おっさん、神器製作依頼も受ける
「お主らに大義名分を与えてやろう」
世界の理を侵食して現れたその存在を前に、神官達は本能からくる身を硬直させるほどの畏怖を受け、呆然とその少女らしき存在を見つめることしかできなかった。
なんとか言葉を出そう荷も喉が渇き、大量の汗が流れ、体は震える。
そんな彼名の中で、唯一声を上げることができた者がいた。
「大義名分ねぇ……。それをアンタがやっちまって良いものなのかい? 【神】なんだろ?」
「「「「「 !? 」」」」」」
メルラーサ司祭長だった。
この本能からくる恐怖の重圧を受けながらも酒を飲み、アルコールで顔を赤く染めながらも、かなり無遠慮な口調で何事もないように問いかける。
「ふむ、我もそう思っておったが、人の世が荒れ続けるのもいろいろと都合が悪くてのぅ。これから先、かなり厄介なことになりそうじゃから、少しばかりテコ入れすることにした。まぁ、打算的なものであって、おぬしら人間に掛ける慈悲ではないということだけは間違いないがな」
「ハッ、そらそうだろ。神は人間に施すような真似はしないさね。所詮は傍観者なんだからねぇ」
「その通りじゃ。我らが重要と思うのは魂の昇華であり、物質である肉体に縛られておる不完全な者にはさほど興味はもたぬ。見込みがありそうな者には多少の加護くらいは与えるが、基本的には放置じゃ」
「そんなアンタが、アタシらに大義名分をくれるときた。なんともあやしい話さね」
「何と思われようとかまわぬよ。選択するのかはおぬしらの自由じゃ。我はただ、お主らに一つの道を指し示すのみじゃからのぅ」
神官達は驚いていた。
この強烈な精神の重圧の中で、メルラーサ司祭長はいつものような口調で話しをしている。自分達は耐えることで精一杯だというのにだ。
「それで、アタシらに何をさせようというんだい?」
「なに、大したことではない。まだ先の話じゃが、我はこの惑星に管理者を派遣しようと考えておる。それまでの間、お主らには人の世が乱れるのを防いでもらいたいのじゃ。これから多くの人間の血が流れそうじゃしのぅ」
「……戦争かい?」
「それだけではない。枯渇した魔力を元に戻す影響で、各地に迷宮が出現するのじゃ。ここまで言えばどんな愚物でも分ろう? できるだけ種を守るために働けと言っておる。強制はせぬがな」
「戦争に迷宮………ねぇ。何とも厄介な話さね」
「戦争は人が起こすものじゃから、我のあずかり知らぬことじゃぞ? じゃが迷宮は異なる。我の行う再生の影響じゃから、事前に準備を整えておけとしか言うことしかできぬ。直接の干渉もできぬし、湧きだす魔物にも【魂】がある以上、例外を除き我が直々に滅ぼすわけにもいかぬのじゃ」
神の視点からでは人も魔物も種のひとつでしかない。
どちらも等しい存在であり、一方に肩入れする気はないということだ。
要は迷宮から放出される魔物を、『事前に教えておくから自分達で対処してね? きゃは♡』ということだ。
なんとも一方的な通達である。
「これは神託じゃ。お主らがこの神託をどう使うかは自由じゃし、無視してくれてもかまわぬ。この先の未来をどうするかはお主ら自身の問題よ」
「アンタが救おうとは思わないのかい?」
「この世界を崩壊寸前まで導いたのは、他ならぬ人間じゃろう? 原因が消えたとはいえ、犯した罪が消えるわけではない。四神共の意思に従っていた以上、勇者召喚のことは知っておったのじゃろ? 直接関わってはおらずとも、召喚を容認していた以上は同罪じゃ」
「贖罪でもしろというさね?」
「いや、我の神託を利用しても構わぬ。なるべく人が死なぬように動いてほしいということじゃ。活動自体は今まで通りでも構わん」
神官達の活動と言えば孤児の保護や医療活動だ。
戦場での兵士の救済や悩める者達の相談など、他国に派遣された神官達は裏で手を取り合い、良心的な活動を行ってきた。
厄介だったのは、メーティス聖法神国本国からの命を受けアダン司教のような派遣神官達を監視する密偵や、異端審問官たちであろう。
彼らは本国の命を盾にし、派遣神官達に無茶な要求を突きつけてきた。
だが、今はそうした連中も大義を失い、恨みを持つ者達から石を投げつけられる立場となった。
そんな状況で真っ当な信仰を広めようにも、四神が邪神認定された以上、四神教の神官であった自分達が動くにも問題がある。
例え神の神託を受けようとも、信じる者がいなければ現状が変わるわけでもなかった。
「アンタの神託を受けたからとはいえ、誰がそれを信じるんだい? アタシ達は既に没落した宗教の神官にすぎないんだけどねぇ」
「神意を示す証が欲しいと?」
「平たく言えばそうさね。多少は民を説得できたとしても、貴族などのお偉いさんは協力などしてくれないからねぇ」
「ふむ………じゃが、我がここで証である神具を創造したとしよう。その影響でこの大陸が消し飛ぶのじゃが……」
『『『『『『 あれ? すげぇ、やべー話になってきてません? 』』』』』』
本国の神官達も神託を受けた証でもある神具を授かれば、確かに説得力は増しこちらに従うであろう。しかし、この場で神が神具を創造すれば大陸が消滅する。
四神に唆されていたとはいえ、勇者召喚を続けていたのが人であるだけに、そこまでの危険を冒してまで神に縋るのは間違っている気がしていた。
それ以前にヤバい状況である。
「大陸が消し飛ぶのはまずいさね。もう少し穏便にできないのかい?」
「そうなると、我の神気を何かの触媒に封じるくらいのことしかできぬな。じゃが、神気に耐えられる物質が存在せぬ……ん? 待て、ちょうどいいものをアヤツが持っておったな」
「代案があるなら、そっちにしてくれないかねぇ?」
「ふむ……まぁ、苦労するのは奴じゃし、別によいか。少し時間が掛かるが良いか?」
「周辺に影響が出なければ別にかまわないさね」
「では、近いうちに神具を汝らに与えよう。それで制約が結ばれたとする。我は準備のために一度帰還させてもらう」
「そうしてくれないか? みんな、あんたの気配に委縮して身動きできないからねぇ」
「……ヤワじゃのぅ」
そんな神の呟きが聞こえた時、世界は元に戻った。
神の気配は消え失せ、少女の姿をした神の存在もまるで夢か幻のようであったかのようだ。
だが、それでもつい先ほどまで神がいたことを示すかのように、神官達は震えが止まらなかった。
「ハァハァ……か、神は去りましたか………」
「………そのようさね。ハァ~~~~~~っ、寿命が三百年ほど縮まったよぉ~」
神気による重圧が消えたことで、神官達は解放された。
わずかでも神気に晒された続けたことにより、誰もが身も心も疲弊しきって憔悴じょうたいであり、中には意識を失い倒れる者の姿もあった。
「しっかし、とんでもない話を聞いちまったもんさね」
「えぇ………戦争はともかくして、まさか迷宮が発生するとは。いったいどれほどの規模なのか見当がつかぬ」
「魔物の放出………スタンピードどころの騒ぎじゃないさね。いったい、どんな時代がくるのやら、少しばかり楽しみになったよ」
「楽しみたくはないのだが……。ところで、メルラーサ司祭長よ。貴女はよくあの中で動けたのぅ?」
「最後にものをいうのは気合さね」
アダン司教は神を目の前に何もできなかった自分より、メルラーサ司祭長の方が司教に向いているのではないかと、本気で思い始めていた。
何しろ神気の圧に耐え、堂々と神と語らったのだから充分にその資格がある。
しかし、そのことを告げるとメルラーサ司祭長は、『司教なんて死んでも御免さね。おおっぴらに酒が飲めなくなっちまうじゃないか』と、豪快に笑い飛ばしたのであった。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
「帰ったぞ……ふぬぉ!?」
邪神ちゃんが一仕事終えゼロス宅へと戻ってくると、そこにはフライドオークを食べるルーセリスを含めた女性陣四名と、出来上がりをつまみながら黙々とフライドオークを作り続けるおっさんの姿があった。
「これ、スパイシーで美味しいですね」
「あぁ……悔しいが、カイが肉料理に嵌った理由がよくわかるな」
「あの子の場合、他に別の理由がありそうなんだけど?」
「おじさん、もう一個おかわり!」
「ぬしら、狡いぞ!! 我がやりたくもない仕事を終えて戻ってきたというのに、何もせん奴らが我の供物を食すなぞ許せぬ!!」
邪神ちゃんは酷く憤慨していた。
そんな彼女にゼロスは揚げたてのフライドオークを投げつけると、フリスビーに向かって全力で食らいつく犬のように、邪神ちゃんはダイナミックに飛び上がると見事に口でキャッチする。
神とは思えない意地汚なさだ。
「お帰り。首尾はどうです?」
「肉をよこすのじゃ!! よこさぬのであれば話さん!!」
「じゃぁ、いいや。ルーセリスさんはともかく、他の神官がどうなろうと知らんし」
「ふんぎゃろぉ~~~~~つ!!」
神を神と思わぬ傲慢さ。
まぁ、今の威厳の欠片もない情けない姿を見ると、誰も畏怖を抱くことはないだろう。
何しろ食い散らかすだけの図々しいクソガキにしか見えないのだから。
「まぁ、冗談ですがね。一応ですがこちらの皿に山盛りありますけど?」
「はよぅ、はよう我にフライドオークを……。手が震える……静まるのじゃ、我が右手よ。このままでは肉料理一品のために惑星を滅ぼしかねぬ。クッ……駄目じゃ、抑えられぬ」
「どこの中二病罹患者ですか。まぁ、食べながら現状を教えてくれればいいか。興味ないけど……。はいよ、せめて味わって食べてくださいよ。作った人に失礼だと思わないんですかい?」
「グルルル……。ガウ! ガウ!!」
更に山盛りのフライドオークに顔面から突っ伏し、一心不乱にひたすら肉を貪り食う姿は、はっきり言って異様だ。別の意味で怖い。
飢えるわけでもないのにその姿は、実に浅ましい。
「……………神は、死んだ」
「目の前におるわ!!」
「顔を油まみれにして言われてもねぇ……。少なくとも、僕が想像する神の姿は死にましたね。今の君のどこに畏敬の念を抱けと?」
「外面さえよければ、あとのことなどどうでも良かろう? そもそもお主に信仰心などあるまいよ」
「人並みにはありますよ? 頼る気にはなりませんけど」
「人間に頼られても我は何もせぬがな」
「知ってますけどねぇ……。その食い意地の張った我儘ぶりは、まさに自己中のそれですよ。君は目的を達せるなら、他のことなど簡単に犠牲にできる合理主義の塊だし、命に対する愛の形も人間のそれとは極端に異なる。最初から当てになどしませんって。それで、まともな神官に会ってきたのでしょう? そろそろどうなったのか聞かせてもらえませんかねぇ?」
「しばし待て……」
再び獣のように更に突っ伏し、肉を貪り食う。
彼女を生み出した創造主も残念なほど酷いが、創られた存在であるアルフィアも残念な個性を引き継いでいるようだ。
「……………フツ、所詮は同類か。いや、子は親の背を映す鏡といったところか?」
「どういう意味じゃ?」
「残念な創造主の娘である君も、所詮は残念な存在ということですよ。まぁ、仕事をきっちりやってくれれば問題はないんですよねぇ。あと面倒事を僕に押し付けてこなければ、ですが」
「お主は使徒であろう。その役割を果たそうとは思わんのか?」
「そんなものになった覚えも、受け入れた記憶もありませんねぇ。仮にそうだとして、君を復活させた時点でお役御免でしょ」
「うぬぬ………」
アルフィアから見てゼロスは使徒という存在であることは間違いない。
しかし、自分の管理する世界の外から送り込まれた者でもあり、彼を自分の駒として扱う権限は持っていない。
ゼロスの言うように、アルフィアを復活させた時点で役割を終えているのだ。
ついでに復活の手引きをしたという恩義がある以上、この世界に害が及ばない限り放置せざるを得ない。またゼロスが寿命で死去でもしない限り魂の回収もできない。
もし魂を送り帰すのであれば、異界の神々と協議して許可を得なければならないのだが、現時点で歪んだ理と次元障壁を修復するのに追われており、それも難しい。
よくよく考えてみると扱いの難しい存在であった。
『あの……アルフィアさんは一応神様なのでは?』
『なんでおじさん、あんな上から目線で言えるの? 天罰受けたりしない?』
『まぁ、あんな姿を見たら威厳もへったくれもないのは確かだが……』
『ほんと、怖いもの知らずよね。ゼロスさんって………』
一方で、一部始終を見ていた女性人達は、おっさんの態度にドン引きしていた。
神を神と思わない態度は傲慢そのもので、強大な力を保持している存在を前にしても臆することもなく、しかも堂々と自分の意見や文句を言ってのける。
そこに頼もしさもあるのだが、視点を変えてみるとあまりにも不遜な態度だ。見ている方はさすがに怖くなってくる。
「な、なぁ……おっさん。アルフィアは一応、神なんだよな? いくら親しいからと言っても示すべき礼儀があるんじゃないのか?」
「礼儀? コレにですか? 無尽蔵に食いまくる暴食魔神クイショウグンに、礼儀が必要とは思えませんねぇ。放置していたら世界中の食料が食い尽くされてしまいますよ」
「とうとうコレ扱いじゃとぉ!? そこまで非常識な真似はせんわぁ!!」
「信用できませんよ。どれくらい信用できなかというと、今すぐヘッドパーツに変形して、磁力合体してもおかしくないと思うほどに信用してませんぜ。存在そのものが胡散臭い非常識なんですから、気まぐれで何をしでかすことやら………」
「意味が分からんわぁ!!」
「三体合体六変化の方が良いですか?」
「合体の例えから離れろぉ、ますます意味が分からぬわぁ!!」
ゼロスの認識は【神】=【ろくでなし】である。
四神はそれぞれ自己中で、アルフィアは暴食。それらの創造主は無責任だ。
その実例を見てしまっていたがために、神という存在そのものをまったく信用しなくなっていた。ちなみに合体云々の例えに意味はない。
揶揄っただけである。
「それよりも、さっさと何をしてきたのか話してくださいよ。話が途切れたままで続かないじゃないですか」
「お主が脱線させておるのじゃろうが……。もういい……簡潔に言うとじゃが、真面目に働いておる神官共に人類保護という大義名分を与える証として、我から神具を与えようということになった」
「神具? なんでそんな物騒なものを……あぁ、目に見える形で神のお墨付きを与えることで、彼らの正当性を高めようということですか。四神教は邪教になりましたから、真なる神から許されたという証明のようなものですかねぇ」
「さよう。連中がどんな宗教を興すかは知らぬが、我が惑星管理神を派遣するまでの繋ぎとなろうよ。まだ創造しておらぬが、そう遠くないうちに送り込むつもりじゃ」
言葉のニュアンスから読み解く限りだと、次元世界の管理者がアルフィアであるのなら、命溢れる惑星の管理者が惑星管理神ということになる。
要は魂が定着する環境の世界を管理する者であると判断できるが、似たような存在が失敗しているだけにどこか信用できない。必要なことであることも多少なりと理解できるが、期待できるかと言われれば微妙だった。
「惑星環境の維持や、生態系や進化し続ける魂の観測が役割の亜神といったところかねぇ? それらの存在を送り込む前の繋ぎということでしょうが、人間である神官に代りが務まるとも思えませんぜ? 事実、四神教は腐敗しましたし」
「我もそこまで信用はしておらぬよ。神という存在を目にした瞬間、知性ある者達はそれらの存在に意味を求める。最初は熱心に信仰するじゃろうが、人は欲にうつろいやすいからのぅ。当然じゃが悪さする者達も出ようよ。じゃが、我らにはそれこそ関係ないわ。腐敗して自滅するのであれば、それだけの話じゃ。自らが求めた摂理が壊れようと、それも自己責任というものであろう? 何しろ我らは人間に何も求めてはおらぬのじゃからな」
「人間が求めているのは法による管理の元の秩序による安寧で、神が求めているのは輪廻転生の果てに至る高位次元存在への進化ですからねぇ。霊質の変化がどのようなものか分からない以上、人間と神との間には大きな隔たりがでる。安寧を求めている時点で神の考えていることなんて理解できない。刹那を生きる者と悠久の時間を存在し続ける者とでは、そもそも価値観が全く異なることに考えつかないんだろうねぇ」
「さよう。それゆえに身勝手に神の像を作り、勝手に信奉するのじゃ。我らは何も知性ある存在だけを優遇しておるわけではない。我らの領域へと辿り着ける者であるなら、それこそ元が獣でも構わぬ。そこをまったく理解しておらぬのじゃ」
「それなのに神具を与えると? 物騒だし破格すぎやしませんか……?」
神具とは一部とはいえ神の力が宿った物質であり、使いようを誤れば自滅しかねない核弾頭に匹敵する道具だ。人間が持つには危険すぎる。
「人の愚かさなど、歴史を見て充分に理解しておる。行き過ぎた信仰がどのような結果を招くかなども百も承知じゃ。まぁ、お主らに言われるまで別にどうでも良いと思っておったのじゃが、よくよく考えてみると予想される迷宮の出現数からして、今の人類では防げるとは思えん。ケガ人などを救済する者も必要となってくるし、せっかくの治癒術を使えるのに放置というのも勿体なく思えたのじゃ」
「不要となった人材の有効活用ですか? まぁ、こちらとしてはありがたい配慮だと思いますが、それよりも迷宮はそれほどの数が出現するので?」
「ある程度の調整はこちらでするが、いま重要なのは世界に魔力が均等に満ちることじゃからのぅ。事態は既に動いておるし、今さら止めようもない。余剰魔力を迷宮核に吸収させることが効率良いのじゃ。迷宮核はそこかしこに埋まっておるぞ?」
「そんで魔物が増え、ダンジョン外に放出されると……。人類に捌ききれるのかねぇ?」
「ゆっくりと新たな摂理に切り替わるじゃろうから、霊質的進化も促せる。人間からも進化種が出るかも知れぬぞ? 適性条件を満たせばの話じゃがな」
「楽しそうな世界になりそうだ」
おっさんは『楽しそう』などというが、実際にその状況になればかなりの混乱が予想される。
どこに埋まっているか分からないダンジョン・コアは、既に魔力の吸収を始め活動開始しており、魔力を枯渇の影響で砂漠化している南半球の再生が行われている。
余剰魔力も地脈や大気に拡散し、小さなダンジョンであれば直ぐに出現するかも知れない。
困ったことにそれも序章にすぎず、状況は悪化していくことだろう。現存するダンジョンにもどのような影響が出るか分からない。
「人手不足を不要人材の雇用で補うことは分かりましたよ。しかし、やはり神具――神器の類は危険すぎやしませんかね?」
「我が直接作るのであればな」
「と、言いますと?」
「神器の器はお主が作るのじゃ。我はそこに神気を注入する。微量じゃから問題は無かろう」
「君の言う微量は、僕ら側からは破滅的なほど破格な力なんですがねぇ……」
「選択肢なぞ無いぞ? そもそもお主が嗾けてきたのじゃからな。それくらいはやってもらう」
「神気に耐えられる素材なんて持っていましたかねぇ?」
「あるじゃろ? 我の素材じゃ」
「……………マジ?」
おっさんは絶句した。
邪神の素材――つまり瘴気で汚染された呪い素材だ。
ゼロスほどの高い耐性を持っていても呪われそうな濃い瘴気を放っており、濃縮ウランのような放射性物質と比べても遜色のない危険物だ。そんなものを神具の材料にしようとは普通は思わないだろう。
「いやいや、あんなものを素材にできませんよ。普通の人間だったら一発で呪われ、三分で腐り果てて壮絶に死にますぜ? あの瘴気を浄化するのは僕でも難しい」
「可能だと我は言ったはずじゃぞ? ほれ………」
アルフィアはどこかに向けて神気を流した。
すると、どこからともなく『邪神素材がすべて浄化されました』という音声が頭に響いてくる。
「あっ、なんか懐かしい………って、アルフィアさんや、もしかしてインベントリに干渉しました?」
「したぞ? 薄皮程度の空間障壁なぞ、我にはないも同然じゃ」
「つまり、君はこう言いたいんだね? 『例の素材でやべーものを作ってれ』、と」
「そこまで極端なものは求めておらぬわ! 我の神気をちょっとだけ付与するだけじゃ!!」
「……………ご冗談を。あれほどの素材を前に、やべーものを作るなと? 遠慮なさらず、最高にイカしてる超物騒な封印確定の危険物を作りましょうぜ☆」
「なんでお主は、そこまで危険物を嬉々として作りたがるのじゃ!? 傍迷惑なだけじゃろぅが!!」
「なんか、こう…………燃えるだろ?」
この上なくいい笑顔のおっさん。
いつも以上にすっげー生き生きしていた。
「あの……ゼロスさん? いったい何を作ろうとしているんですか?」
「凄く不穏なことを口にしたよな?」
「封印確定の危険物って、そんなものを神官達の大義名分に譲渡するつもり? 下手をしたら国内で戦争が起きるわよ?」
『何の素材かは知らないけど、おじさんだしなぁ~。殲滅者の一人なんだから、そりゃ危険な武器を作りたくなるるよね。だって殲滅者なんだもん』
イリスだけは妙に納得していた。
この調子なら、さぞかし愉快で物騒な危険物をおっさんは製作するだろう。
気だるげないつもの様子から一転して、今のゼロスは途轍もなくやる気に満ちている。いい感じで変なスイッチが入ってしまったのかもしれない。
そのスイッチを押したのはアルフィアなのだが……。
「普通でいいのじゃ、普通でっ!! 回復魔法の効果を上げるとか、障壁魔法の強度を底上げするとか、そんな無難なもので良い!!」
「OK、オーダーを受け取りました。回復魔法の効果を飛躍的に増大させる代わりに、使用者の魔力を限界まで引き出し、全身から血液を噴き出す効果と、魔力増幅時に命の危険にさらす効果っすね! かしこ、かしこまりました。かしこ☆」
「だから、なぜに使用者の命を危険にさらす効果なのじゃぁ!!」
「いや、仮にも邪神の神器ですしぃ~、何かを得るには代償を求めるもんでしょ? それくらいやらないと好き勝手に使いまくるじゃないですか。四神教のような宗教になられても困りますし、なにより便利な道具があれば使いたがるのが人間というものですからねぇ」
「む…………一理あるのぅ」
『『『『 屁理屈で説得されたぁ!? 』』』』
強力な効果を持つ神具にデメリットを与えることで、不用意な使用を防ぐことは確かに必要だろう。特に兵器や身を守るためのマジックアイテムの類など、使用限界があるものの街のそこら中に溢れている。
利便性に優れているということは、それだけ使用頻度が高くなるということだ。そんな道具が神器クラスともなるとあまりにも危険すぎる。
簡単な【魔力球】(魔力を固めて相手を吹き飛ばすだけ)――という魔法ですら、相手を無残に粉砕しかねない危険な威力になかねず、乱用を防ぐにはデメリットを意図的に付与しておくことが一番わかりやすい。
「大勢の重傷者を救うため、使用者を犠牲にするくらいの危険性を持たせた方が神器らしいじゃないですか。便利すぎる道具というのも考えものですよ。なんせ、神の力が内包されているんですぜ? その威力や効果の増幅度合いがいかほどかは分かりませんけど、人間に持たせてよいものではないと思いますがねぇ。あくまで象徴でなくてはならないんですから、利便性が高い必要はない。次にデザインですが、禍々しいくらいでいいですかね?」
「なんでじゃぁ、それのどこが神器というんじゃぁ!!」
「なんでって、そりゃ~邪神の神器なんですし、それに見合ったダークでいい感じに名状しがたい不気味な形状の方がいいでしょ。アルフィアさんや、君は何を言っているんだい?」
「我がおかしいのかぁ!? のぅ、我の方がおかしいのかぁ!?」
「SAN値がゴリゴリ削り取られるような、大勢の人達が重度の鬱に陥るヤバイ見た目の武器、作ってみたかったんですよねぇ」
「お主が作りたいだけじゃろうがぁ!!」
「そうですけど、それが何か?」
なんのことはない。ただ、おっさんが作りたかっただけである。
だが、そんな物騒なものを神の手で渡されても困るだけで、本当に必要な時になっても使えない無用の長物だ。
たとえ神器がそういったものであったとしても、緊急時に使えなくてはガラクタと変わりないわけで、ゼロスの設計構想には修正を図る必要がある。
寛容・慈愛・自己犠牲を主とする神官達でも、使用した瞬間に壮絶な死を迎えるようでは神器としての威厳がない。どう考えても呪われた宝具だ。
「……余りの素材で何を作っても良いから、最初はまともなヤツを作ってくれ」
「イヤッフゥ~~~ッ!」
「おじさん……どこかの赤い配管工が乗り移ってるよ?」
「さてさて、お許しも出たことですし、最初は無難なものを製作しますかねぇ。とりあえず杖にしてみますか。どんなデザインにしようかねぇ~♪」
「ゼロスさん……嬉しそうですね?」
「……アタシはそれが不安だ」
「やれやれね。まぁ、私達には関係ないことだし、何ができるのか見物でもさせてもらいましょう」
もはや諦めたアルフィアと、ハイテンションのおっさん。
こうして神器の製作が始まるのだが、そのついでにルーセリスの神官服も強化改造されるとは、このときの四人娘は知る由もなかった。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
アーハンの村に存在する廃坑ダンジョン。
その地下では迷宮核が活発に動き始めていた。
この迷宮はファーフラン大深緑地帯から魔力が龍脈を通り流れ込むので、南半球のように魔力枯渇でダンジョンが休眠状態になることもなく、定められたシステムによって日々拡張を続けていた。
だが、ここにきて他の迷宮核とのリンクが始まり、それに伴い惑星上の迷宮核すべての間でネットワークが構築されると同時に、自身のシステムチェックも開始された。
それによると、どうやら廃坑ダンジョン自体にシステムエラーが発生しており、本来であれば再構築しないような文明の遺物などを迷宮内に生み出してしまった。
そのエラーも直ぐに修正する。
『コンセプトの修正、完了。ただちに実行を開始する』
『第一階層から二十八階層の空間拡張を開始、生息させる生命体の厳選を開始。同時進行で異常進化種の淘汰を進めます』
『生息域の幅を広げるため、第二種文明圏の情報を流用。現在稼働中の迷宮から生息生物の選出を開始、異空間フィールドの入れ替えと同時進行。第247迷宮フィールドは各迷宮の最下層部に分割管理を推奨』
『現地上生物との比較から、討伐は不可能と判定。容認します』
迷宮とは神が創造した実験場であり、修練場でもあり、養殖場でもあり、澱んだ魂の浄化装置でもある。
その目的は生物の魂と肉体が進化する過程を記録し、後に誕生する新たな世界への種子に反映させることだ。あるいは世界が滅びたあとの再生に用いられる。
また、迷宮内で死亡した者達の苦痛や無念の感情を浄化し、輪廻転生の円環に戻す。
だが、現在の地上に生息するあらゆる生物と比較しても、迷宮内の生物の方が圧倒的に強く、管理ができなくなり自然界へ放逐するにも生態系を破壊しかねない。
そのため、現時点で稼働している迷宮との間でフィールドの交換や差し替えを行い、フィールド内の魔力濃度を低下させ退化を促すよう管理することに決定した。
しかし、これは一時しのぎにしか過ぎない。
生物は繁殖するものであり、管理維持できなければどちらにしても迷宮から放出しなくてはならず、活動を開始した他の迷宮核の成長が待たれるところだ。
通常であれば生命体のデータを収集する役割である以上、ギリギリまで間引くことを容認することはない。異常進化種だけは何が起こるか分からないため、慎重に管理観測する必要があった。
異常進化種とは存在するだけで理を破壊するだけのポテンシャルを秘めており、言ってしまえば世界のバグだ。一定数のラインであれば観測され続けるだけで処分は免れるだろうが、この世界の生態系の限界値を超えたとき、強制的に排除される運命を辿る。
そのため迷宮内で発見され次第、ユグドラシルシステムからの最重要指令で監視され、場合によっては未成熟の内に存在が抹消される。しかし魂は回収され輪廻の円環に戻されるので世界の損失には繋がらない。
ここまで管理しても駄目だった場合に行われるのが、抗体プログラムの発動だ。
すなわち勇者の召喚である。
『第2567迷宮内に侵入者反応が検出されました』
『検索………87%の確率で傭兵と呼ばれる職業の人間と断定』
『迷宮内のフィールドの差し替えに支障が出る可能性アリ』
『直ちに排除、もしくは撤退に追い込む必要あり。生息生物を差し向けることを推奨』
『許可。フィールドより撤退、もしくは生体活動の停止を確認し次第、作業を続行する』
廃坑ダンジョンを含む他の迷宮と連動し、現在内部構造の一新を図っている迷宮核。
フィールドを他の迷宮と入れ替える作業において、外部の侵入者がどれほどの力を持っているのか判断がつかず、撤退させるか殲滅排除の二択の選択肢しかなかった。
以前のように超重力崩壊による迷宮破壊を起こされでもしたら、それこそ作業に大きな支障が出てしまうと判断したからだ。このような理由から侵入してきた傭兵達に生息している魔物を差し向けることが決定する。
その頃、廃坑ダンジョンの五階層では――。
「おいおい………スゲェ蒸し暑い森になってんぞ」
「見たことのない植物も生えていますね」
「このフィールドは南方の気候で調整されているようだな。またフィールドが変化したのか? 不安定すぎるだろ」
「かぁ~~、燃えるねぇ」
「いい素材も手に入りそうだ。見ろよ、見たこともねぇ魔物だぞ」
「お~~っ、こいつは期待できそうだ」
彼らは傭兵ギルドから派遣された迷宮調査員だ。
傭兵である彼らは当然だが無報酬でこの仕事を請け負うはずもなく、危険手当代わりに迷宮内で発見される宝物の独占権を与えられることで、何が起こるか分からない廃坑ダンジョンに調査をしに来たのだ。
だが、彼らは知らない。
現在、この惑星上に存在するすべての迷宮が安定化に向けての大構築に入り、外部からの異物をできるだけ排除しようとしていることを……。
「んなことより、お宝はどこだぁ~?」
「まだ上階層なのだから、そんなものが簡単に見つかるわけないですよ。仕事はしっかりやらないと、後で何らかの責任を負わされますよ? 最悪、任務の失敗と扱われ報酬が貰えないかもしれません。それに、何が起きるか分からないんですから警戒くらいはしておいてくださいよ」
「そこは几帳面なお前に任せる。俺達は約得を存分に利用させてもらうだけだ」
「そうだぜ? 真面目に生きてちゃ馬鹿を見るってもんだ」
「こういうのは気楽にいくのがいいんだ。どうせギルドの報酬なんて細やかなもんだしな」
「ハァ~………」
傭兵達は一人を除いて危機感を持っていなかった。
その結果、彼らは後悔することになる。
『排除を実行します』
――無機質な声がプログラムを実行に移す。
これにより調査に向かった多くの傭兵達は、一部を除き二度と地上に戻ってくることはなかった。
後に命からがら生存を果たした帰還者から、『廃坑ダンジョンは再び大規模な変化の時期に入っており、頻繁にフィールドが変わることから不用意に侵入することは危険である。また、新種の魔物の強さも異常と言わざるを得なく、安定するまで完全封鎖をすることを強く勧めるものとする』と報告がなされ、封鎖を余儀なくされたのであった。




