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アンフォラ関門は陥落しました


 怒涛の如く雪崩れ込んできた獣人族により、アンフォラ関門はカルマール要塞に続く惨劇の場へと変わっていた。

 前日まで『ケダモノ共なんか蹴散らしてやるぜぇ!』とか、『所詮は烏合の衆よ。オスどもは真っ先に奴隷として売りはらい、メスはたっぷり可愛がってから売り払ってやる』などと息巻いていた傭兵達も、大軍率いて攻め込んできた獣人達に対処できず次々と討ち取られていく。


「は、離しが違うぞ……」

「逃げろ……逃げるんだぁ、うわぁ!?」

「助けてくれぇ!!」


 獣人族の相手など楽勝だと思っていた傭兵達は、今になって自分達の考えが誤りであったことに気づき、一斉に逃げ出す。

 そんな彼らを必死に繋ぎ止めようとする兵士達だが、そもそも傭兵達には忠誠心や信念など持たないチンピラ予備軍なわけで、必死の説得も意味をなさず彼らも後方に下がらざるを得ない選択を取るしかなかった。


「クッソ! 傭兵共……威勢のいいことを言っていたくせに、真っ先に逃げ出しやがった!」

「俺達も下がるぞ! この場にいたら殺される。南門を利用して迎え撃つぞ!」

「所詮は破落戸の集まりかよ。なんの戦力にもなりゃしねぇ」


 渓谷を利用したアンフォラ関門は左右に建物が建てられ、重要施設は岩壁を掘り抜かれて築かれているが、基本的に縦長地形構造だ。

 つまり中央の公道を多くの獣人族によって埋め尽くされれば逃げ場など無く、退路はメーティス聖法神国へと繋がる南門を抜けなければならない。

 その南門に逃げだした傭兵や商人達が殺到するも、身体能力的に人間よりも遥かに上回る獣人達に追いつかれ、問答無用で狩られていった。

 混乱する中で冷静に対処しようとした者も確かにいたが、中途半端に優秀だったためか体勢を立て直すことができず、真っ先に殺された。


「建物の上に弓兵がいるぞ!」

「俺達に任せろやぁ、行くぜ野郎ども!!」

「ヒャハハハハハハッ♪」


 建物の上から弓を射っていた弓兵の対処も、ここでも大活躍を見せたのが肉体改造されたガチムチ獣人達で、なんと建物の壁を脚力だけで駆け上がり弓兵に襲い掛かった。

 強固な壁すら素手で貫く威力のパンチやキックにより、表現することすら憚られる無残な最期を遂げていく。

 個人の技量もそれなりだが、統率された集団戦闘を得意とする聖騎士達も彼らの土俵ですら戦わせてもらえず、もっとも原始的な暴力によって倒されていった。

 そんな悲惨な光景を、クルカルトは城壁を失い形だけ残された階段の上で眺めることとなった。


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ………」


 彼はもはや正気を失い錯乱状態に陥っていた。

 火縄銃を装備した狙撃部隊や迎撃のために城門の前に配置された槍兵も、先ほどブロスのダネルMGLの攻撃によって一掃され、防衛に対するセオリーが悉く覆されてしまった。

 兵力において『戦いは数だよ、兄貴』のセオリーは獣人族が圧倒しており、火縄銃という新兵器を用いた『戦いは火力だよ、姉貴』の常識も、ゼロスの製作したハーフトラックの砲撃とダネルMGLの火力の前では木端微塵に粉砕。

 勇者というイレギュラーによる異世界技術は、転生者という非常識なイレギュラーの技術の前では意味をなさず、メーティス聖法神国の歴史上初めての致命的な大敗北へと繋がった。

 四神を信奉し教義を妄信していたクルカルトすれば、まさに天命に見放された状況だ。

 この様な現実を受け入れることなど、彼にできるわけもない。


「おい、こいつ……神官って奴じゃないのか?」

「なんかブツブツと呟いてるぜ。気色悪い………」

「殺っちまうか?」

「だな。こんなになっちまったら、まともに生きられねぇだろ。俺ってばやっさしぃ~♪」


 なまじ正気を失っていなければ逃げることもできただろう。

 獣人の無造作に振るわれた剣により、クルカルトの頭部はあっさりと砕かれた。

 獣人族を人として受け入れず、隷属させることが当然と嘲り嗤っていたクルカルトは、覆しようのない非情(あるいは非常識)な現実の前でその人生の幕を閉じた。

 小悪党程度の過ぎた野心も、結局はなんの実も結ぶことなく無意味に消えていくこととなったのであった。


 ~~※~~※~~※~~※~~※~~※~~


 アンフォラ関門の総責任者という立場にあったクズイ伯だが、彼は少数の兵を引き連れ真っ先に逃げ出していた。

 お気に入りの娼婦とお愉しみ後、突然の痛みで目が覚めた彼が見たものは、何らかの攻撃により崩壊した街並みであった。

 国の上層部から派遣されてきたクルカルトの姿も見当たらず、周囲の者達からなんとか聞き出した情報から、この惨状を生み出したのが獣人族だという事実を知ることになった。

 そんな彼は第一城壁が消し飛んだことを知ると荷物を纏め、真っ先に逃走を選択する。

 ある意味では正しい選択だ。


「ふひぃ……ふひぃ……。何をしておる。急がぬか!!」

「そうは言いますが、クズイ様……。荷物が重すぎまして……」

「せめて数を減らしてください。このままではケダモノ共にいつ追いつかれるか分かりませんよ」

「弱音を吐く暇があるなら足を動かさぬか!」


 クズイはこのアンフォラ関門を任されたとき、自身の屋敷からお気に入りの家具や調度品を持ち込んでおり、逃げる時も部下を使い出来る限り運び出そうとしていた。

 この荷物を纏める時間さえなければ既に脱出に成功していたであろう。

 アンフォラ関門を守るよりも自分の財の保護を優先した典型的なクズだった。


「だいたい………こんな絵画なんか持ち出す必要があったんですか? 嵩張るだけで邪魔なんですが………」

「何を言うか! それはニオーウ・オマル作の【黄昏うっぷん娘】であるぞ。これだから芸術への理解のない下賤な者は――」

「よく分からない落書きにしか見えないんですがね」


 しかも自分からは荷物を持とうなどせず他人任せだ。

 顎で人をこき使うだけの無能者で、それでいてガルドア将軍のような実力のある者を妬み、足を引っ張ることでその地位から追い落とそうとするなど救いようがない。

 上司としていて欲しくないタイプの人間だった。

 しかし、配下にいる者達には上司を選ぶ権利はなく、太鼓持ちになることで利益を得ようとする者達が集まり、このアンフォラ関門の規律と秩序は腐っていった。

 

「この悪趣味な黄金像も捨てた方がいいんですけど?」

「それはスケベッチ・エロインスの【開脚美神像】であるぞ! 貴様らの給与の何百倍の価値のある至高の傑作を、こんな場所に捨てていけるはずがなかろう!!」

「へいへい………。(俺には全裸で股を開いただけの、エロい金ぴか像にしか見えねぇんだが)」

「存在するだけで感情を揺さぶられる芸術作品を理解できんとは、私の配下は品というものがなくていかんな」

「「「「………。(揺さぶられるのは欲情だろ。違う。これは絶対に芸術とは違う!!!)」」」」


 意見に関しては兵士たちの方が正しい。

 クズイ伯は芸術家気取りだが、普通に品性が下劣なだけである。

 しかも価値観も成金趣味の方向でズレていた。


「余計な口を叩かずさっさと進め。私の命を優先して守るのだ」

「だから、重すぎるんですって……」


 背中に黄金像を背負い、両手には様々な装飾品や美術品を持っているのだから、当然だがその重みで移動速度は落ちる。

 しかも今進んでいる隠し通路は渓谷の岩肌をくりぬいただけの脱出路で、予算の都合から整備をされておらず、レンガなどで舗装などされていなかった。

 しかも、クズイ伯が『傷などつけようなら命で償ってもらうぞ』と脅しをかけるので慎重に行動するしかなく、ますます脱出に時間が掛かってしまう。百メートルの距離を進むだけで20分も掛けるとなると、どう考えても逃げ切ることなど不可能だ。


『………おい、どうする?』

『……このままだとヤバイよな。とてもじゃねぇが、逃げきれるとは思えねぇ』

『いつあの攻撃を受けるのか分からん。なら、金目の物だけ頂くか?』

『だな。こいつには美味しい思いをさせてもらったが、そろそろ潮時だろ』


 兵士たち――とりわけ他人を利用する不良兵士にとって、クズイ伯は都合のいい存在だった。

 多少おだてるだけでアンフォラ関門内に娼館を増設するわ、カジノを設置するわ、気分を上げるだけてやれば酒場で部隊全員に酒宴の席を設けるなど、本当に良い上司だ。

 尊敬されてはいないが、充分に利用価値が高い人物であったことは間違いなく、今まで多くの兵士達がタダで酒や女を存分に楽しませてもらった。

 しかし、今やクズイ伯は利用価値がない。むしろ足手纏いである。


『この悪趣味な像はいらねぇよな?』

『純金なら溶かせば売れると思うが、たぶん石膏像の上に金箔を貼っただけ……』

『嵩張るものは置いて行くしかない。貴金属だけを貰おうぜ』

『気前のいいお人だからな、喜んで譲渡してくれると思うぜ』


 彼らがここまでついてきた理由は、ゼロス達の砲撃後の殲滅魔法による威力に絶望し、金目の物を奪ってから逃げようとしていた矢先にクズイ伯と遭遇したからだ。

 一応の義務として状況報告を伝え、蒼白な顔で逃げ支度を始めた彼を利用し、『上司の脱出の手引き』という名目のもとに隠し通路を使いこの危険な場所から逃げ出した。

 しかしクズイ伯の我儘は逆に逃走の遅延を招き、獣人達が雪崩れ込んでくればいずれ発見されるリスクを負う。様々な意味合いで余計な荷物を捨てる必要があることに誰もが気づいていた。

 要するにクズイ伯同様に彼らもクズだった。

 その一人が腰の短剣に手を伸ばす。


「おっと……」


 兵士の手にある貴金属の入れられた袋が音を立ててて堅い地面に落ち、中のものが四方に散乱していく。


「き、貴様! それには私の大切なものが入っておるのだぞ。もっと大事に扱わぬか!!」

「そんなことを言われましてもね、荷物が重いうえに地面の凹凸が酷いんですよ? そりゃ躓きもしますよ」

「言い訳は聞かん! あぁ……私の宝石が地面に……」

「見事に散乱しちまいましたね」

「急いで全部集めよ! まったく……使えぬ奴らめ」


 アンフォラ関門の危機的状況を知っているというのに、クズイ伯は周囲に散らばった宝飾品を地面に這いつくばり、一心不乱にかき集めだす。

 人とはここまで物に執着できるのかと兵士たちは半ば呆れ気味だ。


「なにをしておる、さっさと集めよ!」

「へいへい……仰せのまま、にっ!」

「がっ!? カハ……」


 背中から走った鋭い痛みに、クズイ伯は混乱しつつ地面に倒れた。

 口から血を吐き痛みでのたうち回るなか、兵士の血液が滴るナイフを見たことで自分が刺されたことを知る。


「な………なにを……」

「悪いな。俺達はここで死ぬつもりはないからよ、アンタみたいな重い荷物はさっさと捨ててぇんだわ」

「ついでにコイツは給料代わりに貰っていくぜ。まぁ、邪魔な彫像や絵画は置いていくけどな」

「アンタはいい上司だったぜェ~? おだてりゃ馬鹿みたいに奢ってくれたからよ。まぁ、不愉快な言動を除けばの話だがな~」


 クズイ伯にとって配下の者は奴隷と変わらない。

 自分は敬われる立場であり、下々のものは従って当然と本気で思っており、危害を加えることなどあり得ないという認識だった。

 だが、ここにきてその馬鹿な考えは間違いであったことを、最悪な形で知ることとなった。


「き……貴様ら……こんなことをして、ただで済むと……」

「思っちゃいねぇよ。けどよ、俺達を裁くことは誰もできねぇんだぜ?」

「アンタも気づいてんだろ? もうアンフォラ関門は終わりだ。だからこそ逃げ出そうとしてんだからなぁ~」

「んで、国の重要な要所を守り切れなかった責任は、いったい誰がとるんだぁ~? アンタしかいねぇよな」


 兵士たちの言葉で何が言いたいのか理解した。

 クズイ伯はメーティス聖法神国に戻っても処罰は免れない。

 どのみち死ぬのであればこの場で殺し、名誉の戦士扱いにしようと企んでいる。


「死者に贅沢品は必要ねぇだろ? だからありがたく俺達が貰ってやんよ」

「忠実な部下からの最後の忠義ってやつさ」

「俺達ってなかなかに上官思いだろ?」

「ふ……ふざけ…………。これは……私のものだ。誰にも……」

「じゃあな、クズイ伯。いつになるか分からんが、俺達が死んだらあの世で酒でも奢ってくれや」


 クズイ伯の最後の言葉は途中で人為的に途切れさせられた。

 意識が遠のく中、彼はガルドア将軍の忠告を聞いていればこんなことにはならなかったと、後悔しながらこの世を去ることとなった。


「さて、んじゃ散らばっている宝石を集めようぜ」

「お前が散らかしたんだろ。しかし……これ、売るのが大変なんじゃないのか?」

「なぁ~に、知り合いに証拠すら残さず売りさばいてくれる奴がいる。そいつにも多少上前を握らせてやれば、いいように売り捌いてくれるさ」


 こうしてクズイ伯の大事なコレクションは、移動に邪魔のもの以外すべて持ち去られ、裏で売りさばかれることとなる。

 欲望のまま集めた自慢の一品は、小悪党たちの懐を潤すためだけに散逸することとなり、人生を掛け執着してまで集めたことの全てが無意味となったのであった。


 ~~※~~※~~※~~※~~※~~


 獣人族によるアンフォラ関門の虐殺は続いているものの、その様子も消化試合になりつつあった。

 怒涛の如く乗り込んできた大軍団の前に統率は完全に失われ、逃げ出した者達を背後から斬り捨てるだけの簡単なお仕事だ。そこにブロスの出番はない。


「……なんか、カルマール要塞よりも早く終わりそうだよね~」

「城壁がなければこんなもんですぜ、酋長」

「こちらの方が数は多いし、連中は火縄銃を使ってきたのは最初だけ……」

「城壁と一緒に吹っ飛ばしやしたからねぇ。酋長が」

「おまけに弱いし……」

「人間の体力じゃ俺達には勝てないですぜ? なんせ、種族的にも脆弱な連中ですから」


 ゼロス達の砲撃で警戒し、兵を正面に配備していたかと思えば、ダネルMGLの一撃で綺麗に吹き飛んだ。

 近接戦も魔法障壁で防御することなく一撃で倒されるほど防御力が弱い。

 

『いい装備でもミスリルを混ぜた鉄装備で、魔法付与による強化なんてないからなぁ~。メーティス聖法神国も魔導士を迫害しなければ、こんな脆弱な兵力にならなかったろうに……。うん、馬鹿だね』


【ソード・アンド・ソーサリス】のNPC騎士の方がよっぽどいい装備をしている。

 神聖魔法――光属性魔法の付与だけでもそれなりの防御力を与えられるはずなのに、騎士達の装備はその痕跡すら見当たらず、地球の歴史上に出てきそうな普通の中世鎧だ。

 剣技に魔力を込めるだけの技だけでは今の獣人族には到底敵わない。


「連中……弱いね」

「連中が弱くなったのか、それともあっしらが強くなりすぎたのか、ちょいと判断できやしませんぜ」

「もしかして、その両方だったりして」


 楽勝とはいえ、それでもブロスは油断せず警戒していた。

 南門にも城壁があり、そこを盾にされれば攻め込むのも難しい。

 またゼロス達に砲撃を頼むことになりそうな気がする。


「南門に立て籠られると厄介だよね」

「籠城したところで、たいして時間稼ぎにもならんでしょ。奴隷商人も一緒にいるようですからな」

「非戦闘員も抱えてるのかぁ~。籠城するにも食料が必要だし、落とすのにさほど時間も掛からないかな? 連中も飢え死にしてまでここを守る気概があるとは思えない」

「では、このままイケイケで?」

「そうだね。けど、火縄銃には注意をしてよ。遠距離から狙撃してくるからさ」

「頭が冷えた連中に伝えやす」


 脳内にドーパミンやアドレナリンが出まくりで興奮状態だった獣人達も、さすがに一方的な戦闘に飽きたのか、いち早く冷静になった者達もちらほら出てきた。

 今も派手に暴れ回っているのは、生物兵器のごとく肉体改造された獣人達を中心とした一団で、彼らの勢いはドン引きするほど止まることを知らない。


『ゼロスさん……彼ら、元の姿に戻る様子が全然ないんですが? ほんとうにどうするんだよぉ~……アレ』


 迸るケモミミ愛が強すぎるためか、ブロスは彼らの姿が元に戻るのを未練がましく今も待ち望んでいた。

 後日談になるのだが、そのような時が来ることはないという事実をブロスが理解するまで、約半年くらいの月日を必要としたのはどうでもいい話である。


 ~~※~~※~~※~~※~~※~~※~~


「こいこい!」

「おっ、攻める気かい? 強気だねぇ」

「通らばリーチ!」

「残念、ボーズだ。そんでこれを僕が取ると五光のできあがり。月見に花見で一杯さ」

「ちくしょう!」


 ブロスたちが戦闘の最終局面に入っていた頃、序盤で致命的な先制攻撃を加えたゼロスとアドは、現在暢気に花札をしていた。

 もうこの地でやることはなく、せめて最後にブロスに挨拶をして帰ろうと思っていたのだが、戦闘が終わるまでこの場を離れることはできない。


「にしても、アド君……。君、カードゲームに弱いねぇ」

「くっ……昔からそうなんだ。某カードゲームでもデュエル開始でいきなりワンターンキルされて、むきになって挑んだら連続で負けたほどだ」

「いや、それってイカサマなんじゃないかい? 連チャンワンキルなんて普通は無理でしょ。どんなデッキ構成?」

「ルールが複雑化していて、覚える前に先を越された感じかな。自ターンで何度もカードを墓地に送ったり手札に戻して、特殊効果と魔法効果でエンドレス……。特殊効果と上位モンスターの総攻撃で一発終了。俺はあのとき、最後にものを言うのは財力だと知った」

「あ~、いわゆる大人買いってやつね。ダースごと買ってデッキを構成したのか、それはちょいと卑怯だわ」

「一般家庭の子供の小遣い程度じゃ、予算に限りがある。強力なカードを一発で引き当てるなんて無理だし、同じ強力なカードをいくつも揃えるなんて不可能だろ。他にも買いたいものが多いし、無駄遣いなんてできやしない」


 アドの背中が煤けていた。

 どうやら裕福なご家庭の子供に連続して敗北しトラウマを負ったらしい。


「アイツの……『良いカードは小遣い全部つぎ込んでも揃えるべきだ』という嫌味が今も頭から離れない。小遣いには限りがあるんだし無茶だろ」

「随分と嫌味な少年だったんだねぇ」

「そいつ、テッドのことだぞ?」

「…………はぁっ!?」


【テッド・デッド】。

【ソード・アンド・ソーサリス】ではゼロスと同じ殲滅者の一人であり、死霊魔術と呪いを得意とするネクロマンサーだ。

 彼はアドとリアルの幼馴染であり、ユイに振られて引きこもりとなった経緯もあり、アドのことを今も逆恨みをしている。

 だが、今のアドの過去話で妙に納得できてしまった。


「あ~……テッド君ねぇ。彼は人の気持ちに疎いところがあるし、妙にプライドが高いからなぁ~。子供の頃から注目を浴びたい気性だったのかねぇ?」

「自分が中心でないと気が済まない傾向はあったな。ただ、ユイに振られて以降は心がズタボロになったようだが……」

「もしかして、『自分がこんなにも惹かれているのだから、ユイさんも同様に想っているはずだ』って、本気で思っていたのかもねぇ」

「かもしれないな。思い込みの激しい自己中野郎だし……。まさか初恋が失恋になっただけで引きこもるほど、メンタルが弱いとは俺も予想外だったけどな」

「自分に絶大な自信があったんだろうねぇ……」


 ゼロスとしてはテッドが失恋したことに対して不憫だとは思わない。

 身勝手な傾向があるのは多少なりとも気づいていたが、所詮はネット上の関係なので割り切っていたこともあり、不用意に私生活のことに踏み込まないよう気を付けていた。

 聞いてもいないのに教えてくれるカノンやガンテツといった他の仲間が、特殊な部類だったのかもしれない。リーダーのケモさんにいたっては謎だらけではあったが……。


「アイツの家は金持ちだったからな、そりゃ小遣いでも差がでるだろ。ダブったカードを配っていたから男子には人気が高かった」

「いやいや、それは物に釣られていただけでしょ。人徳があるとは言えない」

「まぁ、女子からは嫌われていたけどな」

「ですよねぇ~……。その辺りのこと、テッド君は自覚していたのかい?」

「アイツが自覚なんてする性格だと、ゼロスさんは思えるのか?」

「ないねぇ」


 そこは断言できてしまうおっさんだった。


「だろ? 正直に言って、あいつがこの世界にいなくて良かったと思っている。もしも、この世界に来ていたらと考えると………」

「ゾンビ溢れる終末の世界と化すだろうねぇ……。持てる力を隠す気なんて更々ないだろうし、間違いなく邪悪な魔王プレイをやらかす」

「世界が滅びる前に、あの馬鹿によって世界は滅びるだろうな。それこそ新世界の神を目指すほどの自己中野郎だしさ」

「目的と手段が入れ替わるほど自分に陶酔してるわけね。まぁ、知ってたけど……」


 テッドは他人を見下す言動が多かった。

 オンラインゲームでなかったら、正直つき合いたいとは思えないほど性格が歪んでおり、現実世界において彼ほど社会で生き難い人物はいないだろう。


「他人の優秀な面を評価する一面はあったと思うぜ? ただ、それでも自分が一番だと思っているからさ、どうしても他人を見下す言動になる。ユイに振られるまで俺のことを取り巻きの一人程度にしか思ってなかったんじゃないか?」

「彼の性格を考えると、おそらくそうだろうねぇ。やること成すこと派手だし、自分が目立つためなら他人の迷惑など顧みなかったよ」

「それはゼロスさんも同じだろ」

「人聞きの悪い。僕の場合はあくまでも結果的に派手になっただけで、決して意図したものではないよ。悪ふざけはしたこともあったけどね」

「その悪ふざけが一番タチが悪かったくせに、よく言う……」


 アドから見ると、ゼロスもテッドも方向性が違うだけで、自己中なところは変わりない。

 テッドは重度の自己陶酔型ナルシストで、ゼロスは気まぐれな風来坊の印象が強いだろう。しかし結果だけを見ると傍迷惑なところは同類だった。

 まぁ、現実社会ではテッドはゲーム内と同じ言動や行動をするのに対し、ゼロスは常識の範疇で生活を送っていたところを見るに、要はどれだけ良識を持っていたかの違いであろう。

 その良識も異世界においては怪しいところではあるが……。


「それより、もう一人の非常識はどうなっているのかねぇ? 使い魔で覗いてみようか」

「もう直ぐ片がつきそうだぞ? 南門から傭兵や商人か? 一斉に逃げ出している」

「どれどれ……………うん、これは虐殺だ。子供には見せてはいけない光景だねぇ」

「人間って……ここまで残虐になれるんだな」

「今更でしょ。僕達も似たようなことをしているし、跡形もなく高火力で消し飛ばしているんだから、御遺体が残るだけ彼らの方が良心的じゃないかい?」

「どちらが野蛮人なのか悩むところだな」


 武器を振り回し人間を叩き殺すのと、技術の粋を集めて造り出した兵器で跡形もなく滅ぼすこと、どちらが野蛮なのか判断は付けづらい。

 大勢の人間を殺すという点で定義としてはどちらも変わりない。


「戦争は始めるよりも終わらせる方が難しい。獣人族が反抗した原因はメーティス聖法神国に原因があるけど、彼らはそれを認めないだろうねぇ」

「それ、終わりのない戦いにならないか?」

「普通ならね。けど、メーティス聖法神国は周辺諸国を敵に回しているし、戦争の決着はつけられるだろうさ」

「メーティス聖法神国が滅びるという形でか?」

「国の滅亡後の混乱、そこには他国も介入の余地はあるだろうから、いいように国土を切り取られて条約を結び停戦。それも不平等な条約を結ばざるを得ない」

「国力が低下したメーティス聖法神国は、徐々に衰退していくってか? そんなにうまくいくもんかな」

「馬鹿が多そうな国だからねぇ……」


 メーティス聖法神国が国力を失うことは避けようがない。

 だが、そこで問題になるのが為政者に対する責任問題であり、この中世のような文化レベル世界では誰もその責任をとりたくはないと考えるだろう。

 そうなると責任追及を有耶無耶にするため、新たに敵を作ることで国民の目を逸らす愚行を犯す可能性が高くなる。

 その矛先を向けるのにふさわしい国もすぐそばに存在していた。


「ソリステア魔法王国に戦争を仕掛ける可能性が高まるかな」

「それ、マジか?」

「腐りきった国だから、やらかす可能性は高いよ。そうなる前に大義名分を奪う必要があるだけど、四神の動きがねぇ」

「そこで四神が出てくんのか」


 メーティス聖法神国を支えているのは信仰であり、その信仰の中心にいるのが四神だ。

 その四神が実は邪神並みにタチが悪く、そのうえ世界を滅ぼしかけていたと世間に知られることになれば、宗教国家の土台は崩れ去ることになる。

 そうなれば二度と国として立ち上がることはできなくなる。


「あの邪神ちゃんが協力してくれると思うか?」

「四神が出てくれば行動に移すだろうけど、彼女は基本的に人間がどうなろうと知ったことじゃないから、勝手に動いて派手に暴れるかな」

「………それ、この世界がヤバくないか?」

「邪神ちゃんが言ってたよ、『人間に都合の良い神など存在しない』とね。彼女は広い意味で平等なんだ。だから極端な意味においても人間を滅ぼすことにも躊躇はない」

「……意味が分からないんだが」


 邪神ちゃんの存在理由はこの次元世界の監理と観測だ。

 高次元的な視点でいうと魂の成長と進化の観測で、自分達の高みへと至る生命体へと到達するための世界を維持することにあり、高次元生命体の階層へと至れるのであれば、幾度となく発生する文明の興亡や生命の生死の歴史を観測し記録を続ける。

 人間達の戦争による悲劇など、魂の進化を促す糧となるのであればいくらでも引き起こしても構わず、大地が血と慟哭で染まろうとも救済の手を入れることはなく、絶望の怨嗟すら良心の呵責に苛まされることもなく俯瞰する。

 彼女にはそれ以外のことは些末な事象にすぎず、そこに人間の価値観など塵ほどに意味をなさない。

 重要なのは昇華した魂の質であり、那由他を超える無量係数ほどの数の命から、たった一つの自分と同質の高みへと至る存在を見出し、新たな世界への道を示すべく高次元へと誘う。

 無限にして零の虚数世界に命溢れる世界を創造し拡散させ育む。

 邪神ちゃんにとって多くの星で構成された銀河ですらビー玉程度の小さな存在なのだ。


「アレは人の姿をしているけど、根幹は全く別の存在だよ。僕達では理解できない思考で行動しているからねぇ。この世界を維持するためであれば惑星一つくらい簡単に消し飛ばすさ。それ以外は管理者としての職務を忠実に実行する機械のようなものだよ」

「じゃぁ、なんで今この世界を消滅させないんだ。その方が楽なんだろ?」

「プロテクトが掛かっていて、実行しようにも手加減ができないんだ。下手をすると次元の連鎖崩壊を自ら引き起こしかねないんだからねぇ」

「なまじ強大な力を持っているだけに、細かい作業が苦手ってことか?」

「制御システムが不完全なままの機械が、リミッターが外れた状態で精密作業をするようなもんだね。惑星一つの摂理を修正するなど、巨人の手でミクロン単位の歯車を動かすことに等しいんじゃないかな」

「………そんなヤバイ奴が野放しになっているのか」


 アドのぼやきに苦笑いを浮かべるゼロス。

 メーティス聖法神国にとって四神はスキャンダルそのものであり、邪神ちゃんの存在は核弾頭に匹敵する爆弾だ。真実を知られれば利用しようと企む者もいるかも知れないが、リスクの方が圧倒的に高い。

 人の信仰による神とは、大抵が命の尊さを謳ってはいるものの、突き詰めればただの人間賛歌だ。北欧神話やギリシャ神話などの神々などにみられるその思考は、より人間的で欲望に忠実。それは人間が元となった伝承によるものが大きな要因だからだろう。

 聖書などに書かれているような内容は人間性の哲学のようなものだ。

 だが、邪神ちゃんは違う。少なくともゼロスはそう思っていた。


「僕達が普段見ている姿は疑似的なもので、本来はもっと理解できないものなのかもしれないねぇ。残念だけど人間にはどれほどのものか推し量れないんだろうけど」

「いや、あの性格が疑似的なものって……。それなら元の性格はどんなもんなんだよ」

「たぶんかなり無機質で、感情なんてものがないんじゃないかな。ホムンクルスをベースに蘇生したから、三次元世界の物質体に合わせて人格を構築したのかもねぇ」

「人格を構築って………」

「ぜんぶ憶測だけどねぇ。ただ邪神ちゃんと話していると、ときどき言葉じゃ言い表せない違和感があるんだよ。ほとんどが直感で明確な確証はないんだがね」

「まぁ、謎の多い存在だし、意外にゼロスさんの直感も当たっているかもしれないな」


 仮にも神と呼ばれる存在が、あんな少女の人格だとはゼロスには到底思えず、しかしそれを示す証拠も存在していない。

 分かるのはあくまでも感覚的なものでの違和感だが、それが根拠になるとはゼロスも最初から思っているわけではなく、ただ誰かと情報を共有してほしかっただけなのかもしれないとなんとなく思う。

 

「あっ………」

「どしたの、アド君……」

「戦いが終わったみたいだ。ブロスたちの圧勝」

「終わったか……。さてさて、これから先の歴史はどう動くのやら」


 ルーダ・イルルゥ平原での支配権は獣人側が勝利したことになり、これによりメーティス聖法神国の包囲網は完成し、残る問題はあと二つ。

 謎のドラゴン襲撃と、周辺諸国の動向である。

 その二つのうち一つが、今この瞬間に始まろうとしていた。





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