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おっさん、街を目指して山道を行く


 東大陸に転移し、偶然辿り着いた最初の村で一晩を明かしたゼロスとアドは、北大陸に戻るべく大きな街を目指し、一宿一飯の恩義を感じながらも早朝に村を出ようとしていた。

 昨夜は村人達が散々騒いでいたことから、彼らは二日酔いに苛まれ無残な醜態を晒してらしており、別れの挨拶すらままならない状況だった。


「これほど酷い旅の始まりはないねぇ」

「うぅ……頭いてぇ。酒なんか飲むんじゃなかった……」

「善意で勧められたんだから、一杯くらい飲まないと駄目でしょうが。君の場合は飲める分量とペースを見誤った。自業自得だよ」

「やけに度数が強かったように思えたんだが? 三杯くらいで潰れたんだけど……」

「もっと飲んでたよ。君がアルコールに弱いだけでしょ。情報収集で飲み屋に入り、気づいたらベッドの上で、見ず知らずのおばさんと全裸姿で寝ていないことを願うよ」

「具体的な例えは止めてくれ……洒落にならん」


 農道を歩きながら、二人は村の外れまで来ていた。

 すると山へと続く道の先に、一人の老人が大岩の上でキセルを吹かしながら待っていた。

 村長であった。


「おんや、もう出ていくんかい?」

「えぇ、一宿一飯の恩がありますが、先を急ぐ旅路ですので」

「難儀じゃなぁ~。もう少し腰を落ち着けていても良いじゃろうに」

「そうしたいのは山々なんですがねぇ、アド君には残してきた奥さんや産まれたばかりの娘さんもいますので、どうしても帰らないと駄目なんですよ」

「家族かい? そりゃ、帰らないと駄目じゃなぁ~。きぃ~つけていくんじゃぞ?」

「お気遣い、ありがとうございます。縁があれば、今度こそ恩返しができればと思いますよ」

「気にせんでもえぇ~よ」


 ゼロスとアドは村長に頭を下げ、山道へと進んで行った。


「良い村だったな」

「人情が厚いですよねぇ。さて、それでは【ギズモの街】を目指していこうか。駆け足で」

「はぁっ!?」


 いきなり全速疾走を始めたおっさん。

 唐突に始まった山越えマラソンは、険しい山道を、土煙を巻き上げながら五つの山を越えるまで続いたという。

 ときおり魔物の断末魔の叫びも聞こえたとか――。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 朝霧の立ち込める中、数人の男達が鬱蒼と茂る森の中を駆け抜けていた。

 白い狩衣の男性が二名、残り六人が黒い狩衣姿だ。

 夜露が染み込んで少々動きづらいが、それでも構わずに男達は鬼気迫る表情を浮かべながら、異質な気配のする場所を目指す。

 先を進むごとに漂ってくる鉄錆臭が濃くなっていく。

 

「【サエキ殿】、そろそろ……」

「えぇ……。今度こそ本命だといいんですがね」

「お前ら、結界呪符の準備をしておけ。近いぞ」

「【アシヤ殿】、声を落としてください。ヤツにバレてしまいますよ」


 彼らは【フオウ国】の宮廷に仕える陰陽師たちで、普段は【陰陽寮】の建物内で発見された呪物の浄化や封印、あるいは外界に流れた危険な魔物の討伐などを使命としている集団である。

 フオウ国は戦乱激しい東の島国から出た移民たちが興した新国家であり、建国200年と浅い歴史しかないが、それでも東大陸北部を代表する大国へと成長を続けていた。

 勿論、この東大陸北部にも数々の小国家は存在していたが、険しい山脈が彼らの侵攻を防いでいるので数える程度しか争いは起きておらず、移民たち――とりわけサムライと呼ばれる戦士達はその武力をもって開拓を進め支配領域を広げていった。

 そんな国家を裏から守ってきたのが【陰陽寮】の【払魔殿】と【間諜寮(忍衆)】といった影の守護者達である。


「凄い瘴気だな……本命だといいんだが」

「それ、言ったら絶対に外れるぱたーんとかいうやつだと思いますよ……アシヤ殿」

「外国の言葉か? かぶれやがって……おい、お前ら! 結界の展開準備を始めろ! 速攻で終わらせてやる」

「「「「「 はっ! 」」」」」


 黒狩衣の男達は呪符を取り出すと、それぞれが同じ呪言を唱え始めた。

 呪符は輝きを放ち、正気の強い場所を目指して飛んでいった。


「アシヤ様、式神で確認しますか?」

「言う前にやれや! つか、最初から式神で追尾しろよ! こっちとら七日七晩つき合わされて式神の呪符もとっくに切れ、おまけに追跡が難航してイライラしてんだ」

「気持ちは分かりますが、部下にあたらないでください。私も耐えているんですから」

「これが最後の式神です。では……」

「サエキ殿……俺、この仕事に向いてねぇと思うんだ」

「呪術師の棟梁である貴殿が向いてないのでしたら、私なんかとてもとても……」


 陰陽寮の呪術師は数が少ない。

 危険な任務に赴いて命を落とすことが多く、彼らの後継者も幼い者や経験不足から実戦投入は憚られ、引退した者などが代行するにも先輩風を吹かせるので問題があった。

 棟梁家系や、それに近しい者以外の者も威張り散らすので、あまり引退した者に借りを作りたくないのである。


「……無事に捕縛が完了したようです。ですが、思ったより強力な【鬼】のようで、このままでは結界が壊されてしまうでしょう」

「チッ、急ぐぞ! サエキ殿……」

「承知!」


 アシヤとサエキの二人が鬼のもとに辿り着くと、そこには多くの人間が無残に殺されていた。

 どこかで攫ってきた村娘の姿や、彼女達に耐えがたい狼藉を強いていた者達。

 その誰もがたった一体の鬼によって殺されていたのだ。


「【妖鬼】……しかも、またハズレか」

「ですが、これは脅威ですよ。まさか、ここまで育つとは……」

「クソがっ、さっさとぶっ殺すぞ。これ以上は消耗が激しく、一度戻らねぇと捜索はできん」

「ですね。では……」


 二人の間にはそれぞれ異なる呪言と、両手で目まぐるしく印が切られる。

 二人の退魔の儀式を行う間、彼らの魔力が自然界の魔力と結びつき、強力な呪術となって顕在化する。


「【巫炎浄滅】」

「【巫雷轟伏】!」


 結界という見えない壁に囚われた妖鬼に、二人の呪術はいともたやすく透過すると、紅蓮の炎と雷によって瞬時に焼き尽くされていった。

 だが、刀だけは簡単に砕けることがなく、しぶとく瘴気を放出し続けている。


「雑魚の分際でしつけぇな!」

「人体を変異させるほどの瘴気持ちです。あの付喪神は簡単には砕けないでしょう」

「チッ、本当にイラつかせてくれる……だが――」

「これで終わりです」


 二人がそう呟いた瞬間、とうとう限界がきたのか瘴気を纏っていた刀は無残に砕け散った。

【妖刀】――これらの呪われた武器は使い手を操り、人ならざる者へと変容させる危険極まりない呪物である。

 彼らの目的は今もこれらの妖刀を増やし続ける本体を封印、もしくは破壊することであり、大勢の者達が総出で探しているものの、本体である妖刀は未だに発見できずにいた。


「ハァ~………これで何本目だ? 明らかに異常だろ」

「……そうですね。明らかに他の妖刀とは力が違います。分身を生み出す能力が、まさかこれほど強力とは……」

「運送中に賊に襲われたのが不味かったな。おかげで数ばかり増えて本体に辿り着けねぇ」

「ですが、分身もある程度力を蓄えたら本体に戻ろうとするはずですし、いっそ分身体の一つを見逃してみるのも手ではないでしょうか?」

「その間にどれだけの民が死ぬと思ってんだ? 本体を発見するためだけに犠牲を出せっていうのかよ」

「そこが難しいところです」


 過去に、東の島国【アキノワダツシマ】から贈答品として持ち込まれ、現在進行形で被害を出している妖刀。しかも彼らの故郷の地で戦乱のきっかけを生み出した元凶の一つだ。

 旧都の宝物殿に安置されていたのを発見され、完全に封印すべく五重の厳重な封印呪符を施され国都に運送中、野党に襲われ所在が分からなくなった。

 それから各地で辻斬り騒動が始まり、陰陽寮はその対応に追われていた。


「草たちからの報告もないのか?」

「残念ながら、分身体はいくらでも発見されるのですがね。処理した数も三桁越えましたよ」

「マジか……」

「一か所に集めておくと、付喪神が他の分身体と融合してしまいますから、一本ずつ確実に潰していかなければなりません。どうしても人手不足になりますよ」

「放置しておくと分身が他の刀に憑依するけどな。市井の陰陽師たちからは何も言ってこないのか?」

「彼らも分身体の処理に追われていますし、場所によっては神事を行う社もありますので、職務を疎かにできないのでしょう」

「本気で休みてぇ……。娘に顔を忘れられたらどうすんだ。もう家庭の危機だぞ、これ……」


 陰陽寮の重鎮なだけに、彼らは現場で指揮を執らねばならない。

 隠居した御老体を現場に出すわけにもいかず、必然的に若い世代が現場へと送り出されるのだ。


「俺、もう50なのに……なんで現場に出てんだ? そろそろ隠居だろ」

「その歳で奥さんが5人いて、ついでに最近になって6人目の若い奥さんを娶り、全員を同時期に孕ませているような元気な人が、いったいどの口でほざくんですかね。現場を片付けたら一度戻りますよ。だからアシヤ殿も手伝ってください」

「夜の技量と下半身の肉体年齢は関係ないんだよ!」

「はいはい、そういうことにしておいてあげますよ。アシヤ殿は夜の黄金指使いだってね」

「それはやめろよぉ、広めたりするなよ!? なぁ、頼むからよぉ!!」


 盗賊やその被害者の遺体を丁重に弔い、彼らは一度皇都の陰陽寮へ戻る

 陰陽師たちの捜索は終わらない。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 五つも山を越えたのに、まだまだ続く山道を、ゼロスとアドは無言のまま歩いていた。

 ここまで来ると楽しめるような話題もなく、歩き続けるだけが目的となる。

 はっきり言うと暇だ。

 そんな暇を持て余す二人だが、その異変に最初に気づいたのはおっさんだった。


「アド君や、アレを見てみぃ」

「アレ? アレってなんだ? 特に代わり映えのない山道なんだが」

「よく見るんだ。小石が浮いているだろ?」

「………ホントだ。あれってまさか、【浮遊岩】か!?」


 浮遊岩とは、かつて空中に浮かんでいた島の一部であり、石の中には魔力を吸収することで特殊な重力力場を発生する【重力石】が含まれている岩のことを指す。

 魔力の枯渇で全ての浮遊岩は墜落し、各地で大惨事を引き起こした逸話が残されており、多くの研究者が重力石の抽出目的で探し求めているものだ。


「どうやら、自然界に魔力が順調に戻ってきているようだな」

「そのようだねぇ。けど、このままだと危険かな」

「危険? そらまた、なんで」

「現在浮遊岩や重力石は力を失っている。それらの全てが浮かび上がりでもしたら、その上に存在する建物はどうなるかねぇ?」

「あっ……確かに」


 そう、浮遊岩は大きさにもよるが、魔力を吸収すれば家一つなど苦も無く持ち上げてしまう。例え低空であったとしても、それらが気流に乗ればゆっくりと移動を開始し、進行上の建造物にぶつかり被害は拡大していくことになるだろう。


「それだけじゃない。なんの被害もなく浮遊岩や重量石が浮かび上がったとして、それらを利用した旧時代の飛空船の残骸はどうなるかねぇ? 各地でパーツや残骸を落としていくことにならないかい? 浮力を持っているのは浮遊岩や重力石で、船体を構成する部品には使われちゃいないんだからさ」

「一時被害はたいしたことがなくても、二次被害はいつまで続くか分からんな。空中に浮かんだら手の出しようがないぞ」

「どこに墜落したのか、僕達も知らないことだしねぇ」


【ソード・アンド・ソーサリス】において、飛空船には浮遊岩や重力石を部品として流用されており、魔力を注入したり抜くことで高度を調整していた。

 当然だが船体を支えるために数多くの鋼材で固定されているので、それらの遺物が全て浮かび上がったとき、気流に流されている合間に部品が落下することは充分に考えられる。

 船体を覆う鉄板だけでも危険だが、なによりも問題なのがネジのような小さな部品で、高高度から落下すれば銃弾並みの威力になるのだ。


「発見次第、消し飛ばしたほうがいいんじゃねぇか?」

「そんなことができるのは僕達だけでしょ。それに浮遊島や浮遊大陸もヤバイ。もし、逆さまで墜落していたとしたら、建造物の残骸が軒並み落ちてくることになるねぇ」

「………大惨事だな」

「……大惨事だよ」


 厄介なのは、これらの現象が全て人為的なものでない自然現象にあるということだ。

 落下物で誰かが死傷したとしても、それらは全て『運がなかったね』の一言で済まされる事故として処理されてしまい、誰も責任を負うことがないのだ。

生命保険制度でも導入されない限り無駄死にだ。


「邪神ちゃんが処理してくれねぇかな?」

「無理なんじゃないかい? 旧時代の遺物なんてものは全て人の手で作られたものだし、それらの廃棄物を善意で処分してくれるとは到底思えないねぇ」

「駄目か?」

「駄目だろうね。食いもので釣ればあるいは……」


 仮にも神である邪神ちゃんに廃棄物処理を頼むとして、その代償に何を支払うのか不明だ。しかもどれほどの対価を支払わされるか分かったものではない。

 何しろこの世界の全宇宙を管理する事実上の最高神だ。

 食べ物で釣ることに成功したとして、そもそも胃袋がそもそもブラックホールの邪神ちゃんでは無限に食べまくり、終わりが見えない。

対応する料理人が可哀そうになってくる。


「意地汚いからな……」

「意地汚いしねぇ……」


 神を神とも思わない二人であった。

 そういう二人も他人任せにすることしか考えておらず、自ら率先しボランティアとして動こうとする気すら持っていないのだから、なかなかに身勝手な話だ。

 まぁ、世界中のどこかに擱座された飛空船の残骸を二人でどうにかできるわけでもないので、人任せならぬ神任せにするのも仕方がないことなのかもしれない。


「それにしても、この山はどこまで続くんだかな」

「よく考えたら、僕達は道なりに進んできたよね?」

「それが?」

「山道って入り組んでいたり、できるだけ歩きやすいルートで作られているから、必然的に崖や急こう配のある個所を迂回するような道になるわけだ」

「……なるほど。結果的に遠回りしていることになるのか」

「険しい山道もあるからねぇ」


 開拓村に行くには、どうしても荷物などの運送という観点から、それらのルートは必然的に安全性を考慮されて敷かれることになる。

 そのためできる限りなだらかで、魔物が出現しにくいポイントが選ばれるわけなのだが、その結果として直線距離よりも長い道になってしまう。

 しかも可能な限りアップダウンの少ない地形が選ばれるため、それらの安全なルートを繋ぐと、どうしても蛇のように曲がりくねった道となるのも仕方のない事だろう。


「トンネルでも掘ればいいんだけど、この世界にシールドマシンなんてないからねぇ」

「【イーサ・ランテ】に擱座していなかったか?」

「海を挟んだ大陸に持ってこれるわけないでしょ。ついでにイーサ・ランテに擱座してあるものは、長らく整備していなかったから使い物にならんよ」

「整備するにも技術者がいないか……便利で使える機械なんだがなぁ~」

「原形が綺麗に残っているだけマシさ」


 邪神戦争以降、この世界は急速に荒れた。

 南大陸や東大陸は邪神ちゃん復活時に勇者召喚を行い、重力兵器の類と思われ集中的に攻撃を叩き込まれて穴だらけ。再封印以降は北大陸の一部地域で宗教国家が権威拡大を狙い勇者召喚続け、世界から急速に魔力を枯渇させ続け南半球は完全に砂漠化している。

 現在は世界の再生が進んでいるものの、どれだけ自然が回復しているのか知りようもない。


「世界樹は復活しているんだよな?」

「う~ん……南大陸での話だからねぇ。一度イーサ・ランテに行って、封印した監視システムを使って衛星画像を見てみないと分からん」

「封印……した? されていたの間違いじゃないのか? まさか、ゼロスさんが……」

「おっと、いけね……。うっかり口を滑らせちゃったよ」

「監視システムが使えるなら、封印せず使えるよう残した方が便利じゃないのかよ」

「それがねぇ、アレには攻撃衛星の指令装置も兼任しているようで……他人の手に委ねるにはあまりに危険だったんだ。

「へぇ~、攻撃衛星………んんっ?」


 攻撃衛星――つまりは衛星軌道上からの地上攻撃を行う。

 その言葉の意味を理解しているだけに、アドはゼロスと出会う前に旅先で訊いた話を思い出す。


『え? 【聖都マハ・ルタート】に神罰が下ったって?』

『あぁ、何でも凄まじい破壊力だったようでな。話を聞く限りじゃ、大神殿が完全に消し飛んだって話さ。まさに【神の雷】だな』

『アンタ、なんで嬉しそうに話すんだよ。大変なことじゃねぇか……』

『欲に溺れた坊さん共なんか、何人くたばっても構わんだろ。あの国は国の中枢からして腐ってんだからよ』

『悲劇を喜ばれるメーティス聖法神国……。どんだけ周りに恨まれてんだよ』


 アドは旅先で訊いた話であっただけに、その重要性をまったく気にしていなかった。

 だが、よく考えてみればイーサ・ランテの発見者の中にはゼロスも含まれているわけで、調査中に何かやらかしていても不思議ではない。

 そして、事実ゼロスは攻撃衛星が使えることを知っている。

 アドも今なら神の雷の正体がわかる。


「ゼロスさん、アンタ……マハ・ルタートをピンポイントで攻撃したのか? その頃って、四神共に復讐しようといろいろ画策していた時期だろ。俺がそうだったんだから……」

「な~んの……ことかな?」

「四神共の残したくだらないメッセージを見て、アンタは真っ先に『こんなクソ神を信仰するような国、滅ぼしてもいいんじゃね?』って思ってもおかしくない。そして、偶然にもイーサ・ランテを発見し、監視システムが使えることを知って………」

「いや、僕はこの世界の魔力枯渇の原因を探ろうと、龍脈の動きを監視衛星から見ていただけだよ。ただ、その場の会話でうっかり攻撃衛星の発射を承認するパスワードを、偶然にも言い当てちゃってねぇ」

「極太レーザーが地上に向けて発射されたと………」


 偶然のように語るおっさんの話だが、本当は意図的なものではないのかと疑いを隠せないアド。なにしろ結果として大勢の人間が死んでいる。

 メーティス聖法神国はこの攻撃で大打撃を受け、この事件以降は没落の一途を辿る羽目になった。事故と片付けるにはあまりにも重く致命的な一手だからだ。


「その話、どこまでが本当のことなんだか信用できないんだけど? ゼロスさん達の話って自分本位の視点で語られるから、信憑性が低いんだよなぁ~」

「なに? そこでまで疑っちゃうのかい? いくら僕でも現実な世界で大量虐殺はしないよ。君の中では僕をどこまで非道な人間だと思っているんだい?」

「アンタは必要ならやる人間だろ……。無駄に決断力が高いんだからよ」

「酷い話だ……この際だから言っちゃうけど、稼働している攻撃衛星はまだ他にも残っているんだよねぇ。そんな情報を周囲に漏らすわけにはいかない。アド君……この事実は絶対に墓場まで持っていくように!」

「さらっと重荷を背負わされたぁ!?」


 忘れかけていた過去の情報にいきなり重要情報を持ち出され、油断していたところでいきなり共犯者に仕立てようとする。これだからゼロスのことを信用できない。

 しかも聞いてしまった時点で手遅れだからタチが悪い。


「なに、しれっと重要機密を押し付けようとしてんのぉ!? これって外部に漏れたら狙われるパターンじゃん。俺、全く関係ないじゃん!!」

「フッ……一蓮托生。それに、以前にも同じことを言った記憶がある」

「忘れる……俺は絶対に忘れるぞ!!」

「それはどうかな? アド君は思い出した頃に重要情報を漏らす迂闊なところがあるからねぇ。たとえ一時的に忘れても、時間を置いたところで口が軽くなるからなぁ~」


 アドの肩に手を置き、生暖かい視線を向けてくるおっさんにムカつく。

 何しろこの件に関してアドは一切関わりがない部外者なのだ。


「なにかで気を紛らわせねば……。このままじゃ、マジで共犯者にされちまう。なにかインパクトがある情報で上書きしないと……なにか、なにかないか……あっ、アメフクラガエルだ。可愛いなぁ~」

「アメフクラガエル?」


 アドが言うアメフクラガエルとは、一見わらび餅のようなずんぐりもっちり感な見た目と、平面な顔に小さな口、跳ねることが難しい短足のわりに意外と動きは機敏で、全長5㎝くらいの実に愛らしいカエルだ。

 地中に潜っていることが多く、両生類なのに泳げず、夜や雨が降る頃に繁殖と餌を求め地表へと現れる。

威嚇と身を守るため体を膨らませるのだが、基本的に捕食される側の生物であり、その見た目の愛くるしさから観賞用としても人気が高い。

そんなカエルが鬱蒼と茂る木々の中に隠れていた。


「……ほんとだ。実際に見てみるとかわいいもんだねぇ」

「俺、アレをペットとして飼いたかったんだよなぁ~。ユイも両生類や爬虫類は苦手なんだが、アレだけは可愛いって言ってたっけ」

「へえ~………でもなかなか売ってないと聞いたことがあるかな」

「あぁ、だがそれでも欲しがる者はいる。俺やユイがそうだな」

「可愛いねぇ……」

「あぁ……癒されるな」

『『なんか、凄くデカいけど…………』』


 確かに見た目は可愛い。

 しかし、その大きさは地球のものとはかけ離れたもので、全長6mくらいはあるだろう。

 見た目だけなら間違いなく愛くるしいのだが、それとは真逆の何やら言いようのない迫力がある。カエル特有の無表情が迫力を更に強調しているように感じた。


「……アメフクラガエルって、あんなに迫力があったか?」

「僕達の知るカエルは、もっと小さいからねぇ。アレくらいの大きさになったら受ける印象も異なるもんだよ」

「あっ、うさぎが……」


 巨大アメフクラガエルの前を、一匹のホーンラビットが横切ろうと瞬間、忽然とその姿が掻き消えた。

 一瞬何が起きたが分からなかったが、その理由は直ぐに分かった。

 巨大アメフクラガエルに食われたのだ。

 その証拠にホーンラビットの脚が口からはみ出ていたが、それもすぐに口の奥へと消えていった。


「ホーンラビットを丸呑み……。口の中で角が刺さらないのかねぇ?」

「そりゃ痛そうだな」


 巨大アメフクラガエルの捕食に、『こりゃぁ~、僕らの知っているカエルじゃないな』と思考を修正したおっさん。見た目以上に雑食だと判断したのだ。

 そして、この手の魔物は手頃な獲物を逃がさない。

 

「……なんか、こっち見てね?」

「まさか、僕らを捕食対象と認識したんじゃ……」

「だが、ここからだと距離があるぞ。アメフクラガエルの短い舌が俺達に届くのか?」

「アド君や、ここが異世界だと忘れていないかい? アレは僕達の知っているアメフクラガエルなんかじゃない。立派な魔物なんだよ」

「……つまり、俺達の知識や常識が通用しないと?」

「あたり」


 気づくのが遅かった。

 巨大アメフクラガエルは空気を取り込むと、瞬間的に体を膨張さ肥大化し、その反発力を利用して高々と飛び上がりゼロス達の元へ落下してきた。

 幸いにして着地地点がズレたおかげで直撃を免れたが、まるで風船のごとく膨らんだ体からは異様な魔力を発しており、何の対策もしていなかったゼロス達は一瞬でもその迫力に飲まれかける。


「【威圧】のスキル……だとぉ!?」

「アメフクラガエルが体を膨らませるのって、確か身を守るための威嚇行動だったような……。蛇には何の意味もなくて普通に食われるけど」

「これって、倍化の術か!? このカエルはチャクラを練っていやがるのかぁ!?」

「ただ膨らんだだけじゃない。よく見ると硬質化もしている。これは、まさか【金剛羅体】!? 馬鹿な……なぜ魔物が格闘職のジョブ能力を――」


 金色に輝く饅頭カエル。

 さらにそこから高速回転を始め、ゼロス達に迫ってきた。


「おぉおいっ、ここでローリングだとぉ!?」

「逃げろぉ、轢き殺され……んんっ!?」


 山道を逃げるおっさんとアド。

 その背後では高速回転して迫る巨大アメフクラガエル。

 しかし、よく見るとこの巨大カエルはただ襲ってきているのではなく、回転中も山道に出てくる小動物を捕食していた。

 狙った獲物から遭遇した動物まで問答無用に食いまくる暴食者だった。


「なぜにあの状態で捕食行動ができるんですかねぇ!?」

「こんなときに何言ってんだぁ!?」

「だって気になるじゃないですか。実に興味深い生態ですよ」

「追いかけられている最中なんだけどなぁ!!」


 凹凸のある地形をバウンドで避け、山沿いの急こう配をドリフトで曲がり切り、諦めることなくおっさんとアドを追いかけ続ける巨大カエル。


「なぁ、魔法で吹き飛ばすことはできないのか!?」

「そうしたいんだけどねぇ~、問題はアレが金剛羅体を纏っていることなんだよねぇ~。しかも高速回転しているからダメージが分散されると思う」

「衝撃も吸収しそうだよな、あの体だと……」


 金剛羅体は体の表面を高密度の魔力で覆い、あらゆる物理・魔法攻撃を弾き返すことができる戦闘スキルで、その防御力は込められた魔力量に依存する。

 だが、巨大アメフクラガエルは足りない魔力分を高速回転という技と、体を膨らませるという種族特性能力で補っており、一点集中の攻撃は金剛羅体と高速回転によって弾き返し、爆発系統の魔法などの衝撃波は分散され衝撃は吸収されてしまう。

 しかも近づかれたら驚異の舌技でからめとられ、美味しく召し上がれてしまうことになるだろう。まさに鉄壁の魔導士殺しであった。


「さすがにゴリ押しで地形を変える魔法を使うわけにもいかんしねぇ……」

「いっそ食われてみるか? 内側なら魔法も効果があるだろ」

「唾液と爆散による血液で汚れるけどね。言い出しっぺの君がやるのかい?」

「絶対に嫌だ」


 魔導士のおっさん達には相性の悪い相手であった。

 ついでにこうして言い合っている間にも距離が詰められてきており、このままではやはり巨大アメフクラガエルの胃袋に収められかねないわけで、二人に残された時間はなかった。


「距離が近づいてきてるんだけど……」

「山道の路面状態は悪いし、曲がりくねった道なりで僕らには少々不利な状況だ。こうなったら迎え撃つしかない」

「はぁっ!? あんた、正気かぁ!?」

「前面に【白銀の神壁】を仕掛ければなんとか……」

「相手の力を利用して離脱すると? や、やるしかないのか………」


 某探検映画に出てくる岩トラップのごとく迫る巨大アメフクラガエル。

 そこへ前面に任意で形状を変えることができる障壁魔法【白銀の神壁】を展開した。

 彼らは刹那の中で見た。

 前面に半円形の小壁面にへばりついたカエルの舌を。

 その粘着性に障壁ごと引き寄せられかけたが、すぐに張り付いた舌は障壁面から剥がれ、わずかな時間を置いて巨体が障壁と衝突する。

 障壁に阻まれ空転する巨大アメフクラガエルと、目測を見誤ったことに気づいた二人。


「げっ、これは……しくったかねぇ…………?」

「ヤバい……飛ぶ前に押し切られる」

「無理でも後方へ飛ぶしかない……。反動でどこに飛ばされるか分からんけど――って、来たぁ!?」

「「のぉおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!?」」


 ゼロスとアドは魔法障壁を足場に、体当たりされた反動と衝撃を利用して離脱を図ったが、思っていた以上に体当たりの威力は強かったためか、遥か遠方へと弾き飛ばされてしまうのだった。


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