うなよ?」

「しないわよ。それより私を巻き込まないでね?」

「するかっ!」


 攻撃陣形は決まった。

 そして一気に動き出す。


「『ゾーン・パライズ』」


 ゼロスの左手から放たれた光球が、坑道の奥へと撃ち込まれる。

 程なくして『ギャン!』という叫び声が上がった。

 それと同時に二人は走り出し、やがてコボルト達の断末魔の叫びが聞こえた。


 ゼロスとイリスは歩きながら向かうと、無数のコボルトが無残な屍を晒している。

 そのコボルトの胸を切り開き、レナとジャーネは魔石を心臓部から取り出していた。


「いつ見ても嫌な光景よね」

「そうですか? 僕はもう気になりませんが」


 煙草をふかしながら歩くゼロスを見て、イリスは頭を抱える。


「何でそんなに適応力が在るの? おじさん、おかしいわよ」

「狩りでイノシシを解体した事もありますしね、その差じゃないですか?」

「おじさん……逞しすぎるんですけど」

「知ってますか? 熊の手ってゼラチン質で結構おいしいんですよ。コラーゲンもありますし、美容に良いのは間違いないですね」

「豚足みたいに言わないで……形が残ってたら食べられないよ。気持ち悪いし」


 ゼロスは豚足で豚の面皮チラガーを思い出した。


(チラガー食べたいなぁ、コリコリした食感が良いんですよね。ビールのつまみに最高だし、ミミガーだけでも良いんだが…。

 …この世界、酒はワインだしエール酒はフルーティー過ぎて、なんか違うんだよなぁ~。確かビールの原型でしたよね? せめて冷やしてから出して欲しい)


 おっさんは居酒屋が恋しかった。

 この世界のビールの原型であるエール酒は冷やされておらず、夏場に飲んでも美味いと感じる事は無い。

 現代社会でビールの美味さを知っている彼は、温いエール酒を飲んでも満たされなかった。

 キンキンに冷えたビールが懐かしいこの頃なのである。


「冷蔵庫も作るか。問題はエール酒が小樽で売られてる事だが、せめて瓶で売って欲しい」

「冷蔵庫って…おじさん、技術チートでもするの?」

「まさか、自分で使用するために作るに決まってるじゃないですか。欲の皮がつっぱった連中に言い寄って来られるのは御免です」

「狡い、一人で楽しむ気なんだ!」

「当然です。僕はこの世界にあまり干渉する気は無いんですよ」


 魔法の一大革命を既にしているのに、今更である。


 彼は普通の生活を望んではいるが、その普通は人と何処かズレが在る。

 だが人は自分の価値観に生きる生き物であり、同時に興味の無い物には価値を見出さない。

 本人が当たり前と思っている価値感は、他人から見れば非常識に思えるものなのだ。


 現に彼は自分を農家を名乗らず無職だと思っている。

 この時点で既に価値観がおかしい。


「さて、索敵でもしますか…周囲に敵はいないようですね。先ほどのコボルトが斥候だとすると、奥にまだいそうな気がするのですが」

「私……暇なんですけど。みんなおじさんがやっちゃうから出番が無い」

「レベルの差ですね。スキルレベルも高いですから、一人で此処をうろつく自身もありますよ?

 あの森に比べれば雑魚も良い所ですし、一撃必殺で楽勝の気がしますよ」

「うぅ~…チート過ぎるぅ。おじさん、狡すぎるわ」


 それは充分に理解している。

 だからこそ平穏に生きたいのだ。


 イリスと話をしてる合間に魔石の回収を二人は終わらせた。

 ただ、彼女達の表情は思わしくない。


「魔石が小さすぎる。これでは剣を作る足しにならないな、もう少し集めないと駄目だ」

「生活費の足しにはなるけど、あまり品質が良くないみたいね」

「コボルトの死体はどうするのですか? 僕が焼き払いましょうか」

「あぁ、死体はそのままで良いみたいだぞ? 戻って来る頃には死体は消えてる筈だからな」

「・・・・・えっ?・・」


 ジャーネの言葉に引っかかるものを感じた。


「待ってください、死体が消える? なぜ……」

「アタシは知らないよ。他の魔物が処理してんじゃないのか?」

「あり得ないでしょう。ワームはこの辺りに出没するんですか?」

「情報ではワームはもっと下層にしか出ません。地上付近はコボルトばかりだし、下に行けばジャイアント・アンとが出て来るけど」

「それでは死体を処理する魔物がいない事になる。生態系が成り立たない」


 魔物は生物である。

 生物である以上は食料確保を優先し強者が弱者を襲い、弱者が強者のおこぼれに預かる等の食物連鎖が生まれる。だがこの坑道ではその食物連鎖が成立しない。

 ジャーネやレナの話を信じるなら、階層ごとに魔物が住みつき傭兵達と闘い続ける事になる。

 しかし食物連鎖が成立しないなら魔物は全て死滅する事になるのだ。

 こんな馬鹿な話は無い。


「一つ聞きますが、階層ごとに魔物の種類が変わるのですか?」

「あ? あぁ、そうだぞ。三階層からジャイアント・アント、五階からはビック・スパイダーとマウント・スコーピオンだ」

「どちらも捕食関係が成立しない魔物ですね……まさか!」

「あっ、わかった! この鉱山、ダンジョン化してるのね?」

「おそらくそうでしょう。ダンジョンにとっては魔物も傭兵も餌に過ぎない、どちらが生き残っても食料確保が出来る」


 ダンジョン。

 それは魔力が一定段階に凝縮した時に生まれるフィールドタイプの魔物である。

 地脈の魔力が凝縮する事で核が生成され、周囲の土地を自身の身体として変質させ魔物を召喚し、更にそこへ敵対する者を呼び込み食糧確保をする。

 鉱石や貴金属、宝石なども精製され人間を呼び込み魔物と戦わせるのだ。


 これは生物が死んだ時に発生させる魂魄や肉体を吸収し(何故か魔石だけは吸収できずに残される)、ダンジョン自身の魔力として変換する事で規模を広げ更なる魔物を召喚する。

 そこに意思は存在せず、ダンジョンと言う身体を維持する為だけに戦いの場を構築するのだ。

 言わば鉱山自体が巨大な魔物の腹の中と言っても良いだろう。

 更に持ち込まれた剣や鎧と云った武具は吸収されず、長い時間魔力を帯びる事で強力な武器に変質する事もある。

 この武器は大抵魔物が持っている事も多く、魔物はダンジョンから魔力供給を僅かながらに受けるので空腹になる事は無く、無尽蔵に繁殖する事が可能。


 仮に魔物が増え過ぎても、その魔物を外に放出する事により一定のバランスを図るのだ。

 この現象をスタンピードと呼ばれ、ダンジョン付近の街や村は常に警戒態勢にある。


 ダンジョンの核は常に移動し、その場所を特定させる事は難しい。

 人間にとっては旨味のある場所ではあるが、同時に死と隣り合わせの危険地帯であり、傭兵ギルドが状況を常に監視し、他の商売関係のギルドが周辺の運営の手助けをする事で巨大な街が出来た事もある。

 商売が成り立つのだが、多くの厄介事も抱え込む危険地帯でもあった。


 現在確認されているダンジョンは三か所だが、どれも比較的弱い魔物が出現する低レベルであり、それが騎士や魔導士の弱体化にもつながっていた。

 腕を試す場所が無いためレベルが上がらず、大深緑地帯から先へは未開の地である。

 旧時代にはその先へと足を踏み込んだ記録は残っているが、現時点でそれが可能な人材は皆無であった。

 それも多くの人々の低レベル化が進んだからである。



 仮にこの鉱山がダンジョンであるなら、アーハンの村は街に発展する可能性も出て来るだろう。

 同時に多くの命知らずが死ぬ事にもなるが、自己責任を貫いてる各ギルドが関知する事では無い。

 問題はこの鉱山の現在の状況である。


「本で知りましたが、ダンジョンはそう簡単に見つかるものでは無い。旨味もありますが、それ以上に面倒な事も多い場所なんですよ」

「例えばどんな? おじさんは知ってるんでしょ?」

「攻略されてない以上、最下層の魔物がどれだけ増えているか分かりません。下手をすれば魔物が下から階層を上がってきて外に出る事になるでしょうね」

「えっ? この鉱山、ダンジョンなんですか? スタンピードが起こるんですか?」

「まだ可能性の段階です。これは最下層まで行く必要が在るかも知れませんね」


 空気が止まった。

 彼女達はゼロスが何を言っているのか理解できない。

 いや、理解できているのだが信じられないのだ。


「もちろん僕一人で行きますがね。ハァ…めんどくさ」

「正気か、おっさん! ダンジョンだったら最下層は高レベルの魔物ばかりだぞ!?」

「なんで、そんなにだらけて居られるんですか!?」

「え~? 金属採掘に来ただけなのにダンジョンかも知れないんですよ? 必要な物は下層に行かないと採掘出来ませんし、その間に魔物がウヨウヨ…森で迷ってた時と同じじゃないですか。モンスターパーティー……鬱だ」

「採掘のついでで調査する気か?! おっさん、アンタ頭がおかしいぞ。本当にダンジョンだったらどうするんだっ!」

「ヤバくなったら逃げますよ。命が惜しいし」

「「命の惜しい人はそんな危険な事はしない!!」」


 酷い言われ様だった。


「鉱石を確保したら下層を降りてみますかね。もし魔物が犇き合っていたら…」

「魔物が沢山いたらどうするんですか?」

「もちろん、殲滅です」


『あの頃のゼロス』再び。

 彼の目標は平穏な生活であり、それを脅かす存在が今にも放出されようとするなら、ゼロスは【殲滅者】に戻る事も辞さない覚悟であった。

 厨二病的な通り名は好きではないが、穏やかな暮らしを邪魔する原因は【殲滅者】となり排除する気満々である。

 森でのサバイバル生活が、彼に魔物に対しての敵愾心を植え付けてしまったのかも知れない。


 大深緑地帯であろうがダンジョンであろうが、彼は再びバーサークするのである。


「おじさん、手加減はしてね? ここが崩れたら最悪よ?」

「善処はします。ですが、相手次第ですがね」

「ゼロスさん、魔物は言葉が通じないわよ?」

「イリス、お前はなぜ止めないんだ?」

「人間最強のおじさんを倒せる人がいたら、私は見てみたいんだけど?」


 VRRPGのアバターがそのまま現在の身体のスペックとなっているなら、ゼロスの強さはこの世界で敵う者がいない程である。

 圧倒的な攻撃力を誇る魔法と、常軌を逸した戦闘能力は彼等を【殲滅者】の二つ名で呼ぶほど凶悪な者達だったのだ。

 その一人であるゼロスが弱い筈は無い。


 たった五人でレイド級のモンスターを葬り、PKプレイヤーを幾度となく返り討ちの上トラウマを刻み、ふざけた威力の装備を開発する異常なパーティーだった。

 その存在は古参のプレイヤーには恐怖と同時に、新規プレーヤーに憧れを抱かせるほど人気が高い。

 彼等は初心者に対しては恐ろしく親切だったのだ。敵対者には全く容赦はしなかったが……。


 イリスも初めてゲームに参加した時にお世話になった経験がある。

 残念だが相手はおっさんじゃなかったが。


 ゼロスは軽い足取りで先を先行する。

 レナとジャーネは呆然とその背中を見ていた。

 まるで危機感が無いのである。


「ほら、そんな事よりも採掘よ! おじさんを心配しても無駄だから」

「イリス、ゼロスさんてそんなに強いの?」

「強いよ。だから大人しくしてるんだと思うわよ? 有名になったら面倒じゃない」

「それのどこが悪いんだ? アタシだって傭兵で腕を上げて有名になりたいぞ? 大口の依頼を受けられるようになるからな」

「ある人が言っていたわ。『強過ぎる力は二つの道しかない。崇められるか、恐れられるか』、おじさんは後者だと思う」 


 二人は顔を見合わせる。

 目の前でのんきに煙草をふかし、散歩気分で先を進むゼロスがそれ程の人物には思えない。

 だが、イリスが言った以上は余程の人物なのだろうと無理に納得する事にする。


 二人はまだ【殲滅者】の事を何も知らない。



  ◇  ◇  ◇  ◇  

  


 坑道の先には広い空間が広がっていた。

【魔法符】を使用して使い魔を生み出し索敵を行ったのだが、岩場の上にも坑道があり、そこに弓を装備したコボルトが徘徊していた。

 コボルトの数は少ないが、上から弓で攻撃をされれば当たり所によっては即死である。

 

 だが坑道よりは広いので、コボルト相手に短剣で相手をしていたジャーネは大剣を準備している。

 彼女は短剣を鞘に納め、イリスに預けていた。


「頻繁に傭兵が出入りするから、数は少ないわね」

「だが、弓兵がいるのは厄介だぞ? 狙われたら不味い」

「『エアープロテクション』掛ける? 一定時間なら弓の攻撃を防げるわよ?」

「幸い弓兵がいるのは片側だけ、魔法の補助は必要は無い。僕が片付けてきますよ」

「「「えっ?」」」 


 待ち伏せなど、どこ吹く風。

 気軽な足取りで坑道を行く。


 コボルト達はゼロスの姿を確認すると、遠吠えで敵の存在を知らせる合図を送る。

 それを見計らったかのように、彼の身体は宙を舞う。

 飛行魔法『闇鳥の翼』を使用したのだ。


 弓の準備をしていたコボルト達は混乱する。

 その隙を狙い、頭部に向かってダガーを投擲した。

 コボルトは即死し、ダガーに繋げられたワイヤーを巻き戻して再び手に戻すと、別のコボルトに向かって高速で間合いを詰める。


 既に弓を番えていたコボルトは矢を放ったが、ダガーの迎撃で叩き落され、慌てて矢を番えようとした隙を狙われ首を斬り裂かれた。

 弓が効かないと判断したコボルトが一斉に走り出し、接近戦を敢行する。

 コボルトは身体能力が高く、瞬発力も人間の倍以上はある。

 

 高々と飛び跳ねて上空から襲い掛かるコボルトと、走りながら接近して動きを封じるコボルトと役割が分かれているようだ。

 だが、空中から襲い掛かるコボルトを無視し、ゼロスは走って来るコボルトに間合いを詰めてダガーを叩き込んだ。


「ギョバッ……」


 コボルトがくぐもった声を上げる。

 一匹を倒した内に無数のコボルト達がゼロスに迫る。


「『黒雷クロイヅチ』」


 ゼロスの周囲に漆黒の雷が放出された。

 取り囲もうとしたコボルト達はその雷に打たれ、一瞬にして感電死する。

 

「・・・・・・おっさん、魔導士だよな? 何で接近戦闘をこなしてるんだ?」

「強過ぎるわよ。魔導士と言うより、むしろ暗殺者?」

「派手な暗殺者だよね。忍ぶどころか暴れてるし……何処の忍者?」

「拳が炸裂してるんだが、あまり魔法を使わないな」

「格闘能力が凄すぎて、何をしたんだか分からないわ。本当に魔導士?」

「魔導士の定義って何だろうね? おじさん見ていると、自分の存在が凄く小さく思える」


 蹂躙圧殺を繰り返すゼロス。

 その姿を見て三人は呆れるしかない。

 

「ボヤボヤしてると獲物を根こそぎ奪われるな。二人とも行くぞ」

「ハ~イ」

「ゼロスさんが殲滅する方が早いと思うけど……」


 ゼロスの存在に気を取られていたコボルト達は、新手の敵に浮足立つ。


「おじさんだけに良い格好はさせないんだからね。『ゾーン・パライズ』!!」

「いくぞ、レナ!」

「ハイハイ、なんかやる気が出ないわ」


 イリスが範囲麻痺攻撃を放つと、レナとジャーネは武器を構えて突っ込む。

 ジャーネは大剣を振り抜き、コボルトを薙ぎ払う。

 討ち漏らしたコボルトをレナは止めを刺し、まだ無事なコボルトに向かってイリスが魔法を放った。


 このエリアのコボルトが一掃されるまで、さほど時間は掛からなかった。


 無数のコボルトの屍が埋め尽くす中、ゼロスは周囲を観察する。

 そしてこの鉱山がダンジョンであるという確かな証拠を目撃する。

 コボルトの屍が次第に塵に変わり始め、やがては魔石を残して消えて行ったのだ。


「こ、これは……ダンジョンがコボルトを食っているのか?」

「でしょうね。僕も初めて見ましたが、いやはや悪食のようですね。魔石が残るのは何故なんでしょうかねぇ?」

「考えてみれば、コボルトを解体する必要が無いんじゃない? 魔石だけが残るんだし」

「今までの私達の苦労て何だったのかしら? コボルトは魔石以外は使い道が無いし、わざわざ解体する必要性は無かったみたいね」

「何で誰もダンジョンだって気付かなかったんでしょうか? 実に不思議だ」


 その理由が、この地が鉱山だったからである。

 鉱山は金属を採掘する場所なのだが、そこに無数の魔物が住みつけば採掘が不可能となる。

 ましてやそれがダンジョンともなると、魔物は際限なく現れ続ける事となる。

 当初は何とか討伐できたとしても、いずれは魔物の数が増え続ける為に戦力差が逆転し対処不可能となり、やがては金属が必要な者しか集まらなくなった。


 例えば傭兵だが、一度剣や防具を作れば暫くは訪れない為に、この地の情報は大した物では無かった。

 鍛冶師達も傭兵に採掘依頼をする事があるが、毎日この場所に来るような者はいない。

 そのため情報は細分化され、やがて情報自体が誰に知られる事も無く消えて行く。

 つまり、この廃鉱山に詳しい者は誰もいないに等しかった。


 結果、魔物の死骸を放置して消えていたとしても、他の魔物が捕食したと思われていたのである。

 先ほどまでは、だが。


「採掘場所は、まだ先ですか?」

「あぁ……ただ、大分構造が変わっている気がするが」

「そうなんですか? では、ダンジョンが成長してるという事になりますね」

「アタシの記憶ではここは細い坑道だった気がするんだが、何故か開けたフロアみたいになってるし…」


 ジャーネの情報を信じるならば、ダンジョンが構造を変えた事になる。

 それだけ力を蓄えていると言う事になるが、ダンジョンコアを発見できなければ、この鉱山はいつまでもダンジョンのままだ。

 しかし、ゼロスはダンジョンを攻略する気も無い。

 魔物を排出するほど繁殖していたなら、その魔物を間引けば良いと考えている。

 

 自分の都合でダンジョンを攻略すれば、それが元で困る者達がいる可能性も捨ててはいない。

 特にアーハンの村がそうだろう。


 彼がアーハンの村に訪れた時の感想は、寂れてはいないが村人が少ない寂しい村であった。

 村を歩く住民はあまり姿を見せず、大手を振って歩いているのはガラの悪い傭兵達。

 喧嘩騒ぎも頻繁に起こり、村に駐在している騎士は取り締まりも積極的では無い。

 彼等がこの地で生きていけるのは廃鉱山のおかげであり、ダンジョンを攻略した時点で彼等の生活が成り立たなくなるかも知れないのだ。


 ダンジョンは災厄を呼ぶが恩恵も大きいのである。


「魔石の回収が終わったよ?」

「では先へ進みましょうか。たくさんの金属を確保できれば、ジャーネの剣も新調できると思うわ」

「だな、アタシは剣のためにここに来てんだ。ダンジョンの事はどうでも良い」


 四人は更に先へと進む。

 イリスとレナは生活費のために魔石を、ジャーネは剣のために鉱石を、ゼロスは自分の生活のため乾燥機と冷蔵庫の材料確保を、それぞれの目的のために先を急ぐ。


 ゼロスは作る物が増えていた。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 

 クリスティン・ド・エルウェル。

 エルウェル子爵家の三女で、本来であればイストール魔法学院に通っていた少女である。

 だが彼女は現在騎士を目指し修行中の身であった。


 エルウェル子爵家には後継者となる男子はおらず、そこで他家から婿養子をとる事となった。

 それが彼女の父親である。

 彼女の父、エドワルドは近衛騎士団の副隊長をしており、勇敢だが温厚として知られていた。

 だが彼は盗賊の討伐任務の最中で毒矢を受け帰らぬ人となった。

 エルウェル子爵家は後継者と呼べる男子が生まれていなかったために、既に嫁いだ二人の姉の代わりに彼女が家督を継ぐ事となる。

 どう云う訳かこの家系は女子の生まれて来る確率が高かった。


 そんな事もあり彼女はイストール魔法学院に行く事になるはずであったのだが、彼女は魔法を使う事が出来なかった。

 理由は既に分かると思うがセレスティーナと同じである。

 学力はともかく資質で弾かれたのだ。

 余談だが、セレスティーナが入学できたのは公爵家の後ろ盾を欲した魔導士達の策謀である。

 教師陣営も派閥関係者が多く、派閥を取り仕切る一族の意向には逆らえない。


 だがエルウェル家は元から騎士の家系であり、魔法自体にそれほど執着していなかったため、彼女は修行の為にこの廃鉱山へと赴いたのだ。

 もう一つの理由が剣である。


 彼女の父エドワルドは若い頃に傭兵として働いており、自分の剣を作るために鉱山で鉱石を集め、自身の稼ぎだけで手に入れた話を聞いていた。

 父の背を追う彼女はその逸話をなぞる様に実行し(さすがに傭兵は無理だった)、自分の剣を製作しようと考えたのだ。

 性別を偽り、長かった髪を切り少年の格好で此処まで来たのだ。


 そんな彼女は現在採掘中である。


 細い指先でツルハシの柄を握り、懸命に鉱石を掘り進んでいる。

 ……が、所詮は非力の身でその作業は遅々として進まない。


「っつ……採掘って、こんなにも大変なんだね。僕は甘く見ていたよ」

「まぁ、男手で行う作業ですからね。鉱石を掘るのは一苦労なんですよ」

「……皆ゴメン、僕の我儘に付き合せちゃって」

「かまいませんよ。クリスティン様はエルウェル家を背負う方、我等が御守するのは当然の事です」


 彼女の周りには四人の騎士達が傭兵に扮し、鉱石の採掘作業を続けている。

 彼等は全て父エドワルドの手ほどきを受けた者であり、全てが市井生まれの――もっと酷い事となれば孤児であった者達なのだ。

 全員が彼女の父に恩を受け、エルウェル家に忠誠を誓っている。


「ただ、あの時クリスティン様を一人残したのは不味かったですね」

「あぁ……まさかあのような狼藉者の所業を許すとは」

「今度会ったら叩き斬ってやる!」


 全員が一斉ぬ頷く。


 情報収集から彼等が彼女の元に戻ってきた時、彼女に絡んでいた傭兵の首筋に魔導士の剣が突き付けられた瞬間であった。


「アレ、凄かったね。いつ剣を抜いたんだか分からなかったよ」

「凄まじい技量です。おそらくはエドワルド様より強いかもしれません」

「だが魔導士だぞ。おかしくねぇか?」

「異国の魔導士なんだろうな。そうとうな修羅場を潜り抜けたんだろう」


 彼等には胡散臭い格好の魔導士が恐ろしかった。

 一瞬にして剣を引き抜く技量もそうだが、機材も使わず魔法だけで剣を修復した姿は得体が知れない。

 この事から剣も魔法も並の腕では無い事が明白で、野に埋もれて良い存在では無い。


「鉱石はこのくらいで良いでしょう」

「後は村に戻って領地に帰るだけだね。どんな剣になるか楽しみだなぁ~」


 既に目的を果たし、全員が期間準備を始めた。

 

 だが彼等は知らない。

 この鉱山がダンジョンである事を……。


 ダンジョンには多くの罠が設置されている事がある。

 古いダンジョンほどその傾向は強く、時に前触れも無く牙を剥くのだ。

 これはダンジョンを維持するため、餌となる生命が少ない時に魔物を狩るシステムなのだが、人間が掛かる事もある。


「ひゃっ!?――――――」


 騎士達と歩き出したその時、いきなりクリスティンは地面に吸い込まれた。

 一般的に【ピット・シューター】呼ばれるトラップである。

 開いた開口部は一瞬にして閉じられた。


「「「「クリスティン様!!」」」」


 慌てて開口部を開こうとしたが、一度閉じられれば一定時間は開かないのがこのトラップの特徴である。


 焦る騎士達を嘲笑うかのように、開口部の口は頑なに閉じられたままであった。

 


 

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