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動き出した者達



 メーティス聖法進行が崩壊した報せは瞬く間に広がっていった。

 行政の中枢であった聖都マハ・ルタートも崩壊し、その激震は広大な領土を不穏な色へと染め上げていく。

 その色に真っ先に染まったのは、伯爵家のような中堅貴族達だ。

 彼らは隣の領地に攻撃を仕掛け、貴族同士の小競り合いを始めたのである。

 戦場では激しい剣戟の音と怒号が飛び交い、民間人を巻き込んでの悲惨な状況となっていた。


「殺せぇ!! 我らに逆らう者達は全て蹴散らしてしまえっ!!」


 その行為はまさに蛮族である。

 襲撃・殺戮・簒奪・強姦・放火――獣以下の所業であった。

 最初は軋轢のある貴族家同士のいがみ合いから始まった小競り合いだった。

 その小競り合いは互いの戦力を削り合い、弱り切ったところを別の貴族家の強襲にて全て奪われ混迷していく。そこに勝者などはいない。

 そもそも戦を継続させる地力がなかっただけなのだから、弱り切れば周囲のハイエナたちが見逃すはずもなく、別の貴族家の襲撃を受けるだけだ。

 言ってしまえば、『次は自分の番かも知れない』という疑心暗鬼から、滅ぼされるのを恐れたが末の騙し討ちのような奇襲を始め、その混乱は更なる混乱への呼び水となってしまう。

 なまじ神官を輩出していた家系が多かったため、四神教の悪事が白日の下にさらされた結果、民も他の貴族家も信用できなくなったのだ。

 自分に従う者以外はすべてが敵と思い込み、暗殺される恐れも相まって、話し合いの席すら設けずに蛮行に及んだということだ。

 なんとも愚かなことであるが、それだけ他者を信用することができないほど貴族神官達の不正が横行していたということだろう。腐敗した社会性に誰もが引き摺られていた。

 

「兵站になるようなものは残すな! 全て奪うか焼き払うようにしろ!!」

「蔵があったぞ、こじ開けろ!!」

「女は連行しろよ? ガキは………殺しちまうか」

「ババァ、死にたくなければその指輪を渡しな」


 まさに鬼畜の所業が横行している。

 小さな町は炎に焼かれ、炙りだされた住民は殺されるか拉致され、金ものものは容赦なく奪う。

 悲鳴が響き渡り、周囲には鉄錆臭と肉の焼ける臭気が蔓延し、そのような地獄にいるにもかかわらず騎士達は下卑た笑みで守るべき民達を襲い嘲笑する。

 いくら腐敗しきった宗教国家であったとはいえ、今までは少なくとも法の下に管理され、ここまで酷い状況にはならなかった。

 聖都が滅んだことで今や中原は無法地帯となったのだ。


「撤退するぞ! 所詮は男爵家の小領地だな。シケてやがるぜ」


 蛮行を散々行った騎士達は、略奪を終えて撤退しようとしていた。

 これから酒を飲み拉致した女を抱いて楽しもうと考えていた矢先、彼らの願望を打ち砕くような事態が起こる。


「隊長、大変です!! 敵が……敵が迫ってきてます!!」

「どこの貴族家だ! マーラン伯爵家か? それともデレスター侯爵家か?」

「それが………聖騎士団です」

「なんだとぉ!?」


 聖騎士団は現在において三つの部隊しか残されていない。

 一つは【ガルドア将軍】の率いる辺境特務防衛師団であり、もう一つは【フューリー・レ・レンバルト】将軍の第三師団。残りは【アーレン・セクマ】将軍の率いる第八師団だ。

 だが、ガルドア将軍の特務防衛師団は中立を保っており、フューリー・レ・レンバルト将軍の第三師団は距離的に攻め込んでくることは不可能。

 残された可能性はアーレン・セクマ将軍の第八師団だ。


「い、いかん………どんな手を使ってでも逃げろ!! 絶対に追いつかれるな!!」

「それだけではありません……。聖騎士団と共にモルケー公爵家の旗が……」

「あの落ちぶれた公爵家の騎士団だとぉ!? 弱小公爵家の騎士が、なぜ……」


 部隊長の脳裏に嫌な予感がよぎる。

 もし、モルケー公爵家が第八師団を招き入れたとしたら、その戦力は自分達では太刀打ちできないものとなっていることは確実だ。

 ついでに第八師団はあまり良い噂を聞いたことがない。


「敵襲!! 東側からモルケー公爵家の騎士団がっ!!」

「なっ………退路を断たれた………………だと!?」


 モルケー公爵家の領地はそこそこ広いが、メーティス聖法神国内では不毛地帯としても知られており、そこを預かる公爵家も無能揃いと悪い意味で有名であった。

 囲い込んでいる騎士の数も少なく従う貴族家もいない、まさに名ばかりも公爵だ。

 いや、筈であった。


「雪崩れ込んでくるぞ!?」

「逃げ………」

「駄目だぁ、完全に挟撃され……ぐあっ!!」


 怒涛の勢いで進撃してきた騎馬隊。

 そのランスによって騎士達は串刺しに、あるいは馬に踏み潰され無残に蹴散らされてゆく。

 そこへ町の外から一斉に重騎士隊や軽装騎士隊が踏み込み、混乱する彼らを蹂躙しいった。

 どうやら騎馬隊の後ろから馬車で騎士達を輸送していたようである。


「ヒャハハハハハハッ!! いいねぇ~、やっぱ戦争は最高だぁ!」

「アーレン将軍……仮にも聖騎士で将軍なんですから、もう少し品良く笑えませんかね?」

「ハッ、戦場に出てお上品に振舞えるかよ。礼儀作法なんざ、クソほどの役にも立たねぇだろうが!」

「まぁ、今さらですけどね」

「さぁ~て、俺の獲物は残っているかなぁ~?」


 自軍の兵力で小さな町が溢れかえっている中、アーレンは逃げ纏う多家の騎士達を値踏みしていた。

 彼はいたく上機嫌で、圧倒的な兵力の前に追われる哀れな騎士達をニヤニヤと眺めつつ、自分が殺すに値する獲物を狙う。

 無論そこに正義感などはなく、ただ怯え震えるギャラリーの前で敵を殺すという自己顕示欲で行動しており、その残虐性を開放できることに高揚していた。


「アイツに決めた! てめぇら、あの指揮官に手を出すんじゃねぇぞ!! アレは俺が喰う!!」

「ちょ、一人で突撃しないでくださいよ!! あ~~~っ、お前らぁ、将軍(バカ)が飛び出していったぞ! ぶった斬られたくなければ道を空けろ!!」


 その命令が届いたのか、それとも一人だけ目立つ鎧に気づき勝手に察したのかは分からないが、アーレンが突き進む方向に道が空けられる。

 そこを凶悪な笑みを浮かべ駆け抜けるアーレン。

 目をつけたのは町を襲っていた部隊を率いる部隊長であった。


「ヒャッ~~~ハァ~~~~ッ!!」

「ぐぅ!?」

「ヒハハハハ! お前、そこそこに強いな? さっそく俺の相手をしてもらうぜぇ~」

「ア、アーレン将軍か……。指揮官が自ら突っ込んでくるなど……」

「あり得ないってか? ところがギッチョン、あり得るんだよなぁ~、これがよぉ~♪」

「イカレてやがる……」

「ありがとよ、そいつは最高の誉め言葉だ」


 ロングソード同士で鍔迫り合うなか、部隊長はアーレンの異質性を感じ取っていた。

 彼には正義感や使命感というものが全くなく、戦いを欲する飢えのような激しい闘争心と功名心しかない。そうでなければ指揮官が自ら突撃するなど考えられなかった。

 自分を見る目も人間に向けるそれではなく、まるで美味そうな料理を目にしているような野獣の目だ。最も適した言葉は狂気だろう。


「オラァ! 俺を楽しませてみろよぉ!!」

「ゴハッ!?」


 鍔迫り合いで押し負けそうになった部隊長の脇腹に衝撃が走り、長身でそれなりの体重のある男が軽々と吹き飛ばされる。それが蹴りだと分かったときには地面を転がされていた。

 内臓を痛めたのか、血を吐きながらもなんとか立ち上がるも、足に力が入らない。

 

「化け物め……」

「ハッ、たんにお前が弱いだけじゃねぇのか? この程度のことで化け物呼ばわりかよ。こりゃ~ハズレを引いちまったか?」

「………」


 部隊長もけして弱いわけではない。

 自惚れるほど強くはないが平均よりは上で、部下を指導するくらいには剣の腕は立つ。

 実戦もそれなりに経験しており、それゆえに一部隊を任されたほどだ。だがアーレンを前にしては大人と子供ほどの実力差があった。 


「まぁ、楽しめないなら別にいいか。次の獲物を探すから、お前は死んでもいいぞ」

「ふっ、ふざけるなぁ!! 我らはグレアル侯爵家のために――」

「知ったことかよ。俺はなぁ~、戦えればそれでいいんだ。おあつらえ向きに、お前らが蹂躙していたギャラリーもいる。こんなおいしいシチュエーションはねぇだろ? これで俺達の侵攻の正当性が出るってもんだ」

「!?」


 アーレンの言葉で自分達が利用されたことを知る。

 貴族家同士の戦いは領地に存在する町や村を襲撃して版図を伸ばし、食料などを強奪することで自分達の兵糧を増やすと同時に、相手側へ打撃を与える。

 だが、それは同等の貴族家同士の争いに適応される常識であり、公爵家のような上位貴族の場合いは別の大義を掲げる恰好の材料となる。

 そう、治安維持と国内の安定化という大義名分だ。


『やられた……。いつから目をつけられていたのかは知らないが、我々は決起する時を利用されたのか………。それでも……』


 部隊長は雄叫びを上げ、体に鞭打ちながらも必死に剣を振るう。

 それを鼻歌交じりに捌き続けるアーレン。

 余裕しゃくしゃくなその態度に、部隊長は睨みつけることしかできない。


「おっほぉ~、やればできんじゃん。その調子、その調子♪」

「くそ、くそがぁ!!」


 部隊長にも矜持はあった。

 自分が仕える主に忠誠を誓い、主人を守るためであれば汚名すら自ら受け入れる覚悟もあった。しかし目の前の将軍はそんな彼の矜持を嘲笑う。

 こんな奴に負けるわけにはいかなかった。

アーレン将軍は部隊長のことを取るに足らない雑兵程度としか見ておらず、『殺すまで足掻いて楽しませろ』という悪意を隠す気もない。

 戦いそのものが娯楽と思っているような男なのだ。

 事実、部隊長が必死に食らいつく姿を嗤い、すぐに殺せるにも拘らず手を抜いて責めさせている。


「必死だねぇ~。そんなにご主人様が大事かぁ~? 大した忠犬ぶりだなぁ~」

「き、貴様………俺を嬲るつもりか…………」

「いやいや、その必死さが実に滑稽でよぉ~。見ていて飽きねぇぜ? ほれほれ、もっと頑張りな」

「くっ……」


 アーレンの振るう剣が速く、そして重く鋭くなっていく。

 徐々に剣速を引き上げながらどこまで耐えられるのか見ているのだ。

 部隊長はなんとかアーレンの剣を捌くが完全にとはいはいかず、少しずつ傷も増えていく。徐々に剣速を上げてくるのだからいずれ限界がくるだろう。

 この攻撃が捌き切れなくなったとき、自分が死ぬことになるだろうと理解でき、それでも彼の騎士としての矜持がなんとかその攻撃を必死で凌いでいた。

 だが、それとて長くは続かない。


「あ~、そろそろ限界か? なら死んでもいいぜ」

「な、なぜだ………」

「あん?」

「なぜそれほどの力がありながら傲慢でいられる! その実力があれば………」

「あ~………アレか? もしかして正義のために剣を振るえって言いたいのか? バッカじゃねぇの? なんで俺がそんなことのために剣を振るわなきゃならねぇんだよ。俺の力は俺だけのもんだ」


 そう答えながらもアーレンは部隊長の左腕を斬り落とした。

 勇者の血がより濃いアーレンと、ただの一般人から叩き上げの部隊長とでは地力に決定的な差があり、どれだけ鍛えようとも決してその差は縮まることはない。

 そのうえ自分の欲望には恐ろしく忠実であった。


「俺が強くなったのは殺し合いが好きだからだ! より長く戦いを楽しむために、簡単に死なないよう鍛え上げただけだ! お前らのように御大層な大義がなければ動けない犬とは違うんだよ!」

「グアァアアアアアアアアアァッ!!」


 容赦なく部隊長を斬り刻むアーレン。

 そこにあるのはただの喜悦。

 まさに狂犬のような男だ。


「正義だの主のためだの名目つけちゃいるが、結局のところは殺し合いがしてぇだけじゃねぇか! 変な理屈をつけねぇだけまだマシだろ。事実、お前らはこの町の連中を皆殺しにしようとしたよな? 俺とどこが違うというんだ?」

「ち………違う…………わ、れわ、れは………」

「何も違わねぇよ。殺しに理由なんかつけんじゃねぇ! 騎士なんて連中は、所詮ただの人殺しの集まりだろうが。人殺しが殺すのを好きで何が悪い」

「こん……な………おと………こ、に………」

「もう飽きたわ。死ねや」


 何の感情も入れず、アーレンは部隊長を無慈悲に両断した。

 しかも『まぁまぁ楽しめたな』などと言い放った。


「将軍、あらかた片付きました」

「おう、ご苦労さん。んで、次の獲物はどこだ?」

「報告ですと、半日ほど進んだ場所にもう一つ町がありますが、今頃は……」

「間に合わねぇか……。しゃあねぇ、近くに陣を敷いてから別の獲物を探すか。もっとマシな奴はいねぇもんかねぇ~」

「この男は弱かったですか?」

「んあ? そこそこ強かったぞ。それだけだわ」


 死んだら興味ないとばかりに不遜な態度を示すアーレン。

 彼の言う『間に合わない』とは住民の人命なのではなく、『急いでも獲物は逃げている』という諦めの意味だ。ギャラリーのいない町に進軍したところで面白くもない。

 事実、町を開放したアーレン率いる聖騎士団は、助けられた住民から声援と感謝の言葉を送られていたが呆れた顔で彼らを眺めていた。

 殺し合いが好きなだけのアーレンは、内心では感謝の言葉を送り続ける住民を小馬鹿にしており、逃げるだけで戦おうとすらしなかった彼らを心底軽蔑していた。


「アーレン将軍!」

「第八師団、万歳!!」

「ありがとうございます……ありがとう………」

「家族の、かたきを…討ってくださった…………」

『ハッ、都合のいい連中だよな。これで俺が悪党だと知ったら、速攻で手のひらを反すんだろうがよ。こいつらは所詮家畜だな……死んだ方がいい』


 アーレンから見れば生き延びた町民全員が負け犬だ。

 逃げ惑うだけだった連中は運良く助かっただけで、彼の言い分では『弱いながらも命懸けで戦い死んだヤツの方がマシ』と、たまたま生き延びた結果程度にすぎなかった。

 そんな民の前で自身の力を示すことに、アーレンにはすこぶる快感であったが、同時に胸糞悪いと悪態を吐き捨てる。

 そんな彼の姿を民達は勘違いし、「悪行を行った騎士達を毛嫌いしている」という認識を持った。この擦違いはしばらく続くことだろう。

 アーレンは正義を振りかざす偽善者が誰よりも嫌いなのだ。


「ハァ~………。隣の町は間に合わないとして、これからどうすっかねぇ~。連中の退路を塞げれば面白れぇんだが」

「それなら、グウアル子爵領に続く道に布陣してればいいんじゃないですか? どうせ一本道なんですから」

「なるほど。こんなご時勢で他の領地を通って戻るわけにはいかねぇからな、どうしても元来た道を戻らなきゃならねぇか。下手すりゃ関係ない貴族との確執にもなる」

「将軍は……ときどきお間抜けになりますよね」

「ほっとけや! こめんどくさいことを考えるのは苦手なんだよぉ!!」


 ――自分の欲望には正直でも、ときおり馬鹿になるようであった。


「どうせなら隠れていた方がよくねぇか?」

「この大所帯で?」

「部隊を別ければいいだろ。どうせ相手もたいした数じゃねぇ」

「では、分けた部隊を他の街に向かわせます。本陣は撤退してきた敵を一網打尽にするということで」

「おう。俺が動いてると知れば、真っ先に逃げ出すだろうからな」

「逃げきれないと分かった連中が、騎士を辞めて盗賊になられても困るんですけどね」


 こうしてアーレン・セクマの戦争は始まった。

 彼の動きは迅速で、次第にモルケー公爵領の領土が拡大していくことになる。

 それに伴い周辺の貴族家同士も結託し、独自の派閥から国を形成していくことになるのだが、それは少し先の話だ。

 何にしても戦乱の世の序章は幕を開けたのである。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 アーレン・セクマが弱小モルケー公爵の臣下となり領土拡大に勤しんでいる頃、フューリー・レ・レンバルト伯爵もまた領土拡大を始めていた。

 ただ、アーレンとは異なり彼は対話と説得によって周辺の貴族達をまとめ上げ、新たな国家基盤を築こうとしていた。

 声を掛けた貴族達も子爵や男爵家が多く、自分と同じ伯爵家や侯爵・公爵家とは接触をせず、『配下に加われ』という上から目線の命令も拒否しつつ確実に力を蓄えていった。


「フッ……また誘いが来ましたか。よほど私の力が欲しいようだ」

「それは当然でしょう。現存する聖騎士団において、伯爵様の第三師団は無傷ですし、なによりも練度が違います。セクマ将軍のような暴虐な騎士団とも異なりますから、誰もが喉から手が出るほど欲していますよ」

「だからとはいえ、いきなり政略結婚を進めてくるのも困りものだな。私も男ゆえに女性は嫌いではないのだが、香水の香りがキツイ厚化粧はどうも……ね」

「わかります」


 執務室で送られてくる手紙の処理に追われていたフューリーだったが、その中に紛れていた密偵からの報告を目にした瞬間、彼の口元に笑みが浮かぶ。

 それは現在のアーレン将軍の動向であった。


「フフフ……ハハハハッ! そうきましたか!」

「密偵からの報告ですか?」

「そうとも、彼がついに動き出しましたよ! まさかモルケー公爵家の臣下に加わるとは意外だった。はははは、彼にも考える頭があったとは、これは意外過ぎて愉快だ」

「仮にも一軍を預かっていた将なのですから、無能ではないでしょう。しかし、よりにもよってモルケー公爵……ですか」

「名ばかり貴族の獄潰し公爵なんて無能者を担ぎ上げるなんて……くくっ、何とも面白いことをしてくれるよ。まぁ、傀儡には丁度いいだろうがね」

「傀儡……ですか?」


 フューリーはアーレン将軍がどのような気性を持っているかを見抜いている。

 いや、そもそも隠そうとはしていなかったが、将軍職という立場上どうしても周りが隠そうと独自に動いていただけだ。

 それはともかくとして、アーレンは小細工をするような性格ではない。

 まして無能の公爵を神輿として担ぎ上げる提案を思いついても、そのお膳立ては有能な部下が全て行うため、あくまで武力一辺倒な人物という認識だ。

 簡潔に言うと、思い付きを言うだけで全て部下に丸投げなのである。

 それなのに猛毒そのもののような男は、同類である戦闘好きの部下に慕われる。しかも嫌な顔せずに面倒事を引き受けるなど意味不明なカリスマ性を発揮していた。

 存在そのものがカリスマ性を持っているフューリーとは対照的なのである。


『だからこそ運命のようなものを感じているのだがね』


 内心で自分の想いを呟く。

 理論派のフューリーと、歩く火薬庫のようなアーレンは馬が合わない。

 それなのに互いに意識せずにはいられなかった。


「そもそもアーレンに政治は無理だ。そこはガルドア将軍と同じだが、ガルドア将軍は政治というものを知っているからこそ身を引いているのに対し、アーレンは政治を知ろうとすることすらしない。彼はきっと、面倒事を引き受けてくれる都合のいい駒が欲しかっただけなのだろう。無能であれば爵位が高いほどいいとすら思っていたかもしれない」

「なるほど……そのような理由であれば、モルケー公爵ほど都合の良い駒はありませんな」

「いや、公爵を担ぎ上げたのはたまたまさ。彼は高い爵位であれば誰でも良かった」

「つまり、適当に選んだと?」

「いや、モルケー公爵を選んだのは彼の副官や部下達だろう。モルケー公爵家はアーレンの力で繫栄でき、アーレンは公爵家の名のもとに戦争ができる。まさにwin-winな関係さ」

「それはそれで厄介そうですな」


 いつも以上に上機嫌なフューリーに対し、執事は怪訝そうな顔を向けていた。

 このまま版図を広げていくことになれば、いずれは衝突することになることは明白だ。それなのに主人は上機嫌に話すことが不思議でならない。

 落ちぶれているとはいえ侯爵であり、周辺の貴族を取り込んで肥大化すれば強敵になりえる。『邪魔者はいない方がいいのではないか?』というのが素直な感想だった。


「フフフ……私の機嫌がいいことが、そんなに不思議かい?」

「えぇ……敵が弱いのであれば事が楽に進むではありませんか。強敵などいらないと思います」

「正直だね。けど、楽して王になる男に何の価値があるんだい? 強敵を下し、この手で栄光を掴んでこそ意味がある。私は英雄になりたいのだよ。その英雄に至るには好敵手が必要だ」

「それが、アーレン・セクマ将軍……ですか」

「もしくは、私が英雄に至るための最後の踏み台といったところかな。アーレンには相応しい役回りだと思わないかね?」


 フューリーの物事を舞台のように語る癖は常軌を逸していた。

 彼は自分が英雄になるための舞台を整えており、その行いは今のところ順調に進んでいる。アーレン・セクマ将軍アの件もそうだと言えよう。

 しかし、そこには大きな見落としがある。

 現実は物語のように結果が決まって進むわけではなく、常に不確定要素を含んでいるということだ。


「おとなしく負けてくれるような人物ではないと思いますが?」

「そうとも! 私は彼を自分が相応しいと思える舞台で徹底的に葬り去りたい。アーレンもきっと同じことを考えているはずだ。仲がいいとは言えない間柄だが、憎んでいるわけではない。ただお互いの存在を許せないだけだ。これは生理的な問題なのだよ」

「ハァ……。そのためだけに踊らされる我々の身にもなってください。ただ傍迷惑なだけではないですか」

「そこは心から申し訳ないと思っているよ。だが、こればかりは決して譲れない。この世に英雄など二人もいらないのだからね」


 要するに、どちらもクレイジーという面では似た者同士ということだ。

 意味なく反目していながら、その考え方は共通した何かを抱えており、認め合うことができない。

 それ故に決着をつけるに相応しい舞台を作ろうとしている。


「それで………私の舞台デビューはいつ頃になりそうかな?」

「まもなく、ドゥマー侯爵が痺れを切らす頃ですな」

「それは楽しみだな。さぁ、我々も英雄譚の序章を始めようじゃないか」


 それから一カ月も経たないうちに、ドゥマー侯爵家がレンバルト伯爵家に宣戦布告をし、中原全土を巻き込む戦いの幕が上がるのであった。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 ソリステア公爵家の執務室にて、デルサシス公爵は配下の密偵が齎した報告書に目を通していた。

 隣国の情勢が事細やかに記されており、今後の展開予想を灰色の脳細胞は読み解いていく。


「どうやら……始まったようですな」

「ふむ……ここまでは予想通りじゃな。問題は………」

「この戦火が我が国にまで飛び火しないか、ですな。貴族同士での潰し合いか、実に醜いものだ」

「無理もなかろう。メーティス聖法神国は貴族出身の神官共のせいで腐敗が進行しておった。多少の不正も上に金を掴ませれば揉み消されるほどにのぅ」

「そして、貴族神官達の壮絶な権力闘争を裏で行っていた……か。ますます滅んで正解のような国だが、もはや神官達に何の権威もない」

「敬虔な信者は哀れよのぅ」

「それだけ信仰の熱い信者であれば、既に国外に出ていますよ。残された者達は……まぁ、運が悪かったと諦めるしかない」


 デルサシス公爵とクレストン元公爵は、今後の動きを注視していた。

 メーティス聖法神国は大国だった。

 国土もソリステア魔法王国より何倍も広く、戦乱が続けばいずれいくつかの国に収束していくことは目に見えており、問題なのは収束して生まれた新興国が攻め入ってくることだ。戦乱が続けば食料や物資事情などで他国を狙うことは大いにありえる。

 ましてソリステア魔法王国はしばらく大規模な戦争は経験していない。

 戦乱を潜り抜けてきた騎士達を前に、戦争を知らない若い世代が太刀打ちできるとは到底思えなかった。だからこそ新たな武器が必要となる。


「魔導銃の配備はどうなっておる?」

「こちらは順調ですが、決定打に欠けますな。もっと強力な武器が欲しいところです」

「デルよ……お主のことじゃから、その武器にも当たりをつけておるのじゃろ?」

「イサラス王国経由の情報ですが、どうやらゼロス殿は強力な武器でアンフォラ関門の城壁を破壊したようです。おそらくは………」

「広範囲殲滅魔法………か」

「いえ、どうやら違うようでして、何やら魔導銃を巨大化させたような武器を搭載しているの乗り物で出陣したという話です」

「ふぁっ!? そんなもの………いつの間に作っておったのじゃ!?」

「さぁ?」


 ゼロスとアドは諜報員であるザザの存在を忘れていた。

 その結果、イサラス王国に情報が渡り、同盟国となったソリステア魔法王国にまで届けられた。魔法に関する技術はこの国が最も進んでいるからだ。


「仕組みが魔導銃と同じというのであれば、発火術式を大きくすれば似たような武器が作れますな。どれだけ魔力を消費するかは不明ですがね」

「それ………ちと強引すぎぬか? そんな簡単に作れる代物でもなかろうて」

「キャン……いやベラドンナの話では、理論上は可能ということです。いま発火術式の試作刻印を製作しているところですよ」

「早すぎね!?」

「魔導銃を見た瞬間に思い至ってしまったんですよ。『これを大きくすれば、砦の守りに使えるのではないか?』とね」

「お主の発想力……パナいのう………」


 デルサシスの才に改めて戦慄する父クレストン。

 彼が幼いころから天才と思っていたが、その発想力は悪魔的で恐ろしい。

 独裁者にならないのが不思議なくらいだ。


「なぜに物騒な思いつきができるんじゃ……。儂、ちょっとお主が怖いぞ」

「それは今更でしょう。今のうちに戦力の強化をしておかねば、近いうちに戦争に巻き込まれるかもしれませんのでね。父上も予測はしていているのでは?」

「うむ……しかし、儂は戦争の在りようが変わることの方が恐ろしい。勇者達の世界は何とも恐ろしい兵器が溢れておるようじゃしな」

「アレを読みましたか……」

「うむ………」


 メーティス聖法神国は歴史の影で多くの書籍を焚書にしてきた。

 その中に【異界アナザー技術テクニカ碌】なる書籍がある。

 これは召喚された勇者達から聞き出した異世界の文明を記したもので、どのような技術で文明を築き上げてきたのか詳細に聴取し、中世の武器から現代兵器までの特徴が細やかに記されていた。

 無論、誇張や理解できないものもあったが、都市一つを消し飛ばす核兵器なる存在もあったことに、この書籍を読んだクレストンは身震いしたほどだ。

 最終的には核による脅威によって警戒しあい、戦乱は治められ社会的な秩序を構築していくようになる。戦争そのものが無意味なものになるという話だ。


「凶悪な兵器による警戒が、長い平穏な時代を築くなど信じられぬ。しかし一概に間違っているとも言い切れん。過ちを繰り返し辿り着いた結論なのじゃろう」

「そういった世界があるということですよ。人が生きているうえで争いが消えることはない。それを可能とした機械による管理世界も存在しているらしい」

「人ならざる機械によって管理された社会なぞ、それは果たして生きていると言えるのじゃろうか? 家畜と変わらぬではないか……」

「私もそんな世界はごめんですな」


 人の幸福を追求すると切がない。

 だが、最終的に行き着いた世界の結果を知ったとき、人は果たして自分が幸福と思えるのか判断できない。

 所詮は書籍に記載された中での話なのだから。


「お主の言う兵器……確か、大砲じゃったかのう? その中にあった気がするのじゃが……いま思い出したわい」

「ですが、我々には炸薬を作り出す技術がない。メーティス聖法神国が滅んだ以上は知るすべもないですな」

「…………嘘をつくでないわ。探しておるのじゃろ? 勇者達を……」

「この世界の住民として彼らを保護しようとしているだけですよ。アトルム王国の勇者達には手が出せませんのでね」

「あわよくば炸薬の製造方法を狙っておると?」

「魔法で無理なら別の手段も用意しておくべきでしょう。なにしろ、今の情勢はどう転ぶかなど誰にも分かりませんからな。それに、魔導銃の技術を利用した大砲の設計は、既にクロイサスの奴が手掛けていましたよ。私より我が息子の方が恐ろしいですな」

「親も親なら子もか……。ツヴェイトが生真面目なだけマシじゃな」


 先を見据えて準備をする。

 言うのは簡単だが実行に移すとなると手間と時間、なによりお金がかかる話である。

 しかしデルサシスはそれができてしまう。

 ソリステア商会と傘下にした裏組織という豊富な資金源と、ソリステア派の工房という生産拠点。そしてモノ作りに熱中するあまり寝食を忘れるほど情熱を持つ、ドワーフの職人達。資金も人材も全て彼の手にあるものばかりだ。

 おそらく魔導武器の技術発展は加速することだろう。


「まぁ……よいわ。それよりもお主は誰を危険視しておるのじゃ? メーティス聖法神国が滅んだ以上、そこから分裂してできた国など脅威とは思えんのじゃが……」

「聖天十二将軍……」

「ガルドア将軍かのぅ?」

「いえ、五体満足な将軍があと二人ほどいますよ。アーレン・セクマ将軍と、フューリー・レ・レンバルト将軍。戦争馬鹿と英雄願望が強いこの二人は危険ですよ」

「それほどか?」

「えぇ……彼らは、目的のためなら他人をどれだけ戦火に巻き込んでも気にもしません。それこそ他国に攻め込む真似ですら実行するでしょう。ついでに勇者の血脈です」

「………厄介な」


 勇者の血脈。

 その実力はクレストンやデルサシスなど凌駕し、この世界の住民では決してたどり着けない領域にまで成長する。倒せるとしたら勇者か同類くらいであろう。

 まさに一騎当千の将が野放し状態なのだ。


「ゼロス殿が倒してくれぬかのぅ……」

「将軍の暗殺など引き受けたりはしないでしょう。期待するだけ無駄です」

「勇者の血族は、頭がすこぉ~しばかり変じゃからなぁ…………。相手にしたくないのぅ」

「報告では、無能公爵を担ぎ上げたセクマ将軍と、自ら率先してして平定の動きを見せているレンバルト将軍と対照的です。もしかしたら共倒れしてくれるのではないかとも思っていますがね」

「そんな都合のいい話などあるまい。ハァ~……地道に防衛を強化するしかないのぅ」

「他にも力をつけてきている有力貴族もいますし、今はそれしかありませんな」


 魔導武器の試作品は作れても、量産には相応の資金と人材が必要となる。

 開発資金はどうにでもなるとして、問題は量産するのに国家予算をどれだけ使うかだ。それを考えるだけでも頭を抱えたくなるクレストン。

 未来に向けて動き出してはいるが、その先には頭の痛い問題がいくつも残されていた。


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