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おっさん、クーティーと遭遇する



 深夜、サントールの街の船着き場に、一隻のゴム?ボートが辿り着く。

 ルーダ・イルルゥ平原から帰って来たゼロスとアドも、さすがに長旅からの疲労からか顔色が悪く、言葉を出すのも億劫になっていた。

 そして、同時に地震による被害を受けた波止場の光景も目に入り、ますます顔色が悪くなる。

 

「……帰って来たな」

「帰ってこれたねぇ………」

「地震の被害……受けていたようだぞ?」

「そのようだねぇ………。崩れ落ちた建物がいくつか目につくよ。ただ、僕の記憶だと、確かあの辺りにあったのは比較的に古い建物だったと思うのだが……」

「もしくは手抜き工事の建物か? まぁ、こればかりは天災だし、人間の俺達にはどうすることもできんわな」


 石造りの建物や倉庫などは無事であったが、木造土壁造りの家屋は完全に倒壊しているか、あるいは半壊状態の無残な姿を晒していた。

 こうした被害も想定外の災害と、設計段階から問題があった建築技術がもたらしたものだ。だが構造が簡素だから片付け作業は容易のようである。

 被災した建物は解体され資材として一か所に集められており、再建するときの資材として再利用されるのだろう。

 ただ、瓦礫化した建物の建材を仕分けしした作業の的確さを見る限り、どうもドワーフ達が行った形跡が見て取れる。

 周囲にゴミ一つ落ちていないほど、異常なまで綺麗に分別整頓されていたのだ。


「積み上げられた建材にわずかなズレも見当たらない……。しかも清掃までして仕分けも完璧ということは、ドワーフの作業だねぇ」

「連中……普段は凄く大雑把なのに、仕事道具や素材や資材の管理は徹底してるからな。工具の一つでも置き忘れようものなら翌朝にはぶん殴られるんだ」

「新人はよく殴られていたよ。ブラック企業も裸足で逃げだすような修業を乗り越えなくちゃ、職人としての成功は見込めないんだろうねぇ」

「コンマ数ミリの凹凸も指先の感覚だけで読み取るんだぜ? 肉眼ですら判別できないのに、よく触れただけで分かるもんだと素直に驚いたなぁ~。それも異常なほどの経験を積んだ結果ということか……」


 ドワーフにとって仕事は誇りであり趣味だが、それゆえに手を抜くような真似は絶対に行わない。

 しかも恐ろしいことに小さな小屋を建てる時ですら、彼らはミリ単位での歪みや凹凸でさえも許さず、作業工程をよりハードなものにする情熱を持ち、よく言えばプロフェッショナル。悪く言えば仕事中毒のドM。

 より速く、より正確に、まるで精密作業機械に要求されるような精度で作業を進めるものだから、見習いの職人には着いていくことなどできるはずもない。

 新人の指導をするにも作業が高度過ぎて遅々として進まず、最初は怒声が飛び交い、やがて拳で性根を叩き直され、精神疲労を魔法薬によって強制的に正気へと戻さることにより、見習いたちは次第に洗脳――もとい仕事一筋のプロの職人へと育っていく。


「新人や見習いさん達は命懸けだから、真剣に技術を盗もうと必死になるあまり余計な思考を切り捨て、最終的に仕事のことしか考えられない職人になるんだよねぇ」

「ソリステア派とやらの工房でも、職人達は泣きを見ていたぞ。俺の作業が終わった頃には、気さくだった人達はブツブツと呟きながら作業するだけの人形みたいになってた」

「彼らの無茶につき合うとヤバイよ……。数週間でエンターテイナーに矯正されるからねぇ~、僕もヤバかったよ。ハッハッハ」

「エ、エンター…………テイナー?」


 どこぞのドワーフの土木会社は現場で歌って踊れる職人集団であったが、残念なことにアドは作業中に足踏みで音程を刻み、ダンシングしながら組み立て作業をするドワーフの姿など見たことがないので理解できなかった。

 そういった意味合いでは、ソリステア派の工房にいたドワーフたちは怒鳴り散らしながら拳を挙げるだけで、作業場で歌い踊らなかっただけまともなのかもしれない。


「話にだけは聞いているが、マジでいるのか? そんなドワーフが……」

「いるよ。ほら、よく耳を澄ませて聞いてみるといい。聞こえて来るだろ? 連中の奏でるリズムが……」

「………えっ?」


 言われてすぐに聞き耳を立てるアド。

 すると暗闇の先から一定のリズム間隔で指を鳴らす音が聞こえてくる。

 ゼロスは即座に『隠れるんだ、アド君! 見つかったら巻き込まれるぞ』と、腕を引きながら倉庫の陰に隠れた。

 宵闇に包まれた船着き場を、横並びに一糸乱れず小刻みにリズムを取り前進しつつも、指を鳴らしながら現れたドワーフ達。

 時折、片足を高々と上げながらジャンプ&スピンも混ぜ、なぜか全員が不敵な笑みを浮かべつつミュージカルの如きダンシングをしていた。


「ここ……船着き場だよな? いわゆる演歌でお馴染みの波止場ってやつだよな? 劇場の舞台じゃねぇよな?」

「若いのや……よく見ておくんじゃぞい。アレが……サントールの街が誇る踊れる土木作業員……。その名も、ハンバ土木工業夜間突貫作業部隊じゃあぁ! ゴー・ア・ミーゴ!!」

「なんで老人口調ぅ!? それより連中のダンスって、ミュージカルのウェストサイ……」

「勇気とツルハシ、情熱とハンマーが彼らのアミーゴなんじゃぁ!!」

「人の話を聞いてる!? まったく意味が分かんねぇよ!!」

「分らんか、若造。職人とは、魂と培った技術の合体じゃぁ!」

「ますます分らんわっ、なんで誇らしげに言う!!」


 おっさんは何度かハンバ土木工業の洗脳――いや洗礼を受けていた。

 そのためか、記憶の奥底に封印されていた建築ビルドスピリッツが覚醒し始め、なぜかドワーフ達の立てる音程に自然とリズムを取り出している。

 このままでは、ゼロスは器用にダンシングしながら倉庫の骨組みを建てているドワーフ達の中へと混ざりかねない。それほど労働に対する喜び(?)が無意識に刷り込まれていた。

 なんというか、目つきがヤバイ。


『こ、これがバイオフィードバック……。強制的に刷り込まれた働く意思が、ゼロスさんを労働者に変えるのか……ん? それって健全なことなんじゃ……あれ?』


 ドワーフ達の労働者を増産させる洗脳法に、アドは戦慄した。

 だが、よく考えると働くこと自体は間違いでなく、自給自足はしているが事実上無職のおっさんにとって良い事のように思える。


「それよりも、今は帰る方が先決だろ。この有様じゃ知り合いがどうなっているのか分からん。今は安否確認が最優先だ」

「はっ!? そ、そうだった……。なんか今、危険な方向に堕ちそうになっていた気が……」

「俺が言うのもなんだが、ドワーフ達との交流を控えた方がいいと思うぞ? ゼロスさんのことだからヤバイものを裏で横流ししてんだろうけど」

「失礼な。僕はただの栄養剤を正当な価格で販売しているだけだ。売ったものをどう使うかは、購入者のドワーフの親方次第だけどねぇ」

「それが一番マズイと思うんだけどなぁ……」


 いつまでもこの場に留まるのは危険と判断したゼロスは、ドワーフ達にいつから内容そそくさとその場を後にする。

 二人が立ち去った船着き場では、労働の喜びに酔いしれる夜間作業専門ドワーフ達の陽気な歌声を夜風に乗せ、早朝まで続けられたとか……。

 途中からエイトビートであったらしい。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 サントールの街、新市街を船着き場まで一直線に通る大通り。

 倒壊した建物は少ないものの、警備の損壊を受けた建物や半壊した建造物は幾つも見られるが、やはりと言っていいほどにハンバ土木工業の職人達がいい笑顔で復興作業に当たっていた。

 知り合いの職人ドワーフに遭遇することを恐れたゼロスは、裏通りを通って旧市街へと抜けようとしていた矢先、アドと共にそれと遭遇した。


「「…………」」


 裏通りに軒を連ねる家屋もまた大なり小なり地震の被害を受け、その後始末として瓦礫や木片などが道端に集められており、かつての小奇麗な裏通りとは思えない酷いありさまだ。

 その中には、持ち寄った食材で料理を作った時に出た生ごみを入れた屑籠も、廃材と一緒に置かれているのだが、その生ごみに頭から突っ込んで漁るメイド服の女性の姿があった。

 そして、おっさんにはそのメイド服の女性に凄く見覚えがあったりする。

 今にも潰れそうな――もとい、この惨状では既に物理的な意味合いで潰れているかもしれない魔道具店の店員。訪れた客に迷惑の限りを尽くす自称天才の迷探偵クーティーであった。

 しかし、彼女は今やただの不審者に成り下がり、正直に言って関わり合いになりたくもない。

 アドも見つかると厄介なことになりそうな予感から、声を潜めてゼロスと会話する。


『ゼ、ゼロスさん………アレって』

『アレはまだ僕達に気づいていない……。目を合わせれば勝手に友人扱いして、しつこく着きまとわられるから、気付かれないようにこの場から離れるんだ。気配を消すことも忘れるな』

『あの女……ソリステア派の工房で見かけたな。ドワーフの職人にタコ殴りにされてたっけ……』

『どうせ仕事もできないくせに、舐め腐った態度で職人達に向かって、『こんな簡単な事もできないんですかぁ~? ぷぷぷぅ~これだから凡人は駄目ですねぇ~。私に任せればちょちょいのぷぅですぅ~』とか、ドヤ顔で言ったんじゃないかい?』

『凄いな……その通りなんだが、なんで分ったんだ?』

『なんとなくだ』


 おっさんの脳裏には、クーティーがソリステア派の工房でどんな行動をとったのか、その情景がありありと見えてしまった。

 実姉のシャランラとは別方向で人の神経を逆なでる天才であるが、もの事を自己中心的に考え完結しているところは共通しており、他人の嫌がることを本能で嗅ぎつけダイレクトアタックをかましてくる。


 彼女の人を舐め腐った態度にムカついた職人達は、『おう、そこまで言うならやってみろや。その代わり、できなかったなら分かってんだろうな。あ?』と挑発に乗り、その結果クーティーは不良品を増産させた。

 当然ながら結果は散々で、『できねぇくせに舐めたこと言ってんじゃねぇぞ、クソがっ! 大口叩いたんだからできるまでやってもらうぜ』と作業を続けさせ、失敗したらぶん殴られるの繰り返しとなる。なまじ職人がドワーフだったから遠慮や手加減なんてものはない。


 これで反省すればいいのだが、クーティーは『こんなの天才の私には簡単にできますぅ~! できないのは職人さんの教え方が悪いだけなんですぅ~!!』などと煽る。

 当然だがドワーフ達はそんな甘ったれた言い分など聞く耳持たず、『技術なんてものは、目で盗んで覚えるもんだろうが。てめぇ、舐めてんのか!』と容赦なく叱責し、更に加えられる体罰は苛烈なものになっていく。あとはエンドレスだ。

 それでも五体満足なのだからクーティーの頑丈さには呆れたほどだ。


『彼女はどこでも人に迷惑をかける……。絶対に関わってはダメな人間だ』

『何となく俺も分かるが、どうする? 【透過ステルス】の魔法で姿を隠すか?』

『いや、彼女はああ見えて変なところで勘が鋭い。しかも悪い方向で妙に冴えわたるんだよ。姿を隠しただけでは安心できない』

『そうなのか?』

『彼女の雇い主であるベラドンナさんから、いろいろと話を聞いてるからねぇ。他人に嫌がらせをするために生まれてきたような存在だ』

『あっ、俺も本人から聞いたことある。しかし……そんなにかよ』


 そう、クーティーは普段はただの迷惑で図々しくウザいクズ娘だが、自分に都合のいい状況は本能的にというか直感で察知する。

 彼女にとって都合のいい状況とは他人にとっては大迷惑以外の何ものでもなく、直ぐに片付きそうな単純な案件もクーティーが関わると自分都合の独自解釈により、状況をより悪い方向へ複雑怪奇に悪化させるのだ。

 それを悪意なく行うのだからタチが悪い。


『背後を通り抜けるにも、ここで透過の魔法を使えば、おそらく彼女は即座にこちらを振り返る。まっすぐ帰るのは悪手だ』

『魔力探知か? いや直感スキルかも………ってことは、気付かれていないうちに迂回して逃げるという選択しかないんじゃないか?』

『正解、少しでもこちらが発見されるリスクを減らしたい。遠回りしてでも逃げるよ』

『面倒事の匂いがプンプンするからな……しかたがないか。もう少しで帰れるところだったのに』

『用もないのに突然現れ、無自覚で散々悪意を振りまいた挙句、しつこく着きまとってくる厄介者。それが彼女だ……。視界に入ったら最後、『憑イテク……憑イテク』と言いながらどこまでも追ってくる、最悪のステイヤーだ』

『それは……怖いな』


 アドも魔導銃の発火術式を製作する工房で、わずかな期間だがベラドンナと話をしている。その過程でクーティーに対しての愚痴を何度も聞かされていた。

 それゆえにゼロスほどではないが、クーティーの悪質さを多少なりとも知っている。

 だからか、ゼロスの『絶対に関わってはダメな人間』という言葉にも同意できる。なにせドワーフ達に殴られながらも全く進歩がなかったのだから。


『こっそりとこの場から離れるぞ』

『了解』


 ゆっくりと踵を返しこの場から離脱を試みる二人。

 だが、ゼロスとアドはクーティーを甘く見ていた。彼女は人が嫌がることに関しては妙に鼻が利くのだ。その嫌がることが自身に関してのことも含まれるのだから最悪である。

 背中を向けた瞬間に視線を感じるおっさんとアド。

 振り向いてはいけないと思うときほど、なぜか振り向いてしまうという典型的なお約束。そして二人は見てしまった。

 こちらを見ているクーティーの姿を……。


「「 な、なんか……やべ…… 」」


 ゴミを漁り続けて人生に悲観し絶望したのか、あるいはただ現実逃避していたのかは分からないが、彼女の目は虚ろであった。

 しかし、ゼロス達の姿を確認した瞬間、クーティーは笑みを浮かべる。

 実に悪魔的で醜悪なニチャァ~とした粘着質な笑みであった。

 正気を失っていたことでクーティーの本質が表にでたのかもしれない。


「クソ泥さんとクズ職人さんじゃないですかぁ~。ここで会ったのも何かのご縁、ありがたく天才な私の世話をしなさい。これは命令ですよぉ~」

「「 さっきまでゴミを漁っていた奴が、なぜ上から目線!? 」」


 先ほどの醜悪さはどこへやら、満面の笑みを浮かべ手をブンブン振りながら走ってくるクーティー。

 同時に逃げ出すゼロスとアド。


「やばい……あの女、俺のことを覚えていやがる。工房では話すらしてねぇのに……」

「自分にとって利用できると判断したとき、記憶力がめっちゃ冴えわたるんじゃないですかねぇ? しかも記憶を捏造するうえに思い込む。けど、これで分かったっしょ。関わっては駄目な相手だって……」

「向こうが関わろうとする気満々じゃねぇか!?」

「だから逃げるんだよぉ~、スモーキー。関わったら最後、どれだけシバキ倒してもしつこく着き纏ってきますからねぇ」

「タカリにしても悪質すぎるだろ!!」


 狭い路地裏では様々な物が乱雑に置かれており、そうした荷物が逃走経路の邪魔をしてゼロス達のチートな身体能力が生かせず、逃げる速度が制限されてしまう。

 対してクーティーはそうした制限がない。


「ひどい~、なんで逃げるんですかぁ~。私とお二人の仲なんですからぁ、おとなしくご飯を奢ってくださいよぉ~。あと住まいと毎日お小遣いをくださいぃ~」

「「 図々しすぎるだろ!! 」」

「ハッ!? まさか……私があまりにも美しいから照れてるんですかぁ~? 大丈夫ですよぉ~、こう見えても私はごく潰し相手でも寛容ですからぁ~。何なら貢いでくれてもいいんですよぉ~、これもいい女の宿命ですよねぇ~」

「「 そして厚かましい…… 」」


 クーティーの脳内では物事を自分に都合良く解釈する。

 ゼロスと遭遇したことも――。

『顔見知り』⇒『一人は一緒に仕事をした仲』⇒『つまりは友人』⇒『友人だったら、ご飯を喜んで奢ってくれますよねぇ~』⇒『お金も好きなだけ貸してくれるはずですぅ~』⇒『返せなくてもいいですよね。だって友人だもん』

 ――と、このように脳内変換されるのだ。

 そこに当事者たちの意思や意見が反映されないどころか、入り込む余地もない。


「追ってくるぞ、あの女……。途轍もなくヤバイな、ゼロスさん! 下手なストーカーよりも諦めが悪い」

「そうだねぇ~。それに……よく見るといい。特に蹴とばしたゴミ箱から飛び散る生ごみをね」

「えっ?」


 狭い路地とは言えゼロス達はそれなりの速度で走っている。

 当然だが、周囲の無造作に置かれた荷物やゴミ箱に足をとられ、うっかり蹴り飛ばしたりするのだが、勢いで壁に跳ね返りクーティーへと向かったゴミ箱の中身だ。

 彼女は空中で飛散する生ごみの中から、とりわけ食べられそうなものを瞬時に嗅ぎ分け、凄い速さで掴み取るとそのまま口へと運んでいた。

 リスや猿のように頬張り咀嚼している口元から、紫色の汁が流れているのをアドは目撃した。吐き気を催すほどの暴食ぶりだ。


「な、なんなんだよ、あの女! 飛んだ生ごみを目にもとまらぬ早業でシャクシャクしてんぞ!?  凄まじく意地汚ぇ、そして汚ねぇ!!」

「とんでもない悪食でしょ? 胃袋の中で寄生虫を飼いならしていると言われても、僕は驚かないけどねぇ。むしろ納得すらできるほどだよ」

「それ以前に、なんで生ごみ食いながらあの速度維持できてんだよ! おかしいだろ」

「いわゆる……変態だからじゃないですかねぇ? 何でも食いまくるから各飲食店でも嫌煙されているって話だ」

「そりゃ出禁くらうだろ……。あんな姿を見ちまったら納得するしかねぇ」


 クーティーも生きることに必死だ。

 ただ、その必死さを労働という形で金銭を得るならまだ可愛げもあるが、彼女はどこまでも他力本願を貫いている。

 他人に寄生しなくては生きていけない邪悪な生物なのだ。


「あれで善人の枠組みに入るんですから、不思議ですよねぇ~」

「ほぼ他人の俺達にタカるアレが善人? マジかよ……」


 ゼロス達を既にロックオンしたクーティーは、逃がすつもりはないといわんばかりに猛追撃をしている。しかも徐々にではあるが距離も詰まって来た。

 このままでは追いつかれるのも時間の問題である。


「なんで逃げるんですかぁ~。こんな絶世の美女が一緒に食事をしてあげようというんですよぉ~? ここは素直に御馳走するのが男性の流儀じゃないんですかぁ~?」

「「………」」

「まぁ~、逃げたくなる気持ちも分かりますよぉ~。なんせ、このクーティーさんが相手なんですからねぇ~」


 男二人は『相手にもよる』と言おうとしたが、クーティーに言ったところで理解すらしないだろうと諦め、喉元に出かかった言葉を飲み込んだ。

 それ以前に全身がゴミ漁りで薄汚れ、顔中に残飯を張り付け異臭を放つ女を美女とは到底呼べない。呼びたくもないし認めたくもない。

 それ以上にドヤ顔のクーティーに腹立つ。


「この誰もが羨む天才的頭脳……」

「「その頭に生ゴミが張り付いていやがりますが?」」

「男達を惹きつけてやまない、香しき匂い立つフローラルなフェロモン」

「「ハエを惹きつけてやまない、腐敗臭が漂ってますけど?」」

「美しいって罪ですよねぇ~。この知性と美貌を兼ね備えているせいで、誰も近づけないんですからぁ~」

「存在が罪だよなぁ~。」

「恥性と残念性を兼ね備えているせいで、誰も近づきたくないよねぇ……」


 逃げつ追いつつの間で交わされる噛み合わない会話。

 どうせ話が通じない不毛な会話だと分かっていてもツッコミを入れずにおけないのは、異世界出身者であるゼロス達の芸人根性からくるものか、或いは僅かながらでもクーティーに知性ある人間性を期待してのモノなのか……。

 しかし、このままつきまとわれてもゼロス達が困るだけだ。

 咄嗟に目配せして合図するおっさんにアドも気づき、無言で頷いた。


「さぁ、さぁ! さぁ!! 四の五の言わずにご飯を奢ってください。あなた達に拒否権はありませんよぉ~!」

「だが断る」

「僕達が最も好きなことは、究極の自己中が調子に乗って絡んでくることに対し、きっぱりNoと突きつけることだからねぇ」

「ふっふっふ、そんなことを言っても逃がしませんよぉ~。私は何が何でもご飯とお金と住む場所、ついでに快適な生活を提供してもらいますぅ~。これは私のような天才を損失させないための義務なんですよぉ」

「義務と来やがったか。しかも、しれっと要求が増えてやがる」

「何が何でもか……言っちゃいけないその言葉、後悔させてもらいますぜ」


 これ以上の問答は不要とばかりに二人は同時に振り返ると、互いの右手をクーティーに向けて翳し、魔法を発動させた。


「「【フラッシュ】」」


 突然の眩い光が路地裏を白く染めあげる。

 下手をすると失明しかねないほどの閃光をクーティーは直視してしまった。


「ひぎゃぁあああああぁぁぁぁっ!! 目が……目がぁああああぁぁぁっ!!」

「……これ、ヤバくねぇか? 失明してたら後味悪すぎるんだが……」

「彼女は街の住民から相当に嫌われていますからねぇ、よくやったと褒められることはあっても、責められることはないでしょ。むしろ表彰されるかもしれない」

「……この女、なにをやらかしたんだ?」

「毎日、飽きもせずに無自覚で住民達に迷惑を掛け続け、そのどれもが軽犯罪なために奴隷落ちにすらならないという。極めて悪質な愉快犯だ。余罪を含めるとかなり重い刑罰になりそうなんだが、本人にまったく悪気がないからどんな聖人でも自覚させるのも不可能なんだよ。うちの姉とは別口の吐き気を催す邪悪だ」

「本当に悪意がないのか? この図々しさでか!? マジもんのサイコパスだろ」


 悪意がない――普通なら犯罪だと断言できる行為ですら、クーティー自身は自覚していない。理解する気も皆無だ。

 そもそも彼女の脳内では自分を究極の天才だと思い込んでおり、自分以外の人間はすべて無能と断定していた。厄介なことに跪き自分を崇め奉る矮小な存在であると本気で思っている。

 何をどう考えればそこまで増長するのかは不明だが、一国の王ですら頭を地面につけて教えを乞うものだと認識しており、他人の言葉に一切耳を傾けないどころか頭に入ってもすぐに忘れる。勿論だが学習もしない。

 思い込みが激しいとか、そういうレベルを限界突破した怪物なのだ。

 身勝手な泥ママや、頻繁に不倫を繰り返す馬鹿夫といった連中が法律で裁けるだけまだマシといえるだろう。少なくとも彼らは民法や刑法を持ち出せば黙らせることが可能なのだから。

 おっさん的には、悪意を隠さないだけ姉であるシャランラの方がマシと思えたほどだ。


「彼女は自分が悪事を働いているという認識がない。理解力が極端に乏しいというか、根本的なところで自分以外の人間を見下している。そして……その自覚も一切ないのが一番の問題なんだよ」

「善悪や倫理観というものがないのかよ! いや、ある意味で超越してる!?」

「人並み程度の倫理観は一応だけど持っているみたいなんだが、その範疇から自分を除くというか、自分が人間の枠組みから超えた特別な選ばれた存在だと本気で思いこんでいるようなんだよねぇ。……ただの獄潰しなのに。中二病罹患者もここまで酷くないよ」

「………精神科の医師に診てもらった方がいいんじゃね?」

「間違いなく医師は匙を投げるよ。六十八億三千万本ほど……」

「手の施しようがないほど重傷ということか……」


 転げまわるクーティーの姿を眺めながら、アドはげんなりとした表情を浮かべていた。

 善人でありながら、これほど邪悪な人間など他にいないであろう。


「さて、目が眩んでいるうちにさっさとここから離脱しよう。復活されても面倒なだけだし、回復するまで待つ必要は僕達にはないからさ」

「そうだな」


 二人ともにこれ以上クーティーに関わりたくなかった。

 ただ、他人の嫌がるところを直感的に察しする彼女の特性から、帰宅する方角というヒントすら与えたくないと考えたおっさんは、狭い路地を三角飛びの要領で壁伝いに屋根まで飛び上がり、隠密スキルを駆使して遠回りをするルートで離脱を図る。

 アドもゼロスに続いた。


「ここまでする必要があるのか?」

「彼女には瓦の音というヒントすら与えたくないんだよ。家の方角を知られたら、そこから虱潰しに探しかねないからねぇ。住処を特定されるのも時間の問題だ」

「執念深いな」

「『探偵は情報を足で稼ぐ』という小説のセオリーを忠実に実行するんだ。変な方向で根性があるから、家がバレたら最悪だよ……。まぁ、得た情報から的外れの推理をおったてるんだけどねぇ」

「駄目じゃん」

「困ったことに自分の推理に絶大な自信があってねぇ、的外れな推理を真実にするべくしつこく付き纏う。これでノイローゼになった被害者が数多いという話だ」

「冤罪じゃねぇか! あの女………本当に善人なのか? 存在そのものが悪魔だろ」

「だから言っただろ? 『吐き気を催すほどの邪悪』だって。アレはおそらく断頭台の錆と消えても自分の罪を理解することはないだろうねぇ」


 おっさんはとうとうクーティーを『アレ』呼ばわりした。

 存在そのものを否定するような言い方など、それこそ実の姉であるシャランラを除いていなかったのだから、クーティーはかなりのものだろう。


「さぁ、痕跡を残さないように逃げるよ」

「この世界に来てからというもの……碌でもない奴にしか出会わねぇな」

「アド君や、それは僕も含まれているのかねぇ? 三十六時間ほどじっくり話を聞きたいところなんだけど?」

「自覚してんなら変な行動は自重しろや!」


 こうして二人は一時間ほどかけて遠回りをし、何とか自宅へと帰りついた。

 まぁ、アドに至っては深夜も廻っており、ソリステア公爵家の別邸に戻ることもできず、ゼロスの家で一泊することになったが。

 その翌朝、アドは全速力で愛する妻と娘の許へと向かったという。

 

 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 イサラス王国。

 現在、ソリステア魔法王国とアトルム皇国の支援を受け、魔導式モートルキャリッジの部品製造工場が急ピッチで建設されている発展が目覚ましい国である。

 先の地震でも目立った被害はなく、建設作業もいつも通りに進んでいた。

 そんな建設現場を、ヘルメットを被ったルーイダット・ファルナンド・イサラス王は視察していた矢先に、その一報は届いた。


「陛下! 陛下はいずこに居られますか!」

「なんだ。今、陛下は視察中であらせられるぞ! 報告であれば城でも良かろう」

「待て、ここまで来たということは緊急を要するということであろう? どれ報告を申してみよ」

「ハッ、メーティス聖法神国が聖都、【マハ・ルタート】がドラゴンの襲撃を受け崩壊しました。国の中枢を失ったことで現在国内では混乱が拡大中とのこと」

「「!?」」


 メーティス聖法神国は宗教国家であるが、同時に権力が聖都に集中した集権国家でもある。領土を持つ貴族もいるが、上層部から派遣された役人が領地経営を取り仕切っており、名前だけの領主が口を出すことはない。

 全てが国の中枢からの命で動いているためか、マハ・ルタートが壊滅したとなると国内が荒れることは容易に予想できる事態であり、イサラス王国から見れば好機到来と言えるだろう。

 だが、現実はとても厳しい状況であった。


「早すぎる……。まだ軍備は整っておらぬぞ。兵站も揃わぬ今の状況では、出陣を許可するわけにはいかぬ」

「しかし、この好機を逃すわけにもいきませぬな」

「ソリステア魔法王国からの支援状況はどうだ?」

「保存食――缶詰が毎日のように運ばれておりますが、全軍に行き渡るほどではありませぬ。持ってひと月―――戦線を維持できなければ敗北は必至でしょう。勢い任せで侵攻して逆に結束を固められるわけにもいきません。ここは聖法神国の混乱状況がどこまで広がるか、様子を見た方が良いかもしれませぬな」

「急いては事を仕損じる……か。悩ましいものだ」


 国の中枢が失われても、まだメーティス聖法神国には指導者に相応しい者がいる。

 例えばガルドア将軍を含めた聖天十二将といった将軍だ。


「聖天十二将はどう動くか、ここも問題であるな」

「警戒すべきはガルドア将軍と残りの二人くらいでしょう。先のアトルム皇国との戦争と、ルーダ・イルルゥ平原での戦いで半数が戦死しております。生存者もいますが、将として戦場に立てる者はいないとか……」

「ガルドア将軍か……。こちらに引き入れることは可能か?」

「陛下! それは、まさか……」

「老将だが人望も厚く、あの国では珍しく高潔な人物と聞く。我が国の将として働いてくれぬものかな」


 ルーイダット王はガルドア将軍の引き抜きを本気で考えていた。

 だが、気がかりなことがもう一つある。


「【アーレン・セクマ】将軍はどうします?」

「ガルドアと対立している将軍であったな。その者はいらぬ……。暗部からの情報通りの人物であったら、我らを平然と裏切るであろうよ。こちらの寝首を掻きに来るかもしれん」

「噂では血連同盟と繋がりがあるという話ですからな。それに、あの者は若いながらも野心家で、危険な男とか。まだガルドア将軍を引き抜きの方が現実的です」

「この混乱は広がるであろうな。特にアーレン・セクマにとってもまたとない好機であろう」

「……暗部には、できるだけ早くガルドア将軍との接触を急がせましょう。同時に侵攻の準備も急がせます」

「うむ……。中原の混乱がどう動くのか、同盟国との情報共有もせねばならんな。何とも忙しくなりそうだ………」


 大国の崩壊が齎す影響は、周辺国にも多大な影響が出そうであった。

 戦乱の暗雲がどこまで広がり続けるのか、今は誰も知らない。


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