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おっさん、ダークファンタジー系のボスとバトルする


 剣を振るうたびに腐臭交じりの血液が飛び散る。

 地面を染め上げる緑色の血液は気化し、鼻を突く刺激臭と毒の霧へと変わり、荒廃した街並みを包み込んでいった。

 人の姿をした魔人達はゼロスとアドを目にとめた瞬間、グチャグチャとおぞましい音を立てながら異形の姿へと変貌し、我先にと獰猛な牙を剥いて襲い掛かってきた。


 迎撃するゼロスとアドは指先でレバーを引くと剣は延長し、間合いが伸びたことによって魔人達に触れられることなく、無慈悲なまでの斬撃によって殲滅されていった。

 振るわれる剣速は雷のごとく空間を幾重も走り、まるで『お前達は無価値だ』と言わんばかりに、刹那の瞬間に多くの魔人達の命を刈り取っていく。

 二人のいる場所だけがまるで竜巻の中心となり、吹き荒れる旋風は辛うじて人型であった哀れな者達を、原形がとどめておけないほどの肉塊へと細切れし、全てが泡沫の悪夢のように迷宮へと消えていった。



「………ふぅ。あらかた片付いたかねぇ?」

「あぁ~気色わりぃ………。マジで何なんだよ、こいつら………」

「変身後は全部統一性がない姿なのに、置き土産の毒霧を残して消滅することしか共通していないねぇ……」

「状態異常の耐性、カンストしてて助かったな」

「こいつら、迷宮の外に出たらどうなるんかねぇ。やっぱり繁殖するのだろうか?」



 魔人達は様々な職の者達がいた。

 浮浪者のような者から町民・道化師・騎士・医者など、まるで舞台で決められた配役のように各所に配置され、侵入者を発見すると形振り構わずに襲い掛かってくる。

 存在自体がチートのゼロス達でなければ数で押され、食い殺されていただろう。

 見た目は人間でも、その本質は獣そのものであった。



「マジで死にゲーの世界に迷い込んだ気分だ」

「実際迷い込んでるよ。弱い連中で楽だったけど」

「数が多すぎんだよ。それに、あの騎士連中は何なんだ? どう見ても俺達よりデカいだろ」


「馬鹿げた大きさのポールアックスを振りかざしてきたときには、本当で驚いたよ。一般の傭兵じゃ相手にならないんじゃないかなぁ~」

「フルアーマー装備で、しかもブリッヂ状態で向かってこられたときは、マジでビビった。まさか背中から昆虫の脚が生えていたとは……」



 戦闘時には醜悪な姿へ変貌する魔人。

 触手や手足が増えるなどまだマシな範疇で、中には原形がとどめていない不気味な存在の個体も多く、攻撃手段も多様性がありすぎて相手をするのが面倒なほどだった。

 肉体が強化するなら常識の範疇だが、手足や首が伸びての捕縛あるいは捕食行動は間合いが掴みづらく、群がる他の魔人達の後方から執拗に仕掛けてくるのだから厄介極まりない。

 しかも仲間ですら見境なく食い殺そうとするのだから酷い。

 ゴブリンの方が仲間意識のある分、理性的な種族に思えたほどだ。



「武器を扱う知性はあるのにねぇ……」

「しかもドロップできるアイテムが呪い系って、何の罰ゲームだよ」

「限りなくゾンビに近い習性の生物なのかもしれないなぁ~」



 ゾンビは生前の人間が残した残留思念に魔力が集まり、死体に憑依して動き出す自然現象だ。これらのアンデッドは魔力に引き寄せられる傾向があり、自己保存のために生物を襲っては魔力を吸収し、再び獲物を求めて徘徊することを繰り返す。

 では、魔人はどうなのか。



「徘徊しているのは魔力を持つ他の生物を探すための行動なんだろう」

「そんで、獲物を発見すれば姿を変えて集団で襲ってくるのか……。じゃぁ、仲間を食うのはどういった意味があるんだ?」


「推測だけど、その個体だけ魔力を多く持っていたんじゃないかと思う。この生物は突出した個の力は必要とせず、均等な力を維持し集団で動くんだろう。そして少しでも魔力に差が出れば襲い掛かり、食らうことで集団での力の均一化をはかる」


「その手の群れなす魔物って、パターン的に命令を下すボスが必ずいるはず……だよな? 死にゲーのお約束的なボスがさ」

「それが見当たらないから困っているんだけどねぇ~」



 群れの中の実力差を均一にする習性は、裏を返せば上位の存在より強くなることを良しとしないということだ。つまりは群れの頂点に君臨するボスが存在していることになる。

 例えばハチ型の魔物は、クイーンを頂点に護衛や労働を担当する個体が存在しているが、それぞれの役割に役割に合わせ能力を均等に配分されていた。

 そして、緊急時には集団で襲い掛かる習性を持つ。


 魔人達も姿形は異なろうと能力は同等で、獲物との力の差を補うため武器を扱う程度の知能を持つが突出した能力はなく、集団による攻撃に特化していた。

 武器だけでなく鎧をまとっている個体もおり、一概に戦闘力が均一とは言い難いのだが、これは誤差の範囲なのだろうかと疑問も浮かぶ。



「ただ、気になる奴らもいるよな?」

「集団攻撃に移らなかった魔人でしょ? 僕もそれがおかしいと思ったんだけど、もしかして連中は見た目が似ているだけで別の種なんじゃないかな? もしくは別のボスの管理下に置かれているから、あの魔人達は襲わなかったんだと思ううんだが、アド君はどう見る?」

「魔人にも種類がある、か……ボスが二匹もいるなんて考えたくもないな。どうせ気色悪いに決まっている」



 ゼロス達が襲われている間、巨体の魔人騎士は襲ってくることがなかった。

 これが別の命令系統で動く他の種だと考えると辻褄が合う。

 だが、それは憶測の域を出ておらず、詳しく調査するつもりもなかった。



「ところで、こんなときに関係のない話なんだが……」

「なんだよ」

「僕は某馬っ娘ソシャゲで実装を待ち望んでいた、ある馬がいたんだよねぇ。結局この世界に来ちゃったから確認できなかったんだけどさ」

「本当に唐突で関係ない話だな……。で? どんな馬なんよ」

「ハリボテエレ――」

「永遠にねぇよ!! 今話すことなのかよぉ、それぇ!?」



 真面目な話に耐えきれなくなったのか、おっさんはついにボケをかました。

 まぁ、周りには薄気味悪い生物が徘徊している光景ばかりなので、馬鹿なことを言わないと気が滅入ってくる気持ちは分かる。

 分かるのだが、納得できるかは別の話だ。



「そもそも馬じゃないだろ。なんで来ると期待してんだ?」

「いや、万が一ということも……」

「だから、ねぇって言ってんだろ!!」

「コーナで必ずコケることから、絶対にドジっ娘属性だと思うんだよねぇ。ハリボテで有馬を目指したかったなぁ~。エ〇ジーって女の子の名前っぽいじゃん」

「しつこいわぁ!!」



 いや、おっさんは割と本気だったようだ。

 意味不明な話を素直に聞いてしまった自分が馬鹿だったと、後悔したアド君であった。



「さて、それじゃ真面目な話に戻ろうか」

「アンタが脱線させたんだけどな………」


「こうしたエリア型ダンジョンだと、ボスもどこかに隠れていることが通常のパターンだ。しかもダークファンタジーな街がベースときた。なら、エリアボスはどのあたりにいると思う?」

「街の教会か診療所、或いは街から離れた森の中の遺跡……。地下の下水道奧ってところか?」


「城はないから、その辺りが妥当だろうねぇ。だが、ダンジョンのエリアは広いけど限定された空間だ。しかも相手は群れで行動する魔物でもある」

「序盤のパターンで言うなら、配下のすぐ近くにいる可能性が高いか。街の中にいると手間が省けるんだが、下水道の更に地下深くだったら?」


 ダークファンタジー系の、しかも死にゲーのようなフィールド。

 しかも、腐臭と鉄錆臭が漂い、不快感は精神力をゴリゴリと削っていく。

 その上でボスを探すために地下下水道へと下りるとなると、しばらく衣服から悪臭が取れなくなることは確実だ。

 だが、ボス部屋を探し当て討伐をしなくては先に進めない。選択肢はなかった。



「今のところ地下への入り口は見当たらないけど、足元にも攻略エリアが広がっていたら面倒かな。そこに謎解き要素が加わったらと思うと、考えたくないよねぇ~……」

「深い穴に自ら飛び込むとか、デカい鳥や悪魔に別のエリアへ強制移動されるとか、面倒な手順を踏む仕様だったら俺は帰るぞ」


「…………帰れたら、いいよね」

「不吉なことを言うなよ!?」



 ゲーム知識は実際に存在するダンジョンに対応できるかは分からない。

 情報がないよりはマシだが、一口にダンジョンの構造を予想してもそのパターンは数多く存在し、参考程度にはなるが見た限りでは判断できないのが現実だ。



「襲われながら進んできたけど、街の中にボスが居そうな場所はあったかねぇ~?」

「墓地や公園らしき場所はあったが、雑魚が徘徊していただけだったぞ」

「こりゃ、複数のルートがあるパターンかな」

「街の外はどうだ?」


「このエリアの広さにもよるかな。エリアの端ギリギリに進んでも何もなかった場合、この街にボスの場所へ続く隠しルートがあるということになるし、全域を探索するのも骨が折れそうだ。何よりもめんどい」

「絶対にやりたくねぇぞ」



 ゲームでの探索は疲れることはないが、実際にダンジョンで探索を行うと精神と肉体に少なからず疲労が溜まる。

 いくらチートな二人でも精神面は普通……とは言い難いが人間だ。

 長期の探索が必要となった場合、少しのミスで負傷くらいはしかねない。

 そもそも気軽にこのダンジョンへ足を踏み入れたこともあり、長期戦になる心構えなど全くできていなかった。



「街は広い……。あと探索していないところと言えば――」

「あの大聖堂か? あそこだけ建築様式が違うから不自然だよな」

「この時代がバラバラな様式はダーク系ファンタジーぽいけど、実際に自分の目で見ると明らかに異質だよねぇ。ホラー感満載なのはダンジョン・コアのサービスだろうか」


「行ってみるか?」

「行くしかないでしょ。これで駄目だったら、街の外の薄気味悪ぅ~い森を探索することになる」

「ジメジメしてそうで嫌だな………」



 元より異様な階層なので、虱潰しに探索する気に二人はなれない。

 呪術系アイテムをドロップしたところで旨味もない。

 求めているのは鉱物資源や希少な薬草の類なのに、このような場所で足止めされるのは時間の無駄であり、そろそろ別のエリアに進みたい気分だった。

 だからなのか、おっさんとアドは足早に教会を目指す。

 そこで彼らが見たものは――。



「………こう、来たか」

「こっちもジメジメしてそうだねぇ」



 大聖堂の床が完全に抜け落ち、真下に広がる地下遺跡。

 古い街を埋め立て新しい街の土台にする方法は昔行われていたことだが、穴の底には不定形の肉塊のような生物が蠢く地下水道だった。



「あれ、肉だよねぇ……。カイ君が見たら絶対に『肉に対する冒涜だ!』とか言いそうだよ」

「憎っくき肉片とか言わないよな?」

「粗忽な肋骨かも知れないよ?」

「骨の要素がどこにもないだろ……。あと、そこは露骨じゃなかったっけ?」

「テケリリとか言いそうだなぁ~。ショゴスの仲間かねぇ?」

「分かるのは、見た目がスライムに似た何かってだけだな。【スラッグ】っぽい魔物もいるようだが、あの肉に食われてんぞ」



 スラッグは人よりも大きな巨大ナメクジのことだが、そのナメクジよりも小さい肉の塊は果敢に飛び掛かり、倒して捕食する光景は異様だ。



「あの肉塊……どうやって跳躍してるんだろ。収縮した反動を利用して飛ぶなら分かるが、そんな予備動作がなかったよねぇ?」

「上から見ただけじゃわからんな。やっぱ………下りるのか?」

「嫌だけど、下りるしかないでしょ。けど下水なんだよね」

「うぇ~~っ………」



 ダンジョンは遺跡や森林などの様々な世界を内部に創造するが、エリアの全てが綺麗な場所ばかりであるとは限らない。

 生息する魔物の生態によっては毒の沼や有害物質で汚染された場所も存在し、その環境に適応した生物を繁殖させる。これは自然環境に合わせたものであり人間に対しての配慮など、全くと言ってよいほどに考えられていない。

 あくまでも環境に適応できる生物が優先なのだ。

 そこへ侵入するということは、環境に適応した生物の縄張りに侵入することを意味し、敵性生物と判断され滅ぼされても文句は言えない。



「生理的に受け付けないのは分かるけどねぇ~……」

「なぁ……ここは諦めて周辺の森を念入りに調べた方が良くないか?」


「このエリアは森よりも街エリアの方が広い。おそらくだが、ここが正しいルートだと思う」

「マジか……変な病気に罹ったりしないか?」


「保証はできな……あっ?」

「………へっ?」



 大穴に身を乗り出して真下を覗き込んでいた二人は、足下に対しての注意を疎かにしていた。

 まさか足場が崩れるとは思っておらず、焦りから不意なアクシデントに対処しようもなく、汚水が満ちた地下に向かって落ちて行った。



「穴があったら落ちなくてはならない。コメディーのお約束だぁ~ねぇ~」

「言ってる場合いかよ! なんか、下の連中が集まって来てんぞ」


「彼らにとって僕達は餌なんだろうね。落下してきた獲物を集団で襲って捕食することを思いつくくらいには、連中は頭がいいんだろう」


「なら、対処法は一つだな」

「集まってくるならちょうどいい。消えてもらうさ」



 どこに目があるかも分からないブヨブヨとした肉塊は、二人が落下する予想地点を正確に見抜き、飛び跳ねながら集結してくる。

 そこに向かってゼロス達は魔力を集め、範囲攻撃魔法を放った。



「【コキュートス】」

「【サンダーレイン】」



 瞬間冷却の凍結魔法と降り注ぐ雷撃による範囲魔法が炸裂した。

 汚水に満ちた下水道は一瞬にして肉塊ごと凍てつき、無差別に降り注ぐ雷撃は凍り付いた敵を破壊し、或いは氷結した氷や水を伝導して攻撃範囲から免れた魔物たちを襲う。

 たとえ雷撃の飴から逃れられても、氷結して身動きが取れない状況で伝導した電気に打たれ、結局は滅ぼされる運命から逃れることはできなかった。

 そしておっさん達は悠々と凍り付いた足場に着地する。



「汚水に塗れた魔石、要るかい?」

「いらね。手を突っ込んだら病気になりそうだ」

「だよねぇ~……」



 一撃で死亡出来たらまだ救いがあっただろう。

 肉塊の魔物中にはまだ生存していた個体もいたが、雷撃によって痺れているのか動けずにいた。そこへ問答無用でショットガンを撃ち込む。



「ゼロスさん、こいつら……」

「ん? なるほど………そういう生物なのか」



 肉塊の魔物はよく見ると手足が存在した。

 頭部のないブヨブヨとした大きな体に眼球はなく、タコのような突き出した口が実に卑猥だ。

 太りきった肉塊の身体の真下に痩せ細った人の腕を持ち、掌は水かきが存在しており、壁に張り付くためなのか腹には大きな吸盤を持つ管足がびっしりと生えている。

 胴体を水面に隠して弱点の腹を守っているのだろうと思われる。



「こりゃ~浅瀬に生息する魔物の特徴だねぇ。ストローのような口を獲物につけて溶解液を流し込み、溶けた肉を啜るのかな? だが、獲物の接近には敏感で、攻撃範囲に近づいた瞬間に集団で襲い掛かると……。骨が無さそうなのに腕が生えているのは、何故?」

「襲われる側としては嫌すぎる見た目だが……」


「個体としては比較的に弱い部類だろうね。捕食する方法はノミみたいだけど、集団行動をすることから習性はゴブリンに近いんじゃないかな。生殖器がないのにどうやって増えるのかが気になる」


「卵じゃね? もしくは分裂」

「分裂はないでしょ」



 適当に言ったアドの言葉は、実は正解であった。

 この後、出現する肉塊生物を排除しながら進むと、鉄格子を嵌められた地下牢のような部屋が並ぶ一角に辿り着いた。

 だが、ここで二人が見たものは吐き気を催すほど気持ちの悪いものだった。


「「・・・・・・・・・・・・・・・」」


 言葉にしようにも、なんと言ってよいのか分からない不気味な光景。

 天井や壁に張り付いた肉塊生物と思しき物体。

 しかし、その物体はまるで柘榴のように割れており、中にはびっしりと半透明の卵がキャビアのように詰まっていた。

 更に言うと胴体が腐敗し、異様な臭気を放っている。

 その死肉を貪るのは、皮膚が爛れ、瘤が無数に浮き出し、明らかに病気持ち確実なネズミらしき生物。

 いや、良く見るとネズミの瘤は肉塊生物が寄生しているようで、微かに蠢いていた。



「「汚物は消毒だぁあああああああぁぁぁぁぁっ!!」」



 咄嗟に無詠唱で放った炎属性魔法。

 よほど気が動転していたのか、二人はどんな魔法を使用したのかまでは覚えていない。

 気づいた時には地下牢のような部屋が、全て二人の手によって紅蓮の炎に包まれていた。

 それだけショッキングであったことが窺える。



「ハァハァ………なんなんだ、あの生物は………」

「思い出したくないけど、推測するに肉塊そのものが産卵器官になっていたんじゃないかな? 卵ができると産卵場所に集まり、背中が割れて卵を剥き出しにするんだ。生まれた個体はネズミなどに寄生してある程度まで大きくなり、やがて群れで狩りをしながらあの姿にまで成長するんだと思う」


「だんだん気持ち悪くなってきたぞ……」

「子孫を残して死に、体は他の生物の糧にするんじゃないかい? だって、子孫を生き永らえさせるには餌となる生物が必要だしさ」


「卵はネズミの餌にならないのかよ」

「捕食された様子が見当たらないことから、孵化するまで外敵を寄せ付けない匂いを放っているんじゃないかい? 仮に食われたとしても卵があれだけあると……ねぇ?」



 半透明の卵が密集している光景を思い出し、二人は身震いした。

 カエルの卵を数百個くらい集め、それを薄皮で包み粘着性の液体をしたらせたものと言えばいいのか、とにかくトラウマになるほど醜悪なのだ。

 二人もできるなら記憶から消し去りたい。


「………ネズミに寄生しているのは、生息範囲を広げる意味もあるんじゃないのか?」

「その可能性もあるねぇ。成長するにはより大きな獲物に寄生しなくちゃならないし、ちょうどいいのは巨大ナメクジのスラッグなんじゃないかい? あれは動きが遅いし、餌もヘドロだけで生きていける。もしかしたら肉塊生物の家畜扱いなのかもしれないねぇ」


「脳みそがあるようにも思えないんだが……」

「生存本能だけで生きているんじゃないかな」


「思考が単純ということか。どちらにしても生理的に受け付けない」

「受け付ける人間がいるとしたら、かなり歪んでる人格持ちだよ。その生物は、きっと種を残すことだけに特化してるんだ」


 

 生物は環境に適応する。

 そして環境適応した生物に合わせて生態系も構築されるのだ。

 当然だが大量に増える生物を捕食する存在がいる可能性が高い。


「こんな不気味生物を食っている生物って、いったいどんな奴らなんだ?」

「さぁ?」



 考えられるのは間違いなく肉食生物。

 おそらくだが数は少なく、この汚水まみれの空間で頂点に位置する生物なのだろう。

 だが、二人はそれを確認したいとは思えない。

 絶対に気味の悪い生物なのは確かだからだ。



「先……進もうか」

「そうだな………」


 ダンジョンに入って三階層目、早くも心が折れた二人であった。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 ダンジョンには人間のような知的生物は存在していない。

 だが、人間に近い生物は存在している。

 例えば仮呼称の魔人――【フェイクヒューマン】だが、彼らの行動は一見して精神を患った人間に見えるが本質は働きアリ的な存在で、自由意思のような思考は持ち合わせていない。

 また、狩りのときは肉体を変質させるため、人間のような姿からはかけ離れていく。

 人型生物の形態はしているが、どの個体も定められた本能に依存しており、武器を扱う知能はあっても無差別に振り回すだけで、創意工夫しようという思考が働かない。

 単純な思考しか持ち合わせていないのだ。

人間の姿をしているのは、あくまでも得物を引き寄せるための擬態にすぎないのだ。

 では、そのような人型の姿を持ちながら、大型の魔物であった場合はどうなるか?

 その答えは現在ゼロス達が直面していた。



「あ~………うん。不気味な魔物ばかりだと思っていたけど、これは異様だねぇ」

「さすがに、これはないだろ………」



 下水を探索し続けた結果、奥地で広い空間に辿り着いた。

 その中心で、半裸の女性が土の中から上半身を出していた。

 いや、その女性も見た目は異常で、体は巨人と言っても過言でないほどの大きさだ。これだけでも充分に異常である。

 そこからさらに、両腕は肩から無く、背中には昆虫のような長い脚が生えており、顔に至っては眼球が無数に蠢く、見ただけも充分に分かる異形だった。

 周囲には古き時代の建造物が重なりあい、今二人がいる砂地の空間だけがぽっかりと穴が開いているような状況だ。実に分かりやすいボスエリア。

そのど真ん中に不気味な女性の上半身が聳え立っているのだから、嫌でも目立つ。

 更にブヨブヨな肉塊生物が寄生しており、その光景はが生理的な嫌悪感を抱かせる。吐き気を催すほどだ。



「まず、ここではっきりさせたい。アレは何で地面に埋まっているんだろうかねぇ?」

「俺に聞くなよ」

「そして、アレが埋まっている場所も、僕達が立っている場所もおかしい。あの城の一部のようなの瓦礫……どこから来たんだ?」

「目玉が無数にある口の無い顔の全裸の巨大女……。サービスにしても誰得だよ」

「特殊な性癖でもない限り、誰も喜ばないねぇ。そんで、間違いなくあれがボスだろう」

「あれの姿を見て喜ぶやつがいたとしたら、人格がそうとう歪んでいるぞ」



 不気味な生物ばかりかと思ったが、ボスもやはり不気味生物だった。

 そして、目の前の存在が魔人達の女王であることに間違いないと確信する。

 なぜなら魔人達は地下道を使い、この場所へ狩った獲物を運搬していたからである。

 しかも上から無造作に放り込んでくる。


「砂地の足場と得物を運び込む働きアリ……。なんか、ボスの姿が朧気ながらわかった気がする。たぶん………」

「アリジゴクじゃねぇのか? ウスバカゲロウの幼虫の………」

「つまり、アレは腹部から尻を上に出したまま埋まっていることになるねぇ? 弱点を攻撃するには今がチャンスじゃね?」

「目があるんだけど?」

「そうだねぇ……こちらを見ているようだし」

「えっ?」


 大小複数の眼球がゼロス達一点を凝視していた。

 つまりは完全に獲物として捉えているわけで――。


「「 やっべ……… 」」


 平坦だった砂地が動き出し、中央に向けて傾斜を取り始めた。

 流砂に巻き込まれないよう咄嗟に二人は走り出し、引きずり込まれる前に距離を取る。


「やっぱりアリジゴクか!」

「こりゃぁ、倒すのが面倒そうだ」


 チートな二人でも所詮は人間だ。

 二足歩行の生物なだけに踏ん張りが利かない足場は分が悪く、昆虫のような敵ボスには有利な状況。

 しかも巨大な裸婦の半身は次第に地下へと沈んでいく。


「逃がすかぁ、【ライトニングジャベリン】!!」

「んじゃ、【フレアナパーム】!!」



 アドの放った雷の槍が巨大アリジゴクの腹部に突き刺さり、ゼロスの炎系魔法が連続して爆発を起こす。

 すると痛みに耐えられなかったのか女性像の如き腹部が横に倒れだし、アリジゴクの姿をゼロス達の目の前で晒した。

 そう、確かに腹部から胸部に至っては人間的な見た目だが、下半身に限り完全な昆虫だったのだ。長く突き出した顎は獲物を捕らえて離さないよう、無数の鋭い棘が生え揃っていた。

 これだけ巨大だと人間を捕食したところで腹の足しにはならないだろう。



「何とも色気のない姿だねぇ」

「あんなのにモテたところで、ちっとも嬉しくないよな」



 昆虫も擬態を取ることがあるが、目の前のアリジゴクは女性の半身に擬態している意味が分からない。

 露骨なまでに怪しい巨大な人型の腹部に、誰が近づくというのだろうか。

 仮にゼロスが一人でこの場にいたとしたら、問答無用で攻撃魔法を叩き込んでいただろう。



「先制攻撃で強力な魔法をぶち込んでおくべきだったんじゃね?」

「あまりにもあからさまだったから、思わず躊躇してしまった。内心で別の罠があるのかすら疑ったよ」

「俺もだ……」



 砂地から突き出した遺跡の柱部分を足場に、飛び跳ねながら移動しつつ魔法で牽制しながら動きを見る。

 だが、アリジゴクは多少焦げた程度であり、まだまだ足をワチャワチャと動かし、元気いっぱいに動き回っていた。



「――って、沈んでるぅ!?」

「そりゃ、アリジゴクなんだから埋まるだろうねぇ。地上に姿を出している時点で不利なんだからさ」

「最初から埋まっていればいいのに、何でわざわざ姿を見せてたんだ? 頭を隠してても意味がないだろうに……」

「おっ、来たぞ!」



 鋭い顎を向けたまま突進してきたアリジゴクを避けつつ、飛び散った瓦礫を足場に距離を取り、同時にブヨブヨとした肉質の腹部に向けてショットガンを連続でぶっ放した。

 同時に魔法を展開――。



「アイスランス×20、ウィンドカッター×20、バーストフレア×30!!」

「ガイアランス×30、フレアブリット×30、黒雷連弾フルバースト!!」



 ――畳みかけるように放たれた中級魔法の無差別攻撃。

 さすがに危険を悟ったのか、巨大アリジゴクは砂塵を壁のように巻き上げ、目くらましを行うと、砂の中へと潜っていった。

 放たれた魔法は威力を減衰されたものの直撃しており、確実に手傷を負わせていると手応えで感じていたが、まだ死んだわけではないので二人は警戒を強める。

 しかも地中に逃げられており、どこから現れるか分からない。

 大きさが大きさなので、攻撃に転じようとすれば必ず何かの兆候が表れるはずだと予測し、全神経を周囲に向けて様子を窺う。



「…………パターンとしては地中から襲ってくる、か?」

「どうだろうねぇ……。もしくは流砂を起こして砂の中に引きずり込む気かも知れない。もしくは隠してある餌を食って回復を図っているとか?」

「あ~……回復されると厄介だな。長期戦なんてやりたくねぇ」



 地中で行動ができる魔物は総じて振動で獲物を察知する。

 ゼロスとアドもそれを理解しているのか、その場で動かずに出かたを窺っていた。

 すると地鳴りが響き、地中から幾本もの竜巻が立ち昇り、周囲の遺跡ごと破壊しだした。

どうやら無差別攻撃に切り替えたようである。



「おいおい、あのアリジゴクは馬鹿なのか? こんなことをすれば逆に余計な音で俺達のいる場所が分からなくなるだろ」

「所詮は蟲なんだよ。知能が低いから脅威を排除する方向に切り替えたんだろうさ」

「砂の盛り上がりで攻撃がどこから来るのか、まる分かりなんだが?」

「そこまで考えられないんだろうねぇ。生き残ることを優先したんだろう」

「ところで、ゼロスさんはアレが本当に蟲だと思う?」

「蟲に似たなにか……そういうことにしておこう。深く考えたって正体なんか分からないし、そういうことは学者にでも任せるさ」



 生物の生存本能に従っての攻撃なのだろう。

 確かに無差別攻撃に巻き込まれればゼロス達も手傷くらいは負うかもしれない。

 だが、それはあくまでも攻撃が直撃した場合であり、全てを避けきれればノーダメージで済んでしまう。

 無駄に魔力を消費してまで行う攻撃ではない。



「たぶん、自分よりも強い敵と戦って経験がないんだろうねぇ。経験がないから子孫にその戦い方が遺伝しない。このまま魔力を無駄に消費してもらおうか」

「地中に潜られちゃ攻撃しようもないよなぁ~」



 ゼロス達もエリアボスに地下に逃げられては攻撃のしようがない。

 爆発系の魔法はどれも地下深くに威力が浸透せず、水系統で凍らせることも考えたが砂地が凍り付いた程度で倒せるとも思えない。重量系の魔法では以前のように空間破壊が起こる可能性が高いので論外。

 つまりはボスのアリジゴクが自ら出てくるのを待つしかなかった。

 そうこうしている間に無差別攻撃が止まった。



「魔力が尽きたかな?」

「仕留めたかどうか様子を窺っているんじゃないか?」



 砂地はまるで漣すら起きない水面のごとく静まり返っていた。

 おっさんも煙草を吸いながら巨大アリジゴクが出てくるのを待つ。

地上に近い遺跡を往復する魔人達は、やはりというべきか上から獲物を投げ込み、せっせと女王のために働いていた。

 放り込まれた贄は他の個体より魔力の多い魔人のようである。

 すると、砂地に落とされた魔人を地中に引きずり込まれ、微かにだが咀嚼するような音が聞こえてくる。



「あれ? もしかして………捕食で体力の回復を図ってる?」

「いや、それって不味くないか? 体力を回復されたら、せっかく与えたダメージが無意味なものになるだろ」

「ゲームみたいに完全回復するわけじゃないよ。見た目的には傷は癒えるだろうけど、与えたダメージは疲労となって確実に残るはずだ。動きが鈍くなる可能性が高いよ」

「なるほど、疲労ね。なら倒せるか」



 次々と運び込まれる供物。

 供物がないと魔人自らが供物代わりに飛び降りてくるという、実に異様な光景だった。

 主を守る献身と言うべきかもしれないが、近くで見ている者からすれば吐き気がするおぞましさ。

 そして、ついにそれは現れる。



「ん? 地鳴り?」

「この手のパターンは第二形態じゃないのか? お約束ってヤツ」

「第二形態……アリジゴクってことは、ま・さ・か………」



 大量の砂を巻き上げ、第二形態へと移行した巨大アリジゴクは宙へと舞い上がる。

 その姿はやはりと言っていいウスバカゲロウ。

 しかし、昆虫図鑑などで見られる姿とは一線を画していた。



「うっわ、羽化しやがった…………」

「こう、きましたか。しかし………」



 ダークファンタジーの定番というべきか、おぞましさもマシマシの姿に二人はドン引きするのであった。


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