おっさん、アドと共に帰宅中
獣人族によるメーティス聖法神国への反撃――あるいは殲滅戦争はとりあえず終わり、ゼロスとアドは軽ワゴンでルーダ・イルルゥ平原を四日ほど激走し、五日目にしてオーラス大河を下りながら一路サントールの街へと帰宅中であった。
帰りは河の流れに任せるだけなので、出発時のウォータージェット推進による激走ぶりはなく、比較的ゴム(スライム)ボートは穏やかに進んでいた。
「………ゼロスさん」
「なんだい?」
「俺が思うに、メーティス聖法神国を直で横断した方が早く帰れたんじゃねぇか?」
「軽ワゴンで? それとも88mm砲搭載の輸送トラックでかい? あんなもので大国を横断したら話題になるだろうし、いずれ他の権力者に情報が届くことになる。君は多くの国から差し向けられたスカウトマンに追いかけられたいのかい?」
「それは嫌だな……」
「でしょ? 面倒なリスクは僕も背負いたくはない」
最愛の妻と娘に一刻でも会いたいアドの疑問は、ゼロス達転生者に大きなリスクとなりかねない。
比較的地震の少ない地域での突然の大揺れに対し、家族を心配したアドが冷静さを失い口にした疑問の言葉だったが、指摘されたことで少し冷静になれた。
一日前は、『待ってろよぉ、ユイ……かのん! 俺は今から帰るぞぉ!!』と、飲まず食わずに軽ワゴンのアクセルをベタ踏みの大爆走をしており、人の話など聞く耳すら持たない状態であった。
しかも軽ワゴンの動力である魔力が切れたら自身の魔力を使用し、枯渇状態になる前に何本もマナ・ポーションを飲み干し、オーラス大河ですら泳いで下ろうとする有り様だった。
そんなアドもサントールの街が近づいてきたことで平静を取り戻してきたようである。
「有名にならなければ、ただの酔狂な魔導士って押し通せるんだよ。多少は人目についてもいいけど、悪目立ちだけは避けるべきでしょ」
「それ、ただのマッドって言わね? 手遅れ感もあるけど」
「適当に誤魔化して、それで駄目なら屁理屈で乗り切るさ。煙に巻くのは得意なんだよ、喫煙者なだけに。フフフ……」
「面白くねぇぞ。どこの馬っ娘会長だよ」
落ち着いたとはいえ、アドの口調には逸る感情が見え隠れしている。
それだけ家族のことが心配なのだろうが、だからといってウォータージェットを使用すれば前回と同じ末路だ。生死を綱渡りするような川下りなどしたくもない。
しかし、このままではアドが焦れて暴走しかねないことも確かだ。
「このままのんびり川下りだと、サントールに到着するまで数日かかりそうだよねぇ。アド君が暴走して川に飛び込まれても困るし、どうしたものか……」
「いくら俺でも、そんな馬鹿な真似はしない。まぁ、確かに暴走はしてたけど今は冷静だ。それに飛び込んだら溺れるだろ。オーラス大河の流れは見た目以上に速いようだしな」
「その冷静さは、オーラス大河を下る前に取り戻してほしかった。僕が君の首に縄を括って止めたアレは、いったい何だったのか……」
「本当に悪かったよぉ、何度も言わないでくれ! 記憶にないから余計に罪悪感が……」
そう、家族を心配しすぎて暴走していたアドは、オーラス大河に飛び込もうとしていたときには既に正気ではなかった。
おっさんが咄嗟に投げ縄で止めに入った結果、当然のごとくロープの輪が首を絞め気絶し、その隙にゴムボートに乗せたのである。
言い換えるならば、そこまでしないと止まらないほど酷い興奮状態だったのだ。しかも四日も寝ずに運転していたので精神状態が危険領域に到達していたオマケつきだ。
「なまじチートだから、あまり疲労感を感じずに四日間の大爆走ができたんろうねぇ。よく休めただろ?」
「ゼロスさんなら俺よりも長く暴走できるだろ」
「したくはないんだけど? あの時のアド君には鬼が宿っていたなぁ~……」
「ごめん、記憶にない……」
「だろうね。それよりこのペースだとアド君がユイさんに会いたい一心で、うっかりでガ●の扉を開きそうなインパクトを起こしかねない」
「しつこいなぁ、しねぇよ!! つか、できねぇよ!!」
アドは否定したが、正直に言って信用できなかった。
実際に暴走しており、今は比較的に落ち着いているものの、サントールの街に近づけば陸地に着く直前に飛び出していきかねない。
「別邸とはいえ頑丈な貴族屋敷に住まわせてもらっているんだから、ユイさんは無事でいると思うよ? 先ずは落ち着いて行動しようよ。それに日本人なんだから地震には慣れてる。危険と判断したら安全な場所に退避するんじゃないかねぇ?」
「そう言えばユイの奴、昔から地震を揺れが起こる五分前に察知することがあったな……。凄く勘が働くんだ」
「野生動物並みの直感!? その勘の鋭さが獲物(アド君)を追いかけるときに働いているんじゃないかい?」
「…………だから道に迷った俺を直ぐに見つけられたのか。なんで今まで気づかなかったんだ」
「身近にいすぎた結果じゃないかい? 森に木が存在していることを当たり前と思うように、君は傍にユイさんがいることを当然と認識しているんだよ」
「それ……既に洗脳調教済みって言わね?」
「否定はしない。現に君は彼女にぞっこんじゃないか」
「ま、まぁ……」
野郎のテレ顔なんか見てもちっとも萌えないおっさんだった。
アドは長いことユイの傍で暮らしていたためか、彼女の勘の鋭さを異常だとは思っていなかった。
勘が鋭いという軽い言葉では済まされないほど、ユイの勘は第六感を超えた超常的で異質なものだった。これも愛のなせる業なのかと思うと怖くなる。
ゼロスに言われて、初めてその事実に気づく。
「話は戻すが、この辺りは地震が少ない地域だ。体に感じる揺れすら稀な土地で、耐震性に優れた建物が多いとは思えない。石造りの頑丈な建築物ならともかく、民間の家屋は被害を受けている可能性が高いと思うし、このままのんびり川下りというわけにもいかないだろうねぇ」
「なぁ、よく考えてみればゼロスさんの話は推測であって、根拠があるわけでも確定しているわけでもないよな?」
「確かにアド君の言う通り、推測や憶測に思われるが根拠がないわけじゃない。だが推測が外れても笑い話で済むだけだろ? どのみち早く家に帰りたかったし、最悪を想定して行動しても無駄じゃないのさぁ~」
「つまり、何事もなければ俺はゼロスさんの口車に乗せられただけになると?」
「何事もなければそうなるねぇ。けど、それを証明することは今の僕達にできない」
ゼロスにこう言われると、一人で慌てていたことが馬鹿みたいに思える。
だが、地震は広範囲に及び、しかも未だに余震は続いていた。
確かに最悪を想定して行動することも間違いではないのだが、この胡散臭いおっさんに乗せられているのだと思うと釈然としないものがあり、何とも言えないモヤモヤ感が胸の内でくすぶっていた。
「んで、早く帰るとして、どうするつもりだ? まさか、またウォータージェット推進の船外機を使うつもりか?」
「普通に小さい魔石を動力源にして、直線で加速させればいいんじゃね? 魔石に内包された魔力が少なければ、必然的にスピードは出ないもんだし」
「普通に? なぁ……出発の時に船外機に組み込まれた魔石は、いったいどういった代物だったんだ?」
「複数の魔石を高密度圧縮して、内部に魔力出力の伝導を円滑に行う術式を組み込んだものだよ。まさか制御できないほど出力が上がるとは思わなかった」
「それは別に加工した魔石でなくてもよかったってことか? 話の限りだと、何の細工もしていない魔石も組み込めるってことだよなぁ?」
「最初は【賢者の石】を流用しようと思ったんだよ。魔力を込めれば何度でも使えるし、ちょっとした電池代わりになるかと思ったんだよねぇ」
「………それをしなかったのは、賢者の石の数が少なかったか、あるいは使うのを勿体なくなったってところだろ」
「そんなところ。まぁ、賢者の石だったら間違いなく吹っ飛んでいたね~、命拾いしたよ」
内心では『アンタが作ったんだろ』とツッコミを入れたいアド。
時々このおっさんを無性に殴りたい衝動に駆られるが、反撃されるだけならともかく逆恨みされると後が怖いのでグッと堪える。
そんな彼の心情など知らず、ゼロスはインベントリから釣竿を取り出すと糸にルアーを取り付け、軽いスナップで水面に投げ込んでいた。
「と言うわけで、これが魔石ね。船外機のカバーを外せば簡単に組み込めるから、交換作業は君に一任するよ」
「俺がかよ!」
「君がだよ」
船外機によるボートの加速を折アドに押し付け、おっさんは煙草に火を灯しながら釣り糸に集中。
しばらくの間蛇行する河の流れに身を任せ、無言の時間を過ごすこととなった。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
【神域】――そこは時間の概念から外れた高位次元生命体が管理する領域。
システム管理と調整に忙殺される天使や多次元からの助っ人である下級神たちは、複雑怪奇に結びついた異界の理を紐解くのに苦戦しながらも、確実に修復を進めていた。
だが、長らく放置状態であった事象管理システムは、異界の理と密接に絡みついてしまった修復不可能な個所を発見してしまい、修復作業に当たっていた神々を悩ませることになる。
「アルフィア様、ここの箇所はもう完全にシステムに定着しています。今さら取り除くのは不可能ですよ」
『召喚された魂の回収はどうじゃ?』
「そこは何とか分離することに成功しましたが、管理システムの根幹に食い込んだ異界理概念はどうしようもないですね。何とか整合性がとれるよう調整してみますが……」
『今までのような歪んだシステムであるよりはマシじゃろ。問題は、多くの生命体にどのような影響が出るかじゃな。回収した魂の選別状況はどうじゃ?』
「確認できただけでも、二十七か所の多次元世界から召喚されていますね」
「ルシフェル様、新たに確認された次元座標が……。これで召喚された世界二十八世界に増えました。また、この次元世界の事象プログラムが厄介で、この世界のシステムと相性がいいのか、修復プログラムに弾かれずセフィロトシステムに完全に結合しています」
「またですか……。この世界と根幹が異なる世界なら簡単に魂の回収ができるのに、似通った事象世界同士のプログラム結合は面倒ですね。魂は回収できてもシステムに残留プログラムが残されて正常化を困難にしてしまいます」
『この世界と似た世界の理であれば、不必要な個所を消去して取り込んでも良い。ただ、緻密な調整が要求されるがのぅ……。まぁ、これは我が行おう』
「お願いします。こればかりは私達には無理ですので……」
本来、この世界に異常がきたした場合にのみ召喚される抗体(勇者)は、召喚される世界と召喚する世界との間で事象に適応できるよう調整され送り込まれる。
とは言え、それが可能となる世界は隣接する次元世界が優先されるのだが、四神教の行った勇者召喚はランダムであったために、召喚された世界の選別作業を難しくしていた。
例えば、魔法が存在しない目に見えて根幹が異なる世界から召喚されたのであれば、勇者の魂を回収することが比較的に容易なのだが、魔法に近い簡易事象操作を可能とする世界の魂は悪い意味でこの世界の事象管理システムとの相性も良く、摂理に取り込まれシステムの一部となってしまうのが厄介だ。
どれだけ似ていても所詮は非なる世界のため、異なる事象部分が長い時間を掛けてバグを誘発させてしまい、しかも防衛プログラムに弾かれることなく残留し、この世界の事象に反映されてしまう。
魔物の異常進化の原因がこの影響によるもが大きい。
『……その影響が神域に届いていなかったことが幸いじゃったのぅ。惑星管理領域である【聖域】には影響が出ておるようじゃが……』
「あの愚か者達は聖域にいたのに、なぜ気づけなかったのでしょう? これほど分かりやすく影響が出ていますのに………」
『所詮は四分割にされた管理権限じゃったからな。急造の管理者モドキじゃし、連中自身にも妙な影響が出ておったのではないか? 今となっては知りようもないのじゃが』
「何にしても、召喚被害を受けた世界が判明していることは大きいですね。急遽制作した選別プログラムもうまく働いていますし、彼らを元の世界に送り返す作業が捗ります」
「報告! 新たに判明した次元世界の魂を確認しました。これで確認された多次元世界の座標は三十二か所目です」
「『 急に増えたぁ!? 』」
アルフィアは今まで得た情報からこの世界の事象システムのアップデートが急務と感じていた。
全ての生物に影響を与えている【レベル】・【スキル】・【職業】・【称号】・【進化】と、かつての世界では存在していなかったゲームのごとき事象概念が既に顕在化しており、今さら取り除くことなど不可能に近い。
こうした事象概念の全てが召喚された抗体(勇者)に付与された能力と、魂の記憶に残されたゲーム概念を取り込み顕在化したもので、摂理の一部として完全に取り込まれかけていた。
既にほとんどの生命体に影響を及ぼしているため、変質した世界から取り除けば多くの生命体の魂ごと浄化を施さねばならず、一度完全に滅ぼして過去にさかのぼり歴史を書き換えるなど手間である。面倒なので事象の書き換えなどやりたくもない。
もはやこの世界に定着してしまい、動き出してしまった流れは取り消しようがない状態だ。ただこれにもメリットがあった。
アルフィアの本来の役割は、多くの生命に宿る魂の進化を促すことであり、いずれは高位次元生命体へと至らせることである。
現在の事象が崩壊しかけている状況は危険だが、それが数多くの生命体の魂に進化を促していることも事実で、前記の面倒事を除けば実に好都合といえるだろう。
これを踏まえても全てを元通りに戻すのではなく、受け入れたうえで新たな世界へと作り変えた方が建設的であり、より多くの魂達が高次元へ至る資格を得ることが可能となるのだ。まさに不幸中の幸い。
『このゲームシステムのような理は使えるのぅ。問題は急激な成長により魂に負荷がかかり、肉体が耐え切れず自滅することじゃ。自滅した前例を過去の事例から調べ上げ数値化すれば、システムに組み込むことで進化種を生み出せよう』
「ですが、魂魄に多大な負荷がかかりますが? 我が主もそれが問題で自分の監理する世界にこのシステムに組み込めませんでしたから」
『ルシフェルよ、うぬらの世界は実によくできておる。魔力を生成するシステムが構築できぬ若き神の身で、良くあそこまでの世界を構築できたものぞ。知的生命体の多様性は目を見張るものがある』
「主より若い世代のアルフィア様に言われても、落ち込むだけだと思いますが……」
『まぁ、我は例外といえようのぅ……。前任者の能力を引き継いだだけじゃし、むしろ自身と同質の後継者を作り出せた我が創造主が異質なのじゃろう。人格も異質のようじゃったが………』
魔力という力は、実は高次元に存在する特異なエネルギーが変質したものであり、それを三次元世界で生成できる物質は存在していない。
それを可能とするのが、強力な力を保持する進化した知的生命体の魂魄であり、三次元で魔力が満ちた世界の動植物は魂魄から漏れ出し、惑星中に蔓延した結果に過ぎない。
若い神であれば偶発的に魔力に満ちた惑星を創造することもあるが、意図的に創造することが可能な神は、かなり高位で古い存在とされる。
もしくは高位の神によって創造された後継者だ。
「あ~……だからラグナロクで私達の肉体が失われたとき、地球から魔力が徐々に消滅していったんですね。魔力を生成放出する存在がいなくなったから……。今じゃ疑似的な肉体を構築するだけで精一杯ですからね」
『さよう。むしろ、準々次元生命体を生み出しただけ、うぬらの世界の管理者が優秀でると言えような。まぁ、粋がっていたわりに自分達が引き起こした戦争で自滅した愚かさと、その後は管理者に扱き使われるだけの存在に成り下がったのは、正直いただけぬ末路じゃがな』
「所詮、元は人ということですか? そう言えば、我が主は前任の観測者を『先輩』と呼んでいましたが、仲がよろしかったのでしょうか?」
『仲? それは性的な意味でかのぅ』
「えっ♡」
『えっ?』
アルフィアの何気に言った冗談は、ルシフェルさんの隠れた性癖を明らかにしてしまった。
見た目が美人で、仕事も能力的にも優秀な人物であるのに、まさか腐女子という意外で残念な一面があるとは思いもしなかった。
これも人の業というものであろうか。
『……うぬはまさか、某同人誌即売会の常連ではないじゃろうな?』
「なんで、そんなことを知っているんですかぁ!? 偶に我が主のサークルとかち合いますけど……あっ」
『……………』
萌えを追求して失敗しアルフィアを封印した創造主、そんな創造主を『先輩』と呼び慕っていた観測者、その観測者が創造した世界の出身者とそれぞれ業が深い。
連綿と受け継がれていく萌えの追求という名の深淵。そんな業の結果この世界が崩壊しかかった一因だと思うと、泣きたいほどに情けなくなってくる。
『…………趣味もほどほどにな』
アルフィアにはそれしか言えなかった。
そんな彼女の心境などお構いなく、管理システムの修復作業は勧められていった……。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
ゼロスとアドを乗せたゴムボートはオーラス大河を順調に下っていた。
崖に囲まれ蛇行する渓谷を抜け、比較的直線に近いなだらかな場所は魔石を使い船外機で加速し、川底から水面に突き出した岩にぶつかりそうになりながらも、彼らは思っていたよりも早くサントールの街に近づいている。
「………アーマーフィッシュか。これは肉に臭味があるから、いらね」
「それ、鱗が結構高値で売れた気が……」
「防具の素材にするにも、一匹や二匹じゃ足りないでしょ。しかも大きいいくせに食えない魚ときた。リリースするに限る」
「食えないなら畑の肥料にすればいいんじゃね?」
「うちは鶏糞で発育がいいから、わざわざ肥料を作る必要がない。雑草も食ってくれるし」
「コッコって役に立つんだな」
卵以外は食えない鶏として有名なコッコも、ゼロスの家では畑の守護者だ。
雑草や害虫だけでなく不法侵入者も駆逐してくれ、フンは畑の肥やしとなる大変ありがたい益獣である。ただしこれはゼロスの家がおかしいだけだ。
普通のコッコは凶暴なだけで弱い生物なのだから。
「コッコって、あんなに頭が良かったっけ?」
「彼らが異常なんだよ。いや、もしかしたら新種になるのかもしれないねぇ」
「繁殖したらヤバくね? あんな武闘派生物が世界に拡散したら、人間なんて相手にならねぇだろ」
「武闘派だけならいいんだけどね……。中には回復魔法を術式なしで使う個体もいるんだよ。凄いよねぇ」
「暢気だな……。生態系がぶっ壊れるような真似はしないでくれよ」
「大丈夫じゃないかい」
確かにコッコ達は強いが、それ以上に強い存在をゼロスは知っている。
極端な例を挙げるのであれば【龍王】と呼ばれるドラゴンだ。
文明という枠組みの外は弱肉強食の理が蔓延り、ウーケイ達よりも強い魔物は存在する。
強さの幅はインフレを起こしたかのように極端で、いくらコッコ達が強くとも無敵であり続けることなどできるはずもなく、無謀な戦いを挑めば敗北は必至だ。
また、病気や小さな生物の猛毒・寄生能力など、死に至らしめる要因はいくらでもある。
「……なるほど、病気なども考えられるか。あっ、ここから加速しないと」
「だから心配する必要はないんだよ。生物である以上、死因となる要素はどこにでも転がっているし、それは人間だって変わりない。確かに僕もアド君が言うようなことを考えたことはあるけど、よくよく冷静に考えてみるとさ、自然の法則性から逃れられない限り心配する必要はないんだよねぇ」
「なら、その自然の法則から外れた存在になったら?」
「それって、どういった存在のことを指すんだい? 殺しても何度も復活するとか、物理法則を無視した圧倒的な攻防能力を保有しているとか、そんな存在を果たして生物の枠組みとして見れると思う? アンデッドだって魔力というエネルギーにより派生した現象の一つなんだよ? むしろ膨大な魔力を持つ僕達の方が生物の枠組みから外れている。龍王クラスに二人で勝ったんだからさ。常識的に考えてあり得ないことだよ」
「………マジ? 俺達……化け物の部類に入るのか?」
「認めたくはないが、少なくとも僕はそう思っているよ」
ゼロス達が倒した龍王――【ブリザード・カイザードラゴン】は、その巨体に見合う力と防御力を備え、それに比例した圧倒的な魔力を内包した生物だった。
しかしゼロスやアドは人間サイズで、身体能力は超人並みのうえに膨大な魔力を保有している。どう考えても生物の輪組から外れた存在だ。
特に魔力をエネルギーとして見た場合、龍王はその巨体に内包できるキャパシティーを持っていると断言できるが、人間サイズのゼロス達にはそもそも膨大な魔力を内包できる許容などない。『なら、どこへ魔力を溜め込んでいるのか?』と疑問に思う。
普通の人間であれば、膨大なエネルギーを内包した場合内側から破裂する。耐えられるはずなどないのだから。
「アド君はどう思う?」
「魂……じゃないのか? 魔力を体に内包できないなら、引き出しているのは魂くらいしか考えられないだろ。ファンタジー的に考えてさ」
「魂ねぇ……でもそれってさ、僕達の存在が邪神ちゃんに近いってことになるよ? 彼女はあんな小柄な体格で惑星など簡単に消し飛ばせるんだから」
「うっ………」
「君は忘れているかもしれないけど、邪神ちゃんは僕達のことをこう言っている。【使徒】ってね。この意味、君なら理解できるだろ?」
【転生者】=【使徒】――つまりは人でないモノの証明。
あるいは、人間に近いなにかだ。
「つまり、人でなしってことだねぇ」
「急にクズの証明に変わった!?」
「真面目な話、この世界に送り込まれた時点でどんな調整が施されたのか分からないけど、生物の枠組みから逸脱していることは間違いない。寿命………どうなんだろうねぇ」
「あの……ゼロスさん? 俺達、まさかとは思うけど長命種族? エルフ並みに長生きとか………」
「あるいは短命種族かもねぇ。膨大な魔力のせいで肉体の劣化が早かったりして……」
「マジで?」
生まれながら魔力保有量の高い種族は長命である。
エルフやドワーフ、ルーフェイル族など数は少ないが寿命の長い種族は、生まれながらに魔力の循環率が人間よりも優れ、健康のままであれば他の種族の倍の年月を生きることができる。
長命種の条件の一つが魔力保有量の高いことにあることは判明しており、その条件だとゼロス達も充分に当て嵌まる。しかし保有魔力を増やすことが長命になるとは限らない。
成長以外で急激に魔力保有量を引き上げることで寿命が縮む可能性も捨てきれず、実際人族の中で魔力枯渇状態でないにも拘らず、マナ・リキュールポーションを飲み死亡した例もある。
ただ、これが許容魔力量を超えたからなのか、たんに急性アルコール中毒だったのかは謎だ。どちらか判明しない以上、ゼロス達が長命種か短命種なのか判断が難しい。
「長命種だったらどうする? ユイさんやかのんちゃんより長生きして、子や孫の死に目を見届けることになるかもよ?」
「それ、なんか嫌だな………」
「まぁ、ユイさんに先に逝かれても再婚するくらいできるでしょ。娘に何を言われるかは知らんけど」
「やめてくれよ。もしそんなことにでもなれば、ユイの奴は怨念をまき散らしながら地獄から戻ってくるぞ。『浮気ハ許サナイィィィィィッ!!』って叫びながら……」
「そんなにぃ!? どんだけ愛が重いの!? そして天国じゃないんだねぇ!」
嫉妬心より激しく、執着心は妄執か怨念のごとく深く、重く、暗い。
だが、ユイのこうした感情はアドだけに見せるもので、10分おきのメール返信を求めてくるとか、浮気を疑い他の女性の影を毎日探さないだけユイはアドに対して配慮している。
まぁ、束縛という点では共通しているように思えるが……。
そう思うと極端に一途ではあるものの、夫を支えることを優先しているデキた妻といえよう。メンヘラとかヤンデレのようなアタオカとは少し違うのかもしれない。
「素朴な疑問だけど、アド君ってモテる方かい?」
「さぁ? 告白されたことなんかないからな。自分だとよくわからないが、なんでそんなことを訊くんだ?」
「いや……ユイさんが過剰なまでにヤンデレ落ちした原因ってさ、君が学生の頃にモテてたんじゃないかと思ったんだが……違うのかい?」
「言われてみると、俺に対して執着が酷くなってきた頃って、中学から高校卒業の間だな……。ひょっとして俺、モテてたのか?」
「そうなんじゃない? たぶんだけど、偶然君に片思いする女子生徒を見かけて、それが何人も続いたから独占欲が出たんじゃないかと思う。そして外堀を埋めるべく行動を開始したと」
「外堀……」
「つまり、ニブチンのアド君にやきもきして、『待っているだけじゃ負ける、攻めろ!』って結論づけたんじゃないかい? それが悪化したと………」
乙女心の超鈍感なアドにユイが危機感を持ち、実力行使に出たとではないかとおっさんは推測する。何らかの原因がなければ普段の温厚そうな彼女とは行動が結び付かないのだ。
その推測を肯定するかのように、アドは『そう言えば数人の女子が俺を見ていた気がするが、アレって俺に好意を持っていたからなのか? てっきり制服にゴミでもついていたんじゃないかと思ってた』などと呟いていた。
そんな彼に対しておっさんは『爆死すればいいのに』などと思っていたが、口には出さなかった。
「全っ然、気づかなかった……」
「この天然スケコマシめ、経絡秘孔でも突かれてひでぶればいいのに……」
「中高生の頃なんて恋愛二の次で大抵は自分優先だろぉ、気付くわけねぇよ! 告白でもされれば真剣に答えたと思うけど」
「その鈍感さがユイさんの負の暗黒面に成長or膨張させたんだろうねぇ。今の状況は君が招いた可能性が高いよ。せいぜい重い愛に押し潰されるがよいわ!」
「なんでアンタが嫉妬してんだよ! ゼロスさんには嫁さん候補が二人もいるじゃねぇか!!」
「いや~、僕が学生の頃……クソな姉に初恋を潰されてねぇ……。それっきり女性に縁がなかったんだわ。いいよねぇ~、嬉し恥ずかし青春の日々。あの頃の灰色な日常を思い出すとさぁ~、素直に君を殺したいくらい羨ましい」
「正直に言えばいいってわけじゃねぇ!!」
過去の不遇な日々を思うと、アドの学生時代が凄く羨ましく感じた。
しかし、よくよく考えるとアドが鈍感主人公のような日々を送る中、ユイは徐々に負の情念に染まり嫉妬と独占欲を熟成させ、幼馴染という特権を生かし外堀を埋める行動に出た。
クソな姉が身近で毎日のように悪事を働き邪魔をする日々と、幼馴染がサイコサスペンスやホラー映画のキャラのように毎日迫ってくる日々の、いったいどちらが幸せなのだろうか。
隣の芝生は青いというが、どちらの芝生も見せかけであった場合、その差異を判別するのは難しいのかもしれない。
判明していることは自分の芝生の上にいる限り、隣との優劣を見極めることなど不可能と言うことだろう。
「なんだかんだで幼馴染の女の子とくっついたんだから、僕の学生時代よりも楽しい日々だったんだと思うよ? 少なくとも僕は最近まで女性に縁がなかった」
「ゼロスさん……。あんた、夏休みに……いや、長期休暇に入るたびに拘束監禁されたことがあるか?」
「…………はぁあ!?」
「手足をベッドに固定され……下の世話まで………。初めて関係を持った体験が…それなんだぞ……。両家の母親同士は『あらあら、本当に仲がいいわね』て笑って見てるだけで助けてくれず、親父達にいたっては『早く孫の顔を見せてくれ』といい笑顔で異常事態を無視するんだ。酷い時は両親たちが揃って旅行に出かけ、俺とユイだけが家に残される。意図的にだぞ? ここまで言えば俺がどんな状態になるか分かるだろ」
「親同士公認!?」
アドとユイの両家で結婚を容認しているというのは、ある意味で凄く恵まれているように思えるが、拘束軟禁生活をされている本人にとっては冗談では済まされない。
場合によっては心に深刻なトラウマを刻むレベルだ。
「………そ、それで……ドMに目覚めたのか。恐ろしい話だ」
「目覚めてねぇよ!」
「だが、結局はユイさんを選んだんだよねぇ? 君にとっての不満は夏休みなどの長期休暇に遊べなかっただけで、かいがいしく世話を焼く彼女に不満はなかったわけだ。実は拘束されたシチュエーションを楽しんでたんじゃないかい? 視点を変えると君がユイさんを独占していたように思えるし、アド君を束縛しているというより、実はユイさんが君に依存しているだけなんじゃないのかい? アド君が本当に嫌なら突き放せばいいだけだし、君が本気で嫌がることをユイさんが続けるとは思えないんだよねぇ」
「うっ…………」
意外に鋭いところを突いてくるおっさん。
アドも後から気づいたが、事実ゼロスの言う通りだったことは否定できない。
「結論を言うと、最初はユイさんの片思いで、勇気を出して行動した結果が猟奇的で異常なシチュだった。何度も繰り返すうちに君がユイさんの健気で一途な一面を再認識し、最終的に両想いに至ったんでしょ? いいよねぇ、今が充実していてさぁ~。沈めばいいのに」
「なぁ……ゼロスさん? あんた、嫉妬で俺をオーラス大河に沈めようとしてね?」
「そぉ~んなわけ――おっ、Hit。………って、なんだ………ただの頭蓋骨か。いらね」
「ちょ、今の明らかに人間の頭骨だったよなぁ!?」
アドの恋愛経験談とその考察の最中、突如発生する異常事態。
人間の頭蓋骨を釣り上げた時点で通報するのが普通だが、このおっさんは何でもなかったかのように頭蓋骨を捨てた。
「………オーラス大河って、死体が沈んでんのか?」
「地球でも、どこかの港で死体遺棄された被害者が発見される事件があったでしょ。世界が変わっても人間のやることなんてこんなもんさ。まぁ、この世界の方が野蛮だけどねぇ」
「サントールに戻ったら通報するのか?」
「変な事件に巻き込まれたくないから、無視。骨に剣でつけられた傷があったからねぇ」
「…………殺人事件じゃん」
「あるいは返り討ちに遭った盗賊のなれの果てか、裏切りがバレて処刑された裏組織の人間とか? まぁ、骨になったら身元の特定は難しいだろうねぇ。発見者として関わるのもちょっとなぁ~……」
「………」
科学捜査が発展していないこの世界で、頭蓋骨だけで身元の特定できる確率は低い。
また、捜査に当たる守備隊や衛兵も日々起こる大小様々な事件に手が回らず、この手の事件を忌避する傾向があり、ろくに捜査もせずに埋葬することがあった。
新聞をよく買って読んでるゼロスは、そうした裏事情も何となく理解してしまい、『自分の身は自分で守らないと駄目だよねぇ』などとのんきに言っているが、アドは釈然としないものを感じていた。
そんなグダグダな二人を乗せたゴム?ボートは、オーラス大河の流れにサントールの街近辺へと、ようやく戻ってきたのであった。




