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 おっさん、廃鉱山へ向かう

 廃鉱山に向かうとなると、当然ながら道案内か情報が必要となる。

 向かうところ敵無しに近いゼロスにとって、道案内よりも情報が欲しい所であった。

 問題はその情報が集まる場所なのであるが、その場所はどうしても限られてしまう。

 胡散臭い場末の酒場か、傭兵ギルドである。


 傭兵では無いのでギルドに行くのは止めて於き、近場の酒場に赴いたのだが――見た目は胡散臭い古い酒場なのに凄い客の入用であった。

 この世界で酒場は昼は食事をする定食屋の様なもので、酒場として営業するのは日が暮れる頃合からである。

 現在は昼時なので、多くの商人や職人が集い、思い思いに食事を注文しては仲間内で語らっていた。

 中には商談をする商人や、傭兵同士でアイテムの取引する姿も見受けられる。


 ガラの悪い連中が集う酒場と思っていたが、意外にも一般の人々に開けられた社交の場の様である。


(ふむ……これは、認識を改めなければいけないかな? ラノベ情報を鵜呑みにするのも程々が肝心でしょう。まるでブロンクスの酒場みたいですね)


 正直、酒場に来る事自体にビビっていた。

 一見飄々しているように見えて、内心は酷く臆病なおっさんなのだ。

 ひきこもっていればトラブルに巻き込まれる事は少ないが、それでは世間一般の常識などの情報も得られない。この世界で生きて行かねばならない以上、これは不味い。


 世界が異なればそれだけ元の世界との常識に差があり、その常識を知っているのと知らないのでは相対する人同士の対応も違うのだ。商談や情報収集にはこうした一般常識の情報が必要であり、何時までもひきこもり魔導士を気取っていられるわけでは無い。

 魔石などの取引経験がある為に、周囲に溶け込む努力も必要であった。

 だが、今の彼の見た目は、普通の人達から見ればかなり怪しい不審者である事を忘れている。


(なんか、ジロジロ見られていますが……何でしょうね? もしかして、テンプレ的お約束イベントが発生するのでしょうか?)


 薄汚れた灰色ローブを着た、見た目が野暮ったい中肉中背のおっさん魔導士が酒場に入ると、周りの視線が何故か自分に集まるのを感じる。

 この怪しい格好に慣れれてしまった彼は、自分がどれほど胡散臭い見た目であるかを忘れていた。

 人は環境に適応する生き物なのだが、彼の場合は自分自身に無頓着なだけである。

 情報を得るために行動したのだが、自分の格好の事を頭の奥から綺麗さっぱりと忘れ、周囲の人達は見慣れない魔導士の姿に警戒させてしまったのだ。


 この酒場には常連客などが多く集う為、見た目の怪しい初見の中年魔導士が入れば嫌でも目に付く事になる。

 それは好奇の目を向けたり、胡散臭さに怪訝そうに顔を歪めるかの何方かであった。


(さて、情報を得るにしても立っているだけでは何にもなりませんし、どこか席について何かを注文しますか……)


 開いている席を探すがどこも満員御礼、席に着く場所が無い。

 見渡すだけでどこにも座れない彼は、そこである人物の姿を目にする。


 黒を基調とした胸元のやけに肌蹴た衣装の、ツインテールの少女の姿である。

 無理して大人ぶってるようにしか見えない姿に、どこか微笑ましさと奇抜な感じが入り乱れる彼女は、以前に盗賊から救い出した同郷の仲間でもある。

 他にも二人同席しているようだが、ここは一つ彼女達から情報を得ようと考えた。


「あれ? おじさん。久しぶり♪ もぐもぐ……」

「食べながら挨拶するのは、はしたないですよ? 久しぶりですね、イリスさん…と、誰でしたっけ? 確かお仲間の……」

「レナです。いつぞやは、お世話になりましたぁ~」

「あぁ、そうでした。レナさんでしたね、思い出しましたよ」


 レナと名乗る女性は緑色の動き易い着衣と革製のベストを着た、前衛主体の傭兵の様である。

 傍らにある盾とショートソードからして、機動力重視と見て間違いはないだろう。

 そんな二人の傍には、鋭い目つきでゼロスを睨む、赤毛の褐色の肌をした女性の姿があった。

 ブレスプレートメイルを装備し、卓の傍に立てかけられた大型の大剣が、前衛での打撃担当である事が伺えよう。


 一般女性よりも背が高く、何よりも巨乳である事をゼロスは見過ごさなかった。

 キツめのモデル体型女性も、彼のモロ好みであったのだ。

 問題があるとすれば、自分の年齢である。

 

「おい、この親父は誰なんだ? 二人の知り合いか?」

「ん? そう。この間盗賊に捕まった時に、助けてくれた人」

「なんか、胡散臭いんだが……胸元に視線を感じる気もするし」

「いつもの事でしょ? ジャーネはスタイルが良いんだから、周囲の男達の目も釘づけよね?」

「それは、レナも同じだろ。今まで何人、男をフッたんだよ」

「さぁ~? 私は年下の男の子にしか興味ないから」


 一見まともそうに見えて、実のところレナはショタだった。


「相席を宜しいですか? こうも人が混んでいては座る場所が無くて難儀していたんですよ」

「ん? おじさんなら良いけど、今日はどうしたの? ひきこもり農業生活するって言ってなかったっけ?」

「その為に少し情報を集めて、北の廃坑跡地に行こうかと思っていたんですが…その前に腹ごしらえですね」

「廃坑? やめとけ、おっさん。あの場所は灰色ローブじゃキツイぞ?」

「灰色のローブがどうしたの? おじさん、凄く強いよ?」


 イリスはこの世界の魔導士の、特にこの国の魔導士の階位を知らなかった。

 この国ではローブの色で実力を見分けており、灰色が最も低く、次に黒、深紅、白と続く。

 だが、イリスやゼロスはこの国の魔導士と云う訳では無いので、その常識には当てはまらない。

 それを掻い摘んでイリスに説明する。


「ふぅ~ん。でも、おじさんなら余裕だよね?」

「さぁ? 行った事が無いので何とも言えませんが、そこまで危険な場所なんですか?」

「よく工夫達の依頼で護衛をやるんだが、ゴブリンは当たり前でコボルト、ワーム、ゴーレムなんかも出るな。ワームが一番厄介だ」

「ふむ……採掘は出来るんですね? それは上々」

「話を聞いてたのか? あの中は迷路だぞ。単独で行くのは危険だ」


 そんなジャーネの忠告を聞きながらも、ゼロスは注文した鶏肉の素揚げの様な物をパンに挟み、口に運ぶ。

 ハーブなどで下処理をし、予め味がついていたのであろう。口の中で噛み締めた時に広がる鳥肉の油の甘みと、下味の香草の風味が混然一体化し、堅いパン独特の香ばしさと加わる事で食べごたえが最高である。


「危険なのは承知の上ですよ。どうしても金属が必要になりましてね、これから採掘に行こうかと思っています」

「余程の自信家か、それとも命知らずの馬鹿なんだか分からんな。まぁ、あんたが死のうがアタシには関係ないけど」

「どのみち私達も行くじゃん。戦力は多い方が良いよ? おじさんハンパ無く強いし」

「そうよねぇ~。ジャーネも剣を新調するんでしょ? 鉱山で金属を採掘できれば安上がりになるって言ってたわよね?」

「うっ……この親父を連れて行くのか?」


 ジャーネどこか腰が引けた様子が、ゼロスには不思議だった。

 ただ、胸の奥から湧き上がる様な、なにか胸に込み上げて来る変な感覚が沸き上がって来る。

 この感覚はルーセリスと出会うと湧き上がる感覚で、元の世界では感じた事も無いものであった。

 しいて挙げるなら、異性の裸体写真を掲載した週刊誌を見た感覚に近い。

 

(何なのでしょうかねぇ、この感覚は……)


 彼には、この世界に来てから感じたその感覚が全く理解でき無いでいた。


「まぁ、案内してくれれば後は勝手に行動しますが…金属が必要なのですか?」

「えぇ、そうです。ジャーネの剣がそろそろ駄目になりそうでして、強化のために金属…鉄か黒鉄が欲しいそうです」  

「赤光鉄はどうです? アレの方が頑丈に出来ると思いますけど?」

「アレは奥まで行かないと採掘できない。ワームがウヨウヨいるから命懸けだ」

「おじさんがいれば安心なんだけどねぇ~……一緒に採掘行かない?」


 ゼロスは少し思案する。

 

 金属は欲しいが、年頃の女性パーティーに同行するのは少し気恥しい。

 だが、確実に金属を手に入れるには同行した方が確実である。

 鉱山まで行けば別行動でも構わないだろうし、何よりも不慣れな道を行くには心許無い。

 盗賊程度が相手なら問題は無いが、ファーフランの大深緑地帯で魔物に追われ続けた経験から、仲間は多いに越した事はないと判断した。


「そちらが宜しければ構いませんが、着いた時には夜になりますよ? 野宿でもするんですか?」

「いや、鉱山の傍に村があるから大丈夫だ。アーハンの村と言うんだが……」

「そう、『アッハ~ン♡ の村』よ? たまにレベル上げの若い子達の護衛がてら一緒に行って……ウフフフ…」

「お前にとってはそうだろうが、アーハンの村だ!!」


 どうやら、別の意味でこの村を利用している者が約一名いた。

 黙っていれば美人に入るのに、何を思い出したのか顔がだらしない笑みで歪む。

 残念感がハンパでは無い。


(まさか…駆け出しの若い少年傭兵を喰っているのか? 仮にそうだとしたら犯罪にならないのかね? 

 ですが異世界だし、元の世界とは異なる常識が在るのかもしれない。うぅ~む……)


 元の世界の犯罪を比べ、思わず考え込んでしまう。


 マトモそうに見えて、実は好色女傑だった。

 どこかの領主とは違う方向性でヤリ手の様である。

 犯罪にならないのは何故なのであろうか?


「どっちでも構いませんが、宿があるなら問題は無いでしょう。僕も男ですし、目の前に魅力的な女性がいたらケダモノになり兼ねないですからね。泊まる場所があるなら安心して行けそうですよ」

「魅力的って……私?」

「お子様には興味はありません。そう思う様になったら、それは犯罪です」

「あら? それじゃ、私かしら?」

「さっきの変な笑い方が無ければ守備範囲なのですが、残念……」


 そうなると、残りは一人しかいない。

 なぜか身を固まらせて、呆然するジャーネ。

 そんな彼女に二人の視線が集中する。


「み、魅力的って、アタシかよ?!」

「消去法で行けば結果的にそうなるでしょう。自覚が無いのですか? 充分に綺麗ですよ」

「な、なぁああああああああああああっ!?」


 顔を真っ赤に染め、慌てふためく彼女の姿は正直に言って可愛らしかった。

 しかし彼はそんな素振りすら億尾にも出さず、しれっとした表情で昼食を咀嚼していた。

 この辺りがリーマン時代の名残なのであろう。


「こ、このおっさん、かなりナンパだぞ?!」

「えぇ~…いいじゃん。ジャーネは可愛いて言われたんでしょ? 魅力があって良いよねぇ~」

「そうよねぇ~。私はドン引きされたし、ただ男の子をつまみ食いしただけなのに…」

「・・・・・イリスはともかく、セナのしている事は犯罪だと思うぞ?」


(あっ、やっぱり犯罪なんだ。一瞬でも自分の常識を疑ってしまいましたよ) 


 この女同士のパーティーも、中々に濃いメンバーであった。

 ただ、余計な波風は立てたくないので、ゼロスはただ黙々と食事を続けている。

 黙っていれば冗談として済ませられる可能性が高いからである。


「い、嫌だぞ? このおっさんと一緒に行くなんて嫌だ……」

「戦力は多い方が良いんだから、諦めなさいね?」

「そうよ? おじさんほどの手練れはいないんだから、たがが二日くらい我慢しなよ」

「いぃ~やぁ~~だぁ~~~~~っ!!」


 どうやら男が苦手らしい。

 ここまで露骨に拒否されると、それはそれで悲しかった。


 イリスとレナに説得され、結局は不承不承納得するジャーネ。

 だが、なぜかゼロスは警戒心の籠った目で睨まれ続ける羽目になってしまう。


 可愛いと褒めただけが、なぜかナンパ目的と捉われてしまったのである。

 食事を済ませた一行は、一路廃鉱山を目指し足を進めたが、ジャーネだけが最後まで駄々をこねていた。



  ◇  ◇  ◇  ◇  



 旅は道連れとは良く言うが、三時間も歩き続けると何の言葉も出て来なくなる。

 当初は騒がしいまでに賑やかであった女性陣は、今はただ無言で道を歩いていた。

 見渡す限りは変わり映えしない森と、無造作に切り開いて地面を整地しただけの街道だけである。


 アーハンの村までは半日の距離だが、歩いて行くとかなりの距離がある事になる。

 時間に直して約六時間、魔物が現れるでもなく安全に道なりを進んでいた。

 予定通りと言えるのだが、こうも何もないと退屈で仕方が無い。


 沈黙に耐えきれなかったのかイリスが声を掛けて来る。


「ねぇ、おじさん? おじさんは金属を採掘してどうするの? 新しい装備でも作るの?」

「米を乾燥させて補完する小型のサイロの様な物を作ろうかと思っているんですよ。乾燥機付きのね」

「米っ?! この世界、お米が在るの?!」

「ありますよ? ほら、イリスさんの足元にも生えていますね。それが米です」


 彼女は米の苗でもある雑草を引き抜くと、訝しげに顔を顰めた。


「・・・・・・これ、本当にお米なの? 鑑定したら雑草て出たんですけど……」

「米です。この世界での米のヒエラルキーは雑草並みに低いんですよ」


 イリスの鑑定レベルは低かった。

 調べてみても雑草としか出ない様である。


「千歯扱きが無いと全てが手作業になりますし、いっそのこと足踏み式の脱穀機を作ろうかとも思っています。鍬や鋤といった類の道具はあるんですけど、麦はどうやって脱穀しているのでしょう?」

「千歯扱きて、なに?」


 千歯は昔、米を脱穀する為に使用した道具で、櫛状に出た歯の隙間に稲を引っ掛ける形で使う脱穀機の原型である。

 足踏み脱穀機は、ドラム上の筒に湾曲した針金を無数に通し、足を踏む事でベルトで連動したドラムを回転させ、稲を当てる事で脱穀する道具である。

 千歯よりも効率が良く、昭和中頃まで広く使われていた。


 現在はコンバインが主流で、稲刈りから脱穀まで一括に済ませてしまう。

 仕事は早いのだが、コンバインは最初に手で稲を刈りながら移動する箇所を開けなければならない手間があるが、それでも昔から比べれば遥かに楽になったと言えるだろう。

 時代の技術進歩は凄まじい物である。


「いっそ、コンバインを作っちゃえば?」

「それも考えましたが、悪用したら戦車が出来ますよ? 大きくして大型のバリスタでも搭載したらドラゴンとまでは行かないまでも、ワイヴァ―ンくらいなら相手にできそうですしね」

「良い事じゃないの? それで多くの人達が守られるなら」

「忘れたんですか? 人の歴史は戦いの歴史。便利な戦争の道具が人に向けられないと、なぜ言えるんです?」

「うっ……」


 余計な技術の放出はこの世界の軍事バランスを決定的に変える。

 やろうと思えば魔法だけでも超電磁砲が可能であり、実際ゼロスはその魔法が使える。

 それを胆略化して一般兵に配備でもされれば、それこそ戦争どころか大量虐殺に繋がり兼ねないのだ。

 そんな理由から、ゼロスは知識チートはやらないと決めていた。 

 

 尤も、単に虐殺者の悪名や殺戮兵器を作った偉人として名を残したいと思うわけでも無い。

 何の責任にも束縛されず、日々平穏に生きたいだけなのである。


 まぁ、納税の責任もあるのだが――そんなところは現代社会と変わらない。


「そう言えば、家庭教師をしていたんじゃないの? おじさん、今は無職なの?」

「うっ?! 聞かれたくない事を……無職ですよ。今頃、セレスティーナさんはどうしているのでしょうねぇ~」


 後三時間も歩けば日が暮れるだろう。

 おっさんは、頭上の何処までも澄み渡る青空を仰ぎ見た。

 この広い空の下に、六日前まで魔法を教えていた教え子がいる。


 役立たずと言われた少女が、今は何をしているのか少しだけ気になるのだった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 デルサシス・ヴァン・ソリステア。

 ソリステア公爵領、現領主であり公私ともに忙しい男。


 異なる貴族の家系から二人の妻を娶り、夫婦仲は円満。

 ただし、外にいる愛人の数を入れるとこの領主の評価は極端に分かれる。

 好意的か悪意的かのどちらかだ。


 概ね彼は領内の民達に好意的に受けられてはいるが、一部の商人や貴族からは限りなく嫌悪され、味方も多いが敵の数も多い危険な立場にいる。

 商人の敵は大体が商売の事で、彼の神懸かり的な決断と実行力で赤字にされ、敵対する事自体が無意味と思うほどまで追い詰められた者達だ。

 財力にモノを謂わせて囲っていた愛人も根こそぎ奪われ、商売では手痛い打撃を与えられた上に生殺し状態。更に断れない事を理由にかなり無茶な商談を持ちかけて来るので、彼等はデルサシスを恨んでいた。


 貴族の敵は大体が逆恨みであり、魔法貴族としての派閥も異なる事から敵意を向けられていた。

 現在デルサシスの派閥はソリステア派と呼ばれ、魔導士団と騎士団の融合を提唱する弱小派閥なのだが、資本力で言えば手の出しようが無いほどに裕福な財を成している。

 

 これは国の未来を憂う前公爵クラストンの宣言で生まれた派閥で、魔法貴族達から見れば求めている権力を奪う悪行でしかない。しかし、そんな彼等も迂闊に手出しできないのがソリステア公爵家であった。

 前国王とクラストンは兄弟の間柄であり、デルサシスも王位継承権を持っているため、万が一にも他の貴族達が謀略に成功して殺害しようものなら、真っ先に疑われるのが魔法貴族である派閥組達だからである。


 しかもソリステア派は政治的派閥で言えば王族派に位置し、現国王でもある王族血統の者達からも信頼が厚く、一歩引いて王族を立てる姿勢が王位継承権には興味は無いというスタンスを与えていた。

 実際デルサシスは王位になんて興味は無く、自分の領地の運営と民の暮らしを守る事に意欲を燃やし、今日も執務室で書類整理に勤しんでいた。


「ふむ、魔法スクロールの売り上げが好調のようです。安価で信頼性があるのが好評のようですな、他の派閥の魔法スクロールには傭兵達も見向きもしない様です」

「上手く行っておる様じゃな。奴らの資金源は魔法スクロールと魔法薬、その中で魔法スクロールは売り上げが低迷しておるのじゃろ?」

「一度魔法スクロールを購入すれば、何度でも魔法を覚える事が出来ますからな。わざわざ同じ魔法を購入する必要は無い。売り上げが出ないは当然でしょう」

「しかし、儂らが販売している魔法スクロールは違う」

「えぇ、さすが賢者ですな。あのような魔法式を仕込むとは……」


 現在、ソリステア商会は新たな魔法スクロールを売り出し、その売り上げは好調であった。

 その理由が魔法スクロールの特性にある。


 今まで広く一般的だったスクロールはデルサシスが言った通りで、一度購入してしまえば他の誰かに魔法を覚えさせる事が可能。魔導士派閥陣営もコレを売りに出すのを制限する程に厄介な代物だった。

 魔法を買うのは傭兵達が広く一般的だが、この傭兵達は仲間達にスクロールを回し全員で同じ魔法を覚えてしまう。これでは売り上げが出せる筈も無いわけで、派閥陣営は金は欲しいが魔法を売る事が出来ない有様であった。

 何よりも魔法を書き記す【魔法紙】の値段も馬鹿にならず、赤字になる一方なのだ。


 だが、ソリステア商会の売り出した魔法は違う。

 ゼロス改修の魔法をコピーし、そこに魔法消去の魔法式を仕込む事により、一度覚えたら他人に廻して覚えさせる事が出来ない様になっている。

 魔法を覚えるときは一度魔法式を展開し、それを脳裏に刻み込む事で使用が可能になる訳だが、その工程が完了次第スクロールの魔法は全て消去させてしまう。

 それも消去魔法式を込みで完全にだ。


 高価な魔法紙はその場で回収しリサイクル、新たに魔法式を書き込む事でもう一度商品として売る事が可能となり、売るのは飽くまで魔法なので魔法紙を回収しても文句は言われない。

 そこに需要と供給が生まれ、新たに効率の良い魔法を買うべく客が押し寄せて来る事になる。

 魔法は店で直ぐに覚える事を徹底させ、魔法紙を外部に出さないようにしてリサイクルに力を入れている。


 現在はスクロールの量産が間に合わない程の売り上げで、使用された魔法の性能も好評を得ている。

 この魔法を売る商売がソリステア商会の新たな事業となりつつあり、現在魔導士を集める事に奔走する程だ。

 性能の良い魔法が売りに出されれば、魔導士派閥陣営に大打撃に繋がる事は間違いないだろう。

 これまでは生産しても売れ行きが伸びないスクロールであった事が原因だが、これからは魔法の威力ランクに応じて値段が変わる事で商売は成り立ち、更に使い回しを防いだために魔法を直接買わなくてはならない。

 完全に今までとは逆になるため、商売として成り立つのだ。


 強力な魔法は相応のレベルも必要なため、傭兵たちは挙って腕を上げる事に専念する。

 それは同時に魔物の脅威を防ぎ、強力な魔法を買い覚えれば、さらに強くなろうと努力する事で治安を向上させる事に繋がってくる。

 商売と治安の二重の意味で円環が生まれるので、領主として見れば都合が良かった。

 しかも派閥連中の文句も治安向上を名目に握りつぶせると来れば、これ程良い策は無いだろう。

 ついでに派閥陣営に経済圧力をかける事に繋がって来る。


「金を無心しに来る派閥の連中が多いのが困りものですな。学院の予算とて限りがあるでしょうし、彼等に予算を回すにも無理がある」

「奴らの気付かぬ内に我が派閥の権威を高める必要があるが、できれば奴らの懐に打撃を与えたい所じゃな」

「魔法薬ですか? 我が領内にも錬金術師がいますが、数が足りませんよ」

「効能に個人差があるのが問題じゃな。腕の良し悪しで効能に差が出るのじゃから、三流は要らんしのぅ」

「いえ、三流も集めましょう。三流の錬金術師を集団で集め、均等な効能の回復薬を生産させるのです」


 デルサシスの考えは三流の錬金術師でも腕でに優劣が在るなら、一度全員に回復薬を生産させ、それを一つにまとめる事で品質の優劣を無くそうと考えていた。

 回復薬の材料はどれも同じもので、同じ薬効成分なら混ぜ合わせても問題は無い。


「二流から上の奴らはどうする? 普通に回復薬を作らせるのか?」

「彼等には腕に合わせて品質の良い物だけを生産させます。魔導士も錬金術師も今は生活が苦しいでしょうから、こちら側に飛び込んできますよ」

「奴らが間者を送り込んで来る事は無いのか? 内部情報を横流しにする様なのぅ」

「それも手筈は整ってますよ、暗部の連中が手を貸してくれるそうです。奴らには散々手を焼かされたみたいですから、おそらくは復讐も兼ねているんでしょうな」


 魔導士の派閥、特にウィースラー派とサンジェルマン派が厄介であった。

 サンジェルマン派は研究が主軸の派閥であるため、道義を示せれば賛同してくれる可能性は高い。

 しかし、ウィースラー派が暴走の傾向が出ているのだ。

 噂ではどこかの闇組織とも繋がっているとされ、この派閥の周辺での不審な死が後を絶たない。

 更に民に対しての態度も傲慢で、自分達が優れていると豪語しているほどの増徴ぶりであった。


「だが、その傲慢振りも此処までだな。魔法薬はサンジェルマン派が牛耳っている状況で、他の貴族達に対して脅迫まがいの融資は受けられまい」

「色々やらかしておるからな、近い内に反撃にあうじゃろ」

「その工作をするのですけどね。資金源は徹底的に潰しますが、宜しいですか? 父上」

「かまわん。派手にやってくれ、暴走する家臣なんぞこの国から消えて貰う」 

 

 ウィースラー派は現在騎士団すらも取り込むために、発言力の強い貴族に賄賂などを送る事で力を付けて来ていた。他の派閥も似たような事をしてはいるが、彼らほど積極的に行動してはいない。

 サンジェルマン派は研究資金の捻出のためであるし、他の派閥はこの二大派閥に巻き込まれて基本的にパシリの様な扱いであった。

 当然不満も抱えており、有力派閥が出てくれば真っ先に寝返る事に間違いは無い。


「ツヴェイトにも手は廻していますが、後の問題は……」

「ゼロス殿に協力してもらうのじゃな? 魔法文字の解読の手引きをか?」

「父上の派閥が力を付けるには、それ以外に手は無いでしょうな」

「引き受けてくれるかのぅ?」

「彼の私生活の安全を保障すれば、或いは……」

「彼の名は決して出すで無いぞ? 下手をすれば国が亡びる事になり兼ねん」


 魔法文字の解読はセレスティーナやツヴェイトを除けばゼロスしかいない。

 その解読方法を書籍化し、クレストンの派閥で使えば魔法学の向上に繋がる。

 更に優秀な魔導士を育て上げれば、今の不正が横行するような派閥は消える事になる。


 国を憂うが故に強硬手段を執らざるを得ない状況が差し迫っており、今の内に力を弱めなければクーデターを引き起こすほどにまで増長しているのだ。

 同時に民からも悪感情を持たれているので、国の不振に繋がらない様にするには排斥しか手が無かった。


「ティーナやツヴェイトは、反逆の狼煙になってくれるかのぅ」

「今のツヴェイトなら大丈夫でしょう。以前は腐っていましたからな」

「分かっておったなら、何故に手を打たなかったのだ?」

「失敗から学べぬようでは人は大きくなれませんよ。ゼロス殿との出会いは、あいつを大きく変えたようですな」

「問題はクロイサスじゃが、どうなる事やら」


 孫たちの行く末を思うと頭が痛くなってくるようだ。

 こめかみに指を当て、痛みに耐える老人がそこにいた。


「さて、定時なので私はそろそろ……」

「何じゃ、また何処かへ出かけるのか?」

「良い女が待っていますのでね。これから彼女の元に向かう処です」

「……デル、お主はマメじゃな。いつか女達に殺されるぞ?」

「それは本望ですな。良い女に殺されるなら男冥利に尽きますよ、父上」


 できる漢は仕事の時間管理も秒単位でこなす。

 仕事を終わらせたデルサシスは、これから愛人の元へと向かうのである。

 

「……儂、孫はいったい何人おるんじゃ?」


 コートを羽織り出掛ける息子の背を見送りながら、クレストンはぽつりと呟く。

 実の息子の行動には謎が多すぎた。


 できる漢は実の父親をも困惑させるようである。


 一人残されたクレストンは、我が子の教育を誤ったのではないかと真剣に思い悩んでいた。

 親の心子知らずと言うが、実際は逆の様である。


 子の心、親は理解できずだった。

 


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