おっさん、進化の仕組みを知る
ルーセリスとジャーネのキスを奪って以降、三人の距離感は微妙なものへと変わっていた。
まぁ、顔を合わせ会話しても気まずく、話が続かず妙に挙動不審になる程度のものだが、一応は関係が進んだと言えなくもない。
ただ三人を見ていると、誰もが『小学生の方が進んでるだろ』と言いたくなるような、焦れったくてイライラしてくるもどかしさのような感情を抱くものである。
そんな中、メーティス聖法神国の崩壊が新聞の一面を飾り、教会と自宅でルーセリスとゼロスがそれぞれ驚きの声を上げていた。
『………聖都マハ・ルタートが壊滅って、いったい何があったんだ?』
メーティス聖法神国が崩壊することは予測していたゼロスであったが、知らないうちに既に滅んでいたことが信じられない。
予想ではもうしばらく国は存続していた筈なのだが、事態の急展開に思考が追いつかない。同時に滅ぼした存在に心当たりがあった。
「アルフィアさんや、もしかして残りの三神とやりあった?」
「んむ?」
フライドオークを食べていた邪神ちゃんは、おっさんの声に反応したものの応えようとせず、黙々と肉を頬張り続けていた。
口の中の肉を呑みこんだが答えを聞かせてくれず、それどころか皿の上にあるフライドオークに手を伸ばしては下品に食い散らかしている。
神の威厳など、そこには全く存在していなかった。
「没収」
「のぉあ!? 貴様……我の供物を奪い去るとは悪魔か! この罰当たりめが!!」
「作ったのは僕なんで、文句があるなら自分で食材から用意して作ってくださいよ。この、暴食の駄目神が! そもそも僕は供物を捧げたつもりはないですし、君を崇め奉るつもりは欠片すらありませんからねぇ」
「ぐぬぬ……よかろう。教えてやるから肉をよこすのじゃ!」
「なんで上から目線なんです? 欲しければ、『この哀れな浮浪駄目神に、慈悲の施しをしてくだされ。この通りです』と、地面に頭を擦りつけながら足下に土下座するもんじゃないんですかい?」
もの凄く蔑んだ目を邪神ちゃんに向けるおっさん。
見方によれば児童虐待だ。
だが、その邪神ちゃんもプライドはなかったようで、本気で『この哀れな駄目神に施しを~~っ!! 後生じゃぁ~~~っ!!』と泣きついた。
邪神ちゃんの食い意地は、神としてのプライドを凌駕するようである。
「んで? 残りの三神……殺っちゃったのかい?」
「正確には二匹じゃな。連中と戦う前には、既にもう二匹から管理権限を奪っておったからのぅ」
「ほほぅ、では完全復活したということですか」
「じゃが、後始末で苦戦しておる。異世界からの援軍と協力して事態の収拾にあたっているが、この惑星の摂理に異界の摂理が複雑怪奇に侵食しておって、手の施しようがない事態寸前になっておったからのぅ」
「それは、以前に聞いた外界の摂理によるバグというヤツですかい?」
「うむ……。じゃから多少異界の摂理を取り込んでも、管理システムの安定を図るつもりじゃ。これがまた面倒な作業でのぅ……うんざりするわ」
この世界の摂理が管理プログラムだとするなら、異界の摂理はウィルスだ。
完全に消去することが不可能と判断したのであろうが、異界の摂理をある程度容認して組み込み安定を試みるのだとすると、かなり面倒な修復作業を行わなくてはならない。
そんな忙しい中、『こんな場所に来て肉を食っていいのだろうか?』と疑問に思う。
「それ、大丈夫なんですか?」
「召喚された者達の魂をサルベージする作業と同時に、必要な部分を残して削除する調整じゃからのぅ、かなり難航しておるわ。分体を地上に送って息抜きでもせんと、正直やってられぬ」
「デバック作業、ご苦労様です」
「なんとも心がこもってもない労いの言葉じゃ。我の本体もフルで復旧作業をしておるじゃが、何分……この世界の理は神の手を必要としないよう完全自立型で創造されておる。この世界に生きる者達には分からぬじゃろうが、恐ろしく精巧で緻密なシステムで管理されておるじゃ。我もシステムを掌握するのに苦労しておるよ」
「プログラムの根幹をなす場所に入り込んだウィルスが、別の場所に入り込んだウィルスと連動し、厄介なバグを発生させ続けているってところなのかねぇ?」
「免疫――勇者システムと言い換えればよいか? それが自己診断プログラムを誤認させ、バグが発生しているのに黙認する事態になっておった……。しかも我が管轄する他の管理世界にまで影響を及ぼしておってのぅ。拡散拡大を止められただけでも僥倖じゃろう。危なかったわ……」
惑星一つから始まった世界存亡の危機は想像以上に酷い事態だったようだ。
次元崩壊を未然に防げたことは幸いだったと言えようが、後始末でかなり苦労をしているのか邪神ちゃんの表情も優れない。かなりうんざりしているようだ。
圧倒的という言葉すら生ぬるい、馬鹿げた情報処理能力を持つ神が精神的に参っているのだから、その苦労は人であるゼロスには理解できようもない。
一応はこの世界を立て直すために動いていたようなので、ささやかなご褒美代わりにフライドオークをアルフィアの皿に追加した。
「それで、この世界は今後どのような世界になるんです? 本来であれば、レベルアップが可能なゲームみたいな世界ではなかったんですよね?」
「そこはもう現状維持じゃな。ただ、生物としての変質限界に耐えられる段階にまで落とさねばならん。この間までは無制限じゃったからのぅ……」
「無制限って……。レベルに限界値がなかったと?」
「うむ………ただ、現状の生物ではレベル500がギリギリ変化に耐えられる値じゃから、そこを目安に細かく設定を見直す必要があるのぅ。本来であれば進化してもおかしくはないのじゃぞ?」
「なぜに進化しないんです?」
「魔力不足じゃな。召喚魔方陣によって魔力濃度が著しく低下し、進化に必要な量の魔力を外部から取り込めない状態が続いておる。そもそも魔力は生命の根幹をなすエネルギーのことじゃから、その力を円滑に使えるようになるには肉体を変質させる必要がある。レベル500にもなって人類種が進化できぬ理由がこれじゃ」
魔物が進化すると同様に、人類もまた進化することができる。
だが、魔物とは異なり体内に魔石を持たない人類は進化する過程で外部から必要とする量の魔力を蓄えることができず、進化する過程で外部から急速に取り込み肉体を環境に適応した最適な変質をする。
それができない現在、レベルが限界値を超えるまで上がると肉体が体内魔力の過剰増加に耐えきれず、崩壊現象を引き起こし爆発してしまうのだ。
「それはおかしい。そもそも勇者召喚魔方陣はだいぶ前に吹き飛んでいたはずせすよね? なら、今なら進化できるんじゃないですか?」
「それなのじゃが、ファーフラン大深緑地帯のような魔力濃度が過剰な領域があるじゃろ? あの地の地下には結晶化した天然魔石がかなりの埋蔵量で存在しておって、そこに自然界魔力が留まっておるのじゃ。こちらに流れてくるのはほんの僅かな量で、魔法を使う分には問題はないのじゃが……進化するには濃度が足りん。進化を始めたら急速に周囲の魔力を取り込み始めるが、魔力の真空状態も生み出されてギリギリで進化が止まるのじゃ」
「いや、魔力の真空状態が作られるなら、そこに周囲の魔力が流れ込むのでは?」
「じゃから、濃度が低いと言っておるじゃろ。進化とは新生、つまり新たな生物に生まれ変わるのと同意義じゃぞ? 長い時間を掛けて環境に適応するのであればいいいが、急激は変態には相応のエネルギーが必要じゃ。ましてレベル500越えの人間は、体内に魔力を凝縮された状態。薄い殻の中に今にも爆発寸前の火薬を詰め込んでいるようなものじゃぞ。最低ランクの生物であるコッコが進化するのとはわけが違う」
「つまり、その殻を強化するのに高濃度の自然界魔力が必要ということですか……」
アルフィアの言っていることは理解した。
ただ、ゼロスにはどうしても腑に落ちないこともあった。
体内魔力と自然界魔力の違いだ。
「モグモグ……ふむ、体内魔力と自然界魔力の違いが分からぬという顔じゃな? 要は質じゃよ。体内魔力は魔力保有者の魂の波長と同調しておってな、個人特有の色のようなものじゃが、自然界の魔力は無色透明と思えばよい。魔力と言っても陰陽のように質が大きく異なる。霊質的なものなぞ、見える人それぞれで認識の差があるからのぅ。見えても感じ方や色は人それぞれじゃ」
「つまり、進化にはその無色透明な自然魔力が重要ということですか……」
「うむ……。進化時には無意識に自然界魔力を肉体に浸透凝縮化させ、増大した生体魔力に耐えられるよう肉体を変化補強する。その過程で起こる肉体的な変質など副次的なものにすぎん。爆発寸前の炸薬が詰まった容器を、鉄筋コンクリートで覆い隠すようなものじゃな」
「なるほど、進化とはそういうものですか」
ゲームなどでお馴染みの進化。
人間という種から進化後に翼が生えたり、腕が四本になるといった変化は副次的なもので、重要なのは魂を取り巻く増加した魔力を収める器になること。進化後の姿は生活環境で個体差がでるので、自身がどのような姿になるかは未知数だ。
この世界がゲームシステムのような摂理で管理されるとなると、強大な力を持った進化種によって面倒事が起きそうで、おっさんはさすがに心配になる。
「なんというか、魔力が満ち溢れた世界って……物騒な世になりそうですねぇ……」
「その前に生き残れるかどうかが問題じゃがな」
「………………今、物騒なことを言いませんでしたか? 生き残れるかどうかとか……」
「言ったぞ?」
「なんで?」
「世界中にダンジョンが無数に出現するからじゃ」
「詳しい話、聞かせてくれるんでしょうねぇ?」
「うむ」
アルフィアは惑星再生のために世界樹――【ユグドラシル・システム】を復活させた。
その際、砂漠化した大陸を含む南半球を復活させるため、一時的だが世界樹の周辺を超広域結界で覆い隠し魔力が溜まるのを待ったが、世界樹が生み出す魔力の濃度が想定した以上に溜まってしまった。
その段階で魔力を放出すれば、世界はファーフラン大深緑地帯のような環境になってしまうため、想定外の魔力をダンジョンコアに流すことにより劇的な環境の変化を防ぐことにしたという。
「…………それで、各地にダンジョンが出現すると?」
「うむ……。しかも大規模なダンジョンから初心者向けの新しいものまで、幅広く各地に現れるじゃろう。ロマン溢れるじゃろぅ? 大ダンジョン冒険時代の到来じゃ!!」
「ダンジョン王に俺はなる! って、そんなわけあるかい!! つまり、ダンジョンから排出される魔物の脅威に、常に脅かされる時代がくるってことじゃないですか!!」
「人類側にもメリットはあろう? 迷宮産の武器や素材、鉱物資源が無尽蔵じゃぞ? お宝ゲットでウハウハじゃ」
「その代わりに人類存続の危機じゃねぇか!!」
アルフィアは気軽に言っているが、ゼロスはダンジョンの厄介な事実を知っている。
そう、ダンジョンは古代の建造物だけでなく、旧魔導文明の兵器を再現してしまうことだ。
遺跡程度なら別にかまわないのだが、兵器までともなると話は変わってくる。もし地上に持ち出され戦争に使われでもしたら洒落にならない。
「ミサイルやレーザー兵器を再現するようなダンジョンが増えたら手に負えんぞ」
「我もそこまで馬鹿ではないぞ。さすがに兵器まで餌―――もとい、宝扱いするわけがなかろう? ダンジョンコアはユグドラシルとリンクしておるから、その手のものを作りださないように調整できる。他のコアと情報を共有して禁止事項扱いにしてしまえばよい。文明や文化は人の手で築くものじゃからな。滅んだ文明のものなど再現せぬわ」
「なるほど……アーハンの村にある廃坑ダンジョンは、世界樹という統制管理システムがなかったから、魔導文明期の研究所なんて再現したのか。今後、むやみに兵器を作り出すことがないと分かっただけマシかねぇ……」
「あとはファーフラン大深緑地帯に点在するダンジョンじゃが、そこで繁殖している魔物は全て殺処分じゃな。あんな生物を放出したら人類が一年で絶滅してしまう」
「……随分とやばい魔物が養殖されてたんですねぇ」
ファーフラン大深緑地帯の魔物が絶望的に強い理由が判明した。
ダンジョンで繁殖され外部に放出されたせいで、ただでさえ強いのに生存競争で生き延びたがゆえに非常識なまでに強力な個体になった。
神が殺処分を決定したということは、それだけ現在の世界にそぐわない生物なのだろう。
「お主ら使徒と互角以上に渡り合える魔物など、それはもう生物の枠組みから逸脱しておる。そこまで進化するにも、もう少し高い知性を持っておらねばな……。闘争本能に特化しただけの獣なぞ生態系を壊すだけで、この惑星にとって害悪でしかないわ」
「遠回しに僕のことを逸脱した生物扱いしてませんかねぇ?」
「事実じゃろ。使徒というものは限定的とはいえ強大な力を持っておるのじゃぞ? もはや生物の枠組みから外れておると前にも言った気がするがな」
「限定的にというのは?」
「この世界から出れば、ただの人じゃ。多くのダミー使徒が既に回収されておるようじゃが、死亡するなり寿命でもくればお主も地球に帰れるぞ? ただ……のぅ、勇者の魂と一時的とはいえ接触した魂が、妙な反応を見せておる。しぶとくこの世界に留まっておるようでのぅ、さすがに今の段階では回収が難しくて放置状態じゃ。正直に言うと手が回らぬ」
「神の世界も人手不足ですかい」
勇者という抗体プログラムのバグは、どうやらゼロス達使徒の魂にも悪影響を出すようで、神々にとっては何とも厄介な状態になっているようだった。
しかし愚痴をこぼされたところでゼロス達にはどうすることもできない。
「ひと段落がついたら我も配下の管理神を創ろうと思っておるのじゃが、それもいつの頃になるのやら……じゃな。いっそ周辺世界の神々に依頼するのもアリと言えばアリなんじゃが、借りを作るのもどうかと思う。既に大きな借りを作っておるし、後で無理難題を吹っかけてこられかねない」
「いや、この世界の状況は先代管理神の不始末なのでは? 親の不始末を子供が背負う必要はないでしょ」
「現行のシステムから判断するに、かなり上位の神じゃから責任を取らせることが難しい。人間社会のように降格処分ができればよいのじゃがな………」
人格に問題があろうと、一度でも上位の神に昇華したら文句が言えないようである。
神々の世界はとんだブラック企業のようだ。
「言いたいことは分かるが、そんな呆れた顔をするでない。逆に言うと、もうこの世界に干渉してくることはないということじゃぞ? お主は責任追及しても、やることなすこと無責任で適当な上位神を召喚するほうが良いと? 出現しただけで世界が崩壊するぞ」
「君のように分体を送り込めばよいのでは?」
「今の時点で管理者は我じゃ。いくら先代に創造されたとはいえ、管理者の断りなしに渡界なぞできぬわ。異世界を渡るだけで、どれだけの負荷がこの世界にかかると思っておるのじゃ? 容易に承認なぞできぬ」
「四神は異世界渡航をしていたようですがねぇ?」
「連中は………ほれ、雑魚じゃから……。行使できる力の権限を封じるだけで、問題となるのは異界同士を繋げる門のエネルギー問題だけじゃ。要は人間サイズの穴を空けるだけじゃから、大規模な召喚を行うほどのエネルギー消費より安価で済む」
邪神ちゃんに雑魚呼ばわりされる四神たち。
かといって同情できる余地などなく、おっさんとしても『いい気味だ』程度の感想しかなく、憐れむ気持ちも一切湧かないが……。
「ときに、お主らはこれからどうする気じゃ?」
「どうするとは?」
「先ほど言ったように、お主らは今の肉体が活動停止すれば魂は回収されるのじゃが、もうしばらくすれば死なずとも元の世界に戻せるようになるぞ? こちらで一生を送るも、元の世界に戻るのも自由じゃ。それくらいの便宜くらいは我も図ろう」
「あ~……なら、一度この世界で人生を全うしたいと思いますよ。」
「ふむ、それもまた一興よな。どうせ魂を回収されても、元の世界で代り映えのないの生活が続くわけじゃからのぅ。記憶も操作されるじゃろうから、お得な方を選んでも良かろうな。使徒の肉体と融合している体も一度回収され、向こうの神々が遠心分離機でちゃんと分離してから再生してくれるじゃろ」
「遠心分離機……って、それ、分離どころか程よく混ざり合ったりしませんかねぇ?」
使徒の肉体と元の肉体の分離はかなりアバウトのようだ。
もしくは比喩表現なのかもしれないが、実際に分離するにはどういう過程で行われるのか分からず、当事者としては恐ろしいものがある。
その時が来る頃はゼロス自身が死んでいることが、せめてもの慰めであろう。
「独身のおっさんが若い娘を二人も娶れるのじゃ、そら帰りたがる筈はないか。向こうでは味わえない夫婦生活じゃからのぅ」
「…………否定はしませんよ。それよりも、恋愛症候群を何とかできませんかねぇ? あの衝動は正直危険なんですがねぇ?」
「アレは大気の魔力濃度の差異から生じる、魔力酔いの一種のようなものじゃからのぅ。魔力濃度が低い地域で生活をしておれば、わずかな大気魔力濃度の変動でも少なからず発症するものよ。今よりも大気魔力が濃くなれば嫌でも慣れるじゃろ。社会的にも死ぬ者が続出するかも知れぬがな………。魔力が精神波長の影響を受ける特性上、避けては通れぬ」
「………男女間の一線を超えると発症しなくなるのは、どういった訳で?」
「房中術というのを知っておるか? 男女の交わりを利用した魔力の循環方法じゃ。精神暴走を引き起こした状況下で性行為を行うと、ジョイント部分を介して魔力の循環が行われ、肉体が次第に濃い魔力に慣れていく。合体の回数を重ねるほど正気に戻るというわけじゃ。雌雄同士の交わりは少なからず魔力の循環を行っており、子供が受胎すると親の魔力に対する資質を受け継ぐことになる。もっとも、今のお主らの状況じゃと精神暴走時の連結合体は一回や二回では収まらぬようじゃから、お主も気を付けるのじゃぞ? 子づくりは計画的にのぅ」
「ジョイントとか合体って言うなや、生々しいわ!!」
摂理の正常化で恋愛症候群もなんとかなるのではと思っていたが、生々しい問題は避けては通れないようだ。
これも勇者召喚魔方陣による魔力大規模消失の影響であろう。
メーティス聖法神国の愚行のおかげで魔力濃度が地域で差が生まれ、平野部はどういうわけか著しく低い。季節による大気の流れや地脈の流動で大気魔力に影響が出ると、魔力耐性が著しく低下した人間は悉く影響を受け、精神暴走を引き起こす。
これから魔力濃度が安定する時代が来るというのに、その過程で奇行に走り社会的に死ぬ者が続出する人が増えるのかと思うと、何とも居た堪れない気分になる。
「僕も暴走する危険があるんですがねぇ……」
「諦めよ、男女で惹かれ合うのは自然の摂理じゃ。潔くシンメトリカル・ドッキングして、生物の摂理に従い子孫を残すがよいぞ。使徒と原住生物の血統がどのような進化を生み出すのか、我も大変興味がある」
「実例が既にいるじゃないですか」
「ルーフェイル族のことか? アレは言ってしまえば退化よ。じゃが、退化した種族の血統に新たな使徒の因子が加わることで新たな種が生まれると思うと、我には大変喜ばしい。産めよ、栄よ。そして霊的な進化を遂げ我らの予想を超えて見せよ。汝らの子孫がいずれ我が頂に辿り着くのを心待ちにしようではないか」
「そういうところは神なんですねぇ」
邪神ちゃんにも愛はある。
しかし悠久を生きる彼女にとって刹那的な生死には興味がなく、連綿と続く時を繋ぐ命とその果てに想いを寄せているようで、いずれ辿り着く高位存在への進化以外に関心を持つことはない。
社会性からくる対立や、そこから生じる戦争など本当にどうでもいいようで、その過程で得られる経験が魂のどのような影響を受けるのかが重要なのである。
彼女の求めているのは肉体的な進化などではなく、あくまでも魂の霊質的な進化なのだ。
撒かれた種が苦難の果てに生命体の極致に至るまで見守り続ける。
どこまでも果てしない寛容さと、極端なまでの冷酷さ。
そして、幸も不幸も平等に見守り、命の営みを記憶し続ける深い愛情でもあるのだが、それが何を意味するのかなど人であるゼロスには図りようもない。
「何にしても、今の問題は解決しないことだけは分かったな……」
「子孫を残すのであれば早い方が良いぞ? ダンジョンが出現し始めたら、戦争どころの騒ぎではなくなるからのぅ。備えておくに越したことはあるまい」
「もしかして、大量の魔物が放出されるので?」
「その前に植物などの成長が早まるかのぅ? 地中の生物の生命力が活性化し、その影響は植物の種子に影響を与え、急速に自然が生活環境に浸食を始める。この辺りはファーフラン大深緑地帯に近いから、植物の成長が早いことはお主も知っておるのではないか?」
「わぁ~おぅ……気づいたら原生林でサバイバル生活ですかい。それで……いつ頃から?」
「変革は既に始まっておる。もはや逃れることなどできぬぞ?」
世界は再生を始めている。
しかし、その影響は知的生命体にとっては不都合なことであり、対策を練っておかねば国が大自然によって滅ぼされることになりかねない。
そしてダンジョンによってとどめを刺される。
どこぞの地域は戦乱が訪れようとしているのに、人類の更なる危機が既に動き始めていた。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
一方で、無事(?)に濃厚なキッスを済ませたルーセリスとジャーネだが、現在教会内では四神教が滅んだことに少なからずショックを受けていた。
「…………四神教、本当に滅んでしまいましたね」
「そう……だな」
「うん、おじさんの言う通りになっちゃったね」
「ルーセリスさんやメルラーサ司祭長は、今後どうするつもりなの? いつまでも神官服を着続けるわけにはいかないでしょ、こんな大事になってしまっては……」
ルーセリスにとっては四神教が滅ぼうがどうでもいいことだ。
元より彼女の目的は神聖魔法の【治癒】系統の魔法だったため、既に目的を果たしていることもあり、四神教にこだわる必要はどこにもなかった。
それ以前に彼女の血統は翼無きルーフェイル族で、最初から四神教とは敵対する立場にあるため、この事実を知って以降はますます教義に無関心になっていった。
最近では魔法薬の精製法を学んでいる始末である。
「私は元から四神教の教義には興味なんてありませんし、神官服なんていつ捨ててもかまわないと思っていましたよ? ただ、今これを捨てると着るものが他になくて……」
「ルーセリスさん……それ、女子にとって致命的だよ!? 普段着を持っていないの?」
「同じ神官服なら何十着もあるのですが……」
見習いを含む神官達は、常に神官服の着用が義務付けられていた。
そのため、ルーセリスが持っている私服は実は一着もない。全て支給品である。
メーティス聖法神国に修業に行って以降、彼女は自分の服を買ったことがなかった。
「まぁ、いちいち着替えで悩むことはありませんから、便利と言えば便利ですよね。」
「ルーセリスさん……。私が言うのもなんだけど、それは女として致命的に駄目だと思うわ。私でもドレスくらいは持っているもの」
「「「えっ?」」」
レナがドレスを持っていると聞いて、三人の視線が一斉に集中した。
レナはショタコンという致命的な一面が大きすぎて誰も知らないが、裏では名の知れたギャンブラーである。
当然だが高級なカジノにも出入りをするため、ドレスをいくつか所持しているのだ。
そんな事情を知らない三人の顔には、『なんでドレスなんか持ってるの?』という疑問が浮かんでおり、レナも彼女達の考えていることが直ぐに分かった。
「レ、レナさん……ドレスなんて持っていたの? 初めて聞いた……」
「いけない? 他にもいくつかアクセサリーや香水なども持っているわね。普段着もあるけど、傭兵という職業上、着飾る機会はがないだけよ」
「嘘だろ…………ただの変態かと思っていたのに女子力が高かったなんて、アタシ……立ち直れそうにない。少し横になるな………」
「失礼ですよ、ジャーネ……。いくら無差別少年性的捕食者のレナさんでも、一応は女性なんですから……」
「酷い言われようね。私だって人並みにお洒落には気を遣っているわよ? 幼い頃に女子力を捨ててきたジャーネと、見た目は聖女でも内面がガサツなルーセリスさんほど女を捨ててはいないわ。」
そう……レナは確かに変態だが、人並みにファッションには興味がある。
今この場にいる女性陣の中では一番女子力が高かったのである。
そんな彼女に辛辣な一言を言われ、二人は凄いショックを受けていた。
「………レナさんに女子力があったことに驚いたけど、今はそれを置いておこうよ。問題は四神教のことだよ。新聞だとほとんど邪教認定されてるじゃん。これってルーセリスさんにとって凄く危ないことなんじゃない?」
「メルラーサ司祭長も…………あの人は大丈夫か」
「御歳のわりに殺しても死ななそうなしぶとさがあるから、心配するだけ馬鹿を見るわよね。元より神様なんて信じていない人だし」
「それはそれで変だと思うのは、私だけ? でも、あのお婆さんはともかくとして、他の神官の人達は危険じゃないかな?」
四神教は邪教認定されてしまった。
今はまだ自体がそれほど深刻ではないが、いずれ迫害の対象に晒されかねない。
また、敬虔な信者にとっては信仰の対象が失ったことになり、その衝撃は相当大きなものとなる。この混乱はこれからますます拡大していくことだろう。
神官服を簡単に捨てられる者は信仰心が薄く、すでに行動に移していた。
「男性は殴られる程度で済みそうだけど、女性だと危険じゃない? 不埒な人達って必ずいるもんなんだし」
「イリスの言うとおりね。ルーセリスさんは今すぐにでも代りの服を用意するべきだと思うわ。性的に襲われでもしたら遅いから」
「ですが、神官服って便利なんですよね。汚れは簡単に落ちますし、見た目よりも丈夫で長持ちですから。お金もありませんから、どのみち代わりの服なんて買えませんよ」
「こんな時なのに、なんで機能優先なんだよ………」
ルーセリスが衣服に無関心なのは昔からだ。
それを知っているジャーネも、この期に及んで神官服を捨てられないルーセリスに呆れるが、よく考えてみれば彼女には代わりになる着替えがない。
「神官服は危険だけど、資金不足で私服を買うには金がかかるかぁ~。なら、おじさんに神官服を改造してもらえば? 私の服もおじさんに改造してもらったものだし、頼めば四神教とは異なるデザインにしてくれるかもしれないよ?」
「あっ、その手があったわね。イリス、ナイスよ」
「いやいや、それでも駄目だろ。まさかタダで『神官服の改良をしろ』なんて言うのか? それはさすがに不義理だろ」
「そうですよね。替えのものを含めても数が多いですし、その全部を改良するのではゼロスさんに悪いと思うんですけど………」
「なんで? 奥さんの身を守るためなんだから、おじさんもタダでやってくれるよ。夫婦なんだから遠慮する必要ないじゃん」
実に無邪気で素直なイリスの感想。
夫婦という言葉に反応し、途端に顔が赤くなるルーセリスとジャーネ。
「なんでジャーネが顔を染めるのよ。今はあなたの話はしていないけど?」
「うっせ! ルーのことはアタシにも他人事じゃないんだよ!」
「あ~……それもそうよね。あなたもルーセリスさんと一緒にお嫁入するわけだから、確かに他人事ではなかったわ。私としたことが、これはうっかりしてたわね。揶揄チャンスだったのに……」
「充分に揶揄ってるだろ! わざとらしく言うな!!」
「話……続けてもいい? こっちで勝手に進めるよ」
脱線を始めるレナとジャーネ。
そんな彼女達を放置し、イリスは続きを話し始めた。
「確か、一部の人達を除いてて四神教の神官さん達は評判が悪いんだよね? 神聖魔法による医療行為のぼったくり水増し請求に、四神教の信仰が行き届いていない国に対しての横柄な態度。他国に来てまで好き勝手する身勝手で悪辣な所業の数々……。数えるのも馬鹿らしくないほどにあちこちで恨みを買っているよね? そんな宗教が今回の件で邪教だと判明したんだよ? 女性神官なんて、それこそ酷いことされちゃうんじゃない? Hな本みたいに、Hな本みたいに! Hな本みたいにぃ!!」
『『『 この子………なんで嬉しそうに言うんだろう 』』』
「レナさん曰く、『男は下半身で考える生き物なのよ?』。つまり、おじさんと経験する前に、知らない人たちに数人がかりで酷いことされちゃう可能性が高まるんだよ。その前に神官服のデザインを変更して別の宗派のように偽装しないと、ケダモノ化した男の人達にあんなことやこんなこと……」
『『『 あ~………イリス(さん)、むっつりなんだ 』』』
イリスとしては純粋にルーセリスのことを心配しているつもりである。
しかし、口に出すことを憚れるような内容を話すとき、彼女はなぜか凄く生き生きしていた。気づいていないのは本人ばかりだ。
「でも、ゼロスさんに神官服のデザインを変えてもらうことには賛成ね。新聞の内容だと、四神教のせいで世界が滅びかけていたって話だし、今までのことが積み重なって腹いせに妙な行動をする連中も、少なからず出てくることは確実よね」
「ところで、本当にお前……『男は下半身で考える生き物だ』なんて言ったのか? アタシは覚えていないんだが……。言いそうだけどな」
「言ったような、言わなかったような……。正直、よく覚えていないわ」
「普通に私服を買った方が安上がりな気がするんですけど……」
「ルーセリスさん、お金がないんじゃなかったの? でもおかしいよね? この教会は栽培した薬草を打って生計を立ててるよね? マンドラゴラってそれなりの値段で売れたと思うんだけど……」
「それは、あくまでも教会のためのお金であって、私の個人資産ではありませんから使えませんよ」
ルーセリスにはお金がない。
そうなった原因は実はゼロスにあった。
ルーセリスは孤児達を救いたいがために、神聖魔法だけでなく薬師の資格も得ている。そんな彼女が魔法薬の効能の高さを知ってしまえばどうなるか?
当然だが、率先して魔法薬の精製に手を出すに決まっていた。
しかしながら調薬には複数の素材を必要とするわけで、裏の畑で栽培している薬草だけでは種類が足りないこともある。その場合は素材屋を利用して購入するのだ。
だが、薬草などの素材はそれなりに値を張る。教会の運営費というか生活費から捻出するわけにもいかず、自腹を切ることになる。
つまるところ、調薬に足りない素材は全てルーセリスの給料で賄っていた。
魔法薬の精製を教えているゼロスが真っ先に気づくべきことである。
そのような事情を話すと――。
「「「 そこは相談しろよ!! 」」」
――怒られた。
「えっ? ですが、これは私のエゴみたいなものですから」
「それで身を削ってどうするんだ! 頑固にも程があるだろ……知ってたけど」
「ルーセリスさんも我が道を行く人だったんだね…………」
「これは、気づけなかったゼロスさんも悪いわね。神官服のことはゼロスさんに無料でやってもらいましょう。四神教の神官服のデザイン変更だから、イリスの服よりも簡単にできるでしょ」
かくして、三人によって半ば強引に連行されるような形で、ゼロスの家へと突撃することになったのである。




