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おっさん、やっぱり姉だと気づかない


 一撃で地面を抉り飛ばし、周囲に大量の土煙を立ち上げ、地面に深い爪痕を作った屍の巨人。

 だが、そのおぞましい顔に輝く怪しい魔力光の目には、ゼロス達の生存を示す魂の輝きを確実に捉えていた。

 そのゼロス達だが、薙ぎ払われる瞬間に後方へと大きく飛ぶことで距離をとり、土煙の中から屍の巨人の強さを推し量っていた。



「……いやぁ~、予想以上に凄い威力だったねぇ」

「だったって、なんで過去形なんだよ。まだ何も終わっちゃいねぇんだけど? むしろ今始まったばかりなんだが……」

「あんな大振り、僕らが食らうわけないでしょ。威力がデカいわりに動きが遅いからねぇ」

「充分に脅威だと思うが……。まぁ、確かに当たりはしねぇわな」



 屍の巨人はゆっくりと立ち上がる。

 その巨体はジャイアント種と比べて酷く痩せ細っており、遠目でも骨と皮にしか見えない。

 しかし、近くで見ればいくつもの死体と植物の根で構成された動く不気味なオブジェで、見た目通り耐久力もそれほど高くないように思える。

 事実、先ほどの一撃で左腕が損傷して千切れかけ、薄皮一枚で繋がっているような状態であったが、内側から湧き出るかのように蠢き現れる死体が破損個所を塞ぎ始めていた。

 これは再生と言うより、修復と言った方が正しいのかもしれない。



「やっぱ、ゾンビなだけに脆いようだねぇ。カルシウムが足りないんだよ、きっと」

「破損個所を修繕しているようだが、このパターンだとそれにも限界はありそうだな。それと、カルシウムは関係ないと思うぞ」

「限界ねぇ。魔力切れとか、お約束のパターンなんだろうねぇ」


 屍の巨人は異様だった。

 猫背気味で立つその姿は今にも死にそうな老婆のようで、されど双眸には何らかの執念が宿った輝く魔力光の目には、まるで死んでも生に固執する人間のおぞましさを体現しているかのような印象を受けた。


「GYAROGUGIEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!」


 怨嗟の声を上げながらゼロス達の元へに向け歩き出す屍の巨人。

 破損して皮一枚で繋がっていた左腕は、修繕される過程で長い腕へと変わり、人間一人掴み取れる巨大な掌も、指が異様なまでに伸びていた。

 いや、良く見ると指の数が七本に増えている。

 正確には指に見えるだけで、複数の屍の塊であったが……。

 その指一本一本がそれぞれ勝手に蠢き、指を構成している無数の屍がゼロス達に向けて手を伸ばしていた。

 

まるで終わりなき地獄の苦しみから救いを求めているかのようだ。


「やっぱ、燃やすのか?」

「炭化させれば修復もしなくなるとは思うんだけどねぇ」

「俺はそんなにうまくいくとは思ないな。ゲームにもよるけど、燃えたゾンビが襲ってくるなんてこともあるし、できれば楽に仕留めたいところだな」

「地下水道にいたようだし、水分をどれくらい溜め込んでいるのやら。燃えるといいなぁ~、燃えてくれると大助かりなんだけど。燃えてくれないと大いに困る」

「自信がねぇのかよ!?」


 巨体が歩くたびにボタボタと落ちてくるゾンビたち。

 このまま無限に増え続けるということはないだろうが、数が増えられると対処に手間がかかる。しかも屍の巨人もいるのでゾンビの相手まではしていられない。



「とりあえず、やってみるかね。ファイアー・ストーム」

「すげぇ、なげやりだな……」



 面倒くさげに放ったファイアー・ストームは、屍の巨人の足下をうろつくゾンビ達を包み、瞬く間に炎上していった。

 だが、ゾンビ達の歩みは止まることなく、ゼロス達に向けて確実に近づいてくる。

 魔力を持つ存在に群がる習性からか、肉体が完全に燃え尽きるまで動き続けるのだろう。


「……奴ら、止まらないようだぞ」

「炭化するほうが早いよ。近くに来る前に燃え尽きるさ」

「デカブツが腕を振り上げているようだが?」

「おっと、アレに当たるのは良くないねぇ」



 再び屍の巨人がゼロス達を捉えようと、右腕を上方から叩きつけるかのように振り下ろす。

 それを、余裕を持って飛び退けた二人は、間髪入れずにショートソードと巨大ショーテルのダブル攻撃で斬りつけ、右腕を切断した。


「おっ、想像よりもだいぶ脆いようだ」

「まぁ、デカイだけで所詮はゾンビだから、脆弱なんだろうさ。んげっ!?」

「おいおい……」



 切断された腕の肉が蠢くと、そこから多数のゾンビが次々と生えだしてきた。

 つまり屍の巨人は体の一部を破壊されたところで、そこから修復どころか直接眷属を増やすこともできるようだ。

もしかしたら体中のいたる場所から眷属を増やすこともできるのかもしれない。



「これって、アレか? 切った傍から燃やし尽くさないと、逆に敵の数が増えていくってパターンかよ!?」

「めんどくさいねぇ。可燃ごみは潔く灰になればいいものを……」

「可燃ごみ? むしろ生ゴミなんじゃ……」

「罰当たりな言い方するもんじゃないよ。一応は人間っぽいんだからさぁ……。まぁ、ダンジョンに作られた魔物――特に、アンデッドに魂の概念があるのかは少々疑問だけどねぇ~」

「しかも、また腕が生えてきやがる」

「テッド君がいたら、なにがなんでもテイムに挑戦していそうだよ」



 脳裏に浮かぶ懐かしき仲間、【テッド・デッド】

 ゲーム時代ではアドのリアル幼馴染で、ユイとの初恋を拗らせて重度の引きこもりになった経緯を持つ。

 死霊術師の彼なら、おそらく嬉々としてテイムに調整するに違いないと、どこか懐かし気な表情で屍の巨人を見上げた。



「………あっ」

「なんだよ。奴を倒す算段がついたのか?」

「いや、別のことに気づいたんだ」

「別のこと?」

「少し前にテッド君がユイさんにこっぴどく振られた話はしたよねぇ? アレってもしかして、テッド君はユイさんが高校に入学するのを見計らって、高校浪人してたんじゃないかい? 或いは合格した高校を退学して、彼女が入学してくる時期に再受験していたとか……。そして二度目の告白で再びフラれたのかも……。テッド君の執念深さは僕も理解しているから、何となく思い至ったんだけど、君はこの説をどう思う?」

「こんな時に、なんでそんなこと考えてんだ……って、ちょっ!?」



 真偽が定かではないアホな会話の最中に、長く巨大な左腕がゼロス達に向けて振り下ろされた。

 強い一撃だったのか、修復された腕は衝撃に耐えきれず砕け、肉片が攻撃を避けたゼロス達に向かって飛散する。

 よほど再生能力が強力なのか、ゼロス達に付着した肉片はしぶとく蠢いており、大きさによっては人体の一部が生え出してきた。



「「 おわぁ!? 」」



 咄嗟に着衣に付着した肉片を払い落とす二人。



「こんな肉片からもゾンビが湧きだすのかよ!?」

「再生速度はそれほどでもないようだが、こりゃぁ~、本体を本気で灰にするしかないねぇ。だが……」

「あの大きさだから、簡単にはいかないんだろ?」

「幸いと言っていいのかは分からないけど、肉片程度なら再生限界を迎えた段階で活動を停止させるみたいだよ? これは内包している魔力に依存しているのだろうか……」



 肉片が再生して人体のパーツを再構築しても、ある程度の段階で活動を停止させたのを確認し、ゼロスは肉片の再生には魔力の枯渇によるものだと予想をたてた。

 この予想が当たっていた場合、屍の巨人もその巨体に内包した全ての魔力が枯渇することで活動が停止することになるが、問題はどれだけの魔力を内包しているかだ。

 魔物は体内に魔石を持ち、巨体であるほどその魔力濃縮度が大きく、それ以外の体内を廻る魔力量も高い。この魔力を全て消費させるなど簡単な話ではなかった。

 まぁ、これはあくまでも普通の人間が戦った場合での話だが。



「ゾンビ共は範囲魔法で焼き尽くせばいいとして、問題はあのデカブツか。あの巨体だけでも充分に脅威だぞ」

「あの図体を動かすだけでも、かなりの魔力が必要になるはず。質量も増えれば魔力消費量も増すはずだから、長時間の戦闘には耐えられないはずなんだが……」

「分離したゾンビの役割が気になるよな。連中、もしかして俺達を取り込もうとしていないか? ゲームでもおなじみのパターンだろ」

「ソード・アンド・ソーサリスにも、アレと似た能力を持ったゾンビがいたからねぇ。ここまでデカくはなかったけど……」



 屍の巨人はデカい。

 推定でも20m近くあり、動きが緩慢でも歩幅が広いことから、一歩進むだけで簡単にゼロス達との距離を縮めることができる。

 しかも体中から無数に生えているゾンビ達に視覚があるのか、全方向に対しての死角は存在しないようだった。近接戦を仕掛ければ彼らに掴まってしまう危険性も高い。

 


「もう腕を修復してるのかよ」

「再生能力が上がってきている?」

「こうも周りに建物があると、奴に簡単に追いつかれるねぇ……」

「道なりに移動してるからな。炎上している建物もあるし、それらが崩れた残骸も散乱していて足場も悪い。振り切るのが難しそうだ」



 屍の巨人の巨大な掌がゼロスに迫る。

 だが、ショートソードで迎え撃ち、全ての指を斬り落とした。

 アドもまた巨大なショーテルで連撃を叩き込み、四肢を奪うことに成功する。



「これでしばらく手足は使え……って、なんとぉ!?」

「はぁあっ!?」



 足下に転がる切り落とされた指から、突然に数体のゾンビ達が生えだし、ゼロスを捕えようと腕を伸ばしてきた。

 視覚的な不気味さに焦り、無様に地面を転がって避けるおっさん。



「マジか……肉片の再生速度が遅いように見えたのは、ただの魔力省エネモードだったってことか? やろうと思えばあんな速度でゾンビ共を増やせるのかよ」

「というか、気のせいだと思いたいんだけど……。このデカブツ、僕のことを狙ってませんかねぇ?」



 もはや、かろうじて人型をしているだけで、その実態は不定形生物にしか見えない。



「こいつ、どんなアンデットなんだろうねぇ?」

「いや、そもそもアンデッドなのか? 何か別の存在が屍を操っているとしか思えねぇんだけど」



 巨人の足下を駆け抜けながら、二人は攻略に思考を巡らせる。

 ソード・アンド・ソーサリスにおいても初見の敵には時間をかけ、できるだけ情報を収集しながら戦略を練るのは基本であり、その基本に忠実な二人はできるだけ情報を引き出そうと逃げ回りながらも観察し続けていた。

 だが、この屍の巨人には強力な再生能力や体の一部から眷属を生み出す以外に、これといった特殊な能力はないように思えた。

 仮にその予測が正しいとなれば、これ以上この魔物につき合ってやる必要もない。



「情報も得られたことだし、そろそろ潰しますか。ここはお約束を守りましょうかねぇ~」

「……お約束と言うと?」

「先ずは動きを封じる……」

「そこはかとなく嫌な予感がするんだけど……」

「それは正しい判断だ。【錬獄炎焦滅陣】」

「至近距離でいきなりやべぇ魔法だとぉ!?」



 巨大な魔物を倒す場合、先ずやらなければならないことは動きを封じることだ。

 例えば足を負傷させるだけでも動きをある程度限定させることはでき、完全に潰すことができれば身動きが取れなくなり、また重量が仇となり大きな的になり果てる。

 

 魔獣であろうがアンデッドであろうが、肉体というものが存在する限り単純な物理法則からは逃れることはできない。仮にできたとしても物理法則から外れた動きには大量の魔力を消費することになる。

 この巨大な魔物にとっては自身の体重――質量は大きな弱点であった。

 巨体を支える足が無くなれば、動き回るには巨大な腕だけとなり、そのぶん攻撃手段が限定されてしまう。

 しかしその手足も現在再生の最中であり、屍の巨人はちょうど足の修復を終えて立ち上がろうとしていたところであったため、おっさんはこの隙を逃すまい

と一気にケリをつけるために最終手段を決断したのである。

 

「灼熱の溶岩に沈めぇ!!」

「無茶しやがるなぁ~、ちくしょうが!!」

「さぁ、逃げろや、逃げろ♪」

「楽しそうだなぁ、おっさん!!」



 ――漆黒のキューブに詰め込まれた膨大な魔力と術式が屍の巨人の足元に投げ放たれると、瞬時に魔法術式発動し、尋常では無い熱量によって燃え盛る港町を溶岩の中に吞み込んでいった。

 しかも、錬獄炎焦滅陣は高範囲殲滅魔法だ。

 石畳や周辺の廃屋を溶岩に沈めるだけでは足らず、放射される灼熱の熱量が炎獄地獄の範囲を急速に広げるため、ゼロス達も必死で有効範囲外から逃れなければならない。

 二人は逃げながらも、炎上する屍の巨人が溶岩の中へ沈んでいく光景からも目を離さなかった。



「GYADOGUGIEEEEEEEEEEEEE!!」



 屍の巨人の叫び声が響き渡る。

 魔法の有効範囲外に出た二人が振り返ると、屍の巨人は炎に包まれ、そのおぞましき巨躯は急速に炭化し崩れていった。



「ありゃ、予想よりも弱かったのかねぇ……。もしかして、オーバーキルかな?」

「もしかしなくてもオーバーキルだろ。無茶しやがる……」

「やったかな?」

「それ、フラグにならないといいな」



 溶岩の中へと沈みゆく屍の巨人。

 どれだけ再生能力があろうとも、その巨体を構成する多くのアンデッド達が全て焼き尽くされれば、存在を維持することはできない。

 灼熱の劫火に焼かれ崩れ落ち、それでも足掻き続ける巨大な手を虚しく伸ばすも、あまり意味のないことだった。



「時間を食ったし、先を急ごうかね」

「このダンジョン、難易度がおかしいだろ」

「現実はそんなもんだよ。ゲームのように予め決められた設定なんて、創作物フィクションだけの話さ。ゴブリンだって実際は凶悪な生物だし、一個体の強さなんて意味はないよ」

「連中の強さは群れで発揮されるからな。知能もそれなりにあるからタチが悪い」

「そういうこと。じゃぁ、行こうか」

「だな……」



 この時二人は屍の巨人を確かに倒した。

 そのはずであった。

 だが、屍の巨人が沈んだ溶岩に異変が起きていることに気づいていない。

 まるで海面に巨大な物体が浮上してくるかのように、煮え滾る溶岩がゆっくりとだが盛り上がり、何かが出現しようとしていた。

 少し先まで歩いていたゼロスとアドは、その気配を感じ取った。


「……なんか、嫌な予感がするんだけど」

「奇遇だねぇ……。僕も今、同じことを考えていたところだよ」



 ゆっくりと振り返る。

 そこにはマグマでできた巨人が立ちあがっていた。



「「 うっそぉ~~ん……… 」」



 【マグマゴーレム】というものを二人は知っていたが、アンデッドからゴーレムに変化するような魔物などソード・アンド・ソーサリスでも見たことがなく、このような現象を目撃するなど初めてのことであった。


 ==================================



 屍の巨人――かつては【大迫麗美】と呼ばれ、プレイヤー名【シャランラ】であった女性の魂は、既に自我を維持できないほどに弱り果てていた。

 それでも動き続けるのは、あくなき生への渇望であり、もはや考えることすら忘れ果てた欲望の妄執である。

 こうなるともはや怪物と言ってもいいだろう。

 アンデッドの本能から魔力に惹かれ生物を襲っていたが、歩き回る過程で踏みつけた魔物(疫病医)を取り込んだことで、体中にある人面や眼孔に眼球を取り戻したことにより視覚を確保し、周囲の光景を認識できるようになった。

 そこで彼女が見たものは、自分よりもはるかに小さな生物であり、その片方を見ているだけで理由も分からない激しい感情が沸き起こるのを知覚した。



「ZADOJIEEEIIIIIIIIIIIIEIEIEI@*#&%!!」



 沸き起こる感情が彼女に咆哮を上げさせた。

 なぜこんな感情が沸き起こるのか自身もまるで理解できず、どうしようもない衝動のままシャランラであったものを突き動かした。

 執拗にゼロス達を狙うも動きが遅く、どうしても逃げられてしまう。

 次第に苛立ち、その感情が自分の動きをより単調なものへと変えていくが、そこに気づく知性はとうに失われていた。



「IGIRUXUUUUUUUUUUUUUUUUU!!」



 生への妄執の込められた怨嗟の声を上げる。

 そんなときだ。

 自身の足元が急激に赤熱化し、灼熱の炎が吹き荒れた溶岩の底なし沼へと変化したのだ。

 

 急速に焼き尽くされていく自身の身体に焦るが、既に足は炭化し崩れ、自重で溶岩に沈み込んで身動きが取れない。

 本能がコア部分を切り離し逃れようとするが、この魔力によって生み出された熱量の前では逃げきれないと悟り、この理不尽な死を受け入れざるを得ないことを知る。

 せっかく取り戻した視覚も、この灼熱の炎の前では無意味なものへと変わった。



『Igyaru………Jinidyakuhyai………』



 だが、ここで一つの奇跡がおる。

 シャランラの妄執は自身の魔力と取り込んだ魔物の魔力と強固に結びつき、彼女の魂を核として神経のような根を広げ、急速に溶岩へと張り巡らされていった。

 

 この魔力神経は周囲の鉱物を結合し、新たな肉体の再構築を始める。

 その結果、誕生したのは溶岩によって形成されたゴーレム。

 また、炎や熱に対する耐性を獲得し、灼熱の地獄でも動ける強靭な肉体を獲得することに成功した。

 しかしながら、所詮は溶岩によってでっち上げた体なため、その動きは屍の巨人よりも遅かった。だが、それでもシャランラの魂に欠片ほど残された妄執によって、ゼロスを標的として狙う行動を再開するのであった。

 下に恐ろしきは人の執念。

 例え元の人格が希薄になっていようとも、生存にかける妄執は消えることはなかった。



 ==================================



「Gooooaaaaaaaaaa!!」

「「 うおおっ!? 」」



 マグマゴーレムの放った溶岩ブレスがゼロス達を襲う。

 一直線に放たれた溶岩が、地面に一本の赤熱化した道を作り出していた。



「パワーアップしてるぞ!?」

「つまり、あの巨人はアンデッドなんかじゃなく、ゴーレム系の魔物であったということかぁ~。けど……魔力の反応は先ほどに比べて低いようだねぇ」

「えっ? あっ……本当だ。けど、これって弱体化したって言えるのか?」

「どうなんでしょ。攻撃特化になったというべきか、あるいは防御重視になったと見るべきか……」

「微妙なところだな」



 マグマゴーレムは立ち上がりこそすれ、錬獄炎焦滅陣によって形成された溶岩プールを出ようとする様子が見えない。

 ゼロスはこのことに気づくと、逆に不審に思う。



「あのゴーレム……なんで溶岩の中から出てこないのかねぇ? 立ち上がった意味は?」

「あそこから出たら冷えて固まるからじゃ……」

「なるほど、つまり……」

「遠距離攻撃しかできない」



 おっさんとアドの二人はニヤァ~と悪辣な笑みを浮かべた。

 二人の出した答えは、『なら、あの溶岩を冷やしちまえばよくね?』である。

 互いに頷き合うと同時に氷系統の魔法を即座に展開した。



「「【コキュートス】」」



 一般的には氷系最高の魔法と呼ばれるコキュートス。

 一定範囲内を凍土にするだけでなく、副次効果で周辺の気温を奪い敵ごと凍結させ、その両効果で広範囲を氷結領域に変えてしまう危険な魔法だ。



「おっし、予想通りに固まってるな」

「面倒な溶岩も、熱を奪われたらただの石になるからねぇ。これでマグマゴーレムも動けなくなるだろうさ」

「今度はストーンゴーレムとして動き出したりして」

「おいおい、変なフラグを立てないでくれよ。まぁ、そうなってくれれば楽勝なんだけどね」



 溶岩プールはコキュートスで熱を奪われ、溶岩石になるはずだった……。

 いや、確かに冷却によって溶岩を硬質化させることには成功していた。

 ゼロス達の目にもそう見えている。

 だが、固まった溶岩が再び赤熱し始めていた。



「ちょ、冗談だろ……」

「まさか、魔力を送り込んで熱を生み出しているのか!? そんなことをすれば自滅だろうに!」

「ゼロスさん、奴に知能があると思うか? 自滅するリスクを考えられるような上等な生き物には思えんぞ」

「そもそもゴーレムは生物じゃないからねぇ。一般的には自然現象だし」



 暢気に会話している間にも固まった溶岩プールは再び煮え滾り、それどころか無数のマグマの球体が次々と浮かび上がっていた。

 その浮かび上がったマグマの塊はゼロス達の頭上に移動すると、空中で破裂して灼熱の雨を降らせ始めた。



「今日の天気は快晴、所々により火の雨が降るでしょう! お出かけの際は傘のご用意をお忘れなくぅ!!」

「傘で防げるもんじゃねぇだろ、これぇ!!」

「マナ・シールド」

「一時しのぎにしかならんな、これは……」



 燃える雨を必死に逃げまわるゼロス達だったが、ここで二人は異変に気づいた。

 溶岩が降り注いだ地面や石畳は赤熱化し、ドロドロの溶岩へと変わっていたのだ。

つまり、この溶岩球による攻撃はゼロス達を狙ったものではなく、広範囲に拡散させ溶岩プールの範囲を広げるためのものであった。



「これは、まさか範囲領域化魔法!? 馬鹿な、それほどの魔力をどこから調達しているんだ!?」

「範囲領域化って、稀にドラゴンなんかが使うフィールド変質化のことだろ? あんなゴーレムがなんで使えんだよ!!」

「なんでだろうねぇ~」



 範囲領域化とは、例えば極寒の地に生息するモンスターなどが生息地以外の場所で敵と遭遇したとき、魔力を消費して自分に有利な地形気候を作り出す魔法だ。

 いや、魔法というよりは超常的な能力と言い換えた方が正確かもしれない。

 この魔法は確かに地形的な有利性を得られるが、広範囲に及ぶ領域化は多大な魔力を消費してしまい、どうしても短期決戦を余儀なくされてしまうデメリットがある。

 そのため、大型の魔物は自分の生息領域を更に過酷な状況下に変化させることで魔力消費を軽減し、外敵から絶対的な優位性を保つようにするのだ。『ドラゴンが現れると天候が変わる』という言葉もこの範囲領域化からきていた。


「解せない……」

「何がだよ!」

「マグマゴーレムが自由に移動できる範囲を広げるため、範囲領域化を使うまでは分かる。だが、自身の身体を構成しているマグマを操るにも相当な魔力が必要なはずだ」

「こんなときになんだが、今考える必要があることなのか!? 火の雨が降ってきてるんだけど!?」


「今だからだよ。奴にとっては、これは自殺行為に等しいんだ。それなのに範囲領域化を使う以上、さっきも言ったように膨大な魔力を消費する。じゃぁ、その魔力はどこから来ているんだ? ここは火山地帯じゃないんだから、周囲の環境を利用しての省エネなんてできやしないんだよ」

「それは変だな」



 どれだけマグマゴーレムが大きかろうと、攻撃を兼ねた大火球を生み出し上空へと放ち、拡散させて周囲を炎の海に変えるまでは分かるが、周囲に燃え広がった炎を媒体にフィールドを溶岩化させるとなると、消費する魔力は尋常なものではないはずだ。

 これが火山地帯であれば話は別だが、穏やかな気候で火山の一つも存在せず、尚且つ周囲には海が存在するこのフィールドでの範囲領域化など意味がない。

 何かの絡繰りが存在していなければ無理な話なのだ。




「単純に奴が存在するためだけに領域化してるんじゃないのか?」

「魔物はどれだけ知能が低くとも、よほどのことがない限り無謀な行動はやらないんだよ。奴がマグマに溶け込んだ段階で、魔法以外でこちらから手出しするのは困難になったんだからさ」

「溶岩でできた巨大スライムみたいなもんだからな……あちっ!」


「コキュートスから身を守るため領域化をするのは理解できるけど、更に溶岩地帯を広げる意味が分からん。なんで無駄に魔力を消費するような真似をするんだ? そして、なぜアレで魔力が持つんだ。自爆しているはずなのに……。どこからか魔力を調達していないと無理な話だよ。じゃぁ、どこから魔力を調達しているのか、そこが問題だ」

「ダンジョンモンスターの特性なんじゃないのか? 奴らはダンジョンから魔力供給を受けているから、外部の侵入者に倒されない限り生かされ続けるんだろ?」

「あっ………ダンジョンからの魔力供給!? あちゃちゃちゃちゃ!」




 ここでゼロスは一つの結論に辿り着いた。

 ダンジョン内の魔物は常に魔力供給を受けている。

 それは地上よりも濃い濃度であり、同質の濃度の魔力が常にダンジョン内に満ちているような状態だ。アンデッドのような魔力を吸収する効率の高い魔物には理論上、実質無尽蔵の魔力が使えるということになる。

 

 ただし、そこには相当量の魔力を吸収する能力に長けていなければならないという前程がなくてはならず、普通の魔物では吸収した魔力を自分の魔力に変換するには時間が掛かり、かつ限界がある。

 事実、ダンジョンの魔物で魔法により魔力を大量に消費する能力を使いまくる魔物はおらず、種なり個体差なりの違いでの能力差は大きいものの、限界以上の力を行使するような真似は滅多なことでは行わない。

 そうした結論から、目の前のマグマゴーレムは大気中の魔力を急速に取り込み、それと同時に範囲領域化を行っている特殊な事例ということになる。



「ダンジョン内の魔力を直接範囲領域化に当てているのか……」

「な、なぁ……ダンジョン内って、どれくらい魔力に満ちているんだ?」

「実質、無尽蔵だねぇ……」

「どうやって倒すんだよ! まさか、【暴食なる深淵】でも使う気か?」

「重力崩壊系統の魔法は使わない方がいいよ。この広大な空間が一消滅しかねないからさ」

「なんでそんなことを知ってんだ? もしかして…………やらかしたのか?」

「君のような勘の鋭い牡蠣は嫌いだよ」

「なぜにオイスター!?」



 おっさんは以前、セレスティーナとツヴェイト、おまけエロムラ共にこのダンジョンに下り、魔導文明期の遺跡風のエリアで暴食なる深淵を使い、ダンジョンフィールドを崩壊させてしまったことがある。

 そうした経験からダンジョン内での重力崩壊系の魔法はご法度であることを学んだ。

 

 まして、それ以上の魔法である【闇の裁き】などもってのほかだ。

 こうなるとマグマゴーレムを一瞬で消し飛ばすことはできない。

 そんな真似をすれば次元崩壊に巻き込まれ、いくらチートな身体能力を持つゼロスたちでも確実に死ぬからだ。この世界にはソード・アンド・ソーサリスのときのようなゲーム特有の再配置リスポーンなどできないからだ。

 ときどき――いや、割と頻繁にゲーム感覚で行動してしまうことがあるが、この世界は現実で死者は絶対に生き返らない。

 もはや癖となっているこのゲーム感覚に、いつまでも浸り続けるのは危険なのである。



『さて、どうしたもんかねぇ……』



 ダンジョンの魔力を直接に領域化へと回せるマグマゴーレムに対し、ゼロスは有効な手が今のところ思い浮かばない。

 いや、正確には打てる手段が一つだけ存在しているのだが、未完成なうえに今まですっかり忘れ放置していたものなので、ここで使用してどのような結果が出るのか判断がつかなかった。



「あのゴーレム、俺たちを逃がすつもりはないようだな。無差別攻撃をしているように見えて、しっかりこちらの退路を塞いできているぞ」

「どうやら、そのようだ。簡単に逃げられると思ったんだけどなぁ~」


 

 無差別に振る炎の雨は、実は後方にも降り注ぎ溶岩地帯を生み出していた。

 このままでは退路を断たれることは確実だが、こちらに執着しているマグマゴーレムから逃げだせるとも思えない。しかも時間が経過するほどゼロス達は不利に陥っていくことになる。

 腹を括って倒すか、それとも何とか離脱を図るべきか、ゼロスとアドは究極の二択を迫られたのであった。


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