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おっさんは遊んでいた



 ゼロス邸宅の地下は、法律的な規制がないことから好き勝手に拡張され続け、簡易的な鍛冶場や燻製製作所などすべての施設を移設し、ちょっとしたシェルターのようになっていた。

 これも家主であるゼロスの『秘密基地って燃えるよねぇ~』といった思い付きから、法律に規制がないことをいいことに、暇な時に少しずつ趣味全開で増改築を行った結果だ。

 どこかの土木職人が見たら間違いなく、『あんちゃんよぉ~、暇こいてるならちょいといい汗掻こうや』と現場に強制連行されることだろう。

 もはや地下倉庫の範疇を超えてしまっていた。


「フフフ……できた。とうとうできたぞ!」


 照明の魔道具から照らされる淡い光のなか、おっさんはまるでマッドサイエンティストのように喜色の笑みを浮かべ、完成したものを見つめていた。

 それは試行錯誤の連続であった。

 何度も試し、何度も素材を変え、何度も挑戦と失敗と挫折を繰り返して結果、ようやくその努力が実ったのである。

 その喜びは言葉で言い表せることなどできまい。

 まさに感無量である。


「長かった………。どうしてもイメージ通りに行かず、どれだけ素材集めに苦心したことか……」


 ゼロスは震えていた。

 理想とするものを脳裏に思い浮かべることは簡単だが、現実に形にすることは難しい。

 だが、その努力の成果が今、目の前に存在している。

 その喜びを声に出すことはできず、静かに涙を流す。


「地球のものと違うから、どうしても妙な反応がでてしまう。化学反応すら学んできたものとは異なる反応を示すことから、もう諦めようとしていたのに……どうしても止めることができなかった。フッ……まさか自分がここまで執念深い性格だったとは、な……」


 自嘲気味に語るその苦労とはどれほどのものだったのか。

 何にしてもレシピは完成した。

 試行錯誤の結果、辺りには素材配分表や使えないと判明した素材名などが記載されたメモが散乱し、傍に山のように積み重なって屑籠の姿すら見えなくなっている。

 これが今まで積み重ねてきた努力の足跡だった。


「だがこの苦労も、もう終わりだ! 遂に完成したのだぁ、理想の【お好み焼きソース】をっ!! フハハハハハハハ!!」

「「「「「 なんでだだぁ(じゃ)!! 」」」」」

「おぉうっ!?」


 鍋で煮込まれている、香しきお好み焼きソース。

 そう、異世界に来てから長い間試行錯誤を繰り返してきたのは、お好み焼きソースを作ることだった。


「貴様ぁ、我の神器ではなく、そんなものを作っておったのかぁ!!」

「そんなものとは酷い。これを作り出すのに、いったいどれだけ苦労を重ねてきたと思っているんです? 軽く言わないで貰いたいねぇ~」

「いやいやいや、おじさん? ルーセリスさんの神官服と神器はどうしちゃったの!? 先にやることがあるのに、なんでお好み焼きソースなんて作ってるのぉ!?」

「そら、先に手掛けていたものですからねぇ。このお好み焼きソースは凄いよ? お好み焼きやタコ焼きはもちろん、コロッケやメンチみたいな揚げ物だけでなく、なんとカレーに掛けても味を壊すことなく馴染む万能さ! むしろ引き立てるほどの旨味まであるときた!! フッ……我ながら恐ろしいものを作っちまったぜ」

「だから、ルーの神官服と神器はどうしたんだよ! こっちが重要だろうが!!」

「ジャーネさんや、貴女は僕を見縊っていませんかい? そんなの三日前に終わらせてますよ」

「「「「「 三日前…… 」」」」」


 おっさんは仕事が早かった。

 神官服と神器の依頼を受けたのが一週間ほど前。

 つまりは四日で作業を終了したということになる。


「それだけ早く仕上がったのなら、直ぐに受け渡してくれても良かったんじゃない? それから三日間そのソースを作っていたのかしら?」

「やっと食材や調味料の配合がうまくいきましてねぇ、調整していたら最高のものに仕上がりましたよ。これは【漢前まよねぇ~ず】に匹敵するほどの傑作。いい仕事をしたなぁ~」

「それで、私の神官服はどうなりましたか? 妙な改造はしてませんよね?」

「ルーセリスさんも人聞きの悪い。ちょっと【魔法耐性】と【光魔法効果増幅(中)】のスキル効果がついてますが、それ以外はいたって普通のローブですよ」

「「「「 凄く破格の性能なんですが!? 」」」」


 しかも余計なスキル効果まで付与していた。

 このおっさんが手掛けると余計な能力が追加される。


「それで、我が頼んだ神器はどうなっておるのじゃ?」

「【光魔法増幅(大)】と【魔力増幅(強)】と【魔力強制吸収(激強)】のスキル効果をつけましたよ。残念ながら、僕は呪い関係は苦手でして」

「本当に残念そうな顔をするなぁ!!」

「こう、なんて言えばいいのか分からない不定形で捻じ曲がった、いかにも暗黒神話系統の神器にしようと思ったんですけど、設計までしたはいいが計算で耐久値に問題がでましてねぇ。魔法文字で『フグルム・フグルィ・アルフィア・アルフィミィ・イア・イア』と刻むことしかできなかったんですよ」

「ささやかな嫌がらせのつもりかぁ!?」

「ゼ~ロスさんのお宅でぇ~、イア・イアよ~♪ 這いよるの~はぁ~暴食神、イア・イアよぉ~♪」

「歌うなぁ!!」


 おっさんの神様の扱いが酷かった。

 まぁ、突然現れては大量の食事を強請るふざけた存在なので、敬う気は全くない。

 崇め奉る気も更々ない。


「ちなみに、ブツは入り口わきの箱の中に入っていますぜ。適当確かめてください」

「……お主は何をするつもりじゃ?」

「遅まきながら食事の用意ですよ。作業に没頭し続けましたんで、あまり食事をしていないんですよねぇ。もう腹が減って………言っておきますが、作りませんよ?」

「確認するほど、我はそんなに物欲しそうな顔をしておったのか!?」

「それはもう、口からよだれが出るほどに……。気づいていないので?」


 無意識に口から大量の涎を流す邪神ちゃん。

 鍋で煮込まれるお好み焼きソースの香りが、彼女にダイレクトアタックの直撃をかましていたようだ。


「これが神器? うっわ~、凄く綺麗な杖だぁ~!」

「これは………凄いですね」

「あぁ………何の素材で作られているのか分からないが、信じられないほどに綺麗だ。これなら神器と言われても誰もが納得するだろうな」

「頭頂部の水晶……魔石かしら? 宝石にしては透明度が高いし、これほどのものは見たことがないわね」


 神器となるベースの杖は、神気を付与されていないにもかかわらず、その美しさは誰もが息を呑むほどに目を奪われる素晴らしい仕上がりであった。

 不明の素材で作られた純白の杖で、12の翼をもつ女神像が背中合わせに二体彫られており、上部の翼が包むように水晶球を固定している作りだ。

 これで未完成だというのが信じられないほどである。


「ほぅ……なかなかのデキじゃのぅ。芯に使われておるのはミスリルとオリハルコン、ダマスカス鋼の合金か? 打撃武器としても使えそうじゃな。気に入った、褒めてつかわすぞ」

「邪神ちゃん素材の下準備と造形で、徹夜を入れて二日ほど掛かってしまいましたよ。組み上げに二日かなぁ~。その合間にルーセリスさんの神官服を手掛けてみました」

「合間にって……おじさん、よくそんな暇があったね? もしかして、徹夜するほどに遊んでた?」

「人聞きの悪い。イリスさんの魔女っ娘ドレスと同様に生地を強化して、あとは細かい調整だけだったからねぇ。足踏みミシンもあるし短時間での強化改良は楽なもんでしたよ。デザインに関しては各方面からパクった」

「改良って………これは、司祭服と言われてもおかしくないぞ……」

「片手間でこれって、凄いわよね……。私達の装備もゼロスさんに整備してもらおうかしら?」


 ルーセリスの神官服は、見習い神官の着る地味なものでなく、袖や裾などに金糸で装飾をあしらい、背中にはアルフィアの姿を模したシンボルが小さく描かれていた。

 中世の地味で野暮ったい神官衣装から、ファンタジーゲームの神官衣装にビフォーアフター。これを着たらかなり目立つことであろう。

 おっさん渾身のパクリセンスが光る。


「ちなみに、こっちは試作段階の杖なんだけど、こうして横のスリットからコインを入れ、持ち手を捻ると――」

『イーグル!! シャーク!! パンサー!! ビーストドライブ、ファイナルアタック』

「――と、高出力の魔力収束砲が放てるんだ。威力がどれほどのものか分からないが、お試しに使ってみるかい? おっと、キャンセルしなくては……」

「「「「「 そっちがメインじゃね? 」」」」」


 やはりゼロスは遊んでいた。

 箱に入っていた神具の杖よりギミックの面で手が込んでおり、どう考えても試作杖の方が機能の面で優れている。それ以前に完全な攻撃型だ。

 形状が同じなのに手間の差に極端な開きがあった。


「いやねぇ、最初はカートリッジシステムを採用しようかと思ったんですよ? ただ、一つのカートリッジに込められる魔力量が決まっちゃってねぇ。全弾数を使用しても威力の面で納得できなくってさぁ~、代わりに魔力を高圧圧縮によって凝縮したコインを使うことで、砲撃時の出力を大幅に引き上げることに成功したんだよ。問題はこのコインを量産させることが難しいことかな。生産性のコスパがもの凄く悪い。一枚のコインでカートリッジが二十個ほど作れるんですよ。イリスさんや、使ってみるかい?」

「私に魔砲少女になれと!? 神器と同じ形状だとあやしまれるよ!」

「なら、もっと手頃で厳つい形状に作り直すとするか。少女が大型武器を振り回すのって、こう……萌えるだろ?」

「おじさんのロマンがちょっと理解できちゃう自分が悲しいよ」

「消し飛ぶ街並み、一瞬で無意味に蒸発されていく敵共。一撃必殺のロマンがここにある! さぁ、倫理観など捨ててコイツを手に取るんだ。一撃必殺は良いぞぉ~」

「待てぇ、イリス! それはおっさんの罠だぁ!!」


 強力な武器の誘惑に誘われ、ふらふらと試作神器を手に取ろうとするイリスを、ジャーネは咄嗟に止める。

 確かに集団を一掃できる一撃必殺の武器は凄いが、それだけに使いどころが限られる。

 魔導士が持つ一般的な杖ならともかく、ここまで偏った杖など傭兵には使い道がないのだ。どう考えても兵器扱いだろう。

 それも最終兵器だ。


「ゼロスさん……こんな武器を作ってどうするつもりだったんですか? イリスさんに大量虐殺の責任を押し付けるつもりですか!」

「いや、普通に魔導士の杖――魔杖としても使えますよ? こっちの杖は毎日少しずつ魔力を蓄えておけば、いざというときに強力な一撃を放てる仕様にもなっていますし、要は使い方次第ですよ。なんならルーセリスさんが使ってみますか?」

「私はアックス派ですから……」

「ルーセリスさんの武器も、考えてみたらかなりエグイわよね。見た目と得物のギャップに差がありすぎ」

「ルーは昔から薪割とかが好きだったからな……。昔、一撃で薪が真っ二つに割れる瞬間が気持ちいいとか言っていたぞ」

「アックス……一撃必殺の斬撃か。相手の武器ごと豪快に叩き割る一撃なら繰り出せそうですが、特殊な効果や機能でやるようなもんじゃないねぇ。鍛錬すれば技量次第でどうとでもなるし……」


 この世界では魔力という精神に反応する不可思議なエネルギーにより、物質強度を変化をさせることや、燃焼や発光といった物理現象に変換することが可能なため、鍛錬次第で武器ごと敵を真っ二つにするような真似も可能だ。

 ゼロスはロマン武器を現実に製作することが目的であり、鍛錬で同じことができることありきたりな効果には興味がない。それは以前に製作した魔導銃にも同じことが言える。

 魔導銃は視覚外から限界まで魔力消費を制限した一撃必殺をコンセプトに製作しており、逆に試作神具は膨大な魔力の収束による強力な一撃必殺がコンセプトだ。

 ただし魔導銃においては、魔力吸収機構と本体の破損を防ぐための強化魔法術式の不具合から、勝手に銃弾を強化コーティングして威力が増幅してしまう失敗作でもあった。

 発動させた魔法を効果として付与できることから、事実上は試作神器と同様に魔導銃も魔杖の部類に入ることになる。単純に魔法が存在する世界で銃という武器を作ったらどうなるのか実験しただけで、まさか魔杖と化していたとはゼロスにとって誤算であったが、実に自分好みでもあった。

 だが、ルーセリスの扱う武器が斧なだけに、斬撃武器だから斬撃が放てるという単純明快な改良はやりたくもない。もう少し捻った効果が欲しいと考えていた。


「ブーメランのように投げたら戻ってくるというのは、ありきたりで面白くないな……。そもそも加速をつけて投げた武器が、その速力と質量で増幅した威力を維持したまま戻ってくるのだから、使用者の身に危険が迫ることになる。それなら単純に自爆装置を取り付けた方がまだマシだ。分離してそれぞれが別の武器として使えるというのも面白いが、機能的な面はともかく耐久値が落ちるだろうし、逆に使い勝手が悪くなるかも……。」

「あの………ゼロスさん? 私は武器の改良までは頼んでいないのですが…………」

「あっ、術式を刻んだ魔導符アルカナをスリットで読み込んで、組み合わせ次第でいくつかの特殊効果を発動させる仕様というのはどうです? 魔導符の効果次第ではその効果の幅も千差万別で面白くありませんかねぇ?」

「それ、私が使うんですか?」

「決めセリフに、『貴方に相応しいアルカナは決まった!』とか言って、相手に会わせてトドメの組み合わせを変えることができるんですよ。カッコいいと思いません?」


 ルーセリスにはゼロスが何を言っているのか分からなかった。

 逆にイリスは豊かな想像力でその光景を思い浮かべる。

 荒廃した街並み。

 凶悪な魔法を行使して悪事を働く悪漢と、その取り巻きである犯罪者達。

 そのような悪党たちに1人立ち向かうルーセリス。

 戦いも佳境に入り、最後の必殺技の前に敵に向けて言い放つ決め台詞。


『冥府に誘う暗き闇、重崩グラビティ爆破バースト! 裁きを与える無慈悲なる光、輝照シャイン神罰ジャッジメント! 穢れし魂を浄化する優しき風、緑包ウィンド慈愛ピュア……』


 次々と魔導符を戦斧のスリットに通し、それぞれの魔法効果を一つに集合させる。

 準備が整ったことを『逝ッテイイヨォ~』の音声が響く。

 そしてクライマックスへ。


『逝っていいそうです。では、神の威を借りて今必殺の――黒轟ダークネス爆断災禍カタストロフィ!!』


 無慈悲に放たれる合成魔法。

 その威力は周囲の建物ごと悪党たちを巻き込み、強力な破壊力に転化され尋常ではない被害をもたらす。

 そんな妄想を終えたイリスは、なぜか凄くいい顔をしていた。


「いい……実に良いよ、ルーセリスさん! 早速おじさんに作ってもらおうよ!!」

「えっ? えぇ~~っ!?」

「イリス……なんでお前が食い気味なんだ?」

「ゼロスさんの話を聞く限りだと、もの凄く物騒な武器になりそうなのよね? そんなものをルーセリスさんに使わせる気?」

「それがいいんじゃん! 必殺技はロマンだよね! ねっ!!」


 ゼロスとアルフィアを除く三人娘はイリスにドン引きしていた。

 何が彼女を熱くさせるのか分からないのだ。

 これが理解できるのは、ある種の探究者である異世界人くらいだろう。


「た、確かに必殺技と言いますか、切り札は多い方がいいと思いますけど……」

「そうだよね! 複数のカードを使ってのコンボとか、コインの組み合わせで変化する技とか、でっかいUSBメモリーを二個使用しての二属性連続攻撃とか燃える展開よね!! フォームチェンジもすごく美味しいよ!!」

「イ、イリスが珍しくグイグイきてるわね……」

「ルーに何をさせたいんだ……」


 ヒートアップするイリスちゃん。

 そんな彼女達を無視して、おっさんは鉄板を温めていた。

 熱を持った鉄板の上に油を敷きつつ、インベントリから次々と材料を取り出しては、お好み焼きを焼く準備を進めていた。

 いや、正確には事前に準備を済ませていたようだ。

 どれほどお好み焼きが食べたかったのだろうか………。


「お主、マイペースよのぅ」

「肉はミートオークとベーコンの二種類ありますが、どちらがいいですか?」

「むっ………良いのか?」

「このままだと、焼きたてのお好み焼きによだれを垂らされそうなので……」

「普通にブタタマもよさそうじゃが、塩気のあるベーコンも捨てがたい。悩ましところじゃ……」

「まぁ、食材に限りがありますから、いつものように大量生産はできませんぜ? 食材が尽きたら終了です」

「たまには味わって食べるのも良かろう。最近、どうも食べることに執着して、食材そのものを味わうことを忘れておった気がする」

「それ、調理した料理人に対して失礼だと思いますがねぇ」


 オタマを使い、水で溶いた小麦粉の生地を円形に流し鉄板で焼きつつ、その上に大量のキャベツとベーコンを乗せ、アクセントに紅ショウガを散らす。

 その上から再び水溶き生地を掛けると、フライ返しを使って器用にひっくり返した。


「これで麵があれば焼きそばも味わえたというのに……」

「麵を打たなかったのか?」

「その時間がありませんでしたよ。神具の製作のこともありましたし、小腹がすいた時のために準備していただけですからねぇ」

「じゃが、その時点でソースは完成しておらんかったのじゃろ? ちと先走っておらぬか?」

「未完成のソースでもそれなりの味でしたし、完成しなかったらそれでも別にいいかなぁ~と思っていましたからねぇ。納得のできるものが完成して実に気分がいい。さぁ、ソースの出番だ」

「おぉ……♡ この焼けたソースの香り……たまらんな」


 最後にコッコの目玉焼きを乗せ、その上にソースを一掛けしてお好み焼きが完成した。

 焼きたてを皿の上に乗せると、割り箸と一緒に供え物代わりに邪神ちゃんに手渡す。


「さぁ、味わうがいい。究極のソースを使った最高のお好み焼きを!」

「ふぬぉ!? これは……絶対に美味いやつではないか……」


 期待を膨らませながら器用に箸を使い、邪神ちゃんはお好み焼きを口に入れる。

 その瞬間、世界がはじけ飛んだイメージが脳裏を駆け抜ける。


「シャキシャキのキャベツからでる野菜の甘味、その甘味を刺激する紅ショウガの塩気とベーコンの濃い旨味。このベーコン、普通のものではないな? おそらくドラゴンの肉じゃ。じゃが、互いに味を殺すことなく引き立て合い、その調和を濃厚な酸味と旨味のソースとコッコの卵の味が更なる次元へと引き上げておる。これは……う~~まぁ~~いぃ~~~~ぞぉ~~~~~~~っ!!」

「ふむ………なかなかイケる。ただ、もう少しさっぱりしていた方が僕好みですねぇ」


 目と口からレーザーを放ちそうな勢いの邪神ちゃん。

 対しておっさんは少し不満気味だった。


「ハッ!? もう………皿にないじゃとぉ!? 馬鹿な、いま一口入れただけじゃというのに………」

「凄い勢いで口の中に放り込んでいましたが?」

「なんとぉ、箸が止まらなかったということか……。このお好み焼き、危険すぎるぞ。あまりにも美味すぎる」

「危険なほど美味いお好み焼きとは、いったい……」

「それに、この青海苔はどうしたのじゃ? お主、いつ海へ行ったのじゃ」

「それは河海苔と言いまして、オーラス大河上流の岩場にびっしりと生えていましたよ。普通に苔と思われているのか、誰も食用にできるとは思わなかったんでしょうねぇ」


 まるでなんでも拾ってくる収集癖のあるゴミ屋敷の住民のようだ。

 手頃な食材や素材を見かけたら集めずにはいられない。

 しかも根こそぎ回収する。

 お好み焼きを焼きながら暢気に答えるゼロス。

 彼はどこでも生きていける図太さと逞しさがあるようだ。


「へっ、嬢ちゃんたち。食うかい?」

「ん?」


 邪神ちゃんが振り向くと、物欲しそうな女性陣が一身に鉄板を見つめていた。

 ソースの香りが彼女達の食欲を刺激したようである。


「すみません……なんだか催促したようで」

「この香りが悪いよ。凄く食欲をかき立てるんだもん」

「わかる。こんな美味そうな香りは初めてだ……」

「フフ……こう言っては失礼かもしれないけど、お腹が鳴っちゃいましてね。こんな香ばしい匂いを立てられたら我慢なんてできないと思うわ」


 気恥ずかしそうにしどろもどろ二応える女性陣。

 そんな彼女達にニヤリと笑みを浮かべるおっさんは、手慣れた手つきでお好み焼きを焼き始める。イリスはおっさんが屋台販売に慣れているようにも見えた。


「へい、お待ち。箸じゃなくてフォークにしておいたぜ」

「わぁ~、すごく美味しそう」

「絶対に美味しいやつだよ、これ!」

「なんだか外堀を埋められている気がする」

「普通なら女性側が男性の胃袋を掴むんだけどね。でも、これは確かに掴まるわ。ジャーネもルーセリスさんも、もう逃げられないんじゃない?」


 魔導士の極致に君臨し、しかも魔道具などを製作すれば容易に稼ぐこともでき、おまけに家事万能ときた。

 おっさんはどう考えても優良物件である。

 分かってはいるのだが、未だにジャーネは恋愛症候群の衝動に流されるままで、自分の気持ちに決着をつけられずにいた。


「冷めたら不味いぜ? とっと食っちまいな」

「なんで、ノリノリで屋台のおじさんになってるの?」

「でも熱々で簡単には口に入れられそうにないのですけど……」

「先ずは一口……。ふふ、本当においしそうね。では、さっそく………」


 女性陣がお好み焼きを口に入れた瞬間、あまりの美味さには着衣がだけるイメージが脳裏に過ったとか。

 そして四人同時に『筆舌に尽くしがたし!!』と叫んだという。

 彼女の横では暴食神が珍しく一口一口を味わう姿が見られたが、『ところで、神器は持っていかなくていいので?』と思うと同時に、『普通に食べられたんだ……』とも思ったとか。

 邪神ちゃんは、やればできる子であることを初めて認識した。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


「――以上、報告は終わりです」


 モニター越しに事務的な口調で報告を済ませるルシフェル。

 そんな彼女の話を聞くモニター越しの人物は、満足そうに頷いていた。


『順調なようだね。次元崩壊を防げただけでも充分な成果なのに、まさかシステムを掌握するのにここまで早いとは思わなかったよ』

「ただ、問題もありまして……」

『うん、召喚された者達が所属している世界の選別だよね? 一応だけど僕達以外の世界からも誘拐された人達のリストは集めているけど、既に滅びた世界から召喚された人達もいるようでね……。まぁ、これは別にいいんだ。問題は無差別召喚されたのに被害届を出していない神もいるってことなんだよ』

「主様のように無責任な方々もいるようですね。どうせこの世界のように適当に管理しているんじゃないですか?」

『酷いね……。まぁ、その通りだから何も言い返せないけどさ。僕のせいじゃないからね?』


 異世界から召喚された被害者(魂達)は大勢おり、彼らを元の世界に送り届けるべく被害に遭った世界が協力して選別作業をしているのだが、思ったよりも作業が進んでいなかった。

 モニター越しの人物が言うように、無断召喚の被害に遭っても報告をせず、まるっきり無視を決め込んでいる管理者もいるからだ。

 だが、これも無理はない。

 彼ら観測者は長い時を存在し続けるため、時間的概念にもの凄く疎いところがある。

 また、足しげく生物が生息できるような惑星に下りる者達は比較的に若い世代に限られ、那由他の時間を越えた時点で管理が極端なまでに杜撰になってくる。

 だからこそ早い段階で後継者を用意することにしているのだ。

 この被害届が出されていない世界は、観測者が古き者達であることが共通していた。


『彼らは再生の時を待つばかりのご老体だからね。しかも次世代を用意していなかったから、下にいる者達も大慌てなんだよ。僕だって後継者は何柱も用意しているのにさ』

「杜撰すぎませんか?」

『仕方がないさ。ご老体たちは増大した自身の力を抑え込むのに必死だし、それで管理が疎かになるのは必然なことなのさ。あとは虚無次元に転移して昇華の時を待つんだ。その後に誕生する自身はまっさらな存在として新生するついでに、拡散した高位次元のエネルギーが放出されて宇宙が創られる。人間が言うところのビックバンだね。僕達も所詮は大きなシステムの歯車なのさ。ちなみに先輩は例外だからね?』

「まだ若い世代ですけどね……」

『そうさ。だから僕も自分の世界で育った子らと遊びたい。彼らの独創性は見ていて飽きないから、ついつい手を出しちゃうんだよね~』

「そのせいで奇跡やらオーパーツとやら、各地にいろいろと痕跡を残しているのですが? 後始末をする私達の身にもなってください」


 へらへらと軽い口調で話すルシフェルの主人、【ケモさん】。

 そんな近況報告や世間話も終わり、本題に入ることになる。


『それで、今後そちらはどんな世界になりそうなんだい?』

「抗体(勇者)システムが摂理に食い込んで一体化しています。ムラのある霊質のレベルアップシステムを取り除くのは難しそうですね」

『まぁ、先輩の創造した自動管理システムは秀逸だからね。そのぶん歯車が少しでも狂うと異常事態は拡大しやすい。僕は採用しなかったけどね』

「管理が楽になるのは良いのですが、異常事態が起きても管理する者がいないのが問題ですよ。新たな管理者も頭を抱えていますから……」

『だろうね。一見して便利そうでも、逆の視点では融通が利かないから問題なんだよ。先輩は滅多に眷属を創らなかったからね。数少ない使徒たちも苦労したんじゃないかな? 子孫が残せて存在していた足跡を残せたのは上々だと言えるよ。使徒は消滅したら転生なんてしないからね』

「彼らには既に命がありますから、自分達を摂理システムに組み込むことに、さぞ苦労したでしょうね」

『今は人と共にある一種族か……羨ましいね』


 ケモさんは深いため息を吐いた。

 人格があろうとも使徒は所詮システムプログラムにすぎず、消滅したら再生することはない。それはルシフェルも同様である。

 どれだけ濃い自我を持っていようとも、使徒である限り死とは完全消滅を意味する。神の眷属とは全く異なるのだ。


『それにしても、レベルアップ制を採用することになるのか。霊質的な進化は広がるだろうけど、どうしても限界値は出ると思うよ? 生命体の魂は個々に極端な差があるし、進化しない者はどうやっても進化できない。それは淘汰される運命にある』

「そのための輪廻転生ですが、霊質の低さだけはどうしようもないですよ。高い者は極端に進化しますけど……」

『社会性に問題がでるんじゃないかな? たぶんだけど差別する者が出てくると思うよ。それこそ長い時代をかけて他者を隷属させるような……ね。魂が進化しやすい世界は望むところだけどさ、そうした社会は魂の零落も生み出すからね? さじ加減が難しくなる』

「アルフィア様は管理者を置くことを決めたようですが?」

『けど、人間社会に率先して係るような存在じゃないわけでしょ? 進化種が増長すると世界が安定するどころか、むしろ悪化させかねない。適度な環境を維持し続けることは難しいのさ』

「進化を維持したまま退化もさせないって、不可能なのではありませんか?」

『アルフィアちゃんは、どう対処するつもりなのかねぇ~?』


 魂の昇華は多くの神々が望んでいるものだが、昇華する前に零落をされれば多大な損失だ。

 虚無の次元を命溢れる賑やかな世界に導くのは、無限ともいえる寿命を持つ神にも難しい。だからこそ新たな同胞の誕生を期待する。

 観測者は自分と同等の高位次元生命体を創造することもできるが、それは観測者自身と管理する世界に多大な代償を支払わせることになる。だからこそある程度の能力低下を妥協し眷属を生み出すのだ。

 ただ、眷属もまた観測者と同等の進化を遂げるには、途方もない時間を必要とする。輪廻転生を繰り返す小さな命の方が進化の確率が高いのである。


「観測者が二柱いれば管理が楽なのですが……」

『リソースの減少を覚悟してまで次世代を生み出すメリットがない――とは言わないけど、前準備にかなりの時間が取られるかな。次世代を創造するに膨大なエネルギーを代償とするからね。そちらの世界だとアルフィアちゃんがいるし、当分は無理でしょ』

「宇宙のエントロピー増大も防がなくてはなりませんから、人手を増やしてもらえませんか? いろいろと手が回らないんですよ」

『そこは他の観測者たちに相談しておくよ。駄目な場合は、それこそ資質のある者達に『僕と契約して魔法少女になってよ』と持ち掛けなければならないね。まぁ、普通はそこまでヤワな世界は創造しないけどさ』

「目先の次元崩壊は防げても、まだ爆弾を抱えた状態ですから油断できません。本当にお願いしますよ」

『善処するよ。あと、戻ってきてない魂の捜索も暇なときにお願い。そっちに残られてると困るんだよね』

「あ~………ご友人の人間的にクズなお姉さんでしたっけ。まだ戻っていないんですか?」

『そうなんだよ。我の強い人だから、何かのアクシデントが起きたとしても不思議じゃないんだよね。もしかしたらだけど、ファンタジー世界だからさ、生き返れるかも知れないと根性でネバっているのかもしれない。人選を間違えたなぁ~………』

「神の定めたシステムに抗うほどですか。手が空いたら探してみます………」

『お願いね。それじゃ、グッドラック!』


 近況報告を終えると、ルシフェルはその場で深い溜息を吐いた。神々の世界もなかなかに忙しいようである。

 何にしても増援の申請も終え、ルシフェルはブラック企業すら逃げ出すような地獄のルーチンワークに再び戻ることになる。

 完全な世界再生の時はまだ遠い。



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