おっさん、不法侵入をする
サントールの街の中央通りに面した一等地にあるソリステア商会。
この日、店内にある物が展示され大勢の客たちの注目を浴びていた。
「さぁさぁ、皆さまご注目。本日の先行試作品である世紀の大発明、その名も【魔導式モートルキャリッジ】です! この洗練されたフォルム! ゴージャスにあしらわれた気品あふれる内装! 魔石を動力源とした新技術による【魔導式モーター】と緻密な設計により、馬車のモノとは比べられぬ快適さを実現! この発明が今後の時代が明るいものであると確信させることでしょう」
三台ほど並べられた魔導式自動車。
それぞれが小型車・中型車・大型車と分けら展示されており、裕福層の客たちの興味を引いていた。
「部品は鉱物資源が豊富なイサラス王国で製造され、内装に使われている素材や動力源である魔石はアトルム皇国で集められ、このソリステア魔法王国で組み立てられています。魔道具の技術は我が国が最も進んでいますから当然ですね。しかし、この三国の協力により作られているということは、同時に同盟関係が友好的なものであることを示しており――――」
魔導式モートルキャリッジが急に公表されたのは理由がある。
先の地震によって一時的に経済が麻痺していたこともあるが、それ以外にも各地に齎されたの被害が出ていることもあり、民衆の暗く沈んだ気持ちを明るい方向に向けさせるために行われた。
勿論、この程度のことで事態が好転することはない。一時的に話題をさらったところで経済が大きく動くわけではないからだ。
目的は別にあった。
「さて、お集りの皆さまは疑問に思うことでしょう。『なぜ、今なのか?』とか、『そんな無駄な物よりも街の復興を優先しろ』と……。ですが、甘い。甘々のゲロ甘です!! あなた方はこの世紀の発明品をなにも理解していない! それを今教えて差し上げましょう。Hey、カモ~~~ン!!」
ノリノリで拡声器を使い煽るように話す司会者。
彼が指をパチンとならすと、示し合わせたかのようにどこからかクラクションが鳴り響く。それも遠くから徐々に近づいてくる。
そして大勢の客たちは店内からガラス越しに外を見て驚いた。
中央通りを進む緑色の大型魔導式モートルキャリッジの列を……。
「な、なんだ……アレは………」
「荷台に荷物と騎士達が乗っているぞ!?」
「まさか、輸送用の魔道具!? あんな大きなものがかっ!?」
騒ぎ出す客たち。
それもそのはず。何しろ大型魔導式モートルキャリッジは十台ほど列をなし、荷台には荷物を満載。しかも騎士達を乗せても余裕がある。
「この大型魔導式モートルキャリッジ――正式名称は【モトラック】ですが、なんとあの大きさで馬車よりも速いのです! しかも馬車よりも多くの荷物を運べるということは、今回のような地震による被災地にも大勢の職人や物資ごと迅速に移送することが可能となり、復興作業や救援活動に大きな貢献を果たすことができることでしょう。」
「「「「おぉ!!」」」」
「そればかりではありません。これは商人にとっても利益に繋がるものです。馬車よりも多くの荷物が速く運送でき、その速度から盗賊に襲撃を受けることも減ります。更に騎士団にも配備されることが決定しており、有事の際には部隊を短時間で前線へと進ませることができる、まさに世界の常識が変わるほどの商品なのです!! さぁ、これでもまだ無駄なものだと思いますか?」
馬車よりも優れた移動手段の出現に、その場にいた者達は感嘆の声を上げる。
商人や貴族達にとって新たに公表された発明は、まさに垂涎の代物となった瞬間だった。
「この日より、この魔導式モートルキャリッジの名は改め、【魔導自動車】と呼称することになります。今はまだ先行試作品ですが、職人達が生産を続けているので、いずれこの国中に魔導自動車が普及されることになるでしょう。そう、この日……あなた方は歴史が変わる瞬間を目撃したのです!!」
ここぞとばかりに煽り立て、客たちも興奮のあまり盛大な拍手が沸き起こる。
この盛大なセレモニーはソリステア商会の店内だけでなく、サントールの街の一部地区を巻き込んだ騒ぎとなった。そのような光景を陰から見ていた者達がいた。
デルサシス公爵とクレストン元公爵だ。
「――先に軍用車両を準備しておりて正解でしたな。良い宣伝効果になりましたよ」
「いつまでたっても売りに出さぬと思っておったが、まさか騎士団に配備しておったとは……。一般車両の方は組み立てすら停滞したままじゃというのにのぅ」
「近隣の動きが不穏でしたからな、軍備に重点を置くのは当然のことでは?」
「儂に報告してくれても良くね? なんで勝手に動いておるのじゃ……」
デルサシスが独断専行するのはいつものことだが、それをいきなり前触れもなく伝えられてもクレストンの心労が溜まるばかりで、正直身体に悪い。
内心では『もっと年寄りを労わらぬか!』と言いたいが、そんなことを言ったところで無意味だということも分かっっているので、ただの溜息しか出てこなかった。
「じゃが、これで終わりではないぞ? むしろ始まりにすぎぬ……。アレは言ってしまえば風車と同じ絡繰りよ。誰かが整備せねば壊れていくだけじゃ」
「その辺りも抜かりはありませんよ。メーカー修理や点検のサービスは常識ですからな。あとは街に直営の整備工場でも置けばいい」
「人手が足りぬじゃろ」
「そこも抜かりはありません。既に手配は済んでいます。なにしろ無職者など探せばどこにでも居りますので、前科者もドワーフ達へ預ければ強制的に真人間へと調教してくれる。要は使いようですよ」
「それ…大丈夫なのかのぅ? 仕事しか考えられぬ人間に洗脳されておるのでは?」
「毒にも薬にもならぬ連中が社会貢献できるようになるのだから、そこは喜ぶべきことでは?」
しばらくソリステア派の工房に行かなかったクレストンは、知らない間にとんでもないことになっていた事実を知り蒼褪める。
確かに住所不定無職者は増え過ぎても社会に問題しか与えないため、真っ当に働けるようになることは良いことに思えるが、教育するのが人格的に問題を与えそうなドワーフなのだ。
「我々には時間が足りません。時間を短縮できるのであれば、多少の問題は目を瞑るべきでしょう。ここは強引にでも時代を進ませるべきと判断しましたのでね」
「お主、まさかとは思うが……聖法神国からの移民にも目をつけておらぬか? 職を求める者達を連中に………」
「さて、今はまだそんな事態は起きておりませんので、私からは何とも言えませんよ」
元メーティス聖法神国の領土内で戦乱になれば、当然だが他国に移住しようと移民が押し寄せてくることになる。
そうした移民を全て救済できぬ以上、限られた手段で準備を整えておくしかないわけだが、その手段が悪辣すぎた。
ドワーフの監督による移民強制職人化計画と呼ぶべきか、成功する可能性は高いが人格や人間性に問題がでるという危険性もあり、手放しに喜べるようなものではない。
労働基準法が存在しないからこそできる荒業であった。
「…………程々にのぅ」
「それはドワーフ達に言ってやってください」
「儂に死ねと!?」
国内と国外で起こる様々な問題。
その全ての変化に対応できるよう動いてはいたが、結局のところ強引な力押しで乗り越えることになると理解し、クレストンは罪悪感で頭を抱えるのであった。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
久しぶりに訪れたアーハンの村。
しかし、そこは以前のように傭兵達で賑わっていることなく、実に閑散とした有様であった。
「なぁ、ゼロスさん」
「何かね、アド君」
「随分と寂れた村だな」
「以前までは賑わっていたんだけどねぇ~。何かあったのかな?」
試しに傭兵ギルドまで行ってみたものの、受付にすら誰もいないようで数名の職員だけが残り、事務仕事を行っているようであった。
状況が分からず仕方なしに職人から事情を聴くことにした。
「すみません、ちょいといいですか?」
「はい、なんでしょうか」
「傭兵ギルドなのに人がいないようで、何かあったんですかい?」
「あ~………実は迷宮が再び大規模な構造変化を起こしまして、現在封鎖されているんですよ」
「あれ? 以前は上階層限定で解放されていませんでしたっけ」
「あの時の構造変化が治まった後に、再び調査を入れたのですが……最近になったまた大規模な構造変化が活発化したことが確認されたんですよ。今では上階層でも危険な魔物が出没する有り様でして、おまけに調査に出た傭兵達も一部を除いて全滅し、事が治まるまで完全閉鎖を余儀なくされました」
ゼロスは内心で『構造変化が起きているのは、世界に満ちた魔力の循環が既に始まっているということになる。つまり各地でダンジョン・コアが目覚めている証明ということか……。こりゃ、予想以上に大事なりそうだねぇ』と呟く。
対してアドだが、『えっ? ダンジョンに入れないのか? なら俺はどうやって稼げばいいんだ?』と、将来に向けての資金稼ぎが頓挫したと思っていた。
事実アーハンの廃坑ダンジョンが封鎖されている以上、ただの無駄足になったことに間違いはない。
「そんなわけでして、迷宮目的でこの村に来たのであれば、申し訳ありませんが諦めていただくしかありません。くれぐれも無断で侵入しようとはしないでくださいよ? 見受かった時点で罪に問われますから」
「いや~、自然現象ですしねぇ。こればかりは仕方がありませんよ。ハァ~………ここまで来たのに無駄足かぁ~。帰るか」
「迷宮が安定したら、またお越しください」
職員との話を終え傭兵ギルドの建物から出た二人。
迷宮の完全封鎖とは予想していなかった。
「………どうすりゃいいんだよ。俺、稼ぎにきたんだけど、しばらく無収入のままか? 無職ってつれぇ………」
「傭兵の資格なんて、ただのチンピラ証明書みたいなもんだからねぇ」
「またソリステア派の工房で雇ってもらおうかなぁ~………」
「ドワーフがいるんだよね? 君、職中毒になりたいのかい?」
「それが一番の問題だよな。連中の色に染まったら、家庭を顧みない頑固一徹な職人にされちまう」
「まぁ、大丈夫だよ。収入源になりそうなものはあるでしょ」
「どこに? ま、まさか……若くて瑞々しい俺の体を夜のケダモノたちに売れと!?」
「そんな冗談を飛ばせる程度には余裕があるんだねぇ」
男の体など需要など、それこそ労働力としてしか使いようがない。
まぁ、ご老人の身体よりは売れそうではあるが、そんな話はどうでもよく、珍しくボケをかますアドを華麗にスルーし、おっさんは話を先に進める。
「ある神様曰く、『バレなきゃ犯罪じゃないんですよ』と……」
「それ、邪神では? いや、厳密には神様じゃなくて宇宙人……って、まさか!? まさか……俺に宇宙テレビ局のBLなドラマに、出演希望者として身売りしろと!?」
「イグザクトリーとでも言えばいいのかい? 君、宇宙のテレビ局にツテがあんの? 頭を切り替えてそっち方面から離れなさいよ。さっきからどしたの?」
「あぁ………なんだ、こっそり迷宮に不法侵入するのか。バレたら後が怖いな……」
「それしかないでしょ。幸いにも村を守る傭兵達の数は少ないし、中古の【透明化マント】を使えば余裕で侵入できるさ。おそらく他の傭兵達も探索に行っていないだろうから、稼ぎ時だと思うねぇ」
「懐かしいな。ゲーム序盤ではお世話になったやつだ」
構造変化真っ最中の迷宮に侵入する。
これは自殺願望を持っている者でもない限り行わない無謀な試みであった。
何しろ内部でどのような変化が起きているのか分からず、危険度も未知数なうえに迷宮内部の情報などない状況だ。はっきり言えば死ににいくようなものだ。
ただし何事にも例外は存在する。
「それじゃ、見つからないうちに不法侵入するとしますか」
「不謹慎だが、こういうのってなんか心躍るよな。潜入ミッションみたいでさ」
こうして危機感をどこかへ置き忘れてきた男達は、警備がザルな迷宮へ楽々と潜り込んだのであった。
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ソリステア派の工房は、現在開発部でも工場部でも修羅場であった。
本来であれば裕福層の客をターゲットに魔導式モートルキャリッジを転売する予定であったが、途中から軍用車両のモトラックを最優先することとなり、多くの魔導士や錬金術師、そして職人達を地獄へと叩き込んだ。
その大きな原因が動力部である【魔導式モーター】の改良であった。
家庭用の魔導式モートルキャリッジ――通称【キャディーラ】用の魔導式モーターを複数個使い、多くの荷物を運送ができるよう力押しで馬力を上げる仕様であったが、これだとコストがかかるだけでなく、動力源である魔石から直ぐに魔力を消費してしまう。
長時間の運用ができないようでは実用性のある商品としては成り立たない。
また、魔石に含まれる魔力には個々にバラつきがあり、同じ車体でも使用時間に差が生じてしまう。魔導士達はここで大いに悩むこととなった。
そこで目をつけたのが、魔法薬の触媒である【エーテル溶液】だ。
エーテル溶液は魔石よりも多くの魔力を込めることができ、密閉のタンクに詰め込むことで大量の魔石を動力に使う必要もなく、魔導自動車を長時間稼働させることが可能となった。家庭用であればこれで良かっただろう。
問題は魔導式モーターの出力だ。
家庭用の車両であれば魔導式モーターが一つでも事足りたであろうが、軍用車両ともなると多くの荷物を運送することから、現時点では六台もの魔導式モーターを搭載している。
これだけコストを掛けないと、とてもではないが荷物の運送などできるわけがない。しかも大型のエーテル溶液タンクを搭載することで、車体重量も増えてしまうという問題も起きていた。重量が増えただけでも消費される魔力量は増加してしまう。
だが、ここまで来るのにも相当な修羅場であったというのに、彼ら魔導士達には更なる地獄が待ち受けていた。
「だからよぉ、車体の重量はフレームの素材を見直すことで軽量化はできる。問題なのは動力なんだよ。おめーらの専門だろ? なんとかしろ」
「だから、そんな簡単にできるわけないでしょ! 稼働に必要な魔力はエーテル溶液を利用することで何とか治まりましたが、魔導式モーターの改良はそうはいかない。出力を上げるには術式から本体の構造の見直しまで、一から調べ上げなくてはならないんだ。」
「そんなに難しいのか? パパッと作れねぇのかよ」
「無茶を言うな! 内部の回転軸と連動した術式シリンダーは薄いプレートを筒状に重ね合わせた、言ってしまえば積層魔法陣だ。それぞれ異なる術式を刻み込み一つに重ねることで一つの魔法が完成する。薄いプレートに術式を刻むのがどれほど大変なのか、君達は理解していないだろ!! アレ自体かなり脆いんだぞ」
「単純にデカくすればいいだけじゃないのか?」
「そんなわけあるか!」
車体フレームや組み立てを担当するドワーフを含めた職人達は、魔道具がどれだけ繊細な構造をしているかを知らない。だから無茶な発言ができる。
魔導式モーターの構造は実は想像以上に複雑で、特に電力を発生させる術式シリンダーと磁力を発生させるプレートの製造は、言葉一つで済ませられるほど単純なものではない。
魔導士達が頭を抱えるほどの難物なのだ。
「魔導式モーターは軽量であることが望ましく、そのためには材質も限られてしまうだけでなく、ある程度の耐久力を維持していなければならない。稼働させれば振動も起こることから、固定金具や本体のフレームなどの耐久力に合わせなければならないんだ。車体の軽量化ができたところで、モーターから発生する振動がフレームに負荷を与え続けることも承知なのか? 重量が増えるだけフレームの固定箇所に負荷も増え続けるんだぞ」
「そこは固定する場所の耐久度だけを上げればいいじゃねぇか」
「魔導式モーターの大きさを変えたところで、生み出せる出力は変わらない。術式で決められている以上はそれ以上の出力が出せないんだよ。そうなると術式を改良するしかないんだが、それが最も困難だというのがなぜわからない。まだモーターの数を増やした方がマシだ! 高出力なモーターを製作するには長い実験を繰り返すしかないんだよぉ、突貫で作れるほど安い代物じゃねぇ! モーターが完成しても魔力の消費率も調べないと魔力タンクの容量も決められないんだぞ」
「なら、やりゃぁいいじゃねぇか」
「お前らがそれを邪魔するんだろうが!!」
部品の設計側と組み立てる生産側の対立。
この大きな対立には、作ることに関してはプロだが魔法に関しては素人の職人と、長いスパンを置いてデータを収集し、より良い性能の部品を製作したい魔導士との間で、それはもう塞ぎようのない極端なまでの認識のズレが生じているからだ。
そして、職人は仕事に関しては優秀だが普段は大雑把であり、設計側の苦労を理解しようとはしない。しかも力尽くに事を進めようとするものだから意見の衝突が起こる。
そして、面倒になるとガンつけから拳で語り合うようになる。
「理屈をこねてねぇで、さっさと実験なり試作なり始めりゃいいだろ。職人としてもプライドがないんじゃねぇか?」
「プライドで作れるならとっくにやっている! いいか、車体はともかく動力部や魔力タンクなどは魔道具なんだ。魔法文字の解読法が判明して常識が変わった現在、魔道具一つを作るにしても根幹から見直しする必要があるんだ。まして魔導自動車は今までにない全く新しい魔道具だぞ? できれば数年単位の開発期間が欲しいところだ」
「そんなに時間を掛けてられるか! まさかてめぇ、さぼりたいから嘘吐いてんじゃねぇだろうな?」
「だから、何で理解しねぇんだよぉ!! 頭に脳みそが入ってんのか!?」
脳筋体育会系の人間に理系の小難しい数式を教えるようなものだ。
何事も体で覚える職人に対し、魔法がどんなものかを教えるのは骨の折れる作業だった。
どれだけ丁寧に教えても、職人達は全く取り合わないどころか、全て体力にものをいわせて解決しようとするから話が停滞する。
特にドワーフがこうした話には全くついていけないのである。
「試作品を完成させれば後は早いんだが、量産にこぎつけるまでに時間が掛かる。これはどうしようもないんだよ。そこを分かってくれよ………」
「魔導術式をバラして中身を書き換えるだけだろ。俺には自分達の不手際を言い訳しているようにしか聞こえねぇ」
「だ・か・ら! 組み立てしかやってねぇアンタらが、魔導術式のことをなんも理解できてねぇのが問題なんだよ!! 専門分野でもないのならこっちに口出しすんなや! 邪魔なんだよぉ!!」
「あぁ? 俺ら組み立て組を馬鹿にしてんのか? インテリ気取って舐めてんじゃねぇぞ、コラァ!!」
「お前らの作業と開発の進行度合いを一緒にするなって言ってんだ! 術式を書き換えるのがどれだけ難しいか理解できねぇから、そんな簡単に言えんだ。文句があるなら自分達で作れや!!」
「上等だぁ、やってやろうじゃねぇか!!」
売り言葉に買い言葉。
誰もがいつもの日常風景と思い、この言い争いに参加していなかった者達は自分の仕事に集中し、自分に飛び火することを恐れてか完全無視を決め込む。
『またなの? いい加減にしてほしいわ。仕事に専念できないじゃない』
騒ぎの近くで作業をしていたベラドンナは、うんざりした表情で彼らを傍観していた。
彼女の担当は魔導式モーターの積層術式シリンダーと磁力発生術式の術式改良で、数多く存在する分割された術式を一から見直す作業を行っており、集中力が必要とされる作業だ。
しかし、こうも騒がれては作業が遅々として進まず、飽きもせず喧嘩を始める彼らは正直に言って凄く邪魔だった。
『まぁ、どうせ収まるわよね。物が飛んでこないだけ今日はマシだわ』
ベラドンナだけでなく、言い争いに参加しなかった者たち共通の認識だった。
だが、彼らは気づかなかった。
魔導士と職人達の間で長い冷戦状態が続くことになることを――。
この場にどこぞのおっさんがいれば、『魔導士は言わば電子機器の設計やプログラム専門職みたいなもんだから、職人さん達とはそもそも分野が異なるんだよねぇ。仕事そのものが違うのだから言い争いになること自体ナンセンスなんだけど……』と呆れたことだろう。
一応だが魔導式モーターの部品製作を担当しているドワーフは、魔導士の言い分を多少なりとも理解してくれたが、純粋にフレームや組み立てを担当していた者達は魔導士達との不仲が深まることとなり、今日を境に彼らが裏で何かを製作している姿を見かけるようになった。
数年後、職人達は蒸気機関を開発し、鉄道文化の礎を築くこととなるのは余談である。
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アーハンの廃坑迷宮、地下二階。
以前は森や湖のあったエリアは一転して平原に変わり、出現する魔物もゴーレム系統の魔物に変わっていた。
生物系統の魔物もいることにはいるが、そのどれもがヤドカリのような甲殻類ばかりで、周囲の木々を食い尽くしているような有り様だ。
「……これ、アイアンシェルか?」
「ブロンズシェルもいるようだけど?」
「こいつら、殻は硬いくせに食用じゃないからなぁ……。身も鉄臭いから食えたもんじゃない」
「鉄分はふんだんに摂れるんじゃね?」
「殻を溶かしたところで大した量じゃないし、あんまり旨味がないんだよなぁ~。加工すれば防具にはなるけど、それほど頑丈というわけじゃない」
「なんか、僕らが知っている姿と若干生態が異なるようだねぇ」
先も述べた通り、アイアンシェルはヤドカリのような魔物だ。
【ソード・アンド・ソーサリス】では定番の魔物であり、中身のヤドカリは食料としても優秀であったが、目の前にいる魔物は少々異なる。
頭部から腹部にかけては確かに甲殻類のそれだが、殻に隠れている尾の部分はまるで貝のように軟体の肉質となっている。
「尾の方は、見た目だと美味そうなんだけどねぇ……」
「濃緑色の肉なんて美味そうに見えるのか?」
「周囲からは乳白色の液体が分泌しているようだけど、良く見ると鉄分が含まれているのか? たぶん、これで殻を形成するんだと思う」
「触手みたいなのも出ているようなんだけど……。けっこうグロいな」
「たぶんだけど、この内側の触手で殻を形成しているんだと思う。これ、ダンジョンが生み出した新種なんじゃないだろうか?」
「ゼロスさんがアルフィアから聞いた話だと、ダンジョンは生物の進化を調べる実験場だったよな? じゃぁ、こいつらは新たに生み出された進化種なのか……」
迷宮は様々な環境下を設定し、その中で生物の生態系を意図的に操作することで進化の過程を記録する、まさに大規模な実験施設である。
甲殻類であるアイアンシェルがどのような経過を辿りこのような姿になったのかは不明だが、明らかに新種の生物としか思えない体の構造をしており、生物学者が見たらさぞ狂喜乱舞することだろう。
「これ、回収するのか?」
「いや………僕達は無断で侵入しているわけだしねぇ。処罰されたくないから放置していくことにするよ。どのみち碌な素材にならないし。ところで、アド君は採取終わったかい?」
「それなんだが、たかだか二階層程度では地上で採取するのと変わらない。素材屋で買える種などもあるし、ここで採取する必要を感じないな」
「じゃぁ、奧に行くことにしよう」
二人は探索を続けるために歩き出したとき、草むらから何かが近づいてくる気配を感じた。
警戒して剣の柄に手を置き、いつでも攻勢に転じられるよう身構えると、現れたのは50㎝くらいの大きさの巨大な昆虫が出現した。
その昆虫はゼロス達に目もくれず、アイアンシェルの躯に向かって近づき、死肉を溶かすように捕食し始めた。
「でかっ!?」
「………この蟲、ハンミョウかな? いや、形が似ているだけの別の昆虫だと思うけど、どうやら掃除屋のような生態を持っているようだねぇ。肉の臭気をいち早く察知したようだ」
「あれ? なんか……引っかかるものが……」
アドは何が気になっているのか分からなかったが、ゼロスはいち早くソレに気づいた。
本来であれば迷宮に生息する魔物は食事を摂ることはない。
高濃度の魔力によって生かされるので、魔物の暴走で外部の放出されない限り、迷宮内で繁殖した魔物たちは飢えて死ぬようなことは一切ないのだ。
それなのに昆虫たちは死肉に群がり捕食活動を行っている。
「自然の生態系が完成している!? もしやダンジョンの仕様が変わったのか!」
「あっ……そう言えば、迷宮内で魔物は飯を食わなくても生きられるんだったな。だとしたら………」
「ダンジョン内は外部と状況は変わらない弱肉強食の摂理が働いていることになる」
「その条件、侵入者である俺達にも適応されるよな?」
「今までダンジョン内の魔物が人間を襲っていたのは、捕食ではなく狩猟本能からくる遊戯だった。そのためテリトリーに近づかない限り襲われる心配はなかったんだが、これからは油断したらすぐに襲われることになる」
「危険度が増しただけじゃねぇか……」
言い換えるのであれば不自然な状態から正常に戻ったことになる。
そうなると野性の生物は手強い。
何しろ魔物の狩猟本能が活発化し、人間は獲物として認識されるのだ。
今よりも活動的になることは間違いない。
「魔物同士で生存を掛けた野性の戦いが繰り広げられるわけだから、人間側も今以上に警戒を余儀なくされる。そのうえダンジョンだから精神的な負担は跳ね上がるだろうねぇ」
「俺達みたいなチートでもない限り、魔物との戦いは神経をすり減らすような厳しいものになるんだろうな。まぁ、上階層は比較的安全だろうけど」
「それでも油断をすれば死ぬ確率が高まる。群れを成す魔物もいるから難易度は今までの比じゃない」
「そこは別にいいよ。今の状況のほうが自然だし、魔物同士での戦いは自然界の生態系バランスを安定させるしねぇ。魔物の暴走が起きる確率も下がるかもしれない」
「かもしれないって、確証が持てないってことじゃねぇか。安心できる要素がどこにも無いぞ」
「まぁね。ところで、この階層での採取はいいのかい?」
「儲かりそうなものはどこにもない。先に進もうぜ」
どこでも手に入る薬草などより、アドは一攫千金が狙える希少鉱物や希少薬草が欲しかった。
そのせいか上階層の探索は切り捨て先を急ぐことを選択する。
二人は周囲を見渡しながら移動していると、明らかに人工物のような石柱を確認した。
「なんだ、これ……石碑?」
「随分と風化している石碑だねぇ。何か文字が彫られているようだけど、かすれて調べるのが難しいわ。なんだろうねぇ」
蔦に覆われた高さ5mくらいの石柱。
風化が激しく何が彫られているのか分からず、かろうじて文字らしきものが見て取れる程度のものだ。
だが、時折迷宮にはこうした謎解き要素が含まれている場合があり、二人は無視することもできず石柱周りも念入りに調べてみた。
「記念碑っぽいな。鑑定でもしてみたらどうだ?」
「やっているけど【謎の石碑】としか出てこない。あっ、翻訳スキルも発動した。えっと……『惚れて惚れて、泣いて泣いて』?」
「演歌かよ!」
「いや、翻訳できたのはかろうじて文字だと分かる部分だ。他にも『待ち続けた私、貴方は来ない』、『一人飲む悲恋酒』、『孤独な部屋で待つ私、わびしい』? 『粉雪パウダー、キュンキュンheart。あなたの心に突撃love‘Attack』………」
「どう考えても演歌の歌詞……じゃねぇ!? 最後のはなんだ!?」
特に意味のない内容だったようだ。
もしかしたら時間を潰させるために設置された可能性がある。
「ここで時間を潰させるのだけのトラップなのかねぇ?」
「だとしたら、何のためにここで足止めようとしているのかが分からん。一階層だぞ? 嫌がらせする意味がないだろ」
「まぁ、迷宮の管理も邪神ちゃんだしぃ~、変な仕掛けを用意していたとしてもおかしくはないかなぁ~」
『我は何もしておらぬぞ。ダンジョン・コアが勝手にやっていることじゃ!』
「「 んんっ? 」」
遠くからアルフィアの声が聞こえた気がした。
「何もないなら先を急ごうぜ」
「そだね。それよりも以前に比べて内部構造が違うから、下層に行くためのルートを調べないとなぁ~」
「ダンジョンって、現実化するとめんどくさいな……」
「楽しめるのは最初のうちだけだよ。そのうち飽きる」
「その油断が命取りになるんじゃないか?」
「精神が消耗しているギリギリを、巧みにトラップで仕掛けてくるんだよねぇ。酷い嫌がらせだよ」
グダグダ言いながらも周辺を探索しながら進む二人。
その後、地道に探索を続け下層へ続くルートを岩場の小さな洞窟内で発見するのだが、半日の時間を費やすこととなったのであった。




