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おっさん、最後まで気づかず引導を渡す


「参ったねぇ、どうも……」

「火の雨を潜り抜けながら、この廃墟から抜けるのは難しいな。気づけば背後に逃げ場はなく、退路を探し当ててもヤツに塞がれ、倒そうにも溶岩の中から出てくる様子がない。手詰まりだな」

「なんとか倒すしかないか。面倒だなぁ~」



 ある意味で異質な能力を持つマグマゴーレムに対し、討伐を選択する気にはなれなかったゼロスだが、このまま放置して逃げるにも相手はこちらを逃がすつもりはないようで、戦ったところで退路を完全に塞がれることは目に見えている。

 ゼロス達に残された手段は短期決戦だが、そのためにはマグマゴーレムの行動を阻止せねばならず、その手段は既に実践し失敗に終わっている。

 このことから戦闘は長期戦を余儀なくされるだろう。

 それはアドも理解しているようだった。



「長期戦はしたくないよな」

「だよねぇ~」

「ゼロスさんは、アレに対して有効な手がるんだろ? なんでやらないんだよ」

「未完成の魔法だから使いたくはないし、仮に使用したとして影響がどれほどの範囲ででるのか未知数だんだよ。また、その結果が最悪の事態を招く可能性も高い」

「それって………」

「広範囲殲滅魔法なんだよねぇ~」



 そう、ゼロスは魔法を改造しては効率化や新魔法を作り出すことを趣味としており、ソード・アンド・ソーサリス時代には実験と称して派手にぶちかまし、多くのプレイヤーを地獄に叩き落とした過去がある。

 この異世界に来て未完成の魔法など使えば、その影響がどれほどの結果をもたらすのか、アドは考えるだけでも恐ろしかった。



「この状況で有効な魔法って、もしかして……氷結系統魔法?」

「そう。だが、発動時の出力調整や魔力の消費に難があってね。ついでに使うには少々時間が掛かる。術式にもまだ粗が目立つから呪文は必須だし、おいそれと使っていい魔法なんかじゃないんだよ」

「実際は派手に広範囲殲滅魔法を使っているけどな……。けどよ、このままだと俺達はじり貧だぞ。時間が経つほどに俺達には不利になる以上、決断するしかないんじゃないか?」

「確かに………」



 マグマゴーレムは溶岩の中に姿を隠し、こちらが氷系魔法【コキュートス】の使用に対抗しているようで、表面的な氷結で溶岩を固めても意味がない。

 なにしろ予想では相手の魔力は無尽蔵だ。



「けどよ、既に周囲が溶岩に囲まれてているぞ。今さら氷結したところで意味があるのか? むしろ逃げた方がいい気がするんだが……」

「一度、海岸まで逃げようか。なんとなくだけど、あれは僕らのことを追ってくると思うんだよねぇ」

「あ~、海岸かぁ……。確かに向こうには逃げられそうだな。それに、海……って言っていいのかは分からんけど、近くに大量の水がある。溶岩が流れ込めば、当然固まるだろ」

「僕はそこまで楽観視してないけどねぇ」



 マグマゴーレムの溶岩領域は港町の海岸沿いまでは及んでいない歪な半円型だ。

 また、液状化した溶岩は高い場所から低い場所へと流れ込む。

 海抜より高い位置にあるこの町では、溶岩は海に向かって流れ込んでいくことになる。



「いっそ、沖まで出てみるかい? 海水の範囲が広いほど、こちらに有利に働くと思うんだ」

「まさか、あのゴムボート……か?」

「船外機を少しばかり改良したけどね」



 ケモ・ブロスの元へ向かうため、オーラス大河を遡上するときに使用したゴムボート。

 しかし、そのゴムボートには無駄に加速力の高い船外機が搭載されていた。

 ゼロスの言う通り、自分達が有利なポジションをとるために移動すること自体は間違いではないが、問題はゼロスが作ったアイテムという点にある。



「すっげぇ、不安なんだが……」

「使えるものなら何でも使わないと、あのモンスターに粘着されそうな気がしてねぇ。なぜかは分からないけど、あれは徹底的に滅ぼさなければならない予感がしてるんだよ」

「そういえば、奴は何故か俺達に執拗に追ってくるよな? ゼロスさん……マジであの魔物に何かしたか?」


「そんな記憶はないよ。何しろここは傭兵ギルドによって閉鎖されているし、しばらく来てもいなかった。しかも大規模な構造変化も起きているから、僕が魔物から恨みを買うようなことはないはずだよ。ヤツに遭遇したのも攻撃を加えたのも、今日が初めてだ」

「普通なら納得できるんだが、ゼロスさんに言われると何故か信用できなくなるんだよなぁ~。いろいろやらかしているし、知らないところでフラグ立てていたとしても俺は不思議とは思わん」

「解せぬ……」



 アドに半眼で睨まれる信用の無いおっさん。

『解せぬ……』とは言ったが、信用ならない根拠の心当たりが多すぎて、何を言っても無駄と知り弁明は諦めた。

 


「それじゃぁ、もう一度港のほうに戻ろうかねぇ」

「全力でな……」



 そこから全速力で走るゼロスとアド。

 常人以上の速度で駆け抜けているにも拘らず、マグマゴーレムは完全にこちらを捕捉しているようで、溶岩を操り灼熱の壁で行く手を遮ろうとしていた。


 

「スピードではこちらが上か」

「まぁ、マグマだからねぇ。それに魔力で動かしている以上、外部の魔力を吸収するより消費のほうが早いんじゃないかい?」

「基本的に動かす質量が大きいほど、魔力の消費量は増えるからな」

「溶岩化状態の維持と操作、ならびに無差別攻撃による地形の領域化。大きさはレイドボスクラスだけど本体は弱いんじゃないかねぇ」


 そう、ゼロスの推測どおり、マグマゴーレムはかなりギリギリの状態だった。

 シャランラであった剥き出しの魂は、確かに魔力を扱う能力は他の魔物よりも長けていたが、それはあくまでも理性が残っている前程の話だ。

 生存本能と妄執に染まってしまった段階で、欠片ほど残っていた理性は完全に消し飛んでしまい、今や目的を遂行するまで形振り構わず活動し続ける存在にまで落ちてしまっていた。



「ジャドゥジィイイイイイイイイイイイィィィィィィィィッ!!」

「ん? なんか日本語っぽい叫び声だな」

「気のせいでしょ。それよりも港までもう直ぐだ」



 溶岩の中に浮かぶわずかな足場を飛び越え、人一人が何とか渡れるような足場を駆け抜け、海抜の高い町から砂浜に流れる溶岩を避け、なんとか海岸にまで辿り着いた二人。

 ゼロスは右手を前にかざすとインべトリーを開き、スライム製のゴムボートを海に投げ込むと、そのままの勢いで飛び乗った。



「アド君、エンジンを!」

「了、解っ!」



 慌ただしく乗り込んだボートの船外機が勢いよく稼働し、沖に向かって高速で突き進むも、その頭上から降り注ぐ溶岩の球を蛇行しながら必死に避け続けた。

 後を追ってくるマグマゴーレムは、何も考えていないのかそのまま海へと流れ込んでいった。

 凄まじい熱量が海水で冷やされ、発生した水蒸気によりマグマゴーレムの姿が見えなくなるほどだ。



「詠唱はしたくなかったんだが……。凍てつけ、全てを白く染め上げよ――」

「ゼロスさんが詠唱するなんて珍しいな」

「静謐にて冷酷なる華よ、美しき死への誘いよ。凍れ、凍れ、冷たくも儚く。刻すらも凍てつかせ、無へと回帰し、散りゆく者達に終焉への手向けと咲き誇れ――【極零崩滅華】(仮)!!」

「(仮)っ!? 魔法名は仮なのかぁ!?」



 手にした漆黒の術式キューブを、ゼロスはマグマゴーレムに向けて撃ち放った。

 そのキューブはゴーレムの頭上で術式を発動させ、瞬間的に絶対零度の温度まで大気温度を急速に下げ、周りの海水ごと一瞬にして凍り付かせていった。

 マグマゴーレムは自身の熱量を上げて抵抗するも、その甲斐なく固体化して溶岩石へと変わり、それでも飽き足らず白く染まり砕けていく。

 ダンジョン内に作られた南国の地に、そこだけ凍てついた極寒の大地が出来上がっていく。



「…………威力は凄いんだけど、まだまだ未完成だねぇ。予定では巨大な氷の薔薇が出来上がるんだけど、全然咲きやしないわ。25点」

「いやいや、威力だけなら充分すぎるだろ!? なんで芸術点まで取ろうとしてんだよ」

「氷系統の究極の魔法と言ったら、芸術性を持たせるのは当然じゃないか。それに効果時間も短いようでねぇ、せっかくの素材も駄目にするし崩壊が早いこと。これじゃ【コキュートス】の強化版と変わりない」

「なにが不満なんだ? 威力だけでいいだろうに……」



 マグマゴーレムの巨体は熱を奪われ、その体を構成する物質内の魔力活動を完全に停止させられてしまい、その過程で物質の崩壊が引き起こされる。

 だが、こんな危険極まりない超高威力でもゼロスには不満だった。

 アドとしては、絶対に対人戦闘で使われたくない。



「こっちに来てから改良に手を加えていなくてさぁ~、なんだかんだ放置してた魔法なんだよ。こんな失敗作を使わされることになるとは………」



 そして凄く不満そうだった。

 だが、凍てついた大地が消えゆく光景は実に美しく、とても幻想的なものであったとか。

 のちにアドはこの日のことを、『敵を倒して最後に永久凍土が急速に消失していく光景は、凄く幻想的で綺麗だったんだぞ? なのにあの人、スゲェ不満そうなんだよ。なにが駄目なんだかさっぱりわからん』と語っていたそうな。

 この魔法をゼロスが完成させたのかどうか、誰にも分からなかったという。

 

 崩れ落ちていったマグマゴーレムの残骸を調べていたゼロスとアドであったが、もの凄く不満そうな顔をしていた

 それというのも――。



「なんだよ、鉱物どころか魔石すら落とさなかったぞ……。しつこいわりにシケた化け物だったな」

「存在自体が嫌がらせみたいな魔物でしたねぇ。二段変化したのにこの残念感、本気でムカつきますよ」



 ――得られるものが何もなかった。

 どこまでもしぶとく、執拗なまでにゼロス達を追いかけ、試作とはいえ広範囲殲滅魔法まで使って倒したのにこの結果だ。

 これがゲームだったら、『なんだよ、このクソゲー!!』と叫んでコントローラー叩きつけているところだ。


 だが、それも当然のことである。

 ゾンビの集合体だった姿やマグマゴーレムは、結果的にその姿になっただけで本質は魔物などではない。シャランラという異界からの魂によって歪んだイレギュラーだ。

 生への妄執に駆られて動くだけの、ただの傀儡にすぎない。

 そのシャランラも自我を失い、既に神々が組み込んだプログラムによって魂は回収されていることだろう。

 そんな事情を知らない二人からすれば、悪質なストーカーにつきまとわられた気分だった。



「ハァ~…………ここは気持ちを切り替えよう。これで邪魔者は消えたということですし、素材集めが捗るということです」

「いや、俺としては少々不安があるぞ。このダンジョンに潜ってから変な魔物にしか遭遇していないんだが? あるいは不気味なヤツ………」

「構造変化の最中のようですし、そういうこともあるでしょ。逆に言うと、そこでしか手に入らないレアな素材があるということ」

「たとえば、そこにいる【サハギン】みたいなヤツとか?」

「えっ、サハギン?」



 マグマゴーレムを倒した周辺は凍り付き、ちょっとした陸地のようになってはいるものの、それ以外は海だ。

その海面には大きな魚の頭部が顔を出しており、表情の読めない二つの目がこちらを凝視していた。



「サハギンは鱗が防具の素材や薬の材料にもなる。背びれの棘なんかは武器としてもそれなりに使えるねぇ」

「ゼロスさん………ここは狩るべきだよな? 狩り尽くすべきだよな?」

「素材は多いほうがいいし、殺るべきでしょ」

「だよな………」



 二人の表情の見えない顔に、三日月のような笑みが浮かぶ。

 二人の殺気を感じ取ったのか、サハギン達は慌てて海に潜り始めた。



「逃がすわけねぇだろ、【サンダーレイン】!!」

「ビリは違法な漁なんだけど、相手は魔物だし別にいいか」



 海面に浮かび上がるサハギンと大量の魚。

 魚はとりあえずすべて回収し、サハギンは素材の剥ぎ取りを行うが、ダンジョンに吸収されるのが早く収穫はいまひとつで不満が残る二人。

 おそらくは人間を見るのが初めてで、興味本位で近づいてきたのだろうが、タイミングが悪く無慈悲な狩人に狩られてしまう。

 この魔物に対しては、もはや同情しか湧いてくるものはなかった。

 実に哀れな最期を迎えたのである。 



 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~



 さて、四神の完全敗北やその後に起きた地震の影響により、元メーティス聖法神国と呼ばれた国家は大きな影響が表れていた。

 国教であった四神教は主神である四神の本質と罪が明るみになり、事実上没落の一途を辿り、その後の地震被害によって神官や貴族達の動きが遅れ復興がままならず、民達の間には不信感が溜まり続けている。

 いや、それだけであればまだマシだった。


 その後に起きた貴族同士の対立と軋轢によって小競り合いが始まり、復興がままならない状況下で、徴収という名の強奪により食料不足が拍車をかけ、各地に多くの火種を抱え込むことになってしまっていた。

 その中で頭角を現した始めたのは聖法神国中央に位置するレンバルト領で、高い求心力で周辺の男爵家や子爵家などの貴族を引き込み、急速に兵力を集め始めている。

 それどころか婚約者の実家である侯爵家や辺境伯家との繋がりを強め、いち早く近隣諸国との交易ルートを確立し、自領の治安維持や復興を徹底的に行っていた。

 

 無論、同時進行で領内の復興作業も行っている。

 しかし、それらの作業は全て綱渡り状態であり、一つのミスで全てが瓦解しかねない危うさを秘めていた。

 そ尿な事情も知らない他の貴族家は、急激に力をつけ始めているレンバルト領に危機感を抱き始めるも、今の混乱した領内の立て直しで精一杯であり、妨害工策すら簡単にできない有様であった。

 彼らは何もできないまま、フューリー・レ・レンバルト伯爵の名声が高まっていくのを、ただ指をくわえて見ているだけしかできないでいた。

 だが、中には好機到来と見て直接妨害を加えてくる者もいる。



「充分に敵を引き込みましたね。そろそろ弓兵に合図の用意を! 我らが領を荒らす薄汚いネズミたちに矢を射かけなさい!」



 四方から放たれた矢によって、レンバルト領に侵攻してきたどこかの貴族の兵たちは、短時間で一気に討ち取られてゆく。

 そもそも聖天十二将の一人である英雄の血を引く彼を相手に、ただの騎士ではとても相手にはならない。元より天性の才能により実力差がかけ離れている。

 しかも、彼の配下でもある聖騎士達は誰もが実力者で、小競り合いでの戦闘でも怪我一つ負うことなく片づけていた。

 元聖騎士達の練度は恐ろしく高い。



「………この程度ですか。どこの貴族家の手の者かは知りませんが、もう少し実力をつけてから挑んできてもらいたいところです。戦い甲斐がない」

「フューリー様、それは酷というものでしょう。彼らの主人はおそらく、中央の恩恵を受けていた名ばかり貴族で、我らのように鍛錬に鍛錬を重ねた精鋭ではありません」

「この忙しい時期に、余計なことをしてくれたものですから、せめてそれくらいの実力を持って挑むんで来るのが礼儀というものでしょう? まだ処理しきれていない仕事が山ほど残っているというのに……」

「まったくです」



 フューリーは襲撃してきた騎士達を殲滅した。

 辛うじて生き延びた者もいたが、それらもケガの手当てをされることなくその場で介錯され、書類上では『生存者ナシ』として片づけられる運命を辿った。

 これほど苛烈な決断を下したのは、『たいした実力もねぇのに、襲撃してくんじゃねぇよ』という、実に短絡的な理由でである。

 まぁ、これで敵対勢力に見せしめとなるので、この処刑はフューリーが始める英雄譚の冒頭を飾るのに相応しいエピソードになるだろうと思うことで、なんとか留飲を下げることに貢献した。



「………『非道な暴挙に対して、正道を示す決断力を印象付けるエピソードになる』、だなどと考えていませんか?」

「顔に出ていましたか?」

「いえ、フューリー様であれば、そのくらいのことは考えそうだと思ったまでですよ。実はただの腹いせで殲滅したなどとは、とても後世には残せませんからね」

「そういうことは、思っても口に出さないでください」



 フューリーは昔から英雄願望が強い。

 幼い頃から【英雄】に憧れてきた彼の一族は、【勇者】の血統であることを誇りとし、彼の先祖たちは幾人もの召還された勇者を招き入れ、一族の力が劣化しないよう歴史の影から裏工作して異界の血を求めてきた経緯がある。


 当初は家の価値を上げるという狙いもあったが、元が文学者や芸術家の家系であったことで未知の知識に興味を持ち、異世界の知識を知るため勇者を求めた。

 処刑されそうな勇者達を保護し、しばらく匿うことを条件に異世界の知識を記録。ほとぼりが冷める頃に国外へ脱出させていた。

 勿論勇者達の血を伯爵家に取り入れることも忘れてはいない。


 ただ、結果として知識人と武人という特色を持つようになり、その実力を買われ聖天十二将の列に名を残すほどの騎士家として上り詰めてしまった。

 勿論、そこには危険な力を持つ一族を監視するという目的もあった。

 そんな一族に生まれたフューリーの周囲には、常に異世界に関する知識が溢れており、フューリーは英雄と成るべくして生まれた存在と認識するようになってしまった。

 それだけならば笑い話で済んだのだが、なまじ実力があるだけにタチが悪い。

 要するに、フューリーは子供のまま大人になった、実力のある重度の厨二病発症者という痛い奴だった。

 しかも自分に酔っている。




「やれやれ、これでしばらくは書類の山と戦う日々が続くのですか。また襲撃してきませんかね」

「変なことは言わないでくださいよ、ただでさえ忙しいんですから。そんなに戦争がしたければ、アーレン将軍のように周囲の貴族領地にでも攻め込めばいいじゃないですか」

「彼の行動は速いのですが、アレで国を建国できるのか疑問ですね。領土が増えても管理できなければ意味がないじゃないですか……。まぁ、そんな彼だからこそ期待もしているんですがね」

「文官を拉致しているようですよ。おそらくは、政治の全てを彼らに丸投げする気でしょうな」

「まさに奸雄、実に私好みな道を進んでくれますね。いずれ雌雄を決するときがくるかと思うと、楽しみで仕方がありません」



 フューリーが思い浮かべる光景は、王道と覇道という両極端な国同士の大規模な戦争であり、自分がその頂点に座し群雄割拠の戦国時代に終焉を齎す姿だった。

 歴史に名を残せるのなら死んでも構わないとすら思っている。

 そして困ったことに、フューリーはあくまでも自分の夢を実現させるために動いているにも拘らず、領民にとっては理想の貴族像を体現しているのだから悪質だ。

 


「自分の理想とする国を築くためであれば、私はどんな困難も試練として受け止め乗り越えてみせますよ。我々は英雄となるのです」

「自分としては、とても試練とは思えないんですがね。そろそろ休暇が欲しいですよ」

「民のほうが苦しんでいるのですから、多少の苦労は受け入れてください。それと、他国の魔導士や錬金術師も受け入れる手配もしなくては……」

「本気で中原に変革をもたらす気なんですね」

「当然ですよ。邪魔な国は滅び、私を縛る枷はなくなりましたからね」



 現在、旧メーティス聖法神国の領土は混乱の中にあり、既に有力な貴族の派閥が建国の動きを見せ始めている。

 だが、大陸規模で起きた地震による大被害で混迷の最中にあり、復興作業で手が回らない状況下の中、レンバルト領だけが他国との繋がりを持ち急ピッチで復興を治めていた。

 領土的にはまだ小さいが、それでも他の貴族たちの誰よりもリードすることに成功し、フューリーの名が徐々に広まっていく。

 例えその理由が『英雄になりたい』などという子供じみた夢のためでも、彼の行動により救われ民は新たな王の姿を夢見、絶大信頼を得るのに充分な効果を発揮していた。

 それでもフューリーは時期尚早と、建国の宣言をせず待ちの姿勢を貫いている。

 建国を宣言するための新たな生贄が現れるその時を、着実に力を溜め込みながら涼しげな顔で待ち続けるのであった。



 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~



「無理ですぅ~~~~っ!! 人手不足で仕事が全然終わりません!!」

「あん?」



 モルケー公爵領。

 公爵家とは名ばかりで、実際はまともな統治もできずに衰退し、領地が広いだけの無能貴族として有名だった。

 その無能公爵家に、アーレン・セクマ将軍が唐突に第八師団の聖騎士を引き連れて乗り込んできた。それも問答無用の武力行使でだ。

 当然だが当主の【パーディス・ヘド・ノーブレイン・モルケー】と、彼の家族は全員捕縛され、そんな彼らにアーレンが切り出した言葉は――。



『よぉ~~無能。お前、王になる気はあるか?』

『ヒッ、お……王じゃと?』

『おうよ。俺は戦争がしたい、お前は王になる。これでwin・winの関係になるだろ?』

『馬鹿を申せ、儂のような獄潰しが王になれるわけないじゃろ!! 自分の領地すらまともに統治できんのじゃぞ!?』

『いや、それは胸を張って言うことなのか? まぁ、ある意味で自分の実力を誰よりも理解しているってことだが……』

『王など嫌だ! めんどくさい、休めない! 仕事ばかりで過労死する!! 儂にもっと才能があれば、こんな地位など捨てておるところじゃぞ!!』



 ――モルケー公爵は確かにも無能だった。

 身の程を弁え、客観的な視点を持ち合わせているだけマシな無能だった。

 税金の大半は趣味に投入し、『どうせ失敗するから』という理由から公共事業に手を出さず放置し続け、領内の治安も無着手で悪化を促し、多くの民が夜逃げするような弱小貴族。

 しかも周辺の貴族に味方は誰一人もいない。

 誰からも信用されず、娶った妻も問題行動が原因で無理矢理に押し付けられた、本当にどうしようもない女だ。

 子供達も実際に血の繋がりがあるのかも分からないほど、股の緩い女だった。

 要するに、モルケー領は掃き溜めのような地なのだ。

 普通に考えても王になれる要素はどこにもない。



『あ~、その辺りは何とかしてやるよ。頭は軽い方が都合はいいし、アンタの周りは仕事のできる奴を集めればいい。適当な貴族家を襲撃して文官を揃えてやらぁ』

『いや、それでは儂が周りから恨まれるではないか!!』

『あのよぉ~、ジジィ。俺はなぁ~、王になってくれって頼んでるんじゃねぇんだよ。王になれって命令してんだ。そこんとこ理解しているか?』

『儂には選択肢が最初からないとぉ!?』

『その辺のことは理解できんだな。そういうこった、俺があんたを立派な王様にしてやるぜ。ケケケ♪』

『喉元に剣を突きつけて言うことじゃないじゃろぉ!!』



 無能であったからこそ面倒な男に目を付けられてしまった。

 その後は強制的にモルケー公爵を担ぎ上げ、周辺の貴族を次々と襲撃し、優秀な家令や文官を拉致しては無理矢理に公爵家の家臣にしてしまう。

 だが、そんなことをしたところで大事な物がなければ上手くいくはずがない。

 そう、カネである。

 今日も全く足りないどころか、多くの借金まで抱えているモルケー公爵家の実状を記した報告書を手に、一人の文官が殺される覚悟でアーレンの元に乗り込んできた。



「予算がないんですよぉ!! ただでさえ貧乏領地なのに、国として運営するうえで予算がないのは致命的。ここをどうにかしないと簡単に潰れますよ!!」

「あぁ~………その辺のことはお前らに任せる。ちょうど近くに山もあることだし、鉱脈でも発見できれば何とかなるんじゃね? よく知らんが」

「それをするにも予算が必要でしょう!! もう、この状態からどうやれば公爵領が繁栄するのか、先がなくて絶望しか湧きません」

「奴隷を使えばいいじゃねぇか。実質タダだし、死んでも困らねぇだろうが」

「そんな訳ないでしょ、何よりも貿易できる国や友好的な貴族がいないことが問題なんです!!」



 泣き喚く文官にアーレンは面倒くさいいと言わんばかりに顔を顰める。

 実質的に公爵領を取り仕切っているのはこのアーレン率いる第八師団であり、そんな彼が政治に詳しいはずもなく、面倒事は全て文官達に押し付けていた。

 多少話を聞くだけマシな方で、機嫌が悪いときは殴られる。

 武力と恐怖による独裁傀儡統治だ。



「予算なぁ~……豚共が溜め込んだコレクションとやらを、売りさばけばいいんじゃね?」

「あんな悪趣味金ぴかな壺など、いったい誰が買うんですか!! 芸術性の欠片もない、品性を疑うような代物ばかりなんですよぉ!! 私、もう号泣してもいいですか!?」

「泣いてるだろ………」

「うぅ………せめて、【試練の迷宮】の素材が売れればいいんですが、この国には魔導士や錬金術師なんていませんし、他国からの距離も遠すぎます……」

「なら、売れるようにすればいい。ここにゃぁ他国から問題ある魔導士や錬金術師も流れてきてんだろ? そいつらを優遇して好き勝手に作ってもらえりゃ、予算も潤うってもんじゃねぇか?」

「犯罪者じゃないですかぁ!!」



 掃きだめの公爵家だが強みもあった。

 それは奪い取って拡大した領内に、勇者がレベル上げで利用していた試練の迷宮と呼ばれるダンジョンがあったことと、グラナドス帝国やそれ以外の国から流れてきた犯罪者魔導士が潜伏しており、裏で魔法薬や魔法スクロールを売りさばいていることだ。

『どんな罪を犯しても、モルケー公爵領にはいれば無罪になる」というデマが広がるほど、裏社会でも良く知れている領地だったからか、意外に多くの魔導士達が潜伏していた。

 彼らを優遇すれば魔法薬などの売買で商人も多少は行き来するようになり、この事業が大きくなれば収入も増える。しかし実際にやるとしても上手くいくような話ではない。



「魔導士や錬金術師の待遇を改善しろや。できるだけ優遇するようにして、素材の売買も連中に任せちまえ。もう四神教の連中には何の力もねぇんだからよぉ、遠慮する必要があるのか?」

「それ、周辺の貴族達から睨まれますよ。四神教に縋って来た貴族は多いですから」

「どうせ潰す。問題はねぇ、使える人材はとことん利用しろ。これは命令だ」

「ど、どうなっても知りませんからねっ!!」



 泣きながらドアを乱暴に閉め、少しして大勢の文官達の悲鳴と怒号が聞こえてきた。

 アーレンがほとんど投げやり気味で適当に言ったこの政策。

 結論を言ってしまえば、なぜか凄く上手くいってしまった。


 翌日にお触書が各地に出されると、隠れていた魔導士や錬金術師は挙って姿を現し、それぞれが独自に店を開き魔法薬やスクロールの販売を始めた。

 しかも商人がこの話を聞きつけ、魔法関連のアイテムの取引で往来することで、領内は一気に活力を取り戻していくことになる。

 特に試練の迷宮近くの街の発展は目覚ましく、多くの傭兵や貧しい者達が一攫千金を狙い、ゴールドラッシュ状態になっていく。これもメーティ聖法神国が滅んだことにより迷宮使用の権利が領主に一任されるようになったからだ。


 その成功を僻んだ他の貴族達は、今まで以上に圧を強め武力で潰そうと攻め込んだが、これを待っていたとばかりにアーレンの率いる聖騎士団に返り討ちに遭うことになる。

 のちにモルケー公爵領領主のパーディスは――。



『儂、向いていないのに……。領主の資質が全くないのに、なぜ領内が活性化しとるんじゃぁ!? 王になんぞ、儂はなりたくないんじゃぁああああっ!!』



 ――と嘆いたとか。

 普通は領内が潤えば喜ぶのが領主なのだが、真逆な事態が起きていることに、実に不可思議で奇妙な事態へと流されていくことになるのであった。

 パーディス公爵の平穏な老後は難しいようである。




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