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アンフォラ関門の災難


 第二城壁の上からアンフォラ関門の状況を確認していたクルカルト。

 彼の表情は蒼褪めており、握り締める拳が震えるのは怒りからか、それとも恐怖からくるものなのか判断がつかない。


「こ、こんな……馬鹿なことが……」


 第一城壁は一部を残して完全に崩れ去り、第二城壁もその尋常ではない破壊力の被害からは免れたとはいえず、外側はから見るといつ崩れ去ってもおかしくないような状態である。

 「…………転生者が、まさかこれほどとは……………」


 不味い状況だった。

 ガルドア将軍は転生者の存在を警戒しており、それについての忠言もクルカルトは受けていた。

 カルマール要塞の放棄も、元を正せば獣人族側についた転生者の存在が大きく、メーティス聖法神国が召喚した勇者よりも強い存在がいるなど受け入れられずに軽視していた矢先にこの惨状だ。

 判断ミスにより警戒を怠った結果だけに処罰は免れない。


「こ、こんな真似ができる化け物が……人間だと言えるのか。まるで悪魔ではないか!」


 四神が神託をしてでも警戒を促した転生者の恐ろしさを、クルカルトは本当の意味で理解した。このアンフォラ関門の惨状を見れば誰もが危険視するだろう。

 しかも、第一城壁付近を警備していた衛兵たちは城壁と共にその命を散らしたため、詳細な情報を得ることが不可能だ。

 第二城壁で生き延びた衛兵からの情報では、漆黒の闇が城門を包も込み、途轍もない威力の爆発が起きたとしか分からない。

【エクスプロード】と呼ばれる魔法の威力でも、ここまでの破壊を齎すことなどない。


『甘く見過ぎていた……………。これは確かに勇者共とは比較にならない。勇者イワタが負けた理由もこれか!』


 忌々しさからくる苛立ちを抑えながら、クルカルトは転生者が四神の敵であることを改めて再認識する。

 だが、認識したところで勝てるとは思えない。

 

『四神の啓示した楽園を築くまで、我らは負けることが許されぬというのに……』


 クルカルトは四神教の教義を妄信している。

 厄介なのはその教義に書かれたこと以外、人の命すら塵あくたに過ぎないと本気で思っており、教えの中にある永遠の楽土を築くまで犠牲もやむなしと、本気で考えているところにある。

 彼にとって神こそが絶対であり、そうした偏った思考を持つ者が集まった非正規組織を血連同盟と呼ばれていた。

 その血連同盟が第一に考えていることが国の実権を掌握することだった。


『これではガルドアの主張が肯定されただけではないか! むしろガルドアを降格処分にしたところで、クズイとの連帯責任で私も処罰される。何とかせねば……』


 部下の犠牲を避けるため、カルマール要塞を放棄したガルドア将軍。

 これをネタに失脚させ血連同盟の同志を軍務職にねじ込もうと考えていたが、ガルドアの具申を肯定するような事態が起きており、逆に擁護される可能性が高まってしまった。

 これでは計画が頓挫してしまうどころか、事態を軽視した自分の命も危うい。

 権力を望む以上、彼に残された手段はただ一つだった。


『こうなれば、神敵である転生者をケダモノ共ごと滅ぼすしかない。どんな手段を使ってでも……』


 それがどれほど無謀な試みなのか理解しておらず、ただひたすら妄信する信仰のため権力を渇望し、野心を滾らせる。

 四神が人間のことなどなんとも思っていないことを知らずに……。


 ~~※~~※~~※~~※~~※~~~


 砲撃を終えたゼロスは直ぐに撤退せず、アンフォラ関門の様子を窺っていた。


「……偵察、出す様子がないな」

「そうだねぇ。向こうはいったいどんな状況になっていることやら」

「ちょっと確認してみる」


 望遠鏡では距離があり第二城壁がまだ健在なこともあってか、アンフォラ関門内部の様子までは詳しく見ることができない。

 しかも【暴食なる深淵】の爆発で土埃も舞い、望遠鏡でも第二城壁もうっすらとしか確認できなかった。そうなるとアドが飛ばしている使い魔の視覚情報が頼りになる。


「………なんか、内側にまで被害が出てるようだぞ?」

「え~? 威力を三分の一くらいにまで落としたのに被害が出てるって、アンフォラ関門は想定よりも脆い建築構造だったのかねぇ?」

「それは知らんけど、あちこちで建物が崩壊を起こしている。これって爆風が流れ込んだ影響じゃないのか?」

「左右に狭まった渓谷だから、爆風による衝撃波が加速され威力を引き上げられたのかも。けど第二城壁はまだ健在なんだよねぇ? あと数発くらい砲撃してみよっか」

「その必要があるとは思えないな。第二城壁も外側はかなりボロボロだし、エクスプロードでも破壊できるだろ」


 想定外のことが起きてしまった。

 これで獣人族が恨みを晴らすための生贄――もとい相手ごと滅ぼしてしまっていたとしたら、ゼロス達が彼らの怒りを一身に受けてしまいかねないところだ。

 生存者がまだいるだけ恨みの矛先を向けられずに済んだともいえる。 

 

「地形効果よる物理的な余剰被害まで考慮してなかったなぁ~。危ないところだったよ」

「連中の生命力には感謝するところか。正直に言って、したくもねぇけど」

「僕もだよ」


 ゼロスもアドも獣人族に対しての差別意識はない。

 普段からどんな無茶な行動をしていたとしても、現代日本で生きてきた良識が奴隷売買という商売に軽い忌避感があり、ましてメーティス聖法神国のような露骨なまでの人権を無視した人種差別に対しては怒りすら湧く。

 ソリステア魔法王国でも奴隷売買は行われているが、こちらは基本的に訳アリのご家庭に対する職の斡旋であり、重犯罪奴隷以外は人権が認められているので多少の思うところはあるものの、行政の一環として割り切ることができていた。

 奴隷という言葉一つで両国の間に明確な差があるのだ。


「無理やり隷属させる国の行政を容認し、あまつさえ侵略の名目にまでするあの国は、一度滅びた方がいい。連中がどれだけ死のうと、今まで容認してきたツケだからしょうがない」

「同感。聖騎士も奴隷商人の片棒を担いでいるからな。一度くらいは痛い目に遭った方がいいだろ」

「その痛みは倍以上の利息付きだけどねぇ」

「それこそ自業自得だろ。俺達の責任じゃない」

「それじゃ、やることも済んだし、時間もあるからブロス君達と合流でもしようか」

「戻るよりここで待っていればいいんじゃないか? どうせアンフォラ関門を目指してきているんだし、ここに来るまで半日くらいの時間じゃないのか?」

「ふむ……」


 現在、アンフォラ関門内は混乱の最中にあり、事態の収拾に手一杯で偵察部隊を送り出す余裕もない。

 こちらが発見されるリスクは低く、わざわざこちらへ進軍してきている獣人族の許へ戻る必要性もないわけで、この場で待機していても充分に合流できる。

 わざわざ一度戻るなど手間なだけだった。


「確かに……今の彼らが恐れるのは獣人族の襲撃だ。とすると……次にくる彼らの行動は、救助活動と並行しての瓦礫を利用したバリケードの構築かな?」

「びびって撤退してくれると手間が省けるんだがな……」

「僕だったら即時撤退を選ぶけど、どうだろうねぇ~。余ほどの馬鹿か後がない人間じゃない限り、徹底抗戦は選ばないんじゃないかい?」

「その両方だったら?」

「ブロス君達によって皆殺し確定。ナンマイダァ~」


 これから凄惨な殺戮の場と化そうとしている場所で、この二人は実に暢気なものだった。

 二人にとっては身近な知り合いや友人以外がどうなろうと些末なことで、これから大勢の人間が死ぬ事態になっても特に気にすることはない。

 四神に加担している以上、見ず知らずの聖騎士や衛兵たちが獣人族に虐殺されようと、『気の毒にねぇ。運が悪かったんだよ』程度の感情しか湧かず、実際【暴食なる深淵】にて大勢の騎士達が死亡しているが、これも結果的に彼らが巻き込まれただけで『殺す気は最初からなかった。事故だよ、事故』という軽い認識だ。

 彼らにとって敵側に属する者達の命は、自身が思うより相当に軽く見ていることに、二人はまったく気づいていない。  

 あるいは何らかの精神操作がなされている可能性も捨てきれないが……。

 まぁ、召喚魔方陣で異世界から勇者を誘拐し、散々利用した挙句に裏で人知れず始末してきたのだから、二人のメーティス聖法神国に対する印象は嫌悪すべきものとなっていたこともある。

 しかも、そのせいで世界そのものが崩壊の危機となっているのだから、根こそぎ駆除する必要のある害虫レベルにまで落ちていた。

 最初から同情する気すら持ち合わせていない下地が既に完成されていた。


「………ところで、アド君」

「なんだ?」

「気のせいか、北東方面ぴりぴりした空気を感じる気がするんだけど……」

「……もしかして、ブロス達が接近して来てんじゃないのか?」

「いやいや、早すぎる。そして速すぎるでしょ。戦争する前に体力を削ってどうすんの」

「けど、あの獣人達だぞ? 俺達が防壁を崩そうとしていると知ったら……」

「あ~………逆にやる気と殺る気がヒートアップしたのか。想定して然るべきことだったねぇ……。まだ僕達は彼らのことを甘く見ていたようだよ」


 脳筋、どこまでも脳筋。

 考えるよりも先に体が動き、その場の感情と勢いに任せてどこまでも突き進み、全てを力任せで解決する種族。

 古代風に彼らを表現すると、『後から考える者達』だろうか。

 後先考えずに直情的に動き、後から反省するので決して愚者の集まりというわけではないのだが、その反省を生かしたうえで結局のところ創意工夫が体力寄りになってしまう種族だった。

 そんな彼らが平原を爆走し、こちらへと近づいてきている気配を魔力波という形で二人は感知していた。


「念のため確認してみるか。アド君は引き続きアンフォラ関門の監視をお願いするよ」

「りょ~かい」


 ゼロスは魔法符を取り出し、空に向けて使い魔を放った。

 獣人族が集団で移動している方向に当たりをつけ、上空から様子を窺ってみると、彼らの姿は直ぐに確認できた。

 現在ものすごい勢いで爆進中。


「………いた。いたよ……。例えるなら、第四コーナーから一気に加速し、前方の馬を差す競走馬のごとき猛進撃だわ。馬車を引くウマやロバも彼らの気に中てられたのかねぇ? 呆れるほどすんごい脚力でこちらに近づいてきてる」

「競走馬………似たような種族はいるけどな。マー族とか言うらしいぞ?」

「連中はどこぞの馬っ娘よりも遥かに好戦的でしょ。事実、その似た部族が現在進行形で先頭きって激走してるんだけどねぇ。しかも目つきが異常だ」

「マジか……ブロスのヤツは何してんだよ」

「そっちも確認してみる。どれどれ………」


 使い魔でブロスの姿を探していくと、彼は荷馬車の上で頭を抱えていた。

 戦う前から体力を消費し尽くさんばかりの全力疾走に、やはりというべきか止めることもできず押し切られたことが窺える。若いのに苦労しているようだ。


「若い頃の苦労は買ってでもしろと言うが、このままではブロス君が禿げるかもしれないなぁ~。彼らを制御するには並大抵の精神では駄目だわ」

「普段はどれだけ人の話を聞いていようと、連中は根本的に短絡思考の脳筋だからな。ケモナー程度の情愛だけでやっていけるほど甘くはねぇだろ」

「部族間でも風習や掟には差があるだろうし、衝突するようになったらどちらに肩入れすることもできない。中立を貫けば信用を失うだろう。ブロス君は難しい立場になったもんだよ」

「……毛生え薬、用意してやるべきか?」

「……そだね。まぁ、ブロス君は喜ばないと思うけど」


 長・酋長・族長といろいろと肩書があるブロスだが、やっていることは各部族を集めたことによる軋轢の鎮静化と仲介と、言ってしまえば雑用である。

 纏まりがない獣人族は、メーティス聖法神国という共通の敵に対して一丸となり対処するように見えてはいるが、根本的には何一つ変わっていない。

 ただ力を示し、敵対した相手を完膚なきまでに叩き潰す。彼ら(部族)の誇りを踏み躙った敵に対し激しい怒りを燃やしている。

 それはつまり、感情に流されやすくなるのだ。

 激情で暴走した彼らをブロス一人で止めるなど不可能だろう。


「どうでもいいけど、獣人族の皆さん……。目つきが本当にヤバいねぇ。子供には見せられないほどだよ」

「そんなに?」

「このままアンフォラ関門に突撃しそうな勢いだ。目が血走ってるし、とても正気とは思えん。いや、マジで突撃かますかも……」

「いやいや、それはないだろ。ここは一度陣地を設営して、休憩してから攻撃を仕掛けるのがセオリーなんじゃないのか!?」

「そのセオリーが通用するとは僕には到底思えない。まるでヤバ~い薬をキメちゃてるような、重度の興奮状態に陥っているよ」

「……そりゃ、ブロスでなくとも頭を抱えたくもなるよな」


 怒りに任せて暴走する獣人族は止まらない。止められない、そして止まることを知らない。

 彼らは多少めんどくさいところもあるが、基本的には純粋だ。

言葉を悪く言えば単純である。

場の空気に流されやすく、影響を受けやすく、染まりやすい。

 詐欺師などに騙されやすい人種が大勢いるのことになるのだが、同時にそれは敵と認識されたとき集団単位での恨みを一身に受けることを意味し、敵対した瞬間から執念深く執拗に追い続け、報復をするまで止まることがない。

 詐欺師にとってはカモだろうが、敵に回すと集団制裁とリスクが高く、余程の愚か者でない限り彼とお近づきになろうとは思わないだろう。

 しかも人間ヒューマンに比べて圧倒的に高い身体能力と五感が鋭く、逃げ続けるなどほぼ不可能に近い。そんな種族を敵に回したメーティス聖法神国に同情したくなる。


「……そろそろ肉眼でも先頭を確認できそうだよ」

「あの土煙がそうか?」

「比較的に足の速い部族が先頭を全力疾走している。彼らの体力は想像以上のようだねぇ、疲れている様子が見えない」

「アドレナリン出まくりで、疲労を感じないだけなんじゃないか?」

「ランナーズ・ハイってやつか……」


 獣人族の身体能力は人間よりも遥かに高い。

 その代わり保有魔力が低いのだが、それは日々の鍛錬で補える程度の差でしかなく、あまり知られてはいないが体力の回復力も異常レベルだ。

 ソリステア魔法王国に住む獣人達も高い身体能力に目を奪われがちだが、本当に脅威なのは精強さにある。


「あのスタミナも非常識だけど、疲労状態から回復する速度が早すぎるんだよね。ソード・アンド・ソーサリスで、ブロス君は最初に魔力強化を重点的に割り振っていたようだけど」

「なんで?」

「回復魔法を自分に掛けるためだよ。獣人キャラ使っていたから身体能力ステータスは放置していてもそれなりに上がる。途中で足りないと思ったらアイテムを利用して体力強化していた」

「それって現実に置き換えるとドーピングじゃ……」

「だからこそ魔法に対しての耐久値が低い獣人キャラでも、異常なまでに圧倒的な強さを見せつけていたんだよ。しかも疲労状態を自分で即座に回復するし、長期戦になるほど有利になっていく。魔導士スタートの場合、最初にネックになるのが体力だからねぇ。ブロス君がPK魔導士を容赦なく蹴散らせたのもそのおかげさ」

「魔導士は直ぐにスタミナ切れを起こしていたからな。魔法を使い切ったら案山子同然だし、そのうえで【闘獣化】スキルか……。余程強力な魔法でない限り太刀打ちできねぇ」

「しかも近接戦闘においては圧倒的。んで、あそこの獣人族はブロス君に影響を受け自主鍛錬したのか、あるいはブロス君が鍛えたか教えたのかは知らないけど、保有魔力が高い気がする」

「………わおぅ」


 保有魔力量は魔法を使う上で重要なファクターだが、疲労からの自然回復にもそれなりに影響を及ぼす。そして魔力が高いほど比例して体力の回復量は高く早くなっていく。

 最初はあまり回復できなくとも、修練を続けていけば効果は強くなっていき、長期の戦闘継続力が長くなるのだ。そのおまけで保有魔力量が微妙に増えていく。

 その結果、異常なまでにタフネスな戦士が出来上がた。


「そもそも獣人達に魔力の使い方なんて理解できるのか?」

「そこは野性の勘ってやつじゃないのかい。もとから体を動かすのが好きな種族だし、根性論で押し通すから、強くなれると知れば魔力の強化も喜んでやると思うよ」

「否定できる要素が全くない……。気合と根性だけで突っ走る姿が目に浮かぶ」

「これで回復魔法や補助的な付与魔法を覚えたらと思うと、僕は恐ろしくて仕方がない。幸いと言っては分からないけど、獣人族はスクロールで覚えられる魔法に限りがある。種族特性というべきか、覚えられる魔法の数は少なく、術式の容量次第で上限するんだわなぁ~。」

「あれで魔法まで極めたら化け物だろ」

「ルーフェイル族が先ほどの定義に当てはまるけど、彼らは翼があるけど獣人じゃない。ハイ・エルフと同じ古代種だからねぇ」


 どういう訳か、獣人族は潜在意識領域に覚えられる術式に限界があった。

 これは種族特性には検証しても未だに謎のままであり、この特性さえなければ強靭な肉体と魔法力を持つきわめて強力な種族になっていたことだろう。

 メーティス聖法神国に負け続けることもなかった。

 単純に術式で発動する魔法とは相性が悪いというのが、学者立による共通見解となっている。


「そうこうしている間に、先頭で走る獣人の姿が見えてきたよ……って、えぇっ!?」

「おいおい………止まる様子がねぇぞ。まさか、マジでこのまま突撃する気かぁ!?」

「というか、あそこで止まったら後続に踏み潰されるねぇ」

「あいつら、そこまで馬鹿なのか?」


 先頭を走る獣人達は止まるどころかスパートをかけ、そのままさらに勢いを加速させる。

 釣られて後続も勢いが増し、アンフォラ関門を目指して突っ込んでいった。


 ~~※~~※~~※~~※~~※~~


 ケモ・ブロスは荷馬車の上で頭を抱えていた。

 それというのもゼロス達がアンフォラ関門の城壁を壊しに向かったと知り、獣人族の側近達が『しゃらぁっ! 俺達も今から向かうぞ。あの忌々しい壁がなければ勝ったも同然だぁ!!』と叫んだことから、その意気込みが周囲に伝播拡散されていった。

 獣人族にとって高く聳えたつ砦や要塞などの城壁は忌むべき存在であり、それが無くなると知った彼らのテンションは一気にマックス状態に突入し、ブロスの命令なしに勝手に動き出してしまった。


『僕は止めた……。止めたんだよ……』


 そう、最初のうちはブロスも彼らを落ち着かせようと動いていた。

 そもそもハーフトラックの速度に追いつけるはずもなく、どれだけ馬車を走らせたところで半日以上はかかる。

早く到着したとしても深夜で、遅くとも翌日の早朝となるだろう。

 それも全力で走ってその時間帯だ。アンフォラ関門に着く頃には疲労状態になっていることは確実。

 しかし、彼らはそんな話を聞かなかった。


『甘かった。皆がこの程度のことで止まるはずがないんだ……。説得できると考えること自体、そもそもの間違いだったんだ』


 今までは何があってもブロスの話は聞いてくれていた獣人達。

 しかし、それはあくまでも敗北続きで打開策がなかっただけのことであり、ブロスの圧倒的な力で勝利を得ることができるようになったとき、獣人達は『あれ? このままでいけば楽勝じゃね』と思うようになっていた。

 だが、それはブロスだけの勝利であり、獣人達の手で成し遂げた勝利ではない。

 自分達が勝利したという実感がまるでなく、隔絶した力での一方的な勝利などに価値はなかったのである。

 次第に心の中で積もってゆく自身の弱さへの不満と、不完全燃焼の鬱積とした感情。

 そしてカルマール要塞では確かに彼らは敵を滅ぼし、勝利を実感した。

 その結果―――。


『やれる! 俺達はやれるぞぉ!!』

『あの人攫い共に目にもの見せてやったぜェ!!』

『次はアンフォラ関門だぁ! 待っていろよ、糞蟲共ぉ!!』


 ――一度の大勝利が感情に抑えられた闘争心を大爆発させてしまった。

 こうなった原因はブロスが一人で戦い続け、勝ち過ぎたことにある。

 理不尽なまでの強さが彼らを自信喪失状態に落としかけ、あわや部族連合の崩壊寸前までメンタル低下を招きかけ、仕方なしにカルマール要塞の襲撃を彼らメインにやらせた結果、心の箍が外れてしまったのだ。

『俺ら、やっぱTUEEEEEEじゃん!』と―――。

 極端から極端へと揺れ動く傾向の強い種族なので、重度の自信喪失は見事なまでに反転し、人の話すら聞かないほど怒涛のごときイケイケに突入してしまったのだ。

 最早、集団暴走である。


『やばいよやばいよやばいよ……』


 言葉は届かない。

 しかし、仲間の犠牲者は出したくない。

 これは戦争なのだから、犠牲者を出さずに勝つなどと言う甘い考えは捨てるべきなのだが、頭では覚悟をしていても心が自分を受け入れてくれた人達が死ぬところなど見たくはない。

 無論、そこには戦略的な面でも戦力が減ることを危惧する意味合いもある。

 

「………僕も少しテコ入れするべきかな」


 アンフォラ関門が近づくにつれ、ブロスの思考は冷徹なものへと変わる。

 即座に使い魔を放ち、視覚共有による情報収集を始めた。


『第一の城門は完全に破壊。第二城門は残っているけど事実上は半壊かな? けど上から弓などで攻撃はできそうだ。ここは警戒しておくべき……。門も破壊されているから侵入は容易だけど、バリケードを築いているようだね。これを皆で壊すのは時間のロスに繋がる。真っ先に壊すべき……』


 この勢いを殺さずにアンフォラ関門を攻め落とす段取りを構築し始める。

 カギとなるのはブロス自身であり、初動を間違えればそれだけ犠牲者も出てしまうので、行動は迅速に行わなくてはならない。

 幸いにも使える武器がブロスの手元にあった。


「旦那、見えてきたわよ」

「そうだね。それじゃ僕も先陣を切らせてもらうよ」

「ずるい! また私達を置いて一人で抜け駆けする気ですか?」

「違うよ。このまま突き進んでも門の前で足止めをくらうんだ。邪魔なものを撤去するから、連中の相手はみんなに任せた。思う存分に殺っちゃって」

「それならいいのだが、我が旦那は強すぎるゆえに獲物を独り占めにしかねない。少しは我らの出番を残してほしいものだ」

「アハハ……バリケードと弓兵を蹴散らすだけだからね。今回もみんなの邪魔はしないさ。それじゃ、行ってくるね」


 荷馬車から降りると同時に尋常ではない速力で走り出すブロス。

 ブロスの言葉で、一緒に荷馬車に乗り込んでいた数名の妻たちの瞳に危険な光が宿っていたことに、危険な兆候だととらえていた。

 一見して純朴系や姉御肌・お嬢など、ゼロス達も『どこのエロゲー?』と言いたくなる各種勢揃いの妻達ですら凄惨な笑みを浮かべているのだから、この豹変ぶりには恐ろしいものがある。裏を返せばそれだけの怒りを内に秘めていたということだ。

 戦場で感情に流されるのは危険だ。

 特に怒りなどの感情は冷静さを奪い、短絡で愚かな行動に走らせる。多くの獣人達が盲目的になりアンフォラ関門を目指しているのが何よりの証拠だ。


『火縄銃の的にさせるわけにはいかないんだよぉ!!』


 メーティス聖法神国の新兵器である火縄銃がどれほどの威力があるのかは不明だが、開発したと思しき勇者が異世界人である以上、弾丸の形状が球形であるとは考えにくい。

 貫通力を高めるため、ブロスの良く知る弾丸の形状に加工している可能性も考えられ、それ以外にも威力を上げる螺旋状の溝を掘るライフリング加工も充分にあり得る。

 戦争に卑怯もへったくれもないが、それらの武器が自分達に向けられる以上こちらも相応の手段を用いる必要があり、撃たれる前に蹴散らし排除することを即決した。


「げっ?」

「酋長!?」

「ちょ、はえぇ!?」

「えっ、カシラ!? 待った! って、追いつけねぇ!?」


 先行する獣人達を後方から追い抜き、先頭集団の前にまで躍り出る。

ゼロスから預かったダネルMGLをインベントリから取り出し両手に持つと、そのまま直進しつつ壊れた門の前に築かれたバリケードを目指す。

案の定、火縄銃を構えた兵士たちの姿が目に留まる。


「させるかぁ!!」


 放たれた銃弾がブロスを掠めるが彼は止まらず高々と飛び上がり、滞空中にバリケードや城壁の上から火縄銃を構える兵士に向け、グレネード弾(範囲魔法エクスプロード封入済み魔封弾)を全弾一気に撃ち込んだ。

 近距離で連続して大爆発を起こし、吹き飛ぶバリケードと城壁の狙撃手。

 その圧倒的な制圧能力に、撃ち込んだブロス自身が目を点にして驚いた。


『えっ、なにこれ……。グレネードよりヤバイじゃん!! ゼロスさんはなんつーもんを作ってんのぉ!?』


 急ごしらえのバリケードが吹き飛ぶのはまだいい。

 問題は、ゼロス達の砲撃によって既に耐久値が落ちていた第二城壁を、狙撃手ごと吹き飛ばしたその威力だ。

 城壁は三分の一の高さまで崩れ落ち、エクスプロードの余波で辛うじて形が残っていた門も完全崩壊。一番の問題はこのダネルMGLが誰でもお手軽に使えることにある。

 このときほどゼロスが敵でなくてよかったと思ったことはない。

 気づけば後方から爆走してきていた獣人族達も、あまりの事態に呆然としていた。


『……危険物のことはとりあえず放置だ。今はこのチャンスを生かす!』


 深く息を吸い込むと、ブロスは「邪魔者は排除した! 今こそ復讐のとき、敵を容赦なく蹂躙せよ!! 我らを敵に回したことをくそったれ共に死ぬほど後悔させてやれ!!」と声高々に叫んだ。

 一瞬の静寂。

 そして――。


「「「「「ウオォオオオオオオオォォォォォッ!!」」」」」


 ――ルーダ・イルルゥ平原に咆哮が響き渡る。

 アンフォラ関門に雪崩れ込んでいく獣人達により、長きに渡って不落の門と言わしめたアンフォラ関門は敵の侵入を許し、血生臭い殺戮の場へと変わった。


 ~~※~~※~~※~~※~~※~~


 クルカルトの陣頭指揮の下、アンフォラ関門の城門前には未完成ながら瓦礫を利用したバリケードが築かれていた。

 少しでも防衛を強化しようとした矢先に訃報が飛び込んでくる。


「クルカルト様! ぜ、前方に土煙が………獣人共です! 凄い勢いで奴らが突撃してきます!!」

「な、なんだとぉ!?」


 慌てて状況を確認すべく、クルカルトは崩れかねないほど耐久力が低下した第二城壁へと上り、望遠鏡を覗き込む。

 遠方からは、アンフォラ関門の倍以上の兵力を引き連れた獣人達が猛スピードで迫ってきていた。


「は、速すぎる……」


 まだ防備を整えていない中で迫りくる敵の存在。

 バリケートも完全とは言い難く、なによりも砂塵を巻き上げて向かってきているということは、ほぼ全部族で攻め込んできたということだ。


「火縄銃を用意せよ! ギリギリまで引きつけ、奴らに鉛を叩き込んでやれ。それと槍を持たせた兵をバリケード前に集結させるのだ」

「了解しました」


 ただでさえ混乱している状況がさらに悪化していた。

 火縄銃は日々改良され威力も高いものとなっているが、それでも次弾を装填して撃つまで時間が掛かり、どうしても敵の接近を許してしまうことになる。

 だが、獣人達が侵入できる経路は第二城門の一か所だけになるので、そこに兵力を集中させておけば充分に時間を稼げる。

 その間に城壁の上から火縄銃で確実に敵の数を減らす。


『ガルドアから火縄銃を接収しておいて正解であったな。野蛮なケダモノ共に文明の力を見せてくれるわ』


 ここまできてなおクルカルトは獣人に対し侮りがあった。

 アンフォラ関門は慌ただしく戦闘の準備に入るなか、クルカルトだけが根拠のない勝利を信じて疑わない。何が起こるかが分からないのが戦場であるというのに――。

 さすがに緊急事態のためか、あるいは身の危険を察知したのか、聖騎士や兵士達の行動は迅速だった。

 救助活動や瓦礫の片付けなどを中断し、門の前では長い槍を揃えた兵士が立ち並び、崩れかけの城壁の上には火縄銃を構えた狙撃手が待ち構える。


「来るぞぉ!!」

「しっかり狙えよ。確実に仕留める……ん?」

「おいおい、ガキが真っ先に突っ込んでくるぜ。よほど死にたいようだ」

「頑張ってここまで来たようだから、期待に応えてやろうぜ」


 獣人達を置き去りに、突撃してきた竜と思しき魔獣の頭骨を被る少年を見て、騎士達はその無謀さを嘲り嗤う。

 だが、クルカルトだけは違和感を覚えていた。


『……ケダモノ……ではない? それに、あの手にした武器はまさか、銃!?』


 少年の手にしている武器は火縄銃とは形状が異なる。

 しかし、どう見ても高度な技術によって作られているソレに対し、言葉では言い表せない不安感が重くのしかかった。

 獣人族が作れるとは思えない武器を所持している少年に、クルカルトは直ぐにその存在に思い当たり、嫌な予感がクルカルトの身体を走り抜ける。


「……撃て」

「は?」

「あのガキをさっさと撃ち殺せ! 奴は神敵……。転生者だ!!」


 クルカルトの命令により城壁から火縄銃の一斉に銃声を上げた。

 だが少年は飛び交う銃弾をものともせず、それどころかさらに加速して城壁のすぐ近くまで迫ると非常識な跳躍力で飛び上がり、手にした銃と思しき武器を即座に連射した。

 『シュポポ』と間抜けな音とともに撃ち出された何かは、城門前のバリケードに二発、残りはすべて城壁の上にいる狙撃手たちに向けて放たれた。

 直感に駆られたクルカルトは、誰よりも早く階段に向かって逃げ出し、階段を下りだした直後にそれは起こった。


 ――DoGogogogogogogogogogogon!!


「ひっ、ひぃいいいぃぃぃっ!!」


 連続で起きた大爆発。

 先の攻撃でかなりのダメージを受けていた城壁は、この連続爆発によって上部は完全に吹き飛び、人であった者達の肉片が飛び散った。

 クルカルトの目の前で第二城壁が音たて崩れ落ちていく。

 彼が無事であった理由は、幅のある階段を設置していた場所が城壁よりも厚みがあり、ゼロス達の砲撃によるダメージが比較的に少なかったため崩れ落ちなかった。

 だが、それ以外の場所は既に耐久値が限界にきており、ブロスの攻撃によってとどめを刺された形になったのだ。

 

「う、嘘だ………こんな……。こんな馬鹿なことがあって堪るか……」


 現実逃避しようとも、目の前の現実は変わることはない。

 絶望の時が今始まったのである。


 ~~※~~※~~※~~※~~※~~※~~


 遠方からアンフォラ関門の様子を窺っていたゼロスとアド。

 当然だが城壁の上に火縄銃を構える兵士たちの姿も確認していた。


「陣の設営……する気がなさそうだ。このまま突撃は危険じゃないのか?」

「狙撃手が待ち構えているからねぇ。けど、彼らの勢いは止まらない。適度な疲労は楽しい戦いへのスパイスなんじゃないの?」

「あのブロスがこのまま突撃を許すと思えないんだが……」

「あっ、そのブロス君を発見。外周から一気に追いこんでトップに躍り出たねぇ。見事な差し込みだよ」

「競馬か?」


 暢気に傍観していた二人だが、ブロスの両手に持つダネルMGLに気づく。


「さっそく使うのか、ブロス君!」

「アレ……大丈夫なんだよな? とんでもない威力なんじゃないのか?」

「一応、弾丸には威力を抑えたエクスプロードを封入してある。試作弾のヤツは通常威力のエクスプロードだけどね」

「………その試作弾。ブロスの奴に預けてないよな? 嫌な前振りのような気がするんだが………」

「いや、試作弾は別にしてあったはずだよ」

「なら、先にダネルMGLに装填してある弾は?」

「そんなはず………」


 連続して大爆発する第二城門と門の前に築かれたバリケード。

 その威力はとてもゼロスの言う『威力抑えめ』のものとは到底思えず、ゼロスが全力でぶっ放したときのエクスプロードと同等の破壊力だった。


「……ない、と思う――と言おうとしたんだけど」

「ゼロスさん………やらかしたな」

「どうやら、そうらしい……。うっかり間違えていたようだ」

「まぁ、いつものゼロスさんだな。平常運転のようで」

「酷いと言いたいところだが、反論のしようがないな。面目ない……」


 連続エクスプロードで崩落する第二城壁と門。

 これによりアンフォラ関門の防衛力は完全に消失し、もはや渓谷に作られた小さな辺境の町となってしまった。


「獣人達が呆然としてるぞ」

「あんな兵器、彼らは見たことがないだろうからねぇ。そりゃ度肝を抜かれるよ」

「連中には超処刑要塞があるんだが?」

「使ったのは一回こっきりで、全員が地下に避難してたんでしょ? 現実感がなかったんじゃないかな」

「俺、暴食なる深淵を連中の前で使ったんだが……」

「獣人達との酒の席で、君が逃げ出した敵に紛れ、単身で本陣に乗り込んだと話を聞いてるけどね。獣人側に被害はなかったから、気にも留めてなかったんじゃないかい? あるいは英雄の偉業とされているとか」


 雑談で暇を潰す二人。

 二人はその場から動こうとすらせず、雑談を交えながら獣人族による総攻撃を傍観するのであった。


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