ジャーネさん達はお仕事中
アンフォラ関門の国境守備軍を任されているクルカルトとの面会を終え、ガルドア将軍は自分の部隊が待つ隊舎の一室に戻り、疲れた顔で溜息を吐きながら乱暴に椅子へと座る。
「お疲れ様です。将軍……」
「儂がここの連中から目の敵にされておることは知っていたが、忠告すら聞かぬほど愚かだったとはな。もう少し今の状況を考えればよいものを、野心に溺れおって……」
「我々はいつまでここに滞在できるのでしょうか」
「明日にはここを立つ。多少休めるだけマシじゃろう。奴らは待ってくれぬからな」
「将軍は、獣人族の動きがそれほど早いと見ておられるのですか?」
「勢いは向こうにある。ここを落とせば我が国は平原に手出しができん。カルマール要塞で多少損害が出ていれば時間を稼げるだろうが、それも期待はできまい」
アンフォラ関門には先に逃がした民もまだ滞在しており、彼らを安全な土地にまで送らねばならない。既にここも安全地帯とは言えない状況だ。
クルカルトはまだ状況を理解していないのか、あるいは余程実績を積みたいのか、アンフォラ関門にいる守備隊だけで獣人族の侵攻を防ぐつもりでいる。
戦うこと事態止めはしないが、アンフォラ関門にも多くの民達が生活しており戦う前に逃がすべきだと思うが、クルカルトの欲に濁った眼を見る限りではそれも望めない。
獣人族がここまで来たとき、民を含め騎士や兵達は全員が死ぬことになる。
「時間を稼げたとして、長く見ても三日というところか……。もう落とされているかも知れぬが」
「まさか、そんな短時間でカルマール要塞が落とされていると!?」
「向こうには奴がおる……。獣人族の長に治まった者がな」
「あの少年の姿をした化け物ですか……」
「奴の前ではカルマール要塞など意味をなさん」
ガルドアの予想は当たっていた。
ただし、カルマール要塞は僅か8時間で完全に制圧され、火を放ち炎上して12時間。現在獣人族は侵攻中である。
その後も出立の準備や距離も入れ、稼げた時間は四日ほどだった。
「ここからの長旅に備え、他の者達を早めに休ませよ。無論、民達もだがな」
「民……ですか」
「獣人は体力だけであれば人族を凌駕する。稼げた時間も直ぐに追いつかれるであろうな。民達に何か問題でもあるのか?」
「いえ、問答無用でカルマール要塞から撤収させましたから、我らに不満を持っている者達もいるんですよ。こっちは犠牲者が出ないように気を遣ったのですが……」
「ぬぅ……」
カルマール要塞が襲撃を受けることを予見したが、その時はガルドアの直感で判断を下したため、民の中には『カルマール要塞にいた方が安全じゃね?』と思っている者達も少なからず居り、ガルドア将軍を含めた騎士達は恨まれていた。
その殆どが奴隷商人と雇われの傭兵である。
アンフォラ関門内も小さな宿町となっており、ここに定住することを考えている者もいるほどだ。一度強制権を発動したために同じ手段は使えない。
正確には、既に管理していたカルマール要塞を放棄したため、アンフォラ関門でのガルドア将軍に権限がないのである。
「……クルカルト殿に協力してもらいますか?」
「いや、無駄じゃろう。ここは儂らを信じて着いてきてくれる者達を優先し、残る者達は捨ておくほかあるまい」
「……見殺し、ですか」
「我らは神ではない。助けられる者達など、この手の届く範囲までよ。全てを守り切れるほど強くはないのだ。残念だが切り捨てるほかあるまい」
戦って勝てる算段があればガルドアは戦う道を選んだだろう。
しかし、今回ばかりはそれが不可能であると判断している。
このアンフォラ関門も、クルカルトの野心のために余計な犠牲者が出てしまうかもしれないが、全滅させられるよりはマシである。
「恨まれ役は誰かが引き受けなければならん」
「ガルドア将軍……」
敵の恐ろしさを知っているからこそ、民のために汚れ役を引き受ける者が必要となる。
だが、それが万人に受け入れられる訳ではない。特に家財を犠牲にするような緊急時であれば尚のことだ。
混乱を避けるための口止めも、知らされない者達すれば意図的な秘匿としか思われず、今まで獣人族は敵にすらなりえないという認識と常識が根強いことから、騎士達を一方的に非難する。
遅かれ早かれ民の不満は爆発すのだ。
「明日の朝にはここから出てゆく。疲れているであろうが、他の者達にも伝えよ」
「了解しました」
ガルドアは本国への撤退を強行する。
対してアンフォラ関門の責任者は徹底抗戦を望んでいた。
先を見通す者と個人の欲に駆られる者、両者の明暗がここで決定した。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
ソリステア魔法王国は今日も平和だった。
街道を行き交う商人たちのキャラバンも、盗賊や魔物に一度も襲われることもなく、護衛の傭兵達が欠伸をするほど順調に進んでいた。
「あ~……暇だな」
「暇だよね~……」
「暇ね」
久しぶりの傭兵依頼を受け、商人のキャラバンの護衛に就いたジャーネ達であったが、あまりにも長閑すぎて凄く暇だった。
何事もなければ楽して報酬を貰えるのだから、それだけで充分丸儲けのような気もするが、あまりにも変化がないと暇を持て余す者達は腐るものである。
「こんなに暇なのに人はいるから、愛しのダーリンにアタックできないのよね……。夜は家族と休んでいるし、ジャーネの監視の目が厳しいから……」
「お前……やっぱり子供を襲う気だったのか。依頼人の家族に手を出すのはやめろって言っているだろ」
「レナさん……お願いだから自重してよね。プライベートで何をしているのかは知らないけど、仕事中にそれはマズイでしょ」
「失礼ね、自重してるでしょ。でも、我慢もしすぎると体に悪いのよ? 主に精神的にだけど」
性犯罪――もとい重度のショタコンであるレナは、ジャーネ達女性パーティにとって最も頭の痛い存在であった。
好みの少年を見かけると彼女はハンターに変貌する。
いや、場合によってはホラー系のモンスターに変身するのだ。こうなると手に負えない。
何しろ依頼人の子息や偶然に出会っただけの児童にも手を出すほど、彼女の少年に対する偏愛は凄まじい。
今は自重しているが、目的地に到着して以降の行動までは責任は持つことはできない。ハンターの狩猟本能を誰が止められるだろうか。
「商人さんの子供の動向を探っているレナさんのどこを信用したらいいの? 隙あれば襲うんだよね。連帯責任で私達も怒られるんだけど」
「仕方がないでしょ、自然とあの子の動きを目で追っちゃうんだもの……。愛が深いって罪よね」
「アタシには、無差別に食い散らかしているように見えるけどな。そこに本当に愛があるのかなんて知らん」
「愛はあるわよ。だから一夜限りのロマンスに止めているんじゃない」
そのロマンスが問題だった。
彼女の拘りは、まだ女性経験のない初物を美味しくいただくことにある。
人の嗜好はそれぞれだが、目的のためには手段を選ばないある種の凄味と怖さが彼女にはあった。これで今まで犯罪者として通報されていないのが不思議だ。
「しかし……平和だな」
「おじさんもどこかへ行っちゃったし、今頃どこで何しているんだろ」
「戦争でもしてるんじゃない? ゼロスさんほどの戦力なら、直ぐに片が付きそうだけど」
「アタシはどこかでヤバイ魔物を狩っているんだと思う」
「採掘でもしてるんじゃないかな? 金属素材が足りないって言ってたし」
レナが正解だった。
だが、行動がほぼ行き当たりばったりなおっさんなので、彼女達は確信を持って言えない。
「そういえばジャーネとルーセリスさんは婚約したのよね。どう? その後の進展はあったの?」
「特にない……。例のあの衝動を避けてるから、必然的にあまり会わないようにしてるしな……」
「本能の暴走だっけ、そんなに危険なの?」
「イリス……恋愛症候群の症状は、お前が思っているよりもヤバイぞ。自分を見失いそうになる。重度になると、それをまったく自覚できないんだ……」
「けど、暴走時の記憶は残るのよね。その衝動に身を任せるのも楽になる道よ? 私は自分に素直だから」
『『 アンタの場合は普通に犯罪だろうが!! 』』
ジャーネは恋愛症候群の症状とレナの病気を一緒にされたくはなかった。
恋愛症候群は本能から相性が良い者同士で惹かれ合う、ある意味で一目惚れの一種ともいえる現象だが、レナの場合は欲望だけの突発性無差別衝動だ。
成人前の年端のいかない少年全てが獲物である重度の変態に、衝動に身を任せろと言われてもいかがわしさしかない。そこに愛が本当に存在するのか疑わしい。
「お前……いつか捕まるぞ」
「大丈夫よ。最初は抵抗されるけど、最後にはお互いに凄く満足して別れるから。それに一夜限りの情事だし」
「普通に犯罪だよ。レナさん……怖い病気には注意してね」
この世界にも性病はある。
ソリステア魔法王国は他の国に比べて衛生的な国ではあるが、病死の次に多いのが梅毒による死亡だ。事故死や魔物による死亡例など二割にも満たないだろう。
特に裕福な商人や貴族が梅毒による死亡例が多い。
娼館での遊びが激しい夫から妻に感染し、治療することができず夫婦揃って死亡する例が多く、特に妊娠中の子供にまで罹患すると目も当てられない。
一夫多妻や一妻多夫が認められる世界だが基本的に男性優位社会であり、梅毒となった妻は恥とされるほど扱いが酷く、夫が原因でも責められる女性の立場はあまりに不幸だ。
そして、いまだに治療法が存在していない。
「レナさんが感染する前に、おじさんがペニシリン作ってくれないかな?」
「なに、それ」
「性病に効果がある抗生物質だったかな? わかりやすく言うとクスリだよ、作り方は知らないけど……」
「あ~……梅毒の病人って結構多いから、娼婦にはありがたいだろうな」
「それ、結構深刻なのよ。ゼロスさんが作れるなら凄く助かると思うわ。不治の病に効果があるんだから」
微生物や病原体といった概念が知られていない今のこの世界で、ペニシリンはまさに救世主になりえる。何しろ失われた技術の一つだ。
邪神戦争以降は文明の衰退が一気に加速し、化学的な医薬品の多くが伝説の秘薬と認識され、今なお研究されているが未だに成功例がない。
魔法薬は確かにケガや病気などの治療にも使われ、その効果は細胞の活性化や免疫機能の一時的な強化を促すが、病原体に対しての効果は微妙なところである。
治ることもあるが回復することもなく死亡する例が多く、医学に基づく技術を確立するにも検証と実験を繰り返す必要がある。それが一番難しいのだが。
「なんとなくで作っていそうな気もするんだけどね。おじさんは気まぐれだから」
「ゼロスさんならありそうよね」
「あのおっさんなら考えられるな」
三人娘たちのおっさんへの認識が酷い。
だが、そう思われても仕方がないほどやらかしているのだから、これは自業自得の結果である。
「ところでジャーネ、あなた……いつまでゼロスさんのことを、おっさん呼ばわりするのかしら?」
「は? いや、充分おっさんだろ」
「あっ、もう婚約者なんだもんね。いつまでもおっさんじゃ駄目じゃん」
「か、関係ないだろ」
「クールぶっても駄目よ。どう呼んでいいのか分からないのよね」
「う~ん、ルーセリスさんみたいにゼロスさんって呼ぶか、あるいは旦那様?」
「旦那・アナタ・ダーリン……いろいろあるわよ?」
「い、いきなりそんな馴れ馴れしい呼び方なんかできるか!」
ニヨニヨと人の悪い笑みを浮かべるレナとイリス。
ジャーネは二人が揶揄ってきているのだと充分に理解していた。
何しろ数えるのが馬鹿らしいほど似たようなネタで遊ばれているのだから。
「もう、お前らのお遊びにはつき合わん。アタシを揶揄って暇を潰すつもりなんだろ」
「あらら、すっかりスレちゃったわね。あの頃の可愛いジャーネはどこへ行ったのやら」
「まぁ、暇さえあればこのネタを使ってきたんだし、そりゃ慣れちゃうよね」
「一応だが、これは仕事なんだぞ。少しは真面目に周囲の気を配るくらいはしろ」
「やってるわよ? でも、イリスの【探知】魔法があるから、そんなに気負わなくても大丈夫よ」
「そうそう……って、あ……」
油断している時に限って襲撃は来る。
イリスの探知スキルが敵の存在を察知し、怖気が走るような感覚で知らせてくる。
「敵だよ! これは……魔物かな?」
「距離は?」
「もう囲まれている。ゴブリンより動きが速いよ」
「動きが速い? となると……オークか? いやコボルトかも。この辺りでは珍しいな」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。お仕事よ」
ほどなくして同じ依頼を受けた傭兵達もコボルトの存在に気づき、一斉に臨戦態勢に入った。
自分達の存在に気づかれたと理解したのか、周囲の草むらや木々の間から一斉に矢が放たれる。
「敵襲! 相手はコボルトだ、しかも数が多い!!」
「野郎、臭いで距離を測りながら尾行けてきやがったな」
「所詮はザコだ、蹴散らすぞ」
傭兵達は武器を構え、荷馬車の周りを固める。
コボルトはゴブリンより強いが、オークよりは弱く群れで行動する魔物だ。
とにかく慎重で計算高く、相手が手強いと判断すれば即座に撤退する知性を持ち、力馬鹿なオークや進化種のいない群れのゴブリンよりはるかに厄介だ。
武器を製作するほど知性もあるので、進化種に影響を受けて武器を作るようになるオークやゴブリンより手強く、なによりも集団戦においては魔物とは思えないほど侮れない作戦を練ることもある。
「チッ、弓持ちもいやがる。盾を構えろ!」
既に乱戦になっていた。
後方から矢を射て牽制し、近接部隊が傭兵に仕掛けている。
一人に対して二匹で相手をする戦法は人間同士お戦いでも有効だが、魔物でこの戦法を使うのはコボルトくらいだろう。オークのような力押しでも、ゴブリンのような罠を主軸とするような戦い方ではなく、状況に応じて戦い方を変えてくるから厄介なのだ。
パーティを組んで戦う傭兵達が他の傭兵と連携を取れるまで、多少の被害が出た。
互いの戦い方も知らず、傭兵達が連携を取れるまで、慣れるには時間が掛かる。
「ぐあっ!」
「犬ッころの分際で!」
「弓持ちを何とかしろ! 邪魔で鬱陶しい」
「まかせて! 【ウィンドカッター】」
イリスの放ったウィンドカッターが後衛にいる弓持ちコボルトを迎撃する。
遠距離攻撃できる敵がいると理解したコボルトは、一声咆えると弓兵を守るために盾を持ったコボルトが守りに入った。
「くっそ、コボルトのくせにいい連携しやがって!」
「焦るな、一匹ずつ確実に始末しろ!」
「依頼人を守りながらだと面倒だな」
商人たちは荷馬車の奥に避難しており、傭兵達はコボルトに襲われないよう立ち回らなくてはならない。数で劣っている場合は不利な状況になりえる。
コボルト自体さして強くないことが救いだ。
「たく、大剣を使えないのはきついな……。薙ぎ払った方が早いのに」
「文句を言わない。これもお仕事よ」
ジャーネの得物は火球を撃ち出す大剣ではなく、予備のロングソードを使って応戦していた。周囲に他の傭兵がいる以上、取り回しが難しいと判断したからだ。
レナは動き回りながらコボルトの攻撃を盾でパリィし、 よろめいたところを急所狙いで確実に仕留めるといった戦術を取っていた。頭部や心臓を指し貫かれたコボルトが既に何匹も地面に転がる。
「うっわ、レナさんってば一撃で倒してる……」
「コボルト程度なら攻撃を弾けるけど、オークになると難しいのよね」
「オークは力が強いからな、受け流すのにはテクニックがいる。アタシにも無理だ」
イリスも杖を棍として使い、コボルトの攻撃をいなしているのだが、攻撃力が低いために一撃で倒すのは難しい。
そこに体術を組み込むことで攻防一体となり、群がるコボルトを近づけさせず、隙を突いて【パラライズ】や【サンドカーテン】などの軽い魔法攻撃をしていた。
麻痺や目つぶしは地味にだが効果的で、こうした補佐は他の傭兵達の助けにもなる。
「嬢ちゃん、助かったぜ」
「こいつら、数だけは多いからな」
「しっかし、こいつらはどっから湧いてきやがったんだ?」
コボルトはゴブリンなどに比べたら弱くはないが、オークと比べるとどうしても決定打がない中途半端な魔物だ。何度も死線を越えているのであれば別だがそんな魔物などこの辺りには生息していない。
しかしコボルトは必要以上に統制だけは取れている。そこがおかしい。
「ガウッ!」
「ウォオオオォォォォン!」
形勢が不利と悟ったのか、コボルトたちは撤退の合図とばかりに遠吠えをすると、即座に襲撃を中断して撤退を開始した。
その動きもまた実にこなれたものであった。
「………撤退した? 随分と引き際がいいな」
「強くはなかったけど、戦い慣れしている感じだったわね。はぐれオークくらいなら倒せるんじゃないかしら」
「正直、手強いと思ったよ……。コボルトってこんなに強かったっけ?」
個の強さでなく群れの強さ。
コボルトたちが不利を悟って逃げたから良いが、そうでなければ今頃は死傷者が出ていただろう。つまりは戦況を冷静に分析できるリーダーがいたことになる。
「街に到着したら、ギルドに報告しておいた方がいいだろうな」
「そうだね。数も多かったし、三人くらいのパーティだったら殺されちゃうよ」
「しばらくは警戒しておいた方がよさそうね」
魔物には通常種のほかに上位種や変異種などがいる。
コボルトの中に特殊な個体がいたかどうかは不明だが、組織的な行動が通常種に比べ手慣れていたこともあり、このまま放置しておくには危険すぎる。
また、他の傭兵達に被害が出ないよう、傭兵ギルドから商人ギルドを通し注意勧告を出してもらう必要があった。新人や駆け出しから脱した程度の傭兵では勝負にすらならない。
毎月のように魔物の被害によって死亡者がでる職なだけに、傭兵達には異常があった場合に必ずギルドに報告する義務がある。こうした情報が生死を分けるのだ。
まぁ、その義務を放棄する傭兵も少なからずいるのだが……。
「なにも起こらないといいな……」
「ジャーネさん、それってフラグ……」
「何か起きたら、ジャーネの不用意な発言のせいということにしましょう」
「なんでだよ!」
その後は護衛依頼を何事もなく終え、傭兵ギルドに報告した三人。
コボルトの群れに関してはギルドも一応の警戒令を出したが、結局のところ被害が出ることもなく三週間後には解かれることとなる。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
カルマール要塞を落とした獣人族部族連合軍は、ブロス筆頭の下にアンフォラ関門近くまで進軍していた。
血の気の多い傾向がある獣人達ははやる気持ちを抑え進軍していたが、彼らの意気込みが危険だと判断したブロスは一度進軍を止め、平原の真ん中で休息することにした。
アンフォラ関門を落とすことでメーティス聖法神国への足掛かりができることもあり、彼らが今すぐにでも落としたくなる気持ちは良く分かるが、このやる気が空回りすれば窮地に陥るのは自分達だ。
何よりも犠牲を出したくないブロスは、魔法符で使い魔を飛ばすための時間が欲しかったこともある。戦争をしている以上は敵地の地形情報を把握しておきたかった。
一晩明かすためにキャンプを張る獣人達の様子を眺めつつ、ブロスは一人使い魔に意識を乗せて上空から偵察をする。
使い魔のハゲワシは大空を飛び続けアンフォラ関門の上空に辿り着いた。
だが――。
『あららら………。アンフォラ関門のこの構造って……』
――上空から確認したアンフォラ関門は、ある意味ではカルマール要塞並みに防備が硬い要所だった。
守りという点では八方向に防衛陣地が存在したカルマール要塞とは異なり、左右が断崖に挟まれている地形のためか天然の要害となっており、関門内側に侵入できたとしても建物の上から攻撃しやすい。
また、防壁はルーダ・イルルゥ平原側とメーティス聖法神国側にそれぞれで二分されているので、防衛に回す兵は門のある場所に集中することになる。
強行突破するにも容易ではなく、犠牲を伴う。
問題なのは――
『……二重門じゃん』
外側の門扉を破壊しても内側にもう一つの城門があるので、そこで足止めをくらうことになる。しかも内と外の城門同士を左右通路で繋いでおり、突入すれば城壁の間で真上から一方的に挟撃を受けてしまうことになる。
ゼロスから借りたダネルMGLで破壊しても良いが、こちらは弾数にも限りがあり、敵兵力を減らすのに使いたいと思っているので無駄撃ちができない。
門を突破してもアンフォラ関門の施設はやはり左右に密集しているので、挟撃により被害が大きくない安い。
「ゼロスさん達が砲撃支援してくれるとか言ってたけど、砲撃って連続で撃てるものなのかな? もし単発だとしたら装填中に僕達が攻撃を受けることになるよね……。あれ? よく考えたら砲撃の誤射でこっちにも被害が出るんじゃ……。それ以前に狙い通りの場所に砲撃できるようになるまで、厳しい訓練が必要なんじゃなかったっけ?」
不安が大きくなると、それ以外の事も気になりだすもので、そもそもゼロス達に砲撃支援ができるのか大いに疑問であることに気づいた。
88mm砲を二人が扱えるのか、何よりも怖いのが誤射だ。
射程距離は決まっていても仰角などで着弾地点も変わるわけで、何より製作者があのゼロスなのである。どこかに欠陥があったとしてもおかしくはない。
よくよく考えればゼロス達は軍人でもないのだから、砲撃に関する訓練など受けているわけでもなく、狙った場所へ確実に当てることなど無理な話に思えてきた。
重要なことを思いだしてくるにつれ、もはや不安しか残らない。
「……ヤバイ。知り合いだから気軽に頼んじゃってたけど、一番やらかしそうなコンビじゃん!? こういう時に絶対関わっちゃ駄目なパターンな気がしてきたぁ!!」
アドはともかく、おっさんが信用できなかった。
大事な場面で必ず大ポカをやらかすのは【殲滅者】の特徴で、ブロスも今まで散々見てきただけでなく巻き込まれた口であり、今になるまでこんな重要なことに気づいていなかった自分を責めたくなる。
何しろ既にやらかしているのだから……。
急ぎゼロスの許へ向かおうとしたブロスであったが、この後すぐに奥様方に捕まり二日ほど軟禁されることになる。
戦時の精神的な高揚は、どうやら動物的な本能を活性化させるようで、種保存の渇望が普段よりも増幅するようである。
獣人族は特に酷いようだった。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~~◇~~
三日目の朝、ガルドア含めた聖騎士団がアンフォラ関門から撤退しようとした矢先、その問題が起きた。
民――というか一部の奴隷商達がガルドアの元を訪れ、文句を言いだしたのである。
具体的にいうとだが――。
「ガルドア将軍、我らはこのままアンフォラ関門から撤退することを了承できませんぞ。我らは家財などを捨ててまで将軍の命令に従いましたが、そもそも防衛戦においては守備側の兵力の三倍の兵力を充てるのが常識とか。よく考えてみれば獣どもに負ける要素などないではりませんか!」
「そうだ! なぜ奴らを蹴散らしてくれん。防壁を利用すれば充分に勝てるではないか、獣どもを恐れる必要がどこにありましょう!」
「クズイ伯とクルカルト殿は戦う姿勢であるというのに……」
「我らにも護衛の傭兵達がおる。協力すれば兵力差も埋められましょうぞ!!」
――カルマール要塞の放棄に納得いかなかった奴隷商人達は、血連同盟の工作員に先導され撤退することに懐疑的になっていた。
なかなかに早い対応に対し、ガルドア将軍は『あの野心家め、余計なことをしおってからに……』と内心で毒づく。
だが、こうなるとガルドアも決断しなくてはならない。
従う者だけを連れてアンフォラ関門を直ぐにでも出ていくか、彼らに協力して獣人族と戦うかである。もっとも既に結論は出ているのだが。
「お主等が納得しておらぬのは儂も充分に承知しておる。だが結論は既に出ておる。撤退することに変更はない」
「無責任ですぞ! 将軍は己が職務を放棄なさるつもりですか!」
「我らはここに残り、クズイ伯とクルカルト殿に協力させてもらいます。よろしいですね?」
「残りたければそうするがいい。我らはお主等に強制はせん」
いまだに彼らは獣人族の大きな変化に気づいていない。
だからこそ諫言なんかに惑わされる。
ルーダ・イルルゥ平原の砦は全て落とされたのも、全ては聖騎士団が不甲斐なかったせいだと思っている。一部間違いではない。
勇者イワタの進軍時に大半の騎士達が参加させられ、その大半が殲滅され新たに配属されたのは新兵か多少戦闘経験のある者達ばかり。過酷な戦場経験はないに等しい。
そんな者達に化け物の相手を務められるわけなどないのだ。
ガルドアができること言えば、せいぜい無駄な死者を出さないよう泥を自ら被ることだけである。しかし自ら死にたがる者達を守るほど愚かではなかった。
「この場に残り絶望というものを知ればよかろう。だが、誰も助けてはくれぬぞ。これはそなた達が選択した決断なのだからな」
「ふぅ……名将と呼ばれたあなた様も老いたものですな」
「なれば私共も好きにやらせてもらいましょう。もっとも、無事に本国に戻られた後には責任を追及させてもらいますがな」
「好きにせよ。それも生きてアンフォラ関門を出られればの話だがな……」
それは不吉な予言であったが、奴隷商人達はその言葉の意味を何一つ理解していなかった。歴戦の将が勝てぬと判断した相手がどれほど規格外な存在であるかなど、彼らの理解が及ぶはずもなく、ただの負け惜しみだと軽く受け流してしまった。
去っていく奴隷商人を見つめながら、ガルドアは深い溜息を吐く。
「命よりも金が大事なのか? 儂には良く分からん」
「まぁ、大事なのでしょうね。彼らは商人ですから」
「商人であるのであれば、尚のこと情報の重要性は理解していると思うのだがな」
「それができているなら、今頃は大商人になっていると思いますよ? できないから裏社会の使い捨て商人に甘んじているんだと思いますね。奴隷商人の大半は犯罪組織と繋がっていますから」
「そこが頭の痛い問題でもあるのだが……」
奴隷商人に足が綺麗な者達は少ない。
他人の命を食い物にしているからこそ彼らの富に対する執着心は強く、今よりも肥えるためであれば自分以外の者達を平気で利用する。それが彼らの日常であり常識だ。
中にはもっと深い闇社会に踏み込んでいる者もいる。
「……半数は減るが、身軽になったと思えばよいか」
「彼らも商品を仕入れなければ犯罪組織に殺されますから、国に戻るのは何よりも危険だと承知しているのでは?」
「それで死んでは意味もないのだがな」
奴隷売買は闇社会においてそれなりに重要なビジネスだ。
特に獣人族の奴隷売買は闇組織において麻薬に次ぐ貴重な収入源で、カルマール要塞の城塞都市を拠点とする奴隷商人の大半が組織と奴隷売買ルート持っており、新たな奴隷を仕入れられなければ裏で始末されかねない。
アンフォラ関門に留まろうが国に戻ろうが、彼ら奴隷商人の運命は決まってしまったようなものだが、この地で潰されることになれば闇ビジネスに対しての打撃になるわけで、国を守る立場側として見ると奴隷商人が消えてくれるのは大変ありがたい話なのだ。
そのためだけに重要拠点が失われるのは何とも複雑な気分であったが。
「少し時間を食ったな……出立準備を急がせよ。今日中に渓谷を抜ける」
「了解しました」
かくして、ガルドア将軍は半数に減った避難民と共に少しでも早く本国に戻るべく、アンフォラ関門から慌ただしく出立することになり、残された欲に溺れし者達は彼らの背中を嘲笑で見送る。
このときが明暗を分けた瞬間であったことに気づくまで、彼らは小馬鹿にした態度を崩すこともなく、絶望が間近に迫るまで過ごすのであった。




