おっさん達は、一路アンフォラ関門へ
カルマール要塞から撤退してきたガルドア将軍は、強行軍のごとき速さで何とかアンフォラ関門に到着した。
休息もほとんど取らず、睡眠時間を減らして夜通し移動してきたこともあり、騎士達の多くには疲労の色が窺える。
関門を遮る扉が開き、騎士団や避難民はやっと休息が取れることに安堵した。
「やっと一息つけるな……」
「えぇ。ですが将軍、ここの守備を任されているクズイ伯爵から嫌味を言われますよ? あの方は将軍のことを何かと目の敵にしていましたから」
「構わん。獣人共が今までと違うことを理解せぬ愚か者など、どうなろうと知ったことではない。問題なのは……」
「このまますんなりと本国に戻らせてくれるかどうかですね」
組織というものは大きくなるほど多くの人材を必要とする。
中にはどうしても意見が合わない者もおり、大抵の場合は妥協案などを出して軋轢が生じないよう合わせるものだが、ガルドア将軍とクズイ伯爵はその限りではなかった。
常に最前線で戦うガルドア将軍と、国境守備隊としてアンフォラ関門を守備する任にありながら職務に不満を持つクズイ伯爵とでは意見が合わず、何かと対立することが多い。
現場を知っているガルドア将軍に対し、クズイ伯爵は何かにつけて文句を言い、ついでに無茶な要求も突きつけてくる。
断れば物資の供給を遅らせるなど嫌がらせを行い、『こいつ、国を守る気があるのか?』と疑問に思うような真似を平気で行う。愚者に足を引っ張られることなど幾度もあったので、おそらく今回も素直に関門を通らせてくれるとは思えないでいた。
「まぁ、最悪の場合は強行突破するだけだがな」
「それは本当に最後の手段にしたいですけどね」
「部下を無駄死にさせるよりはマシだろう」
「代りに将軍のお立場が悪くなりますよ」
「儂の命など、お前達全員に比べれば安いものだ」
ガルドア将軍が部下からの信が熱い理由がここにある。
無謀な戦いに部下を巻き込むことを好まず、本国からの命令であっても決して勝てない戦いに彼らを投入させる真似は行わず、なにより自ら前線に立つ姿勢は理想の上司像と言えるだろう。
半面融通が利かない頑固者であり、それが理由で本国の腹に一物ある者達からはかなり嫌われていた。
「さて、面倒だがあの俗物のところへ顔を出してくるとするか」
「ネチネチと小言を言われますよ?」
「それも儂の仕事のうちよ。正直に言うと行きたくはないがな」
本音が含まれた言葉を溜息交じりに吐き出しつつ、疲労が溜まっている体に無理をさせながらも、ガルドア将軍は報告のためアンフォラ関門の執務室へ向かうのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
獣人族を引き連れたケモ・ブロスの軍団は、一路南へと移動を開始していた。
目指すはアンフォラ関門。
この要塞の厄介なことは左右が断崖によって囲まれ、前後を巨大な防壁と門によって遮られている。守るだけならカルマール要塞よりも堅牢と言える。
仮に門を突破できたとしても、左右の断崖沿いに築かれた施設の屋上から狙い撃ちにされ、獣人族側にかなりの被害が出ると予想される。
神に描かれた図形から、ゼロス達に攻め込むためのアドバイスを聞くブロス。
「――ということで、この関門をどう攻めるか意見が聞きたいんだ」
「……つか、アンフォラ関門の情報をどうやって手に入れたんだ?」
「そんなの簡単だよ、アドさん。僕だって【ソード・アンド・ソーサリス】時のアイテムを持ってるんだよ。当然だけど使い魔の魔法符もあるんだ」
「なるほど……使い魔をドローン代わりに飛ばして、上空から情報を得ていたのか」
「けどさ、もう残りが無いんだよね。ゼロスさん、魔法符を補充したいんだけど売ってくれない?」
「そりゃいいけど、お金は? 僕はタダ働きしない主義なんだよねぇ~」
「物々交換じゃ駄目?」
ブロスは自給自足の獣人族に囲まれて暮らしている。
基本的には物々交換が主流で外貨などは言ってくるはずもなく、ゼロスからアイテムを買うにしても自分の持ち物と交換となるが、何と交換するかが問題だった。
「動くかどうかは分からないけど、旧時代のパワードスーツっぽいのはどう?」
「「そんなのがあるのか!?」」
「地下採掘してたら、いくつか出てきたよ。白骨死体付きでだけど」
「「それ、呪われね?」」
おっさんもアドも旧時代のパワードスーツには興味がある。
しかしだ、この世界は魔力に満ちた世界でもある。
白骨死体に残留思念が留まっていればスケルトンに、パワードスーツの方に怨念が込められていればリビングアーマーが誕生しかねない。交換したところで面倒なことになりそうな気がした。
「今のところは動き出す様子もないから、大丈夫だとは思うよ。これからどうなるかは分からないけど」
「……交換して直ぐに分解した方がいいのかねぇ?」
「どんなものかは分からないが、その手のものって悪臭が酷いんじゃないのか?」
生物の死体は放置しておくと液状化する。
特に密閉された石棺の中の場合、腐敗した体組織や体液やそのまま残され、墳墓跡地や遺跡などで発見される。
当然だが悪臭も酷いものだ。
「悪臭は無かったよ。御遺体も立派に骨になっていたからさ」
「ふむ……ということは肌が露出した箇所があったということかな? 遺体を分解するのはバクテリアなどの微生物だからね」
「虫の餌になったとも考えられるがな」
ルーダ・イルルゥ平原には数多くの朽ちたビル群や、倒れた建築物が放置されている。
しかし、邪神戦争期にこの地にあった都市国家群が滅んだとして、千年余りで建物の殆どが地下に埋没するのかと考えると、腑に落ちないことがある。
「この地かがどんな状況になっているのか、ちょっと分からないんだよねぇ。ブロス君は何か知らないかい?」
「どうだろうね。僕が掘り進んでいる場所も縦穴だし、広い場所でも鉱山みたいな横穴が続いているだけなんだけど? パワードスーツも掘り出したものだしさ」
「浮遊島でも墜落したかな? けど千年程度じゃ建物が風化するのも時間的に足りなくないか?」
「アド君の言うことも正しいとは思うけど、気象変動が一定地域の限定された場所で起きたとすれば、僕には納得できるものがあるけどねぇ」
「局地的に自然のバランスが崩れたってことか……。だから風化も早まったと……原因は何だと思う?」
「おそらくは重力石かな? 浮遊大陸は【ソード・アンド・ソーサリス】でも存在したでしょ。それが全部墜落したんじゃね?」
『この二人……意外に鋭いな。さすがは攻略組なだけはあるよ』
ブロスは処刑要塞を建てた場所が、実は浮遊島であったことを秘匿していたが、ゼロス達は直感や経験からすぐに答えに辿り着いた。
確証はないから憶測だけで話しているが、ほぼ正解を言い当てている。
【ソード・アンド・ソーサリス】において、浮遊大陸は重力石という魔力を流すことで反重力力場を形成する鉱石によって空に浮いていた。自然魔力に満ちていれば今も浮いていたことだろう。
ゼロスの予想では、勇者の大量召喚を行ったことで大陸を浮かす自然魔力の濃度が低下し、反重力力場を維持できず浮遊大陸は全て地上へと墜落したと予測していた。
その衝撃による災害と、魔力が喪失した空間に周囲の魔力が大量に流れ込み、更に重力石から生じる力場が影響して、局地的に凄まじい自然災害が巻き起こったと考えられる。
似たような現象が各所で引き起こされ、相乗効果によって世界そのものの大気バランスが一気に崩れ去ったことで、魔導文明期の建造物の劣化が早まったと仮説を立てる。
まぁ、あくまで妄想の域を出ないが。
「――まぁ、憶測だけどね」
「なんか、見てきたかのように言うよね。ゼロスさん……。まぁ、裏付ける証拠というわけじゃないけど、獣人族は昔、もっと南で暮らしていたって話を聞いたなぁ~」
ブロスは真相に一部を知っている。
ゼロスは勇者召喚のせいで浮遊大陸が墜落したと思っているが、実は邪神戦争期に邪神ちゃんの攻撃を受けた余波で世界の魔力の流動が異常を起こし、力場を乱され高度を維持できずに落下したのだ。あとはほぼゼロスの推測通り。
落下中に裏返った浮遊島は、そのまま湖に蓋をする形で小高い丘(山)になった場所が、ブロスの処刑要塞がある場所なのである。
この事実をブロスはゼロスにすら教えるつもりはなかった。
「魔法と科学の混合した世界だったようだからな、充分にあり得るんじゃないのか? この世界で魔力は生物や自然界にも影響を与えているんだろ? 異常気象が収まって、その後に獣人族が移住してきたと考えても、別におかしくはないだろ」
「考古学者もこうやって憶測や推論を並べ立て、少しずつ調査検証していくものなんだろうね。僕らには関係ない話だけどねぇ~」
過去に何が起きていたかなど、おっさんにはどうでも良かった。
それよりもブロスの言うパワードスーツが気になる。
「そのパワードスーツとやら、今から魔法符と交換できるかい?」
「おっ? ゼロスさん、興味津々だね。インベントリにあるからできるよ」
「そういうの好きだからな。俺もだけどさ」
「男のロマンというやつだよ」
ゼロスとブロスのトレード。
札束の様に厚みのある魔法符を束ごとブロスに手渡すと、彼はインベントリから発掘されたパワードスーツを取り出した。
「ゼロスさん……魔法符の数が多くない?」
「細かいことは気にしないでくれ。それにしても、これは……人間が着こむ軍用装備かな? なんか映画や漫画で見たことがあるねぇ」
「ヘルメット……アーマー。ミリタリー色が強いな」
「背中のバックパックにエアーボンベも搭載できるんだけど、その下に弾薬の収納庫があるんだ。凄いでしょ」
確かにパワードスーツだった。
破れた金属繊維の真下には人工の金属筋肉が隠され、明らかに人体構造の模倣と言える作りなのだが、それはあくまでも装着者の身体能力を多少向上させる程度にとどめている。
ヘルメットと結合しているマスクは某宇宙戦争に出てくる悪役のようだが、どう見ても熱探知や赤外線探知などの機能を付加された軍用の装備のものだ。
「なんつーか、そこはかとなくドイツ軍テイストが……」
「アド君、みなまで言うな……。押●監督が好きそうだとか、某声優の千●さんが俳優参加していたとか、これを装着していたら碌な死に方をしないとか、言わなくてもわかっている」
「そこまで言ってねぇぞ?」
「まるでケルベ……」
「「 言わせねぇよぉ!? 」」
つまるところ、魔導文明期にはこのような装備を標準とした軍隊が存在し、各地で任務に就いていたということになる。
暴徒鎮圧か、対テロ対策か、軍事施設の警備か、あるいはその全ての目的で運用されていた可能性が充分に考えられる。
「完全に特殊装備だよな?」
「中の御遺体は?」
「ちゃんと埋葬したよ。ゼロスさん、これ直せる?」
「無理じゃね? 車や戦車を作るのとはわけが違うよ。魔法と科学の技術を利用した電子装備なんて、とても僕の手には負えないねぇ。部品がないし」
トランジスタや半導体に至るまで、この世界で使われていた部品は地球のものと形状が異なる。モノによってはただの水晶球のような部品まであるので、全てを判別するのは難しかった。
鑑定スキルを使用してもいいが、気まぐれでどうでもいい情報も流してくるので信用が置けず、最近ではめっきり使用頻度も減った。
技術不足からどのみち作れそうにもない。
そのような理由から修復は不可能と判断した。
「ゼロスさんでも無理かぁ~……。動いているところを見てみたかったなぁ~」
「気持ちは分かる」
「僕にだってできないことはあるよ。期待されていたみたいで悪いけど、ちょいと技量不足で不可能かなぁ~」
「勝手に期待していただけだから、そこは別にかまわないけどね」
『まぁ、劣化版なら作れそうな気もするけど』
コンパクトに纏めないのであればゴーレムの技術で何とかなるかもしれないが、完成するとどう考えても大きな重機になりそうな気がしたので、ここはあえて黙っておくことにする。
ロボットはロマンだが、実用的かどうかを考慮すると使われる場所は限定的になり、あまり意味がないからだ。
「話は戻すけど、アンフォラ関門の攻略法だよねぇ? 前にブロス君は火縄銃が配備されてるみたいなこと言ってたっけ」
「カルマール要塞にも配備されていたから、アンフォラ関門にも配備されていたとしてもおかしくないでしょ? (そういえば、攻め込んだときに見かけなかったな……)」
「ガチムチ獣人族なら弾き返すんじゃないか?」
「……………彼らが無事でも、他の獣人族では防ぎようがないでしょ。鉛玉が飛んでくるんだからさ」
「マッスルズに夜襲でもさせれば? それが一番被害の少ないと方法だと思うんだけどねぇ」
「また城壁をよじ登らせるの? 彼らは貴重な戦力だよ。不本意だけどね……」
獣人族の問題なのだから、彼ら自身の手で決着をつけて欲しいとおっさんは思う。
しかし実際は彼らのやる気が強すぎて、作戦無視して無謀な突撃をしかねず、ブロスはそこに頭を抱えていた。
また、ガチムチ獣人達に任せると彼らに触発されて集団で行動してしまい、作戦そのものが根元からへし折られる。考え方がシンプルであるからこそ融通が利かない。
「なんて言うか……もう、僕の指示なんかお構いなしに攻め込もうとするんだよ~」
「ブロスが泣きを見るなんて珍しいな」
「それだけ彼らの行動が極端ってことか……」
「せめて大盾でも持ってくれればいいんだけどさ、みんな『獣人族に守りはいらねぇ。力で全てを屈服させる』って言うんだもん……。もう、ムカつく連中でストレス発散させないと僕がもたないヨ」
『『 聖騎士団の連中も気の毒になぁ~…… 』』
命令無視して損害を恐れず突撃する仲間と、それに苦心して損害を減らそうと奔走するもストレスが溜まり、腹いせで聖騎士団を駆逐するブロス。
そして国の方針で国防を任されるも、殺気立つ獣人族とストレス解消のブロスに蹴散らされるだけの騎士達。いったい被害者は誰なのであろうか。
「まぁ、迫害し続けたメーティス聖法神国が原因なんだろうけどよ……」
「獣人族は暴れられれば、後のことなど本気でどうでもいいと思っているようにしか見えないんだよねぇ。ブロス君、おつかれぇ~」
「なんて心のこもっていない励ましの言葉なんだぁ!!」
「ぶっちゃけ、次のアンフォラ関門は正攻法で攻めるしかないと思うよ? 城壁は高いだけでなく、火縄銃も配備されていると思うと、力一辺倒で攻めるのは無謀。真面目な話、マッスルズを先行させて内側から関門を制圧するしかない」
「だから、それが難しいんだって……」
なまじカルマール要塞で圧勝してしまったため、獣人族の士気は異様なまでに高い。
だが、こと集団戦においては騎士の方が勝っており、個人の技量に特化している獣人側は手練れが倒されると瓦解しやすい。
その理由は乱戦でも一対一で戦おうとする傾向が強く、一人に対して二人で相対するような行為を卑怯と考えており、一方的に各個撃破されやすいのだ。
目的よりも矜持を優先すると言い換えてもいいだろう。
「強い相手に正面から単騎で挑む心意気は分かるけどさぁ~、戦争を舐めているとしか思えないんだよねぇ。どんな卑劣な手段を用いても、勝たなきゃならないのが戦争なんだし」
「勝てば官軍か、獣人族には無理な話だな」
「矜持を貫く姿勢は僕も理解できるよ? けど、勝たなきゃいけない戦い民族の矜持を持ち出し、それで負けちゃ駄目なんだよ」
「「「 究極の自己満足で死んだら意味ないんだよなぁ~…… 」」」
勝つことよりも納得した戦いでの敗北を名誉と考えてしまう民族性は、負けたら跡がない獣人族側には足を引っ張る愚行なのに、誰もそこを理解してくれない。
だからこそブロス単騎での制圧が最も楽な手段であったのに、それをやると彼らは拗ねてしまう。生きるか死にかの瀬戸際に華々しい名誉ある敗北など価値はないのだ。
口でどれだけ説得し分からせても、結局は民族特有の矜持を優先してしまう。
ゼロス達からすれば『お前ら、本気で勝つ気あるのか?』と問いたい。
「ハァ~………できれば手を貸したくはなかったんだが、アレの出番になるかな」
「ハーフトラック……使うのか?」
「ハーフトラック? トラックが何の役に立つのさ」
「「 88mm砲を搭載してるんだよ 」」
「………アハトアハト!? ま、まさか……ここで砲撃支援してくれると?」
おっさんはただ自慢したいだけでハーフトラックを持ち込んだが、まさか本当に使うような事態が来るとは思ってすらいなかった。人間相手に砲撃支援は凶悪すぎる。
せめて相手側に戦車やレシプロ戦闘機でもあればよかったが、中世文明圏のこの世界にそんなものがあるはずもなく、88mm砲の使い道など攻城戦に限られてしまう。
「……アームストロング砲よりも凶悪なんだよなぁ~」
「そんなに!?」
「威力が地球のものよりも高いんだ。魔法を使っているからねぇ」
「ゼロスさん……何が目的でそんなものを作ったのさ」
「拾ったものを再利用しただけの、ただの趣味さ」
その趣味が一番の問題だった。
バイクや車などの実用的な道具の劣化レプリカ程度なら問題はないだろうが、戦争に使えるような武器を搭載した車両など、それこそ時代を急激に進める起爆剤になりかねない。
いずれ誰かが作るかもしれないが、それが今である必要性はどこにもないのだ。そんなものを戦争で使うことになれば間違いなく研究を始める者達が現れるだろう。
「何か問題が起こったら、全部ゼロスさんが悪いと言っておこう」
「アド君、酷い!」
「いやいや、未来技術を先取りしているようなものを作っておいてさ、酷いも何もないじゃん。確実に混乱を齎す気が無いとそんなものを作らないでしょ!」
「本当におじさんのただの趣味なのに……」
「「 おっさんが拗ねても可愛くない 」」
酷い言われようだった。
まぁ、アドに関してみれば、ただ巻き込まれたくないだけのようではあるが。
「う~ん……。なんにしても砲撃支援をしてくれるなら、火縄銃の損害をある程度は防げるかな? 多少思うところはあるけど……」
「ブロス……お前、獣人族に多少なりとも犠牲が出ることは容認しているのか?」
「そりゃね……。戦争しているんだし、こちらに被害を一切出さずに済むなんて、そんな虫の良いこと思ってないよ。けど被害を最小限に抑えられるのであれば、多少の卑怯なことだって容認する。それがゼロスさんの作ったヤバイ武器であろうともね」
「ブロス君は人の上に立つのに必要なことを学んだようだねぇ。昔なら『僕のケモミミに手を出すなぁ!』って言いながら、一人無謀な突撃をしていただろうに……」
「大人になったんだな……。少し寂しさを感じるぜ」
「酷くない!?」
人は経験を得て成長する生き物である。
昔の狂犬のような獰猛さを持つ少年は鳴りを潜め、獣人族という多種多様な部族を治める者として、決意と責任を持ったようであった。
「よく分かったよ……。じゃぁ、僕達はアンフォラ関門に突撃を仕掛ける頃合いを見計らって、後方から砲撃を仕掛けてあげよう。あくまでも裏方としてだけどね」
「それで充分だよ。被害を最小限に抑えるのが今の僕ができることだからさ」
「けどよ、アンフォラ関門は門の先の構造も予想しただけなんだろ? 詳細な情報をもう少し欲しいところだが、今の戦力だけで本当に大丈夫なのか? 騎馬隊とかよ」
「ブロス君にはダネルMGLを貸してるし、大丈夫でしょ。爆発で馬が逃げ出すよ」
「ゼロスさん……ダネルの弾、まさかとは思うけど【エクスプロード】を封入してないよね?」
「…………君みたいな勘の鋭い奴は嫌いだよ」
「「 悪役のセリフぅ!! 」」
自重の知らない者達が中世ベースの魔法世界で現代兵器を持ち出すことが決定した。
これが近い未来において、各国が兵器の開発研究を行うきっかけになるのだが、無責任な転生者達は気にもしていない。
所詮は他人事なのであった。
~~◇~~◆~~◇~~◆~~◇~~◆~~
アンフォラ関門。
カルマール要塞に次ぐメーティス聖法神国の北方防衛拠点である。
関門と言うだけに関所としての役割もあるが、本質はルーダ・イルルゥ平原から獣人族の侵攻を食い止める防衛の要所であり、カルマール要塞よりも早くに建築された旧時代の遺物でもある。
アンフォラ関門は今まで所有していた国を幾度となく変わり、歴史的に多くの血が流れた。主に表に出ない血塗られた歴史である。
それも今ではカルマール要塞の生命線的な役割でしかなかったのだが――。
「貴殿はそれでも四神の神兵、我が国の将か!」
「何と言われても儂は揺るがぬ。既にカルマール要塞は落ちた。我らが戦っていたところで戦局は変わらなかったであろうな。それよりもクズイ伯はどうしたのだ?」
「伯爵様はご多忙だ。話は私が聞く。それより一匹でも多くの獣どもを始末するべきであろう? 偉大なる四柱の女神の教えに背く気か!」
「……戦場に神などおらん。教えとやらを全うしたところで、確実に勝てるわけではないからな」
――アンフォラ関門を預かるクズイ伯の副官であるクルカルトは激昂していた。
理由はガルドア将軍が獣人族と一戦も交えず撤退し、多くの民と共に本国へ帰還しようとしたことだ。言い換えると重要な防衛拠点を放棄したことに腹を立てている。
無論ガルドア将軍にも言い分はあるが、長年の戦場で培った勘が敗北を察知したからなど、そんなものは理由にならない。
第六感を信じられる者など当人や近くで見ていた者達にしか分からず、クルカルトのような事務仕事を長年続けてきた者には理解できぬ感覚だ。それを根拠にしようなどともガルドア将軍は思っていない。
「既にほとんどの砦は落とされ、カルマール要塞にいた兵力も半数近く激減していた。理由は分かっておろう?」
「……以前の遠征が後を引いていたということか? 勇者が敗北した事実などいくらでも武力で揉み消せよう。それを実行するために貴殿達がいるのであろうが!」
「相手が勇者程度であれば我らでもやりようはあった。だが獣人族の長――あれは転生者だ。それも勇者を遥かに超える正真正銘の化け物だぞ? そんなものに我が部下を相手にさせるつもりはない。無駄死にさせるわけにはいかんのでな」
「怖気づいたか!」
「ならば貴公らが相手にすればいい。できるのであろう? 血連同盟」
四神教血連同盟――いわゆる妄信者の集団である。
表立って動くことはないが、四神教にとって害悪となる存在を裏で始末する集団でもあり、部署によっては死刑囚のような犯罪者すら利用する。
国の暗部とは異なる裏の秘密組織であり、構成員がどれほどいるのかすら判明していない。教主や司祭長クラスの中にも所属している者がいると噂されている。
だが、構成員は案外簡単に見つけられる。四神教の教えに背くものに対しては必要以上に噛みつく傾向が高く、こうした者は下っ端として扱き使われる地位にいることは確かだ。
まぁ、上にいる者ほど感情を押し隠すので判別が難しくもあるのだが――。
「なんのことかな」
「誤魔化さなくてもよい。それほど四神教に忠誠を誓っておるというのなら、自らが教えに殉じ神の威とやらを示せばよかろう? 残念ながら儂は多くの血を浴びすぎて、神の加護とやらに縁が無いようなのでな」
「無茶なことを……そのような真似が許されるはずがなかろう」
「貴公らで駄目なのであれば、儂にはなおさら無理な話よ。戦場に身を置きすぎて、信心などとうに擦り切れておるわ」
淡々と語るガルドア将軍。
そこには揺るぎのない決意が秘められており、民と部下のためには命すら投げ売る覚悟すらあるように見える。クルカルトは内心で忌々しく思っていた。
「儂ではあの化け物は殺せん。どれだけ犠牲を出そうとも勝てない相手など、初めて見たわ」
「転生者とは……それほど危険なのですかな?」
「危険? そんな生易しい存在ではない……。勇者をどれだけ集めたところで、ヤツは涼しげな顔で全滅させるであろう。最初から相手にならんのだ」
「ば、馬鹿なことを……。そんな話、誰が信じられるか!」
「奴らは勇者同様に異界からこの世界に来た者達だが、同じ存在と見てはならん。根幹が勇者達とは全く異なる。否定したいのであればそれで構わん。じゃが、儂はあのような化け物に、未来ある若者を生贄に捧げる気にはなれん」
十二人いる将軍の中でガルドアは最も融通の利かない堅物だ。
だが状況判断や戦局を見極める能力は誰よりも高く、そんな彼が勝てないと判断したのであれば、下した評価の信憑性が高い。
四神から危険な転生者の抹殺任務に就いている血連同盟だが、相手が勇者以上だとすると自分達では到底敵わない存在ということになる。そんな相手が獣人族を率いているとなると脅威度は計り知れないものとなる。
同じ将軍クラスであれば真摯に受け止める忠言だったであろう。
だが――。
「ガルドア将軍とあろう方が、随分と弱気になられましたな。これも老いというやつか」
「なに?」
――クルカルトは好機と考えた。
ガルドア将軍は既に老将。あと数年で引退してもおかしくない年齢に差し掛かっており、ここでカルマール要塞を放棄した責任を追及して追い落とせば、血連同盟の勢力拡大に繋がる。既に政治界にも食い込んでいる者がいるほどだ。
血連同盟には妄信者も多いが野心家も多く、彼もそうした欲望の炎を抱く人物だった。
そのためには大きな功績を残す必要がある。
「どんな理由があろうともカルマール要塞を放棄したことは事実だ。ここに滞在している民と本国への帰路につく許可は出すが、責任の追及は免れぬものと思うべきでしょうな」
「そこは承知の上よ。じゃが、このアンフォラ関門も危険な状況にあることは変わらぬが?」
「そうなったのは貴殿の怠慢が原因であろう? 獣どもなど蹴散らせばよかったのだからな」
「できるのであれば、とっくに実行しておるわ!」
「ふむ……こうなるとアンフォラ関門で食い止めねばならないか。幸い我らには最新武器を配備している。貴殿らにも配備されたアレを預からせてもらおう。今のあなた方には過ぎた代物ですからな」
「火縄銃か……。よかろう、通行料だと思えば安いものだ」
最新鋭の武器を奪う算段のようであったが、これはガルドアにも好都合であった。
武器一つ減るだけでも荷物の軽減になり、まして火薬や鉛玉の入った袋など、それなりに嵩張るので処分できるのであれば幸いだ。
しかもアンフォラ関門で使われるのであれば、足止めの代わりとしても充分に役に立つ。
クルカルトが何を企んでいるのかまでは分からないが、せいぜい時間稼ぎの役に立ってもらいたいと考えていた。
「配下の者達に休息をとらせ、明後日にでもここを立つことにする。出立が早いほどに民の安全も確保できるのでな」
「フン……上が納得するような言い訳でも考えておくといい。獣どもは私が始末してくれる」
「できるといいがな。儂の知る限りだと、転生者はもう一人いるはずだ。それも魔導士の……な。儂はそ奴の姿を確認していない。連中が温存しているのだとすれば、勇者イワタが攻め込んだときと同じ魔法を撃ち込んでくるかもしれんぞ?」
師団規模の聖騎士団を一撃で瓦解させた殲滅魔法。
警戒はしているが、今まで確認されたのは2回。他国で1回だ。
ルーダ・イルルゥ平原、そしてグレートギヴリオンのスタンピードで聖法神国国境付近に大穴が空いた。おそらくは魔法による攻撃と見られ、同様の痕跡がソリステア魔法王国出も確認されている。
獣人族側に魔導士が一人いるとして、殲滅魔法級の魔法行使が行われたのはソリステア魔法王国やその近辺で2回。距離的にもメーティス聖法神国を挟んだ反対側で起きていることから、この三度の魔法行使が同一人物であるとは考えられず、少なくとも同レベルの魔導士が二人存在していることになる。
表に出て来ない謎の存在であった。
「……連中が切り札を出してくるということか?」
「あり得ない話では無かろう? 勇者イワタのとき以来、魔導士が姿を現さなかったのは単純にその必要がなかったと見るべきであるな。つまり……獣共はもはや我らを敵とは見なしていない。せいぜい邪魔な羽根虫程度であろうな」
「いや、もしかしたら他国からの協力者ということも考えられるであろう! 魔導士が姿を現さないのは、所属する国に戻ったとも考えられる」
「ふむ、それならまだ楽なのだが……そうだと良いな。何にしても儂は民を守ることを選んだ、戦うのであれば気を付けておくがいい。では、儂はこれで失礼させてもらう」
ガルドアは立ち上がると、もう用はないとばかりに部屋から立ち去った。
部屋に残されたクルカルトは忌々し気に表情を歪める。
「クルカルトよ、ガルドア将軍は戦う気がないようだな」
「これは……クズイ伯。ヤツはどうにも臆病風に吹かれたようでして」
「ここに獣共が攻めてくるという話だが、将軍の力を借りず迎撃する気か?」
「この関門は鉄壁の防御力があります。それに、最新鋭の武器である火縄銃の接収もできました。あとは……こちらの戦力を増やすだけですな」
「どうするつもりだ?」
ニヤリと悪辣な笑みを浮かべるクルカルト。
彼の脳裏には気に入らない相手を追い落とすための策がすでに出来上がっていた。
「簡単なことですよ。ガルドア将軍が意図的に任務を放棄して、カルマール要塞を捨てたと避難民に伝えるのです。将軍の部隊は戦いに参加はしないでしょうが、傭兵達を伴う奴隷商人どもならこちらに力を貸してくれるでしょう。何しろ財産を放棄する羽目になったのですから、不満は溜まっているはずです」
「なるほど! 正直あの将軍とは話すらしたくはないが、自ら墓穴を掘ってくれたのは素直に喜べる。ただちに手配するのだ」
「ハッ」
恭しく頭を下げ部屋から出ていくクルカルト。
だが、彼にはクズイ伯ですら追い落とす好機が訪れたことに、心の底から喜んでいた。
「無能共が偉そうに……。まぁいい、これで邪魔者を両方追い落とせる。見ていてくだされ、四神よ。今こそ不純物を消し去り、御身の望む神国を築き上げましょうぞ」
彼は野心家で妄信者。
自分こそが神の代弁者であると信じ切っており、強硬ですら抹殺すべき対象であると本気で信じ、そんな人間であるからこそ他人を犠牲にすることに躊躇いがなかった。
 




