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おっさん、アドの意外な才能を知る


 魔物の世界は弱肉強食だ。

 それが生物である限り、たとえ見た目がどれほど不気味であろうと生きている以上は他の生物を食らい、次世代に命を繋ぐ運命からは逃れられない。

 チャク・チャックやニョル・ミョルニールも種族は違えども、互いに捕食し合う者同士である以上、生存のための戦いを常に行っていた。


「「………」」



 だが、その光景は人の目から見ると実におぞましい。

 チャク・チャックは群れで獲物を狩る習性なのか、数の少ないニョル・ミョルニールに襲い掛かっていくが、見た目の印象から外れた頑丈さの前では、チャク・チャックの牙で皮膚を喰いちぎることができず苦労していた。

 また、ニョル・ミョルニールも数で襲い掛かってくるチャク・チャックにまとわりつかれては動きが制限されしまい、巨大な口を開いて丸呑みするにも簡単にはいかない。

 それどころか、チャク・チャックの生物毒に感染し、瞬く間に腐り落ちていく個体が出る始末。生きているニョル・ミョルニールはおそらく生物毒に耐性がある個体なのであろう。



「なんつ~か、お互いに形振り構わず襲撃し合っているように思えるな……」

「連中はどうやって獲物を認識しているのかねぇ? 考えられるのは熱探知と空気振動、あとは臭いだとおもうんだけど……。どちらも眼球がないから周囲の状況を完全に把握できず、餌とおぼしき生物に手当たり次第で襲い掛かっているのかもしれない」

「だから、数が少ないのにチャク・チャックの群れに突っ込んで行くのか」

「つまり頭が悪い」

「脳みそがあるようにも思えんのだが……」



 捕食者同士の壮絶な食らい合い。

 単純に頑丈な体を持つ生物と数と毒で獲物を捕らえる生物。

 知能が同等同士で戦う場合、単純に数の勝る方が勝つのは明白なのだが、こと魔物の場合においてそのセオリーが当てにならないようだ。

 毒に犯されたニョル・ミョルニールはぐずぐずに腐り果て絶命したが、耐性のある数匹はチャク・チャックを捕食しており、信じられない速さで消化していた。

 痩せ細った体――正確には腹が不自然なまでに膨れていたのに、少し目を離したときには元に戻っている。凄まじいほどの消化能力と暴食ぶりには驚きを通り越して呆れるほどだ。



「ニョル・ミョルニール……アレもヤバくねぇか?」

「あれだけの数に襲われているのに、全く傷がついていない頑丈な体……そして非常識なまでの消化能力。動きも素早いから一般の傭兵では太刀打ちできなさそうだねぇ」

「呑みこまれたら一瞬で消化されちまうだろ」


「硬さを持ちながらも伸縮性と柔軟性も持ち合わせている。普通の生物であれば、あり得ないことだよ。それに、奴さんの消化液だって相当な強酸性のはずだ。なのに消化液で自分が溶けることもない。あの化け物が新人類の失敗作ねぇ………」

「どんな過酷な環境下を想定したら、あんな化け物が作られるんだよ。俺は初めてダンジョンが恐ろしいと思ったぞ」



 生きるため獲物を発見することに特化した能力。

 鋭い嗅覚と熱探知能力もそうだが、ゴムを思わせる柔軟性と伸縮性のうえに硬さも兼ね備え、エネルギー消費を抑えるためなのか余分な筋肉は持たない。

 なぜ視覚を失ったのかまでは分からないが、そのぶん他の感覚器官が優れており、害獣として見ればかなり厄介な存在だ。

 ダンジョンから地上に放出されれば、この魔物によって家畜どころか人間も蹂躙されてしまうだろう。



「……奴に骨があると思うか?」

「チャク・チャックを丸呑みしているようだから、骨は最低限身体を維持する程度の数しかないんじゃないかい? 肋骨も骨にしては柔らかいというか……アレって延びてね? 軟骨みたいに柔らかい肉質の可能性が高いねぇ。頭部には絶対に骨がないことは確かとして、どんな進化を辿ったらあんな生物になるんか……」


「頭がデカいミミズだからな」

「チャク・チャックを見れば分かると思うけど、ワイヤー入りのタイヤゴムに嚙り付いているようなもんだね。けど、何度も噛み続けるとさすがに食いちぎれるようだ。あのミミズヘッド君も無敵じゃないわけだ」

「あっ、本当だ……。腕を食い千切ったぞ。ジャーキーやスルメを食う感覚に近いのだろうか? 顎が疲れそうだが……」

「アド君や、連中には顎骨どころか頭蓋骨すらない。肉を嚙み千切るのも筋肉の伸縮運動だぞ?」



 チャク・チャックやニョル・ミョルニールの口内には、釣り針のように鋭く反り起つ牙が生え揃っており、一度食らいついたら決して獲物を逃すことはない。

 チャク・チャックは獲物を少しずつ肉片にして捕食するが、ニョル・ミョルニールは呑みこんだ獲物に体を引き裂き、消化液が浸透しやすくなるよう深い傷口をつける仕様だ。

 生物の種類によって牙の役割は異なる。



「イソギンチャクとミミズの違い以外は似通った身体構造をしているのに、なぜにこうも生態系が異なるのか不思議だよねぇ。たださぁ~……」

「ただ?」

「こうして集団での喰い合いをしているときって、他の生物から見たら襲い掛かる好機なんだよねぇ~。ファーフラン大深緑地帯では日常だったし」

「おいおい、そんなフラグをおったてるなよ。そんなことを言ったら……」



 ――ギョアアアアアァァァァァァァァッ!!



 どこからともなく響いてくる大型肉食獣の咆哮。

 ゼロス達がその声の主を探すように周囲を見渡すが、どこにも姿形が見当たらない。

 不思議に思ったところで地面に異常があることに気づいた。

 まるでモグラが移動するかのように地面が隆起し、一直線にチャク・チャックやニョル・ミョルニールの下へと向かい、飛び出してきた鋭いアギトが両方の魔物に食らいついた。



「……大物が出現すると言おうとしたんだが、マジで出てきやがった。つか、アレってスピノサウルスか!?」

「ワニのように突き出した顎と、背中の背びれはそれっぽく見えるけど……別の生物だねぇ。前脚は地面を掘るのに適した形状をしているようだし、体中から無数の小さな棘が列をなして生えているときた。もしかしたら水陸両用の生物なのかも……」

「ニョル・ミョルニールを食い千切ってんぞ。もの凄く顎の力が強いようだな」

「上位捕食者のようだ。ありゃぁ~、ちょいとした竜種のようだねぇ」



 現れた魔物を鑑定してみると、名は【グリースピタロス】という竜種であった。 

 水辺や泥地に生息し、地質の柔らかい砂や泥の中に潜り獲物を待ち構え捕食する肉食獣。チャク・チャックなど鋭い牙によりひと噛みでバラバラにされる。

 青紫の体液を口から垂らし、咀嚼すらせず呑みこむ姿は自然界の王者の風格がある。



「まさに弱肉強食だねぇ……」

「ダークファンタジーから一転、ハンターゲームに変わりやがった。あの不気味生物、ゴブリンと同じで捕食される立場なのかよ」

「やっぱりダンジョンの仕様が変わったようだね。以前の魔物たちはダンジョンから魔力供給を受けていたみたいで、餌なんか食べなくとも繁殖できていたんだけど……」

「食物連鎖の生態系が確立されていると?」

「間違いない。見た目の様相で騙されがちになりそうだけど、かなり危険な状況になっているよ」



 以前までのダンジョンは、膨大な魔力を生息する魔物に供給することにより、不自然な生態系を構築していた。

 魔物たちは捕食活動をする必要がないため、繁殖と闘争の二つに行動が制限されており、侵入者や他の魔物を襲うことは生きるために重要なものですらなかったのである。

 だが、今では捕食と闘争・繁殖が繋がることで、生物として完全なものになったと言ってもいいだろう。その獰猛性は以前に比べて遥かに強い。

 種の存続のために活動しているために遊びのようなものがないのだ。




「ゴブリンやオークはダンジョンに侵入した傭兵を襲っていたが、どこか子供の遊びのような稚拙さがあったんだよ。だが、チャク・チャックやニョル・ミョルニールにはそれがない。獲物を発見したらなりふり構わず襲い掛かる。鬼気迫る勢いでね」

「つまり、以前のダンジョンは長閑だったんだな?」


「長閑……まぁ、そう言いかえても間違いではないよ。実際、攻撃を加えなければ襲われるということもなかった記憶があるんだが……」

「スポーツの真剣と、生存を懸けた真剣の違いってやつか?」

「それもあるけど、外敵に対しての警戒心が緩かったね。しかし今はそれがない……危険だねぇ。こと生存が掛かっているうえで、野生の獰猛さの発露を促していたのだとしたら、人間も捕食対象ってことだろ? つまり地上に放出されても充分生存が可能な下地が作られるわけだ」



 以前のダンジョンのままであった場合、ダンジョンから放出された魔物は魔力の供給を受けられず、空腹から凶暴性を増していく。

 やがて周辺の動物を襲うようになり徐々に野性化していくのだ。

 地上での環境を学習し生存本能が強くなれば、当然ながら繁殖に対しての本能も自然と高まるわけで、弱い魔物ほどの強い繁殖力を持つようになる。

 種保存の法則に自然と適応していくのである。


 だが、最初から過酷な自然環境で生きられる能力を持っていた場合、ダンジョンからの魔物の放出は致命的な結果をもたらしかねない。

 野性の生物による脅威は魔物の暴走をより最悪な状況を生み出し、防衛側に多大な損失と犠牲者を生み出すことに繋がる。それどころか自然の生態系すら破壊しかねない。



「遊び感覚で他生物を殺す有象無象を相手にするより、自然界の中でも戦える能力を持った魔物の方が狡猾で厄介だからねぇ。このダンジョン内だけで生態系が維持され続けるなら構わないんだが、もし外部に放出でもされたら日常が地獄に変わるぞ。これって最重要な報告案件なのでは?」

「俺たち、閉鎖しているダンジョンに無断侵入してんだけど……」

「そこが問題なんだよねぇ~」



 ダンジョン内で起きている異変は報告する義務がある。

 しかし、傭兵ギルドから直接閉鎖の打診が出されている以上、無断侵入したゼロス達は何らかの処罰を受けることになるだろう。



「匿名で報告書を投げ込んでおくべきかな?」

「その方がいいかもな。というわけで、報告書の作成はゼロスさんに任せた」

「じゃぁ、アド君には遭遇した魔物のイラストでも描いてもらおうかねぇ~。これも立派な冒険者のお仕事さ」

「この世界に冒険者なんていねぇだろ。つか、俺が描くのぉ!? 俺、美術の成績は悪かったんですけど!?」

「知らん。面倒事を押し付けようとしたって、そうはいかないぞ~。君も道連れさ」



 かくして、おっさんとアドは匿名で放り込む報告書作成のため、隠密行動を行いながらスケッチや生態調査を始めるのであった。

 その結果、当初の目的から離れていくのはいつものことである。 



 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~



 【ソード・アンド・ソーサリス】において、モンスターの生態調査はよく冒険者ギルドから出される依頼の一つである。

 特定の魔物の生息地域や生息数、群れの移動予想や周辺の環境状況など、情報が詳細であるほど報酬の値が上がっていく仕様であった。

 それはダンジョン調査依頼も同様なのだ。

 ダンジョンは内部構造が変化し、生息する魔物の生態系も頻繁に変化する。そのため定期的に調査する必要があり、探索に挑む冒険者に調査依頼を出すほどに情報を求めていた。

 

しかも、この異世界になると話が大きく変わってくる。

 依頼を出すはずの傭兵ギルドは、ソード・アンド・ソーサリスの冒険者ギルドに比べて組織的ではなく、場所によっては国の子飼いになっている支部もあるほどで、完全に独立した組織とは言い難い。

 また、仕事の斡旋組織という面が強く、他の支部との綿密な連絡網が構築されていないためか、緊急事態においての連絡や対応が遅れる弊害が残されている。


 ついでにギルド間での情報伝達も伝書鳩が多用されているためか、必要最低限の情報しか伝えられない。このため対処に迅速な対応を求められる事態が起きても後手に回ってしまうという大きな欠点を抱えていた。

 ダンジョンもまたソード・アンド・ソーサリスのような完全に固定化したものではなく、現在進行形で内部構造が変化しており、調査の危険難易度は恐ろしく高い。


 犠牲者を出さないために閉鎖されているのだが、それでも無断で侵入する者は後を絶たない。地上に戻ってこれなくてもそれは指示を無視した傭兵達の自業自得だ。

 世界は異なるがゼロスとアドは調査をしたことのある経験者で、彼らの目から見たアーハン廃坑ダンジョンを確認した感想としては、わりと安定してきているように思えた。

 その調査を一通り終えた二人だったが、地上時間では既に深夜の時間帯を廻っており、魔物の襲撃の無い場所を見つけ、焚火の前で眠い目をこすりながら報告書をまとめていた。




「………魔物の危険度はソード・アンド・ソーサリス基準にしてAランクほど。薬草類は豊富だが、生態系を見る限りでは最低でも十人体制の大所帯で挑むことを推奨した方が賢明だねぇ。食物連鎖が完全に成り立っていることから、このダンジョンは総合的にSランクレベルの難易度であることは間違いない。下位ランクの傭兵達には、その危険度から不用意に挑むことがないよう強く進言したほうがいい……。分かっただけでも、こんなもんかな?」


「まだ三階層くらいだと思うんだが、実際かなり厳しいぞ。今後の構造変化でどう変貌するかも未知数だし、かなりヤバイと思うぞ?」

「傭兵達が生存できるかも怪しいところだねぇ……」

「あのグリースピタロスも、後から出現したデカい蟹に食われたからな……。このダンジョン、生存競争が厳しすぎる」

「ファーフラン大深緑地帯ほどじゃないさ」

「アレでかぁ!? どんだけ魔境なんだよ……」



 チャク・チャックやニョル・ミョルニールを捕食していたグリースピタロスは、土の下に潜伏していた巨大な蟹、【ギガントクラブ】に襲われた直後に頸部をハサミで寸断され、死肉はそのまま餌として食われた。

 このダンジョン階層の魔物は食欲が旺盛のようで、食べた傍から瞬時に消化しているように思えてならない。なにしろギガントクラブはグリースピタロスと同等の大きさだったのだ。

 その躯を瞬く間に骨にしたのだから、その異常なまでの捕食速度には恐ろしいものがある。これが人間であったら骨すら残さず食い尽くされていただろう。



「ギガントクラブ……アレってどう見てもタラバガニに見えたなぁ~」

「五倍くらい凶悪な姿だったけどな。けど、不思議と美味そうに見えた」

「僕もだよ。試しに狩ればよかったかねぇ?」

「ソード・アンド・ソーサリスでは美味くなかっただろ。代わりに【ダミーロッククラブ】を捕獲できたんだから、良しとしようぜ」



 ダミーロックラブは自分の甲羅を岩場のように擬態化させる能力を持つ、長身の大人ほどの大きさへと成長する大蟹のことで、ギガントクラブに比べると味は上品で高級食材としても扱われているが、痛みが早く直ぐに腐る。

 インベントリーがなければ三時間ほどで腐りだし、三日後には殻だけ残し、内臓や肉は異臭を放つ液状と化してしまう。

 ギガントクラブは狩らなかったが、代わりにダミーロッククラブは乱獲していた。



「一度インベントリーに入れるとダンジョンに吸収されなくなるのって、なんかおかしな話だよな。ダンジョンはどうやって判断してんだか……」

「神が作りしたもうたシステムだからねぇ、僕達の凡俗な頭じゃ計り知れないさ。考えるだけ無駄だよ」

「それより……ゼロスさん」

「なにかね?」

「調査報告書を書いている合間に蟹を解体していたようだが、なに作ってんだ? それに、そこの蒸篭は?」



 おっさんの傍らで湯気を立たせた蒸篭から良い香りが漂っていた。

 アドが確認した限りだと目にもとまらぬ速さでペンを走らせ、報告書を書き上げていたように見えたが、同時に包丁でダミーロッククラブも器用に解体していた。



「ちょいとカニシュウマイでもとね。んなことより、君に頼んだ魔物の絵のデキはどうなんだい? かなりマジに描いていたようだったけど」

「薬草のデッサンはいまいちだな。魔物のほうが楽だった……」

「ほう、ちょいと見せてみぃ~」

「あっ!?」



 隙を突いてアドから絵を奪いとった。

 薬草など採取できる素材イラストはかなり力を入れていたようで、本物と見間違えるほどにリアルな描写で描かれているのだが、魔物のほうはかなりデフォルメされている。

 チャク・チャックやニョル・ミョルニールは二頭身のブサキモキャラで、グリースピタロスやギガントクラブに至っては、もはやゲームの敵キャラのようなコミカルさでありながらも特徴はしっかりと捉えていた。

 素人目から見てもかなり上手いのだが、素材イラストと魔物のイラストの間には、極端なまでのデッサン差があった。



「………美術の成績、悪かったんじゃなかったっけ? 無駄にクオリティが高いんだけど」

「絵は得意だぞ? ただ、色を付けたり造形にしようとすると、なぜか変なものが出来上がるけどな。小学生の写生会のとき、絵だけは先生に褒められたんだが……着色したらホラーな風に仕上がったけなぁ~……」

「プラモデルに着色したことはなかったのかい?」


「あ~……刷毛ムラやら指紋なんかが着いちまって、とてもじゃないが自慢できるような出来じゃなかった。無駄に金を使ったとしか思えない汚い仕上がりでさ。それ以来、素組のやつしか飾ったことはねぇよ」

「あ~……いるよねぇ。下描きは無駄に上手なのに、色を付けた瞬間に全てが台無しになる不器用な人………」

「その不器用な人なんだよ、俺はね!」



 アドは色彩センスが皆無だった。

 せっかくデッサン技能はずば抜けているというのに、それに比例して色付けの才能が壊滅的で、おっさんとしてはとても残念でならない。



「君、絶対に漫画家やイラストレーターになれないタイプだね」

「なるつもりは最初からない。自覚してんだから改められて言われるとへこむんだよ。それに、漫画家はイラストレーター以上にありえないと断言できる」

「そのこころは?」

「ストーリー展開を考えるのが苦手なんだよ。これも小学生の頃なんだが、国語の授業で小説を書くことになってさ。その時のストーリーが今思い出すと黒歴史もんだった。テッドよりはマシだったが」

「そう言えば、テッド君は幼馴染という話だったねぇ。彼はそんなに酷い小説を書いたのかい?」


「いや、ストーリー的には問題はなかったぞ。ただ………」

「ただ?」

「あいつ、何を間違えたのか18禁の百合展開を小説にぶっこんでよ。それで一時期クラス内が騒然としたな。特に女子から……」

「小学生の頃でそんなものを書いていたのか……。彼はその頃からオタクだった? いや、あの性格で? そんな馬鹿な……」

「そこまでは知らない。俺、アイツの家に上がったことないし」


 アドの話から、テッドとは幼馴染ではあるが、仲がそれほどよかったわけではない印象が窺える。むしろ顔見知り程度であったのかもしれない。

 おそらく遊ぶにしても共通の友人同士の仲介で顔を合わせていた程度の、関係が薄いつき合いなのだろう。




「アイツ、自分が中心でないと気が済まない性格だったからなぁ~」

「その彼がユイさんに告白したんだよねぇ? テッドが同級生だとすると、君達とユイさんとの年齢差は2歳違いだろ? あれ……彼はいつ告白したんだい?」

「俺達が中学卒業目前で、ユイは中2に上がる頃だと思う。卒業してからアイツの姿をバス停でも見かけたことなかったな……。その頃には引きこもり?」

「いや、それだと既成事実の作り方を教えろとか、中学生のユイさんがテッド君に尋ねたりなんてしないでしょ……」


「わからないぞ? 小学生の頃からユイは何かにつけて俺にべったりだったし、おばさんや俺の母親からも何やら吹き込まれていたからな……。俺が気付かなかっただけで、ユイの精神年齢が予想以上に高かくてもおかしくはない」

「テッド君はユイさんにいつ告白したのかねぇ?」

「時期は知らないが、テッドは結構執念深いところがあるからな。ユイに何度も告白していたとしても不思議じゃねぇな」

「何度も……」




 テッドが引きこもりになったのが高校生になった頃だと仮定して、それ以前に告白を何度も繰り返していたしたらユイは中学1~2年生。問題はいつテッドがユイに惚れたのかという一点だ。

 少なくとも小学生の頃には既に気があったことになる。

 ただ、そう考えてもユイは当時子供だ。色恋を知るには早すぎる年齢である。

 その上でテッドが告白を執念深く強行していたとして、見えてくるのはテッドの歪んだ嗜好と性癖だけだった。



「………アド君や」

「なんだ?」

「テッド君は…………ロリコンなのかい?」

「…………なぜ、その結論が出たんだ?」

「テッドがユイさんをいつ頃気になりだしたのかを逆算すると、どう考えても小学生の頃には既に独占欲のようなものを持っていた可能性がある。だが、ユイさんは君にべったりで他人の気持ちを考えることは一切なかった。アド君がテッド君に敵意を向けられるのも、小学生のユイさんにテッド君がぞっこんだったことは明白だろ?」


「それでロリコンは飛躍しすぎだろ」

「だが、テッド君は実際に高校生になると引きこもりになっていた。少なくとも高校生になった頃に、もう一度告白して撃沈したと考えても間違いではないはずだ。では、その頃のユイさんの姿は? はい、ここで記憶を思い出して当時のユイさんの姿を描いてみようか」



『なんで絵を描く必要が!?』とツッコもうとしたが、おっさんのマジな表情に気圧され質の悪い紙にペンを走らせる。

 描かれた当時のユイの姿は、小柄でどこかミステリアスな不思議ちゃん美少女だった。しかもセーラー服姿に少なからず微笑ましい印象を受ける。

 衣服を着物に変えたら日本人形のような可愛らしさがあった。

 今を知るゼロスからすると、そこが逆に怖い。



「印象的には、少女というより幼女だねぇ………」

「中学に入った頃のユイは背が低かったからな。女子とはよく話をしていたようだが、男子とは話をしないどころか、何考えてるか分からない無表情だったらしいぞ? 当時と比べるといろんな意味で成長したようだが……」

「この頃には既にアド君一筋だったと思うと、薄ら寒いものを感じるよ」

「そんで二枚目」

「二枚目っ!?」



 アドのデッサン力は天才レベルだった。

 しかし二枚目に描かれたユイの姿は、背筋が凍りそうな恐怖をゼロスに齎す。

 セーラー服姿のユイは右手にロープ、左手には鋏を持ち、目を見開き不気味な笑みを浮かべるといった完全なサイコパス。アドに対する依存度と独占欲がハンパじゃない印象をダイレクトに受けた。

 お札を張って封印したくなるほどの迫力が凄い。



「な、なんか……狂気じみているんですけどねぇ!?」

「ユイはこの頃からやばかったぞ?」

「一枚目は………?」

「アレは普段の姿だ」

「落差というか、裏表が極端すぎやしないかね?」

「それを全部ひっくるめてユイだ」



 アドの無表情な横顔になぜか人身御供という言葉が浮かんだ。

 言ってしまうとユイの二面性は荒魂と和魂が完全に分かれ、その全てが全力でアドへの愛情として向けられた、受肉した神仏の類としか見えない。

 凄まじいほど情愛の深さと凄味がそこにあった。

 これもユイとアドの両母親からの影響だとしたら、この時には既に外堀が埋められている状況なわけで、とんでもなく罪作りな英才教育だ。

 中学生の頃には既に覚悟完了していたと考えると、その後のアドに対しての猛アタックも頷けるものがあるのだが、完全にサイコサスペンスの世界である。



『こりゃぁ~、人一人呪い殺してるかもしれないぞ……。それくらいやらかしそうな迫力だ……。勝てるわけがない』



 今ではそんな彼女を受け止めているアドだが、もしかしたら凄い大物なのかもしれない。

 いや、逃げられないと分かってしまったからこそ、悟りの境地に達してしまった可能性も無きにしも非ずだ。



「………ヘッ、シュウマイ食うかい? できたてだぜ」

「なんで泣きながらシュウマイを渡す?」

「練りたてのからしが目に染みただけよ……。いいから食いな、冷めちまうぜ……」

「なんで俺を見ようとしないんだ? まぁ、食うけど……醬油ある?」

「あいよ………」

「いや、だからこっち見ろや」



 遅めの夕食を始める二人。

 アドはカニシュウマイを『美味っ!? カニの卵もぎっしり詰まってやがる。なにこれ』と満足の様子であったが、おっさんはシュウマイの味をまったく感じることはなかった。

 二枚目のデッサン画から黒いオーラのようなものが立ち昇っているようで、それが気になって仕方がない。

 その後は【ガイアコントロール】と【ロックフォーミング】を駆使し、かまくらのような寝場所を構築。ついでに魔物避けの臭気を放つ【魔避香】を焚いて就寝したのだが……。



『……ねぇ、俊君? 今日は帰ってこないみたいだけど、浮気なんかしていないよね? もしかして、ゼロスさんと一緒にいけないお店に行っちゃったのかな? かな? ねぇ、どうなの? ねぇ?』


『『なんか、ドス黒い声が聞こえてくるんですけど………気のせいだよな?』』


 

 ……二人はなかなか寝付けなかったという。


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