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ブロスの不安と先行するおっさん達


 アンフォラ関門に向けて移動中、なんやかんやで三日ほど時間を潰してしまったブロスは、奥様方から解放されて直ぐにゼロスの下に向かっていた。

 まぁ、夜の営みですっかり搾り取られた彼が復帰するまでの時間であったが、アンフォラ関門に到着する前に復活できたのは幸いと言えよう。

 荷馬車に乗るゼロスの背中を確認すると、思わず足早に近づき乗り込むと――。


「ゼロスさん、ちょっと聞きたいことがあるんだけどぉ!」


 ――勢いよく言葉を投げかけた。

 突然ブロスのドアップに、ゼロスは困惑する。

 普通の神経の持ち主であれば下手なことを言えない鬼気迫る雰囲気だ。


「えっと……ブロス君? 僕はそっちの気はないからさ、息を荒くして迫られても困るんだけど」

「僕だって、そっちの趣味は無いんですけどぉ!?」


 ただ、おっさんは普通の神経の持ち主ではなかった。

 相手が本気で深刻な話をしようとしている最中であるのに、空気を読まずギャグをぶっ込んできた。

 しかも、いかにも申し訳なさそうな妙にこなれた演技までする。


「聞きたいことがあるっていったじゃん!! なんで変な方向に話を向けようとするのさ」

「ふむ……ではなんでも聞いて群れたまえ。僕も暇だからつき合ってあげよう」

「なんで上から目線!? まぁ、いいや………。聞きたい事というのはさ、ゼロスさん―――あんた、砲撃なんてやった経験はあるの?」

「ない!」

「ドヤ顔で言うことじゃないでしょぉ!? アドさんは? 僕としては自衛隊経験者だと嬉しいんだけど……」

「俺もそんな経験はないな」


 ブロスの不安が的中した。

 いや、アンフォラ関門に攻め入る前に問題が発覚したことは、運がよかったと思うべきと判断する。

 本番で味方に誤射砲撃されたりでもしたら大惨事になっていたところだ。


「………ねぇ、二人とも砲撃支援できるような軍隊経験はないんだよね? そんなんで狙い通りの場所に砲撃を撃ち込めるの? 僕にはちょっと疑問なんですけどね」

「そんなの、適当に撃ち込んで射角を変えていけばいいじゃないかい? 先ずは真っ直ぐに撃ち込めばいいのさ」

「あぁ~……そういうことか。俺達が誤って味方に砲弾を落とされたくないってことだろ」

「城壁に向けてぶっ放すんだから、砲撃経験なんて必要なくね?」

「僕もそう思っていたさ。けど……第一の門を壊せても、奥に第二の門と防壁があるんだ。ゼロスさん達はいろいろと前科があるし、うっかり誤射でとんでもない事態になりそうだから、不安になったんだよぉ!」

「「…………」」


 おっさんは大いに心当たりがあり顔を背け、アドは凄く心外そうな表情を浮かべた。

 身に覚えのあるゼロスはともかくとして、殲滅者達の被害を受けていたアドは同類扱いされたくないのだが、傍にいながら止めることができなかった過去を踏まえると、一概に否定することもできない。


「確かに……ゼロスさんなら、やらかしそうだな」

「アド君や、それはちょいと酷くないかい? いろいろ巻き込んだこともあるけどさぁ、それでも君達は美味しい思いもしていたよねぇ」

「それもあるから強く言えねぇんだよ。被害を受けただけだったら、俺は間違いなくブロス側につくぞ」

「まぁ、ゼロスさん達と行動すると酷い目に遭うけど、それ以上に恩恵も大きかったからね。僕も師匠と一緒に行動してたとき似たような経験はあるから、そこはアドさんと同じかな」

「それ、まるっきり僕達に問題があったような言い方だよねぇ。君達だって似たようなことはやってきたはずなのに」

「「 被害規模が違うだろ…… 」」


 アドやブロスのやらかしは、あくまでも仲間に迷惑をかけた程度だったが、殲滅者達は違う。仲間内だけでなく周囲への被害が広範囲に及ぶのだ。

 レイド戦での広範囲殲滅魔法の暴走くらいなら可愛い方で、苦戦している状況なことをこれ幸いにとバッドステータス効果のあるアイテムを配り、自爆や呪い効果のある装備を他人に使用させやりたい放題だった。

 

「少なくとも僕は、【全プレイヤーケモミミ補完計画~さらばすべての普通プレイヤーたち~】とか、【どき♡新作バッドトリップ魔法薬試飲会~アへ顔もあるよ~】とか、【チキチキ重呪術耐久レース】とか、【自滅の発破~無限爆破編~】とか、やらなかったからね?」

「いや、率先してやらなかっただけで、手伝いはしてただろ……。特に最後のは伝説だぞ」

「そのときの激ヤバアイテムを在庫処分で売っていたのは、ゼロスさんじゃないか。三次被害を拡大させてたんだしさ」

「仕方ないでしょ、みんな危険物の処分に非協力的だったんだから。それに用途を間違えなければ充分に使えるアイテムが多かったんだよ? 君達もお世話になった口じゃないか」

「「 その用途が限定的だったけどね!! 」」


 効果は大きいが使いどころが難しいアイテムばかりを製作していた殲滅者達。

 モフモフのケモミミや尻尾が生える魔法薬を散布して撮影会や、能力向上効果は途轍もないほど大きいが、精神系の状態異常を引き起こす回復薬を試飲するクレイジーなお茶会。

 ステータス向上効果と引き換えに、使用すれば必ず死ぬ道具を標準装備してのPVP。

 圧倒的な破壊力はあるが、使用すれば時限スイッチが作動する武器を装備しての自爆特攻するレイド戦など、入念に準備をしてお祭り騒ぎをやらかした。

その時の扱いに困る在庫品を裏で売り捌いていたのがゼロスだ。

 無論、他のメンバーもインベントリや拠点の倉庫内に収まり切れないアイテムは、余程ヤバイもの以外は売る方向で動いていたこともあり、もれなく不幸になる者が続出した。

 新規プレイヤーに売らないだけ良心的ではあったともいえる。


「まぁ、昔の話はいいじゃないか。問題は砲撃のことだろ?」

『『殲滅者アンタらの被害者が俺(僕)達なんですが?』』


 二人から向けられるジト目がつらかった。

 

「僕としては、君達が突撃する前に砲撃を加えときたいと思っている。乱戦になったら支援なんて細かいことはできるはずないし、向こうの出鼻をくじく程度で丁度いいでしょ。砲撃なんて未体験だろうしねぇ」

「なぁ、火縄銃はどうすんだ? さすがに銃弾が頭に被弾すれば獣人族でも死ぬだろ」

「木製の盾を頭上に掲げて万歳アタックするしかないね。それが可能かどうかは、僕自身が皆を指揮できるかどうかにかかってると思う。ゼロスさん達にそこまでしてほしいとは思っていないよ」

「「連中を指揮するって、無理じゃね?」」


 獣人族は血の気が多い。

 しかもカルマール要塞で勝利してからテンションが高く、勢いづいている彼らを抑えるなどブロスにも難しい。何しろ人の話を聞かないのだ。

 感情のままに突撃するなど既にやらかしているわけで、統率の取れた行動も最初は心がけるだろうが、すぐ効率性など無視して感情的に暴走する。

 これほど戦争に向かない種族も珍しい。


「まずは現地に到着する前に兵の配置状況を調べることだが、もうそんなものはとっくにやっているんだろ? 遠距離砲撃による攻撃で城門と城壁を破壊するわけだが、二重城壁だったよな? 二つ城壁の間に狙い撃てるわけじゃないから厄介だぞ。正確に砲撃できる自信はないな……。曲遮弾道でも無理じゃないか?」

「ブロス君に貸したダネルMGLが役に立つときがきたねぇ。真上に撃てば迫撃砲代わりになるでしょ。こいつで内側城壁の上にいる兵を一掃する。あとは獣人族全員でトラ・トラ・トラ。あぁ……これで僕も死の商人の仲間入りかねぇ」

「今更だよ、ゼロスさん……。無駄に仲間を失わずに済むから、武器提供は僕にはありがたいんだけど。城門の破壊が最優先だから、そこも僕が担当することになるかな……」

『『『 獣人族は脳筋ばかりだからなぁ~…… 』』』


 地面にアンフォラ関門の構造を描きながら三人は作戦を練り続ける。

 ここに獣人族の姿がないのは、彼らがこの手の話に全く理解を示さないからであり、基本的に蛮勇を誇るような獣人族を入れたところで、『そんなもん、直接突撃して蹴散らせばいいだろ』で終わってしまうからだ。

 被害を抑えたいブロスの苦労などまったく理解を示さない。


「内門はブロス君が突入して破壊、獣人族の突入かな。砲撃支援前に彼らが突撃したら洒落にならない。予め『連中の血祭りは君達に任せる』とでも言っておかないと、ヒャッハー状態で何するか分からん。勝手に突撃して砲撃に巻き込まれた挙句、君に逆恨みもされたくないしねぇ」

「いくら僕でも、勝手に動いて巻き込まれた責任をゼロスさん達に負わせないよ。自己責任さ」

「ちなみに、この作戦も獣人族全体が納得するかは分からない。『俺達に戦わせろぉ!!』って暴れ出す可能性も高いんだよねぇ」

「ゼロスさんの懸念は僕も同意するよ……」

「血の気が多いというレベルじゃねぇよな。たんに暴れたいだけじゃないのか? 『民族の誇りを取り戻す』という建前で……」

「普通なら損害を考慮していろいろと策を用意するはずだけど、それを拒絶しているんだからアド君の意見が正しい気がするねぇ。というより……」

「みんな、細かいことを考えるのが苦手なんだよね。Simple・Is・Bestだから……」

「「マジで苦労してんだなぁ~」」


 考えない脳筋な仲間達と、夜になれば強い子孫を残そうとする奥様達。

 彼らを必死に守ろうとしているブロスだが、そんな苦労を考えず獣人族の民族性を押し通そうとするのだから、彼らは野生の中でしか生きられない種族なのだろう。

『獣に野性を縛る鎖はいらない』という生き様を地で突き進んでいた。


「じゃぁ、僕達は本番に備えて砲撃練習でもしようかね」

「えっ、俺も?」

「当たり前じゃないか。そもそも砲手と装弾手の二人で砲撃をするんだよ? 君にも手伝ってもらうよ」

「どこで砲撃練習するんだよ」

「そうだねぇ………」


 おっさんは顎に手を当てて考えを巡らせる。

 多脚戦車から抜き取った88mm砲は、砲撃練習するにも弾数が少なく無駄撃ちできるわけではない。訓練用の弾を用意するにも材料となる鉱物がこの地にはなかった。

 今から採掘してきて用意するにも時間は足りない。

 どうしようか悩んだとき、ふとあることに気づいた。


「アド君、ちょっと付き合ってくれないかい」

「……どこへ行く気だよ」

「先行してアンフォラ関門に向かう。砲撃練習には丁度いい場所でしょ」

「「えっ?」」


 アドとブロスが『なに言ってんだ? このおっさん……』と言いたげな視線を向ける。

 だが、ゼロスはその視線を無視して淡々と話を続けた。


「よくよく考えてみるとさぁ~、どんな作戦をたてたところで獣人族の皆さんが集団突撃する可能性は捨てきれない。むしろ確実にやると思うんだよねぇ。なら、僕達が先行して砲撃練習をしてもいいんじゃないかな? 結果的に城壁が崩れればOK的な?」

「いやいや、俺達の存在を向こうにバレたら後々面倒なことになるぞ」

「だから、夜に攻撃すればいい。これなら獣人族を砲撃に巻き込まないで済む」

「なるほど……。ゼロスさんの提案には一理あるね。その過程で城壁が破壊されても僕達には関係のない話だし、メーティス聖法神国の聖騎士さん達には『災難だったね』の一言で済む。元より皆殺しは確定しているわけだしね」

「……なるほど。ようするに獣人族に犠牲が出なければいいだけの話か」

 

 ゼロスは88mm砲の試射ができ、ブロスは支援砲撃による誤射で獣人族の被害が出ず、災難なのはアンフォラ関門で防衛に当たるメーティス聖法神国の聖騎士達だけだ。

 四神教を崇拝する国はゼロス達にも敵なので遠慮する必要もなく、彼らの周りで不幸になる者は誰もいない。

 聖騎士達は、生まれた国が悪かっただけで不幸な目に遭うことになるのだから、考えてみると酷い話である。


「ゼロスさん……」

「なにかな、ブロス君……」

「遠慮なく派手にやっちゃって♡」


 これまでにない素敵な笑顔でサムズアップするブロス。

 この砲撃で見ず知らずの人間が確実に死ぬことになるのだが、獣人族以外の人間がどれだけ犠牲になろうと気にしない彼からすれば、完全に他人事である。


「以前、【暴食なる深淵】を使って聖騎士共を蹴散らした俺が言うのもなんだが……。これって虐殺じゃね?」

「戦争が終決するなら別にいいじゃないか。アド君だって早く帰りたいだろ? 奥さんと娘さんが君の帰りを待ってるぞぉ~?」

「うっ………………OK。思いっきりやっちまっていいぜ!」

「その変わり身の早さ、君も大概だと思うんだけどねぇ」


 アドもブロスと同類だった。

 早く帰りたいがために見ず知らずの他人をも犠牲にする覚悟を速攻で決めた。

 ある意味でこの世界に染まったともいえるが。


「なに? アドさんって妻子持ち!? 僕と同じ既婚者だったんだ。これは子供ができたときにいいアドバイスをしてもらえるかも」

「サイコホラーサスペンス張りのヤンデレな奥さんだけどね……」

「えっ………まじで? アドさんって………ドM?」

「奥さんに外堀を埋められ、もはや逃げられなくなった哀れな彼に哀悼の献杯を……」

「事実だけど失礼だろぉ!?」

「そんじゃ皆さんお待ちかね。本日初公開のハーフトラックを出しますかねぇ」


 そう言いながらインベントリを開放するゼロス。

 黒い穴が開くと同時に『ドズン!』と重苦しい音を響かせ、それは姿を現した。

 車体全体が濃い緑色で染められた鋼のトラック。

 見た目であれば日本でよく見られる大型車両だが、荷台の方に目を向けると後方だけが第二次世界大戦テイストで後輪の代わりにキャタピラ。荷台の上の88mm砲が無駄に際立っていた。

 

「………ゼロスさん」

「なにかね、ブロス君」

「世界に戦争を吹っかけるつもりなの?」

「趣味だよ。それに、こんな生産コストのかかる兵器なんて実用性がないと思うねぇ」

「希少な金属がふんだんに使われているからな。鉄をベースにダマスカス鋼とオリハルコンの複合合金なんて、一車両で国の予算が消し飛ぶぞ」

「魔力伝導配線にミスリルも使っているしねぇ。合金の生産にいったい何人の錬金術師が駆り出されるか分からないし、普通に鉄で造った方が安上がりだよ」


 国家の懐事情を圧迫する兵器だった。

 とても量産向きではない。


「そうと決まれば善は急げ。じゃぁ、ちょっくら行ってくるから、ブロス君達は後からのんびり来るといいよ」

「えっ、もう行くのか?」

「当然でしょ、アド君……。僕はいつまでもこの平原にいたいわけじゃない。帰っていろいろと遊びたいんだよ」

「アンタ……人生を趣味全開で生きてね?」

「否定はしない。むしろ全力で肯定する勢いだけど?」

『『 ゼロスさんだけは殲滅者の中で多少まともな方だとは思っていたけど、やっぱ奇人変人の類だわ……。同類だけに惹かれ合う運命だったのか? 』』


 頭の愉快な連中が揃い、相乗効果によって惨事を生み出す。

 思えば人格的に歪んだ者達が意気投合し、他人の迷惑を顧みずに好き勝手に行動しておきながら、不思議とパーティー内で諍いや意見の衝突は見たことがない。

 今考えると殲滅者と呼ばれた連中は、様々な意味合いで奇々怪々な人種に思えた。


「なにをグズグズしているんだい? アド君も早く乗りたまえ」

「おっ? おぉ……」

「ゼロスさん、間違っても殲滅はしないでよ? 僕達の獲物を全滅させられると立場がないからさ」

「それは砲弾に聞いてくれないかい? 心配ならなるべく早く来ることだねぇ。それじゃ行ってく~るよぉ~♪」

「ちょ、俺はまだ乗って……うおわぁ!?」


 ハーフトラックに乗る寸前だったアドは、急発進されたために半ばドアにぶら下がる形で引きずられ、焦りながらも何とか体力にものを言わせて飛び上がり助手席へと飛び乗った。

 実のところゼロスは、免許は持っているもののバイクと軽自動車しか運転したことがなく、大型トラックの運転はこれが初めての経験だった。

 左右確認もせずにアクセルを吹かしたため、急加速でトラックが発進してしまった。


「あぶねぇだろぉ!?」

「乗り込めたんだからいいじゃないか。それにしても、後輪がキャタピラなのに凄い加速力だ。これ、カーブで曲がり切れるのだろうか……」

「少しは俺に気づかえやぁ!!」


 爆走していくハーフトラックに獣人族は驚き一時的な混乱に陥ったものの、進行の邪魔することなく見送った。

 というか、初めて見る大型車両にビビリ何もできなかったというのが正しい。


「カシラ……アレ、なんですか?」

「ん~…………ゼロスさん達が造った玩具かな」

「すげぇ速さで突っ走って行きやしたけど……」

「僕達も急いで後を追うよ。あの二人のことだから、到着したときにはアンフォラ関門が既に跡形もなく無くなっていることもあり得るからね」

「俺達の出番……ありますよね?」

「さぁ?」


 ブロスもこの世界で車などの乗り物が作れることは知っていたが、ハーフトラックを見てしまった今は地球の兵器すら容易に製造できることを再認識し、静かに冷や汗を流していた。

 88mm砲がどれほどの威力を持っているのかまでは分からないが、製作者があのゼロスなだけに非常識な威力であることは疑いようがなく、獣人族達の出番が回ってくるのかはなはだ疑問である。

 敵として相対した場合、何が飛び出してくるか分からないだけに、これほど恐ろしい者はいないだろう。


 猛スピードでアンフォラ関門を目指すゼロス達の乗った車両を見つめつつ、敵でなくてよかったと心の底から本気で思う。

 ブロスの心境を知らない獣人族は、後れを取ってはならないとばかりに侵攻速度を速め、アンフォラ関門を目指すのであった。


 ~~※~~※~~※~~※~~※~~※~~


 舗装すらされていない荒れた街道を、ハーフトラックは土煙を立てながら爆走していた。

 その速度は馬車など比較にならないほどで、ショックアブソーバーやサスペンションもあることで揺れも少なく、実に快適なドライブであった。


「ん~……やっぱ車だと楽だねぇ」

「半分は戦車だけどな」

「こうも速いと気分が乗ってくるよね。いっちょ抜刀隊でも歌ってみるかな」

「いや……別にかまわんけど。んなことより、アンフォラ関門の場所は把握しているのか? 俺は知らないぞ」

「アド君や、魔法符をあげるからさ、使い魔を使ってちょいと場所を把握してくれないかい? 僕達は関門から約2000m離れた場所から砲撃することになるから、ハーフトラックを目撃されないような場所ならなお良し」

「俺はナビ替わりかよ……了解」


 ゼロスに言われ魔法符で使い魔を生み出し、空からの偵察を始めたアド。

 地球での戦車に搭載された88mm砲は、射程距離は約1800mだ。

 高射砲の場合だと10,600m。

Flak18の対地目標有効射程距離は14,810mである。

 ハーフトラックで攻撃を行う場合、威力を最大限に発揮できるよう適切距離で砲撃を行わなくてはならず、命中率を考慮すると射程距離は2km圏内で収めなくてはならない。

 これでも充分遠距離だと思われるだろうが、城壁などを破壊するには距離が近いほど効果が増すわけで、2km圏内は妥当である。

 ぶっつけ本番で使うには性能の面で不明瞭な部分もあり、なによりもメーティス聖法神国側にハーフトラックや88mm砲の存在を知られるわけにはいかず、いろいろ考慮して戦車砲と同じ射程距離からの砲撃に決めた。。


「もっと遠距離からでも良くないか?」

「そうしたいところなんだけどねぇ……。僕達は後ろに積んであるヤツの性能を知らなすぎる。あまり離れると砲撃が当たらないかもしれない」

「アレの性能を信用していないのかよ」

「ダンジョンからの戦利品なうえに、僕達が好き勝手に手を加えたんだよ? 信用できると思えるのかい?」

「まぁ、そうだな。好き勝手に手を加えたという部分が特に……」


 88mm砲の基本構造は、一部の機械部品や魔導部品を除くとソリステア魔法王国で量産されている魔導銃と大差はない。砲の威力もゼロス自身がよく知っている。

 問題は射程距離で、曲遮弾道を踏まえるとまともに標的に着弾するのかあやしく、なによりの問題はブロスが言っていた通り二人に砲撃経験がないことにある。

 簡潔に言ってしまうと、砲撃のノウハウがないため動かない的に中てることすら難しい。

 魔導銃のアサルトライフルを撃ちまくるのとは勝手が違うのだ。


「無駄弾は撃ちたくないよなぁ~……」

「数も少ないからねぇ。だから、ちょっと試作した特殊弾を用意してある」

「特殊弾ね………。すげぇ嫌な予感がする響きだな」


 ゼロスの手掛けた武器は他の殲滅者と異なり、他人を巻き込むような機能が含まれているものは少ないのだが、こと威力という面では使い勝手が悪く洒落にならないものが多い。

 あきらかにオーバーキルを前提にしていることが殆どで、その威力ゆえに使用者が巻き込まれ、普通に攻撃する威力より二次被害の方が強力なのである。

 これは性能を突き詰めていった結果、余剰魔力の暴走による局地的な魔法災害を偶発的に発生させるようなもので、なぜそのような結果が出るのか制作者のゼロスですらよく理解していない。

 本人の口から言わせると、『できちゃったんだから、しょうがないよねぇ』とのことだ。


「散々……巻き込まれたからな。んで? 特殊弾ってのはどんなものなんだよ」

「【魔封管】というものを覚えているかい?」

「魔封管……それって、アレだろ? 発動する直前の魔法を封印する筒で、PK相手に地雷として使っていた……って、まさか!?」

「そう……。その魔封管を弾丸に加工した。砲撃する前に僕が魔法を込めるから、君は遠慮なくアハトアハトをぶっ放してほしい」

「着弾点がズレたら?」

「ブロス君達がアンフォラ関門を攻め落とす前に廃墟になるかもねぇ」

「おぅ……獣人達に恨まれそうだな」


 獣人族は苦境の中で生きながらも復讐の機会を待ち望んでいた。

 その機会を横から奪うような事態にでもなれば、ゼロス達は間違いなく恨まれる。ついでにゼロス達を招き入れたブロスの立場も危うくなりかねない。

 そんなことになれば各部族が勝手に動き出し、メーティス聖法神国本土に乗り込む事態になりかねず、犠牲を避けたかったブロスを敵に回すことになる。


「やべぇな……失敗できないぞ」

「彼に恨まれたら最悪だよ。逆恨みでも容赦ないから……」

「逆恨みって……何があったんだ?」

「詳しいことはケモさんしか知らない。ただ、ブロス君は以前に逆恨みでやらかしたらしい。ただ、それが彼の勘違いであったとしても、ブロス君が悪と決めたらそれは悪なんだわなぁ~。彼の言い分だと『勘違いさせたやつが悪い』だそうだ」

「つまり……勘違いで誰かを酷い目に遭わせたのか?」

「ケモさんの話では、そうらしい。一部始終を見ていたケモさんも『いやぁ~、あれは酷い事件だった』と言っていたな……」

「ケモさん、見てたのかぁ!? そのうえで止めなかったと!?」

「面白そうだったから仲裁に入らなかったらしいねぇ」


 何があったのかまでは謎だが、どちらにしても被害者は悲惨な目に遭ったことは疑いようがない。しかもブロスは謝りもしなかったという。

 それだけ当時の彼の心が相当に病んでいたことが窺える。


「上空からの様子はどう? 道は合っているとは思うんだけどねぇ」

「ん~……とりあえず真直ぐだな」

「そういえば君……方向音痴だったんじゃなかったっけ?」

「………少し違う。俺は徒歩での移動では迷うことはないんだが、乗り物を運転するとなぜか道を外れるんだよ。なんでなんだろうな?」

「僕に聞かれてもねぇ。それに……なんか嘘っぽい。見栄を張ってないかい?」

「……撤回する。地元では迷わないんだが、この異世界に来てからは案内人が必要だ。目印になるものがないから、どこに進んでいいのか分からない」

「難儀だねぇ」


 アドは筋金入りの方向音痴を素直に認めた。

 まぁ、彼を擁護するわけではないが、いくらアド自身が知らなかった道でも何度も通れば道順は覚える。

 そこに道標やわかりやすい目印でもあれば、そこを基準に目的地に向かえるので迷わなくなるのだが、そのためには何度も同じ道を往復する必要があった。

 慣れるまで人よりも時間が掛かるというだけの話であるらしい。


「アド君……それ、君の決定的な弱点じゃないのかい?」

「俺は今ゼロスさんと別れたら、間違いなく迷子になる自信があるぞ」

「んなことに自信を持たれてもなぁ~。迷子という歳でもないでしょうに……ホント、難儀な体質だねぇ。よくこの世界で生き延びることができたもんだよ」

「運が良かったな。転生して直ぐに迷って、偶然リサやシャクティに出会えなければ野たれ死んでいたところだ」


 戦力的には頼もしいが道に迷うアドと、戦力としては乏しいが確りしたリサとシャクティが揃うことで巧く歯車がかみ合い、協力して過酷な状況を生き延びることができたのだろう。

 また、ユイの恐ろしさが身に染みているから二人に手を出すような状況にならず、良好な関係を築けたことも理由の一つである。

 アド達三人が無事に生き残られたのは、実はユイのおかげとも言えたことをアドは気づいてない。見ず知らずの世界に投げ出されたことで、一時的な感情に流された可能性も充分にありえたのだから。


「ん? これがアンフォラ関門か……。城壁の構造を上空から見ると、『目』の字を横向けにしたような形だな。ブロスの言っていた通り、中央の門を抜けると左右から挟撃されるし、それ以外の場所だと前後からの攻撃を受ける。厄介だな」

「壁に弓を射るための狙撃窓がないかい?」

「あるな。主に内壁にだが……。つまり壁の中身は空洞?」

「物資の搬入通路は敷かれているだろうけど、おそらくは城壁の上部だけでしょ。射撃窓の下部分には相応の厚みがあると思うねぇ」

「これ、砲撃でぶち抜けるのか分からんな。壁の模様は術式か? たぶん【障壁】と【強化魔法】だと思うんだが……」

「使われる前にぶち抜く必要があるか……」


 重要な拠点には失われた旧時代の技術が使われている。

 主に大型の魔物を相手にするためのものだが、障壁や強化魔法を使われると城壁の防御力は格段に引き上げられ、砲撃で崩すことができるか分からない。

 そもそも88mm砲の威力で貫通させることができるか試したこともないのだから、全ては憶測の上で行動しなくてはならず、想定外の事態も起こる可能性も考慮する。


「ブロス達が来るまでに崩壊させられるのか、微妙に思えてきた……」

「いくら分厚い城壁でも、内側から爆発されたら壊れると思うんだよねぇ。となると……一発目で確実な成果を上げないと駄目かな」

「と言うと?」

「障壁の魔法が展開されるか強化魔法を使われると、その効果は内側にも浸透する。それだけ貫通も難しくなるから、砲弾を弾き飛ばされる可能性も高くなるわけだ。初手で決定打を打たなきゃ駄目かもねぇ」

「神官の魔力だけで防ぎきれるもんなのか?」

「同じ魔法を重複されると厄介だとは思うよ。まぁ、短時間しか効果はないと思うけどね」

 

 城壁に仕掛けられた術式は厄介だが、その効果は神聖魔法を使える神官の人数に左右される。

 メーティス聖法神国に魔導士がいない以上、神官以外にこの仕掛けを効果的に扱える者がいないということであり、神聖魔法の普及を渋っている聖法神国側は砦に駐留している神官の人数も必然的に限定されてしまう。

 このことから長期戦の防衛はできないということが必然的にわかるのだ。


「無駄弾を撃てない僕らとしては、初撃の結果で次の行動が変わる。確実な一撃を最初に加えたいんだけど、どこかに砲撃に適した場所はあるのかい?」

「待ってろ、今場所を探すから……。えっと…………少し離れたところに丘があるな。裏側から砲撃できるかも知れない」

「丘……ね。上に砲撃陣地を作って、車体を見えないように偽装するか」

「そこまでやるのか?」

「やるよ。このハーフトラックの存在をメーティス聖法神国側に知られるのは避けたい。いざとなったら撤退するためにね」

「まぁ、そうだよな」


 移動する大砲なんて存在を知られれば、混乱しているとはいえ国力の高いメーティス聖法神国は総力を挙げて開発に乗り出すかも知れない。

 大砲だけなら2~3年もあれば形にできるとゼロスは思っている。


「真っ先にアンフォラ関門への攻撃関与を疑われるのが、ソリステア魔法王国なんだよ。政治情勢が混乱の最中のメーティス聖法神国側にバレると、行き過ぎた信仰心から暴走しかねない。砲撃するときは偽装もきっちりやらないとねぇ」

「そんな考えなしの行動に出るか?」

「あのねぇ、国の混乱する中で事態を収拾するのに効果的な方法は、外側に敵意を向けさせることだよ。イサラス王国は敵対しえないし、アトルム皇国は前に敗北してリスクが大きすぎると判明している。ちょうどいい国となるとソリステアしかないのさ」

「グラナドス帝国は?」

「国力が大きすぎ。全面戦争にでもなれば国土を全て奪われかねないから、先ずあり得ないだろうねぇ」

「なるほど……。プロパガンダで煽るには手頃な国なのか」

「ソリステアは小国だし技術力の高い国だから、誰も疑うことはないだろうね。まぁ、そうなるとイサラス王国やアトルム皇国といった周辺国も動くだろうから、どちらにしても詰んでいるんだけどさ」


 国難で深刻な状況ほど国民の目を周辺諸国に向けさせる。

 非難の声を一時的にでも別の方向に向けさせることができれば、その間に国を立て直す時間を稼げるのだろうが、メーティス聖法神国はそれすら難しい状況下にあった。

 よほど愚かな為政者でもない限り、そのような博打を打つことはないだろうが、現実に絶対というものは存在しない。

 決してあり得ない選択肢ではないのだ。


「それで、砲撃する地点はここから近いのかい? アド君にナビしてもらわないと困るんだけど」

「ちょっと待ってくれ、使い魔から確認する……。おっ、ハーフトラックが確認できた。そこから右にズレてくれ。そう、その角度のまま真っ直ぐだ」

「了解。おっ……あの丘かかな?」

「巡回中の聖騎士と出くわさないといいな」

「そこは運任せだね。それじゃ、今夜の攻撃準備を始めようじゃないか」


 街道から逸れた方向にある丘を目指し、ハーフトラックは砲撃指定場所へ向かう。

 これから簡単な陣地を作り、周囲を警戒しながら休息を取りつつ夜を待つのであった。


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