舞い降りる復讐者
メーティス聖法神国の聖都【マハ・ルタート】
幾重にも築かれた城壁の前にその巨体は舞い降りた。
五つの首を持ち、四対の巨大な翼を広げ、根元から三つに分かれた長い尾を大地に叩きつける姿は、まさに龍王と呼ぶにふさわしい偉容だった。
頭部から尾に掛けて連なる背びれは常に放電し続けており、そこから漏れ出した電流は雷のごとく地上へと降り注ぐ。
「で、でたぁ!!」
「バリスタ準備! なんとしても聖都への侵入を阻止せよ!!」
「神官達は神聖魔法による障壁を展開! あの雷は触れるだけでも危険だぞ!!」
「ドラゴンが前進を開始しました!」
鈍重な音を響かせ城壁へと接近してくるドラゴン。
今まで見たことのない巨体が接近してくる姿に兵士たちは慄き、身を震わせながらもその場にい続けるのは職務に中時とだからか、あるいはなけなしの勇気を振り絞っているからだろうか。
「バリスタの準備が整いました!」
「投石機も完了です!」
「よし、充分に引きつけてから一斉に攻撃するぞ。先走るなよ」
五つの首がそれぞれに動き、まるで睥睨するかのように兵士や騎士達を睨みつけている。
堂々と進むその姿はまるで王の行進である。
「攻撃開始ぃ!!」
城壁に設置されたバリスタや投石機から巨大な矢や石が一斉に放たれた。
その大半がドラゴンの直撃する前にドラゴンの周囲を取り巻く雷によって阻まれ、音を立てて破砕されていった。
その光景を見ていた生産職の勇者【佐々木 学】は、『ま、まるでバリアーなんだな……』と呟いた。
彼がこの場にいる理由は試作した大砲を城壁の各箇所に設置していたためだ。
攻撃を受けているにも拘らず前進を続けるドラゴン――【滅魔龍ジャバウォック】は、そんな兵士達を見て『大変だな……』などと思っていたりする。
多くの勇者達の魂が宿ったこの巨体では、常に多くの対話がなされていた。
『……見てみろよ。奴らの慌てている姿。マジうける~♪』
『いや、なんで街の外周から侵攻するような真似してんの? 上空から直接襲撃すればいいじゃん』
『わかってねぇな~。俺達は連中の都合で殺されたんだぜ? ここは徹底的にビビらせて、死ぬほど後悔させてやるべきだろ』
『まぁ、悪趣味だとは思うけどさ。だからといって一瞬で消し飛ばしても俺達の気が済まない。暗殺者に散々追われてから殺されたからな』
『私も同感。不良連中と意見が合うのはちょっとムカつくけど、あの時の恐怖は忘れたわけじゃないわ。この恨みは晴らさせてもらわないと』
ジャバウォックの中には様々な死を経験した者達が集っている。
戦争で死んだ者達は死後にことの真相を聞かされたことで協力しているが、それ以外は裏切りや毒殺、突然の襲撃や暗殺を受けた者達が殆どだ。
誰もが無念を抱いたまま亡霊となってこの世界を彷徨い、同類と結合してレギュオンとなることにより自我の崩壊を防ぎ、復讐の機会を窺っていた。
その過程で強大な力を持った神と出会えたことは幸いである。
こうして復讐するときがきたのだから……。
『城壁はどうするの。ぶっ壊す?』
『当然ね。私の死体、人柱として埋められているから。派手に吹き飛ばしちゃって!』
『マジかよ。よし、その無念を皆で晴らしてやんよ』
『ブレス用意!』
剣のごとく生え揃った背中のヒレが、周囲を照らさんばかりの光を放ち激しい放電を始めた。
頭部へと流れる膨大なエネルギーを感じつつ、勇者達の魂は一丸となってそのエネルギーを凝縮させ、臨界点ギリギリで一方向に向け解き放つ。
青白い閃光が城壁に向け直進し、寸前で神聖魔法による魔法障壁に直撃するもあっさり貫通し、城壁を高熱量で溶かし見事にぶち抜いた。
しかも放たれた閃光は消えることなくそのまま進み、はるか先にある第二城壁にまで到達し、大爆発を引き起こした。
この光線攻撃の熱量は建ち並ぶ建築物を引火させ、街の中で火事が発生した。
『………ちょっと、これはやりすぎじゃない?』
『邪魔な壁の一部が消えたから、結果オーライじゃないか?』
『いや、火事になってんじゃん……。俺、民間人を巻き込む気はないんだけど』
『温いこと言ってんじゃねぇよ。連中は俺達の犠牲の上でのうのうと生きえたんだぜ? 少しは命の危険に晒されねぇと割に合わねぇだろ』
『そうよね。こいつらの先祖は私達を利用して殺しておきながら、何も知らず安穏と生きていたのよね。ムカつくわ』
聖都マハ・ルタートは長い歴史のある街だ。
殆どの勇者はこの地を拠点とし、遠征や討伐などを行いこの地に戻ることなく死んだ者達もいるが、生き延びた者達は裏で殺されこの地の地下深くに遺体を捨てられた。
裏の事情を知り逃げた者達もいたが、その殆どが追い付かれ処理されており、地縛霊として自分の身体が腐敗していく様を見届けた者もいる。
ネズミや獣の餌になった者達だっていた。
聖なる都とは名ばかりの腐敗した街など、内心では徹底的に焼き滅ぼしたいという想いは一致しているが、何の関係もない土地から移り住んだ者達も大勢いる。
関係のない者まで滅ぼすのは良心が痛んだ。
少なくとも今の時代に近い時代に召喚された者達は近い考え方だが、千年以上前に召喚された者達は違う。彼らはこの世界そのものを恨んでいた。
特に邪神戦争期に召喚された者達ほどその憎悪は強い。
『ふざけたこと言ってんじゃねぇよ。関係ない奴は殺したくないだぁ? その関係ない奴をどうやって見分けんだよ』
『そもそも我らはこの世界とは何ら関係ないのに召喚され、問答無用で邪神と戦わされたのだ。中には召喚された瞬間に理由もわからず消し飛ばされた者達もいる』
『しかも邪神を倒さない限り帰れないと嘘をほざいてな。最初から俺達に選択肢は与えられていなかったんだ。そんな連中の子孫を皆殺しにする権利はあるんだよ。俺達の犠牲の上に成り立っているんだからなぁ!』
『アナタ達も考えてみて。奴らは私達を利用するだけして、その後なにをしたのか知っているでしょ? 連中は異世界から召喚される人間を道具としか思っていないのよ』
『しかも真実を知らないまま今も利用されている。俺達は連中の犯した罪を知らしめなくてはならない』
『犠牲者を出したくない気持ちも分かるが、この城塞都市は奴らの総本山だ。今だけは非情になることを了承してくれ』
古い魂ほど蓄積された恨みの念は強く深い。
その思念に中てられ、比較的新しい魂達も納得はしないものの必要な行為と理解し、『……今回だけ協力する』と了承の意志を示した。
前進を続け、ジャバウォックは融解した城壁から悠々と聖都に侵入していく。
「………どうすんだよ。あんな化け物など相手にできんぞ」
「バリスタも投石も通用しない……。魔法攻撃でもない限り手の打ちようがないぞ」
「この国のどこに魔導士がいるんだよ。それに、その発言は異端扱いになるぞ」
「今からソリステア魔法王国に救援を要請したところで間に合わん。それ以前に手を貸してくれるとも思えない……」
「いろいろと不興を買っているからな、この国は……」
神聖魔法以外の魔法を認めないこの国にとって、圧倒的な人員を投入した制圧攻撃以外に敵を倒せる手段はない。まして巨大な魔獣など相手にならない。
そもそもジャバウォックのような巨大魔獣を相手にするノウハウが一切なく、常に対人戦闘を念頭に置いていたために後手に回るしかない。強力な魔法を放つ魔獣の存在など想定していなかった。
いや、防衛という面では魔法に対抗する方法はあったのだが、ジャバウォックは既にその防衛手段を打ち破っている。
その方法とは城壁内に仕込まれたミスリル線で刻まれた術式に魔力を流し、城壁の強度と魔法障壁を展開する仕掛けなのだが、レーザーブレスによる圧倒的な熱量の直撃を受け、いとも容易く侵入を許してしまう。
信仰による絶対的な力とされた神聖魔法が破られ、神官達は動揺を隠せない。
「……勇者サマッチ様、アレを使わせていただきます」
「ししし、仕方がないんだな……。けど、何回使えるか不明だし、熱を持ち過ぎると誘爆の危険があるから気を付けるんだな……。あと、効果が無かったら、にに……逃げるんだな」
「承知しました。我らの意地をあの化け物に見せてやります!」
「全然わかっていないんだな」
メーティス聖法神国の最新兵器。
アームストロング砲の装填作業が始まった。
~~※~~※~~※~~※~~※~~※~~
その報せはマルトハンデル大神殿が崩壊して以降、政治の中枢拠点として再び移された旧大神殿に齎され、ミハイルロフ法王を含め大神官や勇者達もその対応に追われていた。
「……ついに、あのドラゴンが聖都に現れた。現在第一城壁前で交戦に入っておる」
重要な会議を行う執務室にて、ミハイルロフは重い口を開いた。
集った者達も素手のドラゴンの圧倒的な強さを知っており、その表情は一様に蒼褪めていた。
「勇者タツオミ、迎撃の準備はどうなっておる?」
「開発部が突貫作業で製作した試作大砲が、既に城壁に配備されていますが……効果があるかは使ってみないと分からないでしょう」
「ドラゴンの周囲には高電流が常に放出状態だし、近接戦なんてとても望めそうにもないな。頼みの綱の聖剣も調べたが、確かに膨大な力を秘めているようだけど、一回使ったら確実に壊れると思う」
「八坂、お前に話は聞いてないぞ? 口をはさむなよ」
「笹木に言われた気ないな。それに、今のはただの現状報告だ」
「………チッ」
勇者である【八坂 学】と【笹木 大地】だが、以前の会合時から急速に対立するようになってしまい、同じ勇者の【川村 龍臣】も頭を抱えていた。
何事も他人任せの笹木と、貧乏くじを引かされる八坂。
戦闘職の勇者がこの三人しかいない以上、どうしても前線で指揮を執る勇者が必要となるのだが、どちらも責任の押し付け合いになってしまい一向に話が進まなくなる。
笹木は川村と対立したくないのか、何かにつけて八坂に仕事を押し付けるようとするので、当然ながら不満が溜まり拒否するようになるのもわかる。
だが今は緊急事態で、こんな時に仲たがいはやめて欲しいところだ。
「報告! ドラゴンのブレス攻撃により第一城壁が破壊。貫通したブレスはそのまま第二城壁に直撃し崩壊! このときの攻撃による余波を受けて街で火災が発生しています」
「できる限り人員を集め、鎮火作業を急がせなさい。民の避難も最優先で実行するように」
「了解しました。各部署に伝達をしておきます」
今の報告にはかなり重要な情報が含まれていたことに八坂は気が付いた。
笹木は仏頂面をしており、川村も地図を眺めながら深刻な表情を浮かべているが、今の報告による敵の危険性にまったく理解している様子がない。
「川村……」
「なんだい?」
「建物が空気伝導による熱で発火するなんて、ドラゴンのブレスがどれだけの熱量を持っていると思う?」
「なにが言いたいのか分からないんだけど」
「第一城壁……たぶん溶岩みたいに融解していると思う。しかもブレスはそのまま貫通し、第二城壁へと直撃。余波で火災まで発生している。間違いなく数千度以上の熱量はあるんじゃないか?」
「「!?」」
空気は密度が低く熱伝導率は思っているより高くない。
それなのに余波だけで火災が発生するとなると、ドラゴンのブレス攻撃はアニメの宇宙戦艦に搭載された主砲や、どこかの放射能で進化した怪獣並みの威力があることになる。
しかも首が五つあり、それぞれの口から大出力のレーザーを放つこともでき、背中のヒレからは全方位に向けてビーム攻撃が可能と出鱈目な能力もあると報告されていた。
「聖剣にどれだけの力が残されているのか知らんけど、根本的な問題として人が近づけるとは思えない。全方位攻撃されたら周囲は火の海だから……」
「そうなるとキモデブの作った大砲が頼りだな」
「笹木……お前、少しは考えてから話せよ。桁外れの熱量をぶっ放しながらも、そのブレスで傷つくことがないんだぞ。大砲ごときの威力で倒せると思うか? 鱗に傷一つでもつけられれば上出来なんじゃないか?」
「それ、八坂がドラゴンと戦いたくないだけなんじゃないか?」
「お~、戦いたくないよ。何ならお前が相手すればいいじゃないか。元より言い出しっぺはお前なんだからさ」
「うぐぐ………」
「二人とも仲間内で揉めるのはやめてくれよ」
緊急事態だというのに笹木と矢坂は対立を深めていた。
元より他人任せで美味しいところ取りの笹木と、嫌々ながらも面倒事を卒なく熟す八坂とは性格的に合うことはない。分かっていても間に立つ川村には頭が痛い問題だ。
とはいえ、勇者が力を合わせられたとしてもドラゴンに勝てるとはとても思えない。ダンジョン内に生息していたモンスターとは比べることができないほど格が違い過ぎる。
まさに生きた災厄そのものだ。
「八坂、ドラゴンの目的ってなんだと思う?」
「ん? なんでそんなことを訊くんだ?」
「いや、ゲームでもそうだけど、ドラゴンって人間並みに知能が高いと言われているだろ? そんな生物がなんでメーティス聖法神国を襲撃しているのか不思議に思わないか?」
「ただのトカゲだから何も考えてないんじゃないか?」
「「 笹木は黙ってろ! 」」
適当に答えた笹木に勇者二人は一喝。
そっぽ向いた彼を無視し話を続ける。
「普通に考えれば巣を襲撃したか、卵を盗んだかだろな。けど、あんなドラゴンが生息しているなんて話は報告にすらなかった」
「俺も過去の資料を漁ったけど、そんな資料すら見つからなかった。ダンジョンから出てきた可能性も考えたが、神殿や教会を襲撃する理由が分からない」
「明らかに意図的に襲撃を繰り返してるよな?」
「馬鹿でもわかるだろ。けどその理由が…………いや、まさかな…………」
八坂はある可能性を考えていた。
命が惜しいために敢えて考えないようにしていたが、偶然真相と思える事件と遭遇したことに思い至ったが、誰にも話すことなく心の内に封印していた真実。
しかも今話せば例え答えが誤りであったとしても、事が済んだ後に危険視され裏で始末されかねない。さらに言えば状況証拠だけで確信に至る根拠がないに等しい。
「なにか思い当たることがあるのか?」
「い、いやぁ~………これは突拍子もないことだしぃ~? 何の確証もない憶測にすぎないからなぁ~……」
「原因がわかれば対処できるかもしれないだろ。どんなことでも糸口が欲しい」
「そ、そうか? なら……あのドラゴン、本当にドラゴンなのか? 何か別の生物なんじゃないのか?」
「「「…………」」」
川村・笹木・そして今まで口をはさむことのなかったミハイルロフ法王も、目を点にして八坂を見ていた。その視線には『こいつ、何言ってんだ?』という意思が見て取れる。
こんな言い方をしたのも、できるだけ真相をぼかすような言い回しを選んだためであり、自身が知る真相の一端をあくまでも推測という形に印象付けるためだ。
はっきりと彼らに伝えたら命が危ない。
「そもそも、あのドラゴンは明確な意思で神殿関係をぶっ壊してるだろ? この時点で人間並みの知能があるのは判明している。しかも、その襲撃は凄く執拗に思えるだろ? まるで恨みでも晴らすかのような動きだ」
「………確かにそうではあるな。勇者ヤサカの推測にも正鵠を得ているように思える」
「じゃぁ、アレは何なんですかぁ~? 捻りもなく怪獣なんて言わないよな?」
「笹木はチャチャを入れるな。それで八坂、お前はあのドラゴンの正体を何だと思っているんだ?」
「……アンデッド。それも、今までメーティス聖法神国によって殺された人々の、亡霊が結集したレギュオンだと思う」
必死に頭を捻り、『メーティス聖法神国によって殺された人々と』言葉にすることで、その中に勇者が含まれているという意味を隠した。
真実を告げてはいないが嘘も言っていなかった。
「ば、馬鹿な……あのドラゴンが亡霊のレギュオンじゃと!? いや……そう言われてみると確かにそう思えるところもあるが、しかし……」
「なるほどな。それが事実だとすれば納得はいく……。他国か、過去に栄えていた国か、それとも獣人族か……。歴史をさかのぼれば相当な恨みを持って死んだ人々が大勢いるだろうね」
「いや、それでも納得できないね。それならなんで今になって動き出したんだよ」
「笹木さぁ~、川村にも『少しは頭を使え』て言われただろ。お前、何聞いてたの? 今になって動き出したんじゃない。活動する力を蓄えるのに時間が掛かって、やっと動きだせるようになったんだよ」
「つ、つまりじゃ……。あのドラゴンの正体は…………」
「過去からの復讐者達だ」
なんとか言い切った。
しかも、そこに勇者という言葉は含まれていないので怪しまれた様子もない。
咄嗟のこととはいえ、よく考えついたと自分を褒めたくなる八坂。
「いやいや、八坂! それはおかしい。報告だと、あのドラゴンは以前城塞都市を破壊しまくったとき、ムカデ女の化け物を捕食していたよな? ならアンデッドじゃなく生物だろ」
「そのムカデ女も同類だったとしたら? 同じレギュオンだからこそ取り込み、自分の力にしたと考えた方が自然じゃね?」
「つまり、城塞都市が滅んだ原因はレギュオン同士の力の奪い合いだったと? ドラゴンの方が勝利したから進化したというのか?」
「エレス・コレクート! さすが川村」
敵が亡霊だとすれば神聖魔法でもなんとか対処ができそうな気がする。
しかし、それにはまだ大きな問題があった。
「……仮にあのドラゴンが亡霊の集合体だったとして、いったいどれだけの人間の魂が集約されているんだ? 城壁を破壊するなんて桁外れだぞ……」
「ついでに物理攻撃が通じないことになる。魔力の込められた武器じゃないと、とても相手にならないだろうな」
「だから聖剣で突撃するんだろ? ガンバレぇ~八坂ぁ~」
「亡霊であれば神聖魔法で対処はできよう……。しかし、確実に倒せるとも思えぬな」
神聖魔法による【浄化】の魔法は、亡霊などのアンデッドには確かに有効だが、その効力は魔法を使用する神官達の魔力保有量に依存する。
多くの霊を浄化するには、それだけ魔力を消費してしまうのだ。
しかも巨大なドラゴンを形成する数の亡霊ともなると、神官を総動員しても消滅させることができるか微妙だ。むしろ返り討ちになって魂を食われる可能性の方が高い。
「待った! 亡霊は物理攻撃が通じない……だったね?」
「あぁ……それが?」
「じゃ、じゃあ………城壁に設置した大砲は…………」
「「「 …………あぁっ!? 」」」
予算と人員を駆使して何とか生産にこぎつけ、各所に配備した大砲。
だが、物理攻撃が通用しないとしたら、この大砲もまた無意味なものになる。
その可能性に気づいた直後、遠方から砲声が響き渡った。
~~※~~※~~※~~※~~※~~※~~
城壁に設置された大砲から次々と撃ち出される砲弾。
その何発かはジャバウォックに直撃するも、何割かは狙いが外れ民家へと着弾する。
それでも動きを止めることなく前進を続けているジャバウォック。
『ちょ、直撃しているはずなのに……まるで効果が無いんだな』
【佐々木 学】、通称サマッチは自分が作り出した大砲の効果に落胆していた。
時間がないとはいえ人員を騒動し、アームストロング砲をベースに改良まで加えたというのに、その結果は望んだほどのスペックを発揮できていない。
正確には兵器として充分な威力は出している。
おかしいのはジャバウォックで、着弾するとまるで水面に石を投げ込んだような飛沫は上がるものの、すぐに再生してしまう。
まるでスライムのようだ。
『あのドラゴン……なんか、おかしいんだな。みみみ、見た目は生物的だけど、軟体のゲル状生物と見た方がいいかもしれないんだな』
攻撃の全てが内側に飲み込まれてしまう。
しかも、全くと言っていいほどダメージを与えた様子もなく、物理攻撃で倒せるとは思えない。効果があるとすれば魔法攻撃であろうか。
『風間氏はもういないんだな……。弱点になる可能性のある魔法攻撃なんて、でででで、できる人がいないんだな』
勇者でありながら魔導士でもあった【風間 卓実】は、アトルム皇国との戦争時に大勢の仲間とともに戦死している。
あくまでも記録上だが、生きていたとしてもメーティス聖法神国のために戦ってくれるとは思えない。何しろ魔導士が毛嫌いされている国なのだから。
「クソッ、新兵器も全く効果がないぞ!」
「アレは本当に生物なのか!? この大砲だって強力な武器だというのに……」
「見た目は硬そう鱗に覆われておるが、直撃を受けると水のように柔らかになる。まるで巨大なスライムのようではないか」
「あんなの……どうやって倒せというんですかぁ!」
状況はほとんど絶望的だ。
しかも再び背中の鰭に眩いばかりのプラズマが迸り、攻撃する体制を行い始めている。
人の身ではこの巨大生物の攻撃を止めることすらできずに見ているしかできない。
しかも、二度目の攻撃は全方位攻撃であった。
背びれから放たれた無数の光線が家屋を薙ぎ払い、城壁を斬り裂き、余波の熱量で火薬が誘爆を引き起こす。ついでに第二城壁にまでブレス攻撃を行い、強引に行く手を切り開く。
ようやく復興の兆しが見えてきた街並みは一瞬にして炎に包まれた。
そんな地獄絵図の中、大砲の暴発に巻き込まれるという不幸な出来事があったのだが、なぜかジャバウォックの所業にされていたりする。
「被害状況を確認!」
「北東部の城壁、崩壊! 市街が………」
「今の攻撃で砲台のいくつかが攻撃不可能に……。おそらく火薬に引火したものと……」
「街の消火を急がせろ! このままでは大規模な火災によって街が全滅だぞ!!」
「住民の避難を最優先! なんでこんなことに……」
ジャバウォックの圧倒的な力の前に大混乱を極めていた。
もはや攻撃どころの騒ぎではない。生き残ることが最優先になりつつある。
「いかん! このままでは行政地区に侵入されてしまう」
「しかし、あんな化け物をどうやって止めるんだ」
「最新兵器ですら通用しない……」
かつては都市の中央にあったマルトハンデル大神殿も、いまやクレーターだけが残された崩壊跡地の近くに、観光名所から政治拠点として復帰した旧神殿もある。
ここを破壊されればメーティス聖法神国は国として終わりだ。
信仰としても聖地という扱いのため、この魔獣災害は何としても食い止めねば様々な意味合いで地に落ち、四神への信仰も完全に終わるだろう。
「つか……この街のどこに何があるのか、理解しているような動きだな」
「そんな馬鹿な……」
「わからんぞ? 奴は各地の神殿や教会を襲撃してきたが、この街の上空も幾度となく通過している。もしかしたら地形を把握するために飛び交っていたのかもしれん」
「じゃあ、各地の神殿や教会を襲撃していた理由はなんだ?」
「我らの拠点の場所を把握するための陽動か、あるいは何度も姿を見せることで恐怖感を煽り、冷静な判断力を奪うための行為だったのかもしれん」
ほぼ伝説と化しているドラゴンの特徴として、人語を理解する知性を持っているというものがある。
彼らの多くが巨大なドラゴンと対峙した経験はないが、大まかな知識として民話伝承を学んでおり、判断基準もその伝承に基づき行動していた。
だが、知識は所詮知識であり、自らが体験した現実と大きな差異が生まれやすい。
伝承が正しいかどうかは自ら確かめる必要がる。行動し得られた情報を精査し修正を図り、討伐を優位に進めるための作戦を構築する必要があるのだが、今回は時間が無さ過ぎた。
同じ龍種でも行動パターンは異なり、生息領域の環境の差異によっては能力も全く異なるなどよくあることで、まして初めて遭遇するドラゴンの情報など無いにも等しい。
全てが手探りの中で自分達の優位に戦いを進めるのが困難な状況であった。
「どうしますか? このままでは……」
「ワイヴァーン程度なら何とかなるが、アレは我らの知る常識の範疇を越えている。人間では抑えきることなどできん」
「こうも防衛ラインをあっさり突破されると、私達ではどうしようもないですね」
「犠牲者を最小限に抑えるしかあるまい。いや、それしかできんな」
「では……」
「うむ………街の住民の避難を最優先にする。最悪……この聖都を放棄することになるだろうな」
圧倒的に隔絶された強さの前に、非力な人間には抗うことすらできなかった。
防衛などせず、最初から住民の避難を最優先にしておけば被害を最小限に抑えられたのではないかと後悔しつつ、騎士や兵士たちは住民の避難誘導へと動き出していた。
~~※~~※~~※~~※~~※~~※~~※~~
「報告します! ドラゴンは現在、こちらに向かって侵攻中! もはや……聖騎士団だけでは抑えられません!!」
「なんじゃとぉ!?」
対ドラゴン用として多くの資金や人員を費やした新兵器の大砲も、ドラゴンの前では全く無意味であったことが報告された。
ミハイルロフ法王は青ざめた表情で勇者達を見るが、カラらは顔を伏せ無言で首を横に振る。打てる手だてが全くなくなかった。
「法皇様……もう、この街を放棄するしかないですよ。相手が悪すぎた」
「勇者タツオミ………しかし」
「もとより想定外の化け物だったんだ。そんな奴に目をつけられた時点で、既に詰んでいたんだよ。それよりも脱出をしたほうがいいだろうな」
八坂は溜息を吐きながら立ち上がった。
もはやこの場で交わす議論もなければ、ドラゴンを倒せるような作戦もない。
齎された報告はどれも最悪な状況を示しており、すぐにでも逃げ出さなければ自分達が死ぬことになる。長いものに巻かれる性格の八坂であったが無駄死にするつもりはなかった。
「緊急! ドラゴンが凄い速さでこちらに接近してきています。ただちに脱出を……」
新たな報告とともに、直ぐ近くで建物が崩壊するような音が響いてきた。
人間の築き上げた建物など巨大生物の前では壁にもならず、巨体から振るわれる力の前で瓦礫と化し、巻き上がる粉塵の中から五つの首が現れブレスで周囲を薙ぎ払う。
磨かれた大理石の建造物は、今や無残な姿へと変わり果て、倒れた四柱の女神像は地に倒れ、目の前で巨大な前脚によって踏み砕かれた。
神すら敵に回す邪龍の威容が今目の前に存在していた。
「こ、これが……」
「ドラゴン………デカすぎる」
「あ~………終わったな。詰んだよ、コレ……」
その場にいた者達は全員が蛇に睨まれた蛙のように動きが止まった。
巨大であるというのは、それだけで他者を威圧するのに充分な迫力があり、本能的な恐怖心が彼らの行動を阻害させた。
誰もが逃げても無駄だということを理解してしまったのだ。
『やっとだ……やっとこの時がきた』
『四神の下僕、覚悟はできているだろうな?』
『わざわざ神殿や教会を襲撃して教えてあげたのよ?』
『てめぇらを絶対に許さねぇってな!』
『今こそ復讐してやる。四神に関わる全てのものを破壊してやらぁ!!』
ドラゴンから放たれる怨嗟の魔力は大気に震え、声として聖都中に響き渡った。
数多くの人間の意志がそこに介在しており、その魔力に中てられた者達は全員がその場で蹲り、無様に嘔吐する。
存在そのものが呪いだったのだ。
「な、なぜだ……。なぜ神の信徒である我らをそこまで憎悪する!!」
『なぜ……だと?』
『ふざけんな!!』
『私達を異世界から強引に召喚し、利用するだけ利用して始末してきたお前達が、その罪を知らないとは言わせないわ!!』
『我らは帰れない……。我らは還れない……我らは返れない』
『世界の理から外された俺達を、四神共は何もせず放置してきたじゃねぇか!!』
『なにが神よ! 何が神の信徒よ!! ただの犯罪者じゃない!!』
体調を狂わせるほどの呪詛を浴びても、声を出せたミハイルロフ法王はたいしたものだと言える。しかし神に殉ずる存在だと強調したのは不味かった。
彼の一言は怒りと憎悪を呼び起こす起爆剤にしかならなかった。
増々濃くなる呪詛の帯びた魔力で、耐性の無い者達は意識をなくし倒れていく。中には即死した者達までいた。
「八坂………これって」
「あぁ………。あのドラゴンは……俺達と同類のなれの果て。あのドラゴンを形成している存在すべてが、勇者達の魂だ……」
「嘘だろ!?」
神の使徒でもある勇者が四神やその信徒たちを呪う。
メーティス聖法神国において根幹を揺るがす事態が起きていた。
「ば、馬鹿なことを……。勇者はこの地で死のうとも、元の世界に帰されるはず。そんな話など聞いたこともない!! 全て出鱈目じゃ!!」
『必死だな……法王』
『その嘘もいい加減に聞き飽きたわ!』
『俺達は調整もされずにこの世界に召喚された。それはつまり、まだ元の世界――異界の理に属していることになる。そのうえこの世界でも戦えられるよう、勇者としての力を後付けされた』
『その勇者の力と異界の理が私達をこの世界に縛り付けている。だからこそ死んでもこの世界から出ることができず、輪廻の円環にも返ることができない』
『お前達はこの世界を救うためと嘯きながら、その実は世界を滅ぼすことに力を入れてたんだよ。何が神の信徒だぁ、この邪教集団がぁ!!』
『皮肉だよなぁ~? お前らが勇者としてくれたこの力が、この世界を蝕む毒になっちまってんだからよぉ~。しかも四神は神としての役割を果たしてねぇときた』
『――で? それを踏まえて聞くけど、それのどこが神の信徒だというの? やっていることは無自覚で大罪を犯しているだけじゃない!』
八坂はこの事実を既に知っていた。
知っていたからこそ驚きはしなかったが、それ以外の者達にとっては初耳のであり、裏の事情を知らない神官達には信仰を揺るがす驚愕のネタバラシであった。
しかも、更なる真実を伝えるかのようにドラゴンの身体に異変がきていた。
巨大な四肢から湧き出るかのように、大勢の人間の身体が生えでてきたのだ。
その中には八坂や川村、そして笹木ですらよく知る人物の姿まである。
その誰もが既に死んだとされた者達であった。
「前園……中山……倉橋………。死んだはずのクラスメートたちじゃないか!」
「川村、気をしっかりと持て……って言っても無理だろうな。俺もおかしくなりそうだ」
「それに……あいつは…………」
五つの首の頭頂部から生えている人物に、川村や八坂・笹木には見覚えがあり過ぎた。
ルーダ・イルルゥ平原で戦死した勇者であり、クラスメートの中で最も嫌われていた男。そんな彼の戦死を報告してきたのはメーティス聖法神国の情報部だ。
『久しぶりだなぁ~、川村。おっ、八坂にパシリの笹木じゃねぇか。お前らもいたのかよ。そぉ~れぇ~とぉ~法王のジジィ! てめぇ、よくも俺様を殺してくれたよなぁ~? 復讐しに地獄から舞い戻ってきたぜぇ~?』
「「「「 ……岩田(……勇者イワタ) 」」」
『背後からブスリと刺しやがってよぉ~。しかも俺様の死体を下水に投げ捨てやがったっよなぁ? 地縛霊となって自分の体をネズミに食い荒らされる光景を見せられた俺様の気持ちがわかるか? 怒りと恨みで悪霊化するなんてすぐだったぜ。しかも周りには同類がごまんといた。何が神の使徒だぁ~? このクソ共がよぉ!!』
「「「 !? 」」」
勇者三人が揃ってミハイルロフ法王に振り返る。
唐突に暴露された真実に震え、表情は蒼褪めていた。
しかもこの会話は魔力波として拡散し、広範囲にいる多くの人々に届いている。つまり言い逃れができないほどの証人がいるのだ。
もはや拡散するのも時間の問題である。
『あれ? あの岩田って奴、焼き殺されたんじゃなかったっけ? アタシ見てたんだけど……』
『そうなのか?』
『そうなると、アイツ……自分の間違った死に様、ドヤ顔で宣言してることになるぞ? 恥ずかしいな……』
『法王のジジィも見ていたはずなのに、なぜかツッコミ入れないわね。なんでかしら?』
『それどころじゃないからだろ。それよりも、俺は岩田って奴の記憶違いが気になるな。本人も気づいてないみたいだが、どういうことだ?』
『フッ……いつから俺達の記憶が正常であると錯覚していた?』
『『『『 なっ!? 』』』』
レギュオンは悪霊の集合体。
霊とはいわば意思を持った情報体であり、個別ならともかく群霊となれば互いの記憶情報が自然と同化してしまい、最も強い感情や印象を受けた記憶に上書きされてしまう。
意思が近しい者ほどその同化は顕著に表れるのだ。
その事実に気づいた比較的まともな霊たちは戦慄するが、時すでに遅しである。
既に事態は最終段階に移行しており、止めようがない。
こうして、西方領域一の宗教大国の聖都で、ぐだぐだのまま終焉の引き金が引かれた。




