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 おっさん、米を簡単に発見する

 わずかに鼻腔に香る土の匂い。


 耕せば出て来るミミズは、この土地がいかに豊かであるかを教えてくれる。

 豊かな土地にはこうした小動物が生息し、畑の不純物を食料として代わりに大地を豊かにしてくれる。

 食料としても使えるが、土を吐かせる手間を考えると面倒なので放置し、今は畝を作る事に集中する。

 

 均したばかりの畑に鍬を入れ、この畑に何を植えるかを想像するだけで、彼の表情に自然と笑みが浮かぶ。


「腐葉土は森から集めるとして、他に堆肥を作る必要もあるだろうか? しかし、僕一人ではそもそも残飯は大した事が無いでしょうし、子供が五人しかいない孤児院でもあまり集まらない。

 ご近所付き合いも未だにしていない状況下で、そんな事はまず不可能。どうした物でしょうねぇ~?」


 畑を耕しているのは目が見えない程に髪を無雑作に伸ばし、無精髭で煙草を咥えた中肉中背の中年男性。

 とりあえず魔導士の最高峰でもある大賢者の職業を持つ、四神の不始末でこの世界に転生した不憫なおっさんであった。

 彼の名はゼロス・マーリン、元の世界での名を大迫 聡。

 ひきこもりニートの見た目が胡散臭い、身嗜みを整えれば少しはモテそうな、冴えないおっさんである。

 


 つい数日前までは公爵家の子息子女に魔法の講義をしていた家庭教師であったが、彼は現時点で無職である。

 

「お金は有るけど、職が無いのにはどうにも体裁が……。魔導書の版権、家庭教師としての給料、とても使い切れる額ではありませんしねぇ~……。

 自堕落に生きるのも良いですが、それでは元の世界と大して変わりないですし、何より結婚したら世間体が……『無職です』なんて言えねっス…。

 仮に子供が出来て、『お父さん、無職ってどんなお仕事?』なんて聞かれたら死にたくなるし」


 そもそも農家で良いのではないかと思うのだが、彼の農業は複数ある趣味の一つであり、職業とすら思っていない。

 この世界でも農民はいるが、誰もが彼と似たような生活を送っており、農作業の傍ら別の仕事をこなす事で生計を立てていた。

 しかし、困った事にゼロスの感性は人と何処かズレている。


 農作業が趣味と思っている彼は、農家と言うのには些か消極的。

 魔導士としての力は極限にあるが、所詮は他人に与えられた力なので誇る気にもならない。

 工科大学を出ているのだが、知識チートをする気も更々ない。

 わずか二ヶ月で多額の稼ぎを叩き出しているのにその金を使う気にはなれず、自分の力で僅かな稼ぎを出して生活する事しか頭に無かった。


 はっきり言ってしまえば訳が分からない偏った拘りを持ち、極端に天邪鬼なめんどくさい性格なのである。

 そのくせ根は小心者で、人の上に立つ事の出来る才能を持ちながらも自分から率先して行動する事は極力避ける傾向が強い。

 家庭教師をしていた時は状況に流され、リーマン時代で培った世渡りの極意とゲーム内設定を現実に置き換えた考察予測を駆使し、徹夜続きの修羅場経験から培った勢いで乗り切った。

 

 正直、教え子達二人にどんな影響が出ているのか、内心では酷く怯えている。

 そんな彼は、人格的に少し情緒不安定な傾向もある。

 精神科か教会でカウンセリングを受ける事をお勧めしたい。


「貰った種は『セクシー大根』、『メタボカブ』根菜系に……『マキシマムホウレンソウ』と『バスターレタス』……。

 何がマキシマムでバスターなんでしょうかね? それよりもこの野菜の種、誰が付けたネーミングなんだ? 謎だ…実に興味深い」


 変な事に頭を捻らせ、興味を持つゼロス。

 長いひきこもり生活は、彼の人格を変な方向に変えてしまっていた。

 まぁ、本人は気づいていないのだから問題――無いのだろうか?


「これだけ広いとニワトリも飼いたい。どこかで売っていないか探してみるのも良いかもしれん」


 新しき我が家でのスローライフの予定を立て、これから何をするべきかを考察する。

 彼は卵掛け御飯が好きだった。その為にはニワトリが必要不可欠なのだが、そこには大きな障害がある。


(米……この国にあるんかねぇ? 麦は良く売っているのを見かけるのだが…)


 それ以前に醤油が無い事も大きな問題である。


(『ジャックビーンズ』…これは豆だと思うのだが、大豆? それとも緑豆? 小豆の可能性もあるか)


 茶褐色の豆の種は、それがどんな種類の物であるか判別不可能である。

 鑑定も使ったのだが、『この世界で一般的に広く食べられる、ごく普通の豆』としか出なかった。

 この鑑定能力は酷く気まぐれだったのである。


 それでも必要な情報を与えてくれるから重宝するが、時折一言で済ませるのだけは勘弁して欲しかった。

 感情があるかどうかは定かではないが、稀に『皿』『石』『魔石』など一言しか出ない事がある。

 誰かが管理していて、その日の気分次第で適当に言葉をこちらに送り付けているとしか思えない節があるのだ。


(『鑑定に頼るな』と言いたいのですか? 気難しいにも程がある)


 鍬の柄に顎を当て、煙草をふかしながら考えていたところ、新築の我が家から数人のドワーフ達が出て来た。

 彼等はゼロスの家の建築を請け負った【ハンバ土木工業】の職人達である。


 彼等の守備範囲は広く、一般の家から城の建築、果ては道路整備から内装の家具製作まで手広く仕事をしていた。

 大きな仕事は殆ど彼等が請け負い、その仕事の確かさから広く信頼を得ている。

 彼等の構成する人員の二割がドワーフの職人であり、職人ギルドでも手の出しようのない厚い信頼を受けていた。

 何しろ彼等は職人業の殆どを自分達で行い、職人ギルドに登録されている職人の全てが彼等の弟子達であった。

 ある意味では職人ギルドすら掌握しているような連中だが、彼等は細かい事は仕事以外では気にしない豪快な人達なので、手続きなどの仕事は全て他人任せであった。

 

 そのおかげか職人ギルドは何とか体裁を保っていられる。

 別の意味合いで敵に回せない職人集団なのだ。


「よぉ、ゼロスさんよ。こっちの仕事は片付いたぜ?」

「これはナグリさん、御苦労さまです。お世話になりました」

「いいって事よ。これも仕事だ、好き勝手にやらせてもらって楽な仕事だったぜ」


 彼等は自分の仕事を誇りとし、どんな妥協も決して許さない。

 ましてや初期設計で完璧に仕事をしたのにもかかわらず、後から設計を変えるような連中は鉄拳制裁をお見舞いする程だ。

 建築前の段階で念入りに注文を聞き、その上で設計をしてから打ち合わせをし、更に念を入れて最終チェックを入れてから作業を始める為に、後から気まぐれで設計を変えようとする行為は頭に来るらしい。

 そのため彼等に袋叩きに遭った貴族は後を絶たない。


 クレームや横やりを入れて来る大半が貴族であり、次に多いのが商人達だ。

 彼等は権力や金を持っているために上から目線で来るため、ハンバ土木工業の連中も思い通りに動かせると思っていた。

 しかし、彼等は気に入らなければ国王すら殴る様な職人気質である為、調子に乗った連中は痛い思いをしてその事を知るのである。

『職人としてこれで良いのか?』と言う疑問はあるが、これでも確かな仕事をする事で信頼されているので、余程の事情が無い限り設計や作業工程を変更する事は無い。

 

 彼等の人格や少々アレな信念ははともかく、充分に確かな実績を残していた。

 王族が何も言って来ない程にその徹底した仕事ぶりは優れていたからだ。


「ところで今度の現場が厄介なんだが……手を貸してくれねぇか?」

「いつ頃から仕事の予定かは分かりませんが、内容次第ですね。僕にも出来る事と出来ない事がありますんで」

「実は、ある場所に橋を架ける予定なんだが、そこが難所でな。河の流れが激しくて基礎部分が作れねぇんだよ」

「それほどの激流なのですか? しかし、何でまた僕を」

「アンタの魔法が一番確実なんだよ。俺達はまだ魔力操作を覚えちゃいねぇ、道は出来ているんだが橋が架けられねぇんだ」


 最近販売された土木魔法、『ガイア・コントロール』と『ロック・フォーミング』。

 農家から建設業まで瞬く間に広がり、その魔法をいち早く取り入れたのがこの【ハンバ土木工業】である。

 しかし、殆どがドワーフのため、彼等は魔法を使い操作する事が不慣れであった。


 基礎工事ならもかく、激流の中に橋の基礎を作る事は難しい。

 それ以前に重機の存在しないこの世界で、人の手で行うには少なからず犠牲が出る事になる。

 仮に激流の河の中に落ちればそれこそ死ぬ可能性が高く、最悪遺体すら見つからない事が多い。

 そこで白羽の矢が立ったのが人間超大型重機の大賢者ゼロスである。


(悲しいかな、僕はバケットホイールやブルドーザーと同列扱いなんですね……)


「おめぇ、何で泣いてんだ?」 

「いえ……なんでも、目にゴミが入っただけですから…」


 ちょっぴり泣きたい時もある。


 土建関係にとってゼロスに期待するのは重機としての性能。

 ドワーフ達は知らないだろうが、結果的に彼等はゼロスを人間では無く高性能の重機として見ている事になる。

 彼等の依頼は破格な性能の重機をレンタルで借りる様なモノなのだ。

 その自覚があろうが無かろうがゼロスのやる事は変わらない。


「それで、作業はいつから始まりますか?」

「来週の頭からだな。河の基底部分を固定してくれれば後は俺達で何とかする」


 今の彼等の実力で出来る工程は、基礎部分を繋げて橋の形を保つ程度であろう。

 流れのある河に橋の基底部分を作るには魔法の錬度が足りなかった。

 もしゼロス抜きで工事を進めるとなれば何度も魔法を使い続けねばならず、引き受けて貰えない事も想定し彼等は本番前に訓練に勤しんでいるらしい。

 工事自体が危険な仕事なだけに、真剣に自分達の能力の底上げを図っていた。


「分かりました。来週に予定を立てておきますよ」

「畑仕事じゃなく、こっちの仕事に就く気はねぇのか?」

「それだと僕が皆さんの仕事を奪いかねませんよ。基礎部の作業だけでも、だいぶ彼等の仕事を奪ってしまいますし」

「あぁ~……確かに。臨時の助っ人として見た方が良いのか?」

「少し難解な仕事もさせないと、彼等の魔法の腕が上がりませんし……」


 その答えにナグリは充分納得できるものがある。

 確かにゼロスを戦力にすれば作業効率は捗るが、彼等自身の技量が上がらない。

 それではゼロスがいない時の仕事で苦戦する事に繋がるため、肝心な仕事で何か不手際を起こす可能性が高くなる。職人としては許されない事だ。


 ましてや建築業は人の生活に欠かせない物であるため、一切の妥協無くこれまで真剣に仕事をして来たのである。命が生きる場所であるからこそ、彼等は自分の仕事に誇りを持っていた。

 ゼロスを頼るという事は、彼等自身の矜持を捨てる事になる。

 

「集団で魔法を使う訓練もしているんだが、スキルがつかねぇんだ」

「コレばかりは倒れるまでやらないと駄目でしょう。魔力が尽きるのを何度か繰り返せば覚えますよ」

「あ……そこまでやってねぇ。魔力が尽きたらぶっ倒れるからな、運ぶのが面倒なんで程々にしてたわ…」

「最低でも一度は限界まで魔力消費しないと、スキル獲得はしませんて」

「自分の限界を知れってか? 女神さまは厳しいじゃねぇか」


(女神……フフフ……女神か…。奴らにそんな大それた称号は要らない…外道で充分…)


 こと四神に関して、ゼロスは病んでいた。


 彼に(とって)は、元の世界に置いてきた物があまりに大きい。

 逆に言えば女神達のせいで全てを奪われたのだから、その恨みは深いのだ。

 その置いて来た物が、ゴリラのぬいぐるみや吟醸酒といった類のもので、正直どうでも良い物ばかりである。

 だが、彼にとっては大事な物であるらしいようで、その恨みは深い。

 何が大切かは本当に人其々である。


「おめぇ、ヤバい面してんぞ? 通報されても言い訳が効かんほどに…」

「神は敵です。僕は奴らを決して許さない……ククク…」

「何があったかは知らんが、今のおめぇは危険人物と間違えられてもおかしくはねぇ。信者に殺されても知らんからな?」

「上等、返り討ちにして差し上げましょう。フフフ……」 


 神の信徒は敵だった。


「どうでも良いが、畑に植える作物は成長が早い。収穫までに帰って来れんのか?」

「ハァア?! まさか、そんな筈は…」

「いやな、野菜の類はマジで成長が異常に早いんだよ。薬草なんかもそうだな、収穫する日を想定しておかねぇと畑で大量繁殖する事になんぞ?」


 異世界の野菜は、地球よりも生命力が強かった。

 種を植えて一晩で芽を出し、二週間後には収穫可能となる。

 これは魔力による影響が大きく、植物の細胞組織にて魔力が循環する事により成長が促進されるからだ。


 生物は魔力だけで成長速度が上がる訳では無く、食事や運動によって環境に適した状態へ少しづつ変化していくのだが、植物は常に大地に根を張り栄養を吸収、更に光合成もあるので成長に大きな開きが出来る。

 ついでに魔力も大地から吸収しているので成長速度が異常に早いだけでなく、種子が周囲に撒かれ発芽する速さも倍以上であった。

 畑が植物で埋め尽くされる訳である。


 ちなみにマンドラゴラの叫びなのだが、これは引き抜くときにマンドラゴラの根が引き抜かれると魔力吸収ラインが断絶、それが魔力の波となって周囲に放出される。

 この波が精神と聴覚に作用し悲鳴や断末魔の叫びとして聞こえるのだが、効果があるのは人間だけである。

 この波は人の最も恐れる恐怖心に微妙に作用し、幻聴となって人の精神を苛むのであるが、慣れてしまえばさほど影響はない。


 現に他の魔物がマンドラゴラを食料として食べるが、魔力の波による影響を受けた事は無い。

 その波の放出範囲は予想以上に広く、孤児院周辺にも響きわたるのだからかなり広範囲なのであろう。

 しかも建物の中にいてまで聞こえるのだから耳栓は意味を為さない。

 魔力の波は壁を透過する特性もあるのだ。


「これは参りましたね。奴隷でも雇う必要があるんでしょうか?」

「いや、雇うぐらいなら買えよ。奴隷を借りるのもかなり金が掛かるぞ? 奴隷商から借りるよりは買った方が安上がりだ」

「奴隷を買うと、食費などの維持費が……」

「んなもん、ウチで働けば元は取れるだろ」

「……何気に自分達の職場に引き込もうとしてませんか? 丁度良い基礎工事要員として」

「・・・・・・・・・(チッ、バレたか)」


 優秀な重機――もとい、人材はどこの会社も逃さない。

 言うなればドワーフ達は何世代か前の中古重機の様なもので、さながらゼロスは最新鋭汎用人型万能型重機であった。

 建築業の彼等が逃す筈は無い。


「僕は麦でも育てながら生きたいんですよ。ドカ仕事は他を当たってください」

「麦か、水田でも作るのか? どこから水を引き入れるんだ?」

「・・・・・・えっ?」

「いや、麦を育てんだろ? 水田は必要じゃねぇか」


 この世界では麦は水田で育てる作物だった。

 異世界でだけに知っている作物でも植生は全く異なるようである。


「この土地で水田は無理。せめて、ライスでもあれば……」

「あの雑草、食えるのか? その辺に群生してんだろ」

「・・・・・・・・・What,s?」

「いや、【ライスウィード】だろ? その辺にいくらでも生えてんだろ、あんたの足元にあるのがそうだ」


 ゼロスの足元に生えている一本の雑草。

 良く見ると数は少ないが穂先に幾つかの粒が実り、ゼロスの記憶にある稲と酷似している。

 すかさず鑑定を試みた。


 ===========================


【ライスウィード】 

 

 どこにでも群生しているタダの雑草。

 繁殖力が強く、成長も驚異的に早い。

 種子は食べられるが、この世界では一般的では無い。

 わずかに甘い香りと、炊き上げた時の仄かな甘みのある味わいは極上。

 他の作物の成長を阻害するので、間引かれる可哀そうな草である。

 わずか半年で七度の収穫が出来る。


 ===========================


(いきなり見つけた!!  しかも米の立場がめっちゃ低すぎぃ――――――っ!!)


 しかも、驚異的な生命力の強さだった。

 鑑定では極上の味わいなのだが、やたら繁殖するので誰も食べようとは思わない。

 寧ろ他の作物の成長を阻害するので、真っ先に刈り取られる運命にあった。


(日本人として、米がこんな立場で放置されるのは見過ごせない。しかし繁殖力は脅威。

 周囲を壁で囲って繁殖を防ぎますかね? 畑も分割して雑草だけを刈り取れば良いわけだし、マンドラゴラと同じ要領で…だが種が零れ落ちたらどうする?

 一本の草から大量繁殖。わずか一ヶ月程度で手の付けられない事態になるんじゃないか?

 そこまで家を開ける事が無いと言えない以上、計画性を持って区分して確実に米を確保しなければ……。

 あっ、これだけ生命力が強いと発芽するのが早い気が……。乾燥機を作った方が良いのだろうか?

 金属をどこかしらで採掘して後は魔導錬成で部品を作り、動力は魔石? 駄目だ。魔力が足りないですし、魔法式を転用して周囲から魔力供給した方が早い……)


 米の発見は、ゼロスの思考速度を加速させた。

 米があれば麹が作れ、そこから味噌や醤油が生成できる。

 更に酒も作れるわけであり、元の世界に楽しみを置いてきた彼にとっては夢が膨らむ。

 それ程までに日本酒が飲みたかった。

 

「これは、是非とも栽培せねば……米文化をこの地で復活を!」

「いや、だからよぉ~、その草は食えるのか?」

「草ではなく、実が食用なんですよ。まぁ、麦と同じですね」

「ほぅ、それは是非とも食ってみてぇな」

「数が揃わないと無理ですよ。何にしても栽培から始めないと増やせないですし」


 米の手に入れるメドは簡単に着いた。

 まさか、足元に雑草として生えているとは思いもよらなかった。

 だが、知ってしまえば行動は早い。


「早速、畑の区分けをしましょう。米を我が手に取り戻すのです!」

「すげぇやる気に満ちてんな? まぁ、上手く成功したら食わせてくれや」

「約束はできませんが、できるだけ早く結果を出したいですね。成功したら御馳走しますよ」

「おう、期待して待ってんぜ」

「あまりハードルを上げないでくださいよ。細やかな物しか出来ませんて」

「なに、どんな飯なのか興味あるだけだ。さてと、それじゃ次の現場に向かうとするか。来週は頼んだぜ?」


 ナグリは手を振りながら、次なる現場へと向う。

 ゼロスは彼の背中を見送った。


 来週には土木作業のお手伝いは決定したが、その前になすべき事が出来てしまった。

 日本人のソウル、米をこの手に掴む事である。


 その後、『あれ? 梅干しはどうやって手に入れよう…』と後で気付いたのだが、それはまた別の話である。

 今はただ米の量を増やすべく、畑の区分け整理に勤しむゼロスであった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 

「えっ? 卵……ですか? そのような高級食材はあまり食べた事はありませんよ」


 翌日、ゼロスは卵かけ御飯を目標に、情報を収集するために動いた。

 手始めに話を聞くため声を掛けた相手は、孤児院の運営を任された見習神官のルーセリスである。


 四神教の神官でもある彼女は、白を基調とした神官衣を着ているのだが、どうしても彼女の胸が気になってしまう。

 長いブロンドの髪と、どこか柔和な面立ちが彼の好みにド・ストライクゾーンで、あと二十年若ければ交際を申し込んでいたと思っている。

 巨乳好きのゼロスには、日本人女性とは異なる彼女の良い意味で豊満(特に胸)な体形は刺激が強い。

 四神教は敵だが、巨乳は正義であった。


 時折胸の鼓動が激しくなるような気がするが、何とか挙動不審にならないように心を抑え、世間話をする様に話を切り出しし現在に至っている。

 だが、どうやら卵は高級品の様であった。


「そんなに高級なんですか? 卵ですよ?」

「栄養価も高く、新鮮な卵はとても庶民には手が出せません。神殿での修行時、食事にたまに出て来たのですが、それでも二ヶ月に一度の贅沢なんです」

「それほどでか、何とかニワトリを購入したいんですがね」

「ですが、あの鳥は……」

「何か、問題でも?」


 言いよどむルーセリスに、少々怪訝そうに聞き返した。


「卵を産む鳥…【ワイルド・コッコ】は、獰猛で手が付けられないらしいですよ? 養鶏を営む方も、毎日傷を作って卵を回収するらしいです」

「闘鶏みたいなものか? どれほど凶暴かにもよるが…」

「お肉は美味しくないらしくて卵が重宝されている様です。なんでも、確認された最終進化が【コッカトリス】らしく、誰も家で飼おうとはしません」

「……それ、モンスターですよね? 誰が好き好んでモンスターを飼うんですかね…」


 この世界において、魔物と動物の境界は曖昧であった。

 一般的に魔石を体内に保有しているのが魔物モンスターとされているが、普通に動物とされているものにも魔石が存在する場合がある。

 その為か、人に害が在るものを魔物、無い物を動物とする見解もある。


 そもそも生物である以上は動物なのだが、人は何かにつけて仕分けして判別する傾向があるので、現在でも学者内では意見の対立が存在した。

 しかも、魔物や動物には進化と云う変異能力が顕在化するので、その辺りでも議論が分かれる様である。


「卵はそれだけ需要があるんです。ですが、あの鳥だけは止めておいた方が良いですよ? 毎日のように神殿に養鶏家の方が運び込まれましたから」

「どれほど凶暴なのか判断しにくいのだが……。ニワトリですよね?」

「ニワトリです」


 どうしても地球のニワトリが先行してしまい、この世界のニワトリと合致しない。

 凶暴と言われても、背後から接近してきて嘴で突っつく事しか思い浮かばないのだ。

 その程度であれば恐れ無い。とても怪我人が続出するような物では無い筈である。


「想像がつかない。ルーセリスさんはそのニワトリを見た事は?」

「ありません。両腕で抱えられるほどの大きさとは聞いていますが、実際に目にした事は……申し訳ありません」

「いえ、情報が得られただけでも充分ですよ。ところで、金属が採掘できる場所はこの辺りにありませんか?」

「金属……ですか? 確かサントールの街から北に半日行ったところに、廃鉱山があった筈です。

 良く傭兵の方達が装備の補強をするため、金属を採掘に行っていると聞いた事があります」

「北に半日ですか……これから行ってみますかねぇ?」

「これから?! 日が暮れてしまいますよ!」


 乾燥機は作らねばならない。

 せっかく収穫した米が直ぐに発芽しては困るのだ。


「大丈夫ですよ。僕をどうにかできる様な相手なんて、そうはいませんから」

「ですが、魔物も出没しますし……」

「ファーフランの大深緑地帯で一週間も生き延びた僕が、この辺りの魔物程度に負けると思いますか?」


(それに、アレを作るにも金属が足りません。まぁ優先順位は乾燥機の方が高いですけどね)


 米文化で育ったゼロスは、ホカホカ御飯が恋しかった。

 味噌も醤油も、何もかもが全て懐かしい。


「これから行ってみます。二~三日で戻ると思いますから、あまり心配しないでください」

「ですが、廃坑には魔物も多く出ると聞いています。心配しますよ」

「僕を殺したければ魔龍王クラスでないと相手になりませんよ。善は急げと言いますし、行ってきます」

「あっ……」


 ルーセリスの心配をよそに、ゼロスは意気揚々と出掛けた。

 彼の力がどれほどの物かを知らないルーセリスは、胸の奥でわずかな痛みの様なものを感じる。


「・・・・何なのでしょう? この胸の痛みは…」

「シスター、それは恋だね」

「行かず後家にならずにすみそう。良かったね、シスター」

「おっちゃんなのが心配だけどね」

「にくぅ~~~~……肉食べたい!」


 振り向けば、やけにませた子供達が良い笑顔を浮かべてサムズアップをしている。

 孤児たちは周囲の影響のためか、必要以上にませていた。


「にゃ、にゃにを言って……」

「うんうん、初恋なんだね? シスター」

「恋は良い物だよ? シスター」

「燃え上がれ、シスターの恋心」

「ついでに肉も、程良い加減に燃え上がれ……(じゅるり)…」


 一人変なのもいるが、子供達は一応祝福をしている様である。


「しょ、しょんにゃわけが……らっへ…ひひゃい!」

「あ、咬んだ。動揺してるね? シスター」

「恋は知らぬ間にバーニング!」

「えろ~いことをするんだね? シスター」

「肉は良いよぉ~? にくぅ~~~~っ」


 そして、ルーセリスを追い詰める子供達は正に小さな悪魔であった。


「こ、こらぁ―――――――――――っ!!」

「照れ隠し? シスター」

「照れ隠しなんだね? シスター」

「愛さえあれば歳の差なんて……カンケー無いね」

「サングラスどこで拾ったの? それより肉、肉欲は止められない……」


 本当に、子供達はどこでこんな言葉を覚えて来るのだろうか?

 環境以前に、大人たちの会話がここまで影響を与えるのだと思うが、この旧市街に言葉遣いの丁寧な人物は少ない。

 大半がガラの悪い言葉を使う事が多かった。


 旧市街は子供達の情操教育に著しく悪影響を与えている様である。

 逃げる子供達と、それを追いかけるルーセリス。


 何だかんだ言いつつも、意外に楽しそうな微笑ましい(?)光景であった。


  

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