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おっさん、神官服改造の依頼を受ける



 圧力釜から蒸気が吹き上がり、その様子を真剣に見つめているゼロス。

 その先では目を輝かせながら、フライドオークがくるのを待ち続ける邪神ちゃんがいた。

 アルフィアは無尽蔵に食べ物を食い尽くすことができる。しかも満腹になることもないことから、食事の終了は本人が飽きたときとなる。

 ただ、別次元に存在する本体がよほどストレスをため込んでいるのか、分体である邪神ちゃんの食欲は留まることを知らない。

 先に飽きてきたのはおっさんの方である。


「………何というか、さすがに飽きてきましたねぇ。作り方を教えますから、あとは自分で作ってくれませんか?」

「酷い奴じゃな、こんなにプリチーな我に働けと? 今も全身全霊で働いておるというのに、お主は悪魔か!」

「人間には限界というものがあるんですよ。君の食事量はどう考えてもドラゴン並みか、それ以上でしょ。凄く不毛なことしている気になるんですよ」

「神に直接貢げるのじゃから、それだけで充分に幸運じゃろ。我の下僕なのじゃから文句を言うでない」

「生憎、僕は神なんてものを信用しちゃいないんですよ。君を含めてね……。好きな言葉はギブアンドテイクですから、何らかの利益がないのなら今後のご飯は抜きにしますぜ?」

「鬼じゃ、ここに鬼がおる! それも悪鬼羅刹の類じゃぁ!!」


 おっさんは神を神とすら思っていなかった。

 その気になれば延々と食い続けられる究極生命体に貢ぐなど、とても正気の沙汰ではないと本気で思っている。

 事実おっさんが心配しているのは火事であり、フライドオークが焦げ付こうがどうでもよくなっていた。


「ぬぅ……ならば、前の身体の素材から瘴気を全て抜いてやろう。どうせ危険物として異空間に封印しておるのじゃろ?」

「あの不気味な素材、瘴気を抜いたところで使い道なんてあるんですかい? 鱗らしきものに人面が無数に浮き出ていたんですが?」

「攻撃してきた敵を根こそぎ吸収しておったからのぅ……。魂は回収しておるが、怨念は残っておるやも知れん」

「呪い系のアイテムは僕の専門分野ではないんですよ。それに、この生産作業も飽きてきましたから、これで最後にしようと思ってますぜ」

「我はまだ食い足りぬのじゃぞ!?」

「知らぬわ」


 ここでおっさんと邪神ちゃんの立場は逆転する。

 必死にゼロスの足にしがみつき、『後生じゃから、もっと我に供物を……。

もう無茶は言わぬからフライドオークを作るのじゃぁ!!』と泣きつく姿に、もはや神としての威厳など存在していない。

 ただの我儘なお子ちゃまである。

 そんなグダグダな、一方は深刻な状況の中、玄関の扉を叩く音が聞こえた。


「はぁ~い、開いてますよぉ~。今は取り込み中なんで、勝手に入ってきてください」

「おじさん、仮にもお客なんだから、そんな気の抜けた返事をしなくてもいいんじゃない? すんごく失礼だよ」

「お~っと、怒られちまったぜ。ですがねぇ、いま火を扱ってますんで離れられないんですよ。足元には邪魔者もいますし……」

「足下? あっ、アルフィアちゃんだ。なにしてんの?」

「聞くのじゃぁ、こやつときたら我を邪険に扱いおって……。凄くいけずなのじゃぁ!!」

「際限なく食べまくるブラックホールに掛ける情けなどない」


 神にも容赦ないおっさんであった。

 食べることが唯一の楽しみであるアルフィアも、こうなるとただの小娘である。

 イリスを先頭にルーセリスたちが家に入って来た。


「お邪魔します、ゼロスさん」

「邪魔する」

「ジャーネ……。近いうちにここは実家になるんだから、そんなに警戒することもないんじゃない?」

「余計なことを言うなぁ!!」


 この間の恋愛症候群が原因とした濃厚キスのせいで、ルーセリスとジャーネは妙にゼロスを意識するようになっていた。対しておっさんはまた抑えきれぬ衝動が発動しないか気が気ではない。

 キスだけならまだいいが、更に暴走し人前で一線を越えるような事態にでもなれば、社会的に死ぬことになりかねない。


「ブラックホールって、アルフィアちゃんってそんなに食べるの? 教会に来たときは人並みの食事で済ませてたけど」

「あ? あぁ……彼女は食べたものが直ぐにエネルギー変換されるんですよ。事実上無制限で、食べ出したら飽きるまで止まらない。その気になれば世界中の食料を食い尽くすことができるほど暴食なんだよねぇ~………。料理を作るのが馬鹿らしくなるだろ?」

「うわぁ~…………」


 アルフィアに突き刺さるイリスの呆れた視線が痛かった。

 それでもおっさんの足にしがみついているところを見るに、よほど食い意地を張っているのであろう。


「今日はどうしたんです? 残念ですが、今は胸が大きくなったり背が高くなるような薬は作ってませんが?」

「それは私がチビでまな板だというのかぁ、こんちくしょうめぇ!!」

「まぁ…………………平均では、あるのか……なぁ?」

「その間は何っ!? しかも疑問形だよぉ!!」

「すまない、自分に嘘が吐けないもんで……」

「申し訳なさそうに謝るなぁ!!」


 初っ端から煽りに来るおっさん。

 イリスとこうしたやり取りも久しぶりのような気がして楽しかった。


「レナさんもお久しぶりで。相も変わらず少年とのアバンチュールを楽しんでますかい?」

「それが、最近はご無沙汰で……。出会いを待つのも疲れたから、今度から積極的に動こうかと思っているところね。そろそろ本気の相手を探すべきなんじゃないかと考えてるわよ」

「それは良い傾向なのでは?」

「でも、簡単にはいかないわ。どこかに歳をとることのない永遠の美少年はいないかしら?」

「エルフかグラスランナーくらいじゃないですか? まぁ、見た目は少年でも頭脳がジジィの場合ありますから、一目で判別は難しいですねぇ」

「純朴で穢れのない永遠の美少年だといいんだけど」

「そら無茶だ。どの種族でも歳を重ねるごとに汚れていくもんですからねぇ、熟さない青い果実だけを手に入れるなんて不可能。シャングリラなんて存在しないんですよ」

「人はなぜ歳をとるのかしら。永遠に子供のままなら幸せなのに……。」

「原初の人間が楽園追放された大きな原因は、性という知識を知ったからでは? 男と女という性別の概念を意識したとき、それは既に純粋とは程遠い存在になったんですよ」

「クッ………それじゃ私は永遠に純粋な少年とは会えないのね。私という存在を意識したとき、少年は永遠に純粋さを失うのだから……」


『それ以前に、あんたが一番穢れてんだよ』と言えないおっさんであった。

 イリス達も同様のことを考えているのか、レナに向ける視線が厳しい。


「それで、本当に今日はどうしたんです?」

「あっ、それなんだけど。おじさんに頼みたいことがあって」

「頼みたいこと?」

「ルーセリスさんの神官服なんだけど、別のデザインに作り替えることはできる? こう、四神教とは異なる感じで………」

「あ~……そゆこと。やろうと思えばできますけど、デザインに自信がないんですよ。色や装飾を変えるくらいなら楽ですが、四神教のシンボルでもある十字架はどうしようかねぇ?」


 神官服の改造依頼。

 要は四神教が滅んだ現在、神官達に不満を持つ者達の敵意を少しでも緩和させるため、見た目を変えるということなのだろう。

 その程度であれば引き受けてもいいが、問題はデザインだ。

 おっさんは武器の製作なら好き勝手にできるが、ファッションセンスが問われるデザインは苦手で、そこだけはどうしても別のプレイヤーに頼むことになる。

 この世界に知り合いのプレイヤーがいない以上、あり合わせのもので改造するしかない。


「神官服……か。まぁ、修道服とローブなんですが、このままベースとして使うとして四神教の十字架を何に変更すべきか………。なにか手ごろな紋章でもあればいいんだが」

「そこが一番の問題だよな。十字架だと四神教であることが一目で分かるから、馬鹿な連中に襲わないようにしたい。ルーはあまり気にしていなかったようだが、念のためにな」

「まぁ、どこにも馬鹿はいますからねぇ」


 四神教の没落は、その影響下にあった者達にも大きな影を落とす。

 中には難癖をつけて不埒な真似をしでかす者が出ないとも言い切れないため、安全策を講じるのは当然だろう。

 よく考えてみれば、メーティス聖法神国の没落は前々から予想していたことであり、なぜそのことに考えが及ばなかったのか不思議だ。


「魔導士のローブとはデザインが異なりますからねぇ、それに見合う象徴となると……」

「あの……別に神官であることに拘らなくてもいいんですよ? いざとなれば魔導士に転職しますから……」

「僕の最高装備は、見た目が邪教の武装神官のような印象を受けるからねぇ。色合いを変えただけでも他者が抱く印象も大きく変わるもんなんですよ。治療行為をするから色に関してはそのままでいいでしょうが、四神教の名残は消したいところですねぇ」

「やっぱり、人目を惹く象徴のようなものが必要だよね。紋章? 動物とか……」

「医療関係だと、ユニコーンやフェニックスといった生物を単純な構図に落とし込むのが広く一般的ですが、ありきたりなものは却下したいねぇ」

「別にそれでいいだろ。なんで一般的に普及している物から逸脱しようとするんだ?」

「おじさんだから……」

「ゼロスさんだからね」


 酷い言われようだが、今までの行動の結果なのでおっさんは何も言わない。

 だが、神官服を改造することで一つ懸念事項がある。


「――それと、ルーセリスさんの神官服だけを変えても、他の方々は今まで通りなんだよね? それ、『自分さえよければ他人はどうでもいい』と思われません?」

「「「「 あっ……… 」」」


 そう、神官はルーセリスばかりではない。メルラーサ司祭長を含めこの国には大勢いる。

 今までのようにぼったくり治療をしている者もいれば、ソリステア魔法王国の国政に合わせ魔法を覚える異端者。そして我が道を行く無法者の神官達だ。

 信仰を捨て去り、神官服を脱いだ者すらいる。


「ルーセリスさん一人だけが別の神官服を着ていると、独断専行だとか裏切り者と他の方々から非難されませんか? 周りが敵ばかりになるのはマズいでしょ」

「確かに……。四神教は今や邪教にまで落ちぶれてしまいましたからね」

「メルラーサ司祭長は気にもしないだろうけど、他の神官達はそうもいかないだろうな。今頃は大騒ぎになっているんじゃないか?」

「でも、どうするの? メルラーサ司祭長を含む神官の方々が四神教であった事実は変わらないわ。その人達を全員救うことなんてできないわよね?」

「大衆の目を逸らすための大義名分が必要ってことだね! それならアルフィアちゃんがいるじゃない」

「イリスさん……コレが役に立つと思えるのかい? 足下に情けなくしがみつきながら食いものをねだる、神とは名ばかりの獄潰しですよ?」


 全員の視線が一斉にアルフィアに集中した。

 この神様は四神教を叩き潰しておきながらも、その後のアフターケアを無視した無責任である。確かに人ならざる存在だから、思考そのものに大きな隔たりがあることも理解できるが、壊すだけ壊して放置とはいただけない。


「な、なぜ我を見るのじゃ?」

「駄女神様、ちょいと一仕事してきてくれませんかねぇ?」

「……愚か者の配下に、今後の行動指針となる大義名分を与えろと言いたいのじゃろ? 断る。なぜ我がそのようなことをせねばならぬのじゃ? そもそも宗教なぞ、人間が勝手に作り出し勝手に信じておるだけではないか。我には全く関係ないぞ。まぁ、信仰心は魂に霊質な変動を与えることもあろうが、それも微々たるもので優遇するほどのものでもない」

「その微々たる変動も、魂の変質の可能性の一つなのでは? 完全に摘み取る必要もないでしょ。四神への信仰が君に向かうだけで、君自身には何の影響もないんだし」

「我にメリットがない。むしろ我の名を騙り好き勝手にやらかす者が増えるだけで、デメリットの方が大きいくらいじゃ」

「今後の世界の変革で、神官達の力も借りる必要があるでしょ。犠牲を最小限に抑えるためにも、多少のテコ入れくらいはしてくれてもいいんじゃありませんかねぇ? 口からデマカセを言って誘導すればいいだけの話ですし」

「我を詐欺師みたいに使うでうでないわ!」


 邪神ちゃんは働く気がなかった。

 まぁ、神域で本体が今も必死に働いているのだから、気分転換に地上に降臨させた分身まで働く必要がないのも理解はできる。

 だが、気まぐれで現れては食べ物をねだるのは、さすがに違うと思っている。

 世界の摂理を正常に戻すのは元からの役割であり、ただ飯を食らうのは神を協調してのタカリだ。何かを求めるのであれば対価を出すのが物質世界の常識だ。


「そうは言いますがねぇ、神であることを笠に着て食事をねだるのはどうなんですかい? 人が君らに訴え願いをかなえるとき、君達は代償を求めるのでしょ? なら、君は僕に何の代償を払ってくれるんだい?」

「高位存在に訴え願いを果たそうとする行為は、言ってしまえば事象の書き換えのようなものだ。一部とはいえ世界の理を歪ませるのだから、代償はそれ相応のモノを支払うことになるのは当然であろう? そんな高位の我が、なぜおぬしに代償を払わねばならぬ」

「つまり高位の存在であれば、住所不特定浮浪の者のようにタカリ行為を容認されると? 便利な肩書ですねぇ~」

「お、おのれぇ~……」


 おっさんから見て邪神ちゃんは住所不特定無職の橋の下の住民と変わりない。

 都合のいい時に現れては食い散らかす存在を容認するほど心は広くなかった。


「そもそも僕は君に施しをする理由はないんですよ。食べなくても死ぬわけではないですし、普段はどこで何をしているのか分からない風来坊ですからねぇ。ついでにメリットもない。フライドオークが欲しければ働いてくださいよ。卑しんぼさん」

「ル、ルーセリスぅ……こやつになんか言ってやれ。神を神とも思っておらんぞ!」

「えっ? えぇ~!? (ここで私に振られても……)」

「我、頑張っておるのじゃぞ!? こうしている間にも壊れかけた摂理を修正し、分身を放って世界の再生に動き回っておるというのに、こやつときたら感謝の意すら示すことはないのじゃぁ!!」

「それが君の仕事でしょうに、感謝する必要があるのか? そのために存在しているようなもんでしょ」

「酷すぎるのじゃぁ~~~~っ!!」


 邪神ちゃんは号泣した。

 イリス達から見て邪神ちゃんは可哀そうに見えるが、それでもおっさんは容赦しなかった。わずかに視線だけ動かしチラチラとゼロスの様子を窺っているのを見逃さなかったからだ。

 そんな邪神ちゃんにゼロスは容赦なく冷徹に『働け』と言葉を投げかける。

 今度は本気で号泣した。

 後にも先にも神を泣かせたのはおっさんが初めての事だろう。


「悪魔じゃ……。ここに悪魔がおる……………」

「別に難しいことを言っているわけじゃないでしょ。信仰に熱心で、しかも四神に裏切られたことでショックを受けている司教クラスの人に、少しばかり慰めの声を掛けてあげればいいだけじゃないですか。他国に島流しになった人であれば、尚都合がいいと思いません? 何もアルフィアさんを崇めろと言っているわけじゃないですし、神の名のもとに少しばかり使命というものを与えてあげればいいですよ」

「それ、心が弱っている人間を甘言で誘導する詐欺師の手口じゃぞ?」

「神官なんて神の名を騙った詐欺師みたいなもんじゃないですか。詐欺師が詐欺師を唆して何が悪いんです? それで少しばかり世が良くなれば万々歳じゃないですかねぇ?」

「「「「 も、問題発言だ……… 」」」」

「別に難しい話ではないでしょ。その間に僕はフライドオークを用意しておいてあげますよ。そろそろ圧力釜から出さないと、せっかくの風味が駄目になる」


 邪神ちゃんの耳がピコピコ動いていた。

 目はおっさんを睨みつけているが、口元から垂れるよだれは食べる気満々である。


「………仕方があるまい。今回だけじゃぞ」

「わかりゃ~いいんですよ。あっ、余熱が取れるまでには帰ってきてくださいね? 冷めたフライドオークは不味いですから」

「その上から目線が腹立つのじゃぁ!! じゃが仕事は手早く片付けてくるのじゃ」

『『『『 しょ、食欲に負けた……… 』』』』


 フライドオークを対価に、邪神ちゃんは人の世に多少のテコ入れをするべく、転移でどこかへ飛んで行った。

 見送ったおっさんは魔導式コンロの火を止めると、圧力釜の蒸気を一気に抜いた。

 蒸気と共に香ばしい匂いが漂う。


「いい香りですね」

「低温の油でじっくりと火を通しましたからねぇ。肉質は柔らかく、香辛料の味と香りも中まで染み込んでいますよ。高温の油で一気に揚げた方が早いのでしょうが、それだと香草の風味が壊れてしまいますから、少し時間が掛かってしまうんですよ」

「カイが見たら絶対に釜ごと強奪するぞ」

「あっ、それ私も思った」

「あの子達、最近は街の近郊で狩りをしているようね。傭兵ギルドに登録するためのお金を稼いでいるみたいよ?」

「独立が近いのか……少し寂しくなるのかねぇ」


 教会の子供達は今年全員が独立する。

 成人すると教会から出て働くことが、擁護院やそれに関連する教会施設での決まり事だ。

 保護される立場からの卒業である。


「邪神ちゃんの話だと、これからいたるところにダンジョンが発生するらしいですよ? 彼らには稼ぐのに楽な時代がくるんだろうねぇ」

「嘘だろ!? その話………本当なのか!?」

「そうなると、ダンジョンから放出される魔物の危険が高まるわけね。楽に稼げる時代に思えるけど、同時に危険な時代が到来することになるわ」

「そうなの? 私には楽しい世界になると思ったんだけど………」

「ダンジョンが増えるということは、それだけ危険な場所が増えるということだ。魔物の素材は確かに売れるだろうけど、ダンジョンがどこに発生するのか分からない以上、未発見のダンジョンで魔物の放出なんかされると後手に回る。大惨事に繋がりいかねないから、国やギルドが総力を挙げて管理しないといけない時代と到来ってことだねぇ~」


 暢気に言いながら、蓋を開けた圧力釜からトングでフライドオークを取り出していく。

 おっさんを除く全員がつばを飲み込んだ。


「フッ……食うかい?」

「いいの? アルフィアちゃんの分は……」

「今から用意しておきますよ。どうせ、いくら食べたところで満足なんてしやしないんですから、適当な量を用意しておけばいいんですよ。多少手抜きしたところで分かりはしませんって」

『『『『 それ、いいのだろうか? 』』』』


 揚げたてのフライドオークを全て取り出し終えると、傍らの衣をつけた肉を適当に圧力なべの中に放り込み、再び蓋を閉めてコンロを点火する。

 肉が揚げ終わる間、『十字架の代わりに、邪神ちゃんの姿を模した模様にしてみますかねぇ?』などと別のことを考え、即興で紙に書きだし始めた。


「これ、もしかしてアルフィアさんですか?」

「単純な図形やラインを組み合わせて、女神を思わせる紋章にしてみようかと思いましてねぇ。円や三角など単純な図形の組み合わせで構成されていますから、神官服には合っていると思いますよ?」

「12の翼……それに角。まんまアルフィアちゃんじゃない。これ、本人に無断で使用していいのかしら? 彼女から天罰を受けない?」

「そんなことに拘る性格でもないから、たぶん気にしないんじゃないか? アタシは、この翼を広げているやつが好きだな」

「でも、羽根が12枚もあると幅を取るんじゃない? おじさん、これを神官服のどこにこれを描くの?」

「背中とか、神官服の裾のところとか? 図形の構成を変えてみるのもいいか。いくつかパターン用意して、見た目が良いものを選ぶ形式で行こうかなぁ~と」


 神官服の模様で盛り上がる五人。

 だが、ここで大きな問題があることにルーセリスは気づいた。


「あの……今思ったのですが、神官服を勝手に改造していいのでしょうか? 少なくともメルラーサ司祭長に許可を得るくらいはしておかないと、後になって問題視されませんか?」

「「「 あっ……… 」」」

「えっ? 許可……取ってないんですか? だとしたら、これって独断専行になるんじゃないですかねぇ? 不埒者に因縁をつけられる前に、同じ神官達から文句を言われるのは確実でしょ。大丈夫なんですか?」


 四神教が邪教認定されて直ぐに神官服の改造。

 そんなものを着ていたら敬虔な司祭からは保身に走ったと思われ、追及を受けることになりかねない。そもそもどこの宗派なのか不明瞭だ。


「改宗と判断するなら、創生神教でしょうか? ただ、邪神ちゃんはあくまで後継者なわけで、創造神……創生神(?)本人じゃないし、立場的には調和神でしょうかねぇ?」

「おじさん、創生神教ってどんな宗教だっけ?」

「神道に近いかな? 信仰はするけど頼らない、ただそこに存在しているというだけ。年始めと年越しで何か行事を行っていたと思うけど、詳しいことは知らないんだよねぇ。地方によっていろいろと作法が異なるようだったから。各地に祠も建てていたって記録にあったなぁ~」

「ミサのようなものは無かったのでしょうか?」

「無いねぇ。基本的には神官と似たような仕事をしていたようだけど、民と密着型だったから医療行為でぼったくりをすることもなかったって話だ。四神教はかなり高額を吹っかけてたみたいだけど」

「ミサがない……それ、いいですね。毎日聖書を引用して説法を考えるのも面倒だったんですよ」


 ルーセリスは改宗に賛成派だった。

 だが、崇める神はあの邪神ちゃんことアルフィアで、君臨はすれど統治せずな存在だ。

 神とは元来そういったものであろうが、別の視点で見れば人間には無関心。とても人が求めるような神ではない。


「アルフィアの役割は世界の管理と、高位存在にまで昇り詰めようとする魂の選定ですからねぇ。端的に『苦難を乗り越え魂を鍛えましょう』と、それしか考えていない。地上で暮らす人々の営みなんて関心すら持たないんだよねぇ。聖書に書かれているような道徳心や寛容性なんて最初から求めてちゃいないんですよ。創生神教に改宗しちゃっていいのか、僕には判断がつきませんねぇ」

「あれ? じゃぁ、創生神教がやっていたことって何なの? おじさんお話だと、創生神教の神官さん達の仕事って、ケガ人の治療だけ?」

「魔法薬も精製していたみたいですよ? 他にも『健全なる精神と魂を鍛えるには、まず肉体から』と言いながら大勢で山籠もりしたり、瘴気で汚染された土地を浄化して回ったりと、殆どがボランティア活動だった。まぁ、記録に書かれた話では、だけどね」

「奉仕の精神はあったのね。むしろ四神教よりも健全な宗教だわ。見習えばよかったのに……」

「レナ……それを言ったら四神教の神官達の立場がないだろ。今更だけど……」


 創生神教に改宗するとということは、必然的に人の魂を更なる高みにあげるべく、現世での人生のすべてを魂の修練に捧げることが前提になる。

 魂の昇華とは高位次元の存在への進化であり、全ての魂がこの責務を背負っていると言っても過言ではない。教義では輪廻転生を繰り返す人生のすべてが修練ということらしい。

 ぶっちゃけると仙人を目指すということに等しいだろう。

 善性も悪性も呑み込み、人の身で高位存在の思考を得ようとすることも修業に含まれているためか、神官同士の婚姻も認められている。

要は欲望を受け入れつつも欲望からの解脱を目的としているとのことだ。

 まぁ、歴史書に書かれた文面をそのままに受け取ればの話だが、人である限り欲望を捨てることは絶対にできないとゼロスは思っている。


「まぁ、無欲なボランティア組織だと思えばいいんじゃないですかねぇ? よう知らんけど」


 神官達が改宗して創生神教に鞍替えするのか、あるいは新たに別の宗教を興すのかはゼロスも分からない。

 四神教はもう終焉を迎えてしまった以上、これから神官達がどのような人生を進むのかなど、おっさんには正直どうでも良かった。

 唯一判明していることは、四神教の消滅で国が分裂し戦乱の世が来ることと、これからダンジョンが無数に出現するということだけだ。

 それを知っているゼロスは、『暗い時代が続かないといいなぁ~』と、どこか他人事のように呟くのであった。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 完全体となったアルフィアは、自分が管理している世界においては全知全能に近い存在だ。

 そのため、惑星一つの事象に関してもすべてを把握することが可能で、そこに住む数多くの人種から特定の人物を探し当てることもできる。

 空間転移で飛んだ彼女は、サントールの街の上空からある建物を俯瞰していた。

 その建物の中では今、四神教の不祥事を知った派遣司教を含む司祭たちが顔を合わせ、今後の方針を話し合っている最中であった。

 アルフィアは事象を読み取りその様子を覗き見る。


「勇者召喚による世界の崩壊未遂、歴史の裏で行われた勇者の抹殺行為、それによって誕生したドラゴンによる聖都マハ・ルタートの崩壊……」

「その悪行を知りながら放置していた四神か、これでは邪教と呼ばれても仕方がない。我々はいかに罪を償えばよいのか………」

「「「「「「 ハァ~~~~~~っ……… 」」」」」」


 派遣司教を含む神官達は大きなため息を吐いた。

 四神教の総本山が消滅し、数々の悪行も暴露され、その話は巣での周辺諸国にまで広がっている。

 今後、四神教を名乗るだけで石を投げられかねない事態となり、彼らの表情は暗いままであった。


「私達は本国に不満を持ってはいましたが、まさか最悪という言葉すら生ぬるい猛毒を抱えていたとは思わなかった。聞くところによると、勇者召喚には獣人族を生贄にしていたという話まで聞く」

「業が深すぎる……。我らの命だけでは償いきれぬ罪を犯していたとは……」

「今後は我らに対する風当たりは強くなろう。我々はただ、人々が健やかに暮らせるよう教義に沿った人道の道に進めればよかったのに、このような事態になろうとは……」


 もはやお通夜ムードである。

 しかも今後の展望はないに等しく、さらに四神教の犯してきた罪があまりにも重く、再起を図ることなど不可能だ。

 そんな中で昼間だというのに酒を飲む初老の女性司祭の姿があった。


「ハァ~……どいつもこいつも、辛気臭い顔だねぇ。酒が不味くなっちまうよ」

「メルラーサ司祭長……。一応、ここにはアダン司教様もいらっしゃいますので、そのような振る舞いはおやめください」

「ハッ、どんだけ考えたところで答えなんか出やしないよ。あの国が腐っていることは、アタシ達が一番よく知っていることじゃないさね」

「それでも、私達は今後の行く末を決めなければならないのです。それなのに貴女ときたら……」

「アタシから見たら、話が横道に逸れてるとしか思えないんだけどねぇ? 一つ聞くが、人を救いたいと想うことに優劣などあるんかい? 大事なのは神や宗教の教えなんかではなく、誰かを救うためには何ができるかだと思うんさね。そこさえはっきりすれば、自ずと行動できるんじゃないのかい?」

「四神教――いや、神という存在に拘り過ぎていると?」


 彼らは神という存在がいたからこそ信仰心を胸に秘め、今まで善性を信じ道徳心を持って活動してこられた。神という存在が自分達の中で大きな支えとなっていたのだ。

 だが四神が邪神とされてしまったことで、彼らの中にあった芯のようなものが折れ、何を信じていいのか分からなくなってしまった。

 四神教の腐敗の原因はあくまでも人間であり、いずれ自分達がその過ちを正すという理想と信念を持っていたばかりに、崇拝する神そのものが災禍の根源であったことを知ったことで己を見失ったのだろう。

 そんな彼らをメルラーサ司祭長は扱き下ろす形で叱咤した。


「神なんて言うのは、存在はしていても所詮は外から覗き見しているだけの存在さね。そもそも頼ろうと思うこと自体間違いさぁ~」

「生きている中で何かを成す。それが一番重要ということか……。メルラーサ……君は昔とちっとも変らぬな。どこまでも己を貫く姿勢、正直羨ましく思うことがある」

「ハンッ、アタシは自分の好きなように動いていただけさね。いままでも、そしてこれからもさぁ~。どこにいるかも分からない傍観者に縋る前に、先ずは自分で考え足掻き続けろってもんさね。アタシから言わせてもらえば、神に縋る行為は最初から答えを貰おうとしている、卑劣で浅ましいイカサマにしか思えないね。人生というのはそんな簡単に答えが出るもんじゃないだろ? 生き続けた先に費やしてきた時間の答えが見えるってもんさ。アダンも以前はそうして生きてただろうに、いつからそんな腑抜けになっちまったんさね」


 神には頼らない。

 そう言い切っているメルラーサ司祭長の言葉に、アダン司教は苦笑いを浮かべつつも弱気になっていた自分を恥じる。

『私は……いつ理想を捨ててしまったのであろうな』と心の中で呟いた。

 だが、メルラーサ司祭長にあらためて言われた言葉に、自分の中にもわずかに残っていた燻ぶりのような火種が残っていることを確かに感じていた。

 そこに気づけたことが素直に嬉しい。


「………そうであったな。私は――いや、我らは最初から神に頼ろうとは思っていなかった。確かに腑抜けていたようだ。国を出る時には艱難辛苦を受け入れることを覚悟しておったのに、なんという体たらくよ」

「ふん、少しはマシな面になったじゃないか。そうさ、理想を現実にするには長い時間が必要さね。その最初の礎になる覚悟があったからこそ国を出たんだろ? 目を覚ますのが遅すぎるさね」

「すまぬな。我らは元より四神などに頼ってはいなかった。人が正しく生きられるための道標となる覚悟であったのに、いつの間にか神という存在に依存しておったようだ。どうやら平和ボケしておったらしい……」

「で、では………」

「うむ、今更だが四神教の教義を捨てる。我らはただ人に尽し道徳を説くだけの存在で良い。それ以外のものなど必要ないのだ」

「「「「「 おぉ!! 」」」」」」


 アダン司教は四神教から離れることを宣言した。

 他の神官達もその決意表明に同意を示す。


「今日が我らの新たな門出、よ……ッ!?」

「な、なんだ!?」

「こ、これは………!?」


 その時、唐突に世界が停止したかのような異様な気配に包まれた。

 いや、自分達がいる部屋自体が世界から隔絶されていた。

 窓から見える景色は灰色で、飛ぶ鳥が空中で静止している。

 本能から恐怖心が湧きだし、体はまるで巨大な腕に掴まれたかのように動かず、精神は言い様のない圧迫感に苛まれた。

 何よりも恐ろしいのが、自分達以外に強大な存在の気配を感知してしまい、生物としての本能が『在りえない』と拒絶するも現実がそれらの感情の一切を否定する。


「あの愚物共の信徒にしては、随分とまともであるな。ふむ――元は国の行く末を愁い、正すために団結した集団か。力はないが、その心意気は褒めてやろう。少なくとも欲に溺れておった連中よりはマシじゃな」


 声のした方向に首を向けると、銀色の角を持ち、12の翼を背に持つ異形の少女が彼らを見つめていた。

 誰も身動きどころか声が出せないなか、少女はあどけない笑みを浮かべ「お主らに大義名分を与えてやろう」と、理解の追いつけない彼らへ唐突に告げるのであった。


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