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暴かれた罪と降臨する二神


 メーティス聖法神国の犯した大罪を暴露され、あまりの真実に場は静まり返っていた。

 勇者イワタを含む多くの勇者達は悪霊化し、復讐するために巨大なドラゴンへと姿を変え、強大な力を振るい断罪の剣を振り下ろした。

 ミハイルロフ法王を含む一定数の真実を知る神官達は、勇者という危険な存在を始末すれば地位と権威は安泰だと思っていたが、まさかこんな形で全てを暴かれるとは思ってもみなかっただろう。

 しかも目の前に化け物となって表れたともなれば、これ以上の証拠はない。

 

「岩田………お前、殺されていたのか? いつ………」

『ルーダ・イルルゥ平原から戻ってすぐだな。転生者ってやつにボロ負けしたときによぉ、ことの真相を教えられた。それをこいつらの前で言ったら背後からブスリだぜ? よほど知られたくなかったようだな』

「それって……邪魔になったら僕達も…………」

『だろうな。今の身体の中には暗殺された勇者が大半だぜ? 真相を知って逃げた奴らも、見つかって殺されたようだな。何とか逃げ切れた奴らもいるようだが、死後も元の世界には帰れねぇ』

「つまり、僕達は騙されていたと? この世界で死んでも元の世界には戻れないなら、今まで僕達はなんのために………」

『使い捨ての駒ってやつだ。けどよ、こいつらの罪はそれだけじゃねぇ。勇者召喚によってこの世界の魔力は枯渇しかねないほど減ったらしい。その影響が世界中で生き物が住めない大地が増え続け、この惑星が滅びるのも時間の問題だそうだ。俺達の復讐は正当なもんなんだと思わね?』


 生前のように下卑た笑みを浮かべる岩田。

 人としての品性は最低だが、それでも彼には他の死んだ勇者達という仲間もおり、互いに協力し合うことで恨みを晴らすためこの地に現れた。

 しかも世界を滅亡させかけたという爆弾まで抱えてだ。

 一方で……。


『岩田って奴……まだ自分の記憶がおかしいことに気づいていないわ』

『まぁ、あの手のタイプは深く考えないからな。他人の記憶に引き摺られていても気づくことすらないんだろう』

『つまり、馬鹿なんだな』

『お、俺達の記憶は大丈夫なのか!? どこかおかしいところはないか!?』


 ジャバウォック内の元勇者達は動揺の中にいた。

 彼らを置き去りに無慈悲にも時間は進むものである。


「あ~………こんな形になるとは予想外だったけど、想像していた通りの真実だったな。これで周辺国もメーティス聖法神国を滅ぼす大義名分を得たことになる。マジで終わったわ」

「八坂? お前………この真実を知っていたのか!?」

「予想はしていたし、転生者からの裏付けも取った。俺が担当したゾンビ軍団の討伐の元凶が、悪霊化した盗賊と先輩勇者の魂達だったし……」

「……マジかよ。なんで黙っていた?」

「どこで聞かれているか分からないしさぁ、下手をすると俺達も消されてたぞ? ちなみに風間のヤツは生存しているらしいし、姫島達もこの国を裏切っているな。アトルム皇国に加勢しているらしいぞ?」

「「 ちょっ、まっ!? 」」


 八坂によって新たな爆弾が投下された。

 魔導士だからという理由で毛嫌いされていた勇者カザマが生存し、姫島を含む武闘派勇者達は軒並み敵国へと恭順してしまい、メーティス聖法神国側の武闘派勇者は川村を含むと三人。あとは生産職のみを残すばかりだ。


「八坂……他に伝えていないことはあるか?」

「ん~……ソリステア魔法王国でアサルトライフルが開発されているっポイとか、殆ど報告した通りのものしか知らないな。あとは転生者とは絶対に敵対するなという忠告だけ」

「転生者……そんなにやばいのか?」

『やべぇな……。魔法一発で聖騎士の一個師団が壊滅したんだぜ? もう奴らとその同類とは戦いたくもねぇ』

「あの岩田がそう言うとは………。それ、本当に人間なのか?」

「『 あれを人間というのには無理がある 』」


 自己中の岩田と日和見主義の八坂が珍しく同意見だった。

 戦闘職の勇者が怖気づくほどの強さを持つとなると、強さの基準がインフレを起こして推し量りようがない。


『まぁ、転生者のことはどうでもいいんだ。それより、俺達の邪魔をするんだったらお前らでも許さねぇぞ?』

「いや………騙されていたと知った以上、この国に協力することはできないよ」

『なら黙って見てろや。なに、事が済んだら俺達に力を与えてくれた神が元の世界に戻してくれるだろうよ。何しろ四神とは異なる正真正銘の神だからな』

「「「えっ?」」」


 ここに来て新たなピースが出てきた。

 この世界での神とは四神しか存在しないはずである。

 だが、岩田達を含む亡霊勇者達に力を与えた存在がおり、ニュアンスから四神を超える存在という意図が汲み取れる。

 つまり岩田達は四神以外の神に組みしているということだ。


「ふっ……ふははは! 語るに落ちたな、亡霊共! 神とは四神以外に存在しない。貴様らは死にきれず我らに逆恨みする妄執の徒であろう!」

『『『『 いや、いるだろ。四神が最も恐れる存在が……… 』』』』


 岩田たちの告げた真実を一笑に伏しようと思っていたミハイルロフ。

 だが、死せる勇者達は一斉にそれを否定した。

 つまり四神以外の神が確実に存在しているのだ。


「………八坂、どう思う?」

「もしかして…………既に邪神が復活しているんじゃないか? そして、その邪神こそがこの世界の正当な神とか?」

「「「「「 なっ!? 」」」」」

「邪神こそがこの世界の正当な神だとすると、四神はただの簒奪者という扱いになる。そして……復活して直ぐに滅びかけのこの世界を見たとしたら?」

「四神とその信徒を抹殺の対象と判断する……か?」

「一連の流れを精査すると、その結論が一番しっくりくるんだよ。転生者の一部は邪神の協力者で、残りの主な目的はメーティス聖法神国の目を他国に逸らすことと、邪神復活の時間稼ぎかな? それ以外にもこの国の国力を削ぐ役目があったのかも」


 八坂の考察は一部当たってはいたが、それ以外はただの偶然である。

 どこぞのおっさん達は、結果的にだがメーティス聖法神国に打撃を与えていただけで、そこにたいした意味はない。

 だが、立て続けに起こる事件やそこに介入する転生者の行動を踏まえると、どうしても偶然とは思えなくなってくるのだから不思議だ。


『まぁ、そんなわけだからよ。絶対に邪魔すんじゃねぇぞ?』

『話は終わった?』

『なら、さっさと復讐を始めようぜ』

『敵は四神だ。奴らが出てくるまでこの国を徹底的に蹂躙する』

『出て来なかったら?』

『その時は連中にとって人間は都合のいい駒だと証明できるわけだ。奴らに対しての信仰が根元から折れるだけだから、我らの腹は痛まない』


 つまり四神が姿を現そうがしまいが、復讐者にとっては良い結果となる。

 四神がただ人間を利用するだけの存在と知られれば、彼女達を信仰する国の存在理由を問われることになり、その教義が眉唾の物の詐欺と証明され他国から徹底的に責められる。

姿を現せば復讐を直接執行できるチャンスだ。

 ジャバウォック側としては後者が望ましい。


「ま、待つのじゃ!」

『あん? なんだよ、ジジィ。今更言い訳でもするつもりか?』

「確かに……我らはお主たちを騙し、歴史の闇に葬ってきたことは否定せん。しかし、それには明確な理由がある」

『理由? 勝手な理由で私達を異世界から誘拐しておいて、随分な言い方ね』

「話を聞いてくれ。確かにお主たちを利用はした……。じゃが、それ以上に強力な力を持つ者を放置しておくわけにはいかんかったのじゃ! お主等の中には野心を持って世界を手に入れようと目論んだ者もいるじゃろ。実際に内乱を起こし、多くの者たちを犠牲にして鎮圧した事実もある」

『『『『 それで? 』』』』

「異界から勇者を召喚するというのは、国の根幹を揺るがすリスクがある。何しろ勇者達は我らの知らぬ知識を持ち、しかも我らより強い身体能力を持つからのう。英雄というものは必然的に民から祭り上げられやすく、齎す変化の大きさに対応できぬ者達を淘汰してしまう。急速な改革など害悪しかならず、場合によっては多くの人々の生活基盤を失わせ貧富の差異に苦しむだけの国になりかねぬのに、お主たちはその責任を果たそうとはしない。物事を軽く考えすぎなのじゃ」


 要は異世界出身の勇者に特権を与えた結果、その知識で現在の政治体制を破壊しようとした者や、祭り上げることで利益を得ようと考えた者達が改革を行い、時代にそぐわない国家にしようと暗躍したから仕方がなく暗殺した。

 その勇者達は責任感など持っておらず、ただ『間違っているから』という子供の論理を振りかざすため、多くの者達が泣くことになった。

 そんな経緯があるから『始末してもいいよね?』という考えに至ったのだと熱弁する。


『なら、召喚なんて最初から止めるべきだったでしょ? それでも私達の召喚を続けたのは、利用する気満々だったからじゃないの! おおかた『代りなんていくらでも召喚できる』とか思ってたんじゃない? それで世界を滅ぼしかけてたら世話ないわよね』

『後付けの言い訳にしか聞こえねぇよな。どうせ嘘をついてこの場を乗りきろうってんだろ?』

『無自覚で世界から魔力枯渇なんて事態を招いていたんだから、やっぱ滅びるべきよ。知らなかったじゃ済まされない話だわ』

『至高なる四神だの、大いなる神だのほざいていたけどさ。世界で一番邪悪だったのは君らだったようだね。何が異端者だよ、四神教じゃなく大罪教と改めたら?』

『ま、どのみち俺らが滅ぼすけどね。それをするだけの資格は俺達にはある』


 だが、そんな必死の訴えなど元勇者には通じない。

 何しろ邪神戦争期からの死者をふくめ、ジャバウォックの姿を形成している魂の数は多い。最初の召喚でその半数の人間が異世界より連れてこられたのだ。

 その後も増え続ける異界の魂は、とうとうこの世界の摂理にまで侵食するようになってしまい、その罪は四神教の信徒全員を抹殺したところで消えることはない。

 身勝手な理不尽行為に対し、その怒りは収まりようがないほどに肥大していた。


『戯言はもういいよな?』

『んじゃ、この神殿ごと吹き飛ばすぜ』

『あ~、同類君たちは直ぐに逃げた方がいいよ? 細かい攻撃は苦手だから巻き込まれても知らないよ。まぁ、死んだら僕達の仲間になるだけだけどね』

「「「 それ、やだなぁ~……… 」」」


 ジャバウォックの周囲にプラズマが舞う。

 もはや言葉など無意味であった。


『な……なぜこうなった。なぜ今になって死んだはずの勇者共が現れる!! 異界の人間どものせいで我らが窮地に陥るなど、あってはならぬことじゃ!!』


 多くの命を呼び寄せ、神の名のもとに散々利用してきた結果に過ぎないのだが、ミハイルロフ法王を含む上層部にいる司祭や神官達はそれを悪いとは思っていない。

 召喚し利用することが当たり前となっていたために、その行為に対して罪悪感が希薄となっていた。それ以前に異世界人を人間とは見ていなかったともいえる。

 彼らにとっての世界とは今この地で生活している視界に映る世界に限られ、それ以外の世界など魔物が生息する秘境と大差なく、利用することに躊躇いがない。

 たとえ高度な知識を持っていようとも、異世界から召喚されたという時点で使い捨てるだけの価値しかなく、召喚を続けた結果がもたらす影響など考えもしなかった。

そのツケを払うときがきた。それだけのことである。


『どうやって殺されたい?』

『プラズマに打たれるか?』

『それとも数千度の炎で焼かれたい?』

『高水圧で押し潰されるのもいいよぉ~?』

『岩でぺしゃんこってのも捨てがたいよな?』

『風圧でズタズタに引き裂くというのは?』


 楽しげに処刑方法を並べ立てる元勇者達。

 そして、彼らのそのような態度がミハイルロフ法王たちの神経を逆なでた。


「ふざけるでないわぁ!!」

「貴様ら異界人など利用されるためだけの奴隷であろう!!」

「死んでなお我らに歯向かうなど許されぬことだ!!」

「たかが異界人の分際で!!」

「おとなしく死んでおればよいものを、今さら湧いて出てきおって! 使い捨ての駒が我らに逆らうなどおこがましい!」


 普段は民達の前で人の信仰と道徳を説く彼らの口から、内に秘めた本心を曝け出させてしまう。それはジャバウォックにとっても好都合である。


『それが本音かよ』

『まぁ、知っていましたわよ?』

『けど、ぶちまけたのは不味かったな』

『我らの中には複数の【伝播】スキルと【盗聴】スキル持ちがいる。そのスキルを【拡散】のスキルと併用するとどうなると思う?』

『国中にお前らの言動が広まっただろうな。ちなみに、今までの会話内容なども同時進行で拡散させている。それがどういうことか分かるか?』

「「「「 はあっ!? 」」」」


 怨嗟の魔力による意思の伝達は、呪詛が立ち込める範囲でしか効果を及ばさない。

 だが複数の盗聴・伝播・拡散スキル保持者の能力を使うと、大気を伝って声を遠方に広げて拡散させることができた。同時にそれは四神教の悪行を広く知らしめることになる。

 彼らは自ら自滅の道を進んでしまった。


『俺達が襲撃以外のことをやらないとでも思っていたのかね~?』

『マジで馬鹿だよな』

『他人を騙すことに長けた奴ってさ、自分が騙されることに気づけないんだよ。派手に破壊しまくった情報に踊らされすぎぃ~』

『自分達の悪事が世間に広められた気分はどう?』

『ねぇ、今どんな気持ち? ねぇ? ねぇ?』


 盛大にこき下ろす元勇者達と、自ら墓穴を掘ってしまった四神教の重鎮たち。

 ニヤニヤと嘲笑いながら神官達の崩れ落ちた顔面蒼白の表情を眺めているジャバウォック。

 ここにきて今までの会話の一部始終が世界に拡散されたのだ。


「お、おのれ………この化け物が…………」

『その化け物を生み出したのはお前らだろ』

『なに? それって悲劇の主人公気取り?』

『たかが誘拐犯の分際で、なに偉そうな口調でしゃべってんだよ。罪人は裁判官に慈悲を乞うもんだろ』

『それで刑罰が減刑されるわけじゃないけどな』

「神への信仰を持たぬ貴様らなど、辺境の蛮族と変わらぬであろう! そんな愚物どもを神のために貢献させてやっておるのだぁ、それの何が悪い!!」


 納得いかなかったのか、神官の一人が叫んだ。

 そんな態度傲慢な態度に、ジャバウォックの身体から生えだている勇者達の額に青筋が浮かぶ。それを見ていた八坂たちも『あっ、やっちまったな……』と心で思った。

 同時に嫌な予感が背筋に走る。


『処刑方法はフルコースで決まり』

『『『『 異議なし!! 』』』』

「「「「 えっ? 」」」」


 背中の鰭から激しいスパーク光が迸り、五つの首にはそれぞれ炎・風・水・砂・そして闇の属性ブレスを発射体勢に入っていた。

 こんな至近距離でそんなブレスや全方位レーザーを放たれれば、周辺は草木すら生えない更地と化すだろう。ヤバイほどの膨大な魔力にこの場にいる全員が硬直する。


「に、逃げろぉ!!」


 川村の叫びと共に反応し、慌ただしく逃げだす者達。

 だが、行動に移すのが遅すぎた。

 そもそもジャバウォックが姿を現す前に逃げていれば良かったのだが、ドラゴンの強襲と思っていたこともあり、その正体が召喚された勇者の慣れの果てだとは考えもしなかった。

 なにもかもが手遅れである。


『『『『『 消しとべぇ!! 』』』』

「「「 ちょ、ちょっとぉ!? 」」」


 川村・八坂・笹木の三人は、とっさの判断でテラスから飛び降り、迂回するようにジャバウォックの真下へと転がり込んだ。

 同時に放たれる属性ブレスと全方位レーザー。

 旧神殿は吹き飛び、周囲にある行政施設もレーザー光で薙ぎ払われ、辺りは一瞬で炎の海に包み込まれた。

 しかも入念に何度も首を動かし、生存者を一人も残さないような執拗なまでの攻撃を加えている。八坂たちも彼ら元勇者達の気持ちは痛いほど理解できた。


「法皇様……死んだかな?」

「………さぁ?」

「危なかった……。この手の攻撃は真下が安全だと気づかなければ、俺達も同じ運命を辿っていただろうな。狩りゲーをやってて助かったわ」


 崩れ落ちていく旧神殿。

 聖都を焦土と化さんばかりの攻撃に、元勇者達の魂に込められた怨念の深さを見た気がした。悪意と殺意が尋常ではない。


『あはははは、死んだ? ねぇ、死んだかい?』

『すっきりしたぜぇ、このクソ野郎どもが!』

『おら、神のご加護とやらはどうしたよ? 全く助けてもらえねぇじゃねぇか』

『救いとやらはあった? こんな理不尽な目に遭ったのに、あなた達は助けてもらえてないの? やだ、やっぱり四神教って詐欺集団なのぉ?』

『やっぱゴミは燃やすのに限るよなぁ~?』


 そして、大勢の人間が死んだかもしれないというのに、彼らは不謹慎にも神官達の死を嘲笑う。

 人の魂とは、どれだけ憎み続ければここまで邪悪に染まるのだろうか。

 大惨事を引き起こしたというのに、元勇者達の魂はどこまでも暗く深く歪んだ愉悦を堪能していた。


「行政区は、もう……全滅だろうな」

「できるだけ生存者を助けよう。二人とも手を貸してほしい」

「川村の正義感であいつらの恨みを買うのは嫌だぞ。それ以前に救助を許してくれるとは思えない……。」


 燃え盛る炎と立ち昇る黒煙は、死した勇者達の憎悪の炎のように思えた。

 圧倒的な力による一方的な蹂躙劇。

 しかし、これは今までこの国が行ってきたことと同じで、強大な魔力攻撃を政治力に変えれば過去に蹂躙されていたのは彼らなのだ。

 

「川村は……この復讐をどう思う?」

「関係ない人も巻き込んでいるのだから、とても正当なものではないんじゃないか? 感情を爆発させただけの突発的な衝動としか……」

「それより逃げるべきじゃないか? また巻き込まれたら今度こそ生き残れない。俺はこんなところで死にたくないぞ」

「「 笹木…… 」」


 笹木はクラスメートの中でトップクラスの攻撃力を持つ主要人物が減ったことで、残された戦闘職の中でそれなりに強いことをひけらかし、自分の地位を上げることに邁進していた。

 自分より強いものが減ったことによる繰り上げなのだが、だからこそ悠々自適な生活の保障と権力のよる確固たる地位に固執し、他人の功績を平然と利用してきた。

 そんな彼は、元クラスメートのなれの果てを見ても何の感情も湧いてこなかった。むしろこの場から逃げ出すことを最優先としている。

 

「お前、岩田達のあんな姿を見て何とも思わないのか?」

「知るか! 死んだ後のことなんて、その時にでも考えればいいだろ。今は死にたくないから全力で逃げるだけだ! そんなに気になるなら、いつまでもここにいろよ。川村」

「………まぁ、安全な所に隠れるのは正しいと言えるけど、だからって……まぁ、笹木だしなぁ~……」

「…………そうだな。八坂の言う通り、考えてみれば笹木だし仕方がないか」

「どういう意味だぁ!?」


 変な理解のされ方をしていた。

 それはそれとして、暴れ出したジャバウォックから急ぎ離れ、たまたま大穴の開いた地下水路へと逃げ込む三人。

 他のクラスメート達がどうなったのか、今の彼らには知る由もなかった。

 なぜなら地下水路に逃げ込んだ瞬間、再び爆発が起きて大穴が塞がってしまったからである。

 九死に一生を得た三人であったが、地下水路から無事に脱出するまで、まだしばらくの時間を要することとなった。


 ~~※~~※~~※~~※~~※~~※~~


 四神を信奉する聖地を、五つの首を持つ巨大なドラゴンが蹂躙している。

 もはや誰も止めることはできず、絶望のどん底に叩き落とされながら、災厄が去るのを逃げ惑いながら待つしかない。

 そんな人間達の様子を上空から見つめる影が二つあった。


「あれが……ドラゴン? ただの悪霊の集合体じゃない」

「そうは言うけど、あの力は尋常じゃないんだぉ? アタシたち二人で倒せるのかぉ?」

「確かに強そうだけど、あの転生者達ほどじゃないわよ。あの程度の力なら私達だけでも充分に対応できるわね」

「下僕共を好き勝手に殺して、許せないんだぉ! ギッタンギッタンにしてやるのだぁ!!」


 水を司る女神のアクイラータと、炎を司る女神フレイレスだ。

 本来であれば人間に干渉するつもりはない彼女達だが、今回に限っては事情が大きく異なる。

 先ずは暴れ回っているドラゴンの正体が、自然の法則から離れた異質な化け物であり、転生者を相手にした時と異なり全力で力を振るえること。

 もう一つは彼女達が望んだ文明の繁栄を破壊する存在であり、何が何でも討ち滅ぼさねばならない敵であり、容赦する必要性が皆無であることがあられる。

 腐っても神である彼女達は、自らの力を振るうにも制約が存在し、成すべき事案によって解除されるプロテクトが存在していた。

 転生者はどれだけ強かろうとも人間という枠組み扱いであるため、制約に引っかかり全力で戦うことができない厄介な存在であったが、このドラゴンは違う。

 遠慮する必要すらない完全なる異形なのだ。


「ガイアネスとウィンディアがいないけど、あの二人のことだからどこかでサボっているのね。ハァ~……面倒だわ」

「あの二人は狡いんだぉ……。いつもアタシ達に仕事を押し付けるのだ……」

「今さらね」


 大地の女神であるガイアネスと、風の女神であるウィンディアは職務に不真面目で、こうした神としての仕事に自らかかわる気が更々ない。

 気まぐれと怠惰が人の姿をしたような二柱なので、昔から余程のことがない限りこうした異変には姿を眩ませてしまう。だから今回もそうだと思っていた。

その二柱が、よもや既に神の権限を奪われているとは思ってすらいなかった。


「すぐにケリをつけるわよ。フレイレス、準備はできてる?」

「モチのロンなのだ。いーぺーこー、トイトイツからの国士無双なのだぁ!!」

「………意味が分からないわ」


 たぶん何も考えずに口から出た適当な言葉なのだと流すアクイラータ。

 事実その通りだった。


「そんじゃ、いっくぞぉ~~~っ!!」


 間抜けな叫びとは裏腹に尋常ではない熱量を持った炎を、ジャバウォック目掛けて躊躇することなく投げつけた。

 その炎はジャバウォックに直撃する直前、見えない壁に阻まれ周囲に飛び散り、まだ生存者がいるであろう行政区に撒き散らされ、被害を拡大させてしまう。

 そのような事態を無視し、今度はアクイラータが高水圧の水槍を放つ。

 やはり見えない壁に阻まれるも、今度はその壁を貫きジャバウォックに突き刺さった。


『な、なにぃ!?』

『こんな攻撃、神官達じゃ無理だな』

『てことは……』


 五つの首が上空を見上げると、そこに二柱の女神の姿を確認した。

 同時に湧き上がる凄まじい怒り。

 その激しいまでの衝動は自らの内に内包する魔力を限界まで活性化させ、限界まで昂った怒りと憎悪の感情が込められた咆哮を上げ、炎と黒煙に包まれた聖都中に響き渡る。


『やっと出てきやがったか、諸悪の根源!!』

『殺す……徹底的に叩きのめしてから殺してやる!!』

『この邪神が、待たせやがって』

『今すぐぶっ潰してやるわ!!』


 四対の翼を広げ、空へと舞い上がるジャバウォク。

 同時に放たれる五つの属性ブレスが天を斬り裂くかのように伸び、それぞれが薙ぎ払うかのようにフレイレスやアクイラータを追尾するも、二柱の女神は攻撃を避けきった。


「ふ~ん………少し面倒な攻撃をしてくるのね」

「これじゃ神官達に対処するのは無理なんだぉ。まぁ、アタシの敵ではないのだぁ!」

『『『『 消し飛べ!! 』』』』


 背中の鰭から放射される広範囲レーザー。

 アクイラータは大気に含まれる水を集め、その攻撃の威力あっさりと減衰させる。


「この程度の力で、私たちをどうにかできると本気で思っているのかしら。これでも一応は女神なのよ? 少し舐めすぎじゃない?」

「熱ではこのフレイレスちゃんを倒すことはできないぞぉ? もしかして馬鹿なの? あぁ~馬鹿なのかぁ~。でなきゃ敵対しようとは思わないもんね♡」

『『『『だったら凍らせてやる!!』』』』


 五つの首全てから絶対零度のブレスが放たれる。

 その冷気もフレイレスの放つ熱量によって無効化され、アクイラータにいたっては凍り付くことすらなく、むしろ涼しそうな表情を浮かべていた。


「馬鹿ね。凍ろうが気化しようが水は水でしょ? 水を司る女神である私に効果があるわけないじゃない」

「むしろ水蒸気が立ち込めていやぁ~んな感じ」

「それはフレイレスの熱のせいでしょ、私のせいにしないでもらいたいわ」


 氷結のブレスも高温と元より水属性の女神たちには通じなかった。

 他の属性によるブレスも躱されるが、それは既に承知とばかりに派手に撃ちまくりつつ距離を詰め、その巨体でもって力任せに近接戦闘を挑む。


「あらら、野蛮ね……。見た目もそうだけど、とても品というものを感じられないわ。格闘戦を挑むなんてエレガントじゃないわよ」

『ぬかせ!』

『ちょこまかと動き回って……いい加減に当たりなさいよ!』

「なんで痛い想いを自分から進んでしなきゃならないのだ? そんなことをするのは変態さんだけなんだぉ。アタシはそんな趣味は持ち合わせていないのだぁ~」

『じゃぁ、殴ってやらぁ!!』


 殴ると言いつつも詰めに魔力を込め、見えない刃で斬り裂こうと試みる。

 しかし、アクイラータ達はその刃が見えているかのように軽く避け、超高圧で圧縮された水弾と火球を至近距離でジャバウォックに叩き込んだ。

 

「燃えちゃえ!」

「ケモノ臭いから近寄らないでくれる?」

『『『『 なっ!? 』』』』


 火炎放射と氷の刃によって翼を奪われ、ジャバウォックは地上へと落下していく。

 その光景は人々に神話の再現のように神々しく見えた。


「あぁ……アクイラータ様………」

「フレイレス様が………我らのために戦っておられる」 

「見よ、あれが神に歯向かう愚かなものの姿である! 神の前では如何なる存在も全く無力なのです!!」

「さぁ、皆さんも祈りを捧げましょう。我らが女神たちの勝利を願って……」


 酷い戦いだというのに、多くの人々は女神二柱の力に魅入られた。

 その姿は美しいまでに神々しく、例え危険な状況下にあったとしても目が離せない。

 しかも人間の力では傷一つ負わすことのできなかったドラゴンを一方的に蹂躙している。

 彼女らの本性を知らなければ誰もが信仰に目覚めたかもしれない。

 だが、そんな光景を別の場所で俯瞰する者がいるなど誰が気付いたであるか。


『ほう……アレでも相手が務まらぬとは、さすがは腐っても神というものかのぅ』


 蹂躙されるドラゴンに多少の罪悪感はあるものの、決して助けに入ろうとはしないその存在は、静かに準備を進めていた。


『これなら力任せの奥の手を使わずに済みそうじゃ、僥倖よな。あの者達には相応に報いてやらねばなるまい』


 一方的に女神たちから攻撃を受け続けるジャバウォックに対し、その存在は憐れみとそれ以上の慈愛に満ちた笑みを浮かべる。本心から元勇者の魂達に感謝をしていた。

 彼らの健闘があればこそ目的が叶いそうのだから。


『………さて、そろそろ我も始めようか』


 もはや決着がつきそうな頃合いを見計らい、彼女は密かに仕掛けていたものを起動させる。


「これで終わりなのだぁ!!」

「あなた達、とても無様よね。存在している価値はないから、今すぐ消滅しなさい」

『『『『 このまま何もできずに終われるものかぁ!! 』』』』


 最後まで抗うジャバウォックに、巨大な火球と高密度の氷塊がぶつけられた。

 高熱量と大氷塊が同時に落とされた瞬間、超低温と高温度が組み合わさったことで大規模な爆発が引き起こされ、天を突くような水爆雲が立ち昇る。

 その衝撃波はジャバウォックの被害を更に上回る大破壊を齎し、周辺の建築物を一瞬にして消し飛ばした。


「ふぅ……トカゲの分際でしぶとかったのだぁ~」

「手間を掛けさせてくれるわよね。お肌が荒れたらどうするのよ……」


 この爆発で生き延びた街の住民や神官達も巻き込まれ、更なる被害者が一気に増えたことになるのだが、この女神たちは何ら心が動かされることはなかった。

 無論、罪悪感なども湧かない。

 彼女達にとって、人間は利用するだけの価値しかない生物に過ぎず、どれだけ死者が出ようとも『また増えるからいいか』程度の認識でしかないのだから。


「疲れたかっら帰るのだぁ~」

「………待って」

「なんなのだぁ? もうあのドラゴンは倒したんだし、ここに用はないのだぉ?」

「あのドラゴン、しぶとさだけは凄かったようね。まだ生きてるわ」

「うっわ、ほんとだぁ~」


 爆心地の中心にはジャバウォックはまだ存在していた。

 しかし、もはや戦えるような状態ではなく、体のいたるところに重傷を負い、血液や体組織が気化分解を始めている。


「もう死ぬんじゃないかぉ?」

「わからないわよ。元は亡霊の集合体だし、なんであんな姿になったのかが謎だわ」

「考えても分からないなら、始末した方が早いんだぉ?」

「……………それもそうね。それじゃ焼却をお願いね」

「アタシがやるのかぉ!?」


 余裕しゃくしゃくな二神を恨めしそうに睨みつけながら、ジャバウォックは全魔力を集中して最後の一撃を放とうと、執念だけで動いていた。


『『『『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……』』』』


 殺意に呑まれ、正気を失い、それでも復讐を果たそうとする。

 理不尽の被害者達の怨念を晴らせる者など、たとえ歴史に名を遺すような聖人君子でも不可能であろう。

 人生そのものを奪われている彼らには復讐しか残されていないのだから。

 その最後のブレスは二神に向け放たれた。


「そんなの、当たらないの……だ、って、えぇっ!?」

「拡散ブレス!?」


 最後に放たれたブレスは今までのような直線的なものでなく、周囲にまき散らされる拡散型であった。

 今まで直線ブレスを避け続けた二神は虚を突かれ、致命傷ではないものの手傷を負う程度の攻撃を受けてしまう。しかも全属性の拡散弾である。


「最後にやってくれたわね………」

「おしおきなのだぁ~~~~~っ!!」


 フレイレスの業火の直撃を受け、ジャバウォックは今度こそ塵と化していった。

 自分達に反抗する存在の最後を侮蔑の眼差しで見届けたが、それもすぐに興味すらなくし目を逸らした瞬間、世界は闇に包まれる。

 更に天候は突如として荒れ狂い、幾重にも竜巻が発生し、雷鳴が轟き豪雨が身を叩きつけるかのように降り注ぐ。


「なっ!?」

「な、今度はなんなんだぉ!?」

「これは結界……? こんな大規模なものを誰が………」


 光すら呑み込む闇と嵐の中、唯一差し込む光の柱を降りて、その存在は姿を現した。

 アクイラータとフレイレスはその存在の放つ気配に本能的な恐怖を抱く。

 神々の神聖な戦いを感極まりながら見ていた人々や、瓦礫から何とか身を乗り出してきた者、更には逃げようと城門の前に集まっていた多くの人間達は、その気配に思考が停止する。

 生物的な本能が、その圧倒的な存在感を放つ者を『在りえない』と必死に否定しているものの、畏怖とか恐怖などの言葉が生ぬるいほどの絶望感に身を苛まれる。

 理解できない。したくない。


「我が元に来るがよい」


 彼女は左手を何気に前へ向けると、掌に無数の光が集まってくる。

 光は人の形をしており、聖都中の地面からも湧き出てくるかのように次々と姿を現しては、かの存在に向かい集っていった。

 見た目的には幻想的に見えるのだが、現実は死者の魂を呼び寄せている忌むべき光景。そのおぞましさを理解し体がどうしようもなく震えてくる


「長きに渡る苦しみの中を、よくぞ耐え抜いたのぅ。もう休むがよい………汝らの無念は我が代りに晴らしてやろうぞ」


 それはメーティス聖法神国に利用されたすべての勇者達の魂であった。

 まるで縋りつくように集まる魂達をその身に取り込み、優しく呟くその姿は慈しみの響きが込められていたが、人々の本能は理解してしまっている。

 この存在は決して慈愛に満ちた存在ではないのだと。


「残りの羽根虫と、それを妄信する愚か者共よ。終焉の時は来た………。罪深き汝らに、更なる絶望と断罪を我自らが送ろうぞ。光栄に思うがよい」


 最悪の言葉が静かに告げられる。

 その姿は異形であった。

 神の存在を示す輝く王冠を持ち得ながら、その頭部には左右銀色の角を持ち、輝く金色の翼を羽ばたかせながらも神聖と邪悪を内包している。

 金の瞳は二柱の女神や人々に侮蔑の視線を向け、それ以外の感情は一切見受けられない。

 多くの人々は本能で気づいていながらも誰も口に出すことができない。

 彼女はこの世界において唯一の絶対者であり、不用意に踏み込んではならない最大の禁忌であることを―――。


 誰かが震える声で小さく呟いた。

 ―――『邪神』と……。


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