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おっさんは砲声を轟かせる


 傾斜のある丘陵を土木魔法【ガイア・コントロール】で掘り、ハーフトラック一車両を収めるほどの窪地を作ると、車体をアンフォラ関門に向け横向きに停車させたゼロス。

 アドは車体が見えないよう光の屈折を利用した魔道具で結界を張ると、周辺に生い茂る雑草を周りに植え込む偽装工作を終わらせ、荷台に搭載された88mm砲の操作方法を確かめる。


「ゼロスさん……砲身の射角はどうやって変更するんだ?」

「砲身下のボックスにリモコンが入っているから、向きや射角はそれで操作してくれ。ちなみに装填は手動だからね」

「まるでクレーンを操作するリモコンみたいだ。しかし……アンフォラ関門まで2㎞はあるぞ。砲撃したら向こうにも場所がバレるんじゃないか?」

「結界を張ったから、城壁の上から肉眼で発見するのは難しいんじゃないかい? けど、油断はできないかな。ここは敵地だし巡回する兵にも気をつけないとねぇ」

「車体が少し斜めだな。確実に着弾させるために固定脚を出すか。もうすぐ日も暮れるし、急がないとな」

「偽装を施すのに時間を食ったか……。少し周囲を探ってみるかねぇ」


 ゼロスが周辺を探知魔法で人の気配を探る中、アドはリモコンを操作して稼働脚でハーフトラックを水平姿勢に操作しつつ、88mm砲の砲身をアンフォラ関門に向けていた。

 砲撃で結界が破壊される可能性もあるが、夜間に砲身を発見されるリスクは低いだろうと判断し、一息入れた。


「角度調整はこれでいいのか? 照準器でもあれば楽なんだが」

「望遠鏡ならあるけど、無いよりマシだから使ってみるかい?」

「つか、夜間砲撃になるんだよな。着弾しても辺りが暗けりゃ、城壁の様子も分からないんじゃないのか?」

「そこは使い魔を利用して、着弾地点の誤差修正を図るさ。できれば今夜中に城壁を崩落させたいところなんだけどねぇ」

「大穴でも空けられれば充分だろ」


 この戦いはあくまでも獣人族のものだ。

 あまりお節介を焼くのも問題になりそうな気もするが、問題はゼロスである。

 彼は気分次第で予定を変える傾向が強く、そのおかげで散々な目に遭ったことも一度や二度ではない。何を考えているのか分からないところに一抹の不安を感じていた。


「コーヒーでも飲むかい?」

「砂糖はあるのか? 俺、ブラックだと飲めないんだが」

「何らミルクもつけようか? ついでに何か食べておくか……」

「長丁場になるかもしれないし、何か食っておいた方がいいだろうな」


 起こりうる状況を想定し、状況に対応できるよう府蟻は行動していた。

 次第に夜は更けていき、星空の下で他愛ない話をしながら時間を潰す。


 三時間後――。


「だから、明らかにロリっ子と二人で温泉宿に泊まるのはおかしいと思うんだよねぇ。それ以前に中高校生の学生とお泊りなんて、それこそ人を導く立場の者がやっていいことなのか? 現実だったら即逮捕案件だと思うんだよ」

「いや、だってゲームの話だろ? そこに現実を入れたら二次創作の方はどうなるんだよ。それに歳の差カップルなんてのも、現実ではよくある話じゃないか」

「確かに現実でも年齢差の恋愛はあるよ、そこは認める。しかし、主人公サイドから見ると倫理観が崩壊したか、あるいは元から薄いのどちらかとしか考えられない。そうなると元から人間性に問題があるという結論が出るんだが……」

「理性でもどうしようもないこともあるんじゃないか? 人は感情で動く生き物だし、好きな相手同士と二人きりのシチュエーションは、感情が理性を超えることなんてこともあるだろ」


 ――ゲームと現実における恋愛問題を議論していた。

 だが、そこから発展してあり得ないシチュエーションの談議に変化したようである。


「しかし、見た目がロリでも設定年齢が18以上と書けば許される問題なのだろうか? ゴリ押しとか後付けの言い訳にしか思えない。童顔とかそういうレベルでは済まないんだよ? 普通に犯罪じゃないのかねぇ」

「そこはキャラデザの問題じゃないか? 現実でも身長が150㎝前後の成人はいるし、決してあり得ない話じゃない。ゼロスさんが問題視しているのは倫理観のことだけじゃないか」

「そこが一番重要だと思うんだけどねぇ。エロゲは元から倫理観など崩壊しているか、後から崩壊していくような設定環境だから無視するとして、ソシャゲのキャラはそうはいかないでしょ。二次創作になると世界観が破壊されやすい」

「エロ方面ではノーマルとアブノーマル分かれるが、だからといってそれが非現実的とも言えない。現実でもクズな人間はいるし、間違っているというわけもないだろ」

「ゲームと現実で共通しているのは男女が存在するということだけだ。壁ドンで『キュンキュン』するとかいうシチュも、普通に考えて吊り橋効果ではないかと考えられる。一時的な怖さが反転して好感と勘違いしたとか?」

「そりゃ、長身美形の男にドアップで迫られたら、普通の感性持ちならときめくよりも迫力にビビるよな。っていうとなにか? 乙女ゲーのヒロインは一時的に軽度のストックホルム症候群に近い状況にあると?」

「あり得ない話じゃない。特に乙女ゲーの攻略対象は、家庭的にも性格でもめんどくさいキャラが多いじゃないか。まったく普通の家庭に育ったヒロインが、そんな彼らに共感を持てるとなると相当ヤバイと思うよ? 新興宗教や犯罪者にころっと傾倒しやすいんじゃないかな」

「そんなヒロインに夢中になる野郎どもも、相当にヤバくないか?」


 脱線に次ぐ脱線で内容が次第に怪しくなっていく。

 そもそもフィクションの世界を現実に置き換えること自体無意味なのだが、暇な彼らは時間を潰すためにあえて追求し、そして夢中になっていた。


「ゲームのキャラ設定にもよるだろうねぇ。ただ、ハーレムエンドを目指すような人格は、男女問わずヤバイかもしれないねぇ」

「男だったら野心家か節操ナシ、女だったら魔女かサキュバスだな。それで『全てが丸く収まりました』なんてことにはならないだろ。中世レベルの文明だと男の場合は男尊女卑社会だから納得できるが、現代だと下半身に節操がない変態ということになる」

「いや、文化レベルが中世でも、女性が何人も男を囲っていたらかなりの女傑だよ。それはもう、国を裏から操るくらいの智謀に長けていると思う」

「それ、もう妲己クラスじゃね? 現代に置き換えると大統領か総理大臣になれるレベルだぞ。俺としては…………なぁ、ゼロスさん。そろそろいい頃合いじゃないか?」

「なにがだい? まだ話の続きが………あぁ、砲撃の時間か! すっかり忘れていた」


 話に夢中になっていたアドが正気に返り、アドに言われてゼロスもまた自分がこの場にいる理由を思い出した。

 迂闊にもおっさんは目的を忘れかけていた。


「それにしても、こんな近くに砲撃拠点を築いているのにもかかわらず、連中は全く気付いた様子がないな。普通は望遠鏡とかで周囲を確認しているもんじゃないのか?」

「それだけ獣人族を舐め腐っているか、あるいは敵とすら見ていないんじゃないかい。なんにしても職務怠慢なのは間違いないと思うねぇ」

「望遠鏡の性能がそれほどでもないとか?」

「あ~……その可能性も高いか。技術力はソリステア魔法王国の方が高いと思うし、レンズを作るのは職人の手作業だ。この手の職人はドワーフを中心とした職人組合が一手に引き受けているし、亜人種を迫害するメーティス聖法神国に手を貸すはずがない。技術力が低い以上、望遠鏡の品質も低いのかもしれないねぇ」

 

 ソリステア魔法王国は魔導士の国であるだけに、様々な技術の開発や研究に余念がない。

 対してメーティス聖法神国は魔導士の存在や亜人種を迫害の対象としており、技術力の向上も人間の手に委ねられているのだが、そうした職人を下に見る傾向が強かった。

 そもそも技術の発展は研究と実験の繰り返しにあるのだが、メーティス聖法神国では錬金術との線引きが酷く曖昧であり、例え物理的な理論による技術で作られたものでも、理解を示されなければ処罰の対象となる。

 そうした審査をするのが神官なのだから、なお発展は遅れることになる。


「例えばモーターを開発して風力発電をしたとする。彼らはどうして電気が発生するのか理解できないから、これを魔法と定義して開発者を処刑したりするわけだ。無知ゆえに技術と魔法の定義がわからず、疑わしきものは罰せよと短絡的な思考に走りやすいんだよ」

「………一応、勇者を召喚しているんだよな? 普通なら技術によって作られた物だってわかるもんじゃないのか?」

「それがねぇ、雷は自然に発生する魔法現象だと思っているらしく、モーターなんかは魔道具の類とみなされるんだねぇ。つまり取り締まりの対象なんだわ」

「馬鹿じゃねぇのか?」


 メーティス聖法神国は神聖魔法と呼ばれるもの以外の存在を認めない。

 自ら信仰する教義を否定する存在は許さず、プロパガンダを繰り返してきた結果、国民の知識の低迷下を招き今日にまで至る。

 多くの民は識字率も低いため、神官の街頭演説を鵜呑みにしてしまうほど理解力が低くなり、それが正しいのか誤りなのかを判断する理解力がない。

 民が愚かであるほど支配するには楽なのだろうが、逆に言うと国民感情に左右されやすい国となるわけで、支配する神官達が政治を誤れば瞬く間に暴徒化しやすくなる。

 まぁ、暴徒と化しても背信行為の名目で武力制圧してきた歴史があるので、今まで何とか国の体裁を保ててきたものだ。


「周辺国と比べて国民の文明レベルが低すぎるだろ。発展させる気が無いんじゃねぇの?」

「あるわけがない。民の暮らしが良くなるほど知識人は増えるわけじゃん。そんな国民に下克上されたら旨い汁が吸えないじゃないか」

「酷い話だな」

「ソリステア魔法王国では水洗トイレがあるけど、メーティス聖法神国では壺に汚物を入れて窓から捨てるんだよ? 雨が降ると下水道に流れ込むけど、浄化されずに溜まる一方さ。近隣の小川には汚物が流れ出すからかなり不潔な環境なんじゃないかな?」

「オーラス大河には?」

「オーラス大河の源流はイサラス王国の山岳地帯だし、その流れはアトルム皇国の国境付近を流れているから、汚水を流す下水道を作ることもできない。工事してたら普通に襲撃されるからねぇ」

「メーティス聖法神国はバッチィ国だったのか……」


 今まで大国だと思っていたメーティス聖法神国が、実は発展途上国以下の国だったことを初めて知ったアド。イサラス王国の方がまだ発展しているように思える。


「国力は低いが、イサラス王国の方が上下水道はしっかりしていたぞ。浄化施設もあった。それでよく偉そうな態度がとれたもんだ」

「治療魔法で他国に常駐する神官の多くが、内心では本国に戻りたくないと思っているんじゃないかい? あの国に比べたら他国の方がまだ清潔でいい暮らしを送れるんだしさぁ~」

「そりゃ、本国に比べたら清潔な生活が送れるだろうよ。帰りたくなくなる気持ちも良く分かるわ」

「しかし、もうその手も使えない。魔導士が回復魔法や魔法薬で医療行為ができるようになった以上、高い金を払ってまで神聖魔法に頼ることもない。商売はあがったりだぁ~ねぇ~」

「優遇もされなくなるだろうからな。追い返されるんじゃね」


 国に戻りたくない神官達は、今頃相当に焦っていることだろう。

 高い金の治療費を取り、本国に送金する資金の一部をパクリ、その金で贅沢三昧をしていたツケを払うときがきた。

 滞在国では白い目で見られ、国に戻れば何らかの処分を受けることになりかねず、派遣神官達は途方に暮れていた。自業自得なのだから仕方がない。

 ダラダラと喋りながらもインベントリから望遠鏡を取り出すと、アンフォラ関門の様子を確認するゼロス。


「………一応、見張りは立てるんだ。かなりだらけているようだけど」

「肉眼でも松明の明かりが見えるな。そろそろ準備を始めるか?」

「だねぇ~。とっととあの壁をぶち壊しますか」


 二人はハーフトラックの荷台に乗り込むと、88mm砲の左右に設置された椅子に座り肉眼で照準を定める。初撃はかなり適当だ。


「砲弾は?」

「最初だから観測射撃になるかな。アド君は使い魔で上空から確認してくれ」

「あいよ」


 アドは魔導符を使って使い魔を飛ばし、上空からの観測を始めた。

 閉鎖機の後部から弾頭を入れ、鎖栓で封じゼロス自身が魔力をチャージする。

 

「って、魔力は俺達のを使うのか!?」

「ハーフトラックを動かすの魔力を大量消費するからねぇ、魔力だけは自前のものを使うしかないんだよ。鎖栓内側に仕掛けられた術式で爆発を起こす仕様だから、あまり消費されないのが救いだな。この手頸に填める腕輪からケーブルを伝って魔力が送られる」

「……まぁ、いいや。射角はこの角度でいいのか?」

「観測射撃だからねぇ。だいたい15度くらいかな」

「撃っていいのか?」

「どうぞ」


 轟音とともに方針から砲弾が撃ち出された。

 砲弾は流星のごとく駆け抜け、城壁に着弾した。


「弾ちゃ~~くっ!」

「ちょいと確認するよ」


 望遠鏡でアンフォラ関門の様子を確認する。

 何が起きたのか分からず慌てる聖騎士達の姿と、防壁に穿たれた大きな窪みが88mm砲の威力の高さを物語っていた。


「右城壁面に着弾を確認。やっぱ貫通はしないか……」

「それなりに分厚そうだからな」

「次は魔封弾を使ってみる」

「封じ込める魔法は?」

「当然、【グラビティ・バースト】」

「いや、そこは【エクスプロード】よくね?」

「エクスプロードだと威力の面で不安が残る。確実に崩壊させるには、それなりに威力が高い魔法を選ぶべきでしょ」


 何か言いたげなアドであったが諦めた。

 嬉々としてヤバイ魔法を封印し、砲内に弾を込めるおっさん。


「第二射、発射!」

「たぁ~まやぁ~!!」


 第二射の弾丸が城壁に着弾すると、封じられた魔法が解放され城壁を粉々に粉砕し、大穴を空けたのを望遠鏡で確認した。

 上部がまだ残っており、崩れなかったことが奇跡である。


「穴……空いたな」

「空いたねぇ~」

「全然崩れないぞ?」

「封魔弾の数も少ないし、もう少し強力な魔法を使うかな……」

「嫌な予感が……」


 封魔弾を再装填し、砲身をやや左に動かす。

 そして第三射をぶっ放した。

 砲弾は城門右側に着弾すると、まるで穴の中に引きずり込まれるかのように城壁の建材が吸い込まれ、やがて重力球の圧壊によって強力な爆発を引き起こした。

 ゼロス謹製の魔法、【暴食なる深淵】であった。


「…………ひでぇ。衝撃波で人間が消し飛んだぞ。第一の門は完全に崩れた」

「クレーターはできてないでしょ。それで、第二の城壁は?」

「あ~………衝撃波で門扉は吹き飛んだな。城壁もズタズタだ」

「形だけは残っているようだねぇ。意外に頑丈だったようで、どんな建材が使われているのか逆に知りたくなっちゃったよ」

「あれ、暴食なる深淵だろ。威力が落ちてねぇか? 手加減でもしたのかよ」

「めっちゃしたよ。けど………想定したよりも威力が低い気がするねぇ。なんでだろ」


 暴食なる深淵の威力が落ちた原因だが、それは城壁にミスリルで強化魔法と障壁魔法の術式を刻んだ魔法文字によるものだった。

 魔封弾内の魔法が解放され発動した瞬間、放出された魔力がミスリルの術式へ一部流入し、瞬間的にだが強力な魔法障壁と強化魔法を発動じ城壁の強度を上げていたのだ。

 それでも城壁の内側で炸裂した暴食なる深淵の威力を防ぎきることはできず、アンフォラ関門の第一城壁は崩壊したが、発動した障壁魔法と強化魔法により威力は軽減され第二城壁内側への被害を抑え込むことに成功していた。

 それでも第二城壁の被害は尋常なものではなかったのだが――。

 第一城壁がいつの時代に築かれたものなのかは知らないが、膨大な魔力さえあればその防御力は最強に値するかも知れない。


「第二城壁を攻撃するよ」

「もうエクスプロードで良くね? さっきの暴食なる深淵の一撃でズタボロなんだしよ」

「獣人族の獲物を奪うわけにもいかないしねぇ。手堅くいきますか」


 次々と加えられる砲撃。

 外部の第一城壁が崩壊して以降、遮るものの無くなった第二城壁は攻撃し放題だった。

 術式強化の発動しない第二城壁は脆く、暴食なる深淵の衝撃波によって耐久力がゼロス達の予想以上に落ちていたのか、エクスプロードの爆発力によって短時間で同じ運命を辿る。

 散乱した瓦礫は栄華の落日の象徴となり、もの悲しくその痕跡を残すのみとなった。


 ~~※~~※~~※~~※~~※~~~


 時間は少し戻る。

 アンフォラ関門の城壁の上で、衛兵たちはいつもの日課である夜勤に従事していた。

 彼らの態度はお世辞にも真面目とは言い難く、酒を持ち込んでは夜通し騒ぐなど、職務に対する意欲は限りなく低かった。

 この関所は周囲を断崖に囲まれ、少し奥に築かれた城門に兵力を割り当てておけば充分に守り切れるため、獣人達も迂闊に攻め込めない難所である。

 その堅牢さゆえに兵達の職務に対する意欲は低くなり、堂々と酒盛りをすることまで見逃されているほど、守備隊の風紀は弛みきっていた。


「あ~、暇だ。獣共でも攻めてこねぇかな」

「またいつもの愚痴かよ。この地形のおかげで連中も迂闊に手が出せねぇんだ、攻めてくるわけがねぇよ」

「おかげで堂々と酒も飲めるんだから、ホントにありがたい話だぜ」

「士気の低下を防ぐという名目で飲める職場は、きっとここだけだろうな」

「天国のような職場だよなぁ!」


 この様にだらけきった風紀を生み出した原因は、アンフォラ関門を総括するクズイ伯の職務態度にあり、自分が楽しむために娼館や賭博場を設営した影響が兵士全体に影響を及ぼすこととなった。

 しかもカルマール要塞に次ぐ堅牢さのおかげで、彼らは危機意識に著しい低下を招いているのだが、そこすら是正することもなかった。

 クズイ伯の言い分は、『毎日気を張っていたら士気の低下を招く。多少羽目を外すくらい別に良かろう』とのことだ。ある意味では正しい。

 兵士達も理解ある上司と思われているが、クズイ伯はこの辺境に押し込められた気晴らしに娯楽を求めただけに過ぎず、そこに兵士達を労わる気持ちは微塵もない。

 全ては自分のためだった。


「しっかし、夜間警備もダルいよなぁ~。娼館に行きてぇ~」

「おいおい、一応は勤務中だぜ? 酒は飲んでるけどよ」

「ぎゃははは!」

「ほどほどにしておけよ? お前らが酔って階段から転げ落ちて死んだら、恥にしかならねぇからよ」


 彼らは慢心していた。

 今もこのアンフォラ関門が安全地帯だと疑っておらず、敵の襲撃すら跳ね返す難攻不落の要塞だと根拠もなく信じ込んでいる。


「そういや、カルマール要塞は放棄されたって話だな」

「ガルドア将軍も老いたんだろうよ。獣どものビビッて逃げ出すなんざ、もう将軍としてもやっていけねぇだろ」

「これは、いよいよ俺達の時代がきたかぁ~?」

「ケモノ共からカルマール要塞を奪還できたら、俺達は出世間違いなしだろうぜ。なかなか面白くなってきたじゃねぇか」


 彼らは獣人族の異変に未だ気づいておらず、気付いていた者がいても楽観的に捉えているのか、深刻な状況になっているとは全く思っていない。

 また、クズイ伯子飼いの騎士達が多くの割合を占め、安全な内地から来た彼らは獣人族を完全に見下しており、情報の正確な分析などできずにいた。


「………ん?」

「どうしたよ」

「いや、なんか平原の先で光った気が……。それに、遠方から聞いたことのないような音が響いてきたんだけどよ」

「もう酔っ払ったのか?」


 かなりアルコールが回っていたのか、普通であれば聞き逃さない砲声を彼らは聞き逃した。それに遅れて『ドゴォン!!』という質量のある何かが城壁にぶつかった轟音だけは確かに聞いた。


「な、何の音だ!?」

「おい、何が起きた! 今の音はなんだ!!」

「わかりません。なにかが城壁に当たったようなのですが……」

「報告は正確にしろ! さっさと確認しないか!!」


 突然慌ただしく衛兵や騎士達が動き出す。

 それと同時に再び平原の先で光が見え、今度は『ズゴォオオオオオオオオォォォン!!』という爆発音とともに、外部第一城壁が吹き飛ぶ瞬間を目撃した。

 左側の城壁に信じられないほどの大穴が口を空けていた。

 内側に転がる瓦礫が、外側から強力な破壊力のある力によって吹き飛ばされたことを示しているが、その事実を彼らはまだ理解することができないでいた。


「な、なんだよ……今の……」

「爆発? まさか………敵襲! 敵襲ぅ!!」


 グラビティ・バーストを封入された砲弾を撃ち込まれ、城壁内部から炸裂した威力が老朽化した亀裂に伝わり、強引に押し広げ城壁の寿命を一気に縮めた。

 破壊しようとする力を城壁の強度が押しとどめようとし、反作用によって威力が倍増したことにより、巨大な穴が穿たれたのだ。

 城壁上部が崩れなかったのは、余剰魔力を城壁に埋め込まれた強化術式が作用したことで何とか崩壊せずに済んだものの、防衛目的の壁としてはもはや意味をなさなくなった。

 魔法に疎い聖騎士や衛兵たちはその事実に気づかず、ただ大穴が空いたことだけに注視し、その意味を理解する者は誰もいなかった。


「ま、魔法による攻撃なのか!?」

「そんな………この城壁は石材としては最高硬度のブラマフ石だぞ。こんな……」

「術師は――術師はどこにいるんだぁ、探し出せぇ!!」


 ブラマフ石は粒子が細かく、その強度はコンクリート以上の硬度を持つ自然石だが、産出地が限られた希少性の高い石材だ。

 しかも城壁として全てがこの石材で築かれているので、普通であればたとえ魔法でもその硬度の前にたいした被害を与えられない。だからこそ不落の関門とアンフォラ関門は名を知らしめ獣人族に対して優位性を保てていた。

 無敵の理由は城壁に刻まれたミスリルの魔法術式などではなく、堅牢な強度を持つ城壁そのものだったのだ。その無敵神話がたった今崩されたことになる。

 混乱する中、容赦なく第三の砲撃が加えられた。


「なんだよ、これは……。何なんだよぉ!!」

「城門が……」

「闇に………呑まれてゆく」

「知らない……。こんな魔法、聞いたこともない!!」


 発動した暴食なる深淵。

 超重力球が城壁の建材を粒子レベルに分解しながら呑み込み、周囲の光すらも湾曲させながら闇は拡大し、辺りを漆黒の世界へと染め上げていく。

 その闇を防いでいるのが、魔法の余剰魔力によって勝手に発動した障壁魔法と強化魔法だった。

 ぶつかり合う闇と光の障壁。

 その光景はまるで神話の再現のような神聖なものに人々には見えていた。


「【神光障壁】……。誰が! いや、これほどの魔法を防げる者などいるはずがない……」

「まさか、四神様が我々を救うために……」

「おぉ…………神よ…………………」


 人は自分達の理解が及ばない現象に直面したとき、そこに神の姿を見出す。

 例えそれが風紀の腐りきった騎士や守備隊の衛士であっても、命運のかかった危険な状況に対し恐怖に怯え、それを防ごうとする魔法障壁にさえ畏敬の念を向けた。

 これで暴食なる深淵が止まれば彼らも敬虔な信徒となったであろう。

 だが、現実はそれほど甘くなく、重力崩壊によって発生した衝撃破が障壁ごと彼らを呑み込み、外側の城壁や門ごと無慈悲に消し飛ばした。

 本当の意味で信仰に目覚め涙を流していた者達は一瞬のうちに塵へと変わり、余波が内側の城壁を襲いアンフォラ関門全体を震わせ、外側の門に設置された鉄扉が爆風で吹き飛ばされ、内側の門扉を直撃しぶち破る。

 それでも衝撃波は止まらず、渓谷に沿って爆風は流れ加速し、渓谷内に築かれた建物を蹂躙した。

 多くの物や人々、馬に至るまで容赦なく吹き飛び、建物も無残な瓦礫へと変わり果てた。

 ちょうどその頃、自室の豪奢なベッドで娼婦と眠っていたクズイ伯は、吹き込んできた爆風によってベッドごと飛ばされ、壁に激突したことで目を覚ます。


「うぅ………な、なんだ! 何が起きた!?」


 全裸のまま起き上がった彼が目にしたものは、自慢の豪奢な寝室などではなく、無残に荒れ果てた廃墟のようなの姿だった。

 大金をはたいてこの地に呼び込んだお気に入りの高級娼婦が、爆風時に壁へ叩きつけられた状況が悪かったのか、首が異様な方向に折れ曲がり息絶えている。


「なんだ……。この状況はいったい何んなんだぁ!!」


 訳も分からない状況のなか彼は必至に人を呼んだのだが、理解不能な状況下に置かれどこも混乱しており、誰も彼の下に現れない。

 聞こえるのはどこも悲鳴やパニックを起こして叫ぶ者達の声ばかりで、収拾のつけられない状況に陥っているようであった。


「仕方がない……私自身の目で確かめるしかないか」


 寝る前に無造作に脱ぎ捨てた衣服を慌てて着込み、急いで外の様子を確認するべく、政務官邸の外へと急ぎ出てみると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。

 断崖沿いに建てられた建物の窓ガラスが全て割れ、古い建物は軒並み崩れ落ちて瓦礫へと変わり、崩れ落ちた建物の下敷きとなった者を衛兵が総出で救助活動を行っている。

 まるで局地的な災害にあったような光景だった。


「これは……どういう状況だ。誰か説明せい! クルカルト、クルカルトはおらぬか!!」


 忠実な部下と思っているクルカルトを呼び叫ぶも、彼が姿を見せることはなかった。

 そんな中、状況の収集に当たっている衛士の一人がクズイ伯に気づいた。


「これは、クズイ様。ご無事でありましたか」

「貴様、これはどうしたというのだ。何があってアンフォラ関門がこのような……」

「おそらくですが、魔法攻撃によるものかと」

「魔法……攻撃、だとぉ!?」


 衛兵の一人の報告を聞き、驚愕の声を上げた。

 クズイ伯も魔法のことはある程度知識を持っており、とくに有名とされているのはソリステア魔法王国に伝わる秘宝魔法と呼ばれるものだが、それでもアンフォラ関門に壊滅的な被害を齎す威力はないと思っている。

 無論、そこは術者の使い方次第で状況は変わるであろうが、少なくとも四大公爵家の秘宝魔法は威力だけが特化した中規模の範囲魔法であると予想されていた。

 脅威ではあるが、戦局を左右するほどの決定打にはなりえないというのがメーティス聖法神国での見解だ。

 しかし、アンフォラ関門の城壁を破壊した魔法と思しき力は、彼の知る魔法の威力とは桁が違う。災害に等しいレベルだった。


「それで、被害は? 我がアンフォラ関門にどれほどの損害が出ておる」

「その……北側の第一城壁は完全に破壊され、第二城壁は原形をとどめているのですが、門の扉は破壊されております。もう防壁としての機能はないに等しい状況かと……」

「い、いかん……。これは不味い状況だぞ! 今すぐ第二門の前にバリケードを築いて塞ぐのだ! 今ケダモノ共の襲撃を受けたら、ここが落とされてしまう!!」

「しかし、まだ瓦礫の下になった救助すべき者達が……」

「そんなものは後回しだ! 怪我人なんかよりも防衛を優先せよ、これは命令だ!!」

「りょ、了解しました……」


 救助作業に当たっていた多くの兵は作業を中止し、周辺に転がる瓦礫や荷馬車の残骸を集め、扉が破壊された門の前にバリケードを作り始めた。

 クズイ伯は無能者だが、こと保身に関しては努力を惜しまない人間だった。


「第二城壁が無事であったことが救いか……」


 今なお聳え立つ第二城壁。

 しかし、その壁面には亀裂が無数に入り、お世辞にも無事とは言い難い。

 内側に罅や亀裂が無数に見て取れるのだ。外側がどんな状況なのか確認するだけでも恐ろしい。

 こんなことを可能とする魔法が存在しているとすれば、それはもはや人が扱えるようなものではない。まさに神に等しい所業だろう。


「なんとか防衛を固め時間を稼ぎ、救援がくるのを待つべきか。その前に本国へ救援要請せねば……」


 アンフォラ関門の守備を任されている立場ゆえに、攻撃を受けたからという理由で逃げるわけにはいかない。

ガルドア将軍の忠告を無視したこともあり、一戦交えずして逃げだすなど許されるわけではなく、なにもせず本国に戻れば間違いなく処罰の対象にされてしまう。

 ガルドア将軍を嗤える立場ではなくなってしまった。

 そんなクズイ伯の目の前で、第二の門が音を立てて崩壊していく。

 

「不味い……これは不味すぎる」


 自分のことが一番可愛いクズイ伯は、人生で初めて心臓が潰れるような不安感に苛まれていた。


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